SPECIAL

佐藤順一の昔から今まで(39)
『たまゆら』とお父さん目線

小黒 『たまゆら』は評判もよく、シリーズになっていくわけですね。

佐藤 おかげさまで、という感じですね。『ARIA』ファンが結構乗っかってくれたのも大きいと思います。

小黒 スタッフの話に戻ると、「飯塚晴子さんのキャラクターデザインでアニメを作りたい」という動機で始まったけど、飯塚さん自身はあまり作画監督をしていない。これは、飯塚さんのお仕事が重なっていたからですか。

佐藤 そうですね。当時の飯塚さんの軸足はJ.C.STAFFだったかと思います。現場に張りついての作業もなかなかお願いできないし、TYOアニメーションズの制作スタイルもあるので、中に入ってガッツリとやるのも難しそうだなと。まずはキャラクターデザインと版権を描いていただいて、余力があったら肝のところを作監修正していただけるといいかなと思っていました。

小黒 キャラクターの外見等に、佐藤さんの要望も入っているんでしょうか。

佐藤 あんまり入ってないですね。飯塚さんに、女の子A、B~Jという感じで何種類もラフを描いてもらっていて、その中から「これがかおるかな、楓ならこれかな」と選んでいったような感じですね。

小黒 ももねこ様も、なんとなく『ARIA』っぽい猫がいるというイメージなんですね。

佐藤 そうそう。癒し成分として猫が欲しかったんだけど、ももねこ様のデザインは結構難航したんですよ。『おジャ魔女どれみ』の魔女ガエルは「カエルみたいだけどカエルじゃない」だったので、それを猫でやりたいと言ってデザインしてもらったんだけど、普通の猫から始まってあのキャラになるまで紆余曲折あったので、苦労を掛けてしまったところではありますよね。

小黒 主人公の女の子達は、個性的だけど現実離れしすぎない、そんなラインを探ってるんじゃないかと思うんですが、どうでしょうか。

佐藤 そうだね。ターゲットの年齢が低いアニメだったら、多少はおバカなことをして話を広げてくれたほうがやりやすい、ということもあるんですけど、やっぱり『ARIA』のラインにある作品だと思っているので、現実と地続きになる部分が欲しくて。アニメのターゲット、購買層が基本的に男性なので、ある種のファンタジー女子高生であってもいいとは思うんですけど、その中でも「地に足」感を持たそうとする気分ですかね。本当にリアルにすると、深刻なドラマもやらないといけないですけど、それは多分求められてないからね。

小黒 それからこれが重要な点ですが『たまゆら』で語るべき点は「お父さん目線」ですよ。

佐藤 そうですね。「大事にしないと、お父さんは死んでしまうぞ!」というメッセージ。

小黒 ええっ、それがメッセージなんですか!? 要するに「お父さんは娘さんに大事にされたい」ということですよね。

佐藤 そうそう(笑)。

小黒 『たまゆら』という作品は、女の子達を見る目もお父さん目線だし、全体的に品がいいので大人が観てても恥ずかしくならない。

佐藤 田坂さんと話した時に『ARIA』は購買層の年齢層が高めで、30代から50代ぐらいまで広がっているので、お父さん目線を求められているかもしれないという感触はありましたね。

小黒 劇場公開の時、客席にいたお客さん達の年齢層は高めでしたよ。

佐藤 高いですよ、やっぱり。だって、高校生とかが観てもあまり面白くないと思うわけですよ(笑)。

小黒 今、凄いこと言いましたね。

佐藤 でも、自分を振り返ってもそうだよね。中高生の頃って、背伸びをしたいというか、「世の中の汚いものをちゃんと見せろよ」と思ったりするじゃないですか。それに対して『ARIA』は「汚いものはもういいから、綺麗なものを見せてください」という年齢層に差し掛かった人達が観てくれたと思うんです。

小黒 なるほど。人生で色々なことを体験して、清らかなものを見たいと思うようになった人達に『ARIA』が届いたということですね。

佐藤 そうです。『たまゆら』も、そこは同じだよなっていうことです。

小黒 『たまゆら』は登場人物を自分の恋人のように思う作品ではないんですね。だけど、楓ちゃんは理想の娘像にしては大人しすぎませんか。

佐藤 ピュアな子が、そのピュアさゆえに、他の子達が気づかないものに気づいていく物語だから、ガツガツ前に進むキャラじゃないほうがいいんですよね。それに、主人公が不器用なほうが好感度が高いと思うんですよね。

小黒 お父さん的には?

佐藤 お父さん的な目線で言うと、楓やかおる、のりえ、麻音も、みんないいなと思える感じになってるとは思うんです。その中で楓は、これから自分の道を歩いていくとして、その歩みが少し心配だな、と感じるぐらいの子でありますよね。『たまゆら』はそんな楓が自分の足で歩けるようになるまでの物語ですよね。

小黒 昔、佐藤さんと「日本のアニメには『主人公の女の子は死んだお父さんが大好き』というジャンルがありますよね」という世間話をしたことがあったと思うんですけど、まさしくそれなんですね。

佐藤 そうそう。例えば、ちょっと感動系の刑事ドラマって、結構な頻度でお父さんのことが大好きな娘が出てくるんですよ。遺留品がキーアイテムになってたりしてね。

小黒 なるほど。

佐藤 「お父さんの跡を継いでこの道に進みました」「お父さんの大好きだった仕事をやる」、または「お父さんの仇を取る」という話が沢山あるんですが、それは多分男性ライターの希望、願望なんですよね。

小黒 ああ、ライターの願望なんだ。

佐藤 あるいは、男性のプロデューサーや演出家の願望だと思うんですよ。女性ライターはそこにあまり興味ないというか、そっち方面にはいかないと思うんだけど。

小黒 いかないでしょうね。

佐藤 ゲストの娘が生前は知らなかった父の気持ちに気づいて泣いたりするわけですよ。

小黒 実際に女の子がお父さんの気持ちを分かって泣いてくれたりすると嬉しいものなんですか。

佐藤 いや、そうでもないかもしれないね。そこはある種のファンタジーでいいと思うんですよ。

小黒 なるほど。今、『たまゆら』の全てが分かったような気がしました。

佐藤 (笑)。軸足は全部そこなんです。それでも、女の子のファンもいてくれたりするのが面白いなと思いますけど。


佐藤順一の昔から今まで(40)『たまゆら』のキャスティング に続く


●イントロダクション&目次