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佐藤順一の昔から今まで(38)
『たまゆら』の企画と『ARIA』

小黒 この後は佐藤さんが取材を沢山受けた作品が続きます。他の媒体の記事と内容が重複するかもしれませんが、そこは気にせずにいきましょう。

佐藤 はい。

小黒 こうして振り返ると、松竹の作品が多いですね。佐藤さんと松竹の繋がりはいつ頃から始まってるんですか。

佐藤 『ARIA The ANIMATION』(TV・2005年)が最初かな。同じ松竹でも作品ごとにプロデューサーが違うんです。『たまゆら』は『うみものがたり』の繋がりで田坂秀将さんで、『ARIA』と『あまんちゅ!』(TV・2016年)は飯塚寿雄さんというように、同じ松竹作品だけどラインは別なんですよ。

小黒 なるほど。

佐藤 しかも、プロデューサー同士が凄く緊密に情報共有をする感じでもなく、わりと独立して活動している。その都度、お互いの状況を聞きながらそれぞれの仕事をするような感じでしたね。

小黒 「今は『たまゆら』が動いてるから『ARIA』はもうちょっと待って」とか、そういう調整があり得るわけなんですね。

佐藤 そんな感じですね。とはいえ、制作会社は同じなのでバランスを取りつつやっていたのでしょうね。振り返ると、長い付き合いになりましたね。

小黒 年表で見ると、2015年は『たまゆら』と『ARIA』の2つのシリーズが続き、翌年に『あまんちゅ!』が始まります。この頃が松竹アニメを次々に作っていた時期ですね。

佐藤 そうなんです。何年のことか覚えていませんけど、新ピカ(新宿ピカデリー)の登壇回数が、演出家の中でナンバーワンになった時期があったそうで (笑)。

小黒 その1年で最も多く舞台挨拶やイベントに出た監督だと。

佐藤 そうそう。何度も新ピカに行きましたね。

小黒 アニメを作る上で、松竹さんとの仕事がやりやすかったんですか。

佐藤 永年の付き合いもあって、段々やりやすくなりましたね。松竹はプロデューサージャッジで決められることが多い印象で、提案もしやすかった。だから、今でもやりやすい会社ではありますね。

小黒 なるほど。『たまゆら』は企画経緯を伺ったことがないんですが、どういうかたちで始まったんですか。

佐藤 『うみものがたり』が終わった頃に、プロデューサーの田坂さんと「次もなにかやりたいね」という話になりました。僕も田坂さんも飯塚晴子さんのキャラクターが好きになっていて、そこを軸に出した提案のうちの1つなんですよね。同時に『うみものがたり』の続編的な企画も出したと思いますが、飯塚さんの画で『ARIA』の系譜の作品を提案したのが『たまゆら』なんですよね。

小黒 しっとりしていて、観ているとなにか心が優しくなるようなものですか。

佐藤 そうですね。「観ていて寝ちゃったら寝ちゃっててもいいかな」ぐらいのテイストの作品と言いましょうかね。「スライス・オブ・ライフ」、つまり「日常の『素敵』を切り取るようなアニメはどうでしょう?」と提案しました。

小黒 なるほど。

佐藤 ちょうど『ARIA』のTVシリーズが終わった頃だったんだけど、ファンの熱量が高くて「続編を観たい」という声も大きかったんですね。松竹的にもなにかやりたかったけど、原作の終わりまでアニメ化しているから、作るとしたらオリジナルということになるけど、オールオリジナルで『ARIA』のTVシリーズを作るのは難しいと思っていました。『たまゆら』は『ARIA』が好きだったファン達に、どこか近い世界観のものを提案できたらいいな、という感じでしたね。それもあって、最初の頃の宣伝では「あの『ARIA』スタッフが」と多く謳われていたんじゃないでしょうか。

小黒 舞台が広島で、カメラがモチーフになったのはどうしてなんでしょう。

佐藤 他所でも語ったかもしれないけど、「写真」という要素は最初からありました。『ARIA』的な世界観を作るにあたっては「懐かしさ」が重要な要素だと思っていたんですが、写真なら自然に懐かしさを表現できますからね。特に聖地巡礼的なことを考えてたわけではないんだけど、具体的なロケーション場所がほしかったんです。松竹経由で色々候補を出してもらって、最終的に選んだのが広島県の竹原市でした。

小黒 その後、佐藤さんと奥様(佐藤恭野)は、竹原と深い付き合いになっていくわけですが、元々なにか縁があったわけではなかったんですね。

佐藤 全然そうじゃなかった。最初に考えていたのは、現実にある町を舞台として使わせてもらうので、迷惑だけはかからないようにしなければということでした。協力いただくにしても、市役所なり、NPOなりに話を通して、ルールを守りながらやらないといけない。例えば、アニメファンが現地に来たら迷惑だと思われているような状態だと、あまりよくないわけですよね。せっかくそこを舞台にして作品をやるからには、ファンと地元の方の両方が「いいな」って思えるような作品作りができたらいいかなと考えていました。

小黒 なるほど。

佐藤 竹原市のNPOや、お好み焼のほり川さん達が大変協力的で、アニメに対して色々とお力を貸していただけたので、二人三脚のような感じで続けられましたが、最初からそこを狙っていたわけではないんです。

小黒 ところで、『けいおん!』が世の中を席巻してる頃に世に出た作品ですよね。『けいおん!』の後に女の子が部活動をやったり戦車に乗ったりする作品が次々と作られていました。『たまゆら』も、その流れの1つと考えてよいのでしょうか。

佐藤 企画を立てていた頃は、そこまで『けいおん!』人気が爆発してる状況ではなかったかもしれない。主役の竹達(彩奈)さんも、「そういえば『けいおん!』で人気がでているらしい」ぐらいの感じだったかな。それに『たまゆら』の下敷きは『ARIA』なんですよね。『ARIA』は、灯里がマンホームからネオ・ヴェネツィアに来て、日常の素敵を発見していく。でも、住んでる人はそのことに気づいていない、という構図があって、『たまゆら』もそれを踏襲しているんですよね。

小黒 なるほど。

佐藤 写真を撮ろうとする中で、地元の人が知らないものを見つけていく話だったので、部活動になったのも遅かったんです。

小黒 部活の話になったのは第2期でしたね。あそこで「最近の女子高生が主役のアニメでよく見る展開!」という感じはちょっとありました。

佐藤 一歩踏み出す描写として部を作るのがよさそうだし、そこに後輩がいるといいなという感じでしたね。

小黒 最初にOVAとして4話分を作ってますけれども、これはパイロットフィルム的な意味合いだったんですか。

佐藤 オリジナル作品を、いきなりTVシリーズにするのはハードルが高いので、観測気球的な意味も含めて方法を探っていましたね。それがOVAの2本なんですが、4話セットになったのは僕の提案だったと思います。そもそも『たまゆら』って、TVシリーズ1話30分でしっかり観せようというつもりの作品ではなかったんです。場合によったら15分枠でもいいし、どんな枠でもできるつもりで考えていました。プロデューサーの田坂さんと相談しつつ、イベントも沢山やって、まずはお客さんに認識してもらおうというプランで動いていました。

小黒 OVAのエピソードって、TVシリーズ第1期の途中に収まる話なんですよね。この時点で、シリーズ全体の構成がある程度存在したんですか。

佐藤 ではないです。OVAを作ってから、その前後にあたる話をTVシリーズで作ろうということになりました。

小黒 OVAは、1話と4話が佐藤さん脚本とコンテですね。2話と3話の脚本は吉田玲子さんですが、佐藤さんのプロットを元に吉田さんが書いているんでしょうか。

佐藤 基本的にはそうですね。1話と4話は脚本を起こさずにいきなりコンテを描いています。間の2本は吉田さんにシナリオを書いてもらって、そこからコンテを描いたのかな。

小黒 全部自分でコンテから描くのではなく、脚本を作ってもらう部分もあったほうがいいということですね。

佐藤 そうです。それに『ARIA』の吉田玲子さんに入ってほしいという松竹の意図もあったと思いますね。

小黒 なるほど。OVA1作目の手応えはどうだったんでしょうか。

佐藤 OVAは完全に手探りで始めたんですけど、イベントの結果が大きかったですね。人に来てもらうことを重視して、基本無料のイベントを沢山やっています。その中でも竹原市の照蓮寺でやったイベントの影響が大きかった。チケット配布前の早朝からファンの方が並んでくれたりして、想像以上に人が来たんですね。そこで勢いがついたところはありました。結局OVAというジャンルは、何本売れたかは分かっても、観た人が面白いと思ったかどうか、分からないんですよね。だから、イベントでお客さんのリアクションをしっかり見られたのは大きかったかなと思いますけどね。


佐藤順一の昔から今まで(39)『たまゆら』とお父さん目線 に続く


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