小黒 佐藤さんは『セーラームーン』を24話で離れて『ユンカース・カム・ヒア』に参加するわけですね。
佐藤 はい、そうですね。
小黒 『ユンカース』の準備はかなり前からやってるんですね。
佐藤 正確には覚えてないですが、『きんぎょ注意報!』の頃から打ち合わせを始めてんじゃないかな。
小黒 『ユンカース』も佐藤さんの代表作ですね。原作の小説があり、それを映像化してほしいという話だったわけですね。
佐藤 そうですね。これも高梨(実)さんとの仕事です。
小黒 現場が東映じゃないのはどうしてなんですか。
佐藤 高梨さん的には、トライアングルスタッフでやりたいということを決めていたと思うんですね。
小黒 プロデューサーで『悪魔くん』の横山和夫さんの名前が入ってますが。
佐藤 横山さん、既に東映から角川に移られてたんですよ。
小黒 ああ、なるほど。クレジットだけだと「『悪魔くん』の横山プロデューサーと佐藤さんが再度組んだ」というふうにも見えますよね。
佐藤 確かにね(笑)。でも、全然そんな感じじゃない。スタジオに差し入れを持ってきてくれたことはあるけれど、頻繁に会っていたわけではないですしね。
小黒 佐藤さんは『ユンカース』のパイロットフィルムの演出もしてるんですか。
佐藤 してます。コンテもやっています。元々、大平(晋也)さんにキャラデから作監まで全部やってもらうつもりで、そのプロトタイプを作ろうとしたパイロットですね。
小黒 『きんぎょ注意報!』か『セーラームーン』の制作中に、パイロットを作られていたんですか。
佐藤 その可能性はありますね。確かにパイロットの頃、自分はスタジオにベッタリと入り浸ってはいなかったですよね。いつ行っても大平さんは何か作業してましたね。トライアングルスタッフが荻窪に『ユンカース』のための部屋を借りていて、そこで大平さんと沢山話をした記憶があります。だから、スタジオ内で普通の演出と作画監督として作業をやっていたと思いますね。
小黒 『ユンカース』のパイロットフィルムは日本の作画史のターニングポイントのひとつと言われています。あそこまでキャラクターの生々しさや臨場感のある映像になったのは、佐藤さんの意図でもあるんですか。
佐藤 自分の意図もありましたけど、やっぱ大平さんの目指すものがそっちでしたよね。僕や小松原(一男)さんは、例えば、大平さんから上がってきたひろみのデザインに面食らったんです。アニメは正面、横、斜め、下のどこから見ても同じに見えないといけない、と我々は思ってるんですけど、大平さんが描いてきたものって「(角度によって)違って見えてもいい」っていうデザインなんですよね。「だってそうだもん」っていう世界なので、これはどうすればいいのかなと困ったということはありましたよね(笑)。パイロットに関しては、そのキャラクターでダーッと行きましたけど、「これについて来れるアニメーターがどれぐらいいるのか」ということと、制作スピード的にも「大平さんのこの画で100分やるのはきついんじゃないかなあ」という話になって、小松原さん登場となるような感じでしたね。
小黒 大平さんを選んだのは、トライアングルスタッフの浅利(義美)さんですか。
佐藤 あそこのスタッフは、プロデューサーも含めて顔が広くて、巧い人を沢山知ってますからね(笑)。浅利さんか大橋(浩一郎)君のどっちかだったかな。
小黒 『ユンカース』の作画監督は小松原さんになったけれども、当初目論んでいた、尖った方々もある程度残った布陣になったと認識してよろしいでしょうか。
佐藤 そうですね。初めて会うような凄い人達がぞろぞろいて、勉強になるやら緊張するやらで。
小黒 緊張したんですか(笑)。
佐藤 いや、よほどのことがないと緊張はしないか(笑)。「みんな、巧いなあ」と思ってました。業界には色々な人がいて、「ロボットを描きたい」「アクションをやりたい」といった人もいるけど、「手間の掛かる日常を描きたい」という人達が集まった印象でしたね。
小黒 佐藤さん自身は、どういうスタンスだったんですか。
佐藤 どの作品かは忘れましたが、当時、現実のリアルなお芝居をアニメの中で再現することを目指す人をよく見かけるなと思っていたんです。「画的なもののリアルと、お芝居のリアルって違うよね」と思う一方で、「ロトスコープをやればリアルに近づけるんじゃないか」という意見も聞くことがあったんだけど、ロトスコープみたいなことをやってもアニメにならないだろうと。本当にリアルかどうかじゃなくて、アニメの中の本当らしさが大事で、そこの着地を目指さないと日常感というものは出てこないんじゃないかな、と思っていた。それを『ユンカース』の中でやっていこうかな、ぐらいのアプローチだったんですかね(笑)。日常的な芝居が展開されてるんだけど、じゃあ、それがリアルを引き写したものかというとそうではない。「どこかマンガっぽいんだけど、ちゃんとリアルを感じるね」というところを目標にして作るアプローチかな。
小黒 佐藤さんがそれまで作ってきたものを含め、その後に作っていったものの中でも、芝居とかレイアウトに関して逃げないというか、一番手間の掛かる方法を採っている作品ですよね。
佐藤 そうですね。
小黒 それは「一回やれるとこまでやろう」という思いが佐藤さんの中にあったのか、それとも企画の要請によるものなんでしょうか。
佐藤 いや、これは折角の機会なので、自分でもやれることはやってこうっていう気持ちがありましたよね。だから、原画チェックの時も、ポーズとかをちょい直ししたりすることが凄く多かった気がします。
小黒 なるほど。
佐藤 コップの持ち方も、普通に持たれちゃってる画が来ると「人によってこう持ったり、ああ持ったりと、色々違うよね」と思いながら修正して(笑)、そんなことを日々やってた気がします。
小黒 制作期間はどのぐらいだったんですか。
佐藤 やっぱり結構掛かっていて、画だけでも予定から4、5ヶ月オーバーしてたんですね。そしてアフレコからダビングまで、ちょっと時間が空いちゃってたりもして、トータルで凄く時間の掛かった作品でしたよね。
小黒 佐藤さんは『セーラームーンS』で東映に戻ってくるわけですけど、その時点ではまだ『ユンカース』は完成してない?
佐藤 完成してないですね。多分、お父さんの声だけが決まってない状態でアフレコが終了していたんじゃないかな。最終的に(原作者の)木根(尚登)さんがやることになるんですけどね。その時点では、公開規模やどこでやるかも決まってなかったんですよね。言うたらおケツが見えない状態だった。「そんなに慌てて作らなくてもいいから、ちゃんと画を完成しましょうよ」ということで画を完成させて、次に「音楽はどうしますか」とか、ゆるゆると進んでいって。流石にちょっとここで完成しなきゃまずいという時に、やっとダビングが進行したと思います。そんな状況だから他の仕事が被っていて、最終ダビングの日、行けなかったんですよね。音響監督は斯波(重治)さんがやってくれてるのでお願いして。仕上がったものは全然問題ないんですけど。
小黒 音響監督が別に立ってるということは、普段の東映の作品と違って、役者さんのお芝居を斯波さんにディレクションしてもらって、佐藤さんが「いいです」「こうしてください」と言うようなかたちなんですね。
佐藤 そうですね。斯波さんのディレクションの仕方を勉強させてもらうつもりで見てましたけど。外の音響さんの仕事を見る機会もなかったので、興味深く見させてもらいました。しかも、(ひろみ役の)押谷芽衣ちゃんは当時12歳ぐらいだったから「子供さんのディレクションを学ばせてもらおう」と思いながら見ていました。
小黒 思い出深いシーンはありますか。
佐藤 画的なことで言うと、やっぱり大橋さんにやってもらったクライマックスの背景動画。一歩でも『スノーマン』(劇場・1982年)に近づきたい、みたいな画作りですけど(笑)、大変なのが分かっていたので、そこだけ特別枠で制作を動かしましたね。大橋さんも凄く頑張って応えてくれたので、思い出に残ってますねえ。カット単位だと、田辺(修)さんの原画とかが、見た目はそんな細かそうじゃないんだけど、動くと凄く細かい印象があって、勉強になりつつも面白かったですね。
小黒 これもBlu-rayになってもらいたい作品ですね。
佐藤 そうですね。本当にたまに観たくなるんですけど、せめてどっかで配信してくんないかなあ。
小黒 この頃に『(世界名作童話シリーズ)ワ~ォ!メルヘン王国』(TV・1995年)という合作作品がTV放送されてるんですけど、いつ頃作ったものなんですか。
佐藤 覚えていないんですが、『セーラームーン』をやってる間かもしれないですね。これもプロデューサーが旗野(義文)さんなんですよね。
小黒 何分ぐらいのものなんですか。
佐藤 TVなので、20数分ですね。イタリアの放送局の枠なんですよ。イタリアの放送局でやるものを日本で作っていて。放送の基準が日本じゃなくってイタリアなんですね。海外なので、日本のロジックで作れないこともあって、それも勉強になりましたね。「おやゆび姫」をやって、確か最初に伊藤郁子さんにデザインしてもらったんです。我々の認識で言うと、おやゆび姫って3頭身ぐらいの可愛らしいちょこちょこしたキャラになるんですけど、そういうデザインを出したところ、イタリアからは「これは幼児である」とNGだったんです。
小黒 なるほど。
佐藤 最後に結婚する話だから「幼児が結婚することがコード的にありえないので、頭身を上げてくれ」と、おやゆび姫の頭身をちょっと上げるんですよね。本当に大人にしてしまうと、日本の基準では可愛さが欠けるので(笑)、ちょっと塩梅したぐらいになってますけど、「イタリアではそういう基準なのか」と、思ったりね。これもうちの奥さんが選曲やってます。育児休業中の頃だったかな。
小黒 『ユンカース』に話を戻しますけど、佐藤さんは『ユンカース』が初めての劇場長編ですよね。「今後も長編で行こう」とは思わなかったんでしょうか。
佐藤 はい。「やっぱりテレビが合ってるな」と思いましたからね(笑)。
小黒 「一度はちゃんとした長編を作りたい」っていう欲は達成されたんですか。
佐藤 元々、どうしても劇場やりたいという気持ちはそれほどなかったんですけど、いい機会をもらえて。劇場でやろうと思っていたことを、大体そこでやってみて「やっぱり大変だったなあ」って思いましたからね(苦笑)。
小黒 この当時の出来事で、覚えてることがあります。佐藤さんは『ユンカース』で巧いアニメーター達の仕事に触れて、「ああ、俺はまだまだ画力が足りなかった」と感じた。それで、作画の勉強をしたいと思って、幾原さんに「(演出話数で)原画を描かせてくれ。そして、自分の原画にリテイクを出してくれ」と頼んで断られるんですよ(笑)。
佐藤 ああ、確かにあったかも(笑)。実際の画面を見て「あんなに手を入れたけども、あんまりいいとも言えないな」ということを実感したんです。
小黒 もっと画力があれば、もっと手を入れられたのに、と思われたんですね。
佐藤 そうなんですよ。
アニメ様の『タイトル未定』
287 アニメ様日記 2020年11月22日(日)
2020年11月22日(日)
徒歩で新宿に。LOFT/PLUS ONEで「第170回アニメスタイルイベント ササユリの仕事」を開催。会場にお客さんを入れたイベントは久しぶりだった。やっぱりお客さんがいると話がしやすい。トークも充実したものとなった。自分の中で「なつぞら」関連の仕事が一段落した感じだ。終演後、歩いて池袋まで戻る。
就寝前にKindle Unlimitedで倉多江美さんの「一万十秒物語」を読む。1巻の内容はかなり覚えていた。語り口が好きだったんだな。2巻以降は記憶になかったが、僕が読んだ時点では全1巻であり、後に2巻以降が刊行されて、それから、最初の単行本が1巻と表記されるようになったらしい。2巻以降が記憶にないはずだ。
2020年11月23日(月)
午前11時から駅前の喫茶店で打ち合わせ。別にアダルトアニメについての打ち合わせではなかったのだが、『うろつき童子』について熱く語ってしまう。
22日のイベントに来場されたお客さんに教えてもらったのだけど、『シャドウバース』25話の演出が和田高明さんで、制作進行が金子真枝さん。映像を確認したところ、確かにクレジットされている(正確には制作進行は、金子真枝さんと大森祥平さんの連名)。金子真枝さんといえば「アニメ制作進行・金子真枝伝説」の金子さんですよ(急にですます調)。制作進行でありながら、LOFT/PLUS ONEでイベントの主役になったあの金子さん。「和田高明 カレイドスター原画集」の発案者で、アニメスタイルに企画を出したのも金子さんだ。今は現場から離れて事務系の仕事をしている金子さんが、『シャドウバース』で和田さんのために現場復帰をしたのだそうだ。『SHIROBAKO』の興津由佳みたいだ。和田さんと金子さんのコンビは、『シャドウバース』で、もう一度あるそうだ。
★参考リンク
LOFT/PLUS ONEスケジュール
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/10423
そのイベントについての小黒の感想
http://animesama.cocolog-nifty.com/animestyle/2007/10/post_a9ec.html
「アニメの作画を語ろう」animator interview 和田高明(1)[和田さんのインタビューだが、金子さんも登場]
http://www.style.fm/log/01_talk/wada01.html
2020年11月24日(火)
Production I.Gで打ち合わせで、その前に武蔵野カンプスでランチをとろうと思って早めに出たのだけれど、武蔵野カンプスはお休みだった。池袋に戻ってから、会社の倉庫でモノを探す。探していたモノとは関係ないが、『機動戦艦ナデシコ』や『アキハバラ電脳組』で僕が描いたイラストの発注ラフが出てきた。いくつかをTwitterで公開する。
★参考リンク
https://twitter.com/animesama/status/1331170694374178816
https://twitter.com/animesama/status/1331172004901265414
https://twitter.com/animesama/status/1331172229036445698
Netflixで『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』を1話から最終回まで流し観。今だと素直に視聴できる。当時は富野監督の『機動戦士ガンダム』と比べて、自分の中での評価が辛口になっていた。ところで、作品中に表示されるタイトルロゴは『STARDUST MEMORY』がどーん大きくて、『機動戦士ガンダム0083』が小さいのね。印象としては『STARDUST MEMORY』がメインタイトルで『機動戦士ガンダム0083』がサブタイトルだ。
2020年11月25日(水)
Netflixで『カウボーイビバップ』の再見を始める。昼間から業界のある方と定食屋飲み。酔って自宅に戻って休む。23時に起きて、事務所に入る。
2020年11月26日(木)
25日の23時に事務所に入って、間に散歩等を挟んで26日の19時までデスクワーク。いい年をしてこんな生活をしてはいけない。「川元利浩アニメーション画集[デザイン編]」の新しい見積もりが出る。仕様の変更ができそうだ。Netflixで「クイーンズ・ギャンビット」1話から最終回の途中まで観る。かなり面白い。特に最初の数話がよかった。
セット売りを共同購入で入手した「ウルトラマン トレジャーズ」を開封した。これは2016年に発売された商品で「ウルトラマン」の企画書、デザイン画、台本等のお宝が50点収録された商品だ。いやあ、これは凄い。凄まじい。「円谷英二の名刺」の複製は凄すぎて笑った。発売開始時には1万7千円という金額に躊躇して、結局購入しなかったのだけど、かかった手間や印刷費を考えると、1万7千円はむしろ安い。
2020年11月27日(金)
朝から寒気と倦怠感。熱は36.2度。念のために病院に行ったのだけど、「高熱が出たらコロナの検査に行きなさい」と言われて診療はオシマイ。食欲はやたらとあるので、スタミナをつけるために昼はガッツリご飯。Netflixで「クイーンズ・ギャンビット」の最終回を視聴。『カウボーイビバップ』の続きを観る。
「設定資料に入っているPC打ちの文字は設定資料の一部なのか」問題の続き。「アニメスタイル002」に『LUPIN the Third 峰不二子という女』の設定資料を付録としてつけた。この時は小池健さん自身から、制作スタッフが足した文字や画像はカットしてほしいというオーダーがあり、カットして収録。「アニメスタイル015」に『LUPIN THE IIIRD』シリーズの記事があり、こちらは制作スタッフが追加した文字や画像が入った状態で収録した。「002」はデザイナーが描いたデザイン画を収録し、「015」は制作現場で使われている設定資料を収録したというかたちだ。「002」と「015」で同じ線画を1枚載せているので、比較はしやすいはず。
2020年11月28日(土)
昼間は原稿作業など。夜は新文芸坐に。オールナイト「新文芸坐×アニメスタイル セレクションvol. 127 超大作OVA全話上映!ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日!!」を開催。トークのゲストは本田保則さん。トークは『うろつき童子』の話から始めて、『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』の話に。楽屋でお話をした後、1話のロボが登場する辺りを観てから帰宅。
第200回 森に流れるポップス 〜山賊の娘ローニャ〜
腹巻猫です。2月6日に東京国際フォーラムで開催された「銀河鉄道999 シネマ・コンサート」に足を運びました。演奏も音響も申し分なく、あらためて、青木望先生の音楽のすばらしさを実感。これは、日本発のシネマ・コンサートとして海外に輸出してほしいです。今回は感染症対策のため客席を半分に制限しての公演でしたが、再演を期待します。
昨年(2020年)12月にTV放映されたアニメ『アーヤと魔女』のサウンドトラックCDが1月6日にヤマハミュージックコミュニケーションズから発売された。近年は劇場アニメのサウンドトラック盤も発売されないことが多いので、このリリースには「さすがジブリ・ブランド」と感心した。
『アーヤと魔女』の音楽は武部聡志。宮崎吾朗監督との仕事は3作目である。
今回は、2014年に武部聡志が手がけた『山賊の娘ローニャ』のサウンドトラックを取り上げよう。
『山賊の娘ローニャ』は、2014年10月から2015年3月まで放送されたTVアニメ。宮崎吾朗監督が初めて手がけるTVシリーズとして、また、3DCGを積極的に使用したアニメとして話題になった。アニメーション制作はポリゴン・ピクチュアズが担当している。
原作はアストリッド・リンドグレーンの同名児童文学。リンドグレーンは「長くつ下のピッピ」「やかまし村の子どもたち」などの作品で日本人にも親しまれているスウェーデンの作家だ。『山賊の娘ローニャ』はタイトルどおり、山賊の娘として生まれた少女ローニャを主人公にした物語である。
同じ森を根城に活動しているマッティス山賊とボルカ山賊は日頃からいがみあっていた。ある日、マッティスの娘ローニャはボルカの息子ビルクと出会い、友だちになるが、マッティスとボルカは2人を引き離してしまう。親同士の対立に嫌気がさしたローニャとビルクは家出して、森で2人だけの生活を始める。
リンドグレーンらしい、独立心の強い活発な少年少女像が魅力的。また、本作では父親と子どもの関係も重要なテーマになっている。そして、鳥の体に人の顔を持つ鳥女や地下に棲む小人などが登場し、物語に幻想的な味わいを加える。
「名作アニメ」と呼べる題材で、こういうジャンルが好きな筆者には期待がふくらむ作品だった。正直に言うと、3DCGで描かれたキャラクターはパキっとしすぎていて、はじめは少々違和感があった。が、放送が進むにつれて表現がこなれ、観ているほうも慣れてきた。
実は音楽についても同じで、当初は、「音楽が立ちすぎてるなあ」と思ったのだ。
音楽の武部聡志は、キーボーディスト、アレンジャーとして活躍する、日本のポップミュージックを代表する音楽家の1人。国立音大在学中からプロとして活動を始め、松任谷由実コンサートの音楽監督や一青窈をはじめとする数々のアーティストのプロデュース、アレンジを手がけている。『山賊の娘ローニャ』は、劇場アニメ『コクリコ坂から』(2011)に続いて手がけた宮崎吾朗監督作品である。
余談になるが、筆者は斉藤由貴のアルバムをデビュー作から買って聴いている。その斉藤由貴の80年代の楽曲の大半をアレンジしたのが武部聡志だった。初期の名曲「卒業」「初戀」などの印象的なアレンジも武部の手によるもの(TVドラマ「スケバン刑事」の主題歌「白い炎」も)。だから、武部サウンドは耳になじんでいた。シンセサイザーと生楽器を巧みに使ったアレンジは、現代的でキャッチーで、しかも心地よい。
主題歌アレンジを担当したのがきっかけで劇中音楽を手がけた『コクリコ坂から』は武部聡志のポップスセンスが生かされた作品だ。1960時代を舞台にした青春物語で、郷愁を誘う歌謡曲風のサウンドがぴたりとはまった。
いっぽう『山賊の娘ローニャ』は北欧の森を舞台に展開する、ファンタジーの要素もある作品。どんな音楽がつけられるか、こちらも楽しみだった。
音楽は、すごくいい。
観ていて、思わず耳をそばだててしまう。
ただ、楽曲として完成されすぎていて、「劇中音楽(劇伴)としては立ちすぎでは……?」というのが当初の印象だった。
でも、観ているうちに印象が変わった。キャラクターがパキっとしているぶん、音楽もくっきりしているほうが合う。さりげなく背景に流れ、映像に溶け込むタイプの音楽とは異なる方向性の音楽なのだ。
武部聡志のインタビューによると、本作への参加は宮崎吾朗監督からのご指名だったという。当初は作品内容を意識して民族楽器などを使った音楽を作ることを考えていたが、仕上がってきた映像を観て方針を変えた。CGを使った絵にシンセサイザーを使ったサウンドが意外と合うことがわかったからだった。結局、民族音楽や古い楽器にはこだわらない方向で進めることになった。
できあがった音楽は、特定の国や民族を意識しないものになった。生楽器とシンセサイザーを使い、北欧風だったり、スペイン風だったり、ケルト風だったりと、多彩なサウンドと曲調で構成されている。インストゥルメンタルとして完成度が高く、メロディもリズムも、ひとつひとつの楽器の音もくっきりと聴こえる。輪郭のはっきりした音楽である。そのぶん、隙間がなく、セリフやSEとぶつかってしまうのでは……と思ってしまうが、先に書いたように、これが絵に合っているのだ。というより、映像の中で音楽もキャラクターとして躍動している。そんな印象である。
本作のサウンドトラック・アルバムは2014年12月にポニーキャニオンから発売された。現在、CDは入手困難だが、レコチョク、mora、iTunes等の音楽配信サイトでデジタル音源を購入できる。
収録曲は以下のとおり。
- 春のさけび《TVサイズ》(歌:手嶌葵)
- はじまり
- 森へ
- こもれび
- 開門
- マッティス城
- スキップ
- 人生
- あたたかな風
- 威風堂々
- 呑気
- 迷い道
- 森一番の山賊団
- 山賊踊り
- 夕餉
- 山賊道
- 春のさけび〜静寂〜
- 山のはのお日さま
- 霧の中
- 涙
- あやしいものたち
- 鳥女
- 地下のものたち
- 火事場のバカ力
- 追いかけっこ
- 山賊の宴
- 哀愁
- 喧嘩
- 想い
- あの人
- 秋の日
- オオカミの歌(歌:野沢由香里)
- また明日
- 春のさけび〜ときめき〜
- Player《TVサイズ》(歌:夏木マリ)
1曲目と最後のトラックにオープニング主題歌とエンディング主題歌のTVサイズを配し、BGM32曲と劇中歌1曲を収録している。曲順は、物語の始まりからシリーズ中盤までの展開をイメージさせる流れだ。
本作のBGMはおよそ60曲が作られたそうだが、劇中で印象深い曲はほぼ網羅されている。
2曲目の「はじまり」は第2話以降のエピソードで、冒頭のプロローグ部分に流れた曲。弦が細かく刻むリズムにオーボエやフルートのメロディが重なり、物語が始まるワクワク感をさわやかに伝える。バックで動くチェロのメロディが効果的だ。
続く2曲「森へ」と「こもれび」は、ローニャが森で過ごす場面によく使われた曲。本作の舞台である北欧の自然とローニャの胸にわきあがる感動を表現する曲である。「森へ」ではアコースティックギターとドラムの軽快なリズムに乗って、ピアノとビブラフォンが自然の中を駆ける開放感とよろこびを軽やかに歌う。「こもれび」はアコースティックギターのメロディがまぶしい光と森の息吹をイメージさせる曲。どちらも初めて使用されたのは第3話、ローニャが初めて城を出て森に行くエピソードだった。
ここまでの3曲が、『山賊の娘ローニャ』の世界を音楽で伝える代表曲と言える。命あふれる豊かな自然とその中でのびのびと育つローニャの姿を、4リズム(ギター、ベース、ドラム、キーボード)と弦、木管楽器を主体に躍動感に富んだ曲想で描いている。
トラック7の「スキップ」も同様の編成で書かれたローニャの日常を描く曲だ。こちらはピアノのリズムとフルート、アコースティックギター、ストリングスなどのアンサンブルで、家族とすごすローニャや森を散策するローニャの楽しい気分をのんびりと心地よく表現する。シリーズ後半では、ローニャとビルクが森で野生馬を手なずける場面などに使用されていた。
ローニャをとりまく山賊たちは、ユーモラスな曲想で描写されている。スネアドラムと金管楽器で山賊の出陣を大げさに描くトラック10「威風堂々」、スパニッシュマーチ風のトラック13「森一番の山賊団」、哀愁漂うロマ(ジプシー)音楽風のトラック16「山賊道」、ハンドクラップ(手拍子)がリズムを取るトラック26「山賊の宴」などだ。
「山賊の宴」ではズルナというオーボエの原型になった西アジアの古楽器が使われている。これは映像を観た武部聡志が、山賊が演奏している笛がズルナに似ていたことから、わざわざズルナを持っていて吹ける奏者を呼んだのだそうである。
幻想的な生き物が現れるシーンの音楽は少し緊張感のある曲調で書かれている。
森に棲む灰色小人の登場シーンに使われたトラック21「あやしいものたち」は、ウッドベースの指弾きとストリングスで森にひそむ未知の生き物の気配を描写。次の「鳥女」はストリングスとパーカッションで、鳥女の不気味さと鳥女に追われるローニャの恐怖感を表現する。
トラック23「地下のものたち」はアカペラの子どもコーラスで歌われるミステリアスな曲。森の中でローニャが聞く不思議な歌声として劇中に流れている。
山賊同士の対立を描く本作だが、山賊が恐ろしい存在として描写されるシーンはほとんどない。その代わり、幻想的な生き物がローニャの前に現れ、物語にサスペンスと奥行きを与えている。幻想的な生き物に添えられた曲は、音楽全体を引き締めるスパイスの役目を果たしているのだ。
本作の音楽の中で筆者がとりわけ心に残ったのは、やや哀愁を帯びた抒情的な曲である。
トラック9の「あたたかな風」はベースとピアノのイントロからチェロとバイオリンが奏でる美しいメロディに展開する曲。森ですごすローニャの気持ちやローニャとビルクの友情を描写する曲としてたびたび使用された。ベースの短いフレーズから始まるイントロがいい。通常の映像音楽だったらこんなイントロはつけないだろうと思うような、武部聡志のセンスが光る導入部である。この曲に限らず、本作の音楽では曲の展開やアレンジに武部聡志らしいポップス的なセンスと技が生かされていて、短いながらも聴きごたえがある。
トラック18「山のはのおひさま」は2本のサックスが奏でる、じんわりと胸にしみる曲。ローニャのちょっとさみしい気持ちを表現する曲として使用されていた。タイトルどおり山の端に沈む夕陽が連想される、郷愁を誘う曲である。
トラック20「涙」は、2本のギターの調べが悲しみを表現する曲。第10話で雪の穴にはまって足が抜けなくなったローニャが雪に埋もれて死ぬ自分を想像する場面に流れていた。悲劇的な状況だが、音楽も手伝って、詩的な美しいシーンになっている。
トラック29からの3曲「想い」「あの人」「秋の日」も、リリカルで、しみじみと胸に迫る。アルバムの中でも聴きどころとなる部分だ。
「想い」はケルトの笛ティンホイッスルとハープだけのシンプルな編成でローニャや山賊たちの心情を表現する。第1話からたびたび選曲された使用頻度の高い曲だ。哀愁ただよう笛の音色とメロディが、家族の愛情や友情といった普遍的な想いを伝えて心に刺さる。
ピアノソロによる「あの人」はローニャのビルクへの想いや、家を出たローニャを気遣うマッティスの心情を表現する曲。「あの人」とは特定の誰かではなく、「今そばにいてほしい」と思う人のことだ。武部聡志自身によるピアノの演奏が切なく、あたたかい。
「秋の日」は、キーボードとパーカッション、シンセサイザーが奏でるおだやかな曲。秋の日のちょっとメランコリックな気持ちを写し取ったような、心がキュッとなる曲だ。劇中では、ローニャがビルクを思う場面やローニャとビルクの関係がしだいに深まっていく場面などに流れていた。ローニャの心の成長を描写する曲でもある。
アルバムの終盤に収められた「オオカミの歌」はローニャの母ロヴィスが子守唄代わりに歌う歌。ロヴィス役の野沢由香里が歌っている。この曲は本作の音楽で最初に作られたものだった。このメロディをアレンジしたBGMもあるのだが、サントラには未収録。
トラック33の「また明日」は次回予告に使われた曲。弦とパーカッションが楽しく奏でる陽気な曲で、劇中にも使用されていた。
谷山浩子作曲の主題歌をアレンジした「春のさけび〜ときめき〜」でサウンドトラック・パートは締めくくられる。
本作の音楽の特徴として、心情描写曲と情景描写曲が明確に分かれていないことが挙げられる。森を描写する音楽が同時にローニャの心情を描写し、心情を表現する曲がそのまま自然の描写にも使われる。森のいたるところに多様な命が息づく本作の世界観を反映した音楽設計である。また、通常なら作られそうな「ローニャのテーマ」「ビルクのテーマ」等も明確には用意されていない。
武部聡志は『アーヤと魔女』に関するインタビューに答えて、「僕の曲は思いついたアイディアをどんどん形にしていく、ある意味ラフな作りになっている」と語っている。『山賊の娘ローニャ』の音楽も、メニューどおりかっちり作られた音楽ではなく、監督とのやりとりやメニューにない自由な発想をまじえてできあがったものだ。そうやって作られた曲を映像にはめていくことで、予定調和でない豊かな映像と音楽のマッチングが生まれる。
ちょっと飛躍するが、筆者は本作の音楽から、『海のトリトン』や『宇宙戦艦ヤマト』の音楽を連想した。どちらも劇音楽が専門ではないポップスの作編曲家が手がけた作品で、楽曲単体としての完成度が高く、ときには音楽が映像を上回るインパクトを残す。音楽性は異なるが、『山賊の娘ローニャ』の音楽も、同じ方向性の延長にあると思えるのだ。
宮崎吾朗監督×武部聡志の最新作『アーヤと魔女』では、過去2作とはまたアプローチを変えて、60〜70年代のロックサウンドをベースにした音楽がつけられている。同じ監督でも作品のカラーに合わせて1作ごとにがらっと音楽を変える作り方は、あまり例がない。武部聡志の音楽プロデューサーとしての観点が生かされているのだろう。次はどんなアプローチでアニメ音楽に挑んでくれるのか、気になるコンビである。
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第323回 『トロールズ ミュージック☆パワー』かなり良いです
佐藤順一の昔から今まで(11)『きんぎょ注意報!』と『美少女戦士セーラームーン』
小黒 世間では『きんぎょ注意報!』は「新しい表現を始めた画期的な作品」とされていますね。佐藤さん自身は自然体で作られたのではないですか。
佐藤 そうですね。『(もーれつ)ア太郎』と同じく、あまり気張ることなくやれていますよね。
小黒 原作は表現に特徴のある作品ですが、アニメ化は難しいと思いました?
佐藤 いや、特に難しいとも思わなかったですね。ギャグ顔でニコニコすると、目が太い線になるんですけど、最初はそれがゲジゲジ眉毛に見えたので「目だと分かるようにしておいたほうがいいのかな」と思ったりはしたけど、段々慣れてきたので「これはこれでいいのかな」と思うようになったしね。
小黒 入好(さとる)さんの作監回だけかもしれないですが、シリーズ後半は、わぴこのニコニコ目がもの凄く太くなりますよね。
佐藤 なります、なります(笑)。特に入好さんはそうかもしれないですね。
小黒 あれは美しいデフォルメですよね。
佐藤 そうそう(笑)。いい感じに画が成長してますね。演出的なことで言うと「マンガの表現をなるべくアニメの中に移植してやろう」という気持ちはありました。
小黒 「頭身の変化はカットの切り替わりでやる」というのが、演出的なポイントのひとつですよね。
佐藤 そうです。中割りを入れて変化させることはしない。
小黒 それは口頭でスタッフに伝えたんですか。
佐藤 やりましたね。でも、やる前に議論があったんです。「中1枚でもいいから途中の画を入れて、ピョンと中割りで変わるほうが面白いのではないか」という意見もあったけど、多分その面白さはやっているうちに飽きると思いました。頭身の変化が感情表現になるなら、カット割りでやったほうがいいに違いない、という予感があったのでそちらにしました。
小黒 素晴らしい判断だと思います。漫符も重要ですね。星がクルクルッと回ったり。
佐藤 漫符の中でも、星はリーズナブルなんですよね。星はとんがりが五つあるので、(原画の間に中割りで)中に2枚入れば回るんですよ(笑)。リーズナブルでお得な表現なので、よく使いましたね。
小黒 フキダシを出して、その中にキャラクターの顔を入れてキャラクターの心情とか、思ったことなどを表現しているのも新しかったですね。
佐藤 はいはい。そういうかたちにしていた気がします。
小黒 『セーラームーン』シリーズだと、フキダシの使い方がさらに凝って、キャラクターのロングショットからフキダシを出して喋らせたり、BGオンリーのカットでフキダシを乗せてキャラクターを喋らせたり。カットを割らないで、表情を見せたり、セリフを言わせるというテクニックですね。
佐藤 「カットを増やさないでもセリフを言わせることができるんじゃないの」というのは意図的にやっていました。『サザエさん』を観ていて、驚いたことがあるんです。居間があって、襖が開いている。そこで画面外からサザエが「カツオー!」って呼ぶと、左右どちらから呼んだか分かるように点々がパッパッパッて出るんですよね。「サザエさんがどっちにいるか分かる! これは凄い効果だ」と驚いたんです。記号的な演出で表現できることが多いなと分かって、そういったことをやろうと思ったんですよね。
小黒 なるほど。
佐藤 話は全然先になるんですけど、それらを凄く進化させると、『ひだまりスケッチ』(TV・2007年)になるんだろうと思いました。
小黒 そうかもしれないですね。
佐藤 あそこまで省略できるとは思わなかった。「ここまでは振りきれなかったなあ」と。
小黒 『ひだまりスケッチ』は徹底していましたものね。でも、今思うと『ひだまりスケッチ』の向こう側はなかったですね。あれ以上に抽象化したり、記号化したものは出てこなかった。
佐藤 そうですね。フォロワーになるのが難しいですね(笑)。あのキャラだからできた、みたいなところもあるし。
小黒 あの省略は、芸術的と言っていいと思うけど、『ひだまりスケッチ』では、別にそれが作品の邪魔になってないのもポイントですね。
佐藤 凄く刺激的だったし、「なるほど」って思う演出がいっぱいありました。
小黒 『きんぎょ注意報!』の劇場版と『美少女戦士セーラームーン』の準備は同時進行だったんですか。
佐藤 前後関係は詳しくは覚えてないですが、そうだったんだろうね。
小黒 『きんぎょ注意報!』の劇場版は、映画らしい仕掛けとか、スペクタクルな部分とかはなくて、テレビサイズですよね。
佐藤 ぎょぴちゃんを主人公にしたスペシャルのような話で、TVシリーズの1本でもおかしくない内容ですねえ。
小黒 これは悪口ではなくて、それが魅力になっていると思うんですが、『きんぎょ注意報!』の各話のお話って、びっくりするぐらいユルいじゃないですか。脚本はどんな感じで進めていったんですか。
佐藤 2階建て(AパートとBパートで別の話をやる)の構成で、1年間やっているためにお話の数は沢山必要だったから「なんでもいいので、こんな話あったら面白いかも、というのを出してくださいよ」と言ってスタートした記憶がありますね。シリーズ通して一貫した何かがあるわけでもなく、「『きんぎょ注意報!』らしく、緩くやりましょう」という感じでやっていました。シリーズ構成のまるお(けいこ)さんは、ロマンチックなムードは入れていきたいと言っていて、千歳と葵の恋愛テイストが入っているのはそのためですね。
小黒 なるほど。『きんぎょ注意報!』の放映も終わり、『セーラームーン』が始まるわけですが、この作品については「アニメ『セーラームーン』大全集」のような書籍が出た時に、改めてうかがうこともあると思いますのでちょっと軽めにいきましょう。
佐藤 分かりました(笑)。
小黒 いつ頃からの参加なんでしょうか。
佐藤 割と最初の頃からですね。『きんぎょ』の後番組に何をするか、というところから話をしていて。当時も東映動画の制作は「枚数をなんとしても減らしたい」という強い意志をずっと持ち続けていて、元々1話あたり3500枚でやっていたものが3000枚になって、「次のシリーズでは限りなく2000枚を目指してほしい」というスタンスになっていました。『きんぎょ注意報!』自体は、平均して3500枚は使ってないと思うんですけど、「もう少し減らしたい」という感じがあったんです。制作と企画部、演出部などで会議をしてる時に「2000枚でやるなら、そういう企画を持ってきてくんないとできない。凄く枚数がかかったり、手間の掛かるキャラクターが登場する作品を2000枚でやれっていうのは無理なので、そういう企画を持ってくるところから始めてほしい」という話をしましたね。企画部は「今、3頭身ぐらいのちびっこいキャラクターで、あまり枚数がかからないものを用意している」と言ってて、いざ決まってみると『セーラームーン』で(笑)。「止め画の時点で髪がなびいてるじゃないか!」というぐらい手間の掛かりそうなものでした(笑)。制作と話して「2000枚は無理だけど、2500枚ぐらいを目指す」という辺りまで妥協しながら始まったんですが、その頃から関わってますね。
小黒 実際には何枚で作ってたんですか。
佐藤 1話は4000枚近いんじゃないですか。変身などのBANKが入った時点でガンガン増えちゃうので。「BANKはこの後の50本でも使うんだから、BANKの枚数を50で割ったものを1本あたりの枚数として数えてください。そうすれば、枚数収まってるんだよ」とか、姑息な計算をしてやっていました(笑)。
小黒 1話が4000枚として、各話は基本2500枚だったんですか。
佐藤 目標2500ですね。ただ、企画にそういった経緯があるので、よほどとんでもない枚数じゃなければ、始末書を書かされたこともないと思うんですけど。
小黒 ああ、なるほど。
佐藤 最初の交渉時に「これは枚数かかりますよ」と言ってあるから、制作も「そうだよなあ」という感じでスタートしてるんですよ。こちらも色々と工夫しているんですよ。例えば、オープニングの前に本編の画を使ったアバンを入れたり、曲が始まる前に鐘が鳴って雲が動いて月が見えるカットをつけてオープニングを少し長くしたり(笑)。変身BANKもなんだかんだで40秒近くあるのかな。本編尺を短くするためにそういったもので尺を埋めてあるんです。実際に作業する尺が縮むから枚数を減らせるはずと提案して、制作も分かってくれた。そういうやりとりが凄く沢山あるんですよ。
小黒 なるほど。
佐藤 キャラクターの話だと、セーラームーンの仮面がありますね。
小黒 原作だと、初登場した時にセーラームーンが仮面をつけているんですよね。
佐藤 武内(直子)先生は「仮面をつけてほしい」と言うんですけど、目の周りに物があると、ちゃんと可愛く描くのって相当巧い人じゃないとできなくて。それと、アニメーターの手間を少しでも減らしたくて外させてもらいました。『セーラームーン』では、カロリーを減らしていく作業を凄くやったんです。
小黒 原作との兼ね合いについては「アニメ『セーラームーン』大全集」のような本で改めて聞くことにして、今日はこのぐらいで。
佐藤 改めて(笑)。
小黒 セーラームーンのキャラクターについて、幾原さんが座談会で面白いことを言っていましたね(「アニメージュ」1993年5月号「佐藤順一 幾原邦彦 庵野秀明 異色顔合わせ『セーラームーン』無責任放談会」)。セーラームーンを、キューティーハニーのようなキャラクターになると思っていたら、佐藤さんに「そうではない」と言われたと。色っぽくてかっこいいキャラクターではないということですね。
佐藤 それを言ったのは覚えてないけど(苦笑)。少女マンガですからね。色っぽくてかっこいい感じだとは思っていなかったはずです。
小黒 同じ座談会で、庵野(秀明)さんが「佐藤さんは作品から引いてるところがいい」と言ってましたね。それから「佐藤さんの演出は客観的な感じがいい」と。庵野さんは1話で初めて変身した後に、うさぎが「ウソっ」と言って自分が変身したことに驚くのを例に挙げていました。
佐藤 部屋の中で変身した場面ですよね。今になれば、あれが庵野さんの好みかもしれないというのは分かりますけどね。当時は何がそんなに気に入ってるのか分かりませんでした。庵野さんは「ちゃぶ台とメトロン星人に通じる何か」みたいなことを言ってたような気がしますけど(笑)。
小黒 それは『セーラームーン』の1話についてですか。
佐藤 そう。非日常なものが日常の中に紛れ込んでいると。そんな話をしていた気がします。
小黒 原作に比べるとアニメ序盤のうさぎは、もっとドジだったり子供っぽさが強いと思うのですが、これは富田(祐弘)さんの持ち味と見てよろしいでしょうか。
佐藤 富田さんの持ち味は入っていると思います。でも、笑いについては、富田さんのテイストよりも僕のテイストのほうが強い可能性はありますね。
小黒 なるほど。
佐藤 『きんぎょ注意報!』をご覧になっていた方達から、「次の作品は凄いギャグものが来るのかなと思っていた」という声が結構あったんですよ。富田さんも「原作よりもギャグ寄りに書こう」という意識は、確かにあったと思いますね。だから、敵の活動とか、敵の攻撃の仕方がトンチキだったりするところは、ライターさんがその辺を感じ取っているのではないかと思いますが(笑)。
小黒 佐藤さんとしては『セーラームーン』は当たると思ってたんですか。
佐藤 全然思ってなかったですね(笑)。
小黒 ヒットを狙って作った作品じゃないですよね。
佐藤 思ってないですね。『きんぎょ注意報!』で確かに色んな人が観てくれていて、「面白かった」という評判も漏れ伝わって聞くんだけれども、アニメファンが盛り上がってるような印象はあまりなかったんです。それは頭身が低かったりとか、お話も含めて対象年齢が低かったところが原因かなと思っていたので、『セーラームーン』は頭身が高いし、アニメファンの皆さんに届くものにしてみようかという思いは、ややありました。
小黒 それは覚えています。僕は、佐藤さんに「『アニメージュ』で毎月取り上げてくれないか」と言われたんです。
佐藤 そうそう。そうでしたね(笑)。
小黒 「『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』(TV・1991年)の記事で吉松(孝博)さんが毎月マンガを描いていたように、只野和子さんに毎月マンガを描いてもらうというのはどうだ」って言われましたもの(笑)。
佐藤 (笑)。描く人まで提案してね。でも、そうなんです。そういうアプローチを『セーラームーン』でやっていきたいなと思っていたことは間違いないので。
小黒 それで「アニメージュ」誌上で決めゼリフ募集をしてしまって。
佐藤 してしまいましたね(笑)。
小黒 「佐藤さんが言い出した企画だから」ということで、自分の回で使うことになり……。
佐藤 回収するしかない。
小黒 で、24話(「なるちゃん号泣!ネフライト愛の死!」)でネフライトが死にそうになって、なるちゃんが泣いてるところに、セーラームーン達が現れて「水でもかぶって反省しなさい!」などの決めゼリフを言うことに(笑)。
佐藤 そうそう(笑)。「この回しかないじゃ~ん」と思って。
小黒 よりにもよって、シリアスに盛り上がってる時に、こんな愉快な決めゼリフを言わせなくても、と思いますよね(編注:佐藤順一の提案による、セーラーマーキュリーとセーラーマーズの決めゼリフを募集する企画がアニメージュで実現。彼と太田賢司プロデューサー、東伊里弥プロデューサーの審査で決めゼリフが決定した。提案した佐藤が責任をとるかたちで、本編で決めゼリフを使うことになったのだが、それがシリアス編の24話「なるちゃん号泣!ネフライト愛の死!」だった。その後、佐藤はシリーズから離れてしまうのでこの回で使うしかなかったのだ)。
佐藤 「他の話数じゃ駄目だった?」という感じもありましたけどね。でも、あそこでやるのが『セーラームーン』らしかったと、今は思いますけどね(笑)。
小黒 今思えばそうですね。でも、「火星に代わって折檻よ!」とか「水でもかぶって反省しなさい!」って、選ぶほうも考えるほうも、人が死ぬようなシリアスなアニメだと思ってないですよね。
佐藤 まあ、そうですね(笑)。庵野さんは『セーラームーン』のことを「お気楽極楽」と言っていましたが、言い得て妙と言いましょうかね。確かにそういうものを目指してたなと。子供バラエティだと思ってますからね。
小黒 『セーラームーン』が「お気楽極楽」?
佐藤 そうそう、バラエティテイストで。
小黒 特にバラエティ感があるのは1年目ですね。
佐藤 そうですね。『R(美少女戦士セーラームーンR)』(TV・1993年)以降は少しドラマ寄りになっていったと思います。
小黒 最初のシリーズで佐藤さんが担当した話数はあまり多くなくて、演出までやったのは3本で、コンテのみが2本ですね。その頃には『ユンカース・カム・ヒア』が動き出していたわけですね。
佐藤 そうそう、そんな時期ですよ。
小黒 『ユンカース・カム・ヒア』の前に『リトルツインズ』(OVA・1992年)がありますね。
佐藤 『リトルツインズ』、仕事の内容は助手ですけどね。
小黒 総監督が土田(勇)さんで、佐藤さんは演出だったのでは。
佐藤 土田さんは「こんな芝居にしたい」「ああいう画にしたい」ってアイデアはあるけど、具体的に作画や撮影の処理をどうすればいいか分からないので、そういうところを僕にやってほしい、みたいな話だったんです。だから演出と言いながらも、実際には演出助手に近いですね。土田さんに「これはどうしたいんですか」と聞きながら、原画チェックしたりする仕事でしたね。
小黒 チーフディレクターで平田敏夫さんがクレジットされていますね。
佐藤 全体のことは、平田さんが土田さんとやってたのかもしれないね。ただ、僕は『リトルツインズ』に関して、平田さんと打ち合わせはあまりしていないんですよね。
小黒 確認させてください。佐藤さんは1話の演出をしたんですよね。
佐藤 そうだったと思う。1話は、原画チェックもした気がします。
小黒 それ以降の回では、お手伝いはしてない?
佐藤 してないと思いますね。土田さんが不慣れな、音楽とか音響の時に少しお手伝いしたかな。
小黒 土田さんには「『とんがり帽子のメモル』の時にやれなかったことを」という思いがあったんですかね。
佐藤 あったでしょうね。『メモル』で「小人達の生活感をちゃんと描いていきたい」ということをおっしゃっていたけれども、どうしてもマリエルサイドのドラマに引っ張られていって、小人側の描写っていうのは薄くならざるをえなかった。演出もそこに神経を使うタイプの人ばかりではないので、土田さんにとって『メモル』っていうのは「もっとああしたかった」、「こうしたかった」が沢山あったシリーズだったんですよね。だから、土田さんはノッて『リトルツインズ』をやってらっしゃったと思いますね。
小黒 なるほど。本当に絵本のような作品でしたよね。
佐藤 画作りを凄く大事にしていましたよね。確か、特別なセルを発注して使ってたんですよ。普通のツルツルしたものじゃなくて、表面にスモークが入っているやつで、セル重ねはそんなにできないんですが、キャラクターのほっぺにクレヨンのような掠れたタッチが入る。
小黒 アートアニメ的ですね。平田さんはそういった画作りの部分に関わっているのかもしれませんね。
佐藤 そうかもしれないですね。
第694回 『蜘蛛ですが、なにか?』OPの話、続き
C-15、最下層のFollow。C-12〜14の続きでした。実は観る人が観ても絶対に誰も気づかないと思いますが、C-12〜15のBGオンリー(3DCGありですが)は、俺の”『タッチ』(1985年)憧れ”からきているんです。杉井ギサブロー監督『タッチ』のOP・EDが大好きなのは、この連載でずっと前に語ったと思います。90秒(『タッチ』後半はアニメに追いつき気味だった原作連載を引き離すための本編尺短縮目的で120秒ほど)しかないフィルムに、BGオンリーの弱PAN(背景のみのゆっくりPAN)が何カットも入るんです。その滞空時間が「凄い!」と常々思ってて、「今回は異世界を見せるBGオンリーのカットを作ろう」と思って取り組んだのですが、速すぎ(尺短すぎ)て、誰1人『タッチ』を彷彿なんてしませんでしたよね? C-16、魔王・アリエル。ま、こーゆーカットは”なんとなく”出てきます。結構最後のほうまで迷ってた記憶が。マント(?)のようなもので分割画面に蜘蛛子のあれこれ。ダイジェストっぽいけど、一応本編の使い回しではなくOP用の新作です! C-17、18。フィリメスを中心に女子キャラキラキラ♡。コンテ切ってて、フィリメスは楽しい! OPコンテを切ってる時はもちろん、キャストの方々の芝居はすでにひととおり聴いているので、これを描いてる時は奥野香耶さんのフェリメスのテンションが頭にあった上での動きでした。『Wake Up, Girls! 新章』のかやたんとはまた違ったキャラで面白いですよね。板垣のコンテムービーを観ていただければテンションの高さは伝わると思います。でもまあ、とにかく何作もOPを作ってると、単純な髪・スカートなびきで並ぶだけのキャラ紹介カットは描きたくなくなるもので、まわりを料理で埋め尽くしたり、毎回少し捻ったものにするわけです。
で、
第322回 アイディアのかたまり
第693回 おめでとう! 〜『蜘蛛ですが、なにか?』EDコンテ
はい、毎年1月28日といえば、そう、自分の誕生日! そしてこれも毎年恒例の
で、本編のエンディングコンテムービーをどうぞ!
エンディングの話、どうしよう? オープニングの話の続きを先にやったほうがいいですよね? はい、じゃあOPの続き(C-7までは前にやりましたよね)。
C-8、シルエットの蜘蛛子INして振り返り。実はいちばん最後にコンテが埋まったカット。こーゆーなんでもないカットこそなかなか決まらないのが常。作画、蜘蛛子はほぼコンテのコマどおりのはず。古典的な光エフェクト。
C-9、こっちはCG蜘蛛子回転の周りにクラスメイトのシルエット。そしてステータスやスキル表記。CGモデルが本当に良くできてたので回してしまえ! と。プラモデルとかになったらいいな〜。
C-10、「誰かの瞳に映る誰か」ということで、ネタバレ注意なのでこれ以上語りません。ただ、テクニカルなことをいうと、コンテとカメラワークが違います。作打ち→演打ち、そして撮影で少しずつ手が加わって現行のものになりました。
C-11、勇者・ユリウス対蜘蛛。こちらも板垣のコンテをベースに『コップクラフト』のキャラデ・作監、芝居もアクションもなんでもこなす木村博美さんによる原画。乗算、かつ色抜き撮影は気に入ってます!
C-12〜14はエルロー大迷宮の3DBG。上層の瞬く鉱石や中層(C-13)のマグマや火山は自分のリクエストでした。背景も3Dで動かしたい! と。
てとこで仕事に戻ります!
アニメ様の『タイトル未定』
286 アニメ様日記 2020年11月15日(日)
2020年11月15日(日)
やたらと歩いた日。午前中は一人で北区を歩く。デスクワークを挟んで、午後はワイフと東長崎辺りを歩く。散歩の途中で街の小さな図書館に入ってみる。落ち着いていて、雰囲気のいい図書館だった。日曜夕方の図書館というのもよかった。
「佐藤順一の昔から今まで」の原稿でエンディングテロップを確認する必要があり、Amazon Prime Videoで劇場版『悪魔くん』と『悪魔くん ようこそ悪魔ランドへ!!』をレンタルする。この半年でこの2本をレンタルするのは3度目だけど、それでも購入するよりは安いはず。
2020年11月16日(月)
DVD BOOKの『家なき子』1巻を観る。いやあ、面白い。前に視聴した時よりもずっと面白い。出崎さんや杉野さんがそれを意識していたとかどうかは別にして、東映系のスタッフが地に足がついた演出とレイアウトシステムで『アルプスの少女ハイジ』や『母をたずねて三千里』を作ったのに対して、虫プロ系のスタッフである出崎さん達が「立体アニメ」で名作物を作ったのは筋が通っていると思う。
2020年11月17日(火)
散歩で池袋から練馬まで歩くつもりだったが、夕方までにやらなくてはいけない作業があることを思い出して、江古田で昼飯を食べて西武池袋線で事務所に戻る。12時から16時までデスクワーク。17時から西武新宿線方面で打ち合わせ。
編集作業中の書籍で、ずっと抱えていたある作業に決着が着く。決着が着くというかゴールが見えた。悩むよりも現物を作ったほうが早かった。現物を作ったのは僕ではなくて、事務所のスタッフだけど。
2020年11月18日(水)
TOHOシネマズ 池袋で『日本沈没2020 劇場編集版 –シズマヌキボウ-』を鑑賞。配信版『日本沈没2020』を再構成したもので、新作シーンはないはずだが、配信版よりもずっと楽しめた。配信だと「おいおい」と突っ込みを入れたくなるところも、自然に観ることができた。音響効果のためだと思うが、エピローグ部分が随分と盛り上がった。
「設定資料に入っているPC打ちの文字は設定資料の一部なのか」について考える。書籍にどう載せるのかに関して言うと、現場で使われた素材をそのまま載せたいなら「PC打ちの文字」ごと収録したいし、デザイナーが描いたデザイン画として載せるなら「PC打ちの文字」を外すのはあり、になるかなあ。
2020年11月19日(木)
仕事の合間に、散歩で池袋から代々木公園まで歩く。年に二度くらい「もっとアニメに詳しくならなくては」と思うのだけど、今日も「川元利浩アニメーション画集」関連の資料を見ながらしみじみとそれを思った。具体的に言うと『カウボーイビバップ』の原画を見たら、即座に「あの話のあの場面の原画だ」と分かるくらいになりたい。
2020年11月20日(金)
前日の代々木公園の紅葉が綺麗だったので、ワイフと共に代々木公園に。この日は徒歩ではなく、山手線で移動した。代々木公園の後、ワイフが前から行きたかったサンドイッチ屋さんに。テイクアウト専門なのに、注文してからサンドイッチを作りはじめる本格的な店だった。
仕事をしながら『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』と『まえせつ!』を1話から配信中の最新話まで視聴。『まえせつ!』は温泉旅館で漫才をする話が面白かった。
Kindle Unlimitedに倉多江美さんの作品が入ったのを知り、読み始める。懐かしい。読んでいなかったタイトルにも手を出す。
2020年11月21日(土)
朝はデスクワーク。その後は散歩コース「いきいきウォーク新宿」を歩く。早稲田近くの豊橋からスタートして、神田川に沿って中野区の菖蒲橋まで。川に沿って歩けない部分以外があるのは残念だけど、基本的には快適だった。事務所に戻って「アニソンアカデミー」の「悪ソン大特集」を聴きながらデスクワーク。16時から吉松さんとSkype飲み。
第199回 マイ・フェア・レディのように 〜雲のように 風のように〜
腹巻猫です。3月スタートの東映スーパー戦隊シリーズ最新作「機界戦隊ゼンカイジャー」の音楽に渡辺宙明先生の登板が決定(大石憲一郎氏と共作)。95歳で連続TVシリーズの音楽を手がけるのはギネス級と話題です。久しぶりに胸躍るニュースでした。放映が楽しみです。
アニメ化30周年を記念して『雲のように 風のように』のHDリマスター版ブルーレイが1月20日に発売された。同時に、Amazon Prime Video、dアニメストア等の動画配信サービスで映像配信も開始。さらに、サウンドトラック・アルバムの音楽配信も始まっている。サントラCDは放送当時発売されて以来、長らく入手困難になっていたので、うれしいニュースだ。
今回は、この『雲のように 風のように』の音楽を取り上げよう。
『雲のように 風のように』は1990年3月に放映された単発TVアニメ作品。第1回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した酒見賢一の小説「後宮小説」を原作に、総監督を鳥海永行、アニメーション制作をスタジオぴえろ(現・ぴえろ)が担当してアニメ化された。
原作は、中国風の国・素乾を舞台にした架空歴史ファンタジー。ファンタジーといっても、魔法が使われたり、龍などの空想上の生き物が登場したりすることはない。ありえたかもしれない架空の国の歴史をファンタジーとして楽しむユニークなタイプの作品である。
原作によれば1607年のこと。素乾国の皇帝が急死し、宮廷は新皇帝のために新たな後宮の宮女を募集する。地方に生まれ育った少女・銀河は「三食昼寝付き」で学問もできるという条件に惹かれて、それに応募。都に上り、宮女を育成する女大学での研修を経て、ついに正妃に選ばれる。いっぽう、新皇帝の即位をめぐって宮中では陰謀がめぐらされ、地方では反乱ののろしが上がっていた。銀河もその動乱に巻き込まれていく。
女大学の寮に入った銀河のルームメイトの少女たちや、女大学の先生、退屈しのぎに反乱を起こす男たち、陰謀をめぐらす先代皇帝の皇太后ら、個性的なキャラクターが生き生きと描かれているのが魅力。中国風の衣装や美術など、アニメならではのビジュアルも見どころだ。
音楽は丸谷晴彦が担当した。
現在参照できるプロフィールによれば、丸谷晴彦は1971年、バークリー音楽院作曲科入学のため渡米。1974年、米国音楽家組合に加盟後、主にR&B、映画音楽、CM音楽等の作曲・編曲活動を行う。1985年に帰国し、TVドラマ、劇場作品、アニメーション、ゲーム、CM、ミュージカル等の音楽の作曲・編曲に携わっている。
映像音楽作品に、実写劇場作品「宇宙からの帰還」(1985)、「花のズッコケ児童会長」(1991)、「微笑みを抱きしめて」(1996)、「グッバイエレジー」(2016)、TVドラマ「女監察医 室生亜季子」シリーズ、「警部補 佃次郎」シリーズ、「小京都ミステリー」シリーズ、「千利休 〜春を待つ雪間草のごとく〜」(1990)など。アニメでは、OVA『GREED』(1985)、TVアニメ『フランダースの犬 ぼくのパトラッシュ』(1992)などの音楽を手がけている。
『雲のように 風のように』の音楽は、全編、映像に合わせたフィルムスコアリングで作られている。
中国風の作品であれば、音楽も中国風のメロディや中国の楽器を使用したものになりそうだが、本作の場合は違う。銀河がルームメイトのタミューン(玉遥樹)と対面する場面で中国風の曲が流れたり(サントラ・アルバム未収録)、一部、胡弓(もしくは胡弓風の弦?)の音色を使用した曲があったりするが、基本的には、欧米映画音楽風のサウンドで統一されている。ある意味、本作の音楽のユニークなところだ。
音楽は大きく分けると、銀河と宮女たちの日常を描く音楽、宮廷の陰謀を描くスリリングな音楽、反乱軍と朝廷軍の戦いを描くダイナミックな音楽の3種類。物語が進むにつれて、これらの要素が入り乱れ、絡み合う。さらに場面に応じた情景描写曲や心情描写曲が加わる。銀河にはテーマモティーフが与えられ、そのメロディが随所に使用されている。オーソドックスなハリウッド映画音楽的な手法だ。本作は、バークリー音楽院で学んだ丸谷晴彦の本領が発揮された作品とも言えるだろう。
本作のサウンドトラック・アルバムは1991年3月にバップから発売された。収録曲は以下のとおり。
- オープニングテーマ 後宮
- 皇帝崩御〜さまざまな女人群像〜琴皇太后の陰謀
- 銀河のテーマ〜銀河父娘
- 宦官真野の行列(緒陀県から都へ)〜銀河と宦官真野
- 渾沌と平勝(義侠団)〜都への行進〜馬上の渾沌と平勝〜銀河と平勝〜義侠団
- 荘重な都、壮大な王宮
- タルト〜タルト婆ア〜双槐樹との出会い
- 世沙明〜娥舎〜江葉
- 女大学〜セト・カクート先生
- 銀河と玉遥樹の秘密
- 琴皇太后の策略
- 銀河追放?〜双槐樹との再会
- 双槐樹の危機
- 幻影達の夢〜幻影達と渾沌の野望
- 挙兵反乱
- 銀正妃誕生〜銀正妃の不安
- 皇帝陛下と対面〜皇帝陛下の悲しみ
- 反乱軍、破竹の進撃
- 琴皇太后の死
- 後宮の戦い〜玉遥樹死す
- 停戦交渉〜素乾国の使者、錦正妃
- 渾沌との再会
- 双槐樹との最期〜別離〜皇帝の死
- 宮女達の開放〜終戦
- テーマソング 雲のように風のように(歌:佐野量子)
CD版の最後に収録された主題歌「雲のように風のように」は配信版では割愛されている。
全曲収録ではないが、主要な曲を劇中使用順に収録した構成。劇場作品や単発テレビ作品のサントラ盤は、発売日を公開・放映に間に合わせるために中途半端な内容になってしまうことがあるが、本アルバムの発売は放映から1年後。そのおかげか、ラストシーンの曲までしっかり収録されているのがうれしい。
曲名も使用場面をストレートに表現したもので、本編を観ていれば、どのシーンの曲か見当がつく。複数曲を1トラックにまとめている場合も、使用場面を「〜」でつないで表記しているのでわかりやすい。サントラCDのブックレットには曲解説が掲載されていないが、曲名を見れば解説は不要である。
難を言えば、曲名に登場する「混沌」「世沙明(セシャーミン)」「幻影達(イリューダ)」「双槐樹(コリューン)」などがキャラクターの名前であることが本編を観ていないとわかりづらいこと。が、これはサントラ・アルバムの罪ではない。
1曲目の「オープニングテーマ 後宮」は本編冒頭からメインタイトルが出るまでの曲。朽ち果てた建物が並ぶ都の廃墟が映し出されたあと、曲調が転じて、繁栄していた過去の都の情景に変わる。本作が歴史ファンタジーであることをアニメならではの表現で伝える印象深い導入の曲である。
トラック2「皇帝崩御〜さまざまな女人群像〜琴皇太后の陰謀」は皇帝崩御にともなう宮中の混乱と陰謀を描くサスペンスタッチの曲。
トラック3「銀河のテーマ〜銀河父娘」が本作の主人公・銀河のテーマである。クラリネットがメロディを奏でる明るくユーモラスな曲で、天真爛漫な銀河のキャラクターをうまく表現している。後半は星空の下で銀河と父親が語らう場面のリリカルなピアノのメロディの曲。優雅でロマンティックな曲調は、60年代のハリウッド映画音楽を思わせる。
本作の音楽の中では、筆者は、銀河の曲と女大学での宮女たちの日常を描く曲が気に入っている。上記の「銀河のテーマ〜銀河父娘」をはじめ、銀河とルームメイトとの出会いを描く「世沙明〜娥舎〜江葉」(トラック8)や「銀河追放?〜双槐樹との再会」(トラック12)、銀河が正妃に選ばれた場面の「銀正妃誕生〜銀正妃の不安」(トラック16)などである。いずれもシンフォニック・ジャズ、もしくはシンフォニック・ポップス風のサウンドで書かれていて、本作の音楽全体の中でも特異な個性を放っている。
筆者は、このシンフォニック・ジャズ的な音楽から、1964年に公開されたオードリー・ヘップバーン主演の「マイ・フェア・レディ」を連想した。地方から都に出てきて宮女の研修を受け、新皇帝の正妃となる銀河のシンデレラ・ストーリーが「マイ・フェア・レディ」に重なるのだ。「マイ・フェア・レディ」の音楽は同名舞台ミュージカルの音楽をジャズ・ピアニストでもあるアンドレ・プレビンが編曲した。60年代ハリウッド映画を象徴する、ジャジーでロマンティックなサウンドの音楽である。深読みだとは思うが、銀河の音楽は「マイ・フェア・レディ」へのオマージュかも……。そんなことを想像しながら音楽を聴くのも楽しい。
反乱軍の進撃と戦いを描く「挙兵反乱」(トラック15)、「反乱軍、破竹の進撃」(トラック18)、「後宮の戦い〜玉遥樹死す」(トラック20)などは、ダイナミックでありつつもユーモラスなタッチを交えて書かれている。もともと「退屈しのぎ」に起こされた反乱であることを反映しての描写だろう。銀河が反乱軍の中に乗り込んでいく場面の「停戦交渉〜素乾国の使者、錦正妃」(トラック21)も同様である。
ほかに本作の音楽の聴きどころと言えるのが、銀河と新皇帝との愛と別離を描く「皇帝陛下と対面〜皇帝陛下の悲しみ」(トラック17)と「双槐樹との最期〜別離〜皇帝の死」(トラック23)だ。いずれも銀河と新皇帝の真情が描かれる場面の音楽で、全編の中でも際立ってシリアスで繊細な曲調で書かれている。「皇帝陛下と対面〜皇帝陛下の悲しみ」では終盤の胡弓(?)のもの悲しい調べが胸を打つ。「双槐樹との最期〜別離〜皇帝の死」は、弦とピアノ、オーボエなどが奏でる切ないメロディが2人の万感の想いを伝える。本作のドラマを支えて深く心に残る音楽である。
トラック24「宮女達の開放〜終戦」は物語を締めくくる曲。銀河と宮女たちが宮殿を去っていく場面の曲と、登場人物たちのその後が語られるエピローグの曲のメドレーになっている。終盤に現れる哀愁を帯びた主題は悠久の時の流れとその中で生きる人々の想いを感じさせる。実はこのメロディは、1曲目の「オープニングテーマ 後宮」と同じ主題。映像も、冒頭と同じ都の廃墟が映し出されて終わる。秀逸な音楽設計と演出だ。
このあと、銀河役の声優も務めた佐野量子が歌う主題歌「雲のように風のように」(作詞・真名杏樹、作曲・釘崎哲朗、編曲・山川恵津子)が流れてエンディングとなる。アイドルポップス風のなかなかの名曲だ。この曲が配信版アルバムに含まれないのは、原盤の権利元が異なるためだろう(CDでは「協力:BGMビクター株式会社」のクレジット入りで収録)。この歌、ベスト盤やコンピレーション盤にもなかなか収録されず、現在入手困難になっているのが残念。この機会に配信でいいから再発してもらいたいものだ。
ともあれ、サウンドトラック・アルバムが30年ぶりに手軽に聴けるようになったのはよろこばしい。ぜひ、映像とともにお楽しみいただきたい。
さて、こうなると次は、本作と同じく日本ファンタジーノベル大賞入選作を原作にしたアニメ『満ちてくる時のむこうに』(1991)の映像とサウンドトラックの再発に期待したいところ。こちらの音楽は佐藤允彦。まだまだ、お宝は眠っている。
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第321回 16時間なのです。
第692回 『蜘蛛ですが、なにか?』OPコンテ
最近では、オープニング・エンディングのコンテはStoryboard Proで曲に合わせて直接コンテムービーを描いていくので、こんな感じのが毎回できあがります!
そのままデスクトップに放置しとくのもなんなので、今作も公開させていただきました。『ベルセルク』の2クール目のOPからですかね、たしか。まだ発表していない『てーきゅう』のOPコンテムービーが何本かあった気がしますが、またの機会に。
で、すみません。仕事に戻ります。来週はEDムービーのほうを!
アニメ様の『タイトル未定』
285 アニメ様日記 2020年11月8日(日)
2020年11月8日(日)
新文芸坐のモーニングショーで「ようこそ映画音響の世界へ」を鑑賞。これは劇場で観てよかった。作品の中で紹介されている映画の音響を、ちゃんと映画館の音響設備で楽しむことができた。
引き続き、配信で『新ゲッターロボ』を視聴。『真(チェンジ!!)ゲッターロボ 世界最後の日』も『真ゲッターロボ対ネオゲッターロボ』も『新ゲッターロボ』もヒネり技の作品であり、これはこれでいいんだけど、ヒネっていない新作『ゲッターロボ』も観たい。だけど、もしも自分が新作『ゲッターロボ』の企画書を書いたり、シリーズ構成をやる機会があったとしたら、やっぱり何かヒネってしまうのかもしれない。
2020年11月9日(月)
ワイフと西武池袋本店で開催されていた「魔夜峰央原画展」に行く。豪華な展示でありましたよ。
2020年11月10日(火)
この日から生活パターンが冬型に切りかわった。早朝散歩をやめて、深夜から朝までデスクワーク。午前中か午後に散歩をするのだ。朝までで、その日の一番重たい作業を終わらせるのが理想だ。
15時から新文芸坐で「ブエノスアイレス」(1997・香港/96分/BD)を観る。プログラム「ウォン・カーウァイ 色香とリリシズム」の1本。なんとなく観たつもりになっていたのだが、この映画は未見だった。冒頭に濃厚な男性同士のラブシーンがあり、こんなセンセーショナルな始まり方をする映画なら、観て忘れているわけがない。
オンエア中の深夜アニメを配信ではなく、録画で観る。深夜アニメに関しては配信で観る機会が増えたけど、録画で観るのも楽しい。特にアニメ関連のCMが多い番組が楽しい。『おそ松さん』の最新話の、結婚式に出席した六つ子が深夜の街を歩くだけの話は好みのコンセプトなんだけど、贅沢を言うともうひと味ほしい。いや、それを望むのは本当に贅沢だけど。
Zoomによる社内打ち合わせで「その作品のサブキャラで人気があるのはどれか」というアニメ雑誌の編集部らしい話題が展開。「このキャラはOADで出番があるらしいですよ」「え、OADが出ているの? 俺、チェックしてないよ」「Amazonにはまだ新品がありますよ」とかそんな感じ。
「なつぞらのアニメーション資料集[劇中アニメ・小道具編]」 の見本が印刷会社から届く。分厚い。束見本を作っていたので、分厚いのは分かっていたけど、やっぱり分厚い。それだけ資料を詰め込んだのだ。それから、アニメスタイルの書籍の中でもマニアックな1冊だ。
2020年11月11日(水)
午前4時に事務所へ入って、12時までデスクワーク。新文芸坐で12時35分から「恋する惑星」(1994・香港/103分/BD)を鑑賞。これも「ウォン・カーウァイ 色香とリリシズム」の1本。こちらは前に観ていた。このところ自分の中に「映画を観た実感がほしい」という欲求があったが「ブエノスアイレス」と「恋する惑星」でかなり満たされた。この監督の別の映画も観たい。
就寝前に「かわいい後輩に言わされたい」2巻をKindleで読む。前にも書いたけど、自分の年齢でこれを楽しんでいていいのかという気がする。前に話題にした時は「この作品を映像化するなら実写でもいい」と書いたけど、やっぱりアニメがいいな。OVAとかで、濃厚な演出と作画で観たい。
2020年11月12日(木)
デスクワークの合間に「アニメスタイル20周年記念展 特別編 ササユリの仕事」初日のササユリカフェに顔を出す。これまでの「アニメスタイル20周年記念展」はアニメスタイル側で展示物を用意していたのだけど、「ササユリの仕事」はササユリの方達にお任せした。「なつぞらのアニメーション資料集[劇中アニメ・小道具編]」 に載っていない資料が幾つもあってびっくり。
『体操ザムライ』を配信している5話まで視聴。気持ちよく観ることができた。キャラクターが地に足をつけているところがよいのかもしれない。夕方はApple Musicで「聖戦士ダンバイン オリジナル・サウンドトラック 総音楽集」を聴きながらキーボードを叩く。無料でこんなにいいものを聴かせてもらって申し訳ないくらいだ。いや、本当は無料ではないのだけど。
2020年11月13日(金)
録画で「浦沢直樹の漫勉neo」の諸星大二郎さんの回を観ながらキーボードを叩く。他の回もいいんだけど、この回はとてもよかった。動いている諸星さんを観るのも、声を聞いたのも初めてかもしれない。子どものようなことを書くけれど、今まで諸星さんのことを人間離れした存在のように感じていた。勿論、そんなわけはないのである。続けて観ていなかった星野之宣さんの回も再生する。
事務所から歩いて新宿のバルト9に。公開日朝イチの回で『魔女見習いをさがして』を鑑賞。予想していたよりも、ずっと『おジャ魔女どれみ』だった。最初に「『おジャ魔女どれみ』のファンを主人公にした映画だ」と聞いた時には、どうなってしまうんだろうと思ったけれど、綺麗に着地していた。そして、同じスタッフで『おジャ魔女どれみ』テイストの、『おジャ魔女どれみ』でない作品も観たいと思った。鑑賞後、新宿御苑内をひとまわり歩いてから、徒歩で池袋に戻る。
来年出す予定の書籍の編集スケジュールと発売日を調整する。やっぱりプロジェクトのスピードが落ちているなあ。
12日(木)に続いて、Apple Musicの「聖戦士ダンバイン オリジナル・サウンドトラック 総音楽集」を聴く。続けてApple Musicで『超時空要塞マクロス』関係のアルバムを聴く。久しぶりに聴いているけど、TVのミンメイの歌は当時よりも好きだな。長生きしたら、今よりも好きになっている気がする。『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の挿入歌もおそらく同様。
2020年11月14日(土)
早朝からデスクワーク。午前中にワイフと散歩。早朝散歩で歩いたコースを昼間に歩く。13時半から事務所で打ち合わせ。16時から吉松さん、ワイフとイベントの打ち合わせをしつつ食事。
第320回 久々に自炊モード
佐藤順一の昔から今まで(10)『もーれつア太郎』と「五月はじめ、日曜の朝」
小黒 『悪魔くん』についてはオープニングについてもうかがわないと。
佐藤 よく褒められるやつね。未だに褒められる(笑)。
小黒 確か佐藤さんは原画も描いてましたよね。
佐藤 原画も描いてましたっけ?
小黒 画面の手前から奥に灯りが消えていくBG ONLYのカットは、佐藤さんの担当ですよね。
佐藤 消えていくやつか、やりましたね。凄くBOOKが多いのに暗いカットだから、大変だったはずです。あんまりやらないタイプのカットですね。
小黒 その他にはどこをやられたんでしたっけ?
佐藤 他はどれだったかなあ。東嶽大帝が水平線の向こうから立ち上がるカットは自分でレイアウトを切ったかもしれないですけど(編注:他のBG ONLYのカットにも佐藤さんの原画担当があると思われる)。作画をしたカットは巧い人が入ってくれたので、ほぼおまかせで、手を入れてもいないですね。
小黒 なるほど。
佐藤 作画が誰だったかって知っているんでしたっけ?
小黒 当時、佐藤さんからうかがいました。十二使徒が次々と技を繰り出す長いカットが羽山淳一さんでしたね。羽山さんはあの1カットだけのはずですよ。
佐藤 冒頭で火が踊るところ、火のエフェクトが人の形のようになって踊るっていうところは谷口守泰さん? 違うかな。あそこも凄くいいんですよね。『悪魔くん』のオープニング、原画はとても勉強になった記憶があります。巧い人が描くとやっぱ違うなあと思ったんですよ。
小黒 作画は混成軍なんですね。
佐藤 そうですね。製作担当が懇意にしてる人を連れて来てくれていたんだと思いますね。僕から「この人にやってくれ」ってお願いしてはいないです。
小黒 『悪魔くん』の後番組が『もーれつア太郎』(TV・1990年)。『ア太郎』ではシリーズ通して満遍なく演出をされていますね。この作品はどういう取り組みだったんですか。
佐藤 当時、赤塚不二夫アニメをフジテレビでやってたんですよね。『おそ松くん』だったかな。
小黒 先に『おそ松くん』(TV・1988年)をやっていて、次が『平成天才バカボン』(TV・1990年)ですね。
佐藤 その数字がよかったのでテレ朝の企画が通り、『もーれつア太郎』をやることになりました。プロデューサーの旗野さんから「『もーれつア太郎』は下町人情ドラマでいくのだ」という方針が出ました。やっぱり、東映はハイパーギャグよりも日常ドラマが得意だろという判断だったと思います。
小黒 手応え的にはいかがだったでしょうか。
佐藤 やっぱり、赤塚不二夫さんの作品が自分の原点にあるんですね。だから、赤塚マンガを映像にしていく楽しさがずっとありましたよね。よく赤塚マンガで見ていたポーズをふんだんに取り入れたりして、そういったことが楽しい作品でした。
小黒 構えもせずに作ることができたという感じでしょうか。
佐藤 そうです。重圧感はそんなになかった。TV局にはフジテレビの『平成天才バカボン』『おそ松くん』に負けないようなものを作ってほしいという要望が出ていて、それが、プレッシャーといえばプレッシャーだったんですが、トータルでは割とリラックスできたというか。例えば視聴率に関してなんとかしてほしいみたいな話も、やってる間に必ず出てくるんですけども、「じゃあ、アバンでニャロメのショート劇場みたいのやりましょう!」とアイデア出して。
小黒 ああ、ありましたね!
佐藤 そういうことを提案するのも楽しかったですね。「誰がやるんだ?」「僕がやります! やりますから!」って言ってね。
小黒 あのショート劇場は佐藤さんが全話をやったわけではないんですよね。
佐藤 全話はやっていないと思いますが、自分の演出担当回でない話数もやっています。ゴレンジャーパロみたいなやつも、多分やってるんじゃないかな(笑)。
小黒 で、『ア太郎』と『きんぎょ注意報!』の間に「TOKUMAアニメビデオえほん はないちもんめ」(OVA・1990年)があるわけですよ!
佐藤 これは営業事業部と徳間書店の作品ですね。
小黒 佐藤さんの隠れた代表作ですよ。
佐藤 「五月はじめ」がタイトルになっているやつですね(笑)。(編注:佐藤順一が「TOKUMAアニメビデオえほん はないちもんめ」で手掛けた2本の内の1本のタイトルが『五月はじめ、日曜日の朝』。偶然にもインタビュアーである小黒のペンネームが「五月はじめ」だった)
小黒 東映でタイトルのところに「五月はじめ」と書かれているカット袋が置いてあるのを見て、何が起きたのかと思いました(笑)。これは創作童話の映像化ですね。
佐藤 そうですね。企業が一般から募集した童話の受賞作をアニメにするという企画だったはずですね。
小黒 演出する作品は自分で選べたんですか。
佐藤 選べたはずです。いくつかある中で、これをやりたいと手を挙げてやった気がします。
小黒 「はないちもんめ」で佐藤さんが演出を担当した2本の内の1本が『峠についた赤い郵便受け』。これはスタンダードな童話でしたね。
佐藤 はい、そうですね。ちょっと年齢低めの原作を選んで、その年齢に合わせて作るみたいな感じだったかなあ。
小黒 「はないちもんめ」も久々に研修生集結作品だったんですよね。
佐藤 そうですね。研修生の大久保(唯男)が映像事業部に行って、それで立ち上げた企画だったはずです。年配の人がいない現場でしたよ。たまに徳間の偉い感じの人がちょっと言ってくるぐらいの感じで。それも自由といえば自由でしたね。
小黒 もう1本の『五月はじめ、日曜の朝』は入魂の作品だったのではないかと思うのですが。
佐藤 そうですね。気合入ってましたね。
小黒 佐藤順一ファンを名乗るならこれを観ろ! というぐらいの作品ですよね。
佐藤 その後の原点な感じありますよね。あれで色んなことを試してますよね。
小黒 脚本はあったんですか。
佐藤 シナリオライターが書いた脚本はありませんでした。自分で凄く短いシナリオのようなものを書いたんだと思います。「え、この分量だと、尺が全然足りないんじゃないの?」「いや、これがちょうどいいんです」とやりとりした記憶があるので。
小黒 主人公は少年で、飼っていた犬が死んでしまうんでしたね。
佐藤 走ることで犬が死んだことから立ち直っていく。犬が死んで走れなくなった子がお父さんからもらった靴を履いて走ることができるようになった。それだけの話ですから。
小黒 事件らしい事件があるわけではなく、ひたすら走っているところを見せて、少年の気持ちを描いていく。
佐藤 あとは犬がいた時の記憶と、親達が普段と様子が違う自分の子供を見守っているシーンが続く。
小黒 のちの『魔法使いTai!』1話でもやることになる「お話がなくても作品は作れるのだ」ということを実践した作品ということですね。
佐藤 そうですね。その頃からそういう主義ではありましたから。画的なことで言うと、『ユンカース』もやってくださった美術の門野真理子さんにお願いしてたことがあるんです。「『1本まるまる思い出の中』みたいな作品ってありえるんだろうか」と、多分そういうオーダーをしたと思うんですよね。ディフュージョンかけるということではなく、もしかしてこれは記憶の中の出来事かなって、観ている人が思えるような世界観でやりたいな、と言っていて、そういうことも試しました。『ユンカース』もそうなんですけどね。
小黒 達成感はいかがでしたか。
佐藤 思っていたものが思っていたように仕上がった感はありましたよね。まあ、「観る人」を選ぶなとは思いましたけどね(笑)。
小黒 「TOKUMAアニメビデオえほん はないちもんめ」って、低価格の販売用童話アニメビデオが大ヒットした時に、その流れに乗って企画されたシリーズですよね。だけど、内容も凝っているし、価格も安くはない。ヒットしていたシリーズとは全然違うものが出来上がってしまった。
佐藤 そこに需要はないですが、みたいな(苦笑)。
小黒 僕らは嬉しかったですけどね。
佐藤 『草之丞の話』とかもね、新井浩一くんの画の世界観ががっつり出てるし。
小黒 僕の中だと『草之丞の話』は西尾大介さんの最高傑作ですよ。確かに新井さんの画も素晴らしいです。
佐藤 いいですよね。誰だったか、巧いアニメーターが 『草之丞の話』を誉めていたんですよ。『草之丞の話』をやった新井浩一さんを尊敬していると、熱を込めて語っていたのを覚えています。
小黒 僕も当時、「アニメージュ」でページを取って『五月はじめ、日曜日の朝』と 『草之丞の話』を取り上げましたよ。
佐藤 ありがとうございます。
小黒 Blu-rayにしてほしいアニメの1つですね。
佐藤 確かに何年かおきに観たいなと思う作品ですね。
第691回 放映開始!
『蜘蛛ですが、なにか?』第1話、観ていただけたでしょうか? いよいよ放映が始まりました!
いただいたお仕事はなんでも「これも縁!」と(スケジュールの許す限り)すべてお受けする自分。「アイドル」「百年戦争」「刑事もの」ときて今度は

と。単純に「蜘蛛の目線」でコンテ切れる? 『ガンバの冒険』とかみたいな? などと考えたような気がします。あと映像表現的には「蜘蛛ほかモンスターバトルは3DCGを作って」とかもプロデューサーさんから進言があったと思います。大好きなローアングルで巨大なモンスターを3DCGでカメラワークやりたい放題。テレコム時代、周りの先輩方に「俺は”作画でカメラ回り込み”がやりたくてアニメーターになりました!」と公言して憚らない板垣でした。『あしたのジョー2』前後の、表現が無限に自由な出崎統監督作品に魅了された身からすると、回り込みあってこそのアニメーション。回り込まない画はアニメーションじゃない! と断言するくらい。
アニメーションに不可能はない! いや、あってはならないのです! 2Dだ作画だ3DだCGだは、先にある「やりたい表現」に対して後からついてくるものだ!
と常々考えてコンテを切っています。それこそ演出・コンテなどの教本に書いてあることこそブチ破るつもりで! そんな感じで今回も描きました。ただ原作ファンの方々はご存知かと思いますが、この作品は下手に語ると即ネタバレに繋がるので、その辺気にしつつ、オープニングから。まず、
安月名莉子さんの『keep weaving your spider way』、とてもカッコいいですよね!!
今作の俺的テーマ「カッコいいアニメを作る!」にピッタリの主題歌で、コンテ切ってる時は楽しく、画が続々浮かんできました。そういえば安月名さんのMVも痺れましたね〜。
じゃあとりあえず頭から語ります!
C-1〜3の何やら幾何学的模様のカット。これ実は板垣の描いた各話のコンテ表紙タイトル文字を撮影してもらったものです。フレームは自分で打ったものが使われているはず。なぜ表紙を使ったかというと、前奏部分に合うと思ったからで、理屈なし。各話サブタイトルをOPにのせるのは、自分的に『バスカッシュ!』の時からやってますので、すでにスタンダードです。
C-4〜6、主要キャラらの紹介カット。とにかくキャラがずらずら横並びするのがやりたくなく、こうしました。
C-7は再びコンテ表紙タイトル。で、時間切れ! C-8以降はまた来週。近いうちにOP・EDのコンテムービーを上げようと相談中です。
第198回 北のウエスタン 〜ゴールデンカムイ〜
腹巻猫です。新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。昨年から厳しい状況が続きますが、今年はSOUNDTRACK PUBレーベルの新譜も計画しています。お楽しみに。
今回は、昨年(2020年)10月から12月まで第3期が放映されたTVアニメ『ゴールデンカムイ』の音楽を取り上げよう。
『ゴールデンカムイ』は野田サトルの同名マンガを原作にしたTVアニメ作品。監督は難波日登志、アニメーション制作はジェノスタジオが担当した。2018年4月から6月まで第1期が、同年10月から12月まで第2期が放映されている。
舞台は明治時代後期の北海道。「不死身の杉元」の異名を持つ日露戦争の英雄・杉元佐一はアイヌから奪われた莫大な埋蔵金のうわさを聞き、アイヌの少女・アシ(リ)パ((リ)は小さいリ。以下同じ)とともに埋蔵金探しを始める。その隠し場所の手がかりは、網走監獄から脱獄した24人の囚人の体に刺青として刻まれているというのだ。一攫千金をねらう軍人や新撰組の生き残りなどが埋蔵金探しに加わり、脱獄囚の追跡と刺青人皮の争奪戦がくり広げられる。
北海道が舞台になるアクション時代ものといえば、劇場アニメ『カムイの剣』(1985)やTV時代劇「隠密剣士」(1962)の第1部などが頭に浮かぶが、本作はアイヌの文化や習俗が丹念に描写されているのが大きな特徴。たびたび登場する狩りや料理の場面は本作の見どころになっている。
そのいっぽうで、復讐心や歪んだ欲望、並外れた野望を持ったキャラクターがぞくぞく登場し、陰謀と暴力が物語を推進する。かと思えば、緊迫した展開の中でギャグシーンが挿入されるなど、多彩な魅力が凝縮された冒険活劇だ。
音楽は末廣健一郎が担当。TVドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」(2016)、「チア☆ダン」(2018)、TVアニメ『Re:ゼロから始める異世界生活』(2016)、『はたらく細胞』(2018)、『炎炎ノ消防隊』(2019)などの音楽を手がける、今、勢いに乗っている作曲家のひとりである。
本作の音楽作りについて、末廣健一郎がアニメ公式サイトのインタビューで語っている。それによれば、作曲前に独自に北海道まで取材に行き、アイヌ民族博物館でアイヌの文化や音楽について話を聞いたという。その後、監督や明田川仁音響監督との打ち合わせを経てアイヌ音楽には固執しないことになったが、アイヌの楽器や音楽性は劇中曲の随所に生かされている。また、本作の音楽にはアイヌの楽器だけでなく、ギリシャのブズーキや中東のサズ、ケルトの笛や南米のオカリナ、ケーナなど、さまざまな民族楽器が使用されている。特定の国や地域にかたよらない無国籍的なサウンドも本作の特徴であり、魅力である。
末廣健一郎が本作のメインテーマのヒントにしたというのが、エンニオ・モリコーネの「ドル箱3部作」の音楽である。
エンニオ・モリコーネは末廣健一郎が敬愛すると語る作曲家。惜しくも昨年7月に亡くなったが、「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988)や「海の上のピアニスト」(1998)などの美しい映画音楽で世界中の映画ファンに愛された作曲家だ。
が、筆者や多くのサントラファンにとっては、エンニオ・モリコーネといえばマカロニ・ウエスタンだ。「ドル箱3部作」とは、モリコーネが音楽を担当したセルジオ・レオーネ監督の「荒野の用心棒」(1964)、「夕陽のガンマン」(1965)、「続・夕陽のガンマン」(1966)のこと。いずれもクリント・イーストウッドが主演し、彼がブレイクするきっかけにもなった。この3作で、モリコーネはマカロニ・ウエスタン音楽の典型と呼べるサウンドを作り上げている。口笛、口琴、コーラス、哀愁を帯びたメロディ、ギターがかき鳴らすリズムなどである。
実は筆者が映画音楽にはまるきっかけになったのが、ラジオから流れてきた「続・夕陽のガンマン」のテーマ曲だった。それくらい、モリコーネの音楽は強烈な印象を残す。後年は美しいメロディを紡ぐ作曲家として人気を得たモリコーネだが、もともとは、現代音楽、民族音楽、ロック、ポップスなど、多様な音楽性を操る作曲家であり、60〜70年代には前衛音楽的な作品やラウンジミュージック的な作品もある。モリコーネの音楽は幅広く、奥深い。
末廣健一郎は『ゴールデンカムイ』のメインテーマについて、モリコーネの「ドル箱3部作」の音楽からインスピレーションをもらったと語っている。メインテーマと思われる曲「旅の幕開け」を聴けば、なるほどとうなずける。が、それだけではなく、『ゴールデンカムイ』の音楽全体が、民族音楽、ロック、オーケストラなど、さまざまな要素がミックスされた、モリコーネ的な音楽だと感じる。特定のジャンルにおさまらない、映像音楽ならではの魅力にあふれた、「これぞサウンドトラックの醍醐味」とひざをたたきたくなる快作である。
本作のサウンドトラック・アルバムは、第2期放送終了後の2019年3月にNBCユニバーサル・エンターテイメントから発売された。2枚組50曲入りのボリューム。内容はディスク1が第1期の物語に、ディスク2が第2期の物語に対応している。
今回はディスク1から紹介しよう。収録曲は以下のとおり。
- 旅の幕開け
- 奪われた金塊
- ウェンカムイ
- ヒンナヒンナ
- アイヌコタン
- 鬼の副長
- 反逆の情報将校
- 追跡者
- 逃走
- オソマ
- カムイモシ(リ)
- 生き抜いた価値
- 猟師の魂
- 殺しの匂い
- 獣と獣
- 北鎮部隊
- 幕末の亡霊
- 不敗の牛山
- 煌めく
- レプンカムイ
- 谷垣狩り
- イトウの花
- 女将
- 無い物ねだり
- 誑かす狐
- 見る女
構成は実によくできている。劇中で流れた曲を物語の流れに沿って配しているが、使用順そのままではない。適宜曲順を変えて、アルバムとして聴きやすいようにまとめている。また、曲名もエピソードのサブタイトルを使ったり(「猟師の魂」「煌めく」「誑かす狐」など)、キャラクターの異名を使ったり(「鬼の副長」「不敗の牛山」など)、劇中に登場する印象に残る言葉を使ったりと、想像力を刺激する付け方になっている。ディスク2も同様だ。
1曲目の「旅の幕開け」は本作のメインテーマと呼べる曲。やや哀愁を帯びた笛のメロディの導入から、リズム、ストリングス、コーラスなどが加わり、スケール大きく展開していく。エンニオ・モリコーネのマカロニ・ウエスタン音楽が連想されるが、モリコーネの曲のパロディになっているわけではない。末廣健一郎が「民族音楽ロック」と語る、本作独自の楽曲に仕上げられている。
この曲は第1話のラスト、杉元がアシ(リ)パと協力して埋蔵金を探す決意を固める場面に流れたほか、第1期の最終話・第12話の本編ラストシーンにも使用された。まさに、第1期を象徴する曲である。
トラック2の「奪われた金塊」は第1話で杉元がアイヌから奪われた埋蔵金の話を聞く場面に使用。女声ボーカリーズからストリングスと笛のミステリアスな曲調に展開する。これもモリコーネ的な雰囲気の曲である。
次の「ウェンカムイ」は、第1話の杉元とヒグマの死闘の場面に使用。危機感に富んだサスペンス&アクション曲として、以降のエピソードでもよく使われている。曲名の「ウェンカムイ」とはアイヌ語で「悪い神」のことだ。
トラック4「ヒンナヒンナ」とトラック5「アイヌコタン」は民族音楽風の楽曲。「ヒンナヒンナ」はパーカッションと笛の音が素朴な雰囲気をかもし出す。アシ(リ)パが料理をする場面や杉元たちがアイヌ料理を食べる場面によく使用されている。「ヒンナ」は食べ物に対する感謝の言葉である。「アイヌコタン」は第3話で杉元がアシ(リ)パの故郷の村を訪れる場面に流れていた曲。「コタン」は「集落」のことだ。
ユーモラスな「オソマ」(トラック10)はアイヌ音楽の要素が濃厚に盛り込まれた楽曲。アイヌの民族楽器ムックリ(口琴)とトンコリ(五弦琴)が使われている。かけ声のような女声ボーカルも特徴的。「オソマ」とは「うんこ」のことなのだ。その次の曲「カムイモシ(リ)」(トラック11)はパーカッションと笛、ストリングスなどのシンプルな編成でアイヌの古くからの伝説や暮らしのイメージを伝える。「カムイモシ(リ)」とは「神の住むところ」という意味である。
トラック6の「鬼の副長」は新撰組副長・土方歳三のテーマと呼べる曲。作曲者によれば「新撰組をテーマにした曲」のひとつだそうだが、第3話の土方の登場場面をはじめ、土方が現れるシーンにたびたび選曲されている。緊張をはらんだ弦のフレーズがくり返され、後半は男声コーラスが加わって、陰謀と暴力の香りがただよう。これもモリコーネを連想させる曲だ。トラック17「幕末の亡霊」も新撰組をイメージさせる曲で、重厚なリズムとスリリングな弦のフレーズが印象的。笛とエレキギターのアンサンブルが「和製マカロニ・ウエスタン(変な表現だが)」みたいだ。
キャラクターをイメージさせる曲としては、ほかにトラック7「反逆の情報将校」、トラック13「猟師の魂」、トラック18「不敗の牛山」などがある。が、インタビューによれば、特定のキャラクターをテーマに作った曲は少なく、アシ(リ)パと白石、牛山の曲があるくらいだという。個性的なキャラクターと楽曲を結びつけた本編の選曲と曲名づけのセンスが光る。それも、キャラが立った(=キャッチーな)印象的な楽曲があるからこそである。
冒険活劇を盛り上げるサスペンス曲やアクション曲は、本作の音楽の聴きどころのひとつ。猟師・二瓶鉄造と杉元、アシ(リ)パたちが対決するエピソード(第6、7話)で使われた「殺しの匂い」(トラック14)と「獣と獣」(トラック15)は、不気味な緊張感と野性的な荒々しさをあわせ持ったサスペンス曲だ。また、第9話で流れた「谷垣狩り」(トラック21)は低音の弦のうねりから始まり、緊迫したリズムと圧迫感のある弦とホルンによるフレーズのくり返しでじわじわと盛り上がる曲。同じ音型を反復するオスティナート的な手法が使われている。
収録曲の中でも一風変わっているのがトラック19の「煌めく」だ。讃美歌風の美しい混声合唱から始まるが、途中から、ざわめきのような、あえぎ声のような、不思議な声が混じってくる。曲のなかばを過ぎると、しだいに妖しく、不穏な気配がただよう。インタビューによれば、これは「変態」というオーダーで作られた曲。異常なエクスタシーの瞬間をイメージした曲で、第8話と第9話に登場する連続殺人犯・辺見の心理描写に使用された。また、第二期の第20話ではラッコの肉を食べた杉元たちが興奮状態になるシーンに選曲されて絶大な効果を上げている。
「変態」のオーダーに応えた別タイプの曲がトラック20の「レプンカムイ」。弦合奏をバックにボーカルが妖しく歌うオペラ風の楽曲である。第9話で海に落ちた辺見の体に巨大なシャチが食らいつく衝撃的なシーンに使用されていた。「レプンカムイ」とはアイヌ民族に伝わるシャチの姿をした海の神である。
第10話、雪山を進む杉元たちは足元に咲く福寿草の花を見つける。アシ(リ)パはアイヌの民は福寿草を「イトウの花」と呼んでいると話し、杉元たちにアイヌに伝わるイトウの伝説を語り始める。そんな場面に流れるトラック22「イトウの花」。エスニックなリズムをバックにハープとストリングスが優美なメロディを奏でる、ケルト音楽とクラシック音楽をミックスしたような、本作らしい個性的な楽曲だ。アルバムの中でもほっとひと息つけるナンバーになっている(これがアシ(リ)パのテーマだろうか?)。
トラック23からの3曲「女将」「無い物ねだり」「誑かす狐」は、第11話に登場する札幌世界ホテル(別名・殺人ホテル)の女将・家永がらみの場面に使用された曲。「女将」はシンセの幻惑的なサウンドで家永の常軌を逸したたくらみを描写する。「無い物ねだり」は、バイオリンソロとストリングスによる哀しげなメロディで家永のミステリアスなキャラクターを表現する曲だ。
「誑かす狐」は、白石が家永にひと目ぼれする場面に流れたギターと笛などによるユーモラスな曲。第12話では白石が占いの得意なアイヌの女・インカラマッにひと目ぼれする場面に使用されている。白石のテーマとも呼べる曲である。
ディスク1を締めくくるのはトラック26の「見る女」。弦合奏をバックにオーボエがエキゾティックな旋律を奏でる。ブズーキやサズなどの民族楽器が加わり、妖しくも神秘的な曲に展開。インカラマッがキツネの頭骨を使って占いをする場面に流れている。インカラマッとは「見る女」という意味だ。杉元とアシ(リ)パの未来になにが待ち受けているのか。期待と不安を残してディスク1は終わる。
ディスク2には、第2期の物語に沿って、第1期に負けず劣らず強烈なキャラクターの曲や網走監獄を舞台にした激しい戦闘の曲などが収録されている。中でも、トラック23の「呼応」は、ストリングスと笛、女声ボーカリーズなどによる温かく心にしみる1曲。第1期でも、第4話のアシ(リ)パとエゾオオカミ・レタ(ラ)との別れの場面に流れて、深い印象を残した。「旅の幕開け」と並ぶ「民族音楽ロック」の曲、「新月の夜に」(トラック13)、「樺太へ」(トラック24)も聴きどころだ。
『ゴールデンカムイ』の世界に鳴り響いているのは、東西の民族音楽、ロック、オーケストラなど、さまざまな要素がミックスされたジャンル分け不能の音楽である。キャッチーでエネルギッシュで意外性に富み、ときにユーモラス。「○○風」とひと口に言いきれない型にはまらないサウンドは映像音楽ならではの魅力にあふれている。劇中に流れているときは「カッコいい曲だなぁ」「面白い曲だ」と思いながらも聴き流してしまいがちだが、サウンドトラック単体で聴くと、思った以上に民族楽器が使用されていることや、アレンジに工夫がこらされていることに気づき、うならされる。劇中では1度か2度しか流れない曲もあるので、サントラ盤でじっくり聴いていただきたい。
最後に、第3期放映を機に、未収録曲を含めたサウンドトラック2がリリースされますように(切望)。
ゴールデンカムイ オリジナル・サウンドトラック
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第319回 「宇宙よりも遠い場所」が再放送!
第690回 また新しい年の始まり

重ね重ね、1月8日(金)から『蜘蛛ですが、なにか?』放映開始になります! スタッフ一同頑張ってて、鋭意制作中! 是非観てください!
でも一応放映前なので、今週はまだ詳しい話はしないほうがよいかと思うので、内容になるべく触れないようにします、あしからず。
監督と名乗るからにはできるだけ多くコンテを切る(描く)、いつものこと!
今作もほぼ全話のコンテを切ってます。まあ現場(制作会社)の体制にもよりますが、少なくとも今のミルパンセでは、自分がアクションと止めのメリハリを計算に入れた費用対効果の高いコンテを上げたほうが、クオリティ・コントロールがしやすいってことです。しかし、その機能性云々とは別に、この『蜘蛛』に関しては、やはり全話自分でコンテを描き連ねたほうが結果良かったと思います。なぜなら、いわゆる「異世界転生」ブーム真っ盛りのこの現代において、板垣は全く「異世界」にも「転生」にも精通しておらず、剣と魔法の世界にも詳しくなく、RPGとかいうのももう30年以上やったことがなくて、「ステータスの意味は?」「HPって何?」など、専門用語を助監督および周りのスタッフに教わりながらのコンテ作業だったからです。つまりそれこそ、まるで自分自身が本当に異世界に迷い込んだ気分を味わえて、いつにも増して楽しんでコンテを切りました。なので取りあえず、観てください!
皆さん、お待たせしました。アニメーター&キャラクターデザイナーとして活躍し、多くのファンに支持されているクリエイター、川元利浩の作品集を刊行します。刊行するのはイラストレーションを集めたイラスト集「川元利浩アニメーション画集 TOSHIHIRO KAWAMOTO ARTWORKS : THE RELUCENT 2006-2020」です。さらにその「川元利浩アニメーション画集」にデザイン画集、原画集、サイン入り複製色紙を加えた「川元利浩アニメーション画集 スペシャルセット(直筆サイン入り複製色紙付き)」も発売します。なお、サイン入り複製色紙は、イラストを印刷した色紙の1枚1枚に、川元利浩が直にサインを入れたものとなります。
以下にその内容を紹介します。
●画集「川元利浩アニメーション画集 TOSHIHIRO KAWAMOTO ARTWORKS : THE RELUCENT 2006-2020」
「川元利浩アニメーション画集」には、川元利浩が2006年以降に発表したイラストの大半を収録します。収録作品は『カウボーイビバップ』『血界戦線』『血界戦線 & BEYOND』『ノラガミ』『ノラガミ ARAGOTO』『トワノクオン』『天保異聞 妖奇士』「機動戦士ガンダムシリーズ」等。イラストだけでなく、イラスト作成のために描かれたラフや線画まで収録。A4変型(縦297mm×横220mm)で本文200ページを越えるボリュームたっぷりの書籍となります。表紙イラストは川元利浩による描きおろしです。
●キャラクターデザイン集「川元利浩アニメーション画集[デザイン編]/The Design Works of Toshihiro Kawamoto」
「川元利浩アニメーション画集[デザイン編]」は川元利浩が描いたキャラクターのデザイン画(線画)を収録した書籍です。B4変型(縦266mm×横364mm)の大型サイズで、本文140ページを予定。『血界戦線』『ノラガミ』等のより緻密に描き込まれた近年のデザイン画、鉛筆で描かれた原版が残っていたものは原稿原寸のB4サイズで収録します。収録作品は『血界戦線』『ノラガミ』『トワノクオン』『天保異聞 妖奇士』『GOLDEN BOY さすらいのお勉強野郎』『おいら宇宙の探鉱夫』(制作年順)を予定しています。一流キャラクターデザイナーの線の魅力が楽しめる一冊です。
●原画集「川元利浩アニメーション画集[原画編]/The Key Animations of Toshihiro Kawamoto」
「川元利浩アニメーション画集[原画編]」は川元利浩がアニメーション制作過程で描いた原画(修正原画)を収録した書籍です。判型はA4正寸(縦210mm×横297mm)で本文280ページを予定。川元利浩としては初の原画集となります。キャラクターデザイン・作画監督として参加した『カウボーイビバップ』『血界戦線』等だけでなく、作画監督・原画として参加した『宇宙戦艦ヤマト2199』等の原画も収録します。
●サイン入り複製色紙
川元利浩による描きおろしイラストを印刷した色紙に、彼が直にサインを入れたものです。作品は『カウボーイビバップ』『WOLF’S RAIN』』『血界戦線』『ノラガミ』で、そのうちの1枚が「川元利浩アニメーション画集 スペシャルセット(直筆サイン入り複製色紙付き)」につきます。色紙の作品は購入時に選ぶことが可能です。
●価格・販売方法など
「川元利浩アニメーション画集」の定価は4000円+税。Amazon、「アニメスタイル ONLINE SHOP」、イベント、一部の書店で2021年3月後半から発売します。
「川元利浩アニメーション画集 スペシャルセット(直筆サイン入り複製色紙付き)」の定価は9000円+税。2021年1月7日から、WEBの「アニメスタイル ONLINE SHOP」の特別ページで受付を開始し、2021年3月後半から発送を開始する予定です。なお、本セットは限定販売商品であり、予約が予定生産数に達することがありましたら、販売を終了します。
また、直筆サイン入り複製色紙がつかない「川元利浩アニメーション画集 スペシャルセット」も販売します。こちらも「アニメスタイル ONLINE SHOP」の特設ページで販売します。定価は8000円+税となります。
●川元利浩 プロフィール
1963年7月15日生まれ、三重県出身。アニメーター、キャラクターデザイナーとして活躍。代表的な仕事に『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』『超時空世紀オーガス02』『おいら宇宙の探鉱夫』『GOLDEN BOY さすらいのお勉強野郎』『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』『カウボーイビバップ』『WOLF’S RAIN』『天保異聞 妖奇士』『GOSICK-ゴシック-』『トワノクオン』『テンカイナイト』『ノラガミ』『血界戦線』等がある。株式会社ボンズ取締役。
●リンク
「アニメスタイル ONLINE SHOP」の特設ページ
https://animestyle-shop.sakura.ne.jp/main/
▲以上の情報は2021年1月7日現在のものです。商品の内容等を変更する場合があります。変更があった際はこのページの情報を追記・変更いたします。
アニメ様の『タイトル未定』
284 アニメ様日記 2020年11月1日(日)
2020年11月1日(日)
午前中は「佐藤順一の昔から今まで」の原稿まとめ作業。13時に渋谷のモヤイ像前で待ち合わせして、吉松さんと「ドラゴンクエストウォーク」をやりながら散歩。渋谷を出発して、明治神宮を経由して新宿まで。その後、吉松さんお気に入りの「美味しくはないけど好きな店」で飲む。確かに美味しくはないけど、いい店だ。吉松さんと別れて、新宿から池袋まで歩く。
2020年11月2日(月)
午前1時くらいに事務所に入る。タイプミスではない。深夜の1時に事務所に入った。『未来少年コナン』最終回を観るためにこの時間に起きたわけではないけれど、最終回ラストシーンをリアルタイムで観ることができた。今回の再放送ではSNSが盛り上がった。皆が『未来少年コナン』の話をしているのが楽しかった。また『ふしぎの海のナディア』をNHKで再放送することがあったら、同じように深夜にやってほしい。
その後は早朝散歩とデスクワーク。YEBISU GARDEN CINEMAの15時10分からの回で『ウルフウォーカー』吹き替え版を鑑賞。画作りが独特で魅力的。ユルめのダイエットを始めた。酒量も減らすことにした。YEBISU GARDEN CINEMAの帰り道で旨そうな店をいくつも見つけたのだけど、酒を呑みたくなりそうなので我慢。カウンターだけの店でうどんを食べた。
2020年11月3日(火)
「佐藤順一の昔から今まで」の原稿まとめを続ける。珍しく映像も流さず、音楽も聴かず、原稿を進める。夜は田島列島さんの「水は海に向かって流れる」を読む。雰囲気がいいのか、キャラクターがいいのか、とにかく楽しめた。女性キャラのセリフがよかった。
2020年11月4日(水)
ワイフとの早朝散歩は続いている。この日は鬼子母神方面を歩いた。確認することがあってdアニメストアで『ビックリマン』を流しながら作業をする。天子男ジャックの声が山本圭子さんだなんて忘れていたけど、声を聞く前にキャラクターの顔を見て「あ、山本圭子さんだ」と思った。顔か。天子男ジャックの顔が「山本圭子キャラ」の顔なのか。聖フェニックスの高戸靖広さんの芝居が味わい深くてよいと、改めて思う。午後にまた散歩。オールナイト企画でNGが出たり、企画の延期があったり。半分はコロナのせいなので仕方がないのだが、イベント企画がなかなか上手くいかない状況となっている。
寝る前に、Kindleで「チェンソーマン」9巻を読む。直前の展開を忘れていたので、1巻から8巻まで読み直してから、9巻を読む。今連載している辺りは原作全体で言うと、どのくらいのところまできているのだろうか。まだまだ先があると思うけれど(後日追記。この時の僕の読みは大外れ。既に連載は最終回が近かった)。
2020年11月5日(木)
引き続き、「佐藤順一の昔から今まで」の原稿作業。OVA『ゲッターロボ アーク』の製作発表と共に、YouTubeで歴代OVA『ゲッターロボ』の配信が始まった(配信されていたのは11月2日~9日)。『真(チェンジ!!)ゲッターロボ 世界最後の日』を1話から9話まで観る。懐かしいなあ。監督交代がなかったら4話以降はどんな展開になったんだろう。富野由悠季監督作品のサントラが、各音楽配信サービスで配信開始。まずは『戦闘メカ ザブングル』のサントラを聴く。
2020年11月6日(金)
ワイフとの早朝散歩以外はデスクワーク。作業が一段落したら午後から出かけるつもりだったけど、そういうわけにもいかず、夕方まで事務所で作業。『真(チェンジ!!)ゲッターロボ 世界最後の日』を最終回まで観て、同じく配信中の『真ゲッターロボ対ネオゲッターロボ』を全話観た後、『新ゲッターロボ』を途中まで観る。
2020年11月7日(土)
ユルめのダイエットは続いている。表参道で開催中の「小林七郎・忠隈真理子 二人展「多様性」」に行く。小林さんの絵画は、アニメでのお仕事に通じるものがあった。帰りは表参道から千駄ヶ谷まで歩く。途中で寄った古本屋で、背表紙が赤の本ばかりを並べた棚(ジャンルはバラバラ)があって感心する。
Kindleで田島列島さんの「田島列島短編集 ごあいさつ」「子供はわかってあげない(上)」「(下)」を読む。
第318回 あ、正月終ってた……。
第317回 ありがとう2020年!!!!
佐藤順一の昔から今まで(9)『ポケットの中の戦争』と『悪魔くん』
小黒 で、その頃の東映以外の仕事に『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』(OVA・1989年)があるわけですね。2話と5話の絵コンテを担当されていますね。
佐藤 『0080』は高梨さんが紹介してくれたもので、それから高山(文彦)さんと打ち合わせをしたようなところですかね。
小黒 なるほど。脚本はそのまま絵コンテに移し替えられるぐらいのものだったんでしょうか。
佐藤 『0080』は少しいじってるんですよね。変えた内容を細かくは覚えていないんですが、5話のラストシーンに関しては、後で会った人に「5話のコンテを見たけれど、佐藤さんのコンテのほうが納得いった」と言われた記憶があるので、多分気になるポイントがあったんでしょうね。シナリオは高山さんだったかな。
小黒 シナリオは山賀(博之)さんです。
佐藤 そうか、山賀さんか。『0080』って市街戦やゲリラ戦をやったりして『Zガンダム』よりも現実味が強いじゃないですか。そういったネタを扱っているのに、ドラマの描写が戦争ものとしてはありがちなパーツで埋め尽くされている感じが気になっていたんです。描かれる悲劇も、子供と心を通わせた青年が最後に戦いの中で散っていくことも含めて、ステレオタイプなものに思えた。そして、恋をしそうになる女性パイロットの扱いも、「ううーん」みたいな。そんなにリアルじゃないロボットアクション作品だったらいいんだけど、リアルな戦争を描いていますよ的なスタンスのドラマだったので、気になったんだと思います。
小黒 でも、絵コンテとしては、そこは抗うわけにいかないですよね。
佐藤 そうですね。ただ、それで5話のラストをちょっと変えたと思うんですよ。最終的にシナリオに沿ったかたちに戻されていると思うんだけど、引っかかったところは引っかかったなりに処理をして渡した記憶が。
小黒 脚本をアレンジした絵コンテを提出したけど、その後の過程で元の流れに戻っているということですね。
佐藤 そうですね、戻ってますね。
小黒 2話でアルが車を走って追いかけるという場面があって、その中にマンガっぽい感じの長回しのカットがあるんです。あれは佐藤さんが膨らました部分ではないんですか。
佐藤 いやあ、覚えてないなあ。もともと僕の地がマンガっぽい演出スタイルだからやったのかもしれないけど、『0080』はマンガっぽくするよりも、体感できる芝居を入れていったほうがいいのかなと思っていたんです。実際にその描写が残っているかどうかは分からないけど、バーニィが座る前に、足で砂をザッザッって払ってから座るとか、そういうことを僕はコンテでいっぱいやっています。それで、原画で参加していた稲野(義信)さんから「面倒くさいんだよなー」って苦笑いされました。
小黒 バーニィと会話していたアルが立ち去る時に、わざわざカバンを拾うワンアクション入れて立ち去る。で、また戻って来て話をするとかですね。
佐藤 面倒くさいことをやってるんですよ(笑)。『0080』はリアリティ志向でそういうのがほしいのかなと思って入れたんですけどね(笑)。
小黒 この頃のペンネームの仕事の中で意外とボリュームがあるのが『ちびまる子ちゃん』(TV・1990年)ですね。
佐藤 『ちびまる子ちゃん』は、『悪魔くん』(TV・1989年)で一緒にやってくれたライフワークという制作会社があって、そこからコンテを発注されたという流れで参加しましたね。これもコンテのみのお手伝いですね。
小黒 ペンネームが天上はじめですね。どうして天上はじめなんですか。
佐藤 これはなんでですかねえ。覚えてないですね。付けるのが面倒くさかったからラーメンの天下一品ラーメン辺りから取ることにして、天下じゃそのままだから天上にしようかとか、そのぐらいラフな発想ですね、きっと。
小黒 肩の力を抜いて楽にできるお仕事だったんでしょうか。
佐藤 そうですね。そんなにしんどくはなかったです。でも、芝山(努)さんの作る世界観や仕事には敬意を持っていたので、機会があったらやってみたいなあという気持ちはありましたね。『ちびまる子ちゃん』は世界観の作り方や、平面的なレイアウト等も含めて、指針がはっきりしていました。そういう作品をやるのにも興味ありましたからね。
小黒 『ちびまる子ちゃん』の1期は構図が本当に平面的で、道を歩いてるキャラクターが、寝そべってるように見えるぐらいでしたよね。そういったスタイルについては口頭で説明を受けたんでしょうか。
佐藤 「こういうふうにしてほしい」という演出メモみたいなものがありましたから、言葉だけじゃなかったと思います。
小黒 なるほど。『きんぎょ注意報!』(TV・1991年)は『ちびまる子ちゃん』の後なんですけど、漫符の使い方について『ちびまる子』からの影響はないですか。
佐藤 『ちびまる子』からの影響っていうのは特にないですね。そもそも『ちびまる子』は放映自体をそんなに観てるわけではないので。
小黒 『ちびまる子』も顔に縦線が入ったりするじゃないですか。
佐藤 顔に縦線とか、びっくり星が出るという表現は、『ビックリマン』の担当回でもちょいちょいやってると思うんです。だから、そういうマンガ的な表現を入れていくことに、割と抵抗がない。積極的にやっていたというよりも抵抗がないという感じだと思います。マンガ表現って意外と初号で受けるんですよね。なので頻繁に使っていた気はします。
小黒 東映のお仕事の話に戻ります。『悪魔くん』で久々にシリーズディレクターですね。これはどういった取り組みだったんでしょうか。
佐藤 『メモル』とかで可愛がってくれた旗野さんがプロデューサーをやるということで、呼ばれました。でも、旗野さんは体調を崩されてしまって、放送前に横山(和夫)さんと交代してお休みされることになったんですが、僕はそのまま『悪魔くん』を引き受けてやりました、という感じですね。
小黒 作品としては、立ち上げから関わっているわけですか。
佐藤 そうなんですけれども、旗野さんは『悪魔くん』を「和風ホラーみたいなテイストで展開していきたい」と話していて、そのつもりで準備していたんですけど、横山さんに交代した時点で「これは少年ヒーローものにする」って、方針が変わったんですよ。準備の時間があまりなかったこともあったので、自分の意見はあまり出さずに、横山さんが何をやるか聞いて、それについていこうと。だから、自分のスタンスとしは2~3歩下がっているんですよ。方向性が結構変わったので、その中で現場を上手くまわすための取り組み方になるんですよね。
小黒 少年アクションものと言いつつ好戦的じゃなくて、レギュラーキャラが紳士的で穏やかですよね。このテイストはどなたの持ち味なんでしょうか。
佐藤 それはもともとの水木(しげる)さんの「悪魔くん」が持っていたものじゃないかなあ。
小黒 この取材の前に「コミックボンボン」版の「悪魔くん」を読んだんですが、アニメのほうがちょっと上品というか、柔らかい感じになっていると思います。
佐藤 横山さんは「ヒーローものなんだけど、やっぱり友情だよ友情!」と言っていたし、友情推しはあったかもしれない。
小黒 なるほど。
佐藤 それが優しいテイストになったのは、もしかしたら鈴木欽一郎さんの画の個性による部分もあるかもしれないです。「殺伐とした世界観にしないようにしよう」とか、「目指すものは友情と暖かさとほのぼのである」みたいな方向性が出されたわけではないので。
小黒 なるほど。作っている内に自然とああなっていった?
佐藤 そうですね。悪魔くんの家族の、ちょっと抜けた感じとかね。
小黒 ああいう部分は佐藤さんは好きそうですよね。
佐藤 あの辺の間抜け感は確かに(笑)。でも、その中でも明比(正行)さんがやった回とか、山内(重保)さんの回って、結構シビアな戦いのシーンがありませんでしたっけ?
小黒 エピソードによってはありますね。
佐藤 ありますよね。
小黒 佐藤さんは『悪魔くん』ではシリーズディレクターと言いつつ、絵コンテと演出をやったのは第1話のみ、絵コンテが2回あるだけで、あとは劇場版の参加になるんですよね。
佐藤 そうですね、TVをやってる内に劇場のほうに行くことになってしまったので、結構ノータッチなんですよね。
小黒 脚本打ちはずっと出てるんですか。
佐藤 ほぼ全部出てるはずですが、後半はちょっと出てないかもしれないですね。
小黒 「コミックボンボン」版の「悪魔くん」って、終わりのほうで巫女さん風の衣装を着た少女が悪魔くんの彼女的なポジションとして出てきて、幽子が嫉妬するような展開になるんですよ。アニメがもっと続いたら、このキャラクターが出てきたんですかね?
佐藤 あったかもしれないですね。排除する理由がないですよね。
小黒 鳥乙女は、原作では途中からの登場ですが、アニメでは最初から出てきます。原作がアニメに合わせて変更したということですよね。十二使徒のキャラクターをどういったかたちにするかに関しては、佐藤さんも関わってるんですか。
佐藤 勿論、打ち合わせには参加してますね。鳥乙女を入れようと話をしてるところにも立ち会っています。ただ、その辺のネタ元を作っているのも横山さんですね。
小黒 横山さんなんですね。
佐藤 横山さんはそういった設定周りを自分で作るタイプのプロデューサーだったんです。それもあって、僕は様子見をしていた。
小黒 各話に関しても横山さんのテイストは出てるんですか。
佐藤 そうですね。ホン読みを仕切って方向性を決めていったのも、基本は横山さんなので。
小黒 『悪魔くん』の2本の劇場版についてはいかがですか。
佐藤 劇場版はつらかった記憶しかないので、あんま覚えてないんですよね(笑)。シナリオの初稿ぐらいが出来てた段階での参加なんじゃなかったかな? 『悪魔くん』との関わり自体が様子見だったのと、劇場作品があんまり得意ではないところに持ってこられたのもあって「これどうするんだ?」「どっちにいくんだろう?」と眺めていた記憶がありますかね(笑)。
小黒 1989年7月に劇場版1作目『悪魔くん』が公開で、翌1990年3月に『悪魔くん ようこそ悪魔ランドへ!!』が公開されます。しかも、その間にOVAの『気ままにアイドル』が入ってる。
佐藤 『気ままにアイドル』って、その間なんだ!?
小黒 『気ままにアイドル』が1990年2月に発売だから、『ようこそ悪魔ランドへ!!』のひと月前ですよ。凄いスピードで作品を発表していますね。
佐藤 マジか。じゃあ、そこが五十嵐(卓哉)との出会いだ。
小黒 五十嵐さんが『気ままにアイドル』に参加しているんですか。
佐藤 助手をやってたはずだし、『悪魔ランド』でも監督助手だったと思います。立て続けに助手をやってもらったのを覚えています。そうそう、『気ままにアイドル』は高梨さんからのオファーでしたね。
小黒 これは制作的な条件が厳しかったんじゃないですか。
佐藤 厳しかったですね。バンダイビジュアルが用意した予算は決して少ないものではなかったんですが、東映はその中から管理費を抜いた金額で制作するんです。それは会社としては当たり前のことなんですけど、そのためにあの人を使いたい、こういうことをやりたいということが一切できなかった。高梨さんも僕も、作品が動き出してからそういった現実を思い知ったんです。バンダイビジュアルとしてはこのぐらいの予算なら、このぐらいのクオリティでできると思っていたんだけど、そのクオリティに達することはできなかった。OVAとして単体で売ることが厳しい出来になってしまったんです。東映も今は考え方が変わって、OVA等を作る時の体制は当時と違うでしょうけどね。
小黒 『悪魔くん』に戻りますね。劇場第2作の『ようこそ悪魔ランド』は、原画のクレジットが新岡浩美さんだけなんですが、新岡さんの一人原画なんですか。
佐藤 そうですね。多少誰かが手伝ってたかもしれないけれど、ほとんど新岡さんじゃないかな。表情が新岡さんの画ですもんね。
小黒 新岡さんのパワーなら全部を描いているかもしれないですね。
佐藤 そう。パワーが凄いからね。全部を描いていたとしてもおかしくないと思います。











