第619回 宝物と納品

 前々回(第617回)からの宝物の続きの話。

・『家なき子』の杉野昭夫作監修正 数カット分(直筆)
・『赤同鈴之助』の荒木伸吾原画(直筆)
・出崎統監督サイン色紙(直筆)
・椛島義夫さんサイン色紙(直筆)
・大塚康生さまサイン色紙(もちろん直筆)
・高畑勳監督と一緒に撮っていただいた写真
(『もののけ姫』の打ち上げパーティーにて)
・小田部羊一先生サイン入り画集(もちろん直筆)
・奥山玲子先生からの手紙(ハガキ)

 大塚康生様のサイン色紙は、忘年会の景品です。自分が在籍した当時のテレコムで、忘年会のくじ引きでいくつかあった景品の中に大塚さんのサイン色紙が3種類ほどあって、俺にそのうちのひとつが当たったわけ。『パンダコパンダ』が描いてあり、「あとで名前(宛名)書いてあげるから」と大塚さん。後日名前をかいてもらう際、話のネタに、と前々回話題にした椛島義夫さんのサインも持ってって見せたところ、大塚さんが「ああ、椛さんね〜」と”板垣伸君へ 椛島義夫”とあるサイン色紙に描き込まれた『ガンバの冒険』のイラストを見ながら懐かしそうでした。で、椛島さんの描かれた色付き(!)ガンバを見て感化されたのか、大塚さん「僕も色を付けてやるよ」と仰って美術部へ行き「ちょっと絵の具貸して」と”板垣伸君へ”と書かれたあとパンダに色を付けてくださいました。と言っても、何せパンダなので黒い部分と地面にうっすら茶色だけ。テレコム在籍中はとにかくの類いの楽しい思い出ばかりです。
 高畑勳監督と一緒の写真は、何年か前にもここで自慢したと思いますが、『もののけ姫』の打ち上げパーティーの時にこやかに笑っていただけて、嬉しくて周りの友人に見せまくりました。小田部羊一先生のは『アルプスの少女ハイジ』展にて、画集を購入した際「じゃ、サインしてあげるよ」と。
 奥山玲子先生からの手紙の話は次回。

とにかくしばらくは『コップクラフト』の納品でおおわらわっ!

第161回 音楽の虹のかけ橋 〜わんぱく王子の大蛇退治〜

 腹巻猫です。7月27日〜28日にさいたま市ソニックシティで開催される第58回日本SF大会「彩こん」内の企画「空想音楽大作戦2019」に出演します。企画の開始は28日15時から。サントラ研究家の早川優さんをゲストに、近年のSF映像音楽、埼玉県出身の作曲家のSF音楽作品、サントラ制作の舞台裏などを語ります。SF大会参加者のみなさま、ぜひご来場ください。詳細は「彩こん」公式サイトからどうぞ。
https://www.scicon.jp/


 1968年に公開された高畑勲監督、東映動画(現・東映アニメーション)制作の長編漫画映画『太陽の王子ホルスの大冒険』の2枚組サウンドトラック盤が7月24日に発売される。折しも、現在放送中のNHK朝の連続テレビ小説「なつぞら」では、アニメーターの主人公なつが勤める“東洋動画”で『ホルスの大冒険』をモデルにしたと思しき作品の制作が佳境を迎えているところ。東京国立近代美術館では高畑勲監督の初の大規模回顧展が開催中だし、「なつぞら」にも高畑監督を思わせる若き演出家が登場している。実にタイムリーな発売だ。
 『太陽の王子ホルスの大冒険』の音楽については、当コラムでも取り上げたことがある。今回は、高畑勲監督が演出助手として参加した長編漫画映画『わんぱく王子の大蛇退治』の音楽を取り上げよう。

 『わんぱく王子の大蛇退治』は1963年に公開された東映動画制作の劇場アニメ。日本神話に題材を得た、少年王子スサノオの大冒険活劇である。演出(監督)はこれが監督デビューとなった芹川有吾。原画監督の森康二以下、東映動画の総力を結集した作画は見どころ満載で、現在の目で観ても古びていない。そして、音楽は「ゴジラ」を手がけた日本映画音楽の巨匠・伊福部昭である。
 本作の音楽を担当した経緯について、伊福部昭は「監督の芹川有吾さんが日本神話の素材なら伊福部が適任ではないかと目星をつけておられたようで」と語っている。伊福部昭は1959年公開の東宝作品「日本誕生」の音楽を担当している。これもまた日本神話を題材にしたものだった。芹川有吾の頭に「日本誕生」の音楽があったことは容易に想像できる。いっぽう、伊福部昭もディズニーの長編『ファンタジア』を観て感銘を受けた経験から、アニメにも興味を持っていた。伊福部昭唯一の劇場アニメ映画音楽がこうして生まれることになった。
 『わんぱく王子の大蛇退治』は伊福部昭の映画音楽の中でも特異な位置を占める。200本を超える劇場作品の音楽を手がけた伊福部昭だが、その中で長編アニメはこの1作だけ。また、音楽の入れ方に慎重な伊福部昭には珍しく、86分の映画に73分以上もの音楽を作曲している。加えて、通常は効果音として処理される生き物の鳴き声やキャラクターの動作に伴う音、自然音なども、その多くを楽器による「音楽効果」で作り出している。「音楽ファンタジー」と呼べるような、全編、音楽にあふれた作品なのだ。
 その内容も、勇壮なマーチあり、巨大怪獣の恐怖を表現する音楽あり、エキゾティックな踊りの音楽あり、素朴な旋律の歌曲あり、スサノオが訪れるさまざまな国の情景を描くファンタジックな音楽ありと充実している。そのため、本作は伊福部昭ファン、特撮怪獣映画ファンにも人気の一本なのである。
 そういう事情もあり、本作の音楽は早くから音盤化が進められてきた。
 最初の収録盤は、1978年に東宝レコードから発売されたLPレコード「SF映画の世界 PART5」。日本の特撮SF映画音楽を集めたシリーズの1枚である。ジャケットは日活の怪獣映画「大巨獣ガッパ」。帯にも「宇宙大怪獣ギララ」「吸血鬼ゴケミドロ」といった怪獣映画のタイトルが並んでいる。しかし、中身は全24曲中19曲が『わんぱく王子の大蛇退治』で占められている驚きの1枚だった。「ガッパ」や「ギララ」の音楽を望んでいたファンには肩透かしだったかもしれないが、それだけ、『わんぱく王子』は特撮怪獣映画ファンにとっても特別な作品だったのだ。余談だが、このアルバムの中身を知ったとき、筆者は「構成って、ここまで自由にやっていいんだ……」と驚きを通り越して清々しい思いがしたことを記憶している。
 続いては、1984年に日本コロムビアから「オリジナルBGMコレクション」シリーズの1枚として発売されたLPレコード。初の単独アルバムである。このときは2枚めの発売を企図して映画前半の楽曲だけが収録されたが、残念ながら2枚目が出なかった。本編の一番の聴きどころの音楽が聴けないのでもの足りなさが残る。しかし、ジャケット画は見ごたえがあるし、アナログレコードで聴く伊福部サウンドは格別の味わいがある。愛着深い1枚だ。
 3度目は1989年にユーメックス/東芝EMIから発売された「完全収録 伊福部昭 映画音楽 東映動画編」。CD2枚に本編に使用された全楽曲とカラオケや別テイクを収めた、ファン待望のアルバムだった。
 4度目は、1996年に発売されたCD-BOX「東映動画長編アニメ映画音楽大全集」。10枚組のうちの1枚に本編使用の全楽曲が収録された。
 このほかに、本作の音楽をもとにしたオーケストラ作品、交響組曲「わんぱく王子の大蛇退治」がある。これはファンからの熱望に受けて伊福部昭がまとめたもので、2003年にキングレコードによってCD用に初演、発売された。
 かくのごとく、本作は、70年代、80年代、90年代、00年代とくり返し商品化されている人気作品なのである。
 その流れを汲む決定盤とも呼べる商品が、2018年5月にディスクユニオン・CINEMA-KANレーベルから発売された「わんぱく王子の大蛇退治 オリジナル・サウンドトラック」である。2枚組にテイク違いを含む全楽曲と効果音まで収録した「最終盤」だ。
 収録内容は下記を参照。

わんぱく王子の大蛇退治 オリジナル・サウンドトラック
https://www.amazon.co.jp/dp/B07CDFC7CQ/

 1枚目に本編で使用された音楽を完全収録、2枚めにテイク違いの楽曲と効果音、予告音楽等を収録した構成。
 すでに書いたように、本作には伊福部音楽のさまざまな魅力が凝縮されている。聴きどころをいくつか紹介しよう。
 1曲目の「メインタイトル」は映画の冒頭に流れる曲。木管と電子オルガンなどが奏でるエキゾティックで幻想的なテーマから始まる。ナレーションで国生み神話が語られるプロローグの曲だ。続いて、メインタイトルとスタッフクレジットのバックに流れる軽快なマーチの曲になる。伊福部ファンなら「きたきた!」と胸躍るところだ。このマーチは、中盤の火の神とスサノオの対決シーンでも使用されている(「火の神とスサノオ」の後半)。
 劇中にくり返し登場する「母のない子の子守唄」は、スサノオの母イザナミのテーマ。母子の情愛を表現する曲であると同時に、スサノオの郷愁の想いを表現する曲でもある。
 スサノオがひとり旅立つ場面に流れる「旅立ち」の後半では、メインタイトルとは異なる旋律のマーチが聴ける。未知の世界に船出するスサノオの高揚する心と凛々しさを表現する明るく希望に満ちた曲だ。
 海でスサノオが巨大な魚アクルと対決する場面の「怪魚アクル」は、伊福部ファン待望の怪獣出現音楽。といっても、ゴジラほどの凶暴さや巨大さはないため、表現は控えめ。本当の巨大怪獣は後半に控えている。
 本作の音楽最大の聴きどころのひとつが「岩戸神楽」だ。岩戸の中に隠れた太陽神アマテラスを誘い出すために、女神アメノウズメが躍る場面の曲である。この場面では音楽と絵を完全に合わせるために、早い段階から伊福部昭と監督、振付師らとの綿密な打ち合わせが行われた。先に音楽が作曲・録音され、その音楽をバックに生身のダンサーが躍り、その動きを参考にアニメーターが作画を行っている。音楽に合わせてアメノウズメがひらひらと舞い踊る、映像と音楽が一体となった名場面が生まれた。
 アメノウズメは芸能の神であり、その踊りは神話における日本の芸能の誕生を意味している。音楽に合わせて踊る女神の姿は、形は違えど、現代のプリキュアシリーズのエンディングで観られる、CGによるプリキュアのダンスのルーツとも呼べるだろう。伊福部昭は「このくだりの仕事は、『わんぱく王子』に限らず、私の映画音楽全体の中でも、際立って想い出深いものです」と語っている。
 もうひとつの聴きどころが、言うまでもなく、クライマックスのスサノオ対ヤマタノオロチの場面の曲である。
 「ヤマタノオロチ出現」は巨大怪獣の出現を描写する重厚な音楽。芹川有吾の巧みな演出と丹念な作画によるオロチ登場描写は息をのむような迫力だ。東宝怪獣映画にまったく負けていない。オロチが酒を飲む場面の不気味な「酒を飲むオロチ」に続き、勇壮なトランペットのメロディによる「スサノオ出撃」が流れて、スサノオ対オロチの戦いが始まる。
 スサノオとオロチの対決は、躍動感に富んだ戦いの曲で彩られる。天翔ける馬ハヤコマに乗ったスサノオが颯爽と空を駆け、オロチの長い首がそれを追う。オロチの八つの頭はどれも同じように見えて、実はすべて異なる顔にデザインされている。その頭をひとつひとつ倒していくスサノオ。スサノオが武器を矛(ほこ)から剣に持ち変えると、曲はミディアムテンポの「スサノオ対オロチI」からアップテンポの「スサノオ対オロチII」に変わる。思わず血沸き肉躍ってしまう興奮の場面だ。ここでは音楽はあえて画に細かく合わせるよりも、音楽としての流れと勢いを重視して一気呵成に突き進む。素早い弦のパッセージが緊迫感を呼ぶ危機描写曲「スサノオ対オロチIII」が続く。
 スサノオが剣を折られ、絶体絶命になりながらも最後のオロチの頭を倒す場面の「最後の戦い」で激闘は終わりを告げる。上下動する弦のオスティナート(同一モチーフのくり返し)が危機感を盛り上げ、高音のトランペットがスサノオの勇気を表現する。
 いやー、すごかった。もう満腹。ラストの曲は「勝利の朝」と「エンディング」。「母のない子の子守唄」が再び流れ、美しくよみがえる出雲の国の情景が映し出される。伊福部映画音楽の中でも際立って美しい女声コーラスの曲で映画は幕を下ろす。巷では「癒しの音楽」などと軽々しく口にする向きもあるが、本当に心が浄化される音楽とはこういう曲をいうのだ。

 伊福部昭の特撮映画音楽を愛するファンは多い。しかし、それらの多くが作品の性質上、どうしても悲劇性を帯びた音楽にならざるをえないのに対し、本作の音楽はファンタジックな美しさと躍動感に富んだ、聴くだけでも楽しく、また、心安らぐ音楽になっている。だからこそ、本作はアニメファンのみならず、特撮怪獣映画ファン、伊福部昭ファンのすべてに愛される作品になったのだと思う。
 本編が始まった当初は、森康二の愛らしいキャラクターに伊福部音楽は重厚すぎるようにも感じる。しかし、観ているうちに「この音楽しかない」と思えてくる。いにしえの香り漂う、落ち着いた響きに包まれると、そこは神話の世界。せわしく、せちがらい現代を離れた、ゆったりした時間の流れる世界が待っている。伊福部音楽は、観客を此岸(現実)から彼岸(神話世界)へと運んでくれるのだ。まさしく「虹のかけ橋」(本作の企画時のタイトル)と呼ぶべき音楽である。

わんぱく王子の大蛇退治 オリジナル・サウンドトラック
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太陽の王子ホルスの大冒険 オリジナル・サウンドトラック
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アニメ様の『タイトル未定』
212 アニメ様日記 2019年6月16日(日)

2019年6月16日(日)
土曜の23時半に起きて深夜の散歩に。午前1時50分頃に事務所。その後は基本的に原稿作業。WOWOWで『劇場版BLEACH MEMORIES OF NOBODY』『劇場版BLEACH The DiamondDust Rebellion もう一つの氷輪丸』『劇場版BLEACH Fade to Black 君の名を呼ぶ』『劇場版BLEACH 地獄篇』『BLEACH[実写版]』を連続放送。それを流しながら作業をする。

2019年6月17日(月)
今日も一日、デスクワーク。午前中は原稿。録画したTOKYO MXの「ヒーリングタイム&ヘッドラインニュース」を再生しながら作業を進める。具体的に書くと「路面電車のある風景その1」「猫の足跡&看板猫」「東京点描 城北1」を再生した。午後は夏の書籍の編集作業と「設定資料FILE」のページ構成。確認することがあって、『交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい』を観る。続けて『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション1』を観る。いつも仕事中に飲んでいるコーヒーをやめて、飴をなめながら作業。コーヒーを抜いて体調はよくなったけど、腹が減る。

2019年6月18日(火)
今日も昨日も一日、デスクワーク。大物のテキストがようやく終了。他も色々と大忙し。午前中は昨日と同じく、録画したTOKYO MXの「ヒーリングタイム&ヘッドラインニュース」を再生しながら作業。午後は『どろろ』の最新話を観る。『からくりサーカス』の視聴を再開。

2019年6月19日(水)
『からくりサーカス』をまとめて視聴。ものすごい「林原めぐみ祭り」の回があった。次の大物原稿に入らなくてはいけないのだけど、他の作業がたまっているので、そちらを優先して片づける。午後に「内藤泰弘の世界展」へ。吉松さんと合流して、一緒に回る。「トライガン」の原作を読み返したくなった。それから「栗本薫と中島梓 世界最長の物語を書いた人」をようやく読了。面白かった。同じ人物について書いても、もっとエキセントリックな内容にできたに違いない。筆者の愛情の深さとバランスのよさが素晴らしい。

2019年6月20日(木)
暗いうちから散歩。要町あたりから谷端川緑道を歩く。谷端川緑道は今までも何度か歩いていたのだけれど、今日初めて名前を知った。地図を見ると、かなりの長さがある。自分が今まで歩いていたのは谷端川緑道の一部だったのだ。その後はずっとデスクワーク。午後はメインマシンのMac miniの具合が悪くなり、悪戦苦闘する。前にも同じようなことがあった。次に買うマシンを決めておいたほうがいいかもなあ。『からくりサーカス』を、配信の最新話数である34話まで観た。

2019年6月21日(金)
朝の散歩は飛鳥山公園との往復。その後はデスクワーク。引き続き、夏に出す書籍の編集作業でてんてこ舞いで、またまた大物の原稿が後まわしに。てんてこ舞いと言いつつ、午後は「河森正治EXPO」に。展示されている資料もよかったし、展示の仕方もよかった。延々とゴチャゴチャと資料が貼られていて、このゴチャゴチャ感が(僕が思うところの)河森さんらしさとマッチしていた。音声ガイドは複数あったのだけど、河森さんversionで語られていた「学生時代の一日」の話が面白くて、二度も聞いてしまった。以下は記憶モードで書く。大学で授業に出て、学食で美樹本さんと『マクロス』について打ち合わせして、渋谷(だったと思う)のゲームセンターで少しだけアーケードゲームをやってから、ぬえに行く。自宅とぬえまで2時間半(だっけ?)かかるので、移動中の電車の中で小さなノートにデザインをしていた、といった内容だった。展示されていた『新世紀GPX サイバーフォーミュラ』の初期デザインで思い出したことがあった。放映開始前にアニメージュの武田編集長に見せられた企画書には、河森さんのイメージボードも使われていて、僕は「チキチキマシン猛レース」のような作品だと思ったのだ。その企画書が、アニメージュが『新世紀GPX サイバーフォーミュラ』を押すきっかけになった。話を戻すと、「河森正治EXPO」では「河森正治EXPO解態新書」も購入した(届くのはずっと先)。
「なつぞら」の新しい登場人物の坂場一久。おそらく、モデルは高畑勲さん。「アニメのリアリティ」を問題にするあたりも高畑さんらしい。前にも「本格作画ドラマだな」と思った回があったけれど、この日の回もそうだった。

2019年6月22日(土)
一日デスクワーク。と言いつつ、昼寝をしたり、床屋に行ったり。

第160回アニメスタイルイベント
帰ってきた亀田祥倫の思い出のアニメを語る会

 8月4日(日)に開催するトークイベントは「第160回アニメスタイルイベント 帰ってきた亀田祥倫の思い出のアニメを語る会」だ。
 これは『モブサイコ100』『映画ドラえもん のび太の宝島』等で知られるアニメーターの亀田祥倫をメインとした企画で、彼が好きなアニメや観てきたアニメについて語るというもの。6月2日(日)に開催したイベントの続編である。前回のイベントは楽しい内容で盛りあがったが、予定していた内容を消化することができなかった。その語りきれなかった部分を語るために今回のイベントが企画された。

 今回もざっくばらんな雰囲気の、肩の凝らないトークとなるはずだ。現在のところ、決まっている出演者は亀田祥倫とアニメスタイル編集長の小黒祐一郎。追加のゲストについては改めてお伝えする。

 今までのイベントと同様に、トークの一部を「アニメスタイルチャンネル」で配信する。前売り券は明日・2019年7月13日(土)から発売開始となる。詳しくは、以下のリンクの阿佐ヶ谷ロフトAのページを見てもらいたい。また、会場ではアニメスタイルの関連書籍を販売する予定だ。

■関連リンク
アニメスタイルチャンネル
https://ch.nicovideo.jp/animestyle

阿佐ヶ谷ロフトA
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/123501

第160回アニメスタイルイベント
帰ってきた亀田祥倫の思い出のアニメを語る会

開催日

2019年8月4日(日)
開場12時00分 開演13時00分

会場

阿佐ヶ谷ロフトA

出演

亀田祥倫、小黒祐一郎(司会)

チケット

前売1500円 当日1800円(共に飲食別・要1オーダー)

■アニメスタイルのトークイベントについて

 会場となる阿佐ヶ谷ロフトAはトークライブができる居酒屋。入場料(今回は前売1500円、当日1800円)とは別に飲食(最低でもドリンク1杯)をお願いしている。ソフトドリンクもあるので、未成年の方でも大丈夫。 アニメスタイル編集部が開催する一連のトークイベントは、イベンターによるショーアップされたものとは異なり、クリエイターのお話、あるいはファントークをメインとする、非常にシンプルなものだ。出演者のほとんどは人前で喋ることに慣れていないし、進行や構成についても至らないところがあるかもしれない。その点は、あらかじめお断りしておく。

[先行公開]渡辺歩・小西賢一が語る『海獣の子供』
後編 ホテルに軟禁されて描いた絵コンテ

小黒 小西さんは、参加する前から『海獣の子供』の原作を読んでたんですか。

小西 深くは読んでなかったですね。画に魅力があるので、気にはしてましたけど。実は映画の制作中も深くは読んでなかった(笑)。後半になってからですよ、ちゃんと読んだのは。

小黒 原作の画だけを見ていた?

小西 極端に言えば画とシチュエーションですね。語弊はあるかもしれないけれど、原作は画集みたいなもんじゃないですか。それが魅力だと思って、そのつもりで見ていました。

小黒 ご自身としては、どういうふうに原作に迫ろうと思われたんですか。

小西 特に変わったことをやっていたつもりではないんです。面白い話ができるかな。

渡辺 (笑)。

小西 「原作の画が大事である」ということは、自分の中でありました。だけど、制作に入っていくと、まずは「渡辺さんが何をしたがるのか?」というのがあるわけです。今まで付き合ってきた監督の皆がそうでしたけど、監督がやりたいことがコンテに落とし込まれたらそれが土台になって、そこから何をするかが決まっていく。監督が何をしたいのかが分からないと、動きようがないんです。だから、「コンテが上がってこないと、どうにもならないな」とは思ってました。

小黒 今回、絵コンテをお借りして拝見したんですが、凄いですよね。こんな情念の込もった絵コンテを見たのは初めてかもしれないです。

小西 渡辺さんはいつもこのくらい濃密じゃないですかね。

小黒 確かに『謎の彼女X』の絵コンテも濃かったですね。

渡辺 (笑)。

小西 あれもテレビでそこまで濃いことをするのか、という感じでしたよね。だから、僕は、いつものことだと受け取っちゃいましたけどね。渡辺さんは無茶ばっかりするんですよね。『ドラえもん(ドラえもん のび太の恐竜2006 )』の頃から分かってるのは、それを作画として落とし込んでいくと、大変になってしまうというか(苦笑)。まあ、そこを警戒はしていますよね。

小黒 『海獣の子供』でも「大変そうな絵コンテが上がってきた」と思われたんですね。

小西 そうですね。前半はともかく、終盤の「祭り」のところとか。あんな大変なことを全部をできるわけないんです。結局、欠番も出ているんです。

渡辺 (笑)。

小西 作画のカロリー等について、本当はコンテでコントロールしてほしいところじゃないですか。それをどう考えているのか。(渡辺監督に)どうなんですか。途中から考えなくなっちゃったんですか(笑)。

渡辺 え?(笑)あ、いやいやいや。

小西 考えてました? 僕は「あんま大変にしないでね」と釘を刺してたと思うんですよ(笑)。

渡辺 だからね、後半はなるべく計算をしてね。

小黒 いやいや、仕上がった作品を観たら、序盤から「ここでこんな大変なことを」と思いますよ。

渡辺 (苦笑)。

小西 そうですね。

渡辺 すみません(笑)。やっぱりある程度、小西さんの力を当て込んでというか。どうせだったら、その力を全部出してもらいたいと思ってやっているので。

小西 そう思っちゃうのが、いけないんだと思います。そんなことしてないコンテでも、こっちは大変にしちゃうわけですよ(笑)。

小黒 普通の絵コンテで作画をするとしても、小西さんはそれ以上のものにしようと思うわけですね。

小西 そうそう。普通のコンテでも、面白いものにしたいと思ってやるわけだから。渡辺さんのコンテはとんでもないことを沢山やっているので、こちらもガチで取り組むし、コンテに答えているうちに、深みに入ってくことが多いんですよね。

小黒 渡辺さん的としてもこんなに大変な絵コンテを描いたのは、久々なんじゃないですか。

渡辺 そうですよね。

小西 認識はあるんですね?(苦笑)

渡辺 いやいや、あります。

小西 テレビのコンテとは、モードのようなものが、全然違うんですか。

渡辺 まあ、違うでしょうね。こう言っちゃなんですけど、テレビの時はテレビで実現できるコンテになりますよね。

小黒 『海獣の子供』は生活描写もリアルに描いていますよね。『のび太の恐竜2006』も出来はいいんだけど、あれは舞台の大半が白亜紀だった。その意味では、渡辺さんが手がけた『おばあちゃんの思い出』等の中編『ドラえもん』の進化形が、ようやく『海獣の子供』で観られたと思いました。

渡辺 ありがとうございます。本当にそれはあるかもしれないですね。大変なコンテを描いてしまうことについては、まあ、難しいですけどね。カットを作っていく上での材料を揃えておきたいというのはあるんです。それで、こんな材料もあったほうがいいんじゃないか、あんな材料もあったほうがいいんじゃないかと、どんどん入れ込んでしまうというのはあるんです。「ここからいくつか拾ってもらいたい」という思いではいましたけどね。

小西 渡辺さんが出したコンテを制御する演出が、本当は必要なんですよ(笑)。

小黒 「絵コンテにはこう描いてあるけど、ここは止めでもいいですよ」といった感じで処理する演出家が必要?

小西 そうそう(笑)。それを僕が担っちゃってるところもあったんだけど、やっぱり制御はしていないかな。

小黒 小西さんもむしろ大変な方向に?

小西 プロデューサーに対しても「抑えるとこは抑えるから」と言っていたけど。まあ、結果的にはそうはなりませんでしたね(苦笑)。

小黒 この絵コンテの執筆は何年ぐらいかかってるんですか。

渡辺 3年ぐらいですか。

小西 そんなかけてるんですか。

渡辺 そんなかかってないか。そういえば、コンテを長く持つことは許されなかったような気がする。

小西 ホテルに軟禁されましたよね。

渡辺 そうです。「この日までにコンテを上げろ」と言われて、ホテルで描いていたんですよ。一旦、それで上げています。それが2015年くらいなんです。

小黒 2015年の段階で、絵コンテを最後まで描いている?

渡辺 最後までいっているんですよ。でも、その時に描いたものはほとんど描き直しています。

小黒 だけど、話の流れはそこで1回できているんですね。それを五十嵐先生に見てもらった?

渡辺 その段階では先生には見せてないと思います。まずはプロデューサーの田中さんと……。

小西 揉み合いがあったのかな?

渡辺 そうです。揉み合いました。僕の描いたコンテでは「祭り」の部分も、ほぼ原作のままでした。

小黒 田中さんは何を望んだの?

渡辺 確か、それじゃ足りないと言われたんです。もっと琉花を中心としたほうがいい。彼女を通して色んなものを見せていくかたちにしたいということでした。

小黒 田中さん、さすがですね。

小西 「この作品で何をやるのか」という指針については、田中さんの存在が大きいですね。

渡辺 田中さんの存在は大きいですよ。僕も教えられることがありました。さっき、田中さんが「女性として感じるものがある」と言ったとお話しましたが、映画の構成についても女性の感覚で話されていました。それが正しいと思えたので、「じゃあ、もうこれは一旦、止めます」と。僕自身もホテルに軟禁されて、短い時間で描いていますから、描ききれたという気はしてなかったんですよ。

小西 とにかく上げろと言われて、無理に仕上げたわけですから。

渡辺 そうそう(笑)。ラストはそんなに変わってないと思うんですけどね。ただ、そこに至るまでに何があるのか、というのが変わっているんです。ただ、魚が出てきて、古代の世界を垣間見たとしても、展開としては足りないという気は僕もしていたんです。それで「チャンスがもらえるなら、やり直しをさせて」という話になって、全部を練り直したんですよ。

小黒 具体的には何が変わったんですか。

渡辺 そうですね。「祭り」の部分はほとんど全部変わりましたよ。

※この後もインタビューは続く。インタビュー全文は9月刊行の「アニメスタイル015」に掲載する予定だ。お楽しみに!

[先行公開]渡辺歩・小西賢一が語る『海獣の子供』
前編 描くべきだった事とあえて描かなかった事

 公開中の劇場アニメーション『海獣の子供』。これは是非とも映画館で観てもらいたい作品だ。なんといっても映像の力が凄まじい。日本の商業アニメーションでかつてないレベルに達している。「かつてない」という言葉が、決して大袈裟ではないのだ。
 本作は五十嵐大介による同名漫画を映像化したものであり、アニメーション制作はSTUDIO4℃。監督は渡辺歩、キャラクターデザイン・総作画監督・演出が小西賢一、美術監督が木村真二といった布陣で作られている。
 アニメスタイルでは、9月に刊行予定の「アニメスタイル015」で『海獣の子供』の特集を組む予定だ。それに先行するかたちでこの「WEBアニメスタイル」でインタビュー記事の前半部分を掲載する。

PROFILE

渡辺歩(WATANABE AYUMU)

1966年9月3日生まれ。東京都出身。血液型A型。1986年、スタジオメイツに入社し、同社で原画デビュー。1988年にシンエイ動画へ。同社で劇場短編『帰ってきたドラえもん』『のび太の結婚前夜』『おばあちゃんの思い出』(監督・作画監督)、『映画 ドラえもん のび太の恐竜2006』(監督・脚本[共同])等を手がけた。フリーになった後、『謎の彼女X』『宇宙兄弟』『団地ともお』『恋は雨上がりのように』(監督)等を手がける。


小西賢一(KONISHI KENICHI)

1968年6月23日生まれ。埼玉県出身。血液型A型。1989年、研修第1期生としてスタジオジブリ入社。1999年にフリーとなる。主な作品に『ホーホケキョ となりの山田くん』『かぐや姫の物語』(作画監督)、『TOKYO GODFATHERS』(キャラクターデザイン[共同]・作画監督)、『鋼の錬金術師 嘆きの丘(ミロス)の聖なる星』(キャラクターデザイン・総作画監督)等がある。

取材日/2019年6月5日
取材場所/東京・STUDIO4゚C
取材・構成/小黒祐一郎

●関連サイト
アニメーション映画『海獣の子供』公式サイト
https://www.kaijunokodomo.com

小黒 いや、素晴らしい出来でした。今年のアニメーション何位かとかではなくて、今までの全てのアニメーションの中で、上から何番目かという出来だと思います。

渡辺 本当ですか?

小西 本当に? 僕らが話さなくても、小黒さんがいっぱい解説してくれれば、それでいいんじゃないの?(笑)

小黒 いやいや(笑)。

一同 (笑)。

小黒 実際のところ『海獣の子供』は制作に何年ぐらいかかったんですか。

渡辺 リアルに言うと、どうでしょうね。やっぱり5年くらい?

小西 5年と言ってしまうと、時間をかけすぎたと思われるかもしれないけれど。色々あったじゃないですか(苦笑)。

渡辺 うんうん。

小西 渡辺さんが合流してからは、何年なんですかね? 僕は先行して入ってたけど、渡辺さんはいくつもテレビシリーズをやっていたので、なかなかこの作品に本格的に入ることができなかったんです。渡辺さんが入るまで、僕はSTUDIO4゚Cで他社作品の原画をやっていたんですよ。

渡辺 そうね。でも、コンテ期間も入れると、5年くらいはやっていたんじゃないですかね。

小西 ああ、そう?

渡辺 うん。最初に五十嵐大介先生にお会いしたのは6年前ですからね。そこから、脚本を作って、コンテを始めたと思うんです。作画を始めてから大体5年だったはずです。

小黒 小西さんが先に声をかけられたんですか。

小西 と言われてるんだけど、違います?

渡辺 違うと思いますよ。

小西 田中栄子さん(STUDIO4゚Cのプロデューサー、代表取締役社長)の記憶が混乱しているのかな。少なくとも僕は『海獣の子供』の監督として誘われた記憶はないんですよ。

小黒 田中栄子さんは、小西さんを監督にオファーしたと言っているんですか。

小西 らしいんですけどね。僕が忘れているだけかもしれないですが。

小黒 渡辺さんが参加した時は、もう小西さんはいたんですか。

渡辺 いや、それもちょっと記憶がないんですよねえ。

小西 あまりにも前のことすぎるので(笑)。ただ、その前に、渡辺さんと僕とでSTUDIO4゚Cに他の企画を出しているんです。「この企画を二人でやりたい」というかたちで、企画を出していたので、他の仕事を振られるにしても、二人一緒にやることになるだろうなとは思っていました。

渡辺 『海獣の子供』に関して言うと、僕のところに話がくるまでにも、映像化の話は動いていたらしいんですよ。他の方が監督として立って、構成を進めていたらしいんです。僕の前に動かしていた監督も一人ではなかったみたいです。

小黒 ということは、かなり前からある企画なんですね。

渡辺 おそらくそうでしょうね。田中栄子さんは「なんとか実現したい」と思っていたようです。

小黒 渡辺さんが参加した段階では、劇場作品で全5巻の原作を1本の映画にまとめるという話になっていたんですね。

渡辺 そうですね。その時はすでに完結してましたから。最初に映像化の企画が動いたのは、原作の連載中だったようですよ。

小西 シナリオのすったもんだのこととか、僕もあんまり分かってないんですよね。

渡辺 シナリオは僕が入ったのとほぼ同時にスタートしています。その時期を入れると制作期間が6年になるんだと思います。

小黒 なるほど。シナリオの作業に1年ぐらいかかっている? シナリオライターはいたんですか。

渡辺 どこまで言っていいのか分かりませんが、いました。その方が作業をしている期間があったんです。だけど、なかなか構成がまとまらなかった。それで僕が作業をすることになった。

小黒 ということは、途中で渡辺さんがシナリオを引き取って、まとめたということ?

渡辺 うーん、まあ、そういうことですね。

小黒 一応、シナリオのかたちで書いたの?

渡辺 きちんとしたシナリオは書いてないです。

小黒 テキストとしては存在していないの?

渡辺 それは存在はしていますけど、非常にざっくりとしたものですよ(笑)。結局、コンテにする過程で詰めていくことになった。

小黒 なるほど。

渡辺 だから、五十嵐先生はその脚本ともいえないテキストを読んではいますけど、最終的にはその後に描かれるコンテで確認してもらうことになった。

小黒 脚本で難儀したのは、どうしてなんですか。

渡辺 えーとですねえ。まず構成が定まらなかった。当初のシナリオは、原作を全部そのまま入れるかたちだったんです。そうするとね、4時間とかあっても終わらない作品になってしまう(苦笑)。それから「どこを中心にしたらいいか?」という点について曖昧だった。要するに、海に纏わる話が中心なのか、主人公はいなくていいのか、ということです。さらに言えば「オチがない」みたいな話になっちゃって。1本の映画として「オチを付けるべきか、どうか?」ということが問題になった。一言で言ってしまうと、迷走したってことですね。

小黒 原作って、サブエピソードが沢山あるじゃないですか。

渡辺 そうですね。

小黒 お母さんの若い頃のエピソードとか。「いったいこのキャラクターは誰なんだろう?」という人のエピソードとか。

渡辺 (苦笑)。そうなんです。ありますでしょ?

小黒 いずれもが海に纏わるエピソードではあるんだけど、今回の映画ではそういった部分をオミットしたわけですね。

渡辺 そういうことですね。そこに辿り着いたわけですよね。最初に五十嵐先生にお会いした時にうかがったんですが、原作は意図的にそういう構成にしているわけですよね。むしろ、そういった海に纏わる不思議な話を描きたかった。そちらのほうが、ウェイトとしては大きくて、それを1本の漫画としてまとめていくために琉花という少女と、あの夏の出来事が……。

小黒 琉花の物語も、海に纏わる物語のひとつくらいの感じ?

渡辺 そういうことなんです。そういったことをうかがって、僕も「なるほどな」と思いました。僕は可能な限りね、原作の雰囲気を活かしたかったので、自分でまとめることになってからも、随分と悩みはしたんですよね。ただ、短いエピソードを入れていると、どうしても流れが寸断されてしまう。それで考え方を切り替えて、琉花の話にしていけば、もしかしたら1本の映画としてまとめられるんじゃなかろうか。要素をいくつか抜き出して、まるで違った作品にするよりは、琉花が直接関わらない話は描かないというかたちにしたほうがいいのではないか。そこに辿り着くまでに結構かかったということですね。一度、作品に取りかかってみないと、そこに到達できなかった。原作をざっと読んで、すぐにその答えが出るようなものではなかった。原作は非常に巧みに描かれてますからね。

小黒 プロデューサーとしては「不思議な話が並んだオムニバス」といった感じの映画になっても構わなかったんですかね。

渡辺 (笑)。いやあ、どうなんでしょうねえ? 田中さんの本当のところは分かりませんけど。ただ、田中さんは「女性として感じるものがある」と言っていたんです。女性の物語として、共感できるところがあると。そういう部分を掘り下げてみたいということでした。それは構成する上で、ヒントになったかもしれないですね。

小黒 スピリチュアルという言葉が適切なのか分からないですが、原作には自然や海に対する独特の考えがあるじゃないですか。その点について映画は薄味になってますよね。

渡辺 そうですね。あえて抑えてますね。

小黒 それは一般の観客に向けて作るから?

渡辺 結果的にはそういうかたちになっています。ですがむしろ、要約していかないと尺的に収まらないというのが大きかった。要するに、一人の少女のパーソナリティに収めたかったんですよね。琉花が経験したこと、理解したことの範囲で描いていくということです。原作だと、終盤に大人になった琉花が、少年に自分の体験を語るという構成になっているんです。その部分は映画には入らなかったんですけど、やがてそこに繋がっていくものとして考えています。
 スピリチュアルな部分については薄くなっているというよりは、物語と同じように要約したということですね。設定自体もちょっと変わってますから。琉花自身についても、海に対して親和性の高いという設定がなくなったわけじゃないけど、そこはあえて語ってないんです。ないとも言いません。ただ、特殊な能力を持った女の子じゃなくて普通の女の子として見えるようにしています。

小黒 お母さんに関しても、原作に描かれたような生い立ちがあるのかもしれないけど、描いてない。

渡辺 あえて描いてない感じです。

小黒 他のキャラクターも同様なんですか。

渡辺 そうですね。原作未読の方には、映画の鑑賞後に原作を手に取っていただきたい。そういったことを全て説明して入れることもできるけれども、それをやっても舌足らずになってしまう気がして。そうではないかたちのほうが、いいのではないかと。

小黒 映画らしい物語のスピード感というか、描写の積み重ねをしていたら、そういった説明をしている余裕がなくなるということでもありますよね。

渡辺 それもあります。だから、理解するよりも、感じとってもらうことに移行していったということですかね。

小黒 聞いていいのかどうか分からないんだけど、原作で描かれてることを理解はできたんですか。

渡辺 僕なりに一応、解釈はしてますけどね。

小黒 終盤の単行本5巻の後半の「祭り」の部分も?

渡辺 それも含めて解釈しています(笑)。五十嵐先生自身も、描きたいように描いてしまおうと思って描いていると思うんです。描いていくうちに描写に酔うというか、画に酔っていく。読者に感じとってもらうことを期待して、作品としてどんどんストイックになっていくというか。先生も「解釈を委ねている」とおっしゃっていましたね。感じることは読み手によって違っている。それぞれの読み手の解釈と合わさって作品が完成する、みたいな。

小黒 そもそも原作が「感じさせるもの」であるんですね。

渡辺 そうですね。結局、「生命は宇宙から来た」とか「海と生命は深い関わりがある」とかそういう考えは、諸説を挙げていけば、多くの人と共有できるものだと思うんです。ただ、そういうことを解説すると凄く小さいものになってしまう。だから、あえてそれはしないで、徹底的に描写を重ねていくことで、浮き彫りにしていくことはできないか。かなりチャレンジャブルな漫画なんですよね。特に5巻はほとんどセリフがないですから。とんでもないですよ。

小黒 最後に出てくるジュゴンと一緒にいる赤ん坊も、想像は付くけど、誰だか分からないですよね。

渡辺 そうでしたね。セリフも「る」と書いてあるだけで。だから、これは感じるしかないんです。映画として論理立てて構成していこうと思ったら、多分、そこで壁にぶつかってしまうと思うんです。自分より前に参加していた方達の中にも、それで匙を投げて、作品から去っていった人がいたんだろうと思います。正直、僕も苦しみましたから。「少女と出会いと別れ」のようなベタなかたちにすれば分かりやすいし、僕も作りやすかったかもしれないです。

小黒 いやいや、渡辺さんは『ドラえもん のび太と 緑の巨人伝』を作っているじゃないですか。

一同 (笑)。

小黒 「『海獣の子供』は『緑の巨人伝』を思わせる作品だ」と言ってるファンもいるようですよ。

渡辺 ありがとうございます。あの作品と似ているかどうかは置いておいて、なぜかこういう作品が出来ちゃったんですね。

小黒 作品の方向性の話に戻りますが、制作初期から「画で観せる作品であろう」ということは分かっていたんですね。

渡辺 そうですね。原作もそういうまとまりをしてますし。だから、相当な覚悟で臨まないといけないだろう。アニメーションを作るにあたって、その意味を考えなくてはいけない。原作のキャラクターが動けばいいというものではない。

小黒 覚悟というのは?

渡辺 つまり、描ききるかどうかですよ。

小黒 アニメーションとして作ることの意味についてですが。まず原作の画は魅力があるわけですね?

渡辺 そうですね。

小黒 描写力もあるわけですね。

渡辺 はい。

小黒 さらに言うと、表現力が凄い。

渡辺 相当だと思います(笑)。

小黒 それをアニメのスタッフが映像化するということは、大友克洋さん以外の人間が『AKIRA』を映画にするようなものであるわけですね。

渡辺 (笑)。いいこと言ってくださいますね。いや、まさにそうですよ。相当に参加するスタッフを選ぶだろうと思いますね。原作を軽くなぞったようなものを提示するのは許されない。というかすべきではない。それはファンのためというか、我々がそうしたくない。我々は原作の画の凄さに感動しているわけですから。これをどこまで再現できるかという挑戦だったという気がします。

[先行公開]渡辺歩・小西賢一が語る『海獣の子供』 後編に続く

アニメ様の『タイトル未定』
211 アニメ様日記 2019年6月9日(日)

2019年6月9日(日)
昨日も暗いうちから散歩。午前中に原稿。午後は夏に刊行する原画集のための取材。夕方から吉松さんと打ち合わせを兼ねて食事に。

2019年6月10日(月)
夕方からの取材の予定があり、その予習で関連作品をずっと観ていたのだけど、諸般の事情で取材が延期に。関連作品の視聴を止めて、7月6日の片渕さんのイベントのために『若草物語 ナンとジョー先生』を観る。本放送時に印象に残っていて、いつか確認しなくてはと思ってたエピソードは20話「大きくなったら何になる?」だったようだ。絵コンテが片渕さんで、少しだけ『名探偵ホームズ』を思わせるアクションがある。多分、本放送時に「あ、『名探偵ホームズ』の人が絵コンテか」と思ったはずだ。ただ、改めて観ると記憶にあったほどは派手ではなかった。自宅でEcho Dotに「アレクサ、リラックマとカオルさんの音楽をかけて」と言ったら、サントラの再生が始まった。凄いな、アレクサ。

2019年6月11日(火)
三つの書籍とそれぞれの特典が同時進行で、その編集作業のために大物原稿がなかなか進まず。『どろろ』を最新話まで観る。どろろの裸は、女の子だと思って見れば女の子に見える感じにはなっている。『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』を1話から観る。最初の数話は前にも観たのだけど、前よりもずっと面白い。ネットを見ていたら、『新世紀エヴァンゲリオン』のビデオフォーマット版の新作カットって、『DEATH』の新作カットを流用したことになっているのね。オヒィシャルでアナウンスしたことはないんだっけ(オヒィシャルの表記はわざとです)。自分がdアニメストアを使い始めて5年であるらしい。お世話になっているなあ。この日の日記も、とりとめがないなあ。

2019年6月12日(水)
暗いうちから散歩。午後は原稿以外の作業で、大物原稿を進められたのは午前中だけ。里帰りしていたワイフが帰宅。古川日出男さんの「平家物語 犬王の巻」を、湯浅政明さんが長編アニメーション「犬王」として映画化することをネットで知る。湯浅さんが同時進行で数本やっているのは聞いていたけど、具体的な新作タイトルは知らなかったのだ。湯浅さん、多作だなあ。すごい。

2019年6月13日(木)
昨日も暗いうちから散歩。夕方から夏の書籍のための取材。取材の帰りにまた少し歩く。赤塚不二夫さんが常連だったという洋食ぺいざんに。赤塚さんが好んで食べたという「いちおしセット」をいただく。前から行ってみたかった店なのだ。

2019年6月14日(金)
早朝からワイフと散歩。その後は午後に新文芸坐で打ち合わせがあった以外はデスクワーク。夕方から「設定資料FILE」の構成。
このところ、移動中にスマホとKindleの組み合わせで「栗本薫と中島梓 世界最長の物語を書いた人」を読んでいる。まだ半分くらいだけど、かなり面白い。読んでいて思い出したのだけど、僕は中学の頃に、中島梓さんの文章を面白いと思っていた。どの媒体で読んだのかは覚えていないけれど、マンガについて書いた原稿で、刺激を受けた。ひょっとしたら、内容よりも語り口に魅力を感じたのかもしれない。気取らない感じで、だけど、本質的なことを書いていたという印象だ。「わかるわかる」「なるほどなるほど」と思って読んだ(はずだ)。栗本薫名義の小説で最初に読んだのは「ぼくらの時代」だ。この本は僕が中学2年の時に刊行されているが、当時は読んでおらず、高校か大学の頃に古本で読んだ。中学の時点で、中島梓と栗本薫が同一人物だとは知っていたけれど、僕にとっては「中島梓は別名で小説も書いている」くらいの認識だったはずだ。
『ガールズ&パンツァー』最終章第1話をAmazonのPrime Videoで観る。いやあ、よく出来ているなあ。これは文化の極みだ。全てのアニメの頂点だとは言わないけれど、頂点のひとつだ。

2019年6月15日(土)
暗いうちから散歩。原稿。ワイフと近くのTSUTAYA東池袋店の閉店セール初日に。開店直前に行ったのだけど、お客さんの行列が店の外に伸びて、TSUTAYAが入っているビルをぐるっと取り囲んでいた。中に入ってみると、店内は購入するビデオを抱えてお客さんでごった返していた。「ハリー・ポッター」シリーズ等を何本も持ったOL風の女性とか、深夜の人気アニメを大量に抱えた初老の男性とか。普段はなかなか見られない光景であった。僕は『伝説巨神イデオン 接触篇』『同 発動篇』を購入したかったのだが、まだレンタルから戻っていないのか店内にはなかった。『伝説巨神イデオン 接触篇』『同 発動篇』はレーザーディスクは買っているけど、DVDとBlu-rayは買おうと思っているうちに品切れになってしまったのだ。CSで録画したものは事務所にはあるけれど、DVDソフトがラックにあったほうが検索しやすい。ワイフは『惡の華』の後半の巻を購入していた。
その後、ワイフとユナイテッド・シネマとしまえんで『海獣の子供』を観た。僕は試写会を含めて三度目の鑑賞。『海獣の子供』が名作かどうかは別にして「偉大な作品」であるのは間違いない。後世に残ってほしい作品であり、残したい作品だ。昼からやっている居酒屋で呑んでから自宅に。外が明るいうちに就寝。

第617回 俺の宝物

 ぴあから発刊された『あしたのジョー COMPLETE DVD BOOK』vol.1〜8、『あしたのジョー2 COMPLETE DVD BOOK』vol.1〜5に続き、『宝島』も発刊されて、出崎・杉野フリークな板垣は、もちろんブックレット目的に買い続けてます! VHSからLD、DVD、Blu-ray、そして廉価版DVD、何回買ったことか。ってことで無理矢理

自分の宝物の話!

と言ってはみたものの、やっぱりこの年になるとお金で買えるものには大して拘りがなくなるもので、昔の自分なら好きな映画やアニメのソフトとかを宝物と言っていたと思いますが、今は違います。たぶん現在挙げるとするならば、「お金では手に入らないもの」。

・『家なき子』の杉野昭夫作監修正 数カット分(直筆)
・『赤同鈴之助』の荒木伸吾原画(直筆)
・出崎統監督サイン色紙(直筆)
・椛島義夫さんサイン色紙(直筆)
・大塚康生さまサイン色紙(もちろん直筆)
・高畑勳監督と一緒に撮っていただいた写真
(『もののけ姫』の打ち上げパーティーにて)
・小田部羊一先生サイン入り画集(もちろん直筆)
・奥山玲子先生からの手紙(ハガキ)

以上順不動です。『家なき子』と『赤同鈴之助』の修正・原画はテレコム時代、フリーの大先輩アニメーターS氏よりいただいたもの。出崎監督のサイン色紙は学生時代(1992年冬)秋葉原石○電気でサイン会があり、「TO ITAGAKI SAN」とカッコよく書いていただき大興奮! 椛島さんのは、これもテレコム時代、フリーの大先輩アニメーターT氏に『ガンバの冒険』大好きアピールしたら「椛島さん俺の先輩だからサインもらってきてやるよ」と。T氏より当時椛島さんが立ち上げた夢弦館の連絡先を聞いて、お礼の電話をしたところ「大塚さんとこにいるんでしょ? Tから聞いたよ。大塚さんとこなら勉強になるから頑張ってね! 今度Tと一緒に遊びにきなよ」とどこの誰とも分からない板垣に、とても気さくに話してくださったのが印象に残っています。結局、夢弦館に行く時間を作ることができず、2017年に椛島さんがお亡くなりになられました。一度でもお会いしたかったです。で、仕事に戻らなければならず、続きは次週!

第160回 宇宙よりも広い世界 〜カイバ〜

 腹巻猫です。湯浅政明監督の最新作『きみと、波にのれたら』を観ました。これまでの湯浅監督作品のイメージを裏切るストレートなラブストーリー。しかし、随所に現れる凝った映像表現は、まぎれもなく湯浅監督のもの。多くの人に、とりわけ若い人に観てほしい。デートムービーとしてもお奨めしたいです。


 湯浅政明監督作品の音楽といえば、『きみと、波にのれたら』(2019)、『夜は短し歩けよ乙女』(2017)、『四畳半神話大系』(2010)を手がけた大島ミチルがまず頭に浮かぶ。メロディアスな大島ミチルの音楽とアーティスティックな映像表現とのマッチングが絶妙だった。いっぽう、『MIND GAME』(2004)、『ピンポン THE ANIMATION』(2014)では、山本精一、牛尾憲輔といったサウンド志向の強い作曲家と組んで効果を上げている。
 今回は、湯浅作品の中でも『きみと、波にのれたら』と対極にある『カイバ』を取り上げよう。
 『カイバ』は2008年4月から7月までWOWOWで放送されたTVアニメ。湯浅政明原作・監督によるオリジナル作品で、アニメーション制作はマッドハウスが担当した。
 舞台は記憶を自由に抽出・移植できる技術が発達した世界。自由に肉体(ボディ)を乗り換えて人生を楽しむ人々がいるいっぽうで、金のために肉体や記憶を売ったり、奪われたりして苦しむ人々もいた。ある日、記憶を失って目覚めたカイバは、理由もわからないまま命をねらわれ、惑星を脱出。星から星へと旅をしながら、記憶を取り戻していく。
 簡単には説明できない、不思議な作品である。舞台は地球とはまったく異なる風景・文明が広がる世界として描かれている。記憶を自由に出し入れできる人々のメンタリティ(心理)も独特のものだ。主人公のカイバからして、開幕早々記憶を別のボディに入れ替えて姿が変わってしまうし、「カイバ」と呼ばれる場面もほとんどない。記憶とは、人格とはなんなのか。幸福とはなんなのか。そんなことを考えさせる作品である。この物語全体が、人間の脳の中で起こっていることの隠喩と受け取ることもできる。

 このユニークな作品に音楽をつけたのは、吉田潔。劇場アニメ『時をかける少女』の音楽を担当した作曲家である。
 1964年生まれの吉田潔は、アメリカのバークリー音楽大学でコンテンポラリー・アレンジ、映像音楽を専攻。帰国後、シンセシスト、プロデューサーとして活動を始めた。「打 ASIAN DRUMS」「祭」「UBUD」などのオリジナル・アルバムを発表するかたわら、イベント音楽、映像音楽などで活躍。映像音楽では、NHKスペシャル「日本人 はるかな旅」(2001)、「新・シルクロード」(2007)、「チャイナ・パワー」(2009)、アニメ『時をかける少女』(2006)、『シグルイ』(2007)、『カイバ』(2008)、『黒塚』(2008)といった作品がある。
 『時をかける少女』は生のピアノとストリングスを入れた抒情的な音楽、『シグルイ』は津軽三味線、箏、和太鼓などをフィーチャーしたエスニック風味の強い実験的な音楽だったが、本作はシンセサイザーと女声ボーカルによるエレクトロニカ。シンセシストとしての吉田潔の持ち味が発揮されている。
 『カイバ』のサウンドトラック・アルバムは単独商品としては発売されていない。バップから発売されたDVD第1巻にサントラCDが同梱された。この1枚で、重要な楽曲はほぼ網羅されている。収録曲は以下のとおり。

  1. Never(tv size-KAIBA mix-)
  2. Initialize Me
  3. Baby’s Noise
  4. Night Sound
  5. Dark Nebula
  6. Planet (laughing version)
  7. Planet
  8. Planet(enjoying version)
  9. Planet(blueing version)
  10. Planet(lonely version)
  11. Gray In Calculation
  12. Chase to It!
  13. Catch It up!
  14. Think It over!
  15. Pink Algorithm
  16. Crazy in Love
  17. Crazy in Love(light version)
  18. Memories
  19. Twinkling Photon
  20. Nightmare
  21. The Tree Song(scat)
  22. The Tree Song(a capella)
  23. The Tree Song
  24. The grand soul flits freely
  25. Hello,Goodbye,My memory
  26. Carry Me Away(tv size-KAIBA mix-)

 1曲目の「Never」と26曲目の「Carry Me Away」はSeira(加賀美セイラ)が歌うオープニング&エンディング主題歌のTVサイズ。作詞もSeiraが担当している。フルサイズは当初、配信のみで発売。加賀美セイラのアルバム「IdeAnimation」で初CD化された。大切な人を想う気持ちを歌った、ファンタスティックな美しい歌である。
 BGMはストーリーを追う趣向ではなく、テーマごとにまとめて収録されている。
 トラック2「Initialize Me」は本作のメインテーマとも呼べる曲。シンセサイザーによる背景音とSE的なサウンドの中から、大きなうねりを持った抒情的なメロディが浮かび上がってくる。女声ボーカリーズがそれに続き、浮遊感と哀感が入り混じったサウンドが展開する。「Initialize Me」とはいかにも本作らしい意味深な曲名だ。
 劇中では第1話でカイバが旅立つラストシーン、第7話でカイバが恋人ネイロの記憶の一部を取り戻す場面などに流れた。第8話以降は毎回ラストシーンに流れて、複雑な味わいのエピソードを締めくくっている。記憶を失うことや思い出がよみがえることへの不安と悲しみを象徴する曲である。
 トラック3「Baby’s Noise」は曲名どおりノイズのような音が飛び交う環境音楽風の曲。メロディらしいメロディのないサウンド主体の曲だ。第4話で保安官のバニラがカイバの記憶の中に入っていく、本作ならではの場面に流れている。ざらっとしたサウンドが奇妙で不安な場面をうまく演出していた。
 トラック4「Night Sound」は女声スキャットとフルートの音色が入り混じるエスニカルな曲。これもメロディらしいメロディはない。劇中では第2話のカイバの肉体を使って快楽をむさぼる女の場面の使用が印象的。
 次のトラック5「Dark Nebula」は、スペーシィなサウンドを使った美しい曲で、宇宙の情景やネイロの心情を表現する曲として使われている。
 トラック19の「Twinkling Photon」も同じように空間系のサウンドで奏でられる、心象風景を描いたような曲だ。
 トラック6から10は「Planet」と名づけられたテーマのバリエーション。ヨーロッパの民謡のような素朴なメロディを持つ曲である。人々の記憶が消えていく場面や記憶がよみがえる場面、記憶だけになった人格が語り始める場面などに、ときに悲しく、ときにユーモラスに流れて、物語の味わいを深くしている。この曲も、本作の重要なテーマのひとつだ。
 トラック12「Chase to It!」とトラック13「Catch It up!」は追っかけシーンによく使われた曲。本作のサントラの中では珍しい、状況描写的な楽曲である。
 トラック15「Pink Algorithm」は白玉系のシンセのフレーズと4ビートのベース音で構成されたミステリアスな曲。悪いたくらみが進行する場面などに流れた。
 トラック16の「Crazy in Love」とトラック17「Crazy in Love (light version)」はコミカルな恋のテーマ。美少女クロニカにひと目ぼれしたバニラがクロニカにつきまとう場面に流れている。しかし、クロニカの中にはカイバの心が入っているのだから状況はやっかいだ。おかしくも悲しい恋を彩るファンキーな曲である。
 トラック18「Memories」はシンセ・ストリングスとボーカリーズが奏でる悲哀曲。第3話でクロニカの肉体を売ってしまった叔母の心にクロニカの想い出がよみがえる場面やカイバとネイロの恋人時代を描く第10話の回想場面などに流れた。本作の中でも数少ない、ストレートな情感描写曲である。
 トラック20の「Nightmare」は貧しい市民が住む地下都市の情景や権力に執着する人々の暗い情念を表現する曲。淡々と刻まれるリズムがディストピアを連想させる。
 トラック21からトラック23は「The Tree Song」と題されたテーマとそのバリエーション。本作の音楽の中でも特に重要な楽曲だ。この曲は、ボーカルとコーラス・アレンジも担当したシンガー・ソングライターのMinako”mooki”Obataの作詞・作曲によるもの。
 「The Tree Song」のメロディは第3話でクロニカが奏でるピアノの曲として初登場する(ピアノ・バージョンはサントラ未収録)。以降、スキャット・バージョン、アカペラ・バージョン、歌入りバージョンなどが劇中の重要なシーンに選曲された。胸にしみるメロディと孤独な心を歌った詩は、カイバの魂の彷徨を描く物語とシンクロしている。まさに『カイバ』という作品を象徴する曲だ。
 ダンサブルな「The grand soul flits freely」と明るいマーチ調の「Hello,Goodbye,My Memory」の2曲は和田貴文の作曲。いずれも、町の喧騒の描写などに使われた。

 映像作品における音楽の役割には、映像で描かれたことを補強し盛り上げること、映像で描き切れないキャラクターの心情や背後の意味を表現することなどがある。特にTV作品では、ドラマをわかりやすくするために、わかりやすい音楽を付けるケースが多い。
 しかし、『カイバ』では、作品自体が一筋縄でいかないこともあって、音楽が映像の説明になっていることはほとんどない。悲劇が同時に喜劇であったり、喜劇が同時に悲劇であったりするのが、本作の世界なのだ。
 記憶が自由に入れ替えられたり、操作されたりする世界では、思い出も感情も、本当のものであるかどうかわからない。むしろ、記憶という頼りないものに人生を左右されてしまう人間自体が、はかなく、悲しい存在だとも言える。
 吉田潔のたゆたうような音楽は、キャラクターの心情や物語に寄り添うよりも、もっと大きな視点で、人の心のはかなさ、悲しみ、おかしさ、美しさを描いている。第4話でカイバが出逢ったおばあちゃんは、カイバに「本当に広いのは人の心の中」と語りかける(そこに流れる曲は「Planet (lonely version)」)。SF作品では、シンセサイザーの音が宇宙や高度な科学技術を表現するために使用されることが多いが、本作はひと味違う。本作のシンセサウンドが表現するのは、宇宙よりも広く驚異に満ちた世界=人の心の中なのである。

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アニメ様の『タイトル未定』
210 アニメ様日記 2019年6月2日(日)

2019年6月2日(日)
昼からトークイベント「第158回アニメスタイルイベント 亀田祥倫の新世紀の思い出のアニメを語る会」を開催。楽しいイベントだった。ただし、予定していたプログラムの半分くらいは消化できず。実は亀田さんの質問に小黒が答えるコーナーの予定があり、そのために復習していた。いずれPART2をやりたい。

2019年6月3日(月)
今日も暗いうちから散歩。その後はデスクワーク。『交響詩篇エウレカセブン』の再々視聴(再々々かもしれない)が終了。誤解を招く書き方かもしれないけれど、この作品の根幹にある価値感は、たとえば生活系アニメに近いものなのかもしれない。放映された時期の「今」とリンクした作品だということだ。文章にすると当たり前のことだなあ。例によって3冊の書籍とその特典、他の作業が同時進行。

2019年6月4日(火)
午前1時に起きて事務所に。昼過ぎまでデスクワーク。午後にマンションで休む。夕方から業界のある方と食事。ひと月遅れの誕生日ということで、ご飯をおごっていただく。インタビューのための質問状を書くのに5時間強かかった。明らかに取材時間よりも長い。ある作品のキャラ設定を見る。かなりイカす。見たことのない指示がいくつも入っている。アニメファンよりも業界の人に見せたいキャラ設定だ。『ワンパンマン』第2期を最新話数まで観た。いいところで「つづく」になった。第1期と作りは違うけれど、話としては面白い。

2019年6月5日(水)
深夜の散歩してから事務所に入ったら『夜明け告げるルーのうた』の放映中だった。Netflixで『アグレッシブ烈子』を視聴。タイトルは知っていたけど、観るのは初めて。烈子が可愛い。部下に欲しい感じ。昼間は取材の予習。18時からあるプロダンションで打ち合わせ。19時からその近くのプロダクションで取材。取材の出来は95点くらい。

2019年6月6日(木)
あるアニメーターさんから、夏の書籍で使うラフ原画のA1とendが届く。A1とendの間に何枚か画が入るのだけれど、どんな画が入るのか分からない。トリガーの移転を知る。トリガーが入っているビルには何度も行ったので、少し寂しい。午後は馬越嘉彦さんと打ち合わせ。高田馬場で「すーぱーそに子のぱわふる肉汁麺」を食べる。夏の書籍の束見本が届いた。今回の束見本は5冊。読み返してみると、この数日の日記は普段よりもとりとめがない。

2019年6月7日(金)
昨日のアニメーターさんから、A1とendを含めた全部のラフ原画が届く。予想よりも原画の枚数が多い! ポイントの原画を使ってデザインをすることになった。朝イチの回で『海獣の子供』を観る。試写会に続いて二度目の鑑賞で、映像の凄まじさを再確認。内容についても、今回の鑑賞で分かったことがいくつかあった。物語が理解できたというよりも、どんなことを伝えるための映画か、ということについての理解が進んだ感じ。渡辺歩監督の入魂の作品であることも分かった。僕が10数年、待ち望んでいた渡辺歩監督作品だったのかもしれない。午後はササユリカフェに。

2019年6月8日(土)
昼は「第22回文化庁メディア芸術祭」の「アワードカンファレンス[功労賞]セッション2「アニメーションのコンピューター化、研究領域の活性化、人材育成に貢献 -アニメーション監督/アニメーション研究者 池田宏」に。池田さん自身は体調不良のため来場できず、片渕須直さんと横田正夫さんの二人でトークが進められる。以前、片渕さんと僕の二人で池田さんに話をうかがったことがあるが、その時よりも片渕さんの池田さんについての研究は進んでいるようだ。池田さんとドキュメンタリーの関係についての話で、それを感じた。

第616回 アニメ監督の仕事、令和元年(4)

 第613回からの続き。飛び過ぎてすみません。何度もくり返しますが、自分は「画が描けない人はアニメ監督になるべきではない」などとは言ってません。一言も言ってないのですよ! あくまで、

これからは(もうすでに?)「僕は監督(演出)、君はアニメーターなんだから頑張って線を引き続けてね! 僕はこれから飲み会、そして直帰だから」という昭和なワークスタイルはアニメ監督(演出家)に約束されていません!

と言いたいだけ。つまり早い話、誤解を恐れずにハッキリ言うと、

画が描けないなら描けないなりに、最後まで「画以外」の実務作業を手伝うべき!

なんです。少なくとも今は! 仕上げでも撮影でも、もっと言うと制作的外回りとか。制作出身の監督(演出)なら動仕撒きだってできるはず。

現場での追い込み作業すら手伝わず、監督・作家ヅラだけ一人前の方は、これからのアニメ業界には不要でしょう? だって「人手不足」なんだから!

 監督や脚本が不足って、少なくとも現場では聞かないですよ? そんな業界的に不足していないブルジョア役職(スミマセン、俺らアニメーター側からはそう見えます)を何職も兼ねたって、制作現場には何も寄与しません。アニメーターの傍らで「あの作品、印税メチャメチャ美味しかったんだよね〜」的発言を、画が描けない監督や脚本家がしているのを実際聞いたことがあります。これ、想像力が必要不可欠な監督や脚本家なら「貴方のを画にして作品にしてあげてる俺らの目前でどう思われているか?」と想像してから発言してます? アニメーターって99%の人が印税とかに縁のないトコで描いてるんですよ。その商売道具のひとつである「想像力」を持っていれば、アニメーター側から白い目で見られるであろうことは容易に想像がつくと思うのですが。ちなみに自分は今だから言いますが、『てーきゅう』に関する脚本・音響監督料は監督料の枠内でやっており、もちろん印税とかもありません。そして監督料も1期分(2分+12本)で普通のTVシリーズ1話分の演出料ですから。さらにあとがきにも書いたとおり、コンテ集(委員会認可)の売り上げも、会社の新人歓迎会や忘年会などの費用にあててます。あと、これも監督や脚本家に限らず他の役職にも言えることですが、

「俺が贅沢しないと後進・後輩が将来に夢を持たないから」や「俺が代表してギャラを釣り上げてやってる」云々といった詭弁を大義だと勘違いしてる昭和人は、アニメ制作費の振り分けを勉強してからギャラの話をすること! 一部のスタッフだけ贅沢して8割が貧乏するような道理は、令和になってもあるはずがありませんから!

「じゃあアニメ作ってていつ楽になるんだよ?」と仰るブルジョア役職の方々、考えてみてください。アナログ(セル)時代からデジタル制作時代になって、アニメ業界のあらゆる役職が以前より楽に短時間で稼げるようになりました。例えば美術は、PCの導入で絵の具の乾き待ちがなくなり、大量に蓄積したテクスチャやBANK素材で作業の効率化が成されました。仕上げ・撮影も高速化・少人数化に成功。音響方面ではデジタル導入で、かつては1日がかりだったダビングもアフレコと同日でこなせるようになり、仕事の掛け持ちが増えました(てことは稼ぎも)。制作進行業務もたいがいの素材がデータでやりとりできるようになって車両進行も減ったはず。で、作画方面は?

デジタル化しようが線の量は増え続け、ハイビジョンや4Kに耐えられる質が求められ、単価は何十年変わらず!

ちなみに作画はまだ半数以上が紙に鉛筆(アナログ)、デジタル作画に持ち替えようと、おそらく「消しゴムをかける時間の短縮」と「多少バレない程度のコピペが使える」くらいの効果しかありません。もちろんそれでも単価は変わらず(クドい?)。
 だから俺が言いたいのは、

作画のデジタル化を進めている今だからこそ、業界をあげて各セクション(役職)のギャラの見直しが必要でしょう! 難しそうですが!

 実務時間で言うなら、各話作画監督が1日中机にへばりついて必死で修正を入れて1話分こなす期間、シナリオは5本上がります。監督も同じでコンテも微チェックで各話のレイアウト・ラフ原もノーチェックで2〜3シリーズ掛け持ちすれば大金持ちになれますが、一所懸命コンテも全部書き直し、レイアウトもラフ原もバンバン描き直してたら掛け持ちなどできるはずなく、稼ぎは各話演出とさほど変わりません。自分の場合、作品の掛け持ちをやっても、ホン読み(シナリオ打ち)とコンテ作業期間が重ならないようにスケジュールを切ります。次の仕事を受ける際、「今やってる作品のコンテが終わらないとそっちのコンテに入れませんがそれで大丈夫?」と聞いてからお受けするようにしてるわけ。シナリオとコンテは頭の中で常に1本にしておきたい主義で。でもなぜか今まで、それで断られたことはありません。で、今の自分の月収は各話演出と変わりません。
 ま、話がとっちらかってしまいましたが、ここまで書いてたことは、あくまで自分の考えです。業界のデジタル化とギャラの見直しもせず、ブルジョア役職が無節操に荒稼ぎしてるうちは「アニメ制作費を多く出させる」など、たとえ国がメーカーやTV局に命じても叶うはずがありません。だってメインスタッフがさらに高いギャラを持っていくだけですから。まずは何本も掛け持ちしてるブルジョア階級クリエイターに目がくらまないスポンサーが、制作費をちゃんと上手く使える制作会社にお金を出すようになること(難しそう、これも)。あとはその制作会社で監督や脚本家を育てること。そのためにブルジョアさんらがギャラを少しの間ガマンして生活水準を下げて、制作費分配の見直しに協力してくれることなど。最後のがいちばん難しそう。

とにかく「いつまでも」というわけでなく「今は」制作体制の見直しに協力していただけないでしょうか、ブルジョア様! アニメってみんなで作ってるんだから!

アニメ様の『タイトル未定』
209 アニメ様日記 2019年5月26日(日)

2019年5月26日(日)
この土日はかなり作業を進めた。大物の原稿ではなく、ウイークデーにやってもよさそうな小さめの作業ばかり片づけた。大物の原稿も進めなくてはいけないのだけど、全体の進行を考えると、これがベターだったはず。『交響詩篇エウレカセブン』の再々視聴をしている(再々々かもしれない)。9話「ペーパームーン・シャイン」のラストで、ホランドがレントンをゲッコーステイトの一員だと認めるのだが、その時にわざとらしく顔をそむけて、レントンと目をあわせない。自分の不器用さを隠さないところが「しかたないやつだなあ」という感じ。

2019年5月27日(月)
某所で打ち合わせ。夏に出す書籍が全部で4タイトルになった。事務所に戻ってデスクワーク。デスクワークはいくらやっても終わらない。

2019年5月28日(火)
午前3時過ぎに事務所に。このところ、暗いうちからウォーキングをしていて、今日は午前4時からワイフと散歩。大塚経由で巣鴨まで歩いて、都電で大塚に戻る。朝5時からやっている手作りパンの店でパンを買って、いつもの公園に。その後、事務所に入ってデスクワーク。ワイフと12時に吉祥寺に。ひと月遅れの僕の誕生祝い。事務所に戻って、デスクワークと打ち合わせ。現在、進行中の書籍が(特典小冊子を数えないで)7冊。準備をしているイベントが5つ。それらが同時進行中。「アニメスタイル015」が取材をはじめたばかりなのに、「アニメスタイル016」の巻頭特集が決まった(はず)。

2019年5月29日(水)
打ち合わせ三本立て。夕方からある方と食事。その食事の席で『リラックマとカオルさん』が、僕の感覚だと『魔法のスター マジカルエミ』に近いという話をして、そこから『マジカルエミ』について説明することになった。事務所に戻ってから、「アニメ様365日」の『マジカルエミ』の回を読み返す。ちなみに「アニメ様365日」とは、僕が「WEBアニメスタイル」で連載していたコラムである。

「アニメ様365日」
第246回 『魔法のスター マジカルエミ』
http://www.style.fm/as/05_column/365/365_246.shtml

第247回 『魔法のスター マジカルエミ』15話
http://www.style.fm/as/05_column/365/365_247.shtml

第248回 『魔法のスター マジカルエミ』26話
http://www.style.fm/as/05_column/365/365_248.shtml

第249回 『魔法のスター マジカルエミ』22話
http://www.style.fm/as/05_column/365/365_249.shtml

第250回 『魔法のスター マジカルエミ』27話
http://www.style.fm/as/05_column/365/365_250.shtml

第251回 『魔法のスター マジカルエミ』34話
http://www.style.fm/as/05_column/365/365_251.shtml

第252回 『魔法のスター マジカルエミ』最終回3部作
http://www.style.fm/as/05_column/365/365_252.shtml

第253回 『魔法のスター マジカルエミ』最終回3部作・続き
http://www.style.fm/as/05_column/365/365_253.shtml

第254回 『魔法のスター マジカルエミ』と『魔法の天使 クリィミーマミ』
http://www.style.fm/as/05_column/365/365_254.shtml

第333回 『魔法のスター マジカルエミ 蝉時雨』
http://www.style.fm/as/05_column/365/365_333.shtml

「アニメ様365日」『マジカルエミ』は全部で10回あるのだけれど、あと、2回か3回あってもいいな。書いている時もそう思ったはず。

2019年5月30日(木)
また、暗いうちからワイフと散歩。昼に『若おかみは小学生!』関係の取材。面白いインタビューになったと思う。これで『若おかみは小学生!』の取材は最後かもしれない。

2019年5月31日(金)
公開初日朝イチで、バルト9で『LUPIN THE ⅢRD 峰不二子の嘘』を鑑賞。呼んでもらったが、試写会に行けなかったのだ。新宿の飲食笑商何屋ねこ膳でちょっと吞んでから池袋に。午後はひたすらデスクワーク。10数年前のあるTVシリーズの作監修正集を見た。キャラクターの一人の描線がぐんにゃりしている(かたちのとりかたが骨太で、なおかつ、うねるようなフォルムになっている)のがずっと気になっていたのだけれど、作監修正集を見たら、画面の印象よりもぐんにゃりしていた。意図されたぐんにゃりだったのだ。

2019年6月1日(土)
朝9時から、新宿バルト9で「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ(Dolby-ATMOS・字幕版)」を鑑賞。あまりにSNSでの評判がいいので、自分の中でハードルを上げすぎていた。ビジュアルは凄かった。昼は里帰りするワイフを駅まで見送る。デスクワークを挟んで、ある雑誌の編集者さんと昼吞み。「いだてん」は1話を観た後、録画をしてはいるけれど、全然観ていなかった。たまたま再放送を途中から観た。前後関係とかまるでわからなかったけど、面白かった。これからなるべく観よう。

第159回 江戸の女流アーティスト 〜百日紅—Miss HOKUSAI—〜

 腹巻猫です。6月7日に公開された劇場アニメ『海獣の子供』を観ました。原作の描線の味を再現した映像が圧巻。久石譲のストイックな音楽もいい。劇場の大画面と音響で体験してほしい作品です。今年の劇場アニメは豊作の予感がします。


 今回取り上げるのは2015年5月に公開された劇場アニメ『百日紅—Miss HOKUSAI—』。杉浦日向子の原作マンガを『クレヨンしんちゃん』『河童のクゥと夏休み』などの原恵一監督が映像化した。江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎の娘で、父を助けながら自身も絵師として活躍したお栄(葛飾応為)を主人公にした作品である。アニメーション制作はProduction I.Gが担当している。
 音楽を手がけたのは、近年活躍目覚ましい女性作曲家・富貴晴美(ふうきはるみ)。
 国立音楽大学作曲専攻を首席で卒業後、数々の劇場作品、ドラマで活躍。劇場作品「わが母の記」(2012)で日本アカデミー賞優秀音楽賞を最年少で受賞した。NHK大河ドラマ「西郷どん」(2018)を手がけた際にはテレビ番組やイベントにもたびたび出演して広く知られるようになった。代表作に朝の連続テレビ小説「マッサン」(2014)、TVドラマ「ハゲタカ」(2018)、劇場「日本のいちばん長い日」(2015)、「関ヶ原」(2017)などがある。
 TVなどで見せる素顔はおっとりとしているが、見かけによらない(失礼)情熱と気骨の持ち主で、テーマのくっきりした線の太い音楽を書く作曲家だ。映像に必要な音楽を的確にとらえ、大編成オーケストラの壮大な曲から繊細なピアノソロの曲まで自在に書き分ける技量が多くの監督から信頼されている。

 原恵一監督も富貴晴美ファンを自認する1人である。2人の出逢いは実写劇場作品「はじまりのみち」。富貴の提供した音楽に関心した原恵一がラブコールを送って実現した作品が『百日紅—Miss HOKUSAI〜』だった。原恵一監督の最新作『バースデー ワンダーランド』も富貴晴美が音楽を担当している。
 『百日紅—Miss HOKUSAI—』は富貴晴美が初めて手がけたアニメ作品である。
 しかし、音楽的にはいわくのある作品だ。富貴晴美はメインテーマといくつかの曲を書いたところで体調を崩してダウン。同じ事務所の作曲家・辻陽があとを引き取って音楽を仕上げた。クレジットでは2人の名が並ぶ共作作品となっている。TVドラマ「トリック」やアニメ『あずきちゃん』『ダンタリアンの書架』などの音楽を手がけた辻陽も個性豊かな楽曲を書くすばらしい作曲家だ。いずれ代表作を取り上げたいと思うが、今回は富貴晴美をメインに話を進めよう。
 サウンドトラック・アルバムは2015年6月に配信アルバムとCDで発売。配信版はユニバーサルミュージックから、CDはインスパイア・ホールディングスから発売されている。
 収録曲は以下のとおり。

  1. 百日紅 ~Miss HOKUSAI~
  2. 江戸の風
  3. 龍図1
  4. 善次郎萎む
  5. 龍図2
  6. 絵師の朝
  7. My Sister
  8. Ukiyoe artist & Daughter
  9. 吉原行脚
  10. 両腕の幻影
  11. 結界
  12. 見返り柳ブルース
  13. 火事は江戸の華
  14. Camellia Japonica
  15. お猶と童子
  16. 雪に甦る記憶
  17. 姉の背中で
  18. 地獄絵の祟り
  19. 悪霊祓い
  20. 礼拝の絵筆
  21. Fell in love with you in Edo
  22. 信じる者も救われない
  23. 後光の阿弥陀如来
  24. 大江戸漫遊記
  25. 黄昏の橋
  26. 再会への小径
  27. Last Smile
  28. 切ない定め
  29. 予感は激情へ変わる
  30. 別離の空
  31. お猶に捧ぐ
  32. 百日紅 〜Miss HOKUSAI〜 Reprise

 全32曲。その中で富貴晴美が書いた曲は7曲。トラック番号でいえば、1、7、8、14、21、27、32。英語のタイトルまたは副題がついている曲が富貴晴美の曲だ。曲数は少ないが、重要な曲ばかりである。
 冒頭に流れるメインテーマ「百日紅 〜Miss HOKUSAI〜」は主人公・お栄のテーマでもある。エレキギターが唸るバンド編成のロックで書かれていることに意表を突かれる。
 しかし、原作者・杉浦日向子が好きだった音楽の中にはキング・クリムゾンもあったと聞けば意外ではない。江戸時代に女性絵師として活躍したお栄。その自立した女性像をロック・サウンドで表現したのだ。このテーマ曲を決めるまでに1ヶ月近くデモテープのやり取りがあったという。ギター演奏は、ZARD、大黒摩季らのレコーディングに参加しているギタリスト・葉山たけしが担当している。
 トラック7「My Sister」はお栄と目の不自由な妹・お猶(なお)との姉妹愛を描く曲。お栄がお猶を連れて日本橋に出かける場面に流れている。ピアノと弦が奏でる美しいメロディから、一見ぶっきらぼうなお栄が妹に注ぐ温かい想いが伝わってくる。このメロディはのちに登場する曲でも反復される。
 トラック8「Ukiyoe artist & Daughter」は橋の上でお栄と絵師・初五郎が語らう場面に流れる曲。ストリングスとフルート、コールアングレなどが奏でるほのかに甘い旋律が、お栄の初五郎への秘めた想いを表現する。いわば本作の愛のテーマである。曲はお栄とお猶が船に乗って川を行く場面まで途切れることなく流れ続ける。演奏時間3分余り。聴きごたえのある1曲だ。
 トラック14「Camellia Japonica」は「My Sister」の変奏。お栄とお猶が雪景色の江戸を歩く場面に使用された。曲の構成は同じだが、情景に合わせて、より繊細な演奏になっている。
 トラック21「Fell in love with you in Edo」はお栄の恋心を描写する曲。「Ukiyoe artist & Daughter」の変奏である。たゆたうようなストリングスの上で奏でられる木管のメロディが胸にしみる。雨の降る中、お栄と初五郎がひとつの傘に入って通りを歩く場面に付けられる予定だったようだが、実際にはその場面に音楽は流れない。演出上の判断で音楽は付けないことになったのだろう。幻となった曲である。
 トラック27「Last Smile」も「My Sister」の変奏曲のひとつ。お栄が北斎が描いた魔除けの絵の詳細をお猶に説明する場面に使われた。情感のこもった演奏で、お猶を気遣うお栄の気持ちが表現される。曲は感情のほとばしりを抑えて静かに盛り上がる。それゆえ、かえってお栄の切ない心情が際立つ。
 そして、アルバムを締めくくるのはメインテーマ「百日紅 〜Miss HOKUSAI〜」のReprise。お栄のモノローグが登場人物のその後を語るラストシーン(エンドクレジットの直前)に流れる曲だ。トラック1の同名曲よりも長いバージョンで収録されている。
 ピンチヒッターとなった辻陽の楽曲はオーケストラ楽器にギター、パーカッション、尺八などを加えた編成。こちらは江戸の情景を描写する音楽やドラマの進行に沿った音楽、サスペンス描写音楽などに技が光る。尺八をフィーチャーしたメインタイトルの曲「江戸の風」、花魁・小夜衣の身に起こる怪異を描く「決壊」、ギターが奏でる「見返り柳ブルース」「お猶と童子」、鬼気迫る「地獄絵の祟り」などが聴きものだ。比率としては辻陽楽曲のほうが多いので、本作の空気を作り上げているのは辻陽の音楽と言って差し支えないだろう。
 しかしながら、作品の核となるお栄のキャラクターを表現する楽曲は富貴晴美が担当している。原監督としても、そこは富貴晴美の音楽で行きたかったところなのだろう。作品のテーマを担っているのは富貴晴美の音楽なのだ。特にメインテーマには、江戸時代をたくましくたおやかに生きた女性絵師・お栄への、同じ女流アーティストとしての共感が込められているのではないかと感じる。辻陽の音楽もすばらしいが、もし、富貴晴美が全曲を担当していたら、どんな音楽になっていたか——。そんな想像をしてみたくなる作品である。

 本作のあと、富貴晴美はTVアニメ『ピアノの森』『ツルネ —風舞高校弓道部—』の音楽を担当。瑞々しい音楽で映像を彩った。
 そして、今春公開された原恵一監督の劇場アニメ『バースデー ワンダーランド』では、『百日紅—Miss HOKUSAI—』で果たせなかったことが実現した。富貴晴美が全編の音楽を担当したのだ。ファンタジー作品らしいスケール豊かな音楽が聴ける力作である。
 実はけっこうアニメ好きだという富貴晴美。もっともっとアニメ音楽を書いてほしいと筆者は願っている。

「百日紅〜Miss HOKUSAI〜」オリジナル・サウンドトラック
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「百日紅〜Miss HOKUSAI〜」オリジナル・サウンドトラック(配信版)
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バースデー・ワンダーランド オリジナル・サウンドトラック
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アニメ様の『タイトル未定』
208 アニメ様日記 2019年5月19日(日)

2019年5月19日(日)
早朝に新文芸坐に。オールナイト「新文芸坐×アニメスタイル セレクションvol.115 スクリーンで観る『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』」の最後を見届ける。前回もそうだったけど、ロボが大怪球に迫るあたりから観た。昼間は事務所の片づけ、事務作業、取材の予習の準備、今後の仕事のプランづくり等。作業をしながら録画で「出没!アド街ック天国」の噂の飯能の回(5月4日放映)を観る。蔵カフェの店主として、元動画工房社長の石黒育さんが登場。知っていても、ちょっと驚く。番組中で『一休さん』のイラストを描き下ろしていた。15時からポケGOでアチャモをとり続ける。夕方から近所の居酒屋でワイフと晩飯。早めに就寝。

2019年5月20日(月)
事務所で片づけと取材の予習など、そして、打ち合わせ。昼はランチ難民になった。確認することがあって『鉄コン筋クリート』DVD BOXの映像特典を観て、メイキングムービーの映像縦横比率が4:3でちょっと驚く。

2019年5月21日(火)
雨天で散歩はお休み。事務所にこもっていたけど、散歩をしない分だけ仕事が進むかというと、そんなことはなかった。夕方から打ち合わせで、あるプロダクションに。今年の春まで学生としてアニメスタイルでバイトをしていて、今はそのプロダクションで働いている女子が、これから打ち合わせをするアニメーターさんと一緒に(正確には、先に着いていたアニメスタイルのスタッフと一緒に)ニコニコしながら僕を出迎えてくれた。元気に仕事をしているようでなにより。

2019年5月22日(水)
ATOKが更新されて「きょう」で「令和元年5月22日(水)」が変換できるようになった。よかったよかった。午前3時くらいからウォーキング(この後も暗いうちからのウォーキングを続ける)。デスクワークをはさんで、午前中はある用事で有楽町に。そのついでに日比谷公園でポケGO。午後は取材の予習と打ち合わせ。夕方から「この人に話を聞きたい」の取材。

2019年5月23日(木)
吉野家のライザップ牛サラダを食べてみた。美味しかった。問題は腹持ちだ。ゴールデンウィーク前に終わらせるつもりだった事務作業がようやく終わった。事務所の片づけはこれからだ。シド・ミード展に行く。新鮮な驚きのあるよい展示だった。その後、吉松さんと合流して打ち合わせ。

2019年5月24日(金)
10時40分から、新宿バルト9でワイフと『プロメア』を観る。試写でも観ているので二度目の鑑賞だ。昼飯を食べた後、事務所に戻ってデスクワーク。夜は『ヴィナス戦記』のイベント上映に行くつもりだったが、片づけなくてはいけない用事がいくつも発生して諦める。

2019年5月25日(土)
この土日はのんびりモードの予定。暗いうちから散歩。その後は池袋マルイの「画業50周年記念 弓月光原画展」をチラリとのぞいた以外はのんびりとデスクワーク。
「宝島 COMPLETE DVD BOOK」vol.1のディスクを全部観た。最初の数話でビリー・ボーンズに感情移入してしまった。これは自分でもびっくり。5話ラストのジムの旅立ちも、以前は旅立つジムに気持ちを重ねていたけど、今は見送るお母さんや、リリーのおじいさんに感情移入してしまう。6話「敵か味方かジョン・シルバー」で、シルバーが初対面のジムを未成年者だと思わずに酒を呑ませてしまう展開がある。脚本で確認はしていないけど、これは脚本通りなのではないか。脚本はジムをもっとスラリとした若者としてイメージしていたのではないかと。
7話「肉焼きおやじはニクい奴」。カジキマグロを捕ろうするシルバーとジム。その最中にシルバーはハバナの居酒屋で黒人の大男と腕相撲をした話をはじめる。「馬鹿言っちゃいけない。男の勝負に引き分けなんかあってたまるかい」。突然、昔話を始めるのも、セリフも猛烈に巧い。『宝島』8話「幽霊船がオレを呼ぶ!」。シルバーの「主人公感」が素晴らしい。ラストでジムが「シルバー、俺、俺、ちょっとだけだけど、疑って悪かったと思っている。うん」と言うのだが、後の展開とシルバーの心中を思うと、かなり複雑。
『宝島』9話「奴隷みなとの人さらい」。シルバーは(港で撃たれて傷ついた身体で)火薬とバターを使った奇策を発案・実行し、味方に負傷者を一人も出さずに海賊を撃退。視聴者の目にもシルバーが只者ではないことが明らかに。それが10話「リンゴ樽の中で聞いた!」に繋がることになるのだが、「宝島 COMPLETE DVD BOOK」vol.1の収録はここまで。『宝島』と劇場版『銀河鉄道999』に共通するのは「旅」と「ロマン」。そして「理想的な大人(そのメインとなるのはどちらも海賊)と少年の関係」。さらに言えば「少年」に対する大人と、物語の語り手の「優しい目線」なのだろう。

第614回 また短い、すみません!

 また「アニメージュ○周年おめでとう」サイン色紙を描かせていただきました。「まだ自分にこんな依頼をくださるなんて」と思いつつ今回は『コップクラフト』を2枚。たぶん1枚は失敗して時用の予備なのでしょうが、たいがい失敗しないのでいつも2枚送ってます。アフレコの休み時間にちょこちょこっと。
 で描くと必ず送られてきます、「アニメージュ」! 今月(7月号)の見所はやっぱり「富野に訊け!」。俺はこのコーナーが大好きで、「アニメージュ」をいただくと必ず読むのがココ。今回はなんと200回記念に相応しく、相談者に辻真先先生! 辻先生の相談内容も富野監督のお答えも面白かったので、是非買って読んでください(なんの宣伝だ?)。ただその富野監督のお答えの中に

僕がよく「量産もできないで作家面するな」とあちこちで言ってるのは、辻さんのような(手の早い)方を知っているからです

とあり、久しぶりに「そう!」と大きく頷きました。かつて富野監督ご自身も「コンテ千本切りを目論んでいる」と噂されたほどのコンテ早切り達人! 出崎統監督もそうですが、仕事の早い先達らには本当に憧れます、自分。そんな板垣、

ようやく年1本のシリーズと全話コンテができるようになりました! 作家とやらには一生なれません(汗)! まあなる気もありませんが、ただコンテも原画ももっと早くなってたくさん描きたい!!

と改めて決意表明したところで、短くてゴメンナサイ。

アニメ様の『タイトル未定』
207 アニメ様日記 2019年5月12日(日)

2019年5月12日(日)
この日も半休のつもりで昼風呂に入ったり、昼寝をしたり。作業としては資料の読み込みの続き。夕方、ワイフと一緒に、吉松さんのマンションへ。4K Blu-ray+プロジェクター+100インチスクリーンの組み合わせでアニメを観せてもらった。『マモー編』『スペースアドベンチャー コブラ』『あしたのジョー2[劇場版]』『GHOST IN THE SHELL』『イノセンス』のそれぞれ一部を視聴。セル画時代のほうが画質向上の恩恵はあるのだけど、4Kの『イノセンス』もかなりよい。それから、セル画時代の4Kはまだまだよくなる伸びしろがあると思った。4Kではないけれど、プロジェクターで観た『リラックマとカオルさん』が相当によかった。質感が凄い。

2019年5月13日(月)
午前中はデスクワーク。書籍の企画書を2本書く。それから取材の予習。13時から試写で『プロメア』を観る。「アニメ様日記」は日記であるのだが、『プロメア』についてはこの日に感じたことではなく、後日考えたことも併せて書く。初見時は今までの今石作品と似た展開、似たモチーフが続出するので面食らってしまった。後になって、今石洋之の集大成と考えればいいのだろうと思うようになった。『ルパン三世 カリオストロの城』が公開された時に、東映長編時代からの宮崎駿の仕事を知っている人達が「同じことをやっている」と思ったと、宮崎さんのインタビューで読んだ記憶がある。それと同じなのだろう。『カリオストロの城』という作品の価値について考えるのに、それが過去の作品と似ているかどうかは重要なことではないはずだ。僕が『カリオストロの城』に感動したように、若いファンも『プロメア』に感銘を受けるのではないか。『プロメア』は現在のアニメーションでは珍しい痛快娯楽作であり、男性キャラクターに今石作品としては新味があった。アクションシーンの作り込みは素晴らしく、ある意味においては、日本のメカアニメの最高峰と言えるはずだ。他にも色々と思うところはあるけれど、それについてはまたの機会に。

2019年5月14日(火)
事務所でデスクワーク。

2019年5月15日(水)
「アニメスタイル015」の取材の3本立て。取材に立ち合ったメーカーの方が、作品のこともクリエイターのことも大好きな感じで、心地のよい取材となった。訳あって『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』のDVD BOXを購入した。Blu-ray BOXではなく、DVD BOXである。僕は『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』の映像ソフトを何度購入したのだろうか。

2019年5月16日(木)
デスクワーク。『さらざんまい』を1話から観た。続けて他の深夜アニメを。夕方はMacBookを持って帰って、マンションで休みつつ作業。

2019年5月17日(金)
午前中、デスクワーク。昼から『海獣の子供』試写。大変な仕上がりの映画だった。作画も美術も凄まじいほどの完成度。今年のアニメ映画で何番目ではなく、今までの全てのアニメーション映画で何番目か、というレベルだ。話を「理解する」映画ではなく、「感じる」映画なのだと思うが、原作をどのように整理したのかが気になる。原作を読むことにしよう。試写帰りに、買い物で外出していたワイフと合流して、神田の居酒屋で早めの晩飯。事務所に戻って社内打ち合わせ。渡辺歩監督に感想のメールを送ったら、すぐに返事がきた。

2019年5月18日(土)
午前中はたっぷりウォーキング。『海獣の子供』の原作を読み始める。午後は「『アニメ制作者たちの方法』刊行記念 井上俊之×原口正宏×高瀬康司 トークイベント」に。井上さんも原口さんも話し出したら止まらないタイプで、この2人が一緒に壇上にあがったらどうなるのだろうか、というのを確認するのが主な目的だった。結論としては原口さんは井上さんのフォローに回っていた。そして、原口さんはフォローに回ったほうが実力を発揮するのではないかと思った。
夜はオールナイト「新文芸坐×アニメスタイル セレクションvol. 115 スクリーンで観る『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』」。その前に、トークで話題になるかもしれないので、サブキャラクターの名前を確認した。「悪事を仕留める矢の数々は、腕に習った小李広」と言うのが「鎮三山の黄信(ちんざんさんのこうしん)/納谷六朗」で、「恐れはいらぬぞ、鎮三山」が「小李広の花栄(しょうりこうのかえい)/大塚明夫」。「腕に習った小李広」と言っているのが「小李広」ではなくて「黄信」だというあたりが、間違えやすいポイントだ。「そうはいかぬぞ、血風連! 命知らずはかかってきやがれ!」が「立地太歳・阮少二(りっちたいさい・げんしょうじ)/大塚芳忠」「短命二郎・阮少五(たんめいじろう・げんしょうご)/佐藤浩之」「活閻羅・阮少七(かつえんら・げんしょうしち)/千葉一伸」で、この3人が阮三兄弟。「狙った獲物は逃がさぬと」が「双尾蠍の解宝(そうびかつのかいほう)/関智一」で、「二人の後には悪は残さず」が「両頭蛇の解珍(りょうとうだのかいちん)」。その前に「後れを取るな、解珍! 解宝!」と言っているのが「小覇王・周通(しょうはおう しょうつう)/緒方賢一」。ここまで確認しておきながら、トークで僕は、十傑集の樊瑞の名前を言い間違ってしまった。
話は前後するが、今回のトークのゲストは音響監督の本田保則さん。本田さんとお目にかかるのは、20年以上前の『天地無用!』の取材以来だったのだけど、僕のことを覚えていてくださった。トークでは貴重な話をいくつもうかがうことができた。中でも興味深かったのが、アフレコ時に今川泰宏監督が役者に渡していたメモの話だ。プロデューサーの山木泰人さんにも来場。トークにも途中から参加していただいた。

新文芸坐×アニメスタイル セレクションvol. 118
『この世界の片隅に』三度目の夏

 公開から足かけ4年経った今も、多くのファンに支持され、超々ロングランを続ける『この世界の片隅に』。新規場面を加えたもう1本の映画、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の公開も12月20日に控えている。

 2017年8月、2018年8月に続き、本年8月にも、新文芸坐とアニメスタイルは『この世界の片隅に』を手がけた片渕須直監督の作品を集めたオールナイトを開催する。今回は監督作品の劇場長編『アリーテ姫』『マイマイ新子と千年の魔法』『この世界の片隅に』に加えて、『リトル・ニモ』のパイロットフィルムを上映する。
 『リトル・ニモ』は55億円の予算と、長期に渡る期間によって製作された劇場作品である。内外の優秀なクリエイターが参加しており、日本のアニメ史で並ぶもののないビッグプロジェクトであった。その制作初期に3バージョンのパイロットフィルムが作られている。上映するのは3バージョンの中の「近藤喜文監督版」と「出崎統監督版」であり、「近藤喜文監督版」には、若き日の片渕監督がスタッフの一人として参加している。『リトル・ニモ』は彼自身にとって、大きな作品のひとつだ。トークでそのことについて語ってもらえるはずだ。

 前売り券は6月15日から新文芸坐窓口とチケットぴあで発売となる。

 なお、7月31日に 『リトル・ニモ』本編とパイロットフィルム3バージョンを収録したBlu-rayが発売される予定だ。

新文芸坐×アニメスタイル セレクションvol. 118
『この世界の片隅に』三度目の夏

開催日

2019年8月17日(土)

開場

開場:22時45分/開演:23時00分 終了:翌朝6時15分(予定)

会場

新文芸坐

料金

当日・一般2800円、前売・友の会2600円

トーク出演

片渕須直、小黒祐一郎(司会)

上映タイトル

『リトル・ニモ』パイロットフィルム(近藤喜文監督版、出崎統監督版)
アリーテ姫(2000/115分/35mm)
マイマイ新子と千年の魔法(2009/93分/DCP)
この世界の片隅に(2016/129分/DCP)

備考

※オールナイト上映につき18歳未満の方は入場不可
※トークショーの撮影・録音は禁止

●関連サイト
新文芸坐オフィシャルサイト
http://www.shin-bungeiza.com/

第613回 アニメ監督の仕事、令和元年(3)

 前回と第609回で「監督は本来、画を描かないで描かせるもの云々」という、何十年もの間アニメ業界で先達らが伝え(広め?)てきた言葉がなんの根拠もなく、もしかするとアニメーター出身監督の出現を1人でも多く潰したいとお考えの、画が描けない監督(演出家)らによる詭弁に過ぎない(かもしれない)、ということがご理解いただけたかと思います。そして、

アニメ監督が「監督としてやらなければ(できなければ)ならない仕事」は時代の空気にあわせて年々変わる!

ことも。念のために言っておきますが「画を描かない(描けない)かたが監督をやってはいけない」とは思ってはいません、自分は。ただ「僕、監督! 君アニメーターなんだから、僕の思ったとおりに描くべきだよね! だって僕が監督なんだからさ! これ当たり前のルールだよね!」で守られる監督の立ち場はもうないと言いたいだけ。なぜなら週何十本しかアニメがなかった時代なら、制作現場もその数しかなく、さらにカメラと撮影台すら数に限りがあるわけで、その頃アニメーターになった人なら、自分じゃ画が描けない監督の言うことでも聞いたでしょう。他にパラパラマンガを作品にする手立てがなかったのですから。ところが今は、アニメの本数も制作現場も何倍もあり、そればかりか極端な話、PCがあればアニメーターなら誰でもアニメが作れます! アニメーター側からすると、何が悲しくて自分より画が下手な人の言うことを聞かなきゃならないのでしょうか? と言いたいだけ。この際だからハッキリ言います。

アニメーターは自分より巧い人の言うことしか聞きません!

 だからこそ、ウチの制作上がりの演出に

作画以外で取り柄を見つけなさい! その上で、できたら少しでも画を描こうとしなさい! いつまでも画を描くのを人任せにできると思わないこと! システムやルールなど5〜10年サイクルで必ず変わる! その空気も読めない人は演出だ監督だと肩書きをもらっても、結局淘汰される! そこで努力をしない人に、仕事も人間関係も会社も永遠などあり得ない!

と言ってるんです。

第158回 カヴァーではなく「再創造」 ~DIGITAL TRIP さよなら銀河鉄道999 シンセサイザー・ファンタジー~

 腹巻猫です。6月8日(土)15時より蒲田・studio80にてサントラDJイベント「Soundtrack Pub【Mission#39】」を開催します。テーマは「『非サウンドトラック』の世界」。カヴァーもの、アレンジもの等と呼ばれる、「オリジナル・サウンドトラック」ではない映像音楽を紹介します。前半は国内外の映画音楽を中心にしたカヴァー演奏盤の紹介。後半は日本コロムビアが1980年代に発売したアニメ音楽アルバムのシリーズ「デジタルトリップ」と「ジャムトリップ」を特集します。お時間ありましたら、ぜひご来場ください!
http://www.soundtrackpub.com/event/2019/06/20190608.html


 そんなわけで、今回は「デジタルトリップ」シリーズから1枚取り上げることにしよう。

 「デジタルトリップ(DIGITAL TRIP)」は日本コロムビアが1981年から発売したアニメ音楽アルバムシリーズのタイトル。1986年頃までに50タイトル以上が発売された。タイトル数の多さからも、本シリーズがアニメファンの人気を得ていたことがうかがえる。
 「デジタルトリップ」のコンセプトは、「アニメ音楽をシンセサイザーで演奏したアルバム」である。当時はYMOをはじめとするテクノポップが注目され、シンセサイザー音楽が急速に普及していった時期。作り手も聴き手も、シンセサイザーサウンドに音楽の新しい可能性を見出していた。そこに登場したのが「デジタルトリップ」だった。

 「デジタルトリップ」の大きな特徴は、日本コロムビアが発売しているのに、『機動戦士ガンダム』(キングレコード)、『超時空要塞マクロス』(ビクター音楽産業)、『風の谷のナウシカ』(徳間ジャパン)など、他社でサントラ盤がリリースされている作品がたくさん取り上げられていること。オリジナル音源が他社から発売されていても、カヴァー演奏なら自由に発売することができる。キャラクターを使わなければ版権の制約もない。アニソンのカヴァーは昔からあるが、「デジタルトリップ」は「サントラのカヴァー」という新しい発想だった。80年代、アニメ音楽一社独占の構図が崩れ、アニメ音楽ビジネスの新たな一手を模索していた日本コロムビアがつかんだ「奇策」とも呼べる新路線だったのである。

 しかし、「デジタルトリップ」は最初からアニメ音楽カヴァーのシリーズとしてスタートしたわけではない。「デジタルトリップ」と冠が付いた最初のアルバムは1981年に発売された「DIGITAL TRIP さよなら銀河鉄道999 シンセサイザー・ファンタジー」。あくまで『さよなら銀河鉄道999』のアルバムのヴァリエーションのひとつとして、また、東海林修のアルバムとして発売されたものだった。おそらくこれが予想以上のヒットになったことから、シンセサイザーアルバムのシリーズが企画されたのだろう。シリーズタイトルとして、1枚目のアルバムに付された「DIGITAL TRIP」がそのまま使われることになった……という経緯ではないかと想像する。

 そのあとに発売された「デジタルトリップ」は実はアニメ音楽アルバムではない。「ファラオの墓 シンセサイザーファンタジー」(シンセサイザー=神谷重徳/1982)、「日出処の天子 シンセサイザーファンタジー」(伊藤詳/1982)と、アニメ化されていないコミックスのイメージアルバムが続くのだ。当時はレコードメーカー各社からコミックスのイメージアルバムがさかんに発売されていた時期で、「デジタルトリップ」も当初はイメージアルバム路線が考えられていたようだ。

 アニメ路線に舵が切られるのはアニメ映画公開と同時に発売された「わが青春のアルカディア シンセサイザーファンタジー」(淡海悟郎/1982)から。またも想像だが、このアルバムの評判がよくて「やはりアニメだよね」ということになったのではないか。
 続いて、「宇宙戦艦ヤマト(以下“シンセサイザー・ファンタジー”は略)」(深町純/1982)、「機動戦士ガンダム」(東海林修/1982)と鉄板の人気作品がリリースされ、「樹魔伝説」(安西史孝/1982)、「クイーンエメラルダス」(深町純/1982)とイメージアルバム路線にいったん戻るものの、以降はアニメ音楽中心のラインナップが続くことになる。
 発売されたタイトルは、「六神合体ゴッドマーズ」(東海林修/1983)、「超時空要塞マクロス」(東海林修/1983)、「クラッシャージョウ」(淡海悟郎/1983)、「伝説巨神イデオン」(五代孝/1983)、「戦闘メカ ザブングル」(東海林修/1983)、「キャッツ・アイ」(東海林修/1983)、「銀河漂流バイファム」(東海林修/1984)、「巨神ゴーグ」(越部信義・小久保隆・石川晶/1984)、「うる星やつら」(深町純/1984)、「風の谷のナウシカ」(宮城純子/1985)、「北斗の拳」(青木望/1985)、「機動戦士Zガンダム」(越部信義・小久保隆/1985)、「タッチ」(東海林修/1985)など、他社のヒット作・注目作がずらりと並ぶ。「宇宙海賊キャプテンハーロック」(越部信義/1983)、「未来警察ウラシマン」(越部信義・小久保隆/1983)、「ルパン三世」(東海林修/1984)等のコロムビア作品も取り上げられているが、比率から言えば他社作品の方が多い。当時のアニメ音楽状況を一望できるラインナップはなかなか壮観である。

 アレンジとシンセサイザー演奏を担当した作家は、東海林修を筆頭に、深町純、淡海悟郎、越部信義ら、作曲家としても活躍するそうそうたる顔ぶれだった。中には「北斗の拳」のようにオリジナル作曲家が手がけた作品もあって見逃せない。
 アレンジは、原曲の再現にこだわらず、アルバム独自のサウンドを追求したものが多い。盤ごとに作・編曲家の作家性が強く出た印象だ。大胆にアレンジされた演奏を聴いて、あまりのイメージの違いに「うーん」と首をひねってしまうこともあった。しかし、独立したシンセサイザーアルバムとして聴くぶんには、それぞれに個性豊かで楽しめる。「アニメ音楽の新しい楽しみ方」を提案したという意味でも大いに意義があり、再評価が望まれるシリーズである。筆者は東海林修の「ウルトラQ」と越部信義・小久保隆による「宇宙刑事シャリバン」がお気に入りだった。

 前置きが長くなったが、今回取り上げたいのは「デジタルトリップ」の記念すべき第一弾「さよなら銀河鉄道999 シンセサイザー・ファンタジー」である。

 オリジナルは東海林修が音楽を担当したアニメ映画『さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅』(1981)のサウンドトラック。大編成オーケストラで演奏した音楽をシンセサイザーでセルフカヴァーしたアルバムだ。
 これがなかなか聴き応えがある。本編の音楽もシンセサイザーでよかったのではないかと思うくらい。

 LPレコードでのリリースは1981年12月。2001年にCD「ETERNAL EDITION さよなら銀河鉄道999」のボーナストラックとして復刻された。2010年には紙ジャケット仕様の単独盤でCD化されている。
 収録曲は以下の通り。

  1. Trip to the Unknown 未知への旅
  2. Mysterious Larmetal 幽玄なるラーメタル
  3. Doom’s Day 最後の審判
  4. Dream 青春の幻影
  5. Waves of Light 光と影のオブジェ
  6. La Femme Fatale 運命の女
  7. The Promised Land 約束の地
  8. SAYONARA サヨナラ

 LPレコードでは1~4までがA面、5~8がB面に収録されていた。
 オリジナル盤のライナーノーツによれば、A面はオリジナルスコアを大切に、B面はモチーフを使ったイメージの展開というコンセプトで作られたという。

 1曲目の「未知への旅」は、銀河鉄道999が旅立つ場面に付けられた曲(交響詩版「メインテーマ~新しい旅へ~」)のアレンジ。オーケストラ演奏版と比べると、勇壮さ、重厚さが薄まった代わりに、宇宙へと飛翔する軽やかなイメージが強くなった。いかにも宇宙ファンタジーというサウンドで、オーケストラ版にない魅力がある。

 2曲目「幽玄なるラーメタル」は宇宙の神秘を描写するトラック。交響詩版の「謎の幽霊列車」と「メーテルの故郷、ラーメタル」の2曲からアレンジされている。原曲よりも神秘的な雰囲気が増し、「幽玄」という言葉がぴったりはまる印象だ。曲の前後にメインテーマのモチーフが入り、SF冒険物語の雰囲気を盛り上げている。

 3曲目「最後の審判」は交響詩版の「崩壊する大寺院」と「黒騎士との対決」の2曲をアレンジしたもの。サスペンスに富んだ曲調で鉄郎の試練を表現したトラックだ。

 4曲目の「青春の幻影」は交響詩版の同名曲のアレンジ。管弦楽が奏でるロマンティックな曲が、シンセサイザーによってより幻想的に生まれ変わっている。サウンドの作り込みが秀逸で、音を聴くだけで切ない気持ちになる。生オーケストラでは出し得ない情感が広がる、シンセ独自の音色が生かされたトラックだ。

 5曲目「光と影のオブジェ」は交響詩版で唯一シンセサイザーで演奏されていた曲「大宇宙の涯へ~光と影のオブジェ~」のリメイク。映画では999号が惑星アンドロメダに到着する場面に流れている。交響詩版もテクノポップ寄りの軽快な演奏だったが、デジタルトリップ版はリズムが強調され、さらに派手になった印象。ダンスミュージック的な高揚感のある曲になっているのが楽しい。

 次の「運命の女」はメーテルのテーマ(原曲は「再会~LOVE THEME~」)。オーケストラ版はピアノと弦楽器のアンサンブルが美しいミシェル・ルグランのような曲だったが、デジタルトリップ版ではシンセサイザーの透明感のある音色がリリカルに響く。メーテルの時空を超越した神秘性が際立つ曲になった。

 続く「約束の地」は映画のクライマックスの曲「終曲~戦いの歌~」のアレンジ。劇中でも印象深いパルチザンの歌のメロディが登場する。原曲の悲壮感が消え、軽快なテクノポップに生まれ変わった。原曲のファンは「イメージが違う」と嘆くかもしれないが、情感が薄まった代わりに非常に聴きやすくなっている。純粋に「こういう曲だったんだ」と楽しめるトラックである。

 最後の曲「SAYONARA」は映画主題歌「SAYONARA」のアレンジ。原曲に忠実なアレンジで、インストゥルメンタルとして聴ける。これは「ファンに1曲プレゼント」といった趣向だろう。

 アルバムを聴いた印象は、「カッコいい!」だった。オーケストラ演奏による交響詩版とはまったく異なる色彩感の音楽になっている。どちらがすぐれているということではなく、どちらも他に代えられない魅力を持った音楽なのだ。それこそが、「デジタルトリップ」シリーズがめざしたものだった。

 筆者の手元にある『アニメージュ』(徳間書店)1983年8月号に「デジタルトリップ」シリーズを取り上げた日本コロムビアの広告が掲載されている。それによれば、「デジタルトリップ」は「アニメーション、コミックスなど映像作品のイメージを、シンセサイザーによって全く新鮮な音楽世界に展開しようという意図から企画されたもの」だそうだ。続くテキストでは生演奏からシンセサイザーへのアレンジを「再創造(リクリエイト)」と呼んでいる。デジタルトリップは単なるアレンジ盤ではなく、オリジナルから自由にイメージをはばたかせて、新たな魅力ある音楽を創造しようとしたものだった。だからこそ、当時のアニメファンはそれを「偽物」ではなく独自の音楽作品として支持したのである。

 デジタルトリップと並ぶアニメ音楽カヴァーのシリーズ「ジャムトリップ」は、アニメ音楽をジャズ、フュージョンにアレンジして生楽器の演奏で聴かせる、「デジタルトリップ」と対照的なコンセプトのシリーズだった。こちらは20タイトル程度と数は少ないが、当代一流のミュージシャンが参加したグルーヴ感あふれる演奏は今聴いても心が躍る。
 いっぽう、「デジタルトリップ」のサウンドは80年代という時代を如実に反映し、今聴き直すと、さすがに古いなぁと感じるところも多い。シンセサイザーが電子技術の産物である以上、それは仕方ないことだ。

 でも、今はさまざまな時代の音楽をフラットに聴ける時代。80年代の音楽も「古い音」ではなく「個性的な音」として楽しめる。シンセサイザーで生楽器さながらの音が出せるようになった現代では、カラフルでポップなシンセサイザーサウンドが、むしろ新しい。

DIGITAL TRIP さよなら銀河鉄道999 シンセサイザー・ファンタジー(紙ジャケット仕様)
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GALAXY EXPRESS 999 ETERNAL EDITION File No.3&4
劇場版 さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅
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アニメ様の『タイトル未定』
206 アニメ様日記 2019年5月5日(日)

2019年5月5日(日)
マチアソビ2日目。朝は徳島中央公園の周辺を散歩。午前中から、馬越嘉彦さんのライブドローイングとサイン会がスタート。馬越さんに、サインする時間をたっぷりとったほうがいいと提案していただき、タイムスケジュールを変更。ライブドローイングは、決められたスペースとは別の広い場所を使わせてもらった。イベントスタッフの対応に感謝。ライブドローイングでは、馬越さんが描いている間、僕は喋り続けたほうがいいのかと思っていだけど、むしろ、喋り続けると邪魔になりそうだったので、たまに話すくらいにした。夜はホテル近くの居酒屋で打ち上げ。魚も鶏も美味しい。

2019年5月6日(月)
マチアソビ3日目。徳島中央公園を散歩した後、朝食をはさんで吉野川方面を歩く。その後、マチアソビの企画のひとつである橋の下美術館に参加。遊覧船に乗って、橋の下に飾られたアニメのイラストを見るというもので、予想以上に楽しかった。14時くらいまで徳島にいて、夕方には東京に到着。

2019年5月7日(火)
ゴールデンウィークは明けたけれど、すぐに本調子に戻るわけではなく、まだのんびりムード。午後は打ち合わせで、あるアニメプロダクションに。その後、近くの別のアニメプロダクションに。

2019年5月8日(水)
某社で打ち合わせ。夏に出す本がもう一冊増えそうだ。ネットで『映像研には手を出すな!』のアニメ化を知る。監督は湯浅政明さんで、制作はサイエンスSARU。原作はアニメファン好みではあるけれど、アニメ化は難しいだろうと思っていた。だけど、湯浅さんとサイエンスSARUなら、上手く映像化できるかもしれない。素晴らしい企画だ。

2019年5月9日(木)
池袋HUMAXシネマズで『名探偵ピカチュウ』を観る。僕にとっては「物語」よりも「ポケモンがいる世界」を楽しむ映画で、その意味でなかなか楽しい。ピカチュウを始めとするポケモンのデザインがリアル寄りだが、この内容なら正解だろう。映画とポケモンGOの連携もよかった。公開前後のポケモンGOでは、映画に登場するポケモンが出現。ゲーム中のタスクも映画を観ると解きやすくなるというものだった。

2019年5月10日(金)
公開日の朝イチの新宿ピカデリーで『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』を観る。『カバネリ』ファンに向けた作りだった。終盤のラブコメ展開と、エンディングの踊りに驚く。僕はTVシリーズ初期のハードな路線を期待していたのだけれど、キャラクターのファンはこちらの方が嬉しいだろう。打ち合わせをはさんで、午後に『きみと、波にのれたら』の試写。主人公と彼氏の恋愛描写が素晴らしい。湯浅さんらしさもあるし、今までよりも一般の観客に向けた作品になっているはず。女性の感想を聞きたい。

2019年5月11日(土)
この日は半休のつもりで、昼間にちょっと休む。資料の読み込みをしたり、取材の準備をしたり。夕方に、ワイフと大塚ばらまつりを見てから、東京大塚のれん街に。

新文芸坐×アニメスタイル セレクションvol.117
完結30周年記念 OVAの金字塔『トップをねらえ!』

 『トップをねらえ!』はSF、巨大ロボット、美少女、アニメや特撮のパロディといった要素を極めてセンスよく、しかも過剰な密度で詰め込んだOVAの傑作だ。庵野秀明の本格的初監督作品であり、彼とGAINAXの代表作である。同作の最終巻がリリースされたのは1989年7月7日。今回のオールナイトは完結30周年記念を企画したものである。
 上映作品は『トップをねらえ!』全6話、続編の『トップをねらえ2!』全6話。いずれも5.1ch音声での上映となる。トークのゲストはタカヤ・ノリコ役の日高のり子、アマノ・カズミ役の佐久間レイ。前売りチケットの6月8日(土)から新文芸坐とチケットぴあで発売となる。(追記)前売チケットは完売しました。当日券の販売はありません。

新文芸坐×アニメスタイル セレクションvol. 117
完結30周年記念 OVAの金字塔『トップをねらえ!』

開催日

2019年7月6日(土)

開場

22時15分/開演:22時30分 終了:翌朝6時10分(予定)

会場

新文芸坐

料金

当日・一般2800円、前売・友の会2600円

トーク出演

日高のり子(タカヤ・ノリコ役)、佐久間レイ(アマノ・カズミ役)、小黒祐一郎(司会)

上映タイトル

『トップをねらえ!』全6話(1988~1989/BD/5.1ch音声)
『トップをねらえ2!』全6話(2004~2005/BD/5.1ch音声)

備考

※オールナイト上映につき18歳未満の方は入場不可
※トークショーの撮影・録音は禁止

●関連サイト
新文芸坐オフィシャルサイト
http://www.shin-bungeiza.com/

第612回 アニメ監督の仕事、令和元年(2)

 第610回からの続き。で、『巨人の星』の長浜忠夫監督は、コンテを描かずに音響メインの演出スタイルだったという話。自らは画を描かずとも1960年代なら「アニメ監督」は成立したのです。なぜなら、前回すでに半分説明したかもしれませんが、当時は舞台や映画における演出(監督)のプロは存在しても、アニメのそれはまだ存在していなかったからです。それゆえ、演劇や実写畑など別分野の権威を連れてきて、アニメーター・画描きの前に立たせて「この方が監督です! 今日から監督に従って画を作ってください!」と言うしかなかったのです、アニメ黎明期は。1970年初頭になると、演出志望の優れたアニメーターが現れだします。当然のことですよね。その代表格が出崎統監督でしょう! 富野由悠季監督も以前インタビューで「アニメーターでありながら映像指向のある演出家が崎枕(出崎統)だった」と仰ってました。出崎さんの監督デビューは27歳で『あしたのジョー』。もちろん前述の長浜監督と違って、アニメーター出身の出崎監督はコンテを切りまくるだけではなく原画まで描かれたそうです(ご自身のインタビュー記事より)。そりゃ長時間かけられる劇場作品と違って、スケジュールも短く巧い人から下手な人までアニメーターをかき集めなければならない時、画作りに直接参加できる監督(演出)は重宝されて当然。1980年代は出崎監督だけではなく、りんたろう監督、杉井ギサブロー監督、そして2019年現在も現役の宮崎駿監督と、アニメーター出身監督がメインになっていきます! ね? 1960〜1980年代ですでにアニメの監督(演出)になるのならアニメーターのほうがいいと証明されてるわけです。現に板垣程度の凡人が今でも監督をやらせてもらえるのは、ひとえに小田部羊一先生や大塚康生様、友永和秀師匠らによるアニメーター指導の賜物だと思っておりますから。もちろん1980年代以降でも、高畑勲監督や富野由悠季監督や押井守監督といったアニメーターではなくとも天才な方々はご活躍されております。ただ現在のような深刻なアニメーター不足の中、「画のほうはよろしく」と音響のあと、声優さんらと毎週飲みにいってしまう監督はやりづらくなってる気がします。そりゃ最初の顔合わせ的飲み会は音響チームとの親睦を深める必要もあるため、それを監督の仕事と位置づけることもできますが、毎週ともなればアニメーターに悪いと思わないのでしょうか? ちなみに夜の飲み会目的でアフレコを必ず午後からにしてもらう監督、自分がまだド新人だった頃に知ってましたが、ご多分に漏れず現在は自然淘汰済みなようです。その方も自身で画を描かれない監督でした。ただ、

自分もこのまま原画とコンテが描けるだけではダメでしょう!

 今後はCGや撮影も勉強しないと、アニメ監督など続けられなくなる時代が10年以内にやってくるのは間違いないでしょうから。

アニメ監督が「監督としてやらなければ(できなければ)ならない仕事」は時代の空気にあわせて年々変わる、の話はまた次週へ!