第317回 絶妙のさじ加減 〜トリツカレ男〜

 腹巻猫です。私が参加していた劇伴専門バンド・G-Sessionのライブが、11月22日(土)17:30から新中野のLive Cafe弁天で開催されます。コロナ禍で活動休止していたのでライブは7年ぶり! 特集は「謎の劇伴UFO」と「7年越しの電リク大作戦」の2本立て。今回、私は客席で応援するので演奏内容は知らないのですが、きっとマニアックな選曲でしょう。お時間ありましたら、ぜひどうぞ!

詳細は下記を参照ください。
http://www.benten55.com/sche14/sche14.cgi#3968

過去のG-Sessionライブ
https://www.soundtrackpub.com/event/gsession/


 今回は11月7日に公開された劇場アニメ『トリツカレ男』の音楽を取り上げよう。
 いしいしんじによる同名小説を原作に、監督・高橋渉、アニメーション制作・シンエイ動画のスタッフでアニメ化された作品だ。
 興味を持ったことにとりつかれたようにのめり込むことから「トリツカレ男」と呼ばれている青年ジュゼッペ。ネズミのシエロと話そうとするうちに、ネズミ語もわかるようになった。ある日、昆虫採集に夢中になっていたジュゼッペは、公園で風船売りの少女ペチカに出会い、恋に落ちてしまう。シエロの応援もあってペチカと友だちになれたジュゼッペだが、ペチカの笑顔に曇りがあることに気づいてしまった。ジュゼッペはペチカに心から笑ってもらうために、彼女の抱える悩みを取り除こうとする。
 全編にキャラクターが歌う劇中歌が散りばめられたミュージカルアニメである。シンエイ動画らしい独特の絵柄が魅力的。それに歌がすばらしい。歌手やミュージカル俳優として活躍するキャストがそろい、表現力豊かな歌を聴かせてくれる。なかでもペチカ役の上白石萌歌の歌唱は、劇場で聴いていてうっとりするほどだ。
 しかし、個性的な絵柄と歌の印象から、本作を「明るく楽しいミュージカルアニメ」と思って観に行くと、少々期待を裏切られる。明るく楽しいシーンも多いのだが、物語の後半はけっこうシリアスで繊細な展開になっていくのだ。ディズニーの劇場長編のような親子づれで気軽に観に行ける作品というよりは、「ラ・ラ・ランド」みたいな大人向けの作品だと思ったほうがよいだろう。

 音楽は3人組のバンドAwesome City Clubのボーカリスト・ギタリストであるatagiが担当。主題歌・劇中歌すべての作曲と劇伴の一部を手がけている。ほかに劇伴担当として、波立裕矢と未知瑠の2人がクレジットされている。
 本作の主題歌・劇中歌のことは、すでにさまざまなメディアで取り上げられているので、当コラムでは劇伴音楽にフォーカスして語ってみたい。
 ミュージカルの音楽といえば、歌が中心になり、劇伴は歌のメロディを引用しながら物語を盛り上げていく、という印象がある。華やかな舞台劇音楽のようなイメージだ。
 しかし、本作の劇伴音楽はちょっと違う。歌のメロディの引用もあるが、控え目だ。むしろ、一般的な劇場作品の背景音楽に近い。あまり目立たないように、ドラマにそっと寄り添っている。それはたぶん、本作が「明るく楽しい」だけの作品ではないからだろう。
 実は、atagiと波立裕矢は劇伴音楽を手がけるのは初めて。atagiはバンドサウンド、波立裕矢はオーケストラサウンドが得意という持ち味の違いがある。もう1人の劇伴担当である未知瑠は、劇場作品・ドラマ・アニメの音楽で活躍し、オーケストラからジャズまで、さまざまなスタイルをこなす、いわば劇伴のプロ。3人の個性がまじりあって表現される本作独特の世界観が聴きどころである。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、2025年11月5日に「トリツカレ男 オリジナル・サウンドトラック」のタイトルでcutting edgeより配信でリリースされた。11月19日にはCD版もリリースされる予定である。
 収録曲は以下のとおり。

  1. ジュゼッペのテーマ(歌:佐野晶哉)
  2. memoir
  3. 出会いのワルツ1
  4. ジュゼッペ、ジャンプ!
  5. シエロ教えて!
  6. 出会いのワルツ2
  7. ファンファーレ〜恋に浮かれて〜(歌:佐野晶哉、上白石萌歌)
  8. ブレーキなしで!
  9. ひみつの会議1
  10. That’s the bee’s knees!(歌:山本高広)
  11. 帰ってきた日常
  12. ひみつの会議2
  13. さすらいの医者
  14. 秋とジュゼッペ 恋の行方
  15. ペチカの過去
  16. 当方、トリツカレ男
  17. Accident! 1
  18. Accident! 2
  19. ジュゼッペとタタン
  20. ペチカとタタン3つの大切なこと
  21. Snowish(歌:柿澤勇人)
  22. シエロの言葉が
  23. 真実にたどり着いて
  24. 私たちは必ず転ぶ
  25. すべてジュゼッペだったのね
  26. あいのうた(歌:上白石萌歌、佐野晶哉)
  27. ファンファーレ(歌:Awesome City Club)

 トラック27の「ファンファーレ」はCD版にのみ収録。配信版のアルバムには入っておらず、Awesome City Clubの楽曲として別途配信されている。
 atagiは本作の劇伴を依頼されたとき、劇伴作曲の経験がなかったので悩んだという。しかし、「Awesome City Clubのような音楽で表現してほしい」と言われて引き受ける気になったそうだ(「up plus(アッププラス)」2025年11月号掲載のインタビューより)。
 そのatagiが担当した楽曲は「memoir」(トラック2)、「シエロ教えて!」(トラック5)、「ひみつの会議1」(トラック9)、「ひみつの会議2」(トラック12)の4曲。どれもネズミのシエロがらみの曲である。ジュゼッペとシエロとの出会いが語られる場面の「memoir」で弦のピチカートやシンセを使ったテーマが提示され、以降の3曲ではそのテーマが反復される。劇伴におけるシエロ(あるいはシエロとジュゼッペ)のテーマなのだろう。

 波立裕矢は9曲の劇伴音楽を担当した。波立は主に純音楽の分野で活躍する作曲家で、先に紹介したように、劇伴を手がけるのは本作が初めてだったという。
 まず、ジュゼッペとペチカの出会いのシーンに流れる「出会いのワルツ1」(トラック3)と「出会いのワルツ2」(トラック6)。ジュゼッペの心のときめきを表現する、クラシカルでロマンティックなワルツの曲だ。「出会いのワルツ2」のあとに、ジュゼッペとペチカがデュエットするメインテーマ「ファンファーレ〜恋に浮かれて〜」が流れ始めるシーンは、本作の見どころ、聴きどころのひとつ。
 「帰ってきた日常」(トラック11)、「さすらいの医者」(トラック13)、「秋とジュゼッペ 恋の行方」(トラック14)の3曲も波立裕矢の作曲。この中では、ジュゼッペが変装したヘンな医者のテーマ「さすらいの医者」が面白い。ミディアムテンポの飄々とした曲で、ベースとピアノとパーカッションが作り出すリズムは、異国の舞踏音楽のようでもある。「秋とジュゼッペ 恋の行方」はギターとピアノを中心にしたリリカルなサウンドが心に沁みる1曲。「帰ってきた日常」については、このあとあらためて紹介したい。
 正直に言うと、歌のすばらしさに比べて、本作の劇伴音楽は少々地味ではないか、と筆者は感じていた。もっと歌い上げる曲やはじけた曲があるほうがミュージカルらしいと思っていたのだ。
 しかし、波立裕矢のXのポストに興味深い発言を見つけた。2025年11月12日のポストで、波立はこう書いている。

「#トリツカレ男 の劇伴のモデルの一つとしたのは、三善晃さんの「赤毛のアン」のための音楽
 脚本や絵柄を読み込むうち、本作でなら元々大好きな作品へのオマージュが自然に響くのではと思い至りました」

 なんと、TVアニメ『赤毛のアン』の音楽をオマージュしたというのだ。ポストでは三善晃の名しか書かれていないが、当然、毛利蔵人が手がけた劇伴音楽もオマージュの対象に含まれているだろう。
 それを意識して『トリツカレ男』の劇伴を聴くと、「なるほど『赤毛のアン』か」とひざを打ちたくなるところがある。
 「帰ってきた日常」(トラック11)もそんな曲のひとつである。ギターやピアノ、パーカッションが奏でるおだやかなサウンドは、現代的でありながら、バロック音楽的なたたずまいがある。バロック音楽は毛利蔵人が『赤毛のアン』の劇伴で試みたスタイルのひとつである。
 波立裕矢が手がけた残り4曲の劇伴——「ジュゼッペとタタン」(トラック19)、「シエロの言葉が」(トラック22)、「真実にたどり着いて」(トラック23)、「すべてジュゼッペだったのね」(トラック25)では、弦合奏とピアノ、フルート、ハープなどが奏でる、フランス印象派音楽風の上品で色彩感豊かな響きを聴くことができる。これも『赤毛のアン』の音楽に通じるサウンドだ。
 波立裕矢は、『トリツカレ男』の一見エキセントリックな物語の中に、『赤毛のアン』と共通する日常への愛しさや想像力の尊さを感じたのではないだろうか。そのアプローチは、本作に一般的なミュージカル音楽とはひと味違う繊細なサウンドを提供することになった。とりわけ物語終盤の展開に、そのサウンドがマッチしたと思う。

 アニメ『本好きの下剋上』『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』などの音楽を手がける未知瑠が担当した劇伴は8曲。
 「ジュゼッペ、ジャンプ!」はジュゼッペが空に飛んだ風船をジャンプして集める場面に流れる曲で、軽快なリズムと口笛やブラスの合奏が楽しいミュージカルらしいナンバーだ。しかし、楽しい曲はこれくらいで、以降はあまりメロディアスでない、サウンド志向の曲が続く。
 「ブレーキなしで!」(トラック8)は、ブレーキの壊れた自転車を押すペチカとジュゼッペが坂道を下りながら語らう場面の曲。ピアノとシンセ主体のシンプルな表現で、ふたりの心の中に芽生える言葉にならない感情を描写する。もっとメロディアスな音楽であってもよさそうなシーンだが、あえてメロディを抑えているのがうまい。未知瑠は、こういう複雑な心情やシリアスな状況を描くシーンの音楽を主に担当しているようである。
 トラック15〜18は連続で未知瑠が担当している。「ペチカの過去」「当方、トリツカレ男」「Accident! 1」「Accident! 2」の4曲である。「ペチカの過去」はジュゼッペがペチカに秘めた過去があることを察する場面の曲。「ブレーキなしで!」と同様に、メロディを抑えた曲調でジュゼッペとペチカの心情を描写している。感情をひとつに限定せず、さまざまな心情が入り混じった複雑な曲調になっているのが現代的だ。
 「当方、トリツカレ男」はジュゼッペがペチカの過去に関わるタタンという男のことを調べる場面の曲。これは比較的わかりやすい、ブルージーなジャズ風の曲である。
 「Accident! 1」「Accident! 2」の2曲は、タタンの過去の回想シーンに流れる効果音的音楽。ここでも感情をあおらない抑えた表現が効果を上げている。このあたりは劇伴音楽の経験豊かな未知瑠ならではの音楽作りで、「うまいなあ」と思うところだ。
 トラック20「ペチカとタタン3つの大切なこと」は、ピアノのみで奏でられる美しくリリカルな曲。ペチカの気持ちに寄り添った曲想だろう。
 トラック24「私たちは必ず転ぶ」は、終盤の重要なシーンに流れる4分45秒に及ぶ長い曲。劇中では、この曲の上にほとんどずっとセリフが重なっている。このシーンでは、セリフが歌で劇伴がその伴奏になっていると言ってもよいだろう。音楽単体で聴くより、セリフとともに聴いたほうがぐっと胸に沁みてくる曲だ。音楽が主張しすぎず、歌いすぎない。その絶妙のさじ加減が、やはり「うまいなぁ」と思う。
 劇伴にフォーカスして『トリツカレ男』の音楽を紹介したが、本作の音楽設計のユニークさと巧みさがわかっていただけただろうか。
 すでに書いたとおり、筆者は『トリツカレ男』の劇伴音楽を「少々地味ではないか」と思っていた。あらためてサウンドトラックで聴きなおしてみると、よく考えられた、作品にマッチした音楽である。一般的なミュージカル音楽のイメージを裏切るような抑制された表現が、複雑で繊細な心情を描写するのに効果を発揮している。もし未見の方がいたら、ぜひ劇場で本作の個性的な映像と歌と音楽を体験してほしい。

 最後に、サウンドトラック・アルバムに収録されていない歌について。本作の劇中歌はほぼすべてアルバムに収録されているが、一部、セリフ扱いで録音されたものは入っていない。筆者が特に記憶に残っているのが、ペチカの母親役で出演している水樹奈々が、終盤の印象的な場面で歌う歌である。筆者がこの作品の中で、とびきり「ミュージカルらしい」と思ったシーンだ。あの歌もアルバムに入ってるとよかったなあ。

トリツカレ男 オリジナル・サウンドトラック
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第928回 『沖ツラ』制作話~9話 “モブ”は作品を越えて

 『沖ツラ』9話、パブリックビューイングでの野球観戦。たとえ止めでも“モブ”は大変です! 「誰もそんなトコ観てない!」とか仰るプロデューサーさん始め製作委員会の方々がよくいらっしゃいますが、俺から言わせてもらえば「観てるんじゃない、感じてるんだ!」と。

お客(視聴者)は1カット単体の数秒で「ここのモブがおかしい!」と見つけるのではなく、歪な画を何カットと見せ続けられたところで、「あれ? 何かさっきから変なモノ見せ続けられてる?」と感じるんです!

だから基本、止めでも、ちゃんと間がもつポーズ・画でなければ、観る側はドラマに集中できません。そのため、モブ・シーンほど、巧い人に頼むというのが自分の差配です。この野球観戦シーンはお馴染み篠(衿花)さん。

観客モブのカットいっぱいT.B(トラック・バック)で(今まさに)席に着こうとしているてーる―が最後にフレームINしてくる、とすれば、てーるーまで止めポーズでもつから!

と作打ち時にポーズの指定まで。本当にモブは毎回苦労します。

 で現在制作中の『キミと越えて恋になる』でも同様。俺の方でモブに作監修正入れたカット、結構あります。

 そして、また短くてすみません。『キミ越え』是非観て下さい。

第248回アニメスタイルイベント
『真•侍伝 YAIBA』アニメーター・スペシャル・トーク!

 TVアニメ『真・侍伝 YAIBA』放送終了を記念して、アニメーターの方々の仕事を振り返るトークイベント「『真•侍伝 YAIBA』アニメーター・スペシャルトーク!」を開催します。
 亀田祥倫さん(キャラクターデザイン&総作画監督)、前並武志さん(サブキャラクターデザイン&メインアニメーター)をはじめ『真•侍伝 YAIBA』主力クリエイターの方達が出演。スペシャルゲストとして、蓮井隆弘さん(監督)、岡田麻衣子さん(アニメーションプロデューサー)にも登壇していただきます。
 開催日は11月29日(土)。会場はLOFT/PLUS ONEです。チケットは11月8日(土)正午12時から発売となります。チケットについては、以下のロフトグループのページをご覧になってください。

 今回のイベントではトークの第1部を配信します。配信のない第2部のみに出演するゲストの方もいらっしゃるはずです。ご了承ください。
 配信はリアルタイムでLOFT CHANNELでツイキャス配信を行い、ツイキャスのアーカイブ配信の後、アニメスタイルチャンネルで配信します。今回のイベントのアニメスタイルチャンネルでの配信は、配信開始から一か月のみとなります。
 なお、ツイキャス配信には「投げ銭」と呼ばれるシステムがあります。「投げ銭」による収益は出演者、アニメスタイル編集部にも配分されます。アニメスタイルチャンネルの配信はチャンネルの会員の方が視聴できます。

■関連リンク
告知(LOFT)  https://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/337656
会場&配信チケット(LivePocket)  https://t.livepocket.jp/e/2-dga
配信チケット(ツイキャス)  https://premier.twitcasting.tv/loftplusone/shopcart/404611

第248回アニメスタイルイベント
『真•侍伝 YAIBA』アニメーター・スペシャル・トーク!

開催日

2025年11月29日(土)
開場11時30分/開演12時 終演15時~16時頃予定

会場

LOFT/PLUS ONE

出演

亀田祥倫(キャラクターデザイン、総作画監督)、前並武志(サブキャラクターデザイン、メインアニメーター)、蓮井隆弘(監督)、岡田麻衣子(アニメーションプロデューサー)、主力クリエイターの方々

チケット

会場での観覧+ツイキャス配信/前売 3,000円、当日 3,500円(ともに税込・飲食代別)
ツイキャス配信チケット/2,000円

■アニメスタイルのトークイベントについて
 アニメスタイル編集部が開催する一連のトークイベントは、イベンターによるショーアップされたものとは異なり、クリエイターのお話、あるいはファントークをメインとする、非常にシンプルなものです。出演者のほとんどは人前で喋ることに慣れていませんし、進行や構成についても至らないところがあるかもしれません。その点は、あらかじめお断りしておきます。

第927回 『沖ツラ』制作話~8話 “ゆいレール”“ぺらんちゅ”

 『沖ツラ』8話の続きから。ゆいレールに乗りに行く幼少・喜屋武さんと幼少・比嘉さんはやっぱり微笑ましいですね。この手のシーンはアニメーターも描いて和むらしく、原画・作監の上りも各々が考えた“可愛い”が詰まっているモノです。ゆいレール車内で幼少・喜屋武さん踊り~同じく比嘉さんの「あ、それは無理」の即答まで、アニメーター・森(亮太)君が思う“可愛さ”に満ちていたので、そこは十分残して、板垣の方で最小限の作監修正で済ませました。
 あ、今週放送の『キミ越え』第4話の作画チーフが森君で、今回もキメの細かい芝居・アクションを見せてくれて嬉しかったです。
 で、おまけのCパート。比嘉さんの同時通訳に驚愕の安慶名さん! 本当は方言監修の譜久村(帆高)さんにうちなーぐちを書いていただけないか? とも考えたのですが、「ぺらんちゅ」に統一して連呼した方が面白そうだったので——ぺらんちゅ、ぺらんちゅ、ぺらんちゅ……。
 次9話。アバン~誰も居なくなった町。この辺りは市川(真琴)さん作画。ザン! と踏み込むてーるー足元、その土煙は俺の方でササッと描き直しました。また、アバンのラスト、“シュパんちゅ”の投球フォームとかもラフを入れたりもしましたが、全体作画を直さなきゃならない立ち位置から、原画の描き直しすると、“多少ユルくても早く描ける”方法を選ぶことになるので、どうしても少々物足りない仕上がりになってしまい、残念です。

そろそろ、久し振りに“純正な原画”を思いっきり描きたい!

欲が高まってきている、今日この頃。

 はい、短くてゴメンナサイ! また来週。

 あ、ところで前回『名探偵ホームズ』設定資料集の話をして、久し振りに観たくなってTMS公式YouTubeにて本編(第3話)視聴。すると——

第316回 日常の音楽 〜ホウセンカ〜

 腹巻猫です。YouTubeで配信されているWebアニメ『ぷちきゅあ〜Precure Fairies〜』のテーマソングアルバムが10月29日にリリースされました。主題歌のほかにBGM約30曲も収録。構成は腹巻猫が担当しました。本家のプリキュアシリーズとはひと味違う、可愛い音楽満載です。ぜひお聴きください!
https://www.amazon.co.jp/dp/B0FHH4PJD7


 今回取り上げるのは、今年(2025年)10月に公開された劇場アニメ『ホウセンカ』の音楽。劇中の展開に踏み込んで紹介することをあらかじめお断りしておく。

 『ホウセンカ』は、TVアニメ『オッドタクシー』(2021)を手がけた此元和津也(脚本)と木下麦(監督)のコンビによるオリジナル作品である。企画・制作を、劇場アニメ『映画大好きポンポさん』の制作スタジオ・CLAPが担当した。
 阿久津実は30年以上収監されている無期懲役囚。今は年老いて死が近づいていた。その阿久津に、鉢植えのホウセンカが声をかけてくる。阿久津はホウセンカを相手に昔話を始めた。
 1987年、しがないヤクザの阿久津は子連れの女・那奈と所帯を持ち、小さなアパートで暮らし始めた。庭にはホウセンカが咲いていた。阿久津はきわどい仕事に手を出し、羽振りがよくなったが、バブル崩壊とともにうまくいかなくなる。そんなとき、大金が必要になった阿久津は兄貴分の堤に誘われ、組の金庫から金を強奪する計画に手を貸してしまう。その結果、監獄に入ることになったのだ。それから30年余り。アパートを離れ、身を隠していた那奈からの伝言をホウセンカが届けに来た。
 「いいアニメを観た」というより、「いい映画を観たなあ」と思った作品だ。よく練られた脚本と自然体の演技と計算された演出がみごとにかみ合って、50〜60年代の日本映画を観るような趣があった。「アニメでなくても成立するのでは?」という思いも頭をかすめるが、ホウセンカがしゃべる姿を違和感なく見せるには、やはりアニメが最適だったのだろう。

 音楽は3人組のバンド〈cero〉が担当。メンバーの高城晶平、荒内佑、橋本翼のそれぞれが、作曲、アレンジ、プロデュースも行うバンドである。バンドとして映画音楽を担当するのは本作が初めてだそうだ。
 作品を観て気がつくのは、音楽が流れる場面がきわめて少ないこと。サウンドトラック・アルバムは、オープニングテーマとエンディングテーマを含む13曲入り。映画音楽として作られた曲は、これですべてらしい。劇中音楽は11曲。90分の劇場アニメとしては、かなり少ない。
 しかし、観ているあいだはそのことに気づかなかった。音楽が自然に物語に溶け込んでいるからだ。ありきたりの作品なら音楽でサスペンスを盛り上げるような場面も本作では淡々と描写される。音楽を控えめにすることで臨場感と緊張感を生む。黄金時代の日本映画にしばしば見られる演出である。
 Webサイト「音楽ナタリー」に掲載されたインタビュー(https://natalie.mu/music/pp/housenka)によると、木下監督は本作の音楽について、「静かな物語なので、音楽も静かで品のあるものにしたい」と考えたそうである。「儚さ」「虚しさ」「瞬く間」「美」というキーワードをもとにceroに作曲を依頼した。
 結果、一般的な劇場アニメの音楽とはだいぶ印象の異なるものができあがった。静かで儚い曲調の、環境音楽的・ミニマル的とも呼べる音楽である。シーンを盛り上げるよりも、ただそっとそこにあるような音楽だ。その控えめな曲調が本作とみごとにマッチしている。
 サウンド的には、アコースティック楽器を中心にしたミニマムな編成で作られているのが特徴。そして、インタビューでも語られているが、楽器が出すノイズ的な音を取り入れ、生活音のように音楽の中に潜ませているのが印象的だ。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、2025年10月8日に「ホウセンカ Original Soundtrack」のタイトルでポニーキャニオンからリリースされた。CDと配信があり、内容は同じである。
 収録内容は以下のとおり。

  1. Moving Still Life
  2. サルビア 家族
  3. ウツボカヅラ 絡みつく視線
  4. ヒヨドリジョウゴ すれ違い
  5. チューベローズ 快楽
  6. ユウガオ 罪
  7. ツバキ 覚悟
  8. カサブランカ 裏切り
  9. アネモネ 薄れゆく希望
  10. シオン 追憶
  11. アヤメ 伝言
  12. ホウセンカ 私に触れないで
  13. Stand By Me feat.角銅真実

 劇伴として書かれたトラック02〜12には、花の名のタイトルがつけられている。花の名に続くワードは、その花の花言葉だ。曲が流れるシーンを花言葉で象徴的に表現しているのだろう。この独特の曲名のおかげで、本アルバムは花をテーマにしたコンセプト・アルバムとして聴くこともできる。
 トラック1の「Moving Still Life」は、本作のオープニング主題歌。一緒に暮らし始めた阿久津と那奈がアパートの庭の向こうに上がる花火を見るシーンに流れている。劇中では花火の開く「ドン、ドン」という音と重なって聞こえ、生活に溶け込んだ音楽になっている。
 トラック2の「サルビア 家族」は、若き阿久津と那奈の日常に流れる曲。ピアノとクラリネット、ビブラフォンのシンプルな編成で奏でられる、なにげない日常を彩る音楽だ。
 トラック3「ウツボカヅラ 絡みつく視線」では、フルートが奏でる短いフレーズの連続が、阿久津と那奈の日常に忍び寄る不穏な気配をさりげなく表現する。あからさまなサスペンスではないが、日常の中の違和感、気になる感じを表現する曲である。
 フルートとハーモニックパイプ(振り回して音を出すホースのような楽器)を使ったトラック4「ヒヨドリジョウゴ すれ違い」は、音楽とも効果音ともつかない、ふしぎな曲。しだいに気持ちがすれ違っていく阿久津と那奈の日々を、風のような音が描写する。音楽よりも音響と呼ぶほうがしっくりくる、ユニークなアプローチの曲だ。
 阿久津が遊ぶ店のBGMとして使われたトラック5「チューベローズ 快楽」に続いて、トラック6「ユウガオ 罪」はアコースティックギターをメインにした映画音楽らしい1曲。那奈に息子・健介のことを相談された阿久津が、冷淡な返事を返す場面に流れている。年老いた阿久津が過去をふり返ったときに感じる罪悪感を表現する、しみじみと曲である。
 次のトラック7「ツバキ 覚悟」も映画音楽らしい1曲だ。弦のピチカートとピアノのリズムに不協和音を鳴らす弦合奏が重なり、堤が阿久津を犯罪に誘うシーンがスリリングに描写される。音楽ナタリーのインタビューによれば、このシーンでは木下監督から「もっとサスペンスを強めたい」という要望が出て、ceroが何度か曲を書き直したそうである。映画をエンターテインメントとして成立させるためには必要な演出であり、音楽だったのだろう。
 堤と阿久津が大金強奪を実行する場面のトラック8「カサブランカ 裏切り」では、「ツバキ 覚悟」よりもアンビエントな(環境音楽っぽい)音作りがされている。暴力的なシーンにあえて静かなサウンドを当てる、実写映画っぽい音楽演出だ。
 阿久津はひとりで罪をかぶり、無期懲役の刑を受けて収監される。阿久津がそのいきさつをホウセンカに語る場面の曲がトラック9「アネモネ 薄れゆく希望」。コントラバスのピチカートとシンバル、アコースティックギターなどによるシンプルな音楽が、阿久津の置かれた状況を冷静に表現している。
 阿久津が30年余りの獄中生活を回想する場面に流れるのは、エレピがリリカルに奏でるトラック10「シオン 追憶」。孤独な長い日々を静かに描写する、しっとりとした曲である。悲哀感を強調しない抑制の効いた音楽が、時の長さと阿久津の心情を想像させる。ほかの曲との音色の違いが効果的で、うまいなあと思うシーンだ。
 トラック11「アヤメ 伝言」は、阿久津がホウセンカから那奈の伝言を受け取る場面の曲。ピアノとシンセ、クラリネットが奏でる静かな音楽が、ほのかな希望を感じさせる。シンセの音がメルヘンティックに響いて、本作のファンタジックな一面を表現しているようである。
 ラストシーンに流れるのは、ピアノと弦楽器によるトラック12「ホウセンカ 私に触れないで」。年老いた那奈が息子の健介と語らう場面に使われている。感動的に盛り上げる曲調ではなく、日常に溶け込む環境音楽のように奏でられる。それが本作らしくていいし、心地よい余韻を残す。

 『ホウセンカ』の音楽は、意欲的なサウンドトラックとしても聴けるし、ちょっと風変わりなアンビエント・ミュージックとしても聴くことができる、個性的な作品だ。
 実は本作には、アルバムに収録された曲以外にもユニークな音楽が聴けるシーンがある。
 アパートで暮らし始めたばかりの阿久津と那奈が、身近にある食器や道具を使って音楽を奏でるシーンである。「ストンプ(STOMP)」と呼ばれるパフォーマンスを思わせるシーンだ。ほかのシーンでは、那奈と幼い健介が同じようにして音楽を奏でている。日常の生活や動作から生まれる音がそのまま音楽になる。本作がめざしたのは、そんな音楽ではないだろうか。発想を変えれば、いつでも音楽は聞こえてくるのだ。

ホウセンカ Original Soundtrack
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第926回 すみません! と、ありがとうございます!

『キミと越えて恋になる』
鋭意制作中いっぱいいっぱいで、申し訳ありません!

と、お茶濁しだけでは何なので、この場を借りてお礼を……。

アニメスタイル様、「名探偵ホームズ資料集」を送っていただき、ありがとうございます!!

 これは大変素晴らしい本で、TVシリーズ『名探偵ホームズ』のキャラ・美術設定・本編レイアウトから版権イラスト、そして宮﨑駿監督以下、当時のテレコム(・アニメーションフィルム)スタッフによるイメージボードまで、板垣的にはかなり大満足な内容です!
 特に、友永和秀・田中敦子両師匠や道籏義宣先輩、さらに大塚康生様によるレイアウトには感動しました!「自分、若い頃こんな凄い方々にお世話になってたんだよなぁ」と感慨深く、改めて心の中で感謝しました。

 はい、今回も短くここで終わり、また来週(汗)。

木村(博美)さんとの共同監督作品『キミと越えて恋になる』が放映中です。観てください!

【新文芸坐×アニメスタイル vol.195】
押井守映画祭2025《特別編》

 上映イベント「押井守映画祭」は押井守監督が手がけた作品を連続して上映するシリーズプログラムです。他の【新文芸坐×アニメスタイル】のプログラムと同様に新文芸坐とアニメスタイルの共同企画でお届けしています。

 11月15日(土)に「押井守映画祭」の《特別編》として『イノセンス』と『スカイ・クロラ』を上映します。トークのゲストは両作品に作画監督として参加している西尾鉄也さん、原画で参加している本田雄さんです。今回は押井守監督の登壇はありません。西尾さんと本田さんに、作品について、作画について、あるいは押井監督についてたっぷりと語っていただく予定です。
 チケットは11月8日(土)から発売。チケットの発売方法については新文芸坐のサイトで確認してください。 また、『イノセンス』は11月14日(金)に、『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』は11月29日(土)にもトーク無しの単独上映を予定しています。

 今回の「押井守映画祭」でも押井守映画祭オリジナルグッズを販売します。さらに「本田雄 アニメーション原画集 vol.1」、「西尾鉄也画集」も販売する予定です。
 他のイベントについての情報もお伝えします。「押井守映画祭2025《特別編》」が開催される11月15日(土)には、同じ池袋のアニメ東京ステーションで「本田雄 原画展」が開催されています。こちらの展示では『スカイ・クロラ』の原画も展示されています。是非とも原画展にもお立ち寄りください。

●関連リンク
新文芸坐オフィシャルサイト
http://www.shin-bungeiza.com/

新文芸坐オフィシャルサイト(本イベントチケット販売ページ)
https://www.shin-bungeiza.com/schedule#d2025-11-14-1

緊急告知!押井守映画祭オリジナルグッズを販売します!!
https://animestyle.jp/news/2025/04/30/29056/

【新刊情報】スーパーアニメーター 本田雄さんの原画集を刊行!! 『崖の上のポニョ』『青の6号』『ふしぎの海のナディア』等の原画を収録
https://animestyle.jp/news/2025/07/25/29609/

西尾鉄也の集大成「西尾鉄也画集」ネット書店、一般書店で9月26日発売!
https://animestyle.jp/news/2016/08/16/10363/

本田雄 原画展(アニメ東京ステーション 公式サイト)
https://animetokyo.jp/archives/events/events45/

【新文芸坐×アニメスタイル vol.195】
押井守映画祭2025《特別編》

開催日

2025年11月15日(土)13時05分~18時10分予定(トーク込みの時間となります)

会場

新文芸坐

料金

3500円均一

上映タイトル

『イノセンス 4Kリマスター版』(2004/99分) 『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(2008/121分/35mm)

トーク出演

西尾鉄也(アニメーター)、本田雄(アニメーター)、小黒祐一郎(アニメスタイル編集長)

備考

※トークショーの撮影・録音は禁止

第925回 『沖ツラ』制作話~8話 “美味そうに!”

 前回同様『キミ越え』の話は置いておいて、『沖ツラ』話の続きから。ドライブインでバーガーを頬張る一同。コンテチェック時、“喰らいつく芝居”を3コマに分け、ボールド(アフレコ用ムービーに明滅する台詞尺のガイド)も“口開ける”“喰らう”“咀嚼”と細かく指定して、いつもやります。これは初監督の時からスタッフ皆に言うのです。

食事シーンを“美味そうに”描けないなら、
シーン自体作らないでください!

と。もちろん、その時関われる作画マンのリソース次第では俺自身で描く羽目になるのですが(汗)。あと、比嘉さんがバーガーを食べるカット。これは原作のコマにあった“幸せそうに頬張ってる比嘉さん”の表情が良く、さらに“もっ、もっ”って描き文字が可愛かったので、そのままコンテ~作画にしました。で、自らのお腹の肉をつまんで愕然~「めっちゃ心当たりある——!!」と絶叫モノローグの比嘉さん、ファイルーズあいさん最高でした!
 そして、また喜屋武さん比嘉さんの幼少編“ゆいレール”! この件は森(亮太)君の原画が光っています。顔部分は自分の方で作監修正を入れましたが、“動き”は全て彼の原画そのままです。涙を堪える幼少・比嘉さんを見て、“突如立ち上がり駆け出しOUT”する幼少・喜屋武さんの動きや、ゆいレール車内で踊りなど、いわゆる「作画アニメ」的な凝った動きをしていて、この類の場面を任せるなら一番のアニメーターです。もちろん、現在放映中の『キミ越え』でも、森君は大活躍してくれています! 例えば『キミ越え』#01・繋のバスケ・シーンなど。
 それと、板垣個人的に“涙を堪える幼少・比嘉さん”は気に入っていて、コンテ修正もこの辺ガッツリ入れています。自分も幼少期凄い泣き虫だったので、この場面での幼少・比嘉さんの気持ちが良く分かる気がして。

 はい、今週もそんなトコでまた来週。

『キミと越えて恋になる』~木村(博美)監督共々頑張ります(汗)!

第315回 なぜ走るのか? 〜ひゃくえむ。〜

 腹巻猫です。10月19日に東京芸術劇場で開催された東京都交響楽団のコンサート「すぎやまこういちの交響宇宙」を聴きました。演目のメインは「交響曲《イデオン》」と「カンタータ・オルビス」。どちらもアニメ『伝説巨神イデオン』から生まれた管弦楽曲です。アニメ音楽ファンには人気の作品ながら、コンサートで演奏されるのは初めて。すばらしい演奏で感激しました。再演の機会があることを願ってます。


 今回は今年(2025年)9月に公開された劇場アニメ『ひゃくえむ。』の音楽を取り上げたい。作品もよかったし、音楽も印象に残るものだった。
 『ひゃくえむ。』は、『チ。 地球の運動について』で知られる魚豊の同名マンガを原作にした劇場作品である。監督・岩井澤健治、アニメーション制作・ロックンロール・マウンテンのスタッフで映像化された。
 小学6年生のトガシは100メートル走で全国1位になるほど足の速い少年。ある日トガシは、がむしゃらな走り方をする転校生・小宮に出会い、彼に走り方を教え始める。トガシの指導で小宮の走りは見る見る上達し、トガシを負かすほどになっていった。が、突然小宮はふたたび転校してしまう。
 それから数年後。走ることを続けていた高校生のトガシは、インターハイで小宮と再会し、100メートル走の決勝で対決することになる。
 トガシと小宮の2人を中心に、短距離走に挑むアスリートの栄光と挫折や苦悩を描いた物語である。多くのスポーツものが弱点を克服することや、仲間やライバルとの友情を描くことに注力しているのに対し、本作は「なぜ走るのか?」という根源的な問いをテーマにしているのが特徴だ。
 トガシが挑む100メートル走は10秒程度で勝負がついてしまう。だから、ドラマはそこに至るまでの努力や心の動きに焦点を当てたものになる。余計な要素を削り落とし、走ることにすべてを集約していく構成と演出。さまざまな技法を駆使して「走り」を表現する映像と音響。それが本作の見どころであり、聴きどころになっている。

 音楽は、TVアニメ『呪術廻戦』『Dr. STONE』、TVドラマ「おむすび」などの音楽を手がける堤博明が担当した。
 本作の音楽には、ふたつの興味深い点がある。ひとつは本編の重要な要素である「走り」を音楽で表現する工夫。もうひとつは、サウンドトラック・アルバムの構成のユニークさである。
 まず「走り」の表現について。劇中の「走り」に関連した音楽は、基本的にギターサウンドをベースにした軽快な曲調で作られている。ギターを中心にしたのは、堤自身がギタリストということもあるだろうし、「走り」を表現するのに適した楽器という理由もあるだろう。ギターのカッティングによって疾走感やスピード感を出すのは、西部劇音楽などでもよくある、劇伴ではおなじみの手法だ。それだけにサウンドが一本調子になりそうだが、本作ではシーンによってテンポやリズムや曲の構成を変え、「走る」場面や目的によって緻密に曲想を変化させている。さまざまな「走り」の音楽表現が聴けるのが、本作の魅力のひとつである。
 次にサウンドトラック・アルバムの構成であるが、その話をする前に、まずアルバムの概要を紹介しよう。
 本作のサウンドトラック・アルバムは「映画『ひゃくえむ。』オリジナルサウンドトラック」のタイトルで、2025年9月17日にポニーキャニオンからリリースされた。CDは2枚組。Official髭男dismによる主題歌「らしさ」は収録されていない。
 収録曲は以下のとおり。

  ディスク1
  1. 100 meters
  2. Training Days
  3. 到達点
  4. Under Pressure
  5. ファーストサイン
  6. 幻影走
  7. 今から行こう
  8. Under Pressure Again
  9. 新緑のメモリー
  10. After School
  11. 8継(鰯二ver.)
  12. 始まりの予感
  13. イップス
  14. Starts to Rain
  15. Trial and Error
  16. 100 meters Part2
  17. After Some Time
  18. 8継(トガシver.)
  19. ザ・チャレンジャー
  20. 祝福のうた

  ディスク2
  1. The Start of 100 meters
  2. 100 meters(Extra ver.)
  3. Training Days(Extra ver.)
  4. 幻影走(Extra ver.)
  5. 新緑のメモリー(Extra ver.)
  6. 100 meters(Demo ver.)
  7. 8継(鰯二ver.)(Demo ver.)
  8. ザ・チャレンジャー(Demo ver.)
  9. Trial and Error(Demo ver.)
  10. 100 meters(For Workout)
  11. Starts to Rain(For Walking)
  12. 祝福のうた(For Relaxing)

 ディスク1は劇中使用曲を物語に沿って収録したオーソドックスなサウンドトラック。ディスク2は、ディスク1の楽曲をリアレンジしたエキストラ・バージョンや制作初期に作られたデモ・バージョンなどを収めたインスト・アルバムになっている。1枚目と2枚目でまったくコンセプトが異なるわけだ。こういう構成の2枚組は、例がまったくないとは言えないが、かなり珍しいと思う。
 まずはディスク1から「走り」をテーマにした曲を中心に紹介しよう。なお、CDの解説書には堤博明による全曲解説が掲載されている。以下の曲紹介は、その解説を参考にさせていただいた。
 1曲目の「100 meters」は本作のメインテーマ。キャッチーで耳に残るようなメインテーマがほしいという岩井澤監督の要望に応えて、堤博明が最初に作った曲である。劇中でも最初に流れる音楽だ。堤博明は気合を入れて作曲に取りかかったものの、なかなか納得のいくフレーズが浮かばず、苦心したとふり返っている。あるとき、「『ひゃくえむ。』なんだから実際に走らなければダメだ」と思い立ち、夜の公園を走り出してから曲想をつかんだそうだ。本作の音楽作りの核心に触れるような、いい話だ。
 メインテーマのリズムには7拍子が取り入れられている。耳慣れた4拍子や8拍子のリズムと異なる7拍子には、前のめりになるような勢いがあり、それが一心不乱に走るアスリートの体の動きや心の中を想像させる。
 2曲目の「Training Days」は、小学生のトガシが転校生の小宮に走り方を教えるシーンの曲。ここは緊張感を必要とするシーンではないので、音楽も心地よく軽やかなギターサウンドに仕上げられている。
 次の「ファーストサイン」は、小学生のトガシと小宮が鉄橋の下の道で競争する場面の曲。鉄橋を走る電車の実際の走行音を録音し、リズムに組み込んでいる。現実音と音楽が一体になったミュージックコンクレート的な面白さを感じる曲だ。メインテーマ「100 meters」のモチーフが使用されている点もポイントである。堤の解説によれば、物語の転換点となる重要なシーンであるために、メインテーマのモチーフを使用したそうだ。
 トラック11の「8継(鰯二ver.)」は、高校生になったトガシが陸上部の仲間と800メートル・リレー走に挑むのシーンの曲。リレー走の展開に合わせ、前半・中盤・後半でリズムパターンを変化させる工夫が、映像とみごとなマッチングを見せていた。
 トラック14「Starts to Rain」は、トガシと小宮がインターハイで対決する場面の直前に流れる曲。焦燥感をあおる低音のギターのフレーズがくり返される中、重いリズムとブルージーなギターのメロディが重なって、トガシたちの緊張を表現する。終盤はスタートに向けて高揚する心情をブラスセクションが盛り上げる。ディスク1収録曲の中でも、もっとも演奏時間の長い(4分近い)、ドラマチックな曲である。
 この曲に続く「走り」のシーンには音楽がついていない。映像と効果音だけで見せるほうが効果的だと監督は判断したのだろう。そこに至るまでの音楽の役割は十分に果たされている。
 余談だが、本作でアスリートが走るシーンの効果音(足音)のほとんどは、足にマイクを付け、実際にグラウンドを走って録音した音と、同時にガンマイクでも録った音を組み合わせて作っているそうだ。音にも注意して観てほしい作品である。
 トラック16「100 meters Part2」はメインテーマの変奏曲。社会人アスリートとなり、不調に悩んでいたトガシが、先輩の海棠の話を聞いたことで気持ちを切り替え、競技大会で走る場面に流れている。メインテーマがふたたび流れることで、トガシの再出発を印象づける演出である。
 トガシが日本陸上の予選で走る場面の「8継(トガシver.)」(トラック18)も同様で、こちらは先に紹介した「8継(鰯二ver.)」の変奏曲。高校時代のリレー競技の快走と現在のトガシの走りとが重なり、トガシの復活を感じさせる。同じモチーフを使うことで過去と現在を結び付け、セリフや映像だけでは伝えきれない情感を表現する工夫である。
 本編最後に流れる劇伴は、トラック20の「祝福のうた」。日本陸上大会の決勝戦に臨むトガシたちの場面につけられた曲だ。「Starts to Rain」と同じように、スタート前の緊張した場面に流れるのだが、曲調は「Starts to Rain」とまったく違う。こちらは、女声ヴォーカリーズとストリングスをともなった、抒情的な曲になっている。この場面では、もはや勝敗のゆくえは重要ではない、と音楽が語っている。これは、走ることに人生を賭けたアスリートたちへの、タイトルどおり「祝福」の音楽なのだろう。

 ここまで紹介してきたように、本作ではシーンごとに考え抜かれた音楽演出が行われている。モチーフの選択、アレンジ、サウンドの作り込みなど、映画音楽ならではの緻密な音楽作りが、作品の感動を支えている。観ているときには気づきにくいが、サウンドトラック・アルバムでは、その工夫をあらためて知り、作品を味わい直す楽しみがある。
 では、アルバムのディスク2はどんな意味があるのか?
 ポニーキャニオンの商品ページによれば、ディスク2は「劇伴音楽を起点にインスト・アルバムとしてのクオリティを追求した至極の一枚」なのだそうだ。ディスク1の「Soundtrack」に対して、ディスク2は「Extended Edition(拡張版)」と題されている。
 1曲目の「The Start of 100 meters」は本編の前に制作されたパイロット版のための曲。シンプルなサウンドと構成による、本編への助走のような曲である。
 2曲目の「100 meters(Extra ver.)」はメインテーマの特別版。メインテーマよりも演奏時間を長くし、起伏に富んだ構成にアレンジし直された楽曲だ。続く「Training Days(Extra ver.)」「幻影走(Extra ver.)」なども同様で、場面に合わせて作られた劇伴音楽を楽曲単体で楽しめるようにリメイクしたものと考えればよいだろう。
 映画音楽の世界では、純粋なサウンドトラック(劇中使用音源)とは別に、アルバム用の別録音を用意して商品化する例が古くからある。アニメでも、『さらば宇宙戦艦ヤマト』(1978)の公開当時に発売された音楽集が、アルバム用に別録音された楽曲を収録したものだった。『ひゃくえむ。』の「Extra ver.」は、その伝統を受け継いだ試みと言える。
 トラック6〜9の4曲は、音楽制作の初期に作られたデモ・バージョン。メインテーマ候補だった曲も含まれている。音楽作りがどのように進められたかを知ることができる興味深いトラックだ。劇伴の研究や作曲を志す人の参考にもなりそうである。
 トラック10〜12は、それぞれ「For Workout」「For Walking」「For Relaxing」と題されている。音楽を聴きながら運動する実用的なシーンを想定した別バージョンである。これは、今まであまりなかった試みではないだろうか。単なる鑑賞用ではなく、体を動かしながら聴いてほしいという思いを込めたアレンジなのだ。本作らしいユニークな試みである。「なぜ走るのか?」、その問いの答えを、聴く人それぞれが走りながら考えてほしいという願いがこもっているのかもしれない。
 総合すると、ディスク2は、従来ならボーナストラックに収録されるような音源を集めたスペシャルディスクと呼べる内容である。実はディスク1とディスク2を合わせても演奏時間は60分くらいなので、CD1枚に入ってしまう。しかし、商品の構成としては2枚に分けたかったのだろう。物理メディアだからこそ楽しめる趣向であるし、解説書も含めて、CDで買う価値があると思わせてくれる内容だ。
 CDが売れなくなったと言われて久しいが、こういう、CDならではの付加価値を付けた作り方をする作品が、ほかにもあってほしいなと思う。懐古趣味ではなく、サントラの可能性を広げる試みとして。

映画『ひゃくえむ。』オリジナルサウンドトラック
Amazon

第924回 『沖ツラ』制作話~8話 “鉄道”なくて“車”

『キミと越えて恋になる』の話はもう少し後にして、今回も『沖ツラ』!

 8話“ドライブ”話。まずは演出・長谷川さんにより、コンテに“今この辺り~”と実在の地図を載せてくれてたのがとても助かりました。原図も本人により綿密に押さえてBG発注したとのことで、有り難うございます。そして、“沖縄に鉄道はない”には驚きました! 「沖縄県民、車から出たくなさすぎぃ!」なドライブスルーブームに、また爆笑! でも、俺自身も暑いの苦手なので、沖縄くらい暑いと車から出たくなくなるのも非常に分かります。
 テクニカルな話だと、幼少期の比嘉さんが観る恋愛ドラマの電車、

パースをうんと望遠圧縮にした止め画を微小のデジタル拡大で走行感を出した!

のですが、案外上手くいって喜びました。レイアウト&原画・篠(衿花)さんありがとう!
 てーるーの隣りでお腹が鳴るのを我慢しようとする乙女な比嘉さん——ファイルーズあいさんの芝居がとても良かったので、これもアフレコ時大喜びしました。巧い! で、こちらも篠作画による比嘉さんの表情が真に迫ってて、こちらも巧い!
 ドライブインでの“ズン・ズン・ズン……”は長谷川コンテのままです、面白かったから! 「ズン・ズン・ズン……」と“声SE”でやって来る店員さんも可笑しくって、アフレコ時ゲラゲラ笑った俺!

 今回も短い!『キミ越え』の制作を頑張るのでご容赦下さい(汗)!

第923回 『沖ツラ』制作話~8話 “水着着ない”で“お酢”

 8話は長谷川千夏さんのコンテ・演出。長谷川さんのコンテの場合、シーンの組み立て・構成は活かして、画ヅラのみの直しが多いです。海に潜るシーンとかも、毎度お馴染み俺好みの“主観カット”が長谷川コンテ第1稿から上がっていたので、コンテチェックがやりやすかったりしました。  まずは“海”の件。個人的にCGの魚と撮影処理の融合が思ったより上手く行ってて、次々上がって来るラッシュ(撮影上り)が楽しみでした。個人的にはCGで作ったハブクラゲ越しの喜屋武さんの“あおり”カットは気に入っています。その流れからの“クラゲ解説”はやっぱり秀逸(もちろん原作からです)! 全く関係ない話だけど、ゴンズイと言えば昔「週刊少年ジャンプ」で連載したジョージ秋山先生の「海人ゴンズイ」を思い出したのは俺だけ? ま、何にしても、

“クラゲに刺されたらお酢”! 
というのは、知っておくと得する知識かと!

相変わらず作画は自分を中心に直せるだけ直した(演出も含む)ので、誰がどこ担当で~とかの話題をしづらいです(汗)。

 今回も激短いけど、この辺で『キミ越え』作監修正へ! すみません(汗)!

第247回アニメスタイルイベント
ここまで調べた『つるばみ色のなぎ子たち』15 上野へ行こう! 東博へ行こう! 編

 片渕須直監督が制作中の次回作のタイトルは『つるばみ色のなぎ子たち』。平安時代を舞台にした作品のようです。
 『つるばみ色のなぎ子たち』の制作にあたって、片渕監督はスタッフと共に平安時代の生活などについての調査研究を進めています。その調査研究の結果を披露していただくのが、トークイベント「ここまで調べた『つるばみ色のなぎ子たち』」シリーズです(以前は「ここまで調べた片渕須直監督次回作」のタイトルで開催していました)。

 2025年10月28日(火)~2025年11月3日(月・祝)まで、東京国立博物館で「『つるばみ色のなぎ子たち』制作資料展」が開催されます。一連の『つるばみ色のなぎ子たち』の催しの中でも、この企画は特にスケールが大きなものとなります。
 今回の「ここまで調べた『つるばみ色のなぎ子たち』15」の開催日は11月1日(土)。つまり、制作資料展の開催中のイベントとなります。サブタイトルは「上野へ行こう! 東博へ行こう! 編」。東京国立博物館の制作資料展の展示について、片渕監督にたっぷりと解説をしていただきます。制作資料展に対する理解が深まるトークになるはず。お楽しみに。

 出演は今回も片渕監督、前野秀俊さん。聞き手はアニメスタイルの小黒編集長が務めます。会場は阿佐ヶ谷ロフトA。今回のイベントも「メインパート」の後に、短めの「アフタートーク」をやるという構成になります。配信もありますが、配信するのはメインパートのみです。アフタートークは会場にいらしたお客様のみが見ることができます。

 配信はリアルタイムでLOFT CHANNELでツイキャス配信を行い、ツイキャスのアーカイブ配信の後、アニメスタイルチャンネルで配信します。なお、ツイキャス配信には「投げ銭」と呼ばれるシステムがあります。「投げ銭」による収益は出演者、アニメスタイル編集部にも配分されます。アニメスタイルチャンネルの配信はチャンネルの会員の方が視聴できます。また、今までの「ここまで調べた~」イベントもアニメスタイルチャンネルで視聴できます。

 チケットは2025年10月11日(土)正午12時から発売となります。チケットについては、以下のロフトグループのページをご覧になってください。

■関連リンク
・『つるばみ色のなぎ子たち』公式サイト
https://tsurubami.contrail.tokyo

・『つるばみ色のなぎ子たち』制作資料展(東京国立博物館)
https://www.tnm.jp/modules/r_event/index.php?controller=dtl&cid=5&id=11472

・ロフトグループ(チケット関係)
イベント告知(LOFT)  https://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/334900
会場&配信チケット https://t.livepocket.jp/e/cwe_y
配信チケット(ツイキャス)  https://premier.twitcasting.tv/asagayalofta/shopcart/399872

 なお、会場では「この世界の片隅に 絵コンテ[最長版]」上巻、下巻を片渕監督のサイン入りで販売する予定です。「この世界の片隅に 絵コンテ[最長版]」についてはこちらの記事をどうぞ→ https://x.gd/57ICr

第247回アニメスタイルイベント
ここまで調べた『つるばみ色のなぎ子たち』15 上野へ行こう! 東博へ行こう! 編

開催日

2025年11月1日(土)
開場12時30分/開演13時 終演15時~16時頃予定

会場

阿佐ヶ谷ロフトA

出演

片渕須直、前野秀俊、小黒祐一郎

チケット

会場での観覧+ツイキャス配信/前売 1,800円、当日 2,000円(税込·飲食代別)
ツイキャス配信チケット/1,500円

■アニメスタイルのトークイベントについて
 アニメスタイル編集部が開催する一連のトークイベントは、イベンターによるショーアップされたものとは異なり、クリエイターのお話、あるいはファントークをメインとする、非常にシンプルなものです。出演者のほとんどは人前で喋ることに慣れていませんし、進行や構成についても至らないところがあるかもしれません。その点は、あらかじめお断りしておきます。

第314回 ジーグの力見せてやる 〜鋼鉄ジーグ〜

 腹巻猫です。10月8日にTVアニメ『鋼鉄ジーグ』の主題歌・挿入歌・BGM(劇伴)を収録したサウンドトラック・アルバムが発売されます。作曲を手がけたのは今年が生誕100年になる渡辺宙明。アルバムの構成・解説は筆者が担当しました。『鋼鉄ジーグ』の音楽が単独アルバムで発売されるのは、これが初。しかもCDと配信(ストリーミング、ダウンロード)による全世界同時リリースになります。今回は『鋼鉄ジーグ』の音楽の魅力と、このアルバムの聴きどころを紹介します。


 『鋼鉄ジーグ』は、1975年10月から1976年8月まで全46話が放送された東映動画(現・東映アニメーション)制作のTVアニメ。『マジンガーZ』(1972)、『グレートマジンガー』(1974)を手がけたメインスタッフが、続いて送り出した新機軸のロボットアニメである。
 古代に日本を支配していた邪魔大王国の女王ヒミカが長い眠りから目覚め、王国の復活をもくろんで活動を開始した。考古学者の司馬遷次郎は邪魔大王国の復活を予見し、ひそかに基地ビルドベースと巨大ロボット・鋼鉄ジーグを建造していたが、ヒミカの手先に襲撃され、命を落としてしまう。遷次郎の息子・司馬宙(ひろし)は、父の遺志を継ぎ、鋼鉄ジーグと合体して邪魔大王国との戦いに挑む。
 『マジンガーZ』『グレートマジンガー』に比べて、怪奇幻想的な要素が増しているのが本作の特徴。ヒミカは「異次元科学」と呼ばれる術を操り、ロボットとは異なる「ハニワ幻人」を生み出して日本を攻撃する。邪魔大王国の移動基地は、7つの竜の首を持つ「幻魔要塞ヤマタノオロチ」。科学の力が及ばない得体の知れない恐ろしさが感じられる敵である。
 いっぽうのジーグは、手・足・胴体がバラバラのパーツとなって格納されており、出撃時に合体する設定。そしてジーグの頭部になるのは、父によってサイボーグに改造されていた宙である。主人公が主役ロボットを操縦するのではなく、自らロボットの一部となって戦う。これも本作の新機軸のひとつだ。しかし、それが単なる設定に終わらず、ドラマに反映されているのが本作の見どころ。宙は当初、自身がサイボーグであることを知らず、体の異変に悩む。父の意識を移したコンピューター、ビッグファーザーからサイボーグであることを知らされてからは、人間でなくなってしまった自分に苦悩する。また、宙は母と妹と同居しているのだが、母は宙のひみつを知っており、妹は知らない。家族のあいだにひみつがあることが、奥行きのあるドラマを生んだ。主人公が単純明快なヒーローではなく、複雑な悩みを抱えたキャラクターであることも、本作の大きな特徴のひとつだ。

 音楽を担当したのは、『マジンガーZ』『グレートマジンガー』に続いて東映動画制作のロボットアニメを手がける渡辺宙明。主題歌と劇伴の両方を担当したTVアニメとしては本作が3作目である。『マジンガーZ』『グレートマジンガー』で蓄積されたノウハウが本作に生かされており、さらに一歩進んだ音楽的工夫が聴けるのが、本作の音楽の魅力になっている。
 ここからは、本作の音楽の魅力について、3つの観点から語ってみたい。
 ひとつは、民族音楽的要素である。本作の大きな特徴は、ヒミカと邪魔大王国という、日本古代史をモチーフにした敵が設定されていること。敵を描写する音楽には、エキゾチックで土俗的なサウンドが用いられた。たとえばヒミカのテーマとして、妖しい女声スキャットを使った曲(「女王ヒミカ」)が用意されている。ヒミカの登場場面に必ずと言ってよいほど使用された、記憶に残る音楽だ。邪魔大王国のテーマ(「邪魔大王国の野望」)にはヒミカのテーマと同じメロディが使われ、敵側の描写に統一感を出している。ほかにも、民族楽器やシンセサイザーなどを駆使した不可思議なサウンドが敵の幻想的なイメージを印象づけていた。
 ふたつ目は、ロボットアニメに欠かせないバトル(戦闘描写)音楽について。本作の音楽はストリングス(弦楽器)を用いない編成で制作されている。しかし、『マジンガーZ』や『グレートマジンガー』のストリングスが入った音楽に比べて、音が薄いという印象はない。金管楽器と打楽器を中心に、木管楽器やオルガン、シンセサイザーなどを加えて厚みを出し、ダイナミックな音楽を作り出している。
 『マジンガーZ』『グレートマジンガー』の音楽になかったタイプのサウンドも導入されている。ハニワ幻人のテーマ(「ハニワ幻人出現」)はビッグバンド・ジャズ的なグルーブ感のある曲調で作られ、ロボットとは異なる生命感のあるキャラクターが強調された。
 また、劇中では宙がサイボーグに変身し、等身大の敵(ハニワ兵士)と戦う描写がある。等身大のバトルを想定した楽曲(「ジーグ怒りの反撃」)には、それまでの渡辺宙明作品では聴けなかったディスコ的なリズムが使われている。渡辺宙明の音楽が、新しいリズムやサウンドを獲得していく過程が、本作の音楽からうかがえるのだ。ディスコ的なサウンドは『鋼鉄ジーグ』の後番組『マグネロボ ガ・キーン』でさらに強化され、シャープでスピード感のある音楽を生み出していく。
 3つ目は心情描写曲の充実である。本作は人間ドラマに力が入れられており、特に宙と父(マシンファーザー)、母、妹とのあいだに生まれる気持ちのすれ違いや、秘めた苦悩が、見応えのあるエピソードを生んだ。そのドラマを演出するために多彩な心情描写曲が用意されている。
 筆者が特に注目するのは、渡辺宙明が得意とする哀愁を帯びたバラード調の曲(「明日なき戦いのバラード」)である。同じメロディでトランペットやフルート、ギターなどが演奏するバリエーションが作られ、ほとんど毎回、いずれかが劇中に流れていた。本作を代表する音楽のひとつが、このバラードなのだ。本作の音楽設計における、大きな特徴である。

 冒頭で紹介したように、本作の初の単独サウンドトラック・アルバム「鋼鉄ジーグ オリジナル・サウンドトラック」が、10月8日にCD2枚組のボリュームでリリースされる。発売元は日本コロムビア。ここからは、このアルバムの意義と聴きどころを紹介していきたい。
 収録曲は下記ページを参照。
https://columbia.jp/prod-info/COCX-42537-8/

 本アルバムは「Columbia Sound Treasure Series」の1枚と位置づけられている。同シリーズは、アニメ・特撮・劇場作品などの埋もれた名作サントラを発掘し、完全版としてリリースしていく企画である。2015年から2018年にかけて13タイトルがリリースされた。筆者も『おれは鉄兵』『キャンディ・キャンディ』「透明ドリちゃん」『笑ゥせぇるすまん』『宝島』などの構成・解説を担当した。2018年の「宝島 オリジナル・サウンドトラック」を最後にリリースが中断していたが、今回7年ぶりにシリーズが復活したのである。
 シリーズ復活の背景には、今年(2025年)が渡辺宙明生誕100年、『鋼鉄ジーグ』放映50周年のダブル・アニバーサリーの年にあたる、という事情がある。加えて、本作が海外(特にイタリア)にも熱狂的なファンが多い、という事情もあるだろう。それにしても快挙だ。CDが売れないと言われる時代に、CDでのリリースが実現したこともうれしい。ぜひ、たくさん売れて、シリーズの継続が実現してほしい。
 『鋼鉄ジーグ』の音楽(劇伴)は過去にも商品化されたことがある。代表的なものは、1979年発売のLPレコード2枚組「テレビ・オリジナルBGMコレクション 渡辺宙明作品集」。1991年には同アルバムをCD化した「渡辺宙明BGMコレクション」がリリースされ、ボーナストラックに未収録BGMが追加された。さらに、1996年発売のCD「渡辺宙明BGMコレクション “CHUMEI”ブランド」にて、わずかながら未収録BGMが初商品化されている。
 上記3タイトルのアルバムに収録された『鋼鉄ジーグ』のBGMは合計35曲。では、全部で何曲のBGMが作られていたかというと、NGテイクを除いて全81曲である。つまり、これまで全体の半分以下の曲数しか商品化されていなかったのだ。
 今回の「鋼鉄ジーグ オリジナル・サウンドトラック」では、未収録曲を含むBGM全曲を、オリジナルテープからの最新マスタリングで完全収録した。本アルバムの最大のセールスポイントはそこだろう。劇中で印象深い使われ方をしながら未収録だった楽曲や、豊富に作られた同一モチーフのバリエーションなどが商品化され、『鋼鉄ジーグ』の音楽の全貌がようやく明らかになったのである。
 構成にあたっては、全46話に及ぶ物語の大きな流れを意識するとともに、本アルバムがCDと配信の同時リリースであることも考慮した。というのも、CDと配信では、構成の考え方も変えるべきではないか、と最近考えているからだ。CDは基本的にその作品に興味にある人が買って聴いてくれるものである。しかし、配信を聴く人、特にサブスクで聴く人は、作品のことをよく知らないことも多いはずだ。そういう人にも聴いてもらい、楽しんでもらうためには、頭から「聴いてみたい」と思わせる工夫や、音楽的な気持ちよさを重視した構成が必要になる(と思う)。今回は、配信を意識した構成と、作品世界の再現を意識した昔ながらの構成の両立を試みた。うまくいったかどうかは、お聴きになったみなさんの高評を仰ぎたいところである。
 今回初収録となったBGMをいくつか紹介しよう。
 ディスク1に収録された「悲しき雪女チララ」は、第10話に登場する雪女チララのテーマ。チララは、本来はヒミカの部下ではないのにハニワ幻人にされて散っていく、悲劇的なゲストキャラクターである。フルートの幻想的な旋律がチララの妖しさと悲哀を表現する曲だ。
 「明日なき戦いのバラード」「明日なき戦いのバラード〈愛の悲しみ〉」「明日なき戦いのバラード〈孤独〉」などは、同一のモチーフ(メロディ)によるバリエーション。シーンに合わせて、さまざまな変奏が使用された。アレンジの変化によるニュアンスの違いを味わっていただきたい。
 ディスク1に4つのタイプを収録した「次回予告音楽」は、本放映時にキー局でのみ使用された15秒サイズの次回予告用音楽。本作は本放映時の放映枠がキー局が25分、ローカル局が30分であったことから、オープニング・エンディング・次回予告の長さを変えることで、放映時間を放映枠に合わせていたのである。本アルバムでは、ディスク1でキー局の、ディスク2でローカル局の放映フォーマットを再現してみた。現在の再放映や配信は30分フォーマットに統一されているため、25分枠で使用された15秒サイズの次回予告音楽は、なかなか聴く機会がないだろう。なお、ローカル局の次回予告音楽は、オープニング主題歌の歌入りとカラオケを編集したものが使われている。
 ディスク2に収録した「竜魔帝王あらわる」は、第29話からヒミカに代わって邪魔大王国の首領となった竜魔帝王のテーマ。意外にも今回が初収録である。重量感のあるリズムとシンセサイザーを主体にしたサウンドが、冷酷な竜魔帝王のキャラクターを表現している。
 同じくディスク2に収録した「異次元科学の恐怖」と「決戦!ビルドベース」は第2回録音で追加されたバトル曲。打楽器が奏でる荒々しいリズムが激しい戦闘シーンを演出した。
 商品化済の曲の中からも、聴きどころをいくつか紹介しておこう。いずれもディスク2の収録曲である。
 「花の将軍フローラ」は、第32話から登場する邪魔大王国の女幹部フローラ将軍のテーマ。フローラは宙の敵として現れるが、やがて宙に共感し、竜魔帝王に反旗を翻す。敵側の人間ドラマを盛り上げた重要なキャラクターだ。シンセサイザーによる女声スキャット風の音色とビブラフォンの幻想的な音色を組み合わせ、妖しくも魅力的なキャラクターを表現している。
 「ビッグシューター発進」は、鋼鉄ジーグのパーツを射出するビッグシューターの発進シーンに多用されたアクション曲。本作の音楽の中でもとびきりカッコいい曲である。この曲調は、次作『マグネロボ ガ・キーン』に受け継がれていく。
 「明日を賭けた戦い」は「明日なき戦いのバラード」の変奏曲のひとつ。力強いリズムとシンセサイザーを使ったアレンジで、宙の強い決意や闘志を描写する。竜魔帝王との最終決戦や強敵との戦いの場面などにたびたび使用された印象深い曲だ。
 ディスク2の末尾には、主題歌・挿入歌のレコードサイズのオリジナル・カラオケを収録した。すべてコーラスなしカラオケ(いわゆる純カラオケ)で収録したかったのだが、オープニング主題歌「鋼鉄ジーグのうた」だけは、コーラス入りでの収録になった。実は「鋼鉄ジーグのうた」のコーラスなしカラオケ音源はマスターテープの中に見つからなかったのである。ブックレットに書けなかったので、この場を借りて説明しておく。ご了承いただきたい。
 「鋼鉄ジーグ オリジナル・サウンドトラック」は、TVアニメ『鋼鉄ジーグ』の初の単独サウンドトラック盤であると同時に、渡辺宙明の音楽がよりモダンなスタイルに変化していく時期の作品を収録した重要なアルバムである。CDと配信で同時リリースされるので、CDを買おうか迷っている方は配信で聴いてみて、気に入ったらCDを購入していただきたい。CD付属のブックレットには音楽の発注メニューを記したBGMリストや楽曲の使用場面などを紹介した解説を掲載しているので、本作の音楽をより深く楽しみたいという方にはCDがお奨めだ。もちろん、配信で聴きたいという方も歓迎である。

 すでに紹介したとおり、本アルバムは「Columbia Sound Treasure Series」の最新タイトルと位置づけられている。くり返しになるが、これを機に同シリーズが継続し、新たなタイトルがあとに続くことを期待したい(筆者は『マグネロボ ガ・キーン』の完全版サントラ実現を熱望している)。未商品化の名作サントラを世に出す「発掘サントラ」の灯を消さないために。そのためにも、ぜひ多くの人に知ってもらい、聴いていただきたい。今回のアルバムはCDと配信による世界同時発売。『鋼鉄ジーグ』のファンはイタリアをはじめ、世界各国にいる。世界中のファンの力でヒットをねらうのも夢ではない。エンディング主題歌でも歌われているように、「ジーグの力見せてやる」のだ。

鋼鉄ジーグ オリジナル・サウンドトラック
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第922回 『沖ツラ』制作話~7話 “バナナ”と“標準語”

喜屋武さんの母、今回のアニメ化時点では原作同様、正体が明かされていません!

 という訳で、“バナナの樹液は乾燥すると赤くなる”が実際に見てみたかった板垣です。バナナ編ラストの走る子供らは篠衿花作監による全修でした。元気に動く芝居は絶対の信頼値で、現在制作中『キミ越え』でも同様にお任せしています。
 そして、長いCパート“標準語喜屋武さん”編。ここもコンテが真っ赤……。喜屋武さんが標準語を喋るってことは当たり前な話、本シリーズ初めての鬼頭(明里)さんによる標準語という訳です。もちろん、前作『いえれべ』の鬼頭さん(佳織役)は標準語ですが、お嬢様台詞なので、喜屋武さんとは全然違いましたから、今回はとても新鮮でした。そしてこの辺は市川(真琴)作画。手の描き方・デッサンに特徴有り。例えば、OPのラスト辺りやED「Best Friend」のラスト“延々と歩く二人~胸並びカット”までも市川さん。このCパートも“首を振って熱く訴えるてーるー”や“うちなーぐち比嘉さん”などの作画が光ってます! ただ、アクションの経験値が足りない分、“足元崩れて落下するてーる―”とかは俺の方で手伝いました。
 で、8話の話は次回(短くてゴメンナサイ)!

 『キミ越え』へ(汗)!

【新文芸坐×アニメスタイル vol.194】
1980年代のまんが映画『名探偵ホームズ』

 10月12日(日)にお送りする上映イベントは「【新文芸坐×アニメスタイル vol.194】1980年代のまんが映画『名探偵ホームズ』」です。

『名探偵ホームズ』はコナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」を原作とした冒険活劇。TVシリーズとして1980年代前半に制作された作品で、宮崎駿さんが初期制作話数で監督を務めたことでも知られています。

※宮崎駿の「崎」の文字は、正確には「大」の部分が「立」になった「たつさき」です。

 今回上映するのは、過去にも劇場公開された「青い紅玉(ルビー)の巻」「海底の財宝の巻」「ミセス・ハドソン人質事件の巻」「ドーバー海峡の大空中戦!の巻」の4本。いずれも初期制作のエピソードです。
 トークのゲストは『名探偵ホームズ』に脚本、演出助手の役職で参加した片渕須直さん。この作品のメイキングなどについて話をうかがう予定です。トークの聞き手はアニメスタイル編集長の小黒祐一郎が務めます。

 なお、当日は新文芸坐のロビーでアニメスタイルの新刊「名探偵ホームズ 資料集」を先行販売する予定です。「名探偵ホームズ 資料集」については以下の記事をご覧になってください。

【新刊告知】初出資料満載!『名探偵ホームズ』の資料集を刊行 制作初期の全26話エピソード構成案も収録!!
https://animestyle.jp/news/2025/09/18/29861/

 「【新文芸坐×アニメスタイル vol.194】1980年代のまんが映画『名探偵ホームズ』」のチケットは10月5日(日)から発売。チケットの発売方法については新文芸坐のサイトで確認してください。

●関連リンク
新文芸坐オフィシャルサイト
http://www.shin-bungeiza.com/

新文芸坐オフィシャルサイト(本イベントチケット販売ページ)
https://www.shin-bungeiza.com/schedule#d2025-10-12-1

【新文芸坐×アニメスタイル vol.194】
1980年代のまんが映画『名探偵ホームズ』

開催日

2025年10月12日(日)12時30分~15時05分予定(トーク込みの時間となります)

会場

新文芸坐

料金

2200円均一

上映タイトル

劇場版 名探偵ホームズ 青い紅玉(ルビー)の巻/海底の財宝の巻(1984/46分)
劇場版 名探偵ホームズ ミセス・ハドソン人質事件の巻/ドーバー海峡の大空中戦!の巻(1986/47分)

トーク出演

片渕須直(脚本・演出助手)、小黒祐一郎(アニメスタイル編集長)

備考

※トークショーの撮影・録音は禁止

第921回 今日はヤバい! すみません!

 作画修正で大忙し!スタッフ全員で原画を直して直して直しまくるのです! 出来の悪い原画を描いたアニメーターに恨み言はありません。ミルパンセは

不出来な原画に対して、描いた本人も含む全スタッフで幾度も修正を重ねていく!

制作スタイルです! 各カットを指差し「どこがどう悪いのか?」をラフを描いて説明して、作監チーム分配するのが作画プロデューサー(作監兼任)。

 ということで、今週は仕事——『キミ越え』、描き続けます(汗)!