COLUMN

第191回 パズルはダンス 〜ファイ・ブレイン 神のパズル〜

 腹巻猫です。最近、ドラマや劇場作品で妖怪ものが流行っているようす。NHKでは7〜8月にドラマ「大江戸もののけ物語」を放映していたし、テレビ朝日では8〜9月にドラマ「妖怪シェアハウス」を放映。劇場では9月から実写劇場作品「妖怪人間ベラ」が公開中です。
 妖怪ものとはちょっと違うけれど、東海テレビ制作のドラマ「恐怖新聞」も放映中だし、日本テレビはドラマ版「怪物くん」を再放映している。そして、先日、三池崇史監督の「妖怪大戦争 ガーディアンズ」が2021年公開予定で制作されることが発表されました。
 コロナ禍で妖怪アマビエが注目されたおかげかも……。
 妖怪もの好きの筆者は可能な限り追いかけていますが、中でも「妖怪シェアハウス」が痛快で面白かった。妖怪の描き方が現代的で、妖怪をネガティブにとらえない筋立てもよかった。音楽は筆者が注目している作曲家のひとり、井筒昭雄が担当。遊び心たっぷりの音楽で楽しませてもらいました。


 今回取り上げるのは妖怪もの……ではなく、「妖怪シェアハウス」の音楽を手がけた井筒昭雄の作品。2011年に放送されたTVアニメ『ファイ・ブレイン 神のパズル』である。
 井筒昭雄は1977年生まれ、徳島県出身。幼少時はドラムに興味を持っていたが、中学生になってギターに転向、高校生時代から曲を作り始めた。1999年、1人多重録音ソロユニットFab Cushionとしてデビュー。これをきっかけに、CM音楽、TV・映画音楽を手がけるようになる。Fab Cushionの活動は現在も継続中で、中路あけ美とのポップグループ ・LEMOでも活躍中だ。
 映像音楽の代表作に、テレビドラマ「ブラッディ・マンデイ」(2008)、「ジョーカー 許されざる捜査官」(2010)、「ジウ 警視庁特殊犯捜査係」(2011)、「99.9 刑事専門弁護士」(2018)などがある。ドラマ版「怪物くん」(2010)の音楽も井筒昭雄だった。ほかにも忍者時代劇「猿飛三世」(2008)や宮藤官九郎脚本の「11人もいる!」(2011)、マンガ原作の「死神くん」(2014)、今をときめく池井戸潤原作の「民王」(2015)、昨年放映されて話題を集めた「トクサツガガガ」(2019)など、「ん、これは?」と思う注目作や話題作の音楽を数多く手がけている。
 以前、筆者がインタビューしたときにうかがった話によれば、井筒昭雄は筒美京平やレイモンド・スコットの音楽に影響を受けたという。歌謡曲的なキャッチーなメロディと、ちょっと懐かしい感じのソフトロック風のサウンドは井筒昭雄の持ち味のひとつ。また、レイモンド・スコットはさまざまな電子楽器を発明し、それを自在に操ってユニークな音楽を生み出した音楽家。1人多重録音ソロユニットとしてデビューした井筒昭雄と重なるものがある。
 作品ごとに個性的な発想で工夫を凝らした音楽を聴かせてくれる作曲家なのだ。

 『ファイ・ブレイン 神のパズル』は井筒昭雄がはじめて手がけたアニメ作品である。2011年に第1シリーズが放映され、2012年に第2シリーズ、2013年に第3シリーズが放映された。アニメーション制作はサンライズ。井筒昭雄は3シリーズを通して音楽を担当している。
 主人公は√(ルート)学園に通うパズル好きの高校生・大門カイト。ある日、脳を活性化させる、オルペウスの腕輪を手に入れたカイトは、世界のどこかにある、神のパズルを解くことができる存在ファイ・ブレインの候補者となってしまう。カイトはほかのファイ・ブレイン候補者や学園の仲間と競いあい、協力しあいながら、謎の頭脳集団POGとの命がけのパズル・バトルに挑んでいく。
 ゲームを題材にしたアニメは多いが、パズルをテーマにした作品は珍しい。本放映時は本編に登場したパズルの解説コーナーや連動データ放送で視聴者がパズルに挑戦する趣向も設けられていた。パズルの面白さだけでなく、カイトを中心とした人間ドラマや謎の集団PODをめぐるミステリアスな展開も見どころだ。
 パズルへの挑戦が毎回の見せ場となる作品。こういう場合、クールな頭脳戦を連想させるリズム主体の曲やアンビエント系の音楽が流れることが多い。が、本作はまったく違うアプローチだ。
 カイトがパズルに挑む場面では、中南米音楽風のエネルギッシュな曲が流れる。また、カイトが全国をめぐってパズルを解くストーリーから、エスニックな要素も加味されている。音楽だけ聴くと、南米の遺跡をめぐる冒険もの? と思ってしまうようなユニークな作品だ。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、第1シリーズ放送終了直前の2012年3月28日に「ファイ・ブレイン 神のパズル オリジナル・サウンドトラック Quebra Cabeca」のタイトルで発売された。また、サントラ第2弾「ファイ・ブレイン 神のパズル オリジナル・サウンドトラック2」が、第3シリーズ終了直前の2014年3月19日に発売されている。発売元はいずれもフライングドッグ。
 サウンドトラック1枚目から紹介しよう。収録曲は以下のとおり。

  1. Quebra Cabeca(歌:シキーニョ)
  2. オルペウスの腕輪
  3. 汝、精神と頭脳の刃を持て
  4. Brain Diver (TV edit)(歌:May’n)
  5. ナチュラルモチベーション
  6. 魂の閃き
  7. PZLアディクション
  8. 円卓の天才たち
  9. LET’S PUZZLE TIME
  10. ピタゴラスの封印
  11. Φ Brain
  12. √学園
  13. 赤い覚醒
  14. 未知へ誘う風
  15. 情熱とロジック
  16. 欲望のパズル
  17. Boooost!!
  18. 追憶の草原
  19. スウィーツ・パンチ
  20. 賢者と愚者
  21. 蝶のみる夢
  22. RED signal
  23. mystic musk
  24. 時のない遺跡
  25. GENIUS A GO GO
  26. DOPAMINE
  27. タルタロスに咲く花
  28. 愛する才能
  29. Tune Up Your Brain
  30. POG
  31. 永劫回帰アルゴリズム
  32. 真実を求める者へ
  33. 恋のパズルを解いて(歌:中島愛)
  34. Secret Labyrinth
  35. ホログラム(#25 version)(歌:清浦夏実)

 全35曲、たっぷり74分収録。オープニング主題歌の「Brain Diver」とエンディング主題歌の「ホログラム」以外は井筒昭雄の曲だ。
 1曲目に置かれた「Quebra Cabeca」が目を引く。アルバムのタイトルにもなっているこの曲は、ポルトガル語で歌われる挿入歌。「Quebra Cabeca」とはポルトガル語で「パズル」のことだ(最後から2番目の”c”は正しくは下にひげのようなセディーユがついた文字)。ポルトガル語はブラジルの公用語である。
 作詞と歌はブラジル人歌手のシキーニョ。歌詞はパズル・バトルを題材にしたものだ。思わず踊り出したくなるような陽気でにぎやかなサンバ調の歌。第2話でカイトがパズルを解く場面に流れた。
 トラック2の「オルペウスの腕輪」はコーラスとパーカッションをメインした民族音楽風の曲。南米の古代の祭礼音楽の雰囲気だ。第1話でカイトがオルペウスの腕輪を入手するシーンに使用されている。
 トラック3「汝、精神と頭脳の刃を持て」は、ギター、カバキーニョ、パーカッションなどにホーンセクション、ストリングス、コーラスがからむ、エキゾティックなダンス音楽。
 アルバム冒頭の3曲で『ファイ・ブレイン〜神のパズル』の音楽の方向性が伝わってくる。
 カイトたちがパズル・バトルに挑む場面には、こうしたブラジル音楽風の情熱的な曲やパーカッション主体の民族音楽風の曲がよく流れる。「魂の閃き」「PZLアディクション(=パズル中毒の意)」「LET’S PUZZLE TIME」「Φ Brain」「赤い覚醒」「情熱とロジック」「永劫回帰アルゴリズム」など、いずれも同じテイストの曲だ。「LET’S PUZZLE TIME」は、第1話でカイトが「パズルタイムの始まりだ」と言って難問に向かっていく、曲名そのままのシーンで使われていた。
 サンバとパズル。結びつかないように思えるが、パズルを解くときの脳が沸騰するような感覚をイメージした曲調なのだろう。パズルは脳のダンスなのだ。
 パズルを解くタイムリミットが迫ったり、カイトたちが危機に陥ったりするシーンでは、ロック的な「Boooost!!」「RED signal」や弦楽器主体の「DOPAMINE」「Tune Up Your Brain」「タルタロスに咲く花」といった曲が流れて、緊迫感、焦燥感を盛り上げている。「タルタロスに咲く花」は第1シリーズの最終話(第25話)でカイトが「神のパズル」に挑む場面に使用された。
 アルバムでは、これらの曲を中心に、日常曲や不安曲などをちりばめて、パズル・バトルの雰囲気を再現している。日常曲では、学園生活のシーンに流れる「ナチュラルモチベーション」「√学園」、パズルマニアの変人ぶりを伝えるユーモラスな「円卓の天才たち」「GENIUS A GO GO」などが楽しい。アップテンポの曲の合間に脱力系の曲がはさまって、聴き飽きない、メリハリの効いた構成になっている。
 いっぽうで、しんみりしたシーンに流れる曲にも印象に残るものがある。
 トラック10「ピタゴラスの封印」は第17話で、カイトが両親の正体を知らされる場面に流れた曲。ミステリアスな導入部からストリングスによる哀感ただよう曲調に展開。後半は女声コーラスが加わり、情感を盛り上げる。メランコリックな弦のアンサンブルが、カイトが受けた衝撃と動揺を表現していた。
 第17話の上記に続くシーンに流れたのがトラック32「真実を求める者へ」。淡々としたピアノのリズムにストリングスが奏でる悲劇的な旋律が重なり、ホルンも加わって重厚な音のうねりを作っていく。カイトが自身の生い立ちと両親についての真実を聞かされ、心を乱す場面をドラマティックに彩った。シリーズのターニングポイントとなるエピソードを支えた重要な曲である。
 次のトラック33には劇中歌「恋のパズルを解いて」が収録されている。これは第10話から登場するアイドル・姫川エレナが歌う曲。劇中のパズル番組「パズルキングダム」の中で流れていた。歌っているのはエレナの声も担当した中島愛。ちょっと切ない、大人びた曲調のアイドルソングである。
 井筒昭雄はこうしたパスティーシュ風の「○○っぽい曲」もたいへんうまい。本作では、ほかに劇中特撮ドラマ「パズルクィーンエレナ」のテーマ曲がある(サントラ未収録)。ドラマ「トクサツガガガ」の劇中ヒーロー番組「救急機エマージェイソン」のテーマやドラマ「妖怪シェアハウス」の中で座敷童子が語る「日本妖怪むかし話」の曲も同様の趣向。どれも、思わずニヤリとしてしまう曲だ。
 サントラパートを締めくくるのはトラック34「Secret Labyrinth」。勢いのあるラテン調で始まり、ギターとストリングスがかけあうスリリングな曲調に転じる。文句なしにカッコいい1曲。第1話のラストでカイトがパズルの解をひらめく場面などに流れた、いわば、カイト勝利の曲だ。パズル・バトルを勝ち抜いたよろこびと高揚感に満たされて、アルバムは大詰めへ。
 最後に収録されたエンディング主題歌「ホログラム」は、最終回にのみ流れた歌詞2番バージョン。本編の余韻を思い出させる、ニクイ構成である。

 井筒昭雄のユニークな発想と曲作りの巧みさが味わえるサウンドトラックだ。音楽アルバムとしても、明るくホットな気分になる1枚。聴けば脳が活性化する。
 テレビドラマでは引っ張りだこの井筒昭雄だが、アニメ作品は現在のところ本作だけ。あまりにもったいない。今後のアニメ音楽での活躍を期待したい。

ファイ・ブレイン 神のパズル オリジナル・サウンドトラック
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ファイ・ブレイン 神のパズル オリジナル・サウンドトラック2
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