第684回 今の心境


 まあ、そんなわけで今回もなんの話を、とか言うと「ほぼ丸14年の週間連載やってて、ついにネタ切れか?」などと思われるかもしれませんが、それはまずあり得ません。アニメ様(小黒編集長)より頂いたテーマ「古今東西アニメに関することならなんでも」ならネタは尽きないでしょう。なぜなら、

アニメの仕事は無限に面白く、奥深いものだから!

です。あとその辺にある話題に噛み付いたり、愚痴ったりなどはしたくないし、政治や経済とかろくに知りもせず、不勉強な意見を無責任にアニメスタイルに上げるわけにもいきません。そもそも、そういったことが言いたいなら、とっくに手前でTwitterやってますよね。
 とか言いつつ、この連載も10年前はもっとトゲトゲしいことをいっぱい書いてたと思います。ところがここ数年はあまり激しい論調は控え気味になったと思います(そう思いません?)。別に日和ったとかではなく、ちゃんと理由があるのです。それは、

今の自分が、今まで生きてきた中でいちばん幸せだと思えてるから!

です。だから、年とって牙をなくしたわけではなく、世間に唾棄したり愚痴ったりしたいことがないんです(これはマジ)。身の丈にあった仕事もいっぱい頂けてるし(来年以降の話も、もうあります)。
 あと、人生も折り返し地点を迎えて

世界のいろいろな事、物、そして人。できるだけ多くを「肯定」して死んでいきたい!

とも。そして、二十歳前後の新人を毎年面倒見て、いろいろな不満や悩みを打ち明けられると「ああ、俺も同じこと考えてたなあ」とか、アニメ業界に入ってくる新人を面倒見させてもらえる環境もまた幸せ。あ、時間切れ。

アニメ様の『タイトル未定』
278 アニメ様日記 2020年9月20日(日)

編集長・小黒祐一郎の日記です。
2020年9月20日(日)
無観客配信トークイベント「アニメスタイルTALK 沓名健一の作画語り」を開催。「沓名健一と語るアニメ作画の20年」と「続・沓名健一と語るアニメ作画の20年」と、この日のイベントで「WEB系」から近年の「デジタル作画によるスーパーアクション」への流れが見えたと思う。この後も沓名さんに出演してもらうイベントを開催する予定だ。イベントは14時頃に終了。今回も打ち上げはやらず、その場で解散。ちょっと寂しい。

2020年9月21日(月)
起きたのは9月20日の21時半。入浴したり、Kindleで本を読んだりしてから、9月21日の午前1時半に事務所へ。その後はゆったりと作業を進める。
Kindleの読み放題で「発作的座談会」があったので読む。椎名誠さん、沢野ひとしさん、木村晋介さん、目黒考二さんの座談会集で、紙の本の刊行は1990年。1990年だったら、この4人は40代半ばであり、僕は20代半ば。当時は「面白いおじさん達だなあ」と思って読んでいたはずだ。今では僕は50代半ばなので「元気なお兄ちゃん達だなあ」と思いつつ読む。その感覚がちょっと不思議。

2020年9月22日(火)
4連休の最終日。14時くらいまでデスクワーク。取材の予習で実写映画「サイモン&タダタカシ」と「フラッシュバック・メモリーズ」を配信で観る。どちらも『音楽』監督の岩井澤健治さんが参加した実写映画だ。マンションで休んでから、ワイフと新宿武蔵野館に。21時からの回で『音楽』を観る。僕は2度目の鑑賞だった。どうして21時からの回だったかというと、今はこの回の上映しかやっていないのだ。話は変わるが、新宿武蔵野館の予告でやっていた映画はどれも面白そうだった。
Kindleで「純情クレイジーフルーツ」前編、後編を読む。これもタイトルだけ知っていて読んでいなかった少女マンガだ。今の目で見ても充分に面白い。キャラクターが魅力的だ。時代の気分も懐かしい。
山本圭子さんが下肢骨折の治療のため休養をとることになり、『サザエさん』の花沢さんに代役が立った。代役は伊倉一恵さんだと思う。録画を観たところ、大健闘だった(後日、代役が伊倉一恵さんだったことが「100日サザエさん」アカウントのツイートで明らかになった)。

2020年9月23日(水)
雨天のため、早朝散歩はおやすみ。13時までは取材の準備、進行中の書籍作業、ちょっとした原稿などで大忙し。14時から新宿で「この人に話を聞きたい」取材。今回登場していただくのは『音楽』監督の岩井澤健治さん。学生時代のことからたっぷりと話をしてもらった。
『ソードアート・オンライン アリシゼーション』の視聴開始。

2020年9月24日(木)
またも雨天のため早朝散歩はおやすみ。夕方までずっとデスクワーク。「なつぞらのアニメーション資料集[劇中アニメ・小道具編]」 の表紙案がかたまる。馬越嘉彦さん描きおろしイラストの缶バッチの制作も進む。
『ソードアート・オンライン アリシゼーション』を最終回まで観て『ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld』を観始める。イベントで泉津井陽一さんが「最近のもので、撮影が凄いアニメと言えば『ソードアート・オンライン』だ」と言っていたが、その意味が分かった。

2020年9月25日(金)
うっすらと雨が降る中、ワイフと早朝散歩に。ワイフとグランドシネマサンシャインの13時からの回で「TENET テネット【IMAXレーザーGT字幕】」を鑑賞。ワイフは大満足。僕も「映画を観たぞ」という気分だ。ただ、メインのアイデアは映像に落とし込むのが難しいタイプのもので、二度目以降の鑑賞で理解できる部分が多そうだ。とにかく、これでネットのネタバレを気にしなくてすむ(すでにいくつかネタバレをくらっていた)。食事をしてから事務所に戻る。

2020年9月26日(土)
雨天のため早朝散歩はおやすみ。午前10時くらいまでデスクワーク。傘をさして池袋から東中野まで歩く。東中野から電車で西荻窪に。ササユリカフェの「アニメスタイル20周年展」の「馬越嘉彦 仕事集」の展示を見る。池袋に戻ってデスクワーク。17時から吉松さんとSkype吞み。
『ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld』を最終回まで観る。ラス前まではNetflixで。最終回は配信がまだだったので録画で観た。

新文芸坐×アニメスタイル セレクションvol. 127
超大作OVA全話上映!ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日!!

 2018年、2019年に続いて、今年も『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』全話上映のオールナイトを開催します。

 『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』は横山光輝原作、今川泰宏監督によるOVAシリーズです。「水滸伝」「三国志」「鉄人28号」「マーズ」等、横山光輝作品のキャラクターがメイン、サブを問わず、続々登場。ケレン味たっぷりの演出。濃いキャラクターとダイナミックなアクション。アニメ史上空前にして、おそらく絶後の豪華キャスト陣。天野正道作曲、ワルシャワ・フィルハーモニーによるフルオーケストラのBGM。作品コンセプト、ドラマ、ビジュアル、出演者、音楽、その全てにおいて破格の娯楽作です。

 この傑作OVAを劇場の大スクリーン、劇場の音響で楽しんでください。開催日は2020年11月28日(土)。トークのゲストは音響監督の本田保則さんです。

 なお、新型コロナウイルス感染予防対策で、観客はマスクの着用が必要。入場時に検温・手指の消毒を行います。全席指定席で、前売り券の発売は11月21日(土)から。前売り券の発売方法については、新文芸坐のサイトをご覧になってください。

新文芸坐×アニメスタイル セレクションvol. 127
超大作OVA全話上映!ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日!!

開催日

2020年11月28日(土)

開場

開場:22時10分/開演:22時30分 終了:翌朝6時00分(予定)

会場

新文芸坐

料金

一般2800円、友の会・シニア2600円

トーク出演

本田保則(音響監督)、小黒祐一郎(アニメスタイル編集長)

上映タイトル

『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』全7話(1992~1998/BD)

備考

※オールナイト上映につき18歳未満の方は入場不可
※トークショーの撮影・録音は禁止

●関連サイト
新文芸坐オフィシャルサイト
http://www.shin-bungeiza.com/

佐藤順一の昔から今まで(5)『機動戦士Ζガンダム』と『メイプルタウン物語』

小黒 『ステップジュン』の放送中に、ペンネームで『機動戦士Ζガンダム』(TV・1985年)の絵コンテを描かれてるわけですね。

佐藤 そうです。富野(由悠季)さんに、僕の仕事のサンプルとして送られたのが『ステップジュン』2話のコンテだったので、その時期で間違いないです。

小黒 これはどなたからのご紹介だったんですか。

佐藤 オファーをくれたのは、バンダイビジュアルにいた高梨(実)さんだと思いますね。高梨さんは『メモル』を観て「こいつ面白そうだな」と思ってくれていたようで、サンライズの内田(健二)さんから「誰かいない?」と聞かれた時に、僕を推してくれたんじゃないかな。この縁がゆくゆくは『ユンカース・カム・ヒア』(劇場・1995年)に繋がるんです。

小黒 なるほど。東映の研修生は他所の仕事をするのはマズかったんですか。

佐藤 基本的には、そうですね。『Zガンダム』の前に芦田(豊雄)さんがやっていた『(超力ロボ)ガラット』(TV・1984年)のコンテの話をもらったことがあって、面白そうなのでやりたいと東映の制作に言ったんですよ。そしたら制作からは「駄目に決まってるだろ」と。芦田さんにも「そりゃあ制作に聞いたら駄目だよ」と言われて、やっとそこで外の仕事をするのは認められていないのが分かって。だから『Ζガンダム』の時は言わないでやりました(笑)。

小黒 (笑)。何度かお話になってると思いますが、『Ζガンダム』のお仕事はいかがだったでしょうか。

佐藤 さっきも話題になったように『ガンダム』を全然通ってないので、富野さんがどういう人かもよく分からなかった。サンプルとして、1話の今川(泰宏)さんのコンテが届いたんですが、それは富野さんが筆ペンでガンガンと罵詈雑言を書き足したものだったんです。それを見たので「富野さんは、今回のTVシリーズはかなり映画的なテイストでやりたいんだろうなあ」という事前情報を持って臨むことができたんですね。

小黒 今川さんが描いた絵コンテがアニメっぽい派手な見せ方をしていて、それに対して富野さんが駄目出しをしていたわけですよね(編注:余談だが、富野監督による絵コンテへの書き込みの中に「このアニメ屋が」というものがあった。否定的なニュアンスの言葉だが、それをかっこいいと思った佐藤順一は、自ら「アニメ屋」と名乗ることにした)。

佐藤 ですね。もしかしたら、その前がマンガテイストな作品だったかもしれないんですけど、「同じつもりでやるんじゃない」というふうなことが書いてあったんですね。

小黒 なるほど。

佐藤 登場人物についても「このシリーズで重要なキャラクターの初登場シーンなのに、これかよ」とか、色々書いてありました。富野さんのところに行ったら、コンテの打ち合わせが「このシーンはどういう感情で」といった話じゃなかった。「キャラクターAとBが向かい合っている。同ポジでいきたいんだけども、場所を変えたい時はどうすればいいと思いますか?」という謎掛けみたいなことを言われて。

小黒 キャラクターがお互いに向かい合っていて、そのまま同ポジ?

佐藤 正確には覚えてないですけど、場面が変わっても同ポジを使いたい時はどうすればいいのか、みたいな話だったかと。とにかく、そういう演出の方法について急に謎掛けをくださるんです。

小黒 それはコンテを担当する「シンデレラ・フォウ」の内容とは関係ないんですか。

佐藤 関係ないですね。

小黒 (笑)。

佐藤 背景が大きく変われば当然違う場所になったように見えるけど、単純にそういうことではないよなと思ったので「分からない」と言ったら、「背景を変えるんです」と言われた。つまり、シンプルな話でした。サンプルとしてお渡しした僕の絵コンテで何かひっかかったのかもしれないですが、その時思ったのは富野さんは次世代に教えていくモチベーションが強い人なんだろうなあ、ということでした。

小黒 なるほど。

佐藤 カット割りといえば、『ステップジュン』2話の最後でも、切り返しでイマジナリーラインを越えたカット割りをやっているところがあったんです。富野さんに「これはイマジナリーラインを越えてますね」と駄目出しをもらったんですけど、「わざとやりました」と口答えしてもいけないと思って「はあ」と言いましたね(笑)。

小黒 佐藤さんはわざとやってたんですね。

佐藤 そうなんです。当時イマジナリーライン信者が凄く嫌いだった(笑)。学校でもイマジナリーラインについては学んでたけれど、東映動画に入ってみたら、先輩に映画マニアみたいな人がいて、イマジナリーライン等について教えてくれるんです。だけど、その人達が作ったものが面白くなかったから「それはいうほど重要ではないのでは?」という気持ちがずっとありました。だから、あえてそういうルールに逆らったものを作ろうという気持ちがあったんですよ。

小黒 なるほど。

佐藤 話を聞いて、この回でやりたいと思ってるものが分かったので、仕上がった絵コンテに関しても、そんなにガツンと直しを食らうことはなかったですね。

小黒 『Ζガンダム』のシナリオは枚数が多かったと聞いています。シナリオが尺オーバーだったということはなかったですか。

佐藤 よく覚えてないですが「(東映の)外のシナリオは長えなあ」と思ったような気もします。でも、尺オーバーだったとしても、そのままの長さでコンテ切ったんじゃないかなあ。

小黒 最初に担当した19話「シンデレラ・フォウ」はフォウ・ムラサメにスポットが当たる回ですよね。内容とか、キャラクターの把握はどうだったんですか。

佐藤 自然に受け止めることができたので、そんなに難しくは思わなかったですね。それほど突拍子のないキャラも出ていない回なんじゃないですかね。

小黒 そうかもしれないです。

佐藤 戦闘シーンに一番直しが入っていましたね。富野さんの直しには「ロボットの動きだけでは感情が動かないので、カットインで表情を入れるものである」という注意書きが入っていましたね。それから、カミーユとのシーンで、フォウが手で金網に触れながら走るのは、富野さんが追加した描写です。

小黒 金網のくだりは、富野さんが足した部分なんですね。流石ですね。

佐藤 ええ。「ああ、そういうことかあ」と分かりました。その後のベンチに座ってのやりとりとか、目線のやりとり等は僕の出したものがそのまま残ってると思います。

小黒 直された絵コンテが戻ってくるんですね。

佐藤 戻ってきますね。直した意図が、筆ペンで書かれたやつが戻ってきます。そういう手間が掛かることを、富野さんはちゃんとやってるということですね。

小黒 『Ζガンダム』では2話分の絵コンテを描いていらっしゃいますね。2度目の33話「アクシズからの使者」もスムーズにできたんでしょうか。

佐藤 こちらもそんなに迷ったりはしなかったんですけど、脚本だと牢屋から脱出するのが、カミーユがお腹が痛いふりをして看守を引きつけるというかたちだったのかな。それが都合よすぎる感じがして、クワトロとカミーユが口論をして、クワトロが本気で殴るという段取りを足したと思うんです。

小黒 それにもチェックは入ったんですか。

佐藤 ちゃんと文章が来て、「考え方のルートは今回は合っていた。合っているので、このコンテでよいのだが、これはコンテにする前に監督に問い合わせて相談すべき事柄である」と。ひと言、お小言が書いてあるんです。

小黒 なるほど。

佐藤 「それもそうだな」と思って(笑)。そんなところも勉強になりました。

小黒 『Zガンダム』と『ケロロ軍曹』(TV・2004年)の間にも、サンライズの仕事はいくつかありますよね。

佐藤 どれもコンテだけの参加ですよね。『0080(機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争)』の2話と5話かな。それと『(天空の)エスカフローネ』(15話)と『(カウボーイ)ビバップ』(18話)ぐらいかな。

小黒 『ビバップ』は佐藤さんの代表作ですよ。

佐藤 「フレー、フレー、私」が?(笑)

小黒 「フレー、フレー、私」が代表作ですよ!

佐藤 その辺は単発でパラパラとお仕事いただいてやってますね。あとは『(THE)ビッグオー』のストーリーボードもやったっけな。

小黒 『ビバップ』以外は甚目喜一(はだめきいち)名義の仕事ですよね。昔、田舎に住んでいたお爺ちゃんが東京にやって来て絵コンテを描いているようなイメージのペンネームだと聞きましたが。

佐藤 そんなことを言ったっけ(笑)。実際は出身地の甚目寺町(じもくじちょう)の「甚目」と、母親の名前の「喜」の一字を取って、甚目喜一としています。

小黒 話を戻すと、『Ζガンダム』への参加は勉強になったのでしょうか。

佐藤 なりましたね。監督のスタイルって色々あるんだと実感しましたからね。

小黒 東映の作品に戻ると、『ステップジュン』の次が初シリーズディレクターを務めた『メイプルタウン物語』(TV・1986年)ですね。『メイプルタウン』も準備室がありましたね。

佐藤 あったかな?

小黒 二宮(常雄)さんがいて、キャラクターを描いていたのを覚えています。

佐藤 はいはい。狭い部屋があった。

小黒 『メモル』に続きオリジナルですね。『ステップジュン』もオリジナルに近いので、佐藤さんとしてはオリジナル作品が続いている感じだったのでは。

佐藤 そうですね。『ステップジュン』も作り方がオリジナルの作り方なんですよね。

小黒 後に手掛ける『悪魔くん』(TV・1989年)もそうですね。

佐藤 そうです。『もーれつア太郎』(TV・1990年)も原作はあるけど、オリジナルの部分が多いんですよ。純然とした原作ものはあまり手掛けていないんですよね。

小黒 『メイプルタウン』は、どの段階から参加されてるんでしょうか。

佐藤 最初の構成をやっている頃からだと思いますねえ。東映のやり方だと、基本的にプロデューサーとシリーズ構成が方向性を決めて、それからディレクターを探すんです。だから、ある程度の型ができた後での参加になるんですけどね。

小黒 佐藤さんが参加した段階でメイプルタウンという街があって、動物達が暮らしているということは決まってるわけですね。

佐藤 決まっていますね。キャラクターデザインも二宮さんに決まっていて、キャラを描き始めていましたね。

小黒 スタッフワークも制作の方が既に決めているんですね。

佐藤 東映は基本そうですね。制作の方とプロデューサーで現場を決めるのが普通なので。

小黒 美術が小林祐子さんと有川知子さんですけど、これは抜擢だったんでしょうか。

佐藤 美術部の方の大抜擢で、彼女達にやらせようということになったのだと思います。

小黒 今観ても「背景を見せるアニメ」になってますよね。

佐藤 『メモル』からの流れで、背景に個性を持たせることが大事なんだという認識が、演出の中にもありましたね。

小黒 佐藤さんとしては、どのような意気込みだったんでしょうか。

佐藤 シリーズディレクターをやるに当たって、まずは無理なく作れるようにしておきたいという思惑があったんです。最初に『メイプルタウン物語』の画面の作りの指針みたいなものを描いたんですよ。この間、稲上(晃)君が当時から持っていたものを見せてくれて、それまでは描いたのを忘れていました。「構図は平面的でいい」ということを含めて色々と指示してありましたね。

小黒 当時、その画作りの基本方針の書類は拝見しました。「こういう構図なら、止めセルを上下させて歩いているように見せてもいい」といったことが書いてありましたね。

佐藤 そうそう。無駄な負荷を掛けなくていいように、ちゃんと設計しとこうという考えがありましたよね。

小黒 確か「家の断面図は見せよう」という項目が最後にあって、それだけは、ほぼ実現してないんですよね。

佐藤 そうなんです。1話でやっただけでした。やっぱり無理だったなと思いました(苦笑)。

小黒 (笑)。

佐藤 誰もやってくれなくて。

小黒 話の必然性がないとやんないですよね。

佐藤 まあ、確かにねえ。できること、できないことってやっぱりあるので、やりながら変わっていくものですね。そういうのは「無理にやれ」ではなく、できないものはできないでいいからと言っていますね。


●佐藤順一の昔から今まで (6)シリーズディレクターとレイアウトシステム に続く


●イントロダクション&目次

第683回 なぜ出崎アニメ?

もう俺にとって、アニメは出崎アニメだけでいいっ!

 まだ今作ってる作品のタイトルが発表できないので、今回も出崎統監督の話。なぜなら板垣はハッキリ言って「アニメとは出崎監督作品のこと」だと思っているからです!

「板垣くんはなんでそんなに”出崎”なの? 君とはタイプが全然違うのに」

と以前、MAPPAの丸山正雄(現在・代表取締役会長)より訊かれたことがあります。誰よりも出崎監督を知り尽くした丸山プロデューサーから「出崎」という名前が出ただけでなく、「君とはタイプが〜」と比較されたようなお言葉をいただけただけで畏れ多くて、その時なんと返答したのか憶えてはいないのですが、おそらく「だって出崎さん、最高じゃないですか!」的な返しをしたと思います。あ、その際の以下のおしゃべりは憶えてます。

板垣「出崎さんて、企画とかジャンルとか選ばず、どんな原作でも自分の作品にしちゃうじゃないですか。そこが本当に凄いんですよ!」
丸山「そんなことない! 統ちゃんは作品選んでる」

 その話は俺にとってかなり意外な話で、亡くなられるまで引っ切りなしに監督作が続いていた出崎さんが、企画(仕事)を選んでいた——選ばずにすべてこなしていたら、いったい何本の出崎アニメが世に出ていたことか?
 また、今まで何人かのプロデューサーから「板垣さんはオリジナルはやらないの?」と訊かれたんですが、いつも「そんなん誰が期待してくれて、どこがお金出すんですか? 俺は基本、身の程をわきまえていますから」と答えていたのです。でも、本音を言うとあまり興味がないんです、オリジナルというものに。だって

どの作品も原作を上回る映像的な魅力と、さらに掘り下げられた演出(コンテ)によって、各キャラクターがまるで実在する人物であるかのように描かれた躍動感溢れる出崎アニメ! いや出崎フィルム!

を知ってしまうと「監督のオリジナル作品であることが最優先事項だ」なんて、マンガ家に挫折した俺にとっては、とっくの昔に諦めてることですから。「運がよければ1本オリジナルできたらな〜」くらい。1本のオリジナルより10本の原作ものがやりたいと思ってます。出崎監督ご自身がオリジナル企画についてどうお考えだったのかは存じ上げませんが、少なくとも板垣が築き上げたいフィルモグラフィーは、数年おきに劇場オリジナル作って30年で10本より、毎年何かしら監督して30年で30本以上できたら悔いなく死んでいけるかと。考えは人それぞれだと思います。

アニメ様の『タイトル未定』
277 アニメ様日記 2020年9月13日(日)

編集長・小黒祐一郎の日記です。
2020年9月13日(日)
午前中はテキスト作業と取材の予習。13時からZoomで佐藤順一さんのインタビュー。「佐藤順一の昔から今まで」の2度目の取材だ。自分がホストでZoom取材をやったのは初めてだけど、録画と録音をクラウドに残せるのね。取材後、Kindleで「チェンソーマン」の1巻から4巻を読む。面白い。

2020年9月14日(月)
作業をしながら、13日の『ちびまる子ちゃん』『サザエさん』「魔進戦隊キラメイジャー」「仮面ライダーセイバー」『BORUTO』『ポケットモンスター』を再生。その後、「天元突破グレンラガン キラメキ☆ヨーコBOX」と「グレパラ 〜グレンラガン パラレルワークス〜」「同パラレルワークス2」を再生。
13日の『ポケットモンスター』はアローラが舞台の話で、『サン&ムーン』のキャラクターも登場。「あれ?」となってネットで確認したら、今のシリーズって『サン&ムーン』の後の話なのね。1話の最後でサトシとピカチュウが出会いが描かれていたので、物語がリセットされたのかと思っていた。1話と2話の間に『サン&ムーン』等の過去シリーズがあったと思えばいいということかな。
西口「うどん酒場 香川一福 池袋」で、東京都内の新型コロナ感染者数と同じ価格で生ビールを提供するというサービスをやっており、某社のアニメプロデューサー、ワイフと共に飲みに行く。13日の感染者が80人だったので生ビールが80円。念のため書いておくと、安いから行ったわけではなく、サービスのアイデアが面白いから行ったのである。ビールが安い分、つまみをたっぷりいただく。

2020年9月15日(火)
早朝散歩と銀行に行った以外はずっとデスクワーク。dアニメストアで『しあわせソウのオコジョさん』を数話観る。次は『弱虫ペダル』を観る。ある話のコンテがいいと思ったら、今回も鍋島修監督のコンテだった。
旧サイト「WEBアニメスタイル」の自分のコラムを見て、単純ミスがあまりに目立つので直したくなる(後日、事務所スタッフに直してもらった)。

2020年9月16日(水)
早朝散歩の後はずっとデスクワーク。サンドイッチとビールの組み合わせで食事がしたくて、近くのファミレスに。「チェンソーマン」5~8巻を読む。若々しい作品で、その若さがいい。

2020年9月17日(木)
10時半から、書籍関連の企画のためにある会社の方達と打ち合わせ。一度、事務所で資料を見てもらってから、喫茶店に移動。社内スタッフがテレワークになった頃、2階の打ち合わせ用テーブルを片づけてしまったので、事務所で多人数の打ち合わせができないのだ。
ここ数日は停滞ムードだったのだけれど、急に色々なことが動き出す。忙しさが気持ちがいい。

2020年9月18日(金)
夕方から「DVD化されていない映像作品を含む約6000タイトルのビデオテープを導入した」というSHIBUYA TSUTAYAに。なんでもかんでもあるわけではないけれど『御先祖様万々歳!』『魔法のスター マジカルエミ 蝉時雨』『ダウンロード 南無阿弥陀仏は愛の詩』等のVHSテープはあった。これから仕事のためにチェックしたい作品があるのではないかと思ったのだけど、それはなかった。帰りは「ドラゴンクエストウォーク」をやりながら、渋谷から代々木まで歩く。

2020年9月19日(土)
買い物と散歩以外はデスクワーク。16時から吉松さんとSkype吞み。『弱虫ペダル』TV第2シリーズを最終回まで観た。以下は第1シリーズ、第2シリーズまとめての感想。初見時のほうが面白かったが、今回の視聴も楽しめた。やはりよくできた作品だ。二度目の視聴だと「ここはもっとたっぷりと描写してほしい」と思ったりもするが、淀みなくスムーズに進むところもこのシリーズのいいところであるはずだ。

第194回 街の記憶 〜サクラダリセット〜

 腹巻猫です。3月公開の予定が延期になっていた『映画 プリキュアミラクルリープ みんなとの不思議な1日』が10月31日に公開されました。子どもたちがミラクルライトを振って応援する姿を見るためにわざわざ休日を選んで劇場に観に行ったら、今年は新型コロナウイルスの影響でミラクルライトを振るのは自粛なんですって。さびしい。でも、公開されて感無量です。サウンドトラック・アルバムは10月28日に発売。構成・解説・インタビューを担当しました。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0841ZN46W/


『映画 プリキュアミラクルリープ みんなとの不思議な一日』のストーリーは時間ループもの。何度も巻き戻される時間の謎が物語のカギとなっている。
 今回は時間の巻き戻しを扱ったTVアニメ『サクラダリセット』を取り上げよう。
 『サクラダリセット』は2017年に放映されたTVアニメ作品。住人の半数が特別な能力を持つ街、咲良田(さくらだ)を舞台に、記憶保持能力を持つ高校生の少年・浅井ケイと、ケイの同級生で世界を最大3日分巻き戻す「リセット」能力を持つ少女・春埼美空(はるき・みそら)が、街の人々を不幸から救おうとする物語だ。
 春埼の能力「リセット」はタイムトラベル能力ではない。あらかじめ「セーブ」しておいた日付・時刻の状態に世界を再構築する能力、と説明されている。セーブされていなければリセットすることはできず、自由に時間を行き来できるわけではない。ゲームをセーブしたところから再開するのと似た能力なのである。
 ケイと春埼はこの能力を使って、一度起きた出来事を変化させようとする。子どもが母親から引き離されるのを食い止めたり、猫を交通事故から救ったりと、その活動は身近なことからスタートするが、やがて2人は街の能力者を管理しようとする組織「管理局」の計略に巻き込まれていく。そして、ケイは心にひそかな目標を抱いていた。それは、過去にリセットを使った影響で死なせてしまった同級生・相麻菫を復活させること——。
 派手さはないが、よく練られたストーリーと繊細な心情描写に引きこまれる。SFというより青春ドラマの色合いが強い、じわじわとしみてくる作品だ。
 原作は河野裕のライトノベル。アニメーション制作はdavid production、音楽はRayonsが担当した。

 Rayons(レヨンズ)は作曲家・中井雅子のソロプロジェクト。Rayonsの名はフランス語で「光線」「半径」を意味する言葉から採られている。
 中井雅子は音大にてクラシック、管弦楽法、ポップス、スタジオワークを習得。卒業後、音源製作活動を開始した。作曲、ストリングスアレンジ、ピアノ演奏等で幅広く活躍する音楽家である。2012年、ミニアルバム「After the noise is gone」でデビュー。2015年にアルバム「The World Left Behind」をリリースした。本作以外の映像音楽作品に、劇場作品「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(2017)、「サヨナラまでの30分」(2020)等がある。
 インタビューによれば、中井雅子は中学生の頃から映画を見始め、映画音楽を作りたいと考えて作曲科に進んだそうだ。音大では現代音楽を学ぶ傍ら、バンドに参加してソウルミュージックなどを演奏。クラシックからポップス、ブラックミュージックまで、さまざまな音楽との出会いを経て生まれたのが、クラシックとポップスをミックスしたネオクラシック的アプローチによるデビューアルバム「After the noise is gone」だった。このアルバムに参加したシンガーソングライター・Predawn(清水美和子)は、『サクラダリセット』のサントラにも参加している。
 『サクラダリセット』の音楽は非常にシンプルだ。楽器編成は、ピアノ(Rayons)、フルート、クラリネット、5人編成のストリングス、アコースティックベース、ドラムス、パーカッションの11人。これにPredawnのボーカルが加わる。シンプルではあるが貧弱ではない。それぞれの楽器の音色がくっきりと響き、美しく瑞々しいサウンドを奏でる。淡い色彩と柔らかい線で描かれたアニメの映像にフィットする音楽である。厚いオーケストラ音楽やポップス的な音楽では、違った印象になってしまうだろう。絶妙なバランスで世界が成立しているという点でも、『サクラダリセット』にふさわしい。
 劇中では、ピアノの音とともに、Predawnのボーカルが耳に残る。ノーブルで透明感のあるピアノと無垢な温かさを伝える女声ボーカル。このふたつが音楽の核になっている。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、放送から2年経った2019年4月に独立系のFlauレーベルから発売された。アルバム・タイトル表記は「Sagrada Reset soundtrack for the animation」。ジャケットにもインナーにアニメの絵は使われておらず、コメントや曲解説もなし。アーティスト・Rayonsのアルバムとしての性格が強い。アニメ・サントラとしては異色のスタイルだ。
 収録曲は以下のとおり。

  1. テトラポットにて
  2. もうすでに失ったもの
  3. ケイについてゆく
  4. ねたみ・執着・執念/li>
  5. ケイの決心
  6. 使命と宿命
  7. 対峙・対決
  8. 灰色の記憶
  9. 悲痛なサスペンス
  10. ミチル、ごめんね
  11. 私たちの未来
  12. サクラダリセット(day time)
  13. こいごころ
  14. 野ノ尾さんのところ
  15. あなたの力になれていますか?
  16. 後悔・慚愧
  17. バトル 〜勇壮〜
  18. 不思議な既視感
  19. 暗闇をかきわけて
  20. 桜が満開の庭
  21. ミチルの世界
  22. 咲良田の街
  23. サクラダリセット
  24. 最終作戦
  25. 叶えられる願い
  26. 流れゆく日々

 アニメのために作られた楽曲からRayons本人がセレクトした全26曲を収録。
 構成はアニメサントラというより、ソロアルバムという感じ。ストーリーをイメージさせる大きな流れはあるが、劇中での使用曲順が再現されているわけではない。選曲も、劇中で使用頻度の高くない曲が選ばれていたり、逆に印象に残る曲が入っていなかったりする。
 1曲目の「テトラポットにて」はおだやかなピアノソロから始まる曲。1分を過ぎて、フルート、クラリネット、弦、ベースなどが加わり、豊かなサウンドが広がっていく。劇中ではテトラポッドのある海岸が重要なシーンの舞台になっている。浅井ケイと相麻菫が出会う場所、そして、再会する場所がテトラポッドの上なのだ。アルバムのジャケットにもテトラポッドが並ぶ海辺が描かれている。しかし、この曲、本編で流れた印象はない。Rayonsによる『サクラダリセット』の世界を象徴する曲である。
 2曲目「もうすでに失ったもの」は番組のPVにも使われた印象深い曲。ピアノとボーカル、ストリングスによる、はかなく、やさしく、美しい曲である。第2話で春埼美空がケイに協力しようと決心する場面、第7話で回想されるケイと菫の初めての出会いの場面、第19話で菫がケイの家でチキンカレーを作る場面、そして、最終話の夢の世界で菫と春埼が話をする場面など、数々の名場面に流れた。『サクラダリセット』の音楽といえばこの曲を思い出す人が多いのではないだろうか。Predawnのボーカルがとても心地よい。
 瞑想的な弦とピアノのアンサンブルから始まるトラック4「ねたみ・執着・執念」はストリングスとピアノによる心情曲。弦の旋律がしだいに激しくからみあい、渦巻く感情を描写する。第1話でケイが春埼に「悲しんでいるのは誰だ?」とたずねる場面、第19話で浴室の扉越しにケイと菫が話す場面、第23話で管理局員の加賀谷がケイの味方につくことを決心する場面など、迷いや苦悩の末にたどりつく決意を表現する曲としてしばしば使われた。
 ケイの心情を描写するトラック5「ケイの決心」では、歌もののような魅惑的なメロディがピアノソロで奏でられる。第9話でケイが菫を生き返らせることを決意する場面や第15話でケイが菫に自分の本当の気持ちを打ち明ける場面などに流れた。タイトルどおり、ケイの心に生まれた強い意思を表現する曲である。
 トラック6「使命と宿命」は弦とピアノによるメランコリックなナンバー。愁いを帯びたチェロの音色が印象的だ。第9話で菫の死とリセットの関係について春埼とケイが考える場面や第18話で管理局員の浦地が街のすべての能力をなくす計画を進める場面など、能力の意味と存在意義について考える場面にしばしば選曲されている。
 トラック7「対峙・対決」は、うねる弦とクラリネット、フルート、パーカッション、ドラムなどがセッションするサスペンス系の曲。トラック9「悲痛なサスペンス」、トラック16「後悔・慚愧」、トラック17「バトル 〜勇壮〜」、トラック24「最終作戦」などとともに、物語後半のケイと管理局との闘いのエピソードを盛り上げた。ネオクラシック的なアプローチで書かれた、本アルバムの中でも聴きどころの楽曲群である。
 トラック8「灰色の記憶」はピアノとボーカルによるもの憂い雰囲気の曲。第2話のラストでケイが菫の死を知る場面をはじめ、ケイが菫を思い出す場面やケイと菫が語らう場面などにしばしば使われている。「灰色の記憶」とは「菫の記憶」なのだろう。悲しいともさみしいともつかない、中間色の感情がわきあがってくる複雑な味わいの曲である。こうした、感情をはっきりさせない中間色の曲が本作には多く、それが独特の雰囲気につながっている。
 次の「ミチル、ごめんね」もそんな曲のひとつ。薄く流れる弦の音とピアノの淡々としたフレーズが、ほのかな哀感をじんわりと伝える。比較的使用頻度の高い曲だが、必ずしも悲しいシーンに選曲されているわけではない。なんでもない会話の場面にも使用されている。水の中をたゆたっているような気分になる曲である。
 ピアノとボーカル、ストリングスによるトラック11「私たちの未来」は、タイトルどおりの希望を感じさせる曲だ。第1話でケイと春埼と菫が校舎の屋上で会話する場面、第10話でケイがよみがえった菫とテトラポッドの上で会話する場面など、未来をイメージさせるシーンでの使用が心に残る。
 「サクラダリセット」と名づられたトラック12とトラック23は本作のメインテーマと呼べる曲。トラック12「サクラダリセット(day time)」はピアノソロで、トラック23「サクラダリセット」はピアノにフルート、クラリネット、ストリングス、ドラムなどを加えたジャズバンド・スタイルで演奏される。劇中では「魔女」と呼ばれる未来視能力を持った女性とケイが会話する場面に使われたほか、第21話でケイたちが菫に会うために写真の中の世界に入ろうとする場面など、物語のカギとなる重要な場面で使用された。
 第11話で春埼が病欠したケイの見舞いに行く場面に流れた「こいごころ」や猫と意識を共有できる少女・野ノ尾盛夏のテーマ曲「野ノ尾さんのところ」は、本作の音楽の中でも珍しい、明るくユーモアただよう曲。繊細な心情を描くシーンや緊張感ただようシーンが多い本作の中で、こうした曲が流れる場面は貴重である。アルバムの中でもほっとひと息つける時間となっている。夢の世界の少女ミチルをテーマにしたユーモラスでペーソスただようワルツ「ミチルの世界」も特定のキャラクターに寄った個性的な曲のひとつ。
 トラック20「桜が満開の庭」も心休まる曲だ。ピアノのアルペジオをバックに、ストリングスが美しく、たおやかな旋律をゆったりと奏でていく。最終話のラスト、夢の世界から目覚めた菫とケイが月光の射し込む部屋で会話する場面に流れたのがこの曲だった。咲良田の街とケイたちの幸せな未来を予感させる、いい曲である。
 「もうすでに失ったもの」と並んで筆者がとりわけ気に入っている曲がトラック15の「あなたの力になれていますか?」とトラック26「流れゆく日々」だ。この2曲は同じメロディの変奏で、「あなたの力になれていますか?」はピアノとストリングスで、「流れゆく日々」はピアノとボーカルで演奏される。そのメロディがいい。かすかに哀愁があるけれど、やさしくしみじみと心にしみる、郷愁を感じさせるメロディだ。
 「あなたの力になれていますか?」は第8話の魔女の少女時代の挿話や第11話で同級生に励まされた春埼がケイの見舞いに向かうラストシーンなどに使用。「流れゆく日々」はボーカルを抜いたピアノソロ・ヴァージョンもしばしば使用され、ピアノソロからボーカル入りへとつなぐ演出が効果を上げていた。中でも、第16話でケイが春埼に「能力なんかなくても君と会いたい」と告白する場面と第20話で故郷の街に帰ったケイが母親と再会し、自分の名前の意味を知る場面での使用が感動的である。「もうすでに失ったもの」と同じく、Predawnのボーカルがとても心地よい。この曲でアルバムが幕を下ろす構成もすてきだ。

 Rayonsの音楽はシンプルだが、とても豊かだ。特定の感情や状況を表現する機能的な(劇伴的な)音楽ではなく、聴く側がさまざまに受け取ることができる多義的な音楽である。音楽そのものだ、と言ってもいいだろう。だから、劇中に流れる曲も映像の意味を限定せず、視聴者の想像をふくらませる。イメージを喚起する音楽だ。
 もし、Rayonsが咲良田の街の住人だったとしたら、その能力は音楽を紡ぐことに違いない。このアルバムを聴くと、街の外にいながら咲良田の街に迷い込むことができる。これは、たぶんそういうサントラなのである。

サクラダリセット オリジナル・サウンドトラック (Sagrada Reset soundtrack for the animation)
Amazon

第170回アニメスタイルイベント
ササユリの仕事

 アニメスタイルとしては、8ヶ月ぶりにお客さんを会場に入れてのトークイベントを開催します。タイトルは「第170回アニメスタイルイベント ササユリの仕事」。開催日は11月22日(日)。会場は新宿ロフトプラスワンです。

 NHK 連続テレビ小説「なつぞら」(2019年放送)はアニメーション制作をモチーフにした作品で、沢山の劇中アニメーションが制作されたことも話題となりました。「なつぞら」のアニメパートの制作、アニメに関連した小道具の制作で中核になったプロダクションがスタジオササユリです。
 そして、スタジオササユリとは、アニメ関連の展示でもお馴染みのササユリカフェのもうひとつの姿でもあります(正確には株式会社ササユリの業務のひとつがササユリカフェであり、それとは別の業務としてスタジオササユリとしての活動があります)。

 11月22日(日)のイベントは「なつぞらのアニメーション資料集[劇中アニメ・小道具編]」 の発売を記念したものです。出演者は「なつぞら」にアニメーション監修、アニメーション制作プロデューサーとして参加したササユリの舘野仁美さん、アニメーション制作のコーディネートを担当した深瀬雄介さん、アニメーションパートの撮影監督として参加した泉津井陽一さん。「なつぞら」のアニメーション制作の話題を中心にお話をしていただく予定です。興味深いエピソードをうかがうことができるはず。

 会場では「なつぞらのアニメーション資料集[劇中アニメ・小道具編]」 を販売いたします。前売りチケットの発売は11月9日(月)の19時から。前売りチケットについて詳しくは以下にリンクした新宿ロフトプラスワンのサイトでご確認ください。トークの一部を「アニメスタイルチャンネル」で配信しますが、今回の配信は短めのものとなるかもしれません。

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止の観点から、今回のイベントは通常の半分ほどの人数で定員となります。また、飲食物についてはお客様がカウンターで注文し、その場で代金を支払うキャッシュオン形式となります。

■関連リンク
アニメスタイルチャンネル
https://ch.niovideo.jp/animestyle

新宿ロフトプラスワン
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/161237

第170回アニメスタイルイベント
ササユリの仕事

開催日

2020年11月22日(日)
開場12時 開演13時 終演16時

会場

新宿ロフトプラスワン

出演

舘野仁美、深瀬雄介、泉津井陽一、小黒祐一郎(司会)

チケット

前売1500円 当日1800円(共に飲食別・要1オーダー)

■アニメスタイルのトークイベントについて
 会場となる新宿ロフトプラスワンはトークライブができる居酒屋。入場料(今回は前売1500円、当日1800円)とは別に飲食(最低でもドリンク1杯)をお願いしています。ソフトドリンクもあるので、未成年の方でも大丈夫です。 アニメスタイル編集部が開催する一連のトークイベントは、イベンターによるショーアップされたものとは異なり、クリエイターのお話、あるいはファントークをメインとする、非常にシンプルなものです。出演者のほとんどは人前で喋ることに慣れていませんし、進行や構成についても至らないところがあるかもしれません。その点は、あらかじめお断りしておきます。

アニメ様の『タイトル未定』
276 アニメ様日記 2020年9月6日(日)

編集長・小黒祐一郎の日記です。
2020年9月6日(日)
雨天のため早朝散歩はおやすみ。朝から昼まで「なつぞらのアニメーション資料集[劇中アニメ・小道具編]」 のテキスト作業。ようやくこの本のテキストの正解が見えてきた。最後まで書いたら、頭まで戻って書き直しだ。16時から吉松さん、ワイフと新宿のビアガーデンに。暑くもないし、雨も降らず、快適。おまけに虹も見えた。

2020年9月7日(月)
この2週間くらい書いていた「なつぞらのアニメーション資料集[劇中アニメ・小道具編]」 のテキストがひとまず終了。まだまだ微調整が必要だけど、今日はここまで。
別の作業を進めながら、9月6日に放送された「アニメソング総選挙 国民13万人がガチ投票」の録画を流す。先にSNSで不満の声を目にしていたけど、20世紀のものから近年のものまでが選ばれており、バランスのいい結果になっていると思った。あの並びで「Butter-Fly」(デジモンアドベンチャー)が4位なのがいいなあ。6位に「only my railgun」(とある科学の超電磁砲)、15位に「君の知らない物語」(化物語)、23位「コネクト」(魔法少女まどか★マギカ)と深夜アニメの主題歌が入っているのもいい。『銀魂』でランキングに入ったのが「曇天」(20位)だというのも納得。僕的には『機動戦士ガンダム』と2003年版の『鋼の錬金術師』が入らなかったのが残念。
ネットの記事によれば、Netflixにおいて『泣きたい私は猫をかぶる』が世界30ヵ国以上で映画トップ10にランキングされ、『バキ』が世界約50ヵ国で総合トップ10にランキングしたのだそうだ。これはすごい。

2020年9月8日(火)
グランドシネマサンシャインで、ワイフと「インターステラー【IMAXレーザーGT字幕】」を鑑賞。僕にとっては初見がネット配信で、「映画館で観ればよかった」と思った作品だ。IMAXでの視聴は映像の満足度が高く、内容を知っているのに充分以上に楽しめた。映像は今まで観たIMAXの中で一番よかったかもしれない。
『弱虫ペダル』の再視聴も続いている。19話で1年生3人がインターハイのメンバーに入ったことが分かったところでの、手嶋純太の描写がよかった。キャラクターのことを考えて、愛情を込めて描いている感じだ。

2020年9月9日(水)
あるアニメスタジオで打ち合わせ。貴重な資料に目を通す。その中に、進行中の書籍とは関係のない大変なものがあった。たとえて言うなら「小松原一男さんの作監修正が入った箱の中から、金田さんの『ブライガー』の原画が出てきた」みたいな感じだ。
DVD BOXで『とんがり帽子のメモル』を流しつつデスクワーク。

2020年9月10日(木)
原稿作業と事務作業。まだ企画書も書いていない書籍のラフが、事務所スタッフから届く。とりあえずプリントして見てみた。これから判型等を考える。

2020年9月11日(金)
確認することがあって『は~いステップジュン』の数話を視聴。その後、「佐藤順一の昔から今まで」の取材の予習で『きんぎょ注意報!』の最初の5話分くらいを観て、その後は同シリーズの佐藤さん演出回をチェック。

2020年9月12日(土)
ちょっとした買い物。それから、取材の予習、書籍のスケジュールの作り直し、テキスト作業等。取材の予習で『きんぎょ注意報!』『美少女戦士セーラームーン』『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』を観直す。『ポケットの中の戦争』はU-NEXTで観たのだけど、リマスター版らしく、映像が非常に鮮明。VHSやDVDとは別ものだなあ。夕方から吉松さんとSkype吞み。
Kindleで「OL進化論」40巻を読了。相変わらず面白い。今でも田中さんが35歳であることが分かる話が2本。最近は「35歳で独身で」のタイトルが使われなくなっているので、年齢には触れないことにしたのかと思った。最近の田中さんは独身のベテランに磨きがかかりすぎて、印象としては40代半ばかなあ。

第682回 出崎・コンテ・旅

 現在制作中の新作のキービジュアル(のゲラ)を確認しました。が、まだ発表してはいけないらしいので、今回も俺の趣味、出崎統監督のコンテの話(また……)。前回購入した『家なき子』。収録話数11話分すべて観ました。出崎監督は常に「旅」に拘った作家であり、時にはコンテという仕事自体を「旅」に喩えていらっしゃいました。『家なき子』はまさに旅。主人公・レミが旅芸人・ビタリスに買われて旅に出てからずっと旅・旅・旅! 監督ご自身がどこかのインタビューで「いちばん好きな自作は?」の問いに「『家なき子』です」と答えてらっしゃったのも頷けます。何せ

『家なき子』=「旅」=コンテ!

ですから。『家なき子』を改めて1話から観直すと、出崎監督の演出は「コントラスト」の一言に尽きます。他のどの監督よりも、すべてがコントラスト。「静(止め)」と「動」のカット割り、「光(入射光)」と「影(パラ)」の画面構成、主人公とライバル、男と女。そして『家なき子』は「子ども」と「大人」。子どもからの目線で大人の「優しさ」と「怖さ」(あ、これもコントラストね)を出崎コンテで丁寧に丁寧に描いています。3回PANやハーモニーより

本来の演出の本領——キャラクターの心情をカット割りで表現することができる出崎監督を全板垣が尊敬します、いつまでも!

 余談。『家なき子』と同様の旅もチーフの出崎作品に『雪の女王』(2005年)がありますが、これなどはリアルタイムで「全話コンテなるか出崎監督!?」と、本来とは違う楽しみで見入ってたファンが多かったように見えました。特に業界内出崎ファンにとって、そんなメタ要素も作品の醍醐味。『スペースコブラ』(1982年)もあのムードでもっと長く続き、且つ自身のコンテ話数がもっと多ければ、出崎監督・異色旅アニメシリーズになったと思うのですが。ただのファンによる心の声でした。

佐藤順一の昔から今まで(4)『とんがり帽子のメモル』と『ステップジュン』

小黒 『こてんぐテン丸』の放送が1983年10月に終わって、『メモル』が1984年3月に始まるまで、クレジットされている仕事は『愛してナイト』(TV・1983年)の演出助手が1本あるだけですね。他には何をされていたんですか。

佐藤 『メモル』は準備室があったんですよ。土田さんと葛西さんもいたと思いますけれど、一緒に設定作りや資料作りを手伝ってましたね。僕はアシスタントディレクター的な立場での参加でした。

小黒 準備段階で参加していた若手演出家は佐藤さんだけで、貝澤さんはその段階では入ってないんですね?

佐藤 貝ちゃんはいないですね。

小黒 名倉さんは当然その準備室にいるんですね。

佐藤 いましたね。

小黒 その段階でキャラクターデザインの鈴木欽一郎さんは参加していたんですか。

佐藤 鈴木さんの参加は、スタッフルームがちゃんとできてからだったかな。

小黒 『メモル』の準備段階では、佐藤さんはどのような作業を? アイデアも出していたんですか。

佐藤 やったのは資料探しみたいなことですね。例えば、土田さんがイメージのベースで「ノーム」という小人図鑑のような絵本(編注:オランダの絵本。著者はヴィル・ヒュイゲン、リーン・ポールトフリート)を持っていて、そこから必要なページを資料としてまとめたりとか。他には設定打ち合わせに出たり、小人達の生活に必要になりそうなアイテムを考えたりしましたね。考えたアイテムがあんまり使われなかったから、自分の話数で使ったりということもありました。

小黒 佐藤さんが準備段階で思われていたことと、実制作でギャップを感じるようなことはありませんでしたか。

佐藤 演出さん達が「小人だから、こうなるよね」ということにあんまり注意を払わないことですかね。演出は映画を作りたくて仕事をしている人が多くて、その人達はモンタージュを駆使して映像を作っているんだけど、「画作り」で作っていないというのが、やっぱり大きかったですよね。例えば「メモルが帽子を取ってテーブルに置く」とシナリオに書いてあったとして、コンテだと無理矢理手を伸ばして帽子を取ってテーブルに置く芝居が描いてあるんです。そうすると、小人の短い腕が頭までニューンと伸びてしまうんですよ(苦笑)。頭を傾けて帽子をポトンと落として脱ぐような、小人なりの仕草があると思うんですけど、そういうアイデアを投入する演出さんがあまりいなかった。だから、僕や貝澤が重宝がられましたね。他にもメモル達が葉っぱから葉っぱに飛ぶ時に、コンクリのように固い葉っぱの上をピョンピョン飛んでいく画が上がってきたりして、土田さんも「(葉っぱなんだから)揺れるだろう」ということをずっと言ってました。

小黒 『メモル』は準備段階で関わってはいるけれども、物語作りや作品世界の構築について、ガンガン意見を出したというわけではないんですね?

佐藤 そうですね。シリーズ構成の雪室(俊一)さんとプロデューサーの籏野(義文)さんがアウトラインを決めていたので、そこに僕がつべこべ言うものでもないですからね。あくまで当時は助手ですから。最初の演出だって3話で設楽(博)さんのコンテの後処理ですから。

小黒 東映動画としてもアクション物や魔法少女物でないオリジナルは珍しいですよね。意欲的な企画ということで、社内は盛り上がっていたんじゃないですか。

佐藤 オリジナルだから盛り上がるという感じでは、なかったんじゃないかなあ。ちっちゃな可愛い女の子が人の手に乗っかるのも、「手に乗るサイズの人形」という玩具のアイデアから出てきてたと思うので。だから、本編の話でもメモルが人形の振りをする展開がありましたよね。なぜオリジナルの企画が通ったか分かんないですけど、そういった玩具的な要請が先にあったんじゃないんですかねえ。とはいえ、企画にも関わってないので、想像でしかないんですけどね。

小黒 そして『メモル』の放送が始まると、佐藤さんは大活躍をし……。

佐藤 ああ、そうなんですか(苦笑)。

小黒 業界で「東映動画に佐藤順一あり」ということになるわけですよ!

佐藤 まあね。やっぱり注目されたなっていう実感がありましたからねえ。

小黒 実際にはどのような意気込みで参加されたんですか。

佐藤 やっぱり「いよいよだな」と思ったというのはあるんですよ。いちいちはりきってるんですよ(笑)。最初にやった5話(「どうしてお腹がすくのかな?」)をご覧になったら分かると思いますけど。

小黒 ええ、ええ。

佐藤 家の中でメモルが猫と追いかけっこをするんですけど、そのレイアウトでいちいち宮崎駿さんのテイストをコピろうとしてますからね。

小黒 (笑)。あれは宮崎さんを意識していたんですね。

佐藤 ええ。屋根を使って登っていったりするところも含めて、レイアウトを弄って「俺にもこういうのができるんだ!」というのをやろうとしてるんです。でも、結局カット数が400ぐらいになってしまって、すげえ怒られたので「これは駄目だな」と学習して(笑)。

小黒 400カットだから枚数も当然オーバーしてるわけですね?

佐藤 オーバーするし、宮崎駿さんのレイアウトをトレスしてるので、いちいち組み線が多いんですね。似たようなレイアウトなのに組み線があるせいで兼用できないから、土田さんにも怒られる。

小黒 背景の枚数も多くなってしまったんですね。

佐藤 「このレイアウトを兼用にしてくれれば1枚で済むのに、なんで別なんだよ?」と怒られてしまって、「そういうケアも必要だな」と勉強になったので、次の話数は230カットぐらいに収めました(笑)。

小黒 それが10話「みんなそろって忘れ草」ですね。

佐藤 そうですね。250カットぐらいあったかな。とにかく、減らしています。

小黒 ファンの間で傑作と呼ばれているのは、やはり「忘れ草」ですね。僕個人としても『メモル』全話の中で一番好きかもしれない。貝澤さんの9話「マリエルの目玉焼」と10話「みんなそろって忘れ草」がワンツーパンチって感じでしたね。

佐藤 「目玉焼」もよかったですからね(笑)。

小黒 「忘れ草」は名倉さんの画もいいですけど、セリフのテンポもめちゃめちゃいいんですよね。

佐藤 その辺からシナリオにもちょいちょい自分テイストを入れることを覚え始めてますから(笑)。そもそもシナリオでは「忘れな草」だったと思うんですが、分かりにくいので勝手に「忘れ草(わすれそう)」に直してましたね(笑)。

小黒 ダジャレにもなると(笑)。

佐藤 駄目と言われても直せるタイミングで、コンテを出してると思います。

小黒 この頃、宮崎さんに傾倒してるということでしたが、ポピットがメモルを助けるために鳥に襲われそうになって、凄く凛々しく走るじゃないですか。『未来少年コナン』のスピリッツを感じますよ。

佐藤 そうでしょうねえ。鳥の動きも、原画に結構ラフを入れてますね(笑)。

小黒 この頃、佐藤さんは絵コンテも生半可じゃないぐらい描いてますもんね。

佐藤 描いてるはずですよ。

小黒 これまた読者に説明すると、貝澤さんの絵コンテはまた別の意味でアートなんです。

佐藤 コンテが既にアート(笑)。

小黒 当時、貝澤さんが描き直したレイアウトを見たことがありますけど、レイアウトもやっぱりアート的でしたね。

佐藤 そうそう(笑)。

小黒 30年以上経つので話題にしていいと思うんですけど、佐藤さんの『メモル』はアニメファンのハートを掴む描写が多かったですよね。

佐藤 そう、ですか?(笑)

小黒 マリエルとメモルが同じベッドで、すやすやと寝てるところで終わったり、一緒にお風呂入ったり、今風に言うと「尊い」感じで、2人の仲のよさを描いてるんですね。

佐藤 あんまり自覚はないですけどね(笑)。

小黒 5話「どうしてお腹がすくのかな?」の最後、腹が空いたマリエルの頬が赤くなっているところとか、凄くいい感じでした。マリエルのヒロイン度数が高いですよね。『ルパン三世 カリオストロの城』に似た描写があるわけではないですが、クラリスに通じるものがあると当時から思っていました。

佐藤 そういうところは、きっと無自覚ですね。

小黒 15話「あくびをしたお人形」がマリエルとメモルがお風呂に入る回ですね。これは青山(充)さんの作監回なんですけど、佐藤さんがかなり手を入れてるんじゃないかと思うんです。

佐藤 描いてますね。青山さんが作監で、原画も描いているんですけど、その原画に、演出の僕がアタリを描いて入れたんです。そうしたら、青山さんから電話が掛かってきて「これは作監の画なんだけど、なぜ演出の君の画が入ってるんだ?」とおっしゃるので、「青山さんはシリーズの途中からの参加なので、作品のテイスト等も掴みにくいかと思い、最初から参加している僕が参考までに入れてます。どうしてもおかしいと思ったら破ってもらってもいいです」という説明をしたら、納得してもらえたので、そのままずっとアタリを入れ続けるという感じでした。

小黒 前のめりな仕事ぶりですね。

佐藤 そうですね。撮影的にも色々と試せていましたよね。光と影を意識した画作りをして、撮影処理もかなり凝っていた時期ですね。

小黒 光と影といえば、25話「二人を結ぶ風の手紙」ですよ。これまた大傑作。

佐藤 これも気合が入った回ですからね。

小黒 実質的な最終回ですよね?

佐藤 そうですね。マリエルが町に帰ることを言っちゃうのが久岡(敬史)さんの23話(「さよならマリエル!」)なのかな?

小黒 はい。

佐藤 コンテが凄く盛り上がって泣けるものだったので、「これに負けちゃいけない!」というプレッシャーもあって(笑)、かなり頑張った記憶があります。講堂で鳥の影がバタバタ入ってくるところとか、撮影的に面倒なこともやってますね。

小黒 もの凄く広い空間を表現していて、それだけでもTVアニメとしては画期的でした。若さ溢れるというか、才気迸る仕上がりですよ。

佐藤 「やりきってしまおう」みたいな感じがありますよね(笑)。

小黒 そういう意味では、佐藤さんの数少ない暴走時期の作品ですね。

佐藤 その後は、大人しくなりますからね。

小黒 『とんがり帽子のメモル』だけで言っても、シリーズ後半の佐藤さんの演出回はちょっと大人しくなりますね。貝澤さんはシリーズ後半でも35話「白い木の実の秘密」、44話「ポピットが家出!?」といった回で炸裂していましたけど。

佐藤 そうですね(笑)。貝澤はそういう意味ではブレずにやってた感じがあるなあ。

小黒 後番組の『は~いステップジュン』(TV・1985年)の貝澤さんは居心地が悪そうというか、個性が上手くハマりきらない感じがありましたけど。

佐藤 貝澤は『ステップジュン』では「何が面白いのか分からない」と言ってましたからね(笑)。我々と見るとこが違って、アレンジの仕方がちょっとマニアックと言いましょうかね。

小黒 はい。

佐藤 それもあって、貝澤は『メモル』の時に上のほうからチクチクやられていて。確か20話近辺やってないですよね?

小黒 21話は演出処理だけで、絵コンテと演出をやったのは14話の次が27話ですね。

佐藤 本当は貝澤がローテーションだったんですけど、「1回お休み」になって、僕が1本多くやることになったんですよ。

小黒 なるほど。でも貝澤さんは復帰した後に「白い木の実の秘密」を作ってしまうんですね。

佐藤 そうです(笑)。復帰したら、またあの展開に行くんです。あの頃、貝澤的には色々な想いもあったんでしょうけど、やっぱり画作りが凄かった。我々の発想外の画を作るので、毎回初号の時には負けた気分になっていましたね。

小黒 ああ、そうだったんですか。

佐藤 偉い人達には僕のほうが喜ばれたんですけど、画的に見ると、どう考えてもアート性は貝澤のほうが高くってですね(笑)。

小黒 いやいや。

佐藤 「あの画は作れねえなあ。負けた」って、ずっと思ってます。

小黒 佐藤さんの「負け人生」は、この頃から始まるんですね?

佐藤 そう。貝澤には、全然勝てないっていう意識がずっとありますからね。

小黒 多分、佐藤さんが一番直したのが、32話「あたしは星空のバレリーナ」だと思うんですが。

佐藤 描き直してますね。

小黒 これは「シンシアが初めて脚光を浴びる回だから、ちゃんとしなきゃ」という意識があったんでしょうか。

佐藤 そうです。そして、確か原画が少し弱かったので、ちょっと多めにラフを入れた記憶がありますね。

小黒 『メモル』の時は一演出家なので、物語の展開について「こうしましょう」と提案するような立場ではなかったんですね?

佐藤 そうですね。東映システムなので、シナリオの打ち合わせには一応出ますけれども、全体的な構成に関して発言した記憶はないです。

小黒 ご自分の演出回に関しては、シナリオ打ちに出て、ああしましょう、こうしましょうということは言えたんですね。

佐藤 それは言っていますね。

小黒 シナリオ打ちは上手くできたんでしょうか。

佐藤 雪室さんを始め皆さんベテランなので、若造を見守る態度で接してくれたんじゃないですか(笑)。

小黒 なるほど。そして、次回作は『は~いステップジュン』でシリーズディレクター補ですね。

佐藤 補佐として、設楽さんに色々教えてもらうというスタンスですね。

小黒 ご自身にとっては、どんな作品だったんでしょうか。

佐藤 『ステップジュン』は、企画の当初から関わっていました。バンダイとの打ち合わせ等にも全部連れて行ってもらえたので、凄く勉強になりましたね。ディレクターを後々やるにあたって、重要なことを沢山学習できたのが『ステップジュン』ですね。

小黒 なるほど。

佐藤 「吉之介の玩具の売れ行きがよくないのでこうしてほしい」とスポンサーから直接オーダーが来るところに立ち会うことができて「ああ、本当にそういうことあるんだあ」と思いましたね。

小黒 吉之介の玩具を売るための番組だったんですね。

佐藤 そうなんですよ。売りものは女の子向けロボット人形なんだけど、いまいち売れ行きが伸びない。ゼロ(加納零)の人気が高いから、その分、吉之介が人気ないんだという理屈でしたね。

小黒 それで、シリーズの途中で、急にゼロが英国に留学することになるんですね。

佐藤 結局留学をすることになるんですけど、それに対して雪室さんがきちんとした反論をしていたのも勉強になった。

小黒 雪室さんが反論してたんですか。

佐藤 雪室さんも呼ばれているのでその場(スポンサーとの対話の場)に同席しているんですよ。そんなちょっとした修羅場的なものも経験できました。

小黒 個々の演出された回で印象的なものはありますか。

佐藤 それだと、先生の恋の話かなあ。

小黒 32話「ヘーハチローの恋」ですね。ポイントは先生のヘーハチローじゃなくて、彼が好きになる保健の先生のほうですね。

佐藤 そうですね。あれは自分でも結構好きな回だった(笑)。

小黒 保健の先生が初めて出たのは7話「吉之介がんばる」でしたね。僕の記憶が確かなら、保健の先生は脚本にいないキャラなんですよ。

佐藤 あっ、そうでした?

小黒 いたとしてもああいう感じの人じゃなくて、佐藤さんが絵コンテ段階で変な芝居をつけて、面白みのあるキャラクターにしてしまって。

佐藤 はいはい。してますね。

小黒 それが佐藤さんの中に残っていて「へーハチローと保健の先生を恋愛させちゃおう」という発想になったのではないでしょうか。

佐藤 あの先生に関しては、相当膨らませた記憶があるので、そんなところかもしれないです。

小黒 へーハチロー自体は、いかにも雪室さんが弄りそうな感じの先生でしたね。具体的に言うと『The・かぼちゃワイン』(TV・1982年)っぽいですよね。

佐藤 そうか。確かに『かぼちゃワイン』かもしれない(笑)。

小黒 シリーズディレクター補という役職は、各話の絵コンテをチェックするような仕事ではないんですね。

佐藤 そうではないんです。基本的にはシリーズディレクターに付いて、色んな勉強をする立場ですね。大島やすいちさんの原作は短編の読み切りぐらいしかなかったので、アニメはほぼオリジナルなんですよね。オリジナルの物語を展開する時、放送日が何の記念日であるかを調べるんです。敬老の日や勤労感謝の日なら、それに合わせたお話を組んでいく。そういう構成のやり方も覚えられたんです。演出以外の作業工程を具体的に見られた経験は大きかったですね。

小黒 『ステップジュン』に関しても、作品作りの方向性を決める部分には関わってないんですね?

佐藤 あまりないですね。

小黒 担当話数の演出に専念していたと。

佐藤 そう。思うようにやれたのは守備範囲だった自分の話数ぐらいだね。

小黒 なるほど。この頃も、ご自分の演出回ではレイアウト等に相当手を入れてますよね?

佐藤 入れてますね。


●佐藤順一の昔から今まで (5)『機動戦士Ζガンダム』と『メイプルタウン物語』 に続く


●イントロダクション&目次

第681回 『家なき子』と出崎コンテ

やった! ぴあの『家なき子』COMPLETE DVD BOOK vol.1買いました!


 ステレオクローム方式の立体アニメで出崎統監督作品。ぴあのこのDVD BOOKシリーズはブックレット(というより本屋で売る以上、書籍扱いなのでこちらがメインであるという建前なのでしょう)のほうが個人的に楽しみで、今回の注目ポイントはやっぱり出崎監督直筆のコンテ抜粋! 昔のアニメ誌で、もしかすると特集されてたり、レーザーディスクBOXでも、もしかしたら掲載されたりなどしたのかも知れませんが、『家なき子』の本放送時、板垣は3歳で、アニメ誌など買うはずもなく、LD BOX発売時もまだ学生(高校3年生?)だったため買えずじまい。DVD BOXは買えたのですが、こちらのブックレットはコンテ抜粋など載ってなかったし。で今回、商品内容紹介に「収録話数コンテ集」と告知があり、楽しみで仕方なかったんです。買ってきて早速観ました! 初『家なき子』のコンテ!

やっぱり出崎監督のコンテは凄えっ!!

と。軟らかい鉛筆タッチで、サラサラの一発描き。しかし、やりたい画のイメージはしっかり見えるし、キャラクターの感情も充分伝わる。この内容で全話コンテ! 正に神業! 天才アニメ監督なのは間違いありません! とても自分程度の人間には真似できませんが、永遠の目標——それが俺にとっての出崎コンテです! さて、こっちもコンテに戻らなきゃ……。

アニメ様の『タイトル未定』
275 アニメ様日記 2020年8月30日(日)

編集長・小黒祐一郎の日記です。
2020年8月30日(日)
早朝散歩は一人で大塚方面をウロウロ。ここは初めて来た公園かなと思ったけれど「Pokemon GO」でポケストップを回していたので、一度は来たことがあるようだ。ポケGOの変化球の使い方である。事務所に入ってデスクワーク。税理士さんからきたメールで世の中の厳しさを知る。
取材の参考に、Kindleの「『コミックボンボン』版悪魔くん 水木しげる漫画大全集」に目を通す。終盤で悪魔くんの仲間というか、ガールフレンド的なポジションで巫女衣装の女の子が出てきてくるのだけど、アニメ版にも出る予定だったのだろうか。「水木しげる漫画大全集」を読んだのは初めてだけど、マンガ以外の読み物が充実していて満足度が高い。

2020年8月31日(月)
Netflixで映画「ビブリア古書堂の事件手帖」を視聴。公開時に予告を観た時には、いいんじゃないかと思ったけれど、実際に観てみると、栞子さんがちょっと違うかなあ。この場合の「違う」というのは、単純に原作のイメージとの比較であって、1本の映画のヒロインとしてはあり。それから、映画館で観たら、作品の雰囲気を楽しめたかもしれない。続けてドラマの「ビブリア古書堂の事件手帖」も観ようかと思ったけれど、現在は配信をしていないみたいだ。
そして、Netflix版『アグレッシブ烈子』第2シーズンを視聴。かなりよかった。脚本の練り込みが素晴らしい。最終回のオチもよかった。

2020年9月1日(火)
午前10時半までデスクワーク。昼に三鷹で打ち合わせ。打ち合わせ後、三鷹の行ったことのないあたりを少し歩く。コロナ以降は遠出することが減って、知らない街を歩いたのはかなり久しぶり。楽しかった。街を歩くだけでこんなに楽しいとは。事務所に戻ってデスクワーク。16時からZoomで打ち合わせ。
Netflix版『アグレッシブ烈子』第3シーズンを最終回まで視聴。最終回のまとめ方が見事。シリーズ全体としてもかなり楽しめた。
同じくNetflixで『ケモノヅメ』の1話を視聴。今までの配信を全部チェックしたわけでないけれど、僕が知る限り過去の『ケモノヅメ』の配信と比較にならないくらい映像が鮮明。ちなみに僕はこの作品に企画の段階から参加しているけれど、1話と2話にはほとんど関わっていないはず。文芸として1話から名前が出ているけど、その役職での参加は3話からではなかったかな。企画の後は5話の脚本を書いてお終いになるはずだったんだけど、後から文芸をやることになったのだと思う。

2020年9月2日(水)
DVDを倉庫に送るにあたり、一度も観ていなかった『少年徳川家康』DVD BOXの再生を始める。序盤は物語も地味で、演出もストイック。誇張を避けてリアルにしようという意図があったのだろう。赤ん坊だった竹千代が成長し、彼にスポットがあたるようになってからは観やすくなる。石丸博也さん演じる織田信長がいい。今にもマジンガーに乗りそうだ。キャラクターデザインも信長だけが派手で、まるで永井豪作品の登場人物みたい。Wikipediaによれば、織田信長役は途中で石丸博也さんから青野武さんに変わるらしい。マジか。
荒木伸吾さんの役職は「キャラクターデザイン、作画監修」。各話のポイントのカットに手を入れているのかな。「これは荒木さんの画だよね」と思うカットがある。というか想像していたよりも荒木テイストが出ている。
『少年徳川家康』の後番組は『一休さん』。離ればなれになった母と子の話ということでは『少年徳川家康』『一休さん』は同じで、しかも、両方とも母親役は増山江威子さん(ただし『一休さん』の母親役の最初は坪井章子さん)。

2020年9月3日(木)
雨天のため早朝散歩はおやすみ。深夜から午前中はテキスト作業。さすがに捗った。昼前後はZoom打ち合わせとテキスト以外の作業。15時に上井草で打ち合わせ。高田馬場で食事をして事務所に戻る。外出が減ったので、移動用Suicaの残額がなかなか減らない。
『少年徳川家康』を最終回まで視聴。織田信長役はうつけ者時代が石丸博也さんで、落ち着いた人物になったところで青野武さんに交替。言動も変わるので、予想していたほどの違和感はなかった。主人公は竹千代時代が小宮山清さんで、松平元康時代が野田圭一さん。野田圭一さんも(キャラクターのイメージをある程度残して)後番組『一休さん』の蜷川新右衛門に移行する。タイトルは『少年徳川家康』だけど、竹千代が松平元康になると、見た目が青年になるので、やや違和感あり。全話で20話ということで打ち切りかと思っていたけれど、最初から2クールの予定だったのではないかなあ。終盤はもう数話分の予定があったのだろうと思うけど。本放送以来の視聴だったけれど、記憶に残っている場面はあった。

2020年9月4日(金)
『弱虫ペダル』についてワイフと話をしていて、キャラクターについての記憶が曖昧になっていることに気づいて、dアニメストアで『弱虫ペダル』を再見。やっぱり面白い。「ここのカット割りは相当にイカすなあ」と思ったら、鍋島修監督が絵コンテを担当した話数だった。
「ドラゴンクエストウォーク」に歩数を記録する機能がつくことを知る。これは嬉しい。散歩のモチベーションも上がりそうだ。

2020年9月5日(土)
事務所でデスクワーク。13時に来客があって、世間話。Netflixの『アグレッシブ烈子』について熱く語る。

第193回 まっすぐで曇りなく 〜京騒戯画〜

 腹巻猫です。10月21日にCD「アニメ『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』オリジナルサウンドトラック VIOLET EVERGARDEN:Echo Through Eternity」が発売されました。腹巻猫はブックレット掲載のインタビューを担当しています。商品は3枚組で、1枚目が現在公開中の劇場版のサントラ、2枚目が昨年劇場公開された『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝—永遠と自動手記人形—』用に書かれた新曲集、3枚目が本アルバムのために書き下ろされたイメージ音楽集という構成。EVAN CALL渾身の音楽をお聴きください。
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 ものすごい勢いでヒット中の『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』。筆者も公開初日に観に行って、濃密なドラマと映像と音楽に心を揺さぶられた。音楽はTVシリーズと同じく梶浦由記と椎名豪が担当している。
 TVアニメ『鬼滅の刃』では、梶浦由記がメインテーマとそのアレンジBGMを手がけ、それ以外の音楽は椎名豪がフィルムスコアリング(エピソードごとに映像に合わせて作曲する方式)で作っている。『鬼滅の刃』を支える音楽の多くが椎名豪の手によるものなのだ。
 今回は椎名豪が音楽を担当したアニメ作品『京騒戯画』を取り上げよう。

 『京騒戯画』はバンプレストと東映アニメーションの共同企画によるアニメ作品。2011年にWEBアニメ版第1弾(全1話)が、2012年にWEBアニメ版第2弾(全5話)が配信され、2013年10月から12月にかけてTVアニメ版(全13話)が放映された。『映画 ハートキャッチプリキュア! 花の都でファッションショー…ですか!?』(2010)で注目を集めた松本理恵が監督(シリーズディレクター)を務めたオリジナル作品である。
 舞台は、京都であって京都ではない「鏡都」。そこでは、人とモノノケがともに暮らし、人は死なず、壊れたものもいつの間にか元通りになる。そのふしぎな世界に、ある日、時空の狭間から赤い目をした少女・コトが落ちてきた。母親を探しにきたというコトは、鏡都を自由に暴れまわり、街の均衡を乱し始める。やがて、鏡都の街の真実が明らかになり、街に崩壊の危機が訪れる。
 設定は少々わかりづらい。実は最後まで観てもよくわからないところがある。が、物語の主眼は世界の種明かしではなく、家族の再生のドラマだ。ポップで濃密な映像とテンポのよい演出に引き込まれて観ているうちに、人間関係や世界のなりたちがぼんやりと呑み込めてくる。2度、3度と観て楽しめる、噛みごたえのある作品である。
 音楽はWEBアニメ版第1作のみ高木洋が担当。WEBアニメ版第2作とTVアニメ版を椎名豪が担当した。
 椎名豪は1974年生まれ。神奈川県出身。ナムコに入社し、「テイルズ オブ レジェンディア」「ゴッドイーター」など多数のゲーム音楽を手がけた。2011年からアニメ音楽にも進出。短編アニメ『桜の温度』(2011)、伊藤潤二原作のOVA『ギョ』(2012)の音楽を担当したのち、『京騒戯画』に参加する。連続TVアニメの音楽は本作が初めてだ。ほかのアニメ作品に、TVアニメ『ゴッドイーター』(2015)、『十二大戦』(2017)、『叛逆性ミリオンアーサー』(2018)、『鬼滅の刃』(2019)などがある。
 『京騒戯画』の音楽を椎名豪が担当することになったのは、松本理恵監督がゲーム『テイルズ オブ レジェンディア』の音楽を聴いて、「いつか一緒にやりたい」と思っていたからだという。
 『京騒戯画』の音楽は、WEBアニメ版がフィルムスコアリングで、TVアニメ版は溜め録り方式で作られている。WEBアニメ版では映像に沿って、松本監督とのやりとりをくり返しながら音楽をつけていった。
 『京騒戯画』の音楽の重要なモチーフのいくつかはこのときに作られている。メインテーマや挿入歌「The Secret of My Life」などだ。1作ごとに、まったく別の作品であるかのように異なるテイストの音楽が作られているのが特徴である。このWEBアニメ版の音楽は、TVアニメ版の中でも効果的に使用されている。
 TVアニメ版では、映像よりも人間ドラマに重点を置いて音楽が作られた。メインテーマをアレンジしたコトのテーマ、家族愛のテーマ、ミステリアスなコトの父・稲荷(明恵上人)と母・古都のテーマなどが発注されている。ほかに、鏡都の街の生活を描写する音楽やコトのアクション曲などが用意された。曲調は、和の要素あり、讃美歌風あり、バロック風、ハリウッド映画音楽風、ロック、テクノもありと幅広い。楽器や音色の選び方に椎名豪ならではのこだわりがあり、1曲ごとに工夫が凝らされていて、耳に残る。それでいて、バラバラな感じはなく、ひとつの世界観を持った音楽になっているのがすばらしいところだ。

 本作のサウンドトラック・アルバムは2013年11月に日本コロムビアから「京騒戯画 音楽集」のタイトルで発売された。選曲・構成は椎名豪自身が担当。曲名は筆者がつけさせていただいた。本編に刺激されて、楽しみながら曲名を考えたことを覚えている。思い出に残るアルバムである。
 収録曲は以下のとおり。

  1. ココ(TVサイズ)(歌:たむらぱん)
  2. 鏡都開闢
  3. 永遠の都
  4. コト
  5. 見えない絆
  6. 険呑至極
  7. 三人議会
  8. ご機嫌ななめ
  9. コトかく立てリ
  10. 金剛巨人ビシャマル
  11. 電脳戯画
  12. ショーコ
  13. 口笛鳴らして
  14. 妄想戯語
  15. 華のにぎわい
  16. 鏡都鞍馬寺
  17. まどろみの昼下がり
  18. 大恐慌
  19. The Secret of My Life(歌:Aimee Blackschleger)
  20. 天衣無縫
  21. 駅開き
  22. 八瀬—雅(みやび)—
  23. 八瀬—変化(へんげ)—
  24. 始まりも終わりもなく
  25. 黒兎を追って
  26. その先の永遠
  27. 雪の約束
  28. 惑星統合機関神社
  29. コトかく語りき
  30. 風と雲と夕焼け空
  31. 傷心寥寥
  32. 稲荷
  33. 古都様
  34. 影を慕いて
  35. 迷走戯画
  36. 再会を待ちながら
  37. 逢魔が刻
  38. 世界の果てまでも
  39. 夢を生きる
  40. 疾走銀河(TVサイズ)(歌:TEPPAN)

 1曲目がTVアニメ版オープニングテーマ。40曲目がWEBアニメ版の主題歌であり、TVアニメではエンディングテーマとして使用された歌だ。
 BGMは、WEBアニメ版音楽とTVアニメ版音楽を分けずに混ぜて収録している。TVアニメ本編では両方の音楽が区別なく使用されているので違和感はない。両方合わせて『京騒戯画』の音楽という構成意図なのだろう。以下、特に断らない限り、話数はTVアニメ版の話数を指す。
 トラック2「鏡都開闢」は第2話以降のアバンタイトルに使われた曲。ストリングスにシンセの音がからんで、幻想的で美しいサウンドを作り上げている。短いながらインパクトのある曲だ。
 トラック3「永遠の都」は本作のメインテーマ。WEBアニメ版第1話で作られたメインテーマのロング・バージョンである。キラキラした神秘的な導入から始まり、木管がメインテーマのメロディをおだやかに奏でていく。コーラスが加わり、クラシカルに展開。『京騒戯画』の世界と物語を象徴するスケール豊かな曲だ。第1話冒頭のコトと稲荷が登場する場面や、実質的最終話となる第10話のラストシーンなど、重要な場面で流れている。
 トラック4「コト」はメインテーマをアレンジしたコトのテーマ。木琴やエレキギターの音色で、自由で活発なコトのキャラクターを表現している。
 次の「見えない絆」はメインテーマのアレンジによる家族愛のテーマ。ストリングスをメインにした室内楽風のアレンジが温かい。
 3曲続けてメインテーマのメロディが続くが、ここまでで、本作のスケールの大きな世界観とコトのキャラクターと物語を貫く家族愛のテーマの3つが紹介されたことになる。巧みな導入である。
 トラック6の「険呑至極」はノイズミュージック風の前半から後半の映画音楽的な危機描写に展開するサスペンス曲。
 雰囲気が変わったところで、トラック7「三人議会」が続く。鞍馬、八瀬、明恵の3人がふしぎな空間で会議を開く場面に流れている曲だ。楽器違いで、鞍馬バージョン、八瀬バージョン、明恵ヴァージョンが作られており、ここに収録されたのは、そのいずれでもないストリングス・バージョン。優雅な曲調が聴きどころである。
 トラック9の「コトかく立てり」は、WEB版第1話でコトの成長を描く場面に流れた3分近い長い曲。バイオリンの流麗なメロディが美しい前半から、中盤はアップテンポのコトの活躍テーマになる。前向きで力強い、椎名豪らしい曲調だ。
 トラック10からトラック12はWEB版第2話からの選曲。ロボットアニメ主題歌を模した「金剛巨人ビシャマル」が笑えるが、児童合唱団風コーラスにあえて感情をこめないで歌ってもらうなど、実は細かいところまで気を遣った曲である。TVアニメ版では第3話に登場した。
 トラック13「口笛鳴らして」は筆者も気に入っている曲のひとつ。タイトルどおり口笛をフィーチャーした曲で、第2話の回想シーンでコトが先生(稲荷)を起こす場面などに流れている。この口笛、あえてプロの奏者ではなく素人(といっても椎名豪の知人でサックスが吹ける人)に吹いてもらったのだという。
 トラック16「鏡都鞍馬寺」は三人議会の1人・鞍馬が主を務める鞍馬寺のテーマ。表向きは古い寺だが、内部は近代技術の粋が集められている。その設定に合わせて、前半ではお経が聞こえ、中盤からリズムが加わってロックに、終盤はふたたびお経が聞こえてくるユニークな構成。このお経は本物の僧侶に唱えてもらったそうである。
 トラック17「大恐慌」は頭から不穏な曲調のスペクタクル音楽。オーケストラとコーラスが危機感をあおる前半から、後半はストリングスがメインのヒロイックな曲調になる。メニューには「迫りくる恐怖」と書かれているのだが、ホラー映画のようなダークな曲にならないところが椎名豪サウンドの魅力である。
 次の「The Secret of My Life」は本作の音楽の中でもとびきり重要な、かつ人気のある曲(挿入歌)。もともとはWEBアニメ版第5話のために作られた歌だ。TVアニメ版では第9話のラスト、崩壊し始めた鏡都を救うために明恵がコトのもとに走るシーンに流れている。本作のもうひとつの主題歌とも呼ぶべき曲である。
 トラック20「天衣無縫」はコトの活躍テーマを3曲編集したトラック。コトの登場とアクションをイメージした躍動感あふれる曲だ。第0話や第7話のコトのアクションシーンに選曲されている。こういうハイテンションの曲は演奏もハイテンションで、録音は楽しかったが苦労した、と椎名豪はふり返っている。
 ハイテンションな曲といえば、追っかけの曲と怒りの曲の2曲を編集したトラック38「世界の果てまでも」も高揚感がみなぎる。この曲の前半は第0話でコトが鏡都を暴れまわるシーンに使用。スパニッシュなフレーズで怒りを表現した後半は、第1話終盤で鏡都にコトが落ちてくる場面や第8話で鏡都の崩壊を前にしたコトが「なんとかするから」と立ち上がる場面で使用されている。
 トラック21「駅開き」は第4話の駅開き(鏡都の人々が要らなくなったものを捨てる行事)の場面に流れた曲。もともとはWEBアニメ版第3話用に書かれた。鏡都の空を要らなくなったものが流れていくふしぎな場面。シンセの電子的な音色が組み合わさった、明確なメロディのない曲である。ミニマルでもないし、アンビエント(環境音楽)風とも違う。エスニックなテクノとでも呼ぶべき、ユニークな曲のひとつである。
 続く「八瀬—雅—」と「八瀬—変化—」の2曲は三人議会の1人・八瀬のふたつの顔を表現する曲。バロック風の「雅」、荒々しい「変化」。同じメロディでもアレンジの違いで曲の表情ががらっと変わるのが聴きどころだ。
 本作の音楽の中で、筆者がとりわけ心に残ったのが、「雪の約束」「風と雲と夕焼け空」「夢を生きる」の3曲である。
 いずれも、もともとはWEBアニメ版第4話のために書かれた曲。しっとりした曲調で、感傷を抱えた明恵とコトの心が触れ合うエピソードを彩った。このエピソードはTVアニメ版にも組み込まれている。
 トラック27「雪の約束」は第5話の明恵の少年時代の回想場面に使用。ピアノが奏でる哀愁を帯びた上品なメロディ(メインテーマのモティーフが現れる)が明恵の孤独を表現する。
 トラック30「風と雲と夕焼け空」は、第5話でスクーターに乗った明恵とコトが秋空の下を疾走する場面に流れた曲。爽快感と開放感のある美しいシーンである。音楽も、軽快なリズムの上で弦楽器や管楽器のフレーズが踊って、ミュージカルの一場面を観ているような気分になる。後半は大きく盛り上がったあと、抒情的な曲調になり、余韻を残して終わる。音楽と映像がぴたりとはまった名場面だ。曲名もこのシーンの印象からつけた。
 トラック39「夢を生きる」は第5話のラスト、夕焼けのすすき野原でコトと明恵が語らうシーンに流れた曲。ピアノが奏でるメロディにそっとバイオリンが加わる導入部がとても映画的ですてきだ。曲はしだいに盛り上がり、メインテーマのメロディが顔を出す。中盤で静かになると、讃美歌のような女声コーラスが聞こえてくる。終盤は弦とピアノをメインにした壮大なコーダ。アルバムの締めくくりにふさわしいドラマティックな曲である。第5話以外でも、第1話で明恵上人と黒うさぎの物語がナレーションで語られる場面や第7話でコトが母親と再会する場面などに使用されている。本作の音楽の中では、メインテーマに次いで重要な曲と言えるだろう。
 しかし、椎名豪は、音楽の中でもネガティブな部分を作るのが苦手で、このWEBアニメ版第4話の音楽を作るのがいちばん大変だったと語っているのが興味深い。

 椎名豪の音楽は変に屈折したところがなく、まっすぐだ。ハイテンションの曲はどこまでも勢いがあり、聴いていて元気になる。悲しい曲でも感情を押しつけることなく、救いがある。多彩なサウンドや曲調を操る作曲家であるが、ポジティブで曇りのない曲こそ椎名豪の本領だと思う。『京騒戯画』では、そのポジティブさが家族の再生のドラマを支えていた。
 そして、それは『鬼滅の刃』の音楽にも通じる。大ヒットの背景には音楽の力もあるはずなのだ。これからテレビや劇場でアニメ『鬼滅の刃』を観る方は、ぜひ音楽にも耳を傾けながら観ていただきたい。

京騒戯画 音楽集
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佐藤順一の昔から今まで(3)演助進行時代と演出デビュー

小黒 81年の春から東映動画の第1期研修生となるわけですが、その時点で「入社」されたんですか。

佐藤 その時点では研修生という身分で、社会保険等の条件が整うのはもうちょっと後ですから、入社と言っていいかというと、微妙な立場ですね。10年ぐらいずっと研修生扱いだったんです。会社と折衝して、社会保険諸々の待遇が付いた時点で、研修生ではなくなってるはずなんですね。

小黒 そうだったんですね。

佐藤 社内的にはその後も、自分達は研修生と呼ばれ続けてはいましたけど(笑)。最初は2年契約の契約社員的な感じで、諸々の保証はその時から付き始めています。

小黒 入った時は社会保険等は付いてなかったんですね。

佐藤 契約料みたいなものが最低賃金であって、それに加えて制作進行や演出をやった分がインセンティブで付いてくるような契約形態だったと思います。

小黒 フリーよりは保証されているけど、社員ほどしっかりしている立場ではなかったということですね。研修生で同期にいたのが、西尾さん、貝澤幸男さん、芝田(浩樹)さん、梅澤(淳稔)さん、有迫(俊彦)さんですね。アニメーターではどなたがいらっしゃるんですか。

佐藤 新井浩一君、濱洲英喜君、中鶴(勝祥)君、井手(武生)君、鈴木郁乃さんといった感じです。

小黒 名倉(靖博)さんは違うんですね?

佐藤 名倉さんは1期前ですね。

小黒 安藤正浩さんと名倉さんが一緒ですか。

佐藤 いや、安藤さんは我々と同期です。

小黒 島田満さんはどういう立場なんですか。

佐藤 島田さんは、僕が受けた試験の時に演出で受かってるんです。でも、当時の感覚として「女性には演出の仕事はハードすぎるだろう」というのがあって、それでシナリオのほうに行くことになったんだと思いますね。
 僕は最初の試験の結果では落ちていたんですけど、島田さんがシナリオになって席がひとつ空いたんで「佐藤君、来る?」みたいな感じで、補欠で入ったんです。だから、僕は1回落ちてるんです。落ちた時には「試験で説明っぽいコンテを描いたな」と思っていて、そのために落ちたと思ったんですよ。「商業的アニメーションできちんとテーマを語るのは大事なことだろう。分かってない奴らめ」とも思っていて。

小黒 (笑)。

佐藤 だけど、「1人空いたんで入る?」と言われたので「ありがとうございます」と演出に行ったんです(笑)。

小黒 もう一度聞きますけど、説明的な絵コンテっていうのは、1カット1カットの問題じゃなくて、説教臭いとか、テーマを前に出すとか、そういうことなんですね。

佐藤 そうですね。「この短編はこういう問題について語ってるのね」と観ている人が分かるような内容というか。

小黒 なるほど。

佐藤 試験の審査結果を後で見たら「よく分からんけど面白い」ものが評価されてたんですけどね。貝澤のは意味が分からなくて面白いみたいな。

小黒 ああ、貝澤さんの後々の作品に繋がりますねえ。

佐藤 そうですね(笑)。そういう意味で言うと、私のが弾かれたのは分かるんですけど。

小黒 研修期間というのは、あったんですか。

佐藤 ありました。りんたろうさんやライターさん、撮影さん等が講師で来てくれて、授業みたいなものがありましたかねえ。

小黒 その時に島田満さんもいるんですか。

佐藤 どうだったかなあ。島田さんはもう『Dr.スランプ(アラレちゃん)』(TV・1981年)のシナリオチームに行ってたんじゃないんですかねえ。

小黒 すぐさま本番に投入みたいな感じだったのかもしれないんですね。

佐藤 だったと思いますけどねえ。七條(敬三)さんがすぐに現場に連れて行ってたんじゃないかなあ。

小黒 研修生が東映に入ったのが1981年。島田さんが最初に書いた回が放送されるのが82年の2月。TVアニメの脚本だったら、書いたのは半年ぐらい前ですね。確かにすぐに実戦投入だったのかもしれない。研修生の方々と横の繋がりはあったんですか。

佐藤 そうですね。研修生は研修期間で仲良くなったり、飯食ったりもしました。アニメーターは、別の部屋にいたのでよく分からないですが、交流はあったでしょうね。むしろその頃よりも1本2本作るようになってからのほうが、相手を意識することが強くなるというか。「おもしれえもん作りやがって」とかね(笑)。

小黒 なるほど。佐藤さんの最初の仕事は『新竹取物語 1000年女王』(TV・1981年)なんですか。

佐藤 『1000年女王』の演助進行ですね。8話の演出助手進行が最初かな(編注:8話はノンクレジット)。

小黒 製作進行ではなくて、演助進行なんですね。クレジットでは『1000年女王』の佐藤さんの役職は製作進行のようですが。

佐藤 当時の東映の製作進行の仕事内容が、演助進行だったんです。製作進行をしながら演出助手もするのが普通のスタイルだった。演出助手だけという役職は、当時はないんじゃないかな。

小黒 『とんがり帽子のメモル』(TV・1984年)の頃には製作進行と別に、演出助手の役職があるけれど、佐藤さんが入った頃にはなかったということですね。

佐藤 そういうことです。製作進行だけ、演出助手だけをやるのではなく、演助進行をやってよかったと思っています。製作進行だから、仕事の流れをコントロールするし、演出助手だからカットの中身を見るし、個々のカットの枚数をチェックしたりもするんです。だから、すげえ数の原画を見るんですね。例えば、稲野(義信)さんや兼森(義則)さんの原画を見ながら「あっ、この枚数でこう動かすのか」と思ったり。作画の効率のよさ、悪さのようなことも分かるようになったし、勉強になりましたね。
 兼森さん達のスタジオバードに行って、直接話を聞きながら出来上がりを待つとかね。そういうことも演出助手だけだったらなかったと思います。演助進行だったのでそういう経験できたので、演助進行のシステムは個人的にはすげえよかったと思うんですよね。

小黒 なるほど。

佐藤 製作進行でもあるから、例えばアニメーターさんが「このカットはもうちょっと粘りたいんで、待ってほしい」と言った時に、その判断ができるわけです。それで「じゃあ、先にこっちのやつを上げてもらっていいですか」と交渉したり(笑)。あるいは話をしていて「こういうコンテはアニメーターがつらいんだよね」なんて愚痴を聞いたりしてね。そうやってアニメーターとコミュニケーションが取れたというのが大きいですね。

小黒 演助進行として参加した『1000年女王』と『パタリロ!』(TV・1982年)は、両方とも作画のメインがスタジオバードですね。

佐藤 そうですね。だから、東長崎にあった頃のスタジオバードはよく行きました。

小黒 両作とも西沢信孝さんがチーフディレクターですが、西沢さんの仕事ぶりはいかがでした。

佐藤 例えば『1000年女王』にミライというキャラクターがいて、オール色トレスなんです。後々を考えると「これ、大変だな」って思うわけですよ(笑)。セルの時代にオール色トレスをやるわけですから。原作サイドのオーダーもあったのかもしれないけれど、そういった制作的に越えなきゃいけないハードルがあるものを、やっていく。その結果として、世界観を作ることができるんです。それが西沢さんの仕事を見て勉強になったことですね。『パタリロ!』ではスクリーントーンのようなフィルムを背景に載せることで『パタリロ!』独自の画面を作っていたんです。それは美術の土田(勇)さんのオーダーを、西沢さんが受けて実現していった。「効率も大事だけども降りちゃいけないところは、降りちゃいけないんだ」。そういうことが、勉強になったかな。

小黒 『パタリロ!』の美術は独特でしたね。

佐藤 『パタリロ!』に関しては、やっぱり美術からのオーダーが凄く多かったね。土田さんのほうから、レイアウトを平面的なものや奥行きを出さないものにしてほしいというオーダーが来て、西沢さんがそれを実現していくんですけど、慣れていない作業なので大変でした。西沢さんはそういう前例のないものをスマートにやっていくんです。伊東誠さんだったかな、『パタリロ!』のコンテを見ながら、アニメーターの誰かが言っていたのを覚えているんですよ。東映はコンテの画があまり巧くないのが普通で、丸チョンに近い画で描いてあるものも珍しくなかったんです。だけど、その人は「西沢さんのコンテは大人っぽいんだよね」ということをボソッと言ったんです。画が巧いわけではないんだけど、画面コントロールがされていて、他よりもちょっと大人っぽい雰囲気があるんですよね。その時には「謎だなあ」と思いながらも「演出って、そういうことかあ。監督をやるのは、西沢さんみたいな人なんだなあ」と感じました。考えるきっかけを沢山もらいましたね。

小黒 なるほど。西沢さんが監督に相応しいのは、大人っぽいからだけじゃなく……。

佐藤 だけじゃなく「世界観をちゃんと構築してるんだ」っていうことが分かった。

小黒 なるほど。美術や画面の作り方も含めてということですね。

佐藤 そうです。『とんがり帽子のメモル』でも、葛西治さんが美術の土田勇さんからのオーダーをきちんと拾い上げてたんですけど、西沢さんのインパクトはやっぱり強かったですねえ。

小黒 この頃の土田さんは、次々と凄い作品を送り出してますね。

佐藤 そうですね。演出家は「土やん、土やん」と言っていました。土田さんの世界を画にしていきたいという「気分」が演出側にもあったのかなと、今になってみると思いますね。

小黒 話は前後しますけど、佐藤さんが演出するにあたって、宮崎駿さんの絵コンテを見る機会はあったんですか。

佐藤 その当時、書籍になっているのは『未来少年コナン』(TV・1978年)の黒本だったかな(編注:1979年にアニドウが刊行した『未来少年コナン』の書籍。書名は「未来少年コナン」)。

小黒 黒本もあるし、『コナン』の絵コンテが文庫サイズで「アニメージュ」の付録になっているんですよ。

佐藤 それじゃあ、見ていますね。

小黒 宮崎さんのレイアウトも書籍に載る機会は多かったですね。佐藤さんもそれらに触発されたりしたのでしょうか。

佐藤 されていると思います。既に『未来少年コナン』や『どうぶつ宝島』はひととおり観ていて「やっぱり宮崎駿という人は凄い人だ」という認識は既にありましたからね。

小黒 演出デビューしてすぐの佐藤さんには構図や芝居までコントロールしようという意気込みがあって、宮崎駿の影響下にあるように見えるんですね。

佐藤 あります、あります。その当時、冒険活劇みたいなものが好きだという空気感が、自分やアニドウの周りにもあったような気がするんですが、その部分でも宮崎さんの作品に共感できるところがありましたね。冒険活劇こそやっぱり「まんぐわえいぐわ(まんが映画)」みたいな(笑)。

小黒 「まんぐわえいぐわ」はアニドウっぽい言い回しですね(笑)。

佐藤 当時は宮崎駿さんの画作りが好きだったので、追いつこうじゃないですけど、トレスしていこうみたいな気持ちはあったでしょうね。

小黒 『世界名作童話まんがシリーズ』の『ねむり姫』が佐藤さんの演出デビュー作で、『ベムベムハンター こてんぐテン丸』(TV・1983年)がTV初演出ですね。『ねむり姫』が世に出たのが1983年らしいんですが、いつ頃の作品なんですか。

佐藤 じゃあ、82年中に作ってるのかもしれません。『ねむり姫』は研修生の卒業制作みたいなもので、演出デビューと言っていいのかどうかは分からないですね。これを作る前に「アニメーターと演出の登用試験的な意味もあるよ」と制作に言われたんですよ。だから自分が担当する時に「この画、ちょっと手入れたいな」と思っても、それをやっちゃうと昇進試験にならないので(笑)、アニメーターの画に極力手を入れないようにしようと思って作ってるんですね。

小黒 なるほど。

佐藤 昇進試験だと言われなければ、手を入れてたと思うんですけど。でもやってみたら、貝(貝澤幸男)ちゃんは貝ちゃんの画のテイストのものを作ってるから「なんだよお!」と思いましたけど(笑)。

小黒 じゃあ、佐藤さんは絵コンテを描いて、アニメーターさんが描いた原画の動きをチェックしていたんですね。

佐藤 そうですね。芝居的なことをチェックしましたけど、基本的なレイアウトとか構図については、ほぼ手を入れてないはずですね。

小黒 脚本打ち合わせには参加しているんですか。

佐藤 多分参加してないですね。

小黒 監修で芹川有吾さんがクレジットされてるらしいんですけど、やりとりはあったんですか。

佐藤 どうだったかなあ? アフレコ、ダビングには芹川さんが来て、指示を出してくれた記憶はあります。コンテのチェックもしてくれたかもしれませんが別に直しがあるわけでもなかったと思います。

小黒 アフレコは行かれてるんですね。

佐藤 行きましたね。

小黒 岸田今日子さんに指示出しをしたんですか。

佐藤 したんですよ。大物すぎてびっくりですよね(笑)。

小黒 超大物ですね(笑)。

佐藤 岸田さんから「演出様?」と言われて「ハハ~」ってなるみたいな(笑)。

小黒 「演出様、これでよいのですか?」なんて言われるわけですね(笑)。

佐藤 そうです。しかももう1人は橋爪功さんですからね(笑)。とんでもない現場です。でも、芹川さんが特にフォローしてくれるわけでもないですし、頑張ってやりきる。

小黒 なるほど。手応えはありました?

佐藤 手応えも覚えてないなあ。どうだった?

小黒 『ねむり姫』は観ているはずなんだけど、記憶にないんですよ。

佐藤 そう。そういう意味では、研修生が作った作品の中で、多分一番薄いんですよ。

小黒 大久保(唯男)さんの『こびとと靴屋』が、凄く動いてませんでした?

佐藤 そうそう。ほとんど「止め」でいって、最後にバーッと動かすようにしてたのかな。『オズの魔法使い』を貝澤がやってたんですが、さっきも言ったように貝澤ワールド全開でしたね。

小黒 このシリーズの『魔法のじゅうたん』って作画監督が中鶴さんと濱洲さんなんですね。当時、東映のファンクラブで売っていた『魔法のじゅうたん』のセル画を見て、めちゃめちゃ巧いなあと思ったのを覚えてます。

佐藤 演出は江幡(宏之)君ですね。

小黒 『世界名作童話まんがシリーズ』って、最初は8mmフィルムを売って、後にビデオソフトになったんでしたね。

佐藤 そのあたりの経緯は覚えてないけど、元々、東映本社に教育映像的なセクションがあって、そこの仕事だったと記憶しています。

小黒 『ねむり姫』が佐藤さんの初演出作品で、その次に『ベムベムハンター こてんぐテン丸』でTVシリーズの演出に抜擢ですね。

佐藤 抜擢というか、全19話で終わりのところの18話ですからね。

小黒 (笑)。終わるのが見えてたので「お前、1本やってみるか?」みたいなノリだったんですか。

佐藤 元々このシリーズで1本やるという話があったけど、16話で最終回になるらしいという話が出て。

小黒 そんなに早く!?(笑)

佐藤 15話を梅澤がやってるんだったかな。「16話で最終回になったら、回ってこないじゃん」と思ってたら、枠の関係か何かで数本延びて、機会が回ってきたのが18話なんですね。

小黒 なるほど。でも、16話で終わりということは「ニーナちゃんがやってきた!」で終わるはずだったんですか。

佐藤 そうなんです。

小黒 16話と19話は作画監督の尾鷲(英俊)さんが凄く弾けた感じでしたよね。

佐藤 うん。尾鷲さんのオープロダクションは、ある意味傍若無人で、コンテのカット割りを全然変えた作画を上げてきましたからね。遠藤(勇二)さんが演出した回だったと思うけど、コンテでS3−C1(Scene3のCut1の意味)だったものが、S3−C1A、B、Cというふうに、原画が上がったらカット数が増えていたんですよ。どうするんだろうと思ったら、遠藤さんはOKしていた(笑)。

小黒 作画のアドリブでカットを増やしてきたんですね。

佐藤 勝手にカット割りして、カットを増やして原画を上げてくるような人が、当時のオープロに何人かいたんですよね。「凄いことするなあ」と思いました(笑)。

小黒 後の『ルパン三世 PARTIII』(TV・1984年)でスパークされる方々ですね。話を戻すと、『こてんぐテン丸』で佐藤さんが演出したのが18話「倒せ!妖怪グータラ」。佐藤さんが演出されたTVアニメの中で、最も観る機会がないのがこれだと思うんです。

佐藤 まあ、そうですかね(笑)。

小黒 だって、再放送もしてないでしょ?

佐藤 してないでしょうねえ。19本じゃ放送する枠ないですからね。

小黒 ビデオソフトにもDVDソフトにもなってないし、配信もない。

佐藤 それは残念ですね。

小黒 ここで、いきなり読者に呼び掛けますけど、このインタビューを読んでるあなた! 「倒せ!妖怪グータラ」は面白いですよ。

佐藤 (笑)。

小黒 『テン丸』の中でも弾んだ回になってます。

佐藤 『ねむり姫』とは逆で、初演出の癖に、画にガンガン直しやアタリを入れてますし、作監の画にまで手を入れてますからね。

小黒 ああ、酷い(笑)。

佐藤 酷いですね(笑)。まあ、作品のためだと思ってやったことですが。

小黒 この回は及川(博史)さんが作監ですか。

佐藤 そうですね。原画マンの名前は忘れましたけど、そんなに大勢じゃなかったです。

小黒 この頃のスタジオバードは、兼森さんと別班で及川さんも作監をされてて、及川班は原画2人に作監1人ぐらいですよね。僕の記憶が正しければ、ギャグマンガ的なテイストで、やる気満々な感じだったと思います。

佐藤 そうそう(笑)。


●佐藤順一の昔から今まで (4)『とんがり帽子のメモル』と『ステップジュン』 に続く


●イントロダクション&目次

第680回 コンテ作業と尺と芝居

オープニング、エンディングのコンテを提出し、再び本編のコンテへ戻りました!

 本編は2クール中、残り3分の1。キービジュアルもそろそろ上がり、いよいよ1話から納品が始まり、高まる緊張感の中、コンテ作業は佳境を迎えております!
 今日はコンテに尺を入れてました、各カットの間やセリフ尺を計る、かなり重要な仕事(と心得ております)。なるべく一気にカットを割り、なるべく一気に尺をつけるようにしていて、口に出してセリフを読み上げるのです(芝居入り)。

 大塚康生さまの仰る「アニメーターは役者である!」との教えのとおり、ここでもアニメーター上がりの演出家の本領発揮。アフレコの際、各役者(声優)さんらがどう演じるか? 作画さんもどんな画で演じてくれるのか? 同時に考えつつコンテにしていくのです。そして、まだ作品に関する情報は差し控えさせていただくため、今回も短くて申し訳ありません。

アニメ様の『タイトル未定』
274 アニメ様日記 2020年8月23日(日)

編集長・小黒祐一郎の日記です。
2020年8月23日(日)
グランドシネマサンシャインで、ワイフと「インセプション【IMAXレーザーGT字幕】」を観る。2度目の鑑賞で初めて分かることも多そうだ。「映画を観たぞ」という満足感はあり。この映画のメインであるアイデアは、映像に落とし込むのが難しいものだとは思った。ワイフはこの映画に大満足。とにかくこれでネットでのネタバレをくらわなくてすむ。16時半から吉松さんとSkype飲み。

2020年8月24日(月)
朝からデスクワークと書きたいところだけど、事務所のネットが不調でメールも送れない。自宅に戻って急ぎのメールを送る。午後には復旧。「劇場版 若おかみは小学生! 原画集」の校正紙が出た。佐藤順一さんの取材の予習で、dアニメストアの『悪魔くん』の1話から8話を観る。本放送の倍は面白い。本放送時は作品全体や登場人物の「優しい感じ」にいまひとつのれなかった。今だと、それが作品の魅力だと思える。あの「優しい感じ」はむしろ現代的だ。

2020年8月25日(火)
「劇場版 若おかみは小学生! 原画集」の校了作業など。ただ、チェックは主に事務所スタッフに任せて、自分は他の作業を進める。とにかくやることが多い。Amazonから届いた「タツノコプロ デザインアーカイブ 70年代SF編」と「アニメ大国 建国紀 1963-1973 テレビアニメを築いた先駆者たち」に目を通す。取材の予習で『ビックリマン 無縁ゾーンの秘宝』を観る。『悪魔くん』の続きを観る。

2020年8月26日(水)
「アニメスタイルちゃんのうすい本」の校正紙が出る。「劇場版 若おかみは小学生! 原画集」の校了作業も進行中。イベントの準備と年末の書籍の準備も進める。午後に税理士さんと打ち合わせ。
取材の予習でAmazon prime videoで劇場版『悪魔くん』『悪魔くん ようこそ悪魔ランドへ!!』を観る。どちらも公開時に劇場で観ている。『ようこそ悪魔ランドへ!!』は新岡浩美さんの一人原画だった。作画監督が入好さとるさんだから、実際には二人で原画を描いて、二人で作監をやっているのかもしれないけど。原稿まとめのために『とんがり帽子のメモル』と『は~いステップジュン』の映像を確認したいのだけれど、前者はネット配信が他作品よりも高額で、後者は配信がないようだ。インタビュー原稿の数行分の確認のためにDVD BOXを買うのか、と思っていたら『とんがり帽子のメモル』は事務所スタッフが倉庫からDVD BOXを発掘してくれた(『は~いステップジュン』のDVD BOXは後日購入した)。

2020年8月27日(木)
「劇場版 若おかみは小学生! 原画集」の編集作業が終了。他の色んな仕事を片づける。

2020年8月28日(金)
「アニメスタイルちゃんのうすい本」が校了。次の次の書籍の編集作業が本格化。
同時にいくつも書籍をつくって、ササユリカフェで展示をやって、トークイベントをやって、そのトークのアーカイブ配信をやって、新文芸坐でオールナイトをやって、「WEBアニメスタイル」を更新する。「アニメスタイル通信」のテキストを作成しつつ、アニメスタイル編集部にはまるで大勢のスタッフがいるようだと思った。

2020年8月29日(土)
散歩と少しだけデスクワーク。それ以外はひたすら寝た。疲れがたまっているのかいくらでも寝られる。
散歩中に近くの公園の前を通り過ぎたら、髪もシャツもビショ濡れの女子中学生達がいた。それぞれ大きな水鉄砲を手にしていたので、今まで撃ち合っていたのだろう。人数は6人。全員が白いシャツで同じトレパンだった。ビショ濡れの自分達の写真をスマホで撮っているところが今時って感じ。

佐藤順一の昔から今まで (2)大学時代のマンガと自主制作アニメ

小黒 大学は日本大学藝術学部映画学科でしたよね。日大のこの学科を選ばれた理由は?

佐藤 進路を考える頃には「アニメをやろう」と思ってたんです。今までも取材で何度か言ってるんですけど、高校の時に、昭和38年から40年ぐらいまでの白黒アニメーションのオープニングだけを流すような特番があったんですよ。

小黒 以前のインタビューでも話題に出していましたね。TBS系列でやっていた「日曜☆特バン」という番組だと思います。

佐藤 ああ、そうかもしれない。

小黒 「日曜☆特バン」は懐かしのアニメや特撮番組を何度か特集しているようです。そのうちのひとつがオープニングの特集だったのでしょうね。

佐藤 そうだったんだろうね。『8マン』(TV・1963年)とか『鉄人28号』(TV・1963年)のオープニングが心に残ってて、凄くかっこいいと思ってたんですけど、特番で実際に見返すとかなりしょぼいわけですよ。でも、それを観ていると、じわじわと心に盛り上がってくる感情があったんです。それはどういうことかと考えて、どうやら自分が価値観や正義感といった人生の基本となるものをアニメからもらってたんだということに気づいたんです。意識しないでそういうものを得て、自分の中に残っていた。そういうことができるアニメというのは凄いメディアだなと感じたんですよ。それで「あっ、これやってみたい」と思ったのがきっかけなんですね。

小黒 その頃、アニメーションの専門学校が既にあると思うんですけど、日大の藝術学部映画学科に行ったのは、どうしてなんでしょうか。

佐藤 親が「行くんだったら、大学行け」と言っていたというのもあったんですけど、いくつか受けた中で、日芸が一番ちゃんとアニメーションの勉強ができそうだったというのが大きいですね。武蔵美(武蔵野美術大学)にも、撮影台があるって話を聞いたんですけど、授業のカリキュラムが整っていたのが、日大の藝術学部だったんですね。

小黒 そこに池田宏さんがいらっしゃったんですね。

佐藤 はい。それに、自分が大学に入ったその年から月岡貞夫さんが講師を始めておられたりと、そういう意味ではついてるんです。

小黒 映画学科だから、アニメだけじゃなくて、映画の勉強もしてるんですよね。

佐藤 そうです。映画学科の映像コースのさらに分科としてアニメーションがあったんですよね。僕は映画マニアだったわけではないし、観た本数も多くなかったので、そこで映画について凄く勉強できたのは、かなりプラスになってますよね。

小黒 なるほど。

佐藤 そこに行ってなければ、モンタージュ理論なんて、おそらく言葉として聞くこともなかったと思いますしね。

小黒 同級の方で今でも業界で仕事をされている方はいらっしゃいますか。

佐藤 『(それいけ!)アンパンマン』(劇場・TV)等をやってる矢野博之。彼が同期で同じクラスです。東映で製作をやっていた堀川(和政)も同期ですが、業界に残ってるのはそのぐらいですかねえ。

小黒 大学では具体的にどんな勉強をされたんでしょうか。

佐藤 池田さんの授業というのはやっぱりアカデミックで、さっきの「TVアニメ1本をそのまま絵コンテに起こしてこい」というのも池田さんの課題なんですよね。池田先生は分析的、理論的で、モンタージュ等も教わりました。月岡先生は実習で、何か画を描く、動かすような課題が多くて、東映時代の裏話とかも面白かったですね(笑)。

小黒 日芸時代は短編を作られているんですか。

佐藤 短編はアニドウのフィルムフェスティバルだったか、ぴあフィルムフェスティバルだったかで、8mmの映画を1本作りましたね(編注:「ぴあアニメーション・サマーフェス」に出品。後にアニドウの「プライベート・アニメフェス」でも上映)。たまに話題になりますけど『凍った夜』という、子供が親を殺すやつです。

小黒 タイトルは聞いたことがあります。

佐藤 大学のカリキュラムじゃなく、応募しようと思って作ったやつです。それ以外にも作っていますが、あまり手元に残ってないですね。どこにあるか分からないというか。

小黒 『凍った夜』は「アニメージュ」でも載っていましたよね。どんな内容なんですか。

佐藤 佐藤順一特集みたいな記事をやってもらった時に載ったと思います(1994年4月号)。幼児が鳥を拾ってくるんですけど、母親に見せたらその鳥を踏みつけて殺してしまうんですよね。母親が「そんなことより、他にやることがあるでしょ」といった感じで教科書とかを積み上げるんです。その子はしばらくして、ものも言わずにカッターナイフで母親を後ろから斬りつける。そしてそこだけフルアニメーションで、母親が血を吹き出しながら昏倒する。母親の顔が餓鬼のような表情にグワーッと変わっていってドンっと倒れるんです。少年が命を奪うことの恐ろしさみたいなものをビジュアルで体験するという内容です。

小黒 なるほど。その作品で佐藤さんは監督なんですか。

佐藤 全部自分でやっています。画も描いてますね。セルじゃなくて切り紙でやってます。

小黒 フルアニメーションということは、作画で動かしてるところもあるんですね。

佐藤 吹き出す血だけセルを使って、あとは紙で作っています。割り箸アニメみたいな感じですね。

小黒 止め画を組み合わせるような?

佐藤 ええ。組み合わせて、動かして、みたいなやつですね。

小黒 どうしてそういった刺激の強いものを作ったんですか。

佐藤 元々は「短編ってどういうものだろう」ということに興味があったと思うんです。刹那的に面白いものではなく、「100人観たら100人全員に何かが伝わるのはどういうものなんだろう?」といったことを考えていたんです。だから理屈っぽいんだけれども「観た人に言いたいことがちゃんと伝わるものを作ろう」という考えがあったと思いますね。「生命に対する意識が希薄になっている子供達がいるのではないか」と思うような事件が、当時あったんじゃないのかなと思います。

小黒 なるほど。

佐藤 それで「命を奪った時の怖さ」がビジュアルにならないかなと思ってやった記憶があります。だからカットが凄く説明っぽいです(苦笑)。こういうことがありまして、それがこうなりまして、みたいな繋ぎで。今もそういう説明したがるようなところがありますけど(笑)。

小黒 分かりやすくする?

佐藤 そうそう。なるべくちゃんと伝えておこうみたいな。

小黒 なるほど。大学の3年間はずっと真面目に勉強や課題をこなし、アニメーションを作ったりしていたわけですか。

佐藤 そうですね。授業は普通に受けていました。映画学科の授業は面白いんですよ。映像コースは、ビデオでの撮影や編集の授業もあったりして。週に1回映画鑑賞をしよう、というのがあって、大講堂で映画を観せてくれるんですね。それを批評しなきゃいけないんですけど、多分、自分からは観ないような映画を沢山観せられたんですよ。あれはねえ、やっぱりよかったですね。

小黒 芸術的な映画が多かったんですか。

佐藤 芸術的な映画もあるし、「祭りの準備」(1975年/黒木和雄監督)みたいなものもありましたね。

小黒 ATG(日本アート・シアター・ギルド)の映画ですね。

佐藤 「切腹」(1962年/小林正樹監督)とかも観ましたよ。ヴィットリオ・デ・シーカ監督の作品とか、自分だったら絶対観ない映画を観せてもらえて、面白かったです。

小黒 大学在学中にマンガも描かれたんですよね?

佐藤 そうですね。そこそこ時間もあったので「ちょっと応募しようかな」と、小学館の新人マンガ家募集に向けてちょっと描いたのが、最初で最後ぐらいのマンガですね。

小黒 それは何歳の時なんですか。

佐藤 忘れましたけど、学生の時だから二十歳とか?

小黒 大学に入った年、ではないですよね。大学の2年目か3年目の時でしょうね。

佐藤 そうですね。蕎麦屋でずっとバイトしてたんですけど、バイトしながら描いてた記憶がありますね。それが佳作をもらって、編集部と「もう1本描いてみますか?」とやりとりしてる時に東映に入ることが決まったので、マンガの道はフェードアウトするような感じになりましたね。

小黒 内容は少年マンガだったけど、青年マンガ部門に応募してしまったんでしたっけ。

佐藤 いや、一般部門っていうのがあったんです。自分の作品は青年マンガでも少年マンガでもないし、一般ということはなんでもありなところかなと思って、その部門で応募したと思うんです。それが「ビッグコミック」とか「スピリッツ」のカテゴリーだったのかどうか、実はよく分かってなかった。

小黒 10年ぐらい前、そのマンガの原稿が発掘されたって言ってましたよね?

佐藤 1回出てたんですけどね、今ではどこにあるか分かんないですね(笑)。

小黒 今度出てきたら、ちゃんととっておいてくださいよ。

佐藤 いやいや、あれは消したい過去になりますね(笑)。

小黒 いやいやいや。画としては、どんな画なんですか。

佐藤 当時ですから、やっぱり高橋留美子系の画だったと思います。

小黒 おお。

佐藤 コメディなんですけどね。群像劇的なものにしようとして、主人公が決まってないままだったと思うんですけど。

小黒 コメディでもない?

佐藤 一応、コメディのカテゴリーのつもりなんですけどね。別に大きなテーマがあるわけではないという。

小黒 登場人物は高校生ぐらいなんですか。

佐藤 高校生の学園もので、タイトルは「夕日だよ、野郎ども」ですね。

小黒 青春っぽいですねえ。

佐藤 そうなんですよ。色んなことがあって夕日で方をつけるぐらいの、あまり考えなくても読めるマンガにした気がしますね。

小黒 雑誌に載ったんですか。

佐藤 マンガ自体は載ってないんじゃないんですかね。

小黒 佳作になった時は「佐藤順一さん」として誌面に載ってるんですか。

佐藤 佳作のコーナーに受賞者として名前が出ているはずです。

小黒 載った雑誌は「スピリッツ」なんですか。

佐藤 小学館の他の雑誌にも載ったかもしれないですけど、「スピリッツ」で見た記憶はありますねえ。

小黒 ちょっとそれは探してみますよ。

佐藤 はい(笑)。

小黒 話は前後しますが、日本大学在籍中に東映動画が第1期研修生を募集して、それに応募をされたわけですね。

佐藤 はい。月岡さんは東映動画との繋がりがあったから「こういうのがあるよ」と教えてくれて、それで応募したんだと思います。

小黒 まだ在学中だったはずですが、現場に入れるなら現場に入ろうということで受けてみたということでしょうか。

佐藤 ですね。ここで受かって就職したら、4年目の学費が掛からなくていいなと思ったので。

小黒 親御さんのことを考えて?

佐藤 ええ(笑)。日芸の学費って、そんなに安くないですからね。映画学科は特にですけど、皆さんの暮らし向きが凄くよくて、びっくりしましたね。学生なのに普通に車で来る奴とかいて、住む世界が違うから「これは付き合ってられないな」と思っちゃって。

小黒 上京してから上映会で『ホルス』や『どうぶつ宝島』を観ていたというお話がありましたが、大学時代はある程度はアニメを観ていたんですか。

佐藤 当時のTVアニメはあまり観ていないんですよ。それまで観ていなかった昔の東映の長編や『ナーザの大暴れ』(劇場・1979年)のような海外の映画を機会がある度に観ていました。アニドウの上映会も行っていたし、色々なアニメの成分を摂取する努力はしていましたね。

小黒 古今の名画名作を上映会等で観ていたと。

佐藤 「観られるものは観ておこう」みたいな。

小黒 佐藤さんの大学時代って1978年から80年だから、アニメブーム真っ盛りの頃じゃないですか。アニメブームの代表的なタイトルには触れてないんですか。

佐藤 映画はやっぱり観てたかな。

小黒 『ルパン三世 カリオストロの城』(劇場・1979年)が公開されたのは大学時代ですよね。

佐藤 『カリオストロ』は観てるね。『地球へ…』(劇場)もそう?

小黒 『地球へ…』は1980年4月の公開ですから、佐藤さんは大学3年ですね。

佐藤 そうすると劇場公開された映画はひととおり観てますね。『ヤマト』は『さらば(さらば宇宙戦艦ヤマト ―愛の戦士たち―)』(劇場・1978年)で観なくなったけど。

小黒 「これはここまででいいだろう」と。

佐藤 そうですね。「ほしかったものじゃないな」と思ったんですよね。

小黒 それは、当時既に大人だったってことですね。

佐藤 そうです。多分そうです。

小黒 本郷みつるさんも近しいことを言ってますね。

佐藤 ああ、分かりますよねえ。「月刊OUT」とかが全盛期だった頃?

小黒 全盛期ですね。「アニメージュ」も創刊してますね。

佐藤 そっか。じゃあ、観るものはふんだんにあったんだね、きっと。

小黒 この頃は上映会も増えてますから、摂取するものは多かったんじゃないんですかね。

佐藤 ああ、そうですね。

小黒 この頃の東映の研修生は、アニメーター部門と演出部門があるんでしたね。試験はどんなものだったんですか。

佐藤 アニメーター部門の試験は分からないですけど、演出部門はひとコマの画があって、そこから「絵コンテ4枚ぐらいで短編の物語を作れ」というものでした。それと論文だったかなあ。どういうコンテにしたかは忘れましたけど、短い尺の中で確実にメッセージが伝わるようなことをした気がするので、その時も説明っぽいものだったんじゃないかと思いますよね。

小黒 論文は何を書いたんですか。

佐藤 忘れましたねえ。全然覚えてないです(苦笑)。

小黒 それで、受かって大学を辞めるにあたって、池田先生が引き止めたりはしなかったんですか。

佐藤 そうですね。基本的には、学費も払わずにただ行かなくなっただけなので。

小黒 正式に退学したわけではないんですね。

佐藤 そうなんです。退学手続きもしていないので。


●佐藤順一の昔から今まで (3)演助進行時代と演出デビュー に続く


●イントロダクション&目次