小黒 佐藤さんは還暦を迎えたこの2020年に『泣きたい私は猫をかぶる』『魔女見習いをさがして』という2本の劇場作品を手掛けているわけですね。素晴らしい仕事ぶりですね。
佐藤 ありがとうございます(笑)。そうなんですよ。
小黒 2本同時に作るというのはどのようなかたちで?
佐藤 同時と言っても、スケジュールはいい感じにズラしてもらっているので、そんなにバタバタな感じではなかったです。それから、作品の性格が違うじゃないですか。それに『泣きたい私は猫をかぶる』は劇場オリジナルで、スタジオコロリドという看板を背負っていて、『魔女見習いをさがして』は『おジャ魔女どれみ』の映画化じゃないですか。スタンスも観客も違うので、重複したことで混乱することもなかったし、それで悩むこともなかったかなあ、と思いますけどね。
どちらも現場のことは共同監督に任せているんです。『泣きたい私は猫をかぶる』は柴山(智隆)君がバリバリ動いてくれましたし、『魔女見習いをさがして』のほうは、鎌谷(悠)さんが今もバリバリやっています。彼らとの作業の棲み分けも比較的上手くできていたんです。とはいえ、緊急事態になるとどっちかに掛かり切りになってしまうので、その都度どちらかに迷惑を掛けつつ進んでいった感じです。
小黒 それでは、そんなふうにエネルギッシュに仕事を続ける佐藤さんの、今までのお話をうかがいたいと思います!
佐藤 はい。お願いします。
小黒 生年月日は1960年3月11日ですね。出身はどちらでしょうか。
佐藤 愛知県名古屋市ですね。
小黒 ずっと名古屋なんですか。
佐藤 小学校までは名古屋市内ですけれども、中学校から今のあま市に引っ越して、東京に出るまでいました。今も実家はあま市ですね。
小黒 ご兄弟は何人ですか。
佐藤 4つ下の妹が1人です。
小黒 はい。このインタビューで『魔法使いTai!』(OVA・1996年)が話題になった時に、妹さんがいることが重要になってくるんじゃないかと思います。
佐藤 そうですか(笑)。
小黒 子供の頃はマンガが好きだったんですか。
佐藤 普通に好きでしたよ。活字よりはマンガが好きでしたね。
小黒 プロになってから、佐藤さんが「活字の本は頭が痛くなるのであまり読まない」と言っているのを聞きましたよ。
佐藤 「頭が痛い」と言いましたか。そうですね、苦手な部類ですね。
小黒 それはずっとそうだったんですか。
佐藤 そうですね。活字をそのまま頭に取り込める人もいると思うんですが、自分はそうではなくて、活字を1回映像に変換してるんでしょうね。その手間があるので、スルスルと頭に入ってこない感じがあったんです。
小黒 どんなマンガが好きだったんですか。
佐藤 割と普通でしたね。小学生の頃であれば、赤塚不二夫。中学生辺りだと石ノ森章太郎や横山光輝とか。普通にみんなが読んでいたようなマンガですね。妹が購入していた「りぼん」を読むようになって、少女マンガにハマってたりしましたけどね。
小黒 後にプロになってから、佐藤さんは同世代のアニメ監督と比べると「そんなにおたくじゃない」ということが分かるわけですが、ご自身としてはおたくタイプだったと思います?
佐藤 僕は中学、高校の頃にアニメをすげえ追っ掛けていたわけじゃないんですよ。マンガも濃いものよりも、ストレスなく読めるものが好きだったりしますし、TVではアニメばかりでなく、青春ドラマとか刑事ドラマや時代劇も観てました。
アニメでは、東京ムービーの『ど根性ガエル』(TV・1972年)や『ジャングル黒べえ』(TV・1973年)等のストレスが掛からずに観られるものが好きでしたね。マンガでは松本零士の「男おいどん」等も好きだったので、『宇宙戦艦ヤマト』(TV・1974年)が始まると「これは松本零士の世界だ」と思って、楽しんで観ていたんですよ。だけど、業界に入ってから色んな人と『宇宙戦艦ヤマト』の話をすると全然話が合わなかったんですよ。他の人は「主砲を撃つ時に船体が傾くのが、かっこいい」とか、SF的なテイストで楽しんでいたらしい。僕は「松本零士の画が好きだ」「『宇宙戦艦ヤマト』の題字が筆文字でかっこよかった」といった感じだったので「観てたとこが違うのかな?」と思いましたね。そして、意外とみんなが『(機動戦士)ガンダム』(TV・1979年)を好きで観ているということに驚いた。
小黒 佐藤さんは本放送時には『ガンダム』に触れてないんですよね。
佐藤 『ガンダム』は触れてないです。
小黒 取材の前に「佐藤順一年表」を作ったんですけど、『ガンダム』が始まった時に佐藤さんは大学2年になっているんです。当時の大学2年だと、意識してアニメを追ってないと『ガンダム』は観ないかもしれないですね。
佐藤 そうなんですよねえ。東映に入ってからも、例えば、西尾大介とかが『ガンダム』の話をするのについていけなかったですしね。大学2年の時にTVアニメを1本、そのまま絵コンテに起こしてくるという課題があったんです。それで「何を観ようかな?」と思っていたら、クラスメイトが選んでいたのが『ガンダム』のガルマが死ぬ回だったんです。そこで初めて『ガンダム』を観たという感じです。
小黒 なるほど。「みんなが言ってるのは、これかあ」みたいな感じだったわけですね。
佐藤 いや、『ガンダム』が話題になってるということも知らずに貸してもらって観たんです。それで、次を観たいという気にもならず。
小黒 それほどは興味を持たなかったということですね。根掘り葉掘り聞きますが、多分、佐藤さんは、高畑勲さんの作品が好きだと思うんですけど。
佐藤 はいはい。
小黒 なんとなく『赤毛のアン』(TV・1979年)がお好きなのではという気もするんですが、高畑さんの作品は観ていたんですか。
佐藤 そんなすげえ追っ掛けていたわけではないんです。『母をたずねて三千里』(TV・1976年)も『アルプスの少女ハイジ』(TV・1974年)も観てますが、観たのは再放送ですからね。TVの映画枠で『ホルス(太陽の王子 ホルスの大冒険)』(劇場・1968年)を観たりして、徐々に認識していくみたいな感じでした。
小黒 高畑さんの名前を意識したのは業界に入ってからですか。
佐藤 大学に入る頃には、ある程度アニメに興味があって、ちょうどその頃に「日本アニメーション映画史」というゴツい本が出たんですよね(編注:1978年、有文社刊。渡辺泰、山口且訓の共著)。
小黒 背表紙が赤っぽい本ですね。
佐藤 そうです。あれを食い入るように読んでいて「あれもこれも高畑勲なんだ」と気づく、その辺から高畑さんを意識したんだと思います。大学に通うために東京に来てから、色々なところで上映会があったんです。そういうところで『ホルス』や『どうぶつ宝島』(劇場・1971年)を観に行ったりしましたね。
小黒 もう少し手前の話も聞かせてください。ファンとしては、佐藤さんがどこで『エースをねらえ!』に引っ掛かってるのかを知りたいんですが。
佐藤 『エースをねらえ!』は高坂真琴さんの声です。
小黒 そうなんですか!
佐藤 意外とそっからなんです(笑)。
小黒 そっからなんですね(笑)。
佐藤 まず『(勇者)ライディーン』(TV・1975年)を観てたんですよ。
小黒 いきなりアニメファンらしい話になってきましたね(笑)。
佐藤 そうそう(笑)。『ライディーン』の前半や『コンバトラー(超電磁ロボ コン・バトラーV)』(TV・1976年)の前半は、面白いなと思って観ていたんですね。これも気楽に観てたのかもしれませんけど、ライディーンはデザインがかっこいいなと思っていました。その辺りで「(桜野マリの)声、なんかいいな」と感じていて、その声の役者さんががっつり出ている『エースをねらえ!』(TV・1973年)を観るみたいな流れだったんじゃないですかね。確か作品からは入ってないはずです。
小黒 なるほど。じゃあ最初は旧『エース』の再放送で入ってるわけですね。
佐藤 再放送でしょうね。
小黒 『新・エースをねらえ!』(TV・1978年)も観てるわけですね?
佐藤 『新・エース』はそんなでもないです。そこまで追っ掛けてない(笑)。
小黒 『魔法使いTai!』のサブタイトルが『新・エース』を踏襲しているじゃないですか。「ツリガネと高倉先輩と空とぶ魔法」みたいな。
佐藤 あれの元ネタは多分「部屋とYシャツと私」です(編注:平松愛理の歌のタイトル)。
小黒 そうなんですか!? 『新・エース』じゃないんですか。
佐藤 ええ(笑)。『エース』じゃないですね。
小黒 今までそうだと信じていました。考えすぎたか。
佐藤 そうそう(笑)。
小黒 これまで活字になってないと思うので確認したいんですけど、一時期まで佐藤さんの作品に常にいた、主人公の脇にいる気のいい友達っていうのは。
佐藤 ピザ食べに行きたがるやつですか(笑)。
小黒 そんな子です。『(美少女戦士)セーラームーン』の大阪なるちゃんとか。
佐藤 はいはい。
小黒 『魔法使いTai!』の中富七香とか。その後も続く、佐藤順一作品で主人公の隣にいる気のいい友達の源流は『エースをねらえ!』の愛川マキじゃないんですか。
佐藤 それは、多分そうだと思います。一番クリアな元ネタは『エース』のマキかなあと思いますけど、当時の少女マンガには割といた気がするんですよね。
小黒 主人公のフォローをする立場のああいう女の子が。
佐藤 そうそう、それで違和感なく普通にやってた気がするし、ああいうニュートラルな子は扱いやすいんです。
小黒 この前、『美少女戦士セーラームーン』第1シリーズ(TV・1992年)の14話を観返して「あっ、佐藤さんが珍しくアニパロやってる!」と思ったんです。
佐藤 ああ、テニスだから?
小黒 テニスだから(笑)。「自然にネタが出てきてる!」みたいな。
佐藤 パロだったのかな、どうだっけ?(笑)
小黒 セーラームーンが「コートでは誰でも1人っきり」とか言ってましたよ。
佐藤 それはシナリオにあったんじゃないかなあ(苦笑)。
小黒 また、話は変わりますが、中学、高校の頃はインドア派だったんですか。
佐藤 インドアです。外で何かやる感じではなかったですね。
小黒 マンガは描いてたんですか。
佐藤 いや、マンガ家になりたいとは考えてなかったので、描いてはいなかったと思うんです。何やってたんだろう? 画は描いてましたけどね。意外と思い出せないものですね。きっと、たいしたことやってないですよ。
小黒 部活は何やってたんですか。
佐藤 部活はね、美術部です。美術部で何をやっていたんだろう。普通にデッサンとかやってたんでしょうけどねえ。
小黒 ある程度は画の勉強をしてたんですね。
佐藤 勉強になるほどの部活ではなかったですけど、一応やっていましたよね。あとは、高校生の時にちょっとだけギターにハマっています。暇があればギターを弾いていたかな。
小黒 友達が大勢いるタイプだったんですか。
佐藤 友達はそんないないですね。あまり周りに人がいないのがありがたいタイプでした。
小黒 中学、高校の学園祭等で大きなイベントはあったんですか。
佐藤 うちの学校は、学園祭に他校の人が来るのが禁止で、父兄もほぼ来なくて。学生だけでやる文化祭だったので、そんなにお祭り感ないんですよね。だから、そんなに楽しい感じでもなく(笑)。元々、運動系は苦手で体育祭も別に楽しくはなかったので、高校時代はろくな思い出がないです。
小黒 なるほど。でも鬱屈してたってわけでもない?
佐藤 そうですね。人に言うほど、鬱屈してたわけじゃないですけれども、1人で好きなことやってるのが、楽しかったみたいですね。ギターはやったけど、誰かとバンドを組もうとも思わないし、1人で練習するのがちょうどいいぐらいだったから。
小黒 なるほど。
佐藤 マンガは好きだったので、自転車で回れる範囲の本屋を次々回って、面白そうなマンガを買って読んだりしてましたね。
小黒 マンガは主に読むほうだった?
佐藤 読むほうですね。小学校ぐらいの頃はクラス新聞とかにマンガを描いたりとかしましたけど、そんな程度ですね。
小黒 大恋愛があったりはないんですか。
佐藤 ないですね。割とぼんやりした中高生時代(笑)。
小黒 中高の頃の将来の展望は、どんな感じだったんですか。
佐藤 あんまり目立つことはしたくなかったので「裏方的なことがやりたいな」とは思っていたんですよね。商売やお金を扱うことも、人と接する仕事も苦手だなと思うので、裏方がいいなと。例えば、雑誌で「コマーシャルのできるまで」みたいな特集があって、その裏方がすげえ楽しそうだな、と思ったりとか。だから、TV番組のセットを作ったり、特撮で怪獣の着ぐるみを作るのが楽しそうだなと思ったり(笑)。当時はあまり人と接しない仕事をやりたいと思っていたみたいです。
●佐藤順一の昔から今まで (2)大学時代のマンガと自主制作アニメ に続く
●イントロダクション&目次
絵(画)コンテの話。前々回放りっぱなしだった「様々なコンテ打ち(合わせ)」のガチタイプの次、
ポンと脚本を放って「君の好きなように描いていいよ」タイプ!
前述の「ガチ脚本めくりながら綿密にやるタイプ」がアニメーター出身ではない監督に多いのに対して、「ポンと脚本」タイプはアニメーター出身の監督に多く見られる気がします、板垣の経験則的には。その代表格の監督は——ま、内緒にしときます。じゃあなぜアニメーター監督は「ポン脚」になりやすいのか? 要は
元々アニメーターなんだから、画を描くストレスは制作あがりの監督よりも圧倒的に低いわけで、「他人から上がってきたコンテ、良くなきゃ全部描き直すだけ!」
だからでしょう。実を言うと、俺のタイプはこの「ポン脚」に近いと思います。「この脚本、要はここが見せ場で、とにかく好きに描いてくれていいけど、何か質問ある?」と。制作サイドはどう計算してるか分かりませんが、自分の脳内では「自分のコンテも他人のコンテをチェックするのも、スケジュールは同じ1週間」と思ってますから。念のために断っておきますが、最初から全修する(全部描き直す)つもりで他人にコンテを振ったことは一度もありません。元のコンテの面白いところやカッコいいところは画ヅラを全修しても段取りやカット割りは残してたり、ケースバイケースです。ただ前にも語ったとおり、コンテを切り(描き)たくて監督を目指した自分なので、初監督作『BLACK CAT』を受けた際も制作プロデューサーに
第1話の処理(演出)をやるより、コンテを多く、できたら(24本中)10本は切り(描き)たい!
と進言したくらい「アニメ監督=絵(画)コンテ」と思っています。結果、半分以上自分でやったほうが早いは早いかも。じゃあなぜ他人に振るのか? と問われれば、制作的には(板垣が)躓いた時の保険(?)だと思います。俺自身の理由はというと——すみません。また次回!
編集長・小黒祐一郎の日記です。
2020年8月9日(日)
三連休2日目。書籍の企画書を2本書く。他は「アニメスタイル20周年展」のちょっとした作業。Netflixで『Re:ゼロから始める異世界生活 新編集版』を視聴中。18話でレムが語る「二人の将来」の話は本放送でもグッときた。
2020年8月10日(月)
三連休3日目。ワイフとの早朝散歩は続いている。暑さのせいで、猫達が道路の上で身体をのばして涼んでいた。その後は基本的にデスクワーク。書籍の原稿以外の作業を進める。
『Re:ゼロから始める異世界生活 新編集版』を最終回まで視聴。25話「ただそれだけの物語」が31分57秒もあって「あれ?」と思ったら、エピローグ部分に追加映像があった(『2nd season』1話冒頭と同じ内容のようだ)。Netflixでは劇場公開された「Memory Snow」が『新編集版』の26話に、同じく「氷結の絆」が27話(最終話)になっている。
Amazonから届いた古本「逃げるは恥だが役に立つ シナリオブック」に目を通す。巻末の野木亜紀子さんのあとがきは文章に熱があってよかった。劇中で沼田(古田新太)が「ハートフル坊主」の名前でクックパッドにレシピを投稿しているのだが、実際にクックパッドにはハートフル坊主のアカウントがあり、レシピを投稿しているという話が面白かった。しかも、ハートフル坊主は他の人のレシピで料理をつくり、つくれぽをアップしている。芸が細かいなあ。
2020年8月11日(火)
「アニメスタイルちゃんのうすい本」の今石さんの取材原稿をまとめる。あっという間に原稿が仕上がった。それと、まとめていて楽しかった。
2020年8月12日(水)
仕事は「劇場版 若おかみは小学生! 原画集」のデザインの進行と、「アニメスタイルちゃんのうすい本」のテキスト作業と構成の微調整など。数年間、事務所の隅で埃をかぶっていたエアサーキュレーターを稼働させる。
YouTubeで配信中の『カレイドスター』40話から51話までを観る。その後、dアニメストアでOVA『笑わない すごい お姫様』と『レイラ・ハミルトン物語』を観る。47話で盲導犬訓練士の女性が出てくるんだけど、そのキャラクターが出てきた途端に「このキャラクターを演じたのはセーラーチームの声優だったな」という偏った記憶が蘇る。『カレイドスター』にセーラーチームの声優が多いのは、故・池田東陽プロデューサーの想いによるものだったはず。気になって、WEBアニメスタイルの「池Pの すごい? カレイドスター回想録」を読み直してみると、連載第14回で「その前に!! 次回は“クレッセントビーーーーーム!!!”が炸裂でございます。……小黒編集長、フォローして(懇願)。」とある。こう書かれているということは、このコラムが書かれるよりも前に、僕は池田さんと「セーラー戦士の声優の起用」について話をしているわけだ。
池Pの すごい? カレイドスター回想録 第14回 シッポを立てろ! 「冒険者(愚か者)たち」
http://www.style.fm/as/05_column/ikeda14.shtml
池田さんは面白い人物だった。最近、彼のことを思い出すことが多い。
2020年8月13日(木)
主には「劇場版 若おかみは小学生! 原画集」の作業。Amazon prime videoで岡本喜八監督の「殺人狂時代」を観てから、「アンナチュラル」を1話から7話まで観る。ビデオ(DVD)レンタルの時代なら、月に1万円分以上の量をAmazon prime videoで観ているなあ。
2020年8月14日(金)
土曜のオールナイトに備えて床屋へ。床屋の待ち時間に「ユリイカ」の「今 敏の世界」に目を通す。読み応えのある記事が何本もあった。アニメ制作スタッフの発言が多いのもよかった。
2020年8月15日(土)
オールナイトの予習で『マイマイ新子と千年の魔法』を配信で観る。東映チャンネルの『空飛ぶゆうれい船』4Kリマスター版を、冒頭だけ確認するつもりが最後まで観てしまう。『空飛ぶゆうれい船』は最近の上映用フィルムも状態がよかったので「見違えるほど綺麗になった」とは思わないけど、やっぱり綺麗だ。夜はオールナイト「新文芸坐×アニメスタイル セレクションvol. 125 『この世界の片隅に』四度目の夏」。片渕さんと顔をあわせるのは、1月4日のトークイベント以来。お元気そうでよかった。トークの主なテーマは2016年版と『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の違いについて。それから新スタジオについてなど。
腹巻猫です。最近、ドラマや劇場作品で妖怪ものが流行っているようす。NHKでは7〜8月にドラマ「大江戸もののけ物語」を放映していたし、テレビ朝日では8〜9月にドラマ「妖怪シェアハウス」を放映。劇場では9月から実写劇場作品「妖怪人間ベラ」が公開中です。
妖怪ものとはちょっと違うけれど、東海テレビ制作のドラマ「恐怖新聞」も放映中だし、日本テレビはドラマ版「怪物くん」を再放映している。そして、先日、三池崇史監督の「妖怪大戦争 ガーディアンズ」が2021年公開予定で制作されることが発表されました。
コロナ禍で妖怪アマビエが注目されたおかげかも……。
妖怪もの好きの筆者は可能な限り追いかけていますが、中でも「妖怪シェアハウス」が痛快で面白かった。妖怪の描き方が現代的で、妖怪をネガティブにとらえない筋立てもよかった。音楽は筆者が注目している作曲家のひとり、井筒昭雄が担当。遊び心たっぷりの音楽で楽しませてもらいました。
今回取り上げるのは妖怪もの……ではなく、「妖怪シェアハウス」の音楽を手がけた井筒昭雄の作品。2011年に放送されたTVアニメ『ファイ・ブレイン 神のパズル』である。
井筒昭雄は1977年生まれ、徳島県出身。幼少時はドラムに興味を持っていたが、中学生になってギターに転向、高校生時代から曲を作り始めた。1999年、1人多重録音ソロユニットFab Cushionとしてデビュー。これをきっかけに、CM音楽、TV・映画音楽を手がけるようになる。Fab Cushionの活動は現在も継続中で、中路あけ美とのポップグループ ・LEMOでも活躍中だ。
映像音楽の代表作に、テレビドラマ「ブラッディ・マンデイ」(2008)、「ジョーカー 許されざる捜査官」(2010)、「ジウ 警視庁特殊犯捜査係」(2011)、「99.9 刑事専門弁護士」(2018)などがある。ドラマ版「怪物くん」(2010)の音楽も井筒昭雄だった。ほかにも忍者時代劇「猿飛三世」(2008)や宮藤官九郎脚本の「11人もいる!」(2011)、マンガ原作の「死神くん」(2014)、今をときめく池井戸潤原作の「民王」(2015)、昨年放映されて話題を集めた「トクサツガガガ」(2019)など、「ん、これは?」と思う注目作や話題作の音楽を数多く手がけている。
以前、筆者がインタビューしたときにうかがった話によれば、井筒昭雄は筒美京平やレイモンド・スコットの音楽に影響を受けたという。歌謡曲的なキャッチーなメロディと、ちょっと懐かしい感じのソフトロック風のサウンドは井筒昭雄の持ち味のひとつ。また、レイモンド・スコットはさまざまな電子楽器を発明し、それを自在に操ってユニークな音楽を生み出した音楽家。1人多重録音ソロユニットとしてデビューした井筒昭雄と重なるものがある。
作品ごとに個性的な発想で工夫を凝らした音楽を聴かせてくれる作曲家なのだ。
『ファイ・ブレイン 神のパズル』は井筒昭雄がはじめて手がけたアニメ作品である。2011年に第1シリーズが放映され、2012年に第2シリーズ、2013年に第3シリーズが放映された。アニメーション制作はサンライズ。井筒昭雄は3シリーズを通して音楽を担当している。
主人公は√(ルート)学園に通うパズル好きの高校生・大門カイト。ある日、脳を活性化させる、オルペウスの腕輪を手に入れたカイトは、世界のどこかにある、神のパズルを解くことができる存在ファイ・ブレインの候補者となってしまう。カイトはほかのファイ・ブレイン候補者や学園の仲間と競いあい、協力しあいながら、謎の頭脳集団POGとの命がけのパズル・バトルに挑んでいく。
ゲームを題材にしたアニメは多いが、パズルをテーマにした作品は珍しい。本放映時は本編に登場したパズルの解説コーナーや連動データ放送で視聴者がパズルに挑戦する趣向も設けられていた。パズルの面白さだけでなく、カイトを中心とした人間ドラマや謎の集団PODをめぐるミステリアスな展開も見どころだ。
パズルへの挑戦が毎回の見せ場となる作品。こういう場合、クールな頭脳戦を連想させるリズム主体の曲やアンビエント系の音楽が流れることが多い。が、本作はまったく違うアプローチだ。
カイトがパズルに挑む場面では、中南米音楽風のエネルギッシュな曲が流れる。また、カイトが全国をめぐってパズルを解くストーリーから、エスニックな要素も加味されている。音楽だけ聴くと、南米の遺跡をめぐる冒険もの? と思ってしまうようなユニークな作品だ。
本作のサウンドトラック・アルバムは、第1シリーズ放送終了直前の2012年3月28日に「ファイ・ブレイン 神のパズル オリジナル・サウンドトラック Quebra Cabeca」のタイトルで発売された。また、サントラ第2弾「ファイ・ブレイン 神のパズル オリジナル・サウンドトラック2」が、第3シリーズ終了直前の2014年3月19日に発売されている。発売元はいずれもフライングドッグ。
サウンドトラック1枚目から紹介しよう。収録曲は以下のとおり。
- Quebra Cabeca(歌:シキーニョ)
- オルペウスの腕輪
- 汝、精神と頭脳の刃を持て
- Brain Diver (TV edit)(歌:May’n)
- ナチュラルモチベーション
- 魂の閃き
- PZLアディクション
- 円卓の天才たち
- LET’S PUZZLE TIME
- ピタゴラスの封印
- Φ Brain
- √学園
- 赤い覚醒
- 未知へ誘う風
- 情熱とロジック
- 欲望のパズル
- Boooost!!
- 追憶の草原
- スウィーツ・パンチ
- 賢者と愚者
- 蝶のみる夢
- RED signal
- mystic musk
- 時のない遺跡
- GENIUS A GO GO
- DOPAMINE
- タルタロスに咲く花
- 愛する才能
- Tune Up Your Brain
- POG
- 永劫回帰アルゴリズム
- 真実を求める者へ
- 恋のパズルを解いて(歌:中島愛)
- Secret Labyrinth
- ホログラム(#25 version)(歌:清浦夏実)
全35曲、たっぷり74分収録。オープニング主題歌の「Brain Diver」とエンディング主題歌の「ホログラム」以外は井筒昭雄の曲だ。
1曲目に置かれた「Quebra Cabeca」が目を引く。アルバムのタイトルにもなっているこの曲は、ポルトガル語で歌われる挿入歌。「Quebra Cabeca」とはポルトガル語で「パズル」のことだ(最後から2番目の”c”は正しくは下にひげのようなセディーユがついた文字)。ポルトガル語はブラジルの公用語である。
作詞と歌はブラジル人歌手のシキーニョ。歌詞はパズル・バトルを題材にしたものだ。思わず踊り出したくなるような陽気でにぎやかなサンバ調の歌。第2話でカイトがパズルを解く場面に流れた。
トラック2の「オルペウスの腕輪」はコーラスとパーカッションをメインした民族音楽風の曲。南米の古代の祭礼音楽の雰囲気だ。第1話でカイトがオルペウスの腕輪を入手するシーンに使用されている。
トラック3「汝、精神と頭脳の刃を持て」は、ギター、カバキーニョ、パーカッションなどにホーンセクション、ストリングス、コーラスがからむ、エキゾティックなダンス音楽。
アルバム冒頭の3曲で『ファイ・ブレイン〜神のパズル』の音楽の方向性が伝わってくる。
カイトたちがパズル・バトルに挑む場面には、こうしたブラジル音楽風の情熱的な曲やパーカッション主体の民族音楽風の曲がよく流れる。「魂の閃き」「PZLアディクション(=パズル中毒の意)」「LET’S PUZZLE TIME」「Φ Brain」「赤い覚醒」「情熱とロジック」「永劫回帰アルゴリズム」など、いずれも同じテイストの曲だ。「LET’S PUZZLE TIME」は、第1話でカイトが「パズルタイムの始まりだ」と言って難問に向かっていく、曲名そのままのシーンで使われていた。
サンバとパズル。結びつかないように思えるが、パズルを解くときの脳が沸騰するような感覚をイメージした曲調なのだろう。パズルは脳のダンスなのだ。
パズルを解くタイムリミットが迫ったり、カイトたちが危機に陥ったりするシーンでは、ロック的な「Boooost!!」「RED signal」や弦楽器主体の「DOPAMINE」「Tune Up Your Brain」「タルタロスに咲く花」といった曲が流れて、緊迫感、焦燥感を盛り上げている。「タルタロスに咲く花」は第1シリーズの最終話(第25話)でカイトが「神のパズル」に挑む場面に使用された。
アルバムでは、これらの曲を中心に、日常曲や不安曲などをちりばめて、パズル・バトルの雰囲気を再現している。日常曲では、学園生活のシーンに流れる「ナチュラルモチベーション」「√学園」、パズルマニアの変人ぶりを伝えるユーモラスな「円卓の天才たち」「GENIUS A GO GO」などが楽しい。アップテンポの曲の合間に脱力系の曲がはさまって、聴き飽きない、メリハリの効いた構成になっている。
いっぽうで、しんみりしたシーンに流れる曲にも印象に残るものがある。
トラック10「ピタゴラスの封印」は第17話で、カイトが両親の正体を知らされる場面に流れた曲。ミステリアスな導入部からストリングスによる哀感ただよう曲調に展開。後半は女声コーラスが加わり、情感を盛り上げる。メランコリックな弦のアンサンブルが、カイトが受けた衝撃と動揺を表現していた。
第17話の上記に続くシーンに流れたのがトラック32「真実を求める者へ」。淡々としたピアノのリズムにストリングスが奏でる悲劇的な旋律が重なり、ホルンも加わって重厚な音のうねりを作っていく。カイトが自身の生い立ちと両親についての真実を聞かされ、心を乱す場面をドラマティックに彩った。シリーズのターニングポイントとなるエピソードを支えた重要な曲である。
次のトラック33には劇中歌「恋のパズルを解いて」が収録されている。これは第10話から登場するアイドル・姫川エレナが歌う曲。劇中のパズル番組「パズルキングダム」の中で流れていた。歌っているのはエレナの声も担当した中島愛。ちょっと切ない、大人びた曲調のアイドルソングである。
井筒昭雄はこうしたパスティーシュ風の「○○っぽい曲」もたいへんうまい。本作では、ほかに劇中特撮ドラマ「パズルクィーンエレナ」のテーマ曲がある(サントラ未収録)。ドラマ「トクサツガガガ」の劇中ヒーロー番組「救急機エマージェイソン」のテーマやドラマ「妖怪シェアハウス」の中で座敷童子が語る「日本妖怪むかし話」の曲も同様の趣向。どれも、思わずニヤリとしてしまう曲だ。
サントラパートを締めくくるのはトラック34「Secret Labyrinth」。勢いのあるラテン調で始まり、ギターとストリングスがかけあうスリリングな曲調に転じる。文句なしにカッコいい1曲。第1話のラストでカイトがパズルの解をひらめく場面などに流れた、いわば、カイト勝利の曲だ。パズル・バトルを勝ち抜いたよろこびと高揚感に満たされて、アルバムは大詰めへ。
最後に収録されたエンディング主題歌「ホログラム」は、最終回にのみ流れた歌詞2番バージョン。本編の余韻を思い出させる、ニクイ構成である。
井筒昭雄のユニークな発想と曲作りの巧みさが味わえるサウンドトラックだ。音楽アルバムとしても、明るくホットな気分になる1枚。聴けば脳が活性化する。
テレビドラマでは引っ張りだこの井筒昭雄だが、アニメ作品は現在のところ本作だけ。あまりにもったいない。今後のアニメ音楽での活躍を期待したい。
ファイ・ブレイン 神のパズル オリジナル・サウンドトラック
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ファイ・ブレイン 神のパズル オリジナル・サウンドトラック2
Amazon
昔、何年も前に興味本位で手相を見てもらった際、易者さんに
あなた、二重生命線で人の倍生きるよ!
と言われました。信じる信じないは別として、悪い気はしない程度。本気で人の倍生きること前提の人生設計を組むハズもなく、今現在の自分は46歳、十分人生の折り返し地点を越えたと認識しております。で、その現時点では
生命を半分使い切ってなお、ひとつのやりたい仕事で食っていけることの幸せたるや!
と感慨。そう、絵(画)コンテという仕事がそれです! 大変辛い反面、こんなに面白い仕事はありません。何しろ単純な話、自分の思ったアングル・タイミング・カット割りに動きがつき色が塗られ、役者(声優)さんにより声が吹き込まれ、効果音や音楽までもつけてもらえる! こんな唯我独尊で勝手で楽しい仕事は他にあるでしょうか? ちなみに同じ内容のことを出崎統監督もインタビューで仰ってました、というか俺の方が出崎監督(のお言葉)の受け売りっぽい。でも自分もそう思ってるのは本当です。

ま、ついでなのでもう少しコンテの話を続けます。まず自分がコンテを切る際、一番に考えるのは
いかにリミッターを外してフリーダムにイメージを広げられるか?
ということ。「アレやっちゃいけない!」「コレ描いちゃダメ!」から何か新しいモノが生まれた歴史などかつて一度もないはず。監督として人にコンテを振る際も、できるだけ「脚本読んで好きに描いてみてください」と言います。あ、さらについでなので
監督自ら切るコンテと他人に振る(任せる)コンテの違い!
について語っておこうと思います。通常アニメファンの方々は、その作品の面白さの手柄をなんでもかんでも監督に還元しがちですが、意外とそうでもないという話、はまた次回。
編集長・小黒祐一郎の日記です。
2020年7月19日(日)
午前9時半に池袋を出て新宿に。ロフトプラスワンで無観客配信イベント「アニメスタイルTALK 続・沓名健一と語るアニメ作画の20年」を開催。終盤駆け足になったが、とにかく2020年まで到達した。よかった。「続々・沓名健一と語るアニメ作画の20年」をやることになるのではないかと思っていた。新宿駅はこの日、東西自由通路が開通。駅の印象がかなり変わった。
2020年7月20日(月)
午前1時過ぎに事務所へ入って原稿作業。仕事の合間に自宅の粗大ゴミを出したり、夏布団を買いに行ったり。仕事でも片づけることが多くて、夕方にはクタクタ。
『CLANNAD AFTER STORY』を最終回まで視聴。今回は朋也と汐が旅行に行くあたりが染みたなあ。終盤の展開については色々と思うことがあるのだけれど、それはいずれきちんと文章にしたい。番外編 「一年前の出来事」も視聴。dアニメストアには「もうひとつの世界 杏編」だけないのね。
2020年7月21日(火)
13時までデスクワーク。13:35から、ワイフとグランドシネマサンシャインで「ダークナイト【IMAXレーザーGT字幕】」を鑑賞。フルサイズIMAXのシーンは少ないのだが、その少ないシーンはかなりガツンときた。IMAX上映は映像が鮮明になった分だけ、登場人物が誇張された存在だということが強調された気がした。
YouTubeで配信中の『カレイドスター』を視聴中。7話「笑わない すごい 少女」は今観ても凄いし、面白い。テロップで和田高明さんの役職が「演出・作画」になっていて、どうしてこうなったんだっけと思って、「WEBアニメスタイル」の過去記事を見たら、その理由をインタビューで訊いていた。偉いぞ、自分。
animator interview 和田高明(3)[WEBアニメスタイル・旧サイト]
http://www.style.fm/as/01_talk/wada03.shtml
「WEBアニメスタイル」で、吉松さんの「サムシネ!」の連載が再開。
2020年7月22日(水)
11時からササユリカフェでとある取材。昼飯を食べてから池袋に。入れ替わりで事務所スタッフがササユリカフェで「吉成曜ラクガキ」の設営作業。午後はデスクワーク。連休前も慌ただしい。
2020年7月23日(木)
連休1日目。「新文芸坐×アニメスタイルSPECIAL 劇場版 天元突破グレンラガン 紅蓮篇 & 螺巌篇」開催日。今回はトークがなかったので、物販を事務所スタッフに任せて、自分は事務所でデスクワーク。dアニメストアで配信が終わるというので『科学冒険隊タンサー5』を数話分観る。途中でバンダイチャンネルでは引き続き見放題であるのに気づく。
2020年7月24日(木)
連休2日目。早朝散歩以外は外出はしないで、ずっとデスクワーク。インタビューまとめを続ける。さすがに作業が進んだ。
dアニメストアでOVA『今日から俺は!!』1話から4話を観る。このシリーズは未見だった。もりたけしさんは1話の監督で、2話以降の全ての絵コンテを担当。初期話数はガイナックスのメンバーも作画で参加している。ガイナックススタッフが入っているかどうかは別にして、作画がいい。動画の線も綺麗だ。ビデオリマスターの力が大きいのだろうと思うけど、映像が鮮明だ。いきなり声優の話になるけれど、屋良有作さんが高校生役をやっていて、すっごい味のあるキャラクターになっている。
2020年7月25日(土)
連休3日目。夕方までデスクワーク。16時にワイフと近所の立ち飲み屋に行って、Skype吞み用の焼き鳥や揚げ物を買う。できるのを待っている間にもちょっと吞む。16時半から吉松さんとSkype吞み。ゴールデンウィークの頃に戻った感じ。そして、居酒屋呑みよりもリラックスして呑める。
最近、コンテでいよいよ忙しくなりました(2クール目突入)。毎日毎日コンテコンテ。普通に言って遊ぶ暇がありません。端から見ると苦しそうに見えるかもですが、作品づくりが何より好きなので全然苦にはなりません。自分でも驚くくらい、46歳にもなって何か(主にコンテや原画)を描いてるだけで幸せなんです、板垣という男は。世に言う晩酌的なものも30代後半あたりで週1〜2回ほどになり、40越えてからは、打ち上げやたまに会う友人との会合以外はまったく呑まなくなりました。呑んでもノンアルです。「普段何が楽しみなの?」と問われるとやっぱり仕事!
中学の頃、出崎統監督のアニメを観て興奮し、
俺もこんな躍動感のあるモノが作りたい!
と思ったんです。「モノ」とはその当時その正体が「アニメ」だと分からなかったから、そう表現するしかなかったわけで、今ならはっきり「躍動感のあるアニメを作りたい!」と言います。

自分が出崎監督のフィルムで好きなのはその躍動感なんです。それはアニメートのみではなくカメラワークやアングルも含む、フィルム全体の。もちろん画面には直接映らない、キャラクターの感情も激しく、時に優しく、もう本当にすべてのことが動いています。それは画が止まっても!
「アレやっちゃいけない」「コレをやっちゃ映画じゃない」と絶対に否定しない、無制限に自由な表現で緩急自在にドラマを操る出崎コンテの技は、俺にとって永遠の憧れです!
で、その出崎監督の「ぴあCOMPLETE DVD BOOKシリーズ」でいよいよ名作『家なき子』が10月29日より5ヶ月連続(全5巻)でリリースされるそうで、仕事以外の楽しみがまたできました! まだ観たことがない方は、この機会に是非買って観てください。俺の言ってる意味が分かりますから!
さて、コンテコンテ……。
腹巻猫です。10月9日(金)にRMAJ(レコーディング・ミュージシャンズ・アソシエイション・オブ・ジャパン)が主催するイベント「トークぷらすライヴ Vol.12〜和田薫アニメ音楽の世界〜」が開催されます。「トークぷらすライヴ」は音楽家のトークとライブで構成されたイベントで、今回は『金田一少年の事件簿』『ゲゲゲの鬼太郎』『犬夜叉』など、和田薫さんのアニメ音楽がたっぷり採り上げられる予定。時節柄、客席数を抑えるためにクラウドファンディングを利用しての開催になります。チケットは特典付きで、特典のみの支援も可能。久しぶりの映像音楽関係のイベントに期待がふくらみます。詳細は下記からどうぞ。
https://fanbeats.jp/projects/64
前回の『サマーウォーズ』に続いて、「ひと夏の冒険」を描いた劇場アニメをもう1作。
2018年8月に公開された劇場アニメ『ペンギン・ハイウェイ』だ。
森見登美彦の小説をスタジオコロリドがアニメ化。石田祐康が長編アニメ初監督を務めた。
森見登美彦といえば、『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』『有頂天家族』といった作品がアニメ化されている人気作家。ユニークな着想のファンタジーが持ち味だ。本作のストーリーもひと筋縄ではいかない。
小学4年生のアオヤマ君は、日々世界について学び、ノートをつけている好奇心旺盛な男の子。目下の研究対象は、アオヤマ君が通う歯科医院で歯科助手をしている“お姉さん”だ。
そんなある日、アオヤマ君の街にペンギンが出没する事件が発生。アオヤマ君はペンギン出現の謎を解くためにクラスメートのウチダ君と一緒に「ペンギン・ハイウェイ」の探索を始める。やがて、アオヤマ君はお姉さんがペンギンを出現させていることに気づく。
いっぽうで、アオヤマ君とウチダ君は同じクラスの女子・ハマモトさんに相談されて、森の奥に浮かぶ水の球“海”の存在を知り、3人で研究を始める。どうやら、ペンギンと“海”とお姉さんには関係があるらしい。そうこうするうちに、街には新たな異変が起こり始めていた。
どう転がっていくのかわからない、ふしぎな物語だ。主人公の少年たちが謎を相手に研究や実験を始めるところがいい。夏の知的冒険という趣で、センス・オブ・ワンダーが刺激される。観終わって、甘酸っぱい香りが残るのも少年の夏の物語らしい。こういう、ジュヴナイルSFっぽい感じに筆者は弱いのだ。
音楽は阿部海太郎が担当した。
1978年生まれ。幼いころより楽器に親しみ、独学で作曲を始めた。東京藝術大学、同大学院、パリ第八大学に進学して音楽を学ぶ。が、専攻は作曲ではなく、音楽学。学理科で音楽史や民族音楽などの知識を深めた。作曲はほとんど独学だという。
パリ留学から帰国後、舞台音楽や映画音楽、イベント音楽などで活躍。2008年より蜷川幸雄演出の舞台音楽を数多く手がけた。並行して、オリジナル・アルバムも発表。NHK「日曜美術館」のテーマ曲やWOWOW連続ドラマW「分身」の音楽なども担当している。
劇場用長編アニメーションの音楽は本作が初めて。アニメ音楽の型にはまらない、瑞々しい音楽が聴ける。
演奏は最大50人編成のオーケストラ。しかし、派手に鳴らすのではなく、音を吟味し、抑制の効いた表現で、ふしぎな物語の世界を彩っている。絵にたとえるなら、水彩画のような、温かく、味のあるサウンド。やさしく、心地よい音楽だ。
メインテーマ以外に、アオヤマ君、お姉さんなどに固有のテーマが設定されている。また、アオヤマ君とウチダ君がペンギン・ハイウェイを探るシーンのユーモラスな曲(「プロジェクト・アマゾン」)も耳に残る。クラリネットやマンドリンなど、楽器の音色を生かしたオーケストレーションが印象的だ。
サントラ盤のブックレットに掲載された対談の中で、阿部海太郎は本作の音楽について「全曲愛おしい」「傑作率が高い」と語っている。その言葉どおり、じっくり味わいたい曲が並ぶ傑作サントラである。
本作のサウンドトラック・アルバムは2018年8月にソニー・ミュージックレーベル/エピックレコードジャパンから発売された。収録曲は以下のとおり。
- ペンギン・ハイウェイのテーマ The theme of Penguin Highway
- 天才少年の朝 Genius boy’s morning
- プロジェクト・アマゾン Project “Amazon”
- ペンギン発見 He found a penguin
- マドンナ Madonna
- お姉さん Dentist lady
- 最初の夢 The first dream
- 実験成功 Experiment succeeded
- 世界のしまい方 How to put away the world
- 未知との出会い Unknown encounter
- 夏休み Summer vacation
- かわいがり She cherishes him
- 海辺のカフェ Cafe au bord de la mer
- ペンギン号、〈海〉へ ”Penguin”, sail away!
- 帝国の逆襲 The empire strikes back
- ペンタを連れて Take Penta out
- プロミネンス Prominence
- 全て一つの問題 All in one problem
- 円環の川 Ring shaped river
- 海辺の街へ To the seaside town
- ジャバウォック Jabberwock
- 奪われる研究 Stolen research
- 悪い夢 Nightmare
- エウレカ Eureka
- 脱出 Escape
- 研究発表 Research presentation
- ペンギン・パレード Penguin’s parade
- 世界の果て World end
- 〈海〉の崩壊 Collapse of the sea
- 誰もいない街 No one in the city
- これからの研究課題 Further research
構成はちょっと変わっていて、ストレートな劇中使用順にはなっていない。
トラック01から16までは、劇中での使用順とは並びを変えて収録されている。トラック17以降は劇中使用順どおり。前半と後半でコンセプトを変えている雰囲気だ。前半はイメージアルバム、後半は本編を再現するサントラ、というところだろうか。
前半には、「○○のテーマ的」なキャッチーな曲が多い。フィルムスコアリングだが1曲1曲が個性的で、メニュー方式で作った溜め録り音楽のようだ。
トラック01「ペンギン・ハイウェイのテーマ」は、本作のタイトルからオープニングクレジットのバックに流れるメインテーマ。本編では、次の「天才少年の朝」が最初に流れ、この曲につながる。ここは、メインテーマをアルバムの1曲目として聴かせたいという意図だろう。
ストリングスとオーボエによるバロック風の優雅な演奏から始まる。ピアノとクラリネットの合奏が続き、弦楽器による美しい曲想に転じる。トランペットが加わり、高揚感が盛り上がる。ペンギンが住宅街を駆け、水路を泳ぎ、森の奥へ入っていく映像とともに流れて、本編が始まるワクワク感を味わわせてくれる。なるほど、アルバムの1曲目にふさわしい。
2曲目の「天才少年の朝」は、アオヤマ君のモノローグとともに流れる「アオヤマ君のテーマ」と呼べる曲。冒頭のピアノのフレーズはアオヤマ君が考えごとをするシーンなどに短いブリッジのように使われている。本作の音楽では、ピアノとクラリネットがアオヤマ君のキャラクターを表現する楽器になっているようだ。
トラック03「プロジェクト・アマゾン」は本作の音楽の中でも筆者の好きな曲のひとつ。アオヤマ君とウチダ君が水路をたどってペンギンを探す場面に流れる。いわば、「冒険のテーマ」である。といっても勇ましい曲ではない。ベースとクラリネットをメインにした、ぷかぷかと宙を歩むような曲調がユーモラスだ。このクラリネットのフレーズは、ほかの探検シーンでも使われている。
次の「ペンギン発見」は、2人がついにペンギンを発見するシーンで流れる曲。
トラック05「マドンナ」とトラック06「お姉さん」は、本作のヒロイン2人のテーマである。
ハマモトさんの初登場場面に流れる「マドンナ」は、アコーディオンを使ったミュゼット風の小粋な曲。チェスが得意なハマモトさんのすました表情をとらえている。
「お姉さん」はキューバの舞曲ハバネラのリズムを採り入れた曲で、お姉さんの自由でミステリアスな雰囲気をユーモラスに表現。お姉さんのモチーフは、アオヤマ君とお姉さんが電車に乗って海辺の街をめざす場面に流れるトラック20「海辺の街へ」でも反復される。
お姉さんのテーマの変奏では、お姉さんがアオヤマ君の歯を抜こうとする場面のトラック12「かわいがり」もいい。マンドリンとギロを使って、アオヤマ君を翻弄するお姉さんを描写。愛らしさとコミカルさが同居する絶妙の曲になっている。
アオヤマ君と父親が喫茶店で世界の果てについて話をする場面のチェロの曲(トラック09「世界のしまい方」)やアオヤマ君とお姉さんが海辺のカフェでチェスをする場面のボサノバ風のギター曲(トラック13「海辺のカフェ」)など、現実音楽的に使用されているBGM風の曲もよくできている。こういう曲は既成曲で代用されたり、新曲であってもサントラ盤には収録されないことが多いのだが、しっかり収録されているのがうれしい。これがあることで、アルバムの「夏休み感」がぐんと増すのだ。
前半の聴きどころは、トラック11の「夏休み」だろう。アオヤマ君とウチダ君とハマモトさんの3人が、森の奥の草原で“海”の観察をする場面に流れる曲である。軽やかなリズムをバックに管楽器群がさわやかなメロディを歌い、美しい弦合奏が引き継ぐ。後半に入るピアノがちょっとセンチメンタルな香りを漂わせる。3人の夏休みの日々を音楽と映像のモンタージュで綴る名シーンだ。
アルバム後半は、物語がクライマックスに向かうにともなって、映画音楽らしい動きのある曲やサスペンス風の曲が多くなる。
ペンギンが“海”に異変を生じさせる場面のドラマティックなトラック17「プロミネンス」、地鳴りのような弦の低音が時空のゆがみを描写するトラック21「ジャバウォック」、リリカルなピアノからマーチ風に展開するトラック25「脱出」などだが、いずれも、型通りのアクション曲やサスペンス曲にはなっていない。繊細で温かみのあるオーケストレーションで、ふしぎな夏の物語にふさわしい音楽に仕上げている。
後半で特に印象深い曲がトラック22の「奪われる研究」。3人だけの秘密の研究を大人たちに取り上げられてしまったハマモトさんの悲しみと怒りを伝える曲だ。心の痛みを表現するピアノの音、乱れる想いを描写する弦と木管の絡み合い。たっぷり3分以上にわたるエモーショナルな演奏に胸打たれる。本作の音楽の中でもとりわけ心をゆさぶられる曲である。
そして、本作の音楽のハイライトは、トラック27「ペンギン・パレード」だ。ペンギンの群れを引き連れて、巨大化した“海”をめざすお姉さんとアオヤマ君。弦の小刻みなリズムの上で、木管楽器が短いフレーズをくり返し、弦楽器の躍るようなメロディに展開する。ピアノや金管が加わり、華やかにスケール豊かに変奏。スタイルはバロック風だが、はめをはずしたようなお祭り感があり、それがスクリーンを埋め尽くすペンギンの映像とよく合っていた。
阿部海太郎によれば、この曲と「夏休み」はブラジル音楽のビートを採り入れ、クラシック音楽では珍しい裏拍でリズムを取る曲にしたのだそうだ。クラシカルでありながらラテン的な躍動感があるのはそのためである。
“海”に飛び込み、世界の果てにたどりついたアオヤマ君とお姉さん。その周囲に広がるシュールな景色。それは2人の心象風景のようでもある。そこに流れるトラック28「世界の果て」は、ピアノとクラリネット、弦楽器をメインにした現代音楽風の曲。次の「〈海〉の崩壊」とともに、本作のSF的なクライマックスを描写する音楽である。
トラック30の「誰もいない街」は、おだやかな曲調ながら、本編を観たファンには格別胸に迫る曲である。映画の大詰め、お姉さんとアオヤマ君の別れの場面に流れた曲なのだ。ピアノのフレーズから始まり、クラリネットのメロディがそっと入ってくる。「天才少年の朝」と同様の構成ながら、曲調やメロディは異なる。ピアノとクラリネットが、アオヤマ君の心のざわめきと言葉にならない想いを表現している。ラストの雨だれのようなピアノが切なく響く。ストレートに悲しい曲を付けてしまいそうなところだが、ここでも型通りの表現を避け、抑えた曲調で複雑な心境を描いている。
ラストの「これからの研究課題」は、冒頭に流れた「天才少年の朝」と対をなす曲。ピアノが「天才少年の朝」と同じモティーフを反復する。中間部は弦合奏がしっとりと重なって、ちょっぴり大人になったアオヤマ君を表現。ピアノだけが残ってテーマをくり返し、さわやかな余韻を残して終結する。
「いい劇場作品を観たなあ」と思う終わり方だ。
『ペンギン・ハイウェイ』はひと筋縄ではいかない、ふしぎな物語である。音楽もひと筋縄ではいかない。映像になじみ、オーソドックスに聴こえるが、パターンにはまらず、独創的だ。けれど、夏休みの高揚感と非日常の喧騒、出逢いと触れ合いのときめき、夏が終わる切なさが伝わってくる。聴くと、いつもと違う夏があったことを思い出す。そんな音楽である。
ペンギン・ハイウェイ オリジナル・サウンドトラック
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