アニメ様の『タイトル未定』
308 アニメ様日記 2021年4月18日(日)

編集長・小黒祐一郎の日記です。
2021年4月18日(日)
仕事の合間に、新文芸坐で「有りがたうさん」(1936/76分/35mm)を観る。プログラム「天才と呼ばれた男 名匠・清水宏」の1本。タイトルになっている「有りがたうさん」は山間から街まで行くバスの運転手のニックネームだ。彼はバスに道を開けてくれた人に、必ず「有りがたうさん」と言うのだ。有りがたうさんが運転するバスが終点に着くまでを描いた群像劇で、話も面白いし、映画としてもよくできている。ラストの展開について「え、それでいいの?」と思ったけれど、再見したら印象が変わるかもしれない。原作は川端康成の「有難う」。帰宅してからKindleで読んでみたけれど、ラストの展開は映画の創作であったようだ。「有難う」が収録されているのは「掌の小説」という掌編集で、少し読んでみたがどの作品もよかった。

『BECK』や『Paradise Kiss』を手がけた小林治さんが亡くなったことを知る。少し前からSNSで小林さんの発言がなくなり、心配で、彼と親しい人に様子を探ってもらっていたのだけど、その返事が届く前の訃報だった。小林さんとは取材やイベントでご一緒したし、『ケモノヅメ』『はなまる幼稚園』では同じ作品に参加した。彼のオリジナル作品の企画書を途中まで作ったこともある。気さくで、思いやりがあって、そして熱い人だった。心よりご冥福をお祈り致します。

2021年4月19日(月)
進行中の書籍の作業、「佐藤順一の昔から今まで」の取材予習を進める。
イベントのために「アニメ様の1999年代年表」を作り始める。『THE END OF EVANGELION』『機動戦艦ナデシコ -The prince of darkness-』『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』『アキハバラ電脳組 2011年の夏休み』で、『機動戦艦ナデシコ -The prince of darkness-』だけがビデオ、LD、DVD同時リリースだったのね。確かに同じ内容で3種類のパッケージを同時進行で作った覚えがある。『THE END OF EVANGELION』の時はビデオ、LDが同時だけど、DVDは同時ではなかった。『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』『アキハバラ電脳組 2011年の夏休み』はビデオとDVDが同時だったけれど、LDは出なかった(はず)。

2021年4月20日(火)
Zoom打ち合わせが始まる前の待ち時間に「僕の心のヤバイやつ」の最新話を読んで、ミーティング画面にニヤニヤした顔をさらしてしまった。
「佐藤順一の昔から今まで」で佐藤さんの取材。この企画で4度目のインタビューだ。色々と謎が明らかになった。15時40分から新文芸坐で「花形選手」(1937/64分/16mm)を観る。これも「天才と呼ばれた男 名匠・清水宏」の1本。「有りがたうさん」は面白かったけど、こっちはピンとこなかった。笠智衆さんが学生役で出ていた。見た目は若者だけど、声は僕らが知っている笠智衆のものだった。

2021年4月21日(水)
仕事の合間に、新文芸坐で「蜂の巣の子供たち」(1948/85分/35mm)を鑑賞。これも「天才と呼ばれた男 名匠・清水宏」の1本。映画としては悪くないけれど、公開当時にあったに違いない「新しさ」については想像するしかない。就寝前に萩尾望都さんの「一度きりの大泉の話」をKindleで読む。萩尾さんの作品は数冊と短編数本を読んだだけだが、ガツンときた。
『serial experiments lain』の再見を始める。

2021年4月22日(木)
緊急事態宣言で、外食で酒が呑めなくなるらしい。これは困った。いや、僕らよりもお店のほうがずっと大変なんだけど。

2021年4月23日(金)
グランドシネマサンシャインの9時15分からの回で『映画ヒーリングっど プリキュア ゆめのまちでキュン!っとGoGo!大変身!!』を鑑賞。プリキュア5チームの扱いが「強力な先輩プリキュア」でしかなくて、それが残念。同時上映の短編『映画 トロピカル~ジュ!プリキュア プチ とびこめ!コラボ ダンスパーティ!』はよかった。『トロピカル~ジュ!』だったら、まんが映画が作れるのではないか、という気がした。
三省堂書店に行って判型とか文字詰めの参考になりそうな本をチェックして購入。それと別に、小説「男の子になりたかった女の子になりたかった女の子」を買った。表題作を読んだら大層面白くて、最後のセンテンスがまるで『少女革命ウテナ』のようだと思ったら、作者は『少女革命ウテナ』のファンだったらしい。
SNSを見ると、イベントや映画館や美術館の「中止」「休業」の話題が並んでいてキツい。

2021年4月24日(土)
ワイフと築地食堂源ちゃん東池袋店で食事。昼から吞む。緊急事態宣言のため、この後、しばらくホッピーが呑めなくなる。夜はオールナイト「新文芸坐×アニメスタイル セレクションVol. 129 大友克洋監督のアニメーション」を開催。トークのゲストは橋本敬史さんと井上俊之さん。会場はほぼ満員。今回も井上さんが積極的に話をしてくださった。
『MEMORIES』の「彼女の想いで」において、井上俊之さんがかなりの量の原画を描き直したという話は、以前のオールナイトでも出たはずだけれど、今回のトークでは「直さなかったのは2人だけ」とさらに話が具体的になった。

佐藤順一の昔から今まで(26) 「親子のないしょ」と「のんちゃんのないしょ」

小黒 もう1作品だけ聞いて今日の取材を終わりにしたいんです。

佐藤 はい。

小黒 『おジャ魔女どれみナ・イ・ショ』(OVA・2004年)です。2本やられていて、両方とも絵コンテだけですよね。

佐藤 はい。

小黒 7話「タイヤキダイスキ! ~親子のないしょ~」は、多分、ニコニコしながら絵コンテを描いたのではないかと想像するんですけれども。

佐藤 そうですね。

小黒 深刻なところがないですし、ノリノリでやられたんじゃないかと思います。

佐藤 割と楽しくやらせてもらったエピソードだよね。

小黒 で、問題は12話「7人目の魔女見習い~のんちゃんのないしょ~」ですね。

佐藤 うん。

小黒 これを観た時に『魔法使いサリー』の「ポニーの花園」だな、と思ったわけですよ。

佐藤 (笑)。「ポニーの花園」よりも、もっとハードだものね。これは、関プロデューサーの子供の頃の実体験が元になっているんですよ。

小黒 関さんのお友達が亡くなったんですか。

佐藤 そうなんです。子供の頃にあったことがベースになっていて、さすがにTVシリーズではできなかったんだけど、OVAでこれをやりたいと思ったのは関さんだと思う。

小黒 なるほど。

佐藤 難しいネタだからね。

小黒 これは以前にちょっとうかがったんですけど、シナリオだと、のんちゃんのお母さんとどれみが雪合戦やるとこで終わっているんですよね。

佐藤 そう。そこで「のんちゃん、ありがとう」と言う感じで終わってる話だったよね。

小黒 その後に、もう1人の入院していた子供がMAHO堂を訪れる展開を絵コンテで足した。

佐藤 そこはコンテで足した部分だね。

小黒 最後に、のんちゃんの声が聞こえるかどうかは、絵コンテ段階では保留だったんですね。

佐藤 保留。亡くなった人の声が聞こえる描写を、視聴者がどう受け止めるかが分からなかった。リアルに考えたら、亡くなった人は一言も喋らないのが当たり前なんだけど、記憶に残ってる子の声が聞こえることはあるかもしれない。それで、関さんに任せますと。

小黒 そうか、佐藤さんはこの話の演出処理をしていないから、判断を委ねたんですね。

佐藤 そう。アフレコも行っていないんですよね。

小黒 そして、関さんが「残す」というジャッジをされたわけですね。プロデューサーなら、そう判断すると思います。

佐藤 そうね。「やっぱりセリフがあったほうが全然いいわよ」と。自分の感覚だと、声が聞こえないほうがしっくりきてはいたんだけどね。結構リアルなことをやっているのに、最後をそうするとドラマ的な「作り」を残すことになる。落とし方としては綺麗なんだけど、そんなドラマ的なパーツを残しちゃっていいんだろうかと。

小黒 死に至るまでのカットの積み重ねは相当気を遣ってやられているわけですね。

佐藤 そうですね。シナリオではもっと長くて、1回やってみたら映えないところが多くて、大分切ったんだけど。

小黒 使われなかったエピソードやシーンがあったわけですね。

佐藤 中山しおりちゃんのエピソードがもうちょっとあったんだと思うな。しおりちゃんが病院に入ったところとか、院内学級の描写もあったかもしれない。結構バサバサと切っていかないと入りきらないぐらいの物量のシナリオだったので。

小黒 脚本も力作であったと。

佐藤 「思い入れが凄い!」っていう感じで。

小黒 (笑)。

佐藤 多分、色々リサーチもしてシナリオを書いてるんだけど、リサーチしてるうちにどんどん入り込んでいっちゃって、逃げ場をなくしちゃうんだよね。逃げ場がないっていうのは変だけど、「これも書かなきゃ。あれも入れなきゃ」と、膨大なシナリオになっていったんだろうと思います。

小黒 とはいえ、絵コンテでぎゅうぎゅうに詰め込むのも違うわけですよね。ある程度、ゆったりしたテンポが必要な話ですから。

佐藤 そう、情感も必要だから間尺もちゃんとないと。この話の絵コンテは一度、(中村)隆太郎さんに振ってみたんだけど、色々難しかったので、「俺がやります」ということになったんだよね。

小黒 佐藤さんの『おジャ魔女どれみ』はこれで終わるはずだったんですね。

佐藤 そうですね。小説(「おジャ魔女どれみ16」シリーズ)をやってることも知らなかったからね。

小黒 TVシリーズとしてきちんと終わってる上に、OVAで『ナ・イ・ショ』を作って、さらにもう1回どれみちゃんの主役で作るのも難しいですよね。

佐藤 『魔女見習いをさがして』の時は、誰に対してどう作って、どう面白がってもらえるかが、なかなか掴めなかったんですよ。「何を観たいの、みんな?」と思っていて(笑)。

小黒 『ナ・イ・ショ』だと、佐藤さんは「監修」でクレジットが出ているようですが、これはどういうお仕事だったんですか。

佐藤 シナリオ打ち合わせには、全話じゃないけど結構出てるんだよね。おんぷちゃんの話(4話「ノンスタンダード~おんぷのないしょ~」)は、ホン読みに立ち会ってた気がするんだよな。ただ、監督ではなかったから、自分の話数以外に、がっつりと入り込んでいたわけではない。

小黒 誰にどの話を振るか、みたいなことには関わってない。

佐藤 それは関わってないよね。関プロデューサーがやるにあたって、「監督目線でチェックする人が必要だから、見てよ」という感じでした。だから、シナリオが送られてきて、何か意見を出したこともあったかもしれない。シナリオ打ち合わせ全部には立ち会っていない記憶があるから。


●佐藤順一の昔から今まで(27) 『カレイドスター』の すごい 思い出・1 に続く


●イントロダクション&目次

第714回 『蜘蛛ですが、なにか?』まとめて、続き

 放送開始直後にも話題にした「私」——蜘蛛子役の悠木碧さんは『ベン・トー』以来9年ぶり。『ベン・トー』の白粉花役の時にも「悠木さん、天才だね」との感想を収録時に言った憶えがある板垣。白粉の中身を自身でしっかり作り込んできてて、一言一言にもの凄く説得力があり、毎週の収録が楽しみでした。
 で、9年経って今度は主役でもっと凄くなっての再会! だって蜘蛛子のシーンはほとんど一人語り。それがテストの段階で1話分通しての抑揚、メリハリを悠木さんのほうで計算してすでに作り込んできているのが分かるんです。最初は自分も今泉(雄一)音響監督もあれこれ注文を出してみたのですが、何か悠木さんのほうでやりにくそうに見えて、途中からは画面作りの意図から外れていない限り、リテイクを控えるようにしました。例えば「ここはもっと声を張るイメージでコンテ切っていた」と俺のほうが思っても、そのまま芝居を通して聴いてると、後でもっと大声を出す箇所が出てきて、「あ、なるほど。こちらを立てるために前は抑えてたのか」と納得させられることが何回かあり、

この作品は悠木さんの作ってきた流れで駆け抜けてもらったほうが絶対面白くなる!

と思ったのでした。ある日の収録で自分が「なるべく一気に演ってもらうよう、(収録)止めないから」と言うと、悠木さんからは「助かります!」と。結果は全話通して見ても上手くいったと思います。
 シュン役の堀江瞬さんは今泉音響監督の推薦。「名前が同じなのは偶然で、(役柄的に)合うと思ったから」と今泉音監。板垣も思いました、「ピッタリ!」って。ご本人とお話したところ、名前よりも雰囲気自体がやはりシュンに似てました!
 カティア役の東山奈央さんは、堀江さん同様、自分とは初めて(ですよね?)。男言葉の凛々しさと、お嬢様言葉のギャップが素敵でした。実は転生前の大島叶多役もやってみようってことで、オーディションの時は男子高校生声にチャレンジしていただいたりと御無理をさせてしまいました。ごめんなさい。

第210回 橋の向こうとこちら 〜BEM〜

 腹巻猫です。「ゴジラvsコング」を観ました。楽しみましたが、「え、これでいいの?」と思うところもいろいろあり。日米怪獣(映画)観の違いを考えさせられました。


 くり返しリメイクされるアニメ作品がある。『ゲゲゲの鬼太郎』が代表的なものだし、ほかにも『鉄腕アトム』『ひみつのアッコちゃん』『天才バカボン』『キューティーハニー』などが挙げられる。その中には「こうきたか!」と驚くようなアレンジの作品がある。近年では『おそ松さん』がそうだった。
 『妖怪人間ベム』をリメイクした『BEM』を観たときも驚いた。オリジナルは1968年放映の怪奇アニメ。筆者はリアルタイム世代だが、独特の絵柄が心底怖かった。1982年に『妖怪人間ベム パートII』が企画されるもパイロット版のみに終わって実現していない。2006年に『妖怪人間ベム -HUMANOID MONSTER BEM-』のタイトルでリメイク版が放送された。これはオリジナル版のテイストを残したストレートなリメイク作品だった。
 2011年には実写ドラマ版「妖怪人間ベム」が放映される。なかなかよくできていて、筆者も楽しんで観ていた。杏が演じるベラがはまっていたし、サキタハヂメの音楽もよかった。
 で、『BEM』である。監督・小高義規、アニメーション制作・ランドック・スタジオのスタッフで制作され、2019年に放映されたTVアニメ作品だ。驚いたのはベラが美少女になっていること。「その手があったか!」とひざを打つと同時に現代的なアレンジだと納得がいった。設定やストーリーも工夫されている。リメイクする意味があったと思える作品だった。そう思う理由のひとつに音楽も挙げられる。
 今回は『BEM』の音楽を聴いてみよう。

 『BEM』の舞台は湾港都市リブラシティ。街は政治・経済・文化の中心である「アッパーサイド」と、汚職や犯罪にあふれた「アウトサイド」のふたつのエリアに分かれている。アッパーサイドからアウトサイドに転任してきた女刑事ソニアは、人間のしわざとは思えない奇怪な事件に遭遇する。その怪事件の現場に現れ、人間を守る3つの影があった。妖怪人間ベム、ベラ、ベロである。
 アッパーサイドとアウトサイドのあいだには運河が流れており、ふたつのエリアは橋によって結ばれている。運河は分断の象徴であり、本作の物語も、富める者と貧しき者、正義と悪、人間と妖怪人間、さまざまな対立をテーマに展開する。ベムたちがしばしば橋のアーチの上にいて街を観察したり、語らったりしているのも象徴的である。
 音楽を担当したのはSOIL&”PIMP”SESSIONSと未知瑠。SOIL&”PIMP”SESSIONSはライブやオリジナル・アルバムで活躍するインスト・ジャズバンド。未知瑠はアニメ『終末のイゼッタ』(2016)、『ギヴン』(2019)、ドラマ「賭ケグルイ」(2018)などの音楽を手がける作曲家である。リブラシティがアッパーサイドとアウトサイドに分かれているように、音楽も個性の異なる2組のクリエイターによって作られている。
 本作の舞台は80年代後半のニューヨークのブルックリン区をイメージして描かれている。SOIL&”PIMP”SESSIONSの起用は、そのブルックリンの雰囲気をねらってのことだったそうだ。
 といっても、SOIL&”PIMP”SESSIONS(以下、SOIL)がめざしたのは80年代のサウンドではなく、ヒップホップや最新の音楽のトレンドを取り入れた現代的なサウンドだった。スタイリッシュで、映像音楽の枠にはまらないエッジの効いた音楽。映像を観ていても、SOILの音楽が流れてくるとハッとして耳をすましてしまうほどの存在感がある。
 いっぽう、未知瑠が担当した楽曲は、サスペンスや心情、日常、アクションなどを描写する、ストーリーを語る上で必要不可欠な音楽だ。しかし、未知瑠もデビューはオリジナル・アルバムであり、映像音楽だけでなく、ジャンルを超えた現代音楽シーンで活躍する作曲家である。クラシックからロック、ジャズ、民族音楽まで取り入れたサウンドで、こちらも映像音楽の枠に収まりきらない個性的な音楽を生み出した。とりわけ、女声スキャットをフィーチャーした曲は印象に残る。
 音楽発注は、最初からSOIL用と未知瑠用の音楽メニューが用意されていたという。SOILの楽曲も「自由に曲を作ってもらって映像にはめていく」という作りではなく、使用場面を想定したメニューに沿って制作されている。ただ、一般的なサウンドトラックのような短い曲ではなく、起承転結のあるひとつの楽曲として完結させてほしいとのオーダーがあったそうだ。
 こうして作られた楽曲であるが、実際の作品を観ると(聴くと)、SOILの曲と未知瑠の曲を明確に使い分けてはいないようである。たとえば、街の描写にSOILの曲が、サスペンスシーンや心情描写に未知瑠の曲が使われるというわけではない。個々のシーンをどう見せたいか、というねらいを優先して選曲している印象を受けた。そういう意味では、SOILの曲と未知瑠の曲のあいだに分断(区別)はなく、音楽演出上はフラットなのである。
 その上で、SOILの楽曲は映像にある種の異化効果を生んでいると感じた。サウンドトラック的でないSOILの曲が流れると、観ているほうは気分が高揚し、「なんだか尋常でない場面に立ち会っている」と感じる。端的に言えば、ドキドキするのである。それは、物語に香りや刺激を加えるスパイスのようだ。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、SOIL&”PIMP”SESSIONSの楽曲が「TVアニメ『BEM』オリジナルサウンドトラック OUTSIDE」のタイトルで、未知瑠の楽曲が「TVアニメ『BEM』オリジナルサウンドトラック UPPERSIDE」のタイトルで、いずれもフライングドッグから発売された。
 ひとつの作品の音楽を複数の作曲家が担当することは近年では珍しくない。本作のように、2組のどちらがメインということではなく、共作で担当するケースもある。が、サウンドトラック・アルバムを作家ごとに分けて発売するのは珍しい。一般的には、両者の音楽を混ぜて収録したり、分けるとしても2枚組にしてひとつのアルバムとして発売することが多いからだ。本作の場合は「それぞれを独立したアルバムとして聴いてもらいたい」という意図があったのだろう。
 今回は「OUTSIDE」に収録されたSOIL&”PIMP”SESSIONSの音楽を聴いてみよう。収録曲は以下のとおり。

  1. Phantom of Franklin Avenue
  2. Blue Eyed Monster
  3. Tracking
  4. The Light and The Shadowland
  5. Shapeshifter
  6. Before The Dawn
  7. Wanna Be A Man
  8. Out of Control
  9. Thinking of you
  10. In The Gloom of The Forest
  11. Inside
  12. A Sence of…

 全12曲。1曲が2分から4分と長い。まさにジャズのオリジナル・アルバムのような聴きごたえのある1枚である。
 1曲目の「Phantom of Franklin Avenue」は作品全体をイメージして書かれたメインテーマ的な曲。曲名にはブルックリンの実在の地名(駅名)が使われている。第1話の冒頭、夜の街にベムたちが現れるシーンに流れていたのが印象的だ。テナーサックスがくり返すリフにトランペットのけだるいフレーズがからむ。最近のトレンドであるトラップミュージックのビートが使われている。中盤のピアノの浮遊感のあるプレイもいい。退廃した街の雰囲気を描写すると同時に、何か起こりそうな不穏な空気もかもしだす。『BEM』の開幕にふさわしい曲だ。
 トラック2「Blue Eyed Monster」はベムのテーマとして書かれた曲。第1話で車にはねられそうになったソニアをベムが助けるシーンに使用された。曲タイトルはBEMの由来である「Bug-eyed Monster(虫の眼の怪物)」をもじったものだ。SOILのインタビューによれば、「ドラムが主役になるような、崩したブロークンビーツを生音でやる」アプローチで骨格を作ったとのこと。そのビートの上で吹き鳴らされるホーン(トランペット、サックス)がベムのイメージを描いていく。この曲も中盤のピアノのアドリブがいい。後半はシンセストリングスが重なり、重厚感を表現する。闇の中に立つベムの姿が似合う曲だ。
 トラック3「Tracking」は逃走のテーマとして書かれた曲。第2話でベラが夜の墓場を訪れる場面など、サスペンスシーンによく使われた。打ち込みのビートとピアノが刻むリフが続いたあとに、トランペットとベース、ピアノ、ドラムなどによる生っぽいセッションに展開。さらにスピード感のある演奏に変化していく。映像音楽として使い勝手がよかったのか、悪の匂いを感じるベム、ベムと怪人との闘い、ベムたちの危機など、さまざまな場面に使用されている。
 トラック4「The Light and The Shadowland」は、これも近年のトレンドであるLAビーツ風の曲。もともとはプロコル・ハルムの「青い影」みたいな曲というオーダーだったそうだが、まったく違う曲に仕上がった。輪郭の丸いふわっとしたサウンドが日常と幻想が入り混じったような雰囲気を演出する。第1話で着任したばかりのソニアがアウトサイドの街を案内してもらう場面や第4話でベラが学園の同級生と語らう場面などに使われた。
 トラック5の「Shapeshifter」はバトルシーンを想定した曲。現代的なビートの上でトランペットやサックスのアドリブが炸裂する。普通にジャズのセッション曲として聴けるノリのよい演奏だ。第4話で電撃をあやつる怪人・感電男が酒場で男を感電させる場面に流れていた。
 トランペットの音色が胸にしみるトラック6「Before The Dawn」は、「大人っぽいバーでかかる曲」のイメージで書かれた。実際に第9話のバーの場面でくり返し流れている。オールドスタイルのジャズという感じで、レコードから選曲したと言われても納得してしまいそうだ。
 次の「Wanna Be A Man」は「Blue Eyed Monster」のメロディをスローテンポにアレンジした曲。ピアノとトランペットの演奏が憂いや迷いを表現し、思いにふけるベムの姿が目に浮かぶ。しかし、バックではずっとリズムが刻まれ、悩みながらも前に進む意志が示される。最終話となる第12話で、ベムが「人間が好きだ」と語る重要なシーンに選曲されている。
 ベムたちのアクション曲としてたびたび使われた「Out of Control」をはさんで、トラック9「Thinking of you」はピアノソロによるしっとりとした曲。後半にサックスがそっと音を重ねてくるところが、誰かが寄りそってくるようでぞくぞくする。第6話でベラが重力男と少女ハラジーを逃がそうとする場面や第7話でベロが檻の中の動物たちを解き放つ場面など、妖怪人間の人間以上に人間らしい心情を表現する曲としてしばしば使用された。
 ラストナンバーとなる「A Sence of…」もまたベムたちの心情にフォーカスした曲である。人間を守って戦っても人間には受け入れてもらえない。そのむなしさと悲哀をトランペットとサックスのゆったりとしたメロディが表現する。しかし、この曲もバックではリズムが力強く刻まれ、希望を感じさせる。もの思うベムたちのシーンにたびたび選曲され、最終話では、姿を消したベムたちのことを彼らを知る人々が心配するラストシーンに流れていた。幕切れの余韻を感じさせる曲である。

 ふだんは映像音楽とは異なるフィールドで活躍するSOIL&”PIMP”SESSIONSの楽曲は、いわば、橋の向こう側から越境してきた音楽。スタイリッシュなサウンドで『BEM』の映像に刺激を加える役割を果たしていた。この音楽が気に入ったら、こんどは橋を逆に渡って、SOILのオリジナル作品を聴いてみるとよいだろう。
 今回紹介できなかった未知瑠の音楽も『BEM』にはなくてはならないものだ。特に女声スキャットが妖しく歌う「アウトサイドの蠢き」とメロウな「あの橋の向こう側」は本作を代表する曲と言ってよい。アルバム「UPPERSIDE」もぜひ合わせて聴いてもらいたい。

TVアニメ「BEM」オリジナルサウンドトラック OUTSIDE
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TVアニメ「BEM」オリジナルサウンドトラック UPPERSIDE
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新文芸坐×アニメスタイル スクリーンで観たいアニメ映画vol. 2
『魔女見習いをさがして』

 「スクリーンで観たいアニメ映画」の第2弾は『魔女見習いをさがして』のレイトショーです。『魔女見習いをさがして』は「おジャ魔女どれみ20周年記念作品」として作られた劇場アニメーションで、佐藤順一監督をはじめ、『どれみ』のスタッフが集結。『どれみ』ファンの女性達を主人公にした物語です。

 開催日時は2021年7月10日(土)。トークのゲストはゲストは関弘美プロデューサーと佐藤順一監督のお二人を予定。ただし、佐藤さんはレイトショーの前に予定があり、途中からの参加になるかもしれません。

 当日は先着50名に『魔女見習いをさがして』のポスターをプレゼントします。また、11日(日)朝にトーク無しの上映を予定しており、こちらでも先着50名にポスターをプレゼントします。

 チケットは7月7日(水)からオンラインと新文芸坐窓口で発売します。詳しくは新文芸坐のサイトをご覧になってください。

 なお、新型コロナウイルス感染予防対策で、観客はマスクの着用が必要。入場時に検温・手指の消毒を行います。

新文芸坐×アニメスタイル スクリーンで観たいアニメ映画vol. 2
『魔女見習いをさがして』

開催日

2021年7月10日(土)

開場

開場:18時30分/開演:18時50分/上映終了:20時20分(トークは上映終了後の予定)

会場

新文芸坐

料金

一般1500円、学生・友の会・シニア1300円(招待券不可)

上映タイトル

『魔女見習いをさがして』(2020/91分/DCP)

備考

※トークコーナーの撮影・録音は禁止

●関連サイト
新文芸坐オフィシャルサイト
http://www.shin-bungeiza.com/

佐藤順一の昔から今まで(25) あひるの自己肯定感の低さと王子様

小黒 『プリンセスチュチュ』って、変身ヒーローものの体裁をとっているじゃないですか。そういったかたちでやったほうがよかったんですか。

佐藤  「変身美少女もののカテゴリーの中にある作品」でありたいというのはありました。

小黒 それは佐藤さんの中に?

佐藤 伊藤さん的にもそうだと思うけどね。伊藤さんは「バレエで戦う少女もの」だと考えていた。よく分からなかったので「それは『説得』になっちゃうのかな?」と聞くと「説得じゃないんです」と。あくまでバレエのやりとりの中で決着をつけていきたい、ということでした。

小黒 『チュチュ』を観ていて、これ(編注:「私と踊りましょう」のポーズをやって見せて)は覚えましたよ。

佐藤 そうそう。バレエのネタを見つけてきてお話に組み込むとか、音楽をどうするのかということを考えて、シリーズ構成を作っていったんだよね。だから、探り探りの綱渡りで作ってる感は常にありましたね。

小黒 観返しても綱渡り感はちょっと感じます。

佐藤 うん。進んでいくうちに、シナリオとコンテも変わってくるしね。

小黒 シナリオと絵コンテで内容が違うんですね。

佐藤 そうそう。シナリオも一度は納得できるかたちでまとまっているんだけど「前の話数を絵コンテ段階で変えたら、次の話数も変えなきゃいけないじゃん」ということになっていって。シナリオ完成後のコンテ作業の時にも、伊藤さんの意見やアイデアを可能な限り盛り込もうと思ってたので。

小黒 主人公のあひるちゃんって凄く自己評価が低いじゃないですか。伊藤さんに聞いたら「人間とは、万人がそういうものではないか」と言われました(「この人に話を聞きたい」第五十三回・アニメージュ2003年3月号掲載)。佐藤さんはどう思われますか。

佐藤 伊藤さんの中で、少女ものの原点がそういうことなんじゃないですかね。

小黒 普通の少女マンガは「取り柄のない私が、素敵な彼と恋人になってハッピーエンド」となるんですけど、そうはならないじゃないですか。最終的にみゅうとは、るうと結ばれてしまうわけで。

佐藤 伊藤さんの感覚として「頑張っても、結局美味しいとこは誰かが持ってっちゃうことってあるよな。でも、それでもいいんだよね」というのがあるんじゃないかな。頑張ったのに主人公が変わらないという展開は、物語としては着地がしにくいんだけれども、伊藤さんとしてはそれが凄くしっくりきてた記憶がある。
 伊藤さん自身にもそういう経験があるんだと思うんです。アニメーターって裏方的なところがあるから、凄く頑張っても、結局誰かが美味しいところを持ってっちゃうことがいくらでもあるんでしょうね。だけど、誰かに持っていかれても、自分がやったことの価値は変わらない。だから、それはそれで別にいいんだという意味のことを伊藤さんが言っていたんです。僕には、その時の伊藤さんの姿とチュチュが被って見えるんですよ。

小黒 なるほど。今観返すと、みんながみゅうとのことを、どうしてそこまで好きなのかと気になったんですが、そんなことは問うてはいけないんですね。

佐藤 そうそう。そこは疑問に思っちゃいけない。「彼は王子様だから。王子様のことはみんなが好き。以上終了」でないと。『まほTai!』の話に戻るけれども、伊藤さんが沙絵のことが分からない一番の理由は「なんで高倉のことが好きなのか」だったんです。前にも言ったように、沙絵が頑張るにためには丘の上の王子様が必要であるということで、伊藤さんのイメージで、ジェフ君という子供の頃に会った素敵な魔法使いのお兄さんを足してるんですよ。『チュチュ』はそれの逆バージョンだよね(笑)。分かんないからといって好きな理由を足しちゃうと、存在が王子様じゃなくなっちゃうでしょ。雨の日に不良が猫を可愛がっていたみたいなエピソードを入れちゃうと、王子様じゃなくなっちゃう。

小黒 それも含めて、伊藤さんの感覚とか価値観に寄り添って作られた作品だということですね。

佐藤 そうですね。こちらも探りながら「こういうことなの?」とアイデアを出していく。『チュチュ』はね、やっていて面白かった。お話を作るのも面白かったけど、音楽ベースでの画作りがやっぱり面白かったよね。

小黒 岸田今日子さんや三谷昇さん等、キャスティング的にも異色の作品ではありましたね。

佐藤 そうですね。その辺りも伊藤郁子さんに「ナレーション誰がいい?」みたいに聞いて、決めていきました。あひる役の加藤奈々絵さんにしても、伊藤さんが「『魔法使いTai!』で生徒Aをやっていたあの子の声が聞きたい」と言ったところからのオファーだしね。

小黒 なるほど。

佐藤 伊藤さんが「ナレーションは岸田今日子さんみたいな人がいいな」と言ったら、たまたまハルフィルムの社長が、岸田さんの円企画と接点があったので、「ちょっと聞いてみます」と言ってくれて。岸田今日子さんは一声ン百万円の人だから簡単には頼めないんだけど「企画を見て面白そうだったら相談にのってくれますよ」と言われて、その結果やってくれることになったんです。ただ、さすがに毎週ナレーションを録りに来てもらうわけにはいかないので、岸田今日子さんはまとめて全部録るっていう条件でやってくれることになって、「おお! やってくれるんや~!」となりました。そして、円企画に三谷昇さんがいて、ドロッセルマイヤーをやってくれることになった。それで決まったキャストです。

小黒 この頃の水樹奈々さんは、まだ若手なんですね。

佐藤 人気が出始めてた頃だったと思います。『プリンセスチュチュ』で唯一、キングレコードから提案されたのが水樹さんでした。お芝居もお上手だし、NOと言う理由はありませんでした。水樹さんに、るうをやってもらって正解だったと思う。

小黒 当時、『チュチュ』のDVDで取材をした時に水樹さんはスターの風格がありましたよ。

佐藤 アニメ以前に、歌手として芸能活動をやっていたんだものね。

小黒 あひる役の加藤さんは、さっき言ったように『まほTai!』の端役で出てたわけですね。

佐藤 そうそう。その声がちょっと面白かったんで使いたいって言ったけど、キャリアがないし、いきなり主人公やらせて大丈夫かなと思ったんで、試しにセリフを読んでもらったりしました。ただ、アフレコが始まってからは収録に相当時間がかかって、簡単にはいかなかった。加藤さんの収録だけは夜遅くまで、特訓に近い収録になっていたね。

小黒 『チュチュ』は制作的には遅れ気味でしたよね。

佐藤 そうですね。後半にいくにつれてどんどんスケジュール食われていきました。確か放映枠が変わったんだよね。

小黒 そうです。途中から「動画大陸」の枠で、2本立ての1本としてやることになりました。

佐藤 15分枠で続きをやることになったので、話の丁度真ん中にCMが入るように作らなくてはいけないという面倒くささはあったけどね。

小黒 AパートBパートの長さを変えられないわけですね。

佐藤 できないからね。毎回11分ぐらいで引きを作っていく作り方が結構大変で、それもあって、後半になってからはシナリオに時間がかかった。

小黒 佐藤さんは『チュチュ』では数話ごとに絵コンテを書くかたちですね。

佐藤 『チュチュ』はコンテチェックで結構手を入れてるんですよ。さっきも言ったように、伊藤さんはシナリオ打ち合わせにも参加しているんだけど、上がったコンテを読んで意見をもらうこともあったから、コンテチェック時に手を入れるパーセンテージの高いシリーズですね。

小黒 なるほどなるほど。

佐藤 なんだかんだで、ほぼほぼ素上がりコンテから変わってしまった話数もあるんですよ。それに、『チュチュ』の音楽シーンだと、場合によっては3分以上の曲に画を合わせる作業になる。ほとんどの演出さんは、そんなことをやった経験がないから、やり方が分かんないんだよね。そこに関しては、コンテが上がったところで僕のほうで音楽に合わせて切り直したりもしているので、かなり絵コンテに食い込んではいる。

小黒 佐藤順一ヒストリーの中でも、相当手間の掛かる作品だった。

佐藤 そう。

小黒 その一方で、佐藤順一カラーはそんなに濃くない。

佐藤 濃くないはずですね。絵コンテレベルでは、よく見るカット割とかはあるかもしんないけどね。

小黒 そうですね。芝居の付け方とかには、佐藤さんらしさがいっぱいあるんですけど。全てを明快に描いていくのが、佐藤順一アニメだとすると、『チュチュ』はそうではない。観念的な作品ですよ。

佐藤 観念的なところは横手さんから出てくるものも多かったけれども、コンテでさらに象徴的にしたりとかもやってたりもします。基本的に、絵コンテも含めて考えることの多いシリーズだったよね。めちゃめちゃ脳を使う仕事。


●佐藤順一の昔から今まで(26)「親子のないしょ」と「のんちゃんのないしょ」 に続く


●イントロダクション&目次

アニメ様の『タイトル未定』
307 アニメ様日記 2021年4月11日(日)

編集長・小黒祐一郎の日記です。
2021年4月11日(日)
グランドシネマサンシャインで「シン・エヴァンゲリオン劇場版 舞台挨拶中継付」のライブビューイングを、ワイフと一緒に観る。庵野さん達の舞台挨拶は新鮮だった。二度目の鑑賞で『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の印象は変わらず。映画の後に居酒屋へ。1週間ぶりの酒は旨い。

2021年4月12日(月)
原稿は後回しにして、それ以外の作業を次々に片づける。新番組『シャドーハウス』1話を視聴。キービジュアルだけ、キャラクターがシルエットなのだろうと思っていたのだけれど、本編もそうなのね。まるで前衛作品だ。「オフセット印刷サンプルBOOK」がAmazonから届く。これはヤバい。仕事で色んな印刷を試したくなる。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の二度目の鑑賞から1日経って思ったことがある。『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』が完成したことで『新世紀エヴァンゲリオン』TVと劇場版がなんだったのかがはっきりしたと思う。作品の輪郭が明確になった。今なら、自分はこれまでよりも上手にTV版と劇場版の解説が書けるはず。

2021年4月13日(火)
事務所で仕事を片づけてから、新文芸坐の10時30分からの回で「ミッドナイト・ファミリー」(2019・米=メキシコ/81分/DCP/ドキュメンタリー)を鑑賞。途中外出券をもらって、事務所に戻る。Zoom打ち合わせ、テキスト作業等をこなしてから、再び新文芸坐に。15時35分からの回で「スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち」(2020・米/84分/DCP/ドキュメンタリー)を観る。新文芸坐の外出券は、コロナ禍で映画と映画の間の休憩が長くなり、その休憩中に外に行って煙草を吸ったり、食事をするためのものであり、今回のように朝と午後に分けて映画を観るためのものではないのだけど、新文芸坐のスタッフの方が「現在のルールでは、そういった使い方もOK」と言ってくれたので、裏技的な鑑賞をしてみた。ただし、ルールは今後変わるかもしれないとのこと。
今日のプログラム名は「「命」をかける女、「命」を運ぶ家族 スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち | ミッドナイト・ファミリー」。ドキュメンタリーの2本立てである。「ミッドナイト・ファミリー」はメキシコの民間の救急搬送事業者である家族を描いた作品。カメラの存在をあまり感じさせない劇映画的な作りだ。「スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち」は多数のインタビューと過去の映画やドラマ映像等を組み合わせたドキュメンタリーらしい作り。好対照の2本だった。

この日は以下の新番組の1話を観た。今期は挑戦的な画作りの作品がいくつもある。
『不滅のあなたへ』
『美少年探偵団』
『EDENS ZERO』
『BLUE REFLECTION RAY/澪』
『すばらしきこのせかい The Animation』
『異世界魔王と召喚少女の奴隷魔術Ω』
『ゾンビランドサガ リベンジ』
『バトルアスリーテス大運動会 ReSTART!』
『擾乱 THE PRINCESS OF SNOW AND BLOOD』

2021年4月14日(水)
「林修の今でしょ!講座 特別編」の「プロが選ぶ!日本のアニメの歴史を変えたスゴいアニメ 14」を録画で観る。アニメのメイキングを取り上げる番組をゴールデンタイムでやったのは画期的。プリキュアの変身作画と『風立ちぬ』の効果の話は面白かった。
Netflixの『極主夫道』がキレキレ。ほとんど止めなんだけど、普通に動かしたらこんなに面白くならなかっただろう。
ダイエットを続けている。体重を落とすと決意したのが去年の9月28日(月)で、その日から7.4キロ落とした。この日はチートデイ。チートデイという言葉の使い方が正確ではないかもしれないけれど、とにかくチートデイ。上野で吉松さんと肉を食べて吞む。

2021年4月15日(木)
「アニメージュとジブリ展」内覧会に参加。ちょっとしたアニメージュ関係者の同窓会だった。鈴木敏夫さんの仕事を中心にした展示だと思い込んでいたけれど、必ずしもそういうわけではなかった。アニメージュファンとしての展示の見どころは初期の付録、そして、電車の中吊り広告。アニメージュファンとしてではなく、アニメマニア的な視点だと、レイアウト等のアニメーションの制作資料の展示があり、これがかなりよかった。特に『ルパン三世 (TV第2シリーズ)』 の「さらば愛しきルパンよ」のレイアウトがよかった。ただ、この展示とは別に、いつか、ジブリがメインでない「アニメージュ展」をやってほしいとは思う。
事務所を片づけていたら、淀川長治さんの映画解説DVDが出てきた。一度も再生していなかったので、ちょっと観てみる。1本1本の解説が短くて、それが大量に入っている。1本の映画に時間を使って語ってもらったほうが、見やすいだろうなあ。正確な引用ではないと思うけれど「映画を勉強している人は」というフレーズがあって、いいなあと思った。僕も機会があったら、イベントとかで使おう。「アニメを勉強している人はここに注目したいほうがいいですよ」とか。

2021年4月16日(金)
グランドシネマサンシャインで、ワイフと『名探偵コナン 緋色の弾丸』を鑑賞する。感想はいずれまた。
確認したいことがあって、DVDで『宇宙戦艦ヤマト』を数話分だけ視聴した。ヤバい。めちゃめちゃ面白い。前に再見した時の数倍面白い。よく沖田艦長の年齢が印象より若いと話題になるけど、改めて観ると、声は若いね。

2021年4月17日(土)
デスクワークと散歩の日。原稿作業には手をつけず、現状の仕事の整理。それから、新しい書籍の企画のプランを練る。思いつくのは簡単だけど、かたちにするのは難しい。取材の予習で『スケッチ ブック ~full color’s~』を数本視聴。面白いなあ。『うみものがたり ~あなたがいてくれたコト~』を1話から観る。

第177回アニメスタイルイベント
ここまで調べた片渕須直監督次回作【覚えておいてほしい人の名 編】

 片渕須直監督は『この世界の片隅に』『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』に続く、新作劇場アニメーションを準備中です。まだ、作品のタイトルや内容は発表になっていませんが、平安時代に関する作品であるのは間違いないようです。
 新作の制作にあたって、片渕監督は平安時代の生活などを調査研究しています。その調査研究の結果を少しずつ語っていただくのが、トークイベントシリーズ「ここまで調べた片渕須直監督次回作」です。

 2021年7月17日(土)に開催する第4弾のサブタイトルは【覚えておいてほしい人の名 編】。出演は片渕須直さん、前野秀俊さん。聞き手はアニメスタイルの小黒編集長が務めます。

 新型コロナウイルス感染症の状況を鑑みて、今回は配信のみのイベントとなりました。先行してロフトグループによるツイキャス配信を行い、その後にアニメスタイルチャンネルで配信します。アニメスタイルチャンネルではトーク本編とは別に「ここまで調べた片渕須直監督次回作・ミニトーク」も配信する予定です。

 ツイキャス配信のチケットについては、以下の「LOFT/PLUS ONEのイベントページ」のリンクをご覧になってください。ところで、ツイキャス配信には「投げ銭」と呼ばれるシステムがあります。「投げ銭」による収益は出演者、アニメスタイル編集部にも配分されます。

■関連リンク
LOFT/PLUS ONEのイベントページ
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/184367

アニメスタイルチャンネル
https://ch.nicovideo.jp/animestyle

第177回アニメスタイルイベント
ここまで調べた片渕須直監督次回作【覚えておいてほしい人の名 編】

開催日

2021年7月17日(土)
開演12時 終演15時予定

会場

LOFT/PLUS ONE

出演

片渕須直、前野秀俊、小黒祐一郎

チケット

ツイキャス配信/1,300円

■アニメスタイルのトークイベントについて
  アニメスタイル編集部が開催する一連のトークイベントは、イベンターによるショーアップされたものとは異なり、クリエイターのお話、あるいはファントークをメインとする、非常にシンプルなものです。出演者のほとんどは人前で喋ることに慣れていませんし、進行や構成についても至らないところがあるかもしれません。その点は、あらかじめお断りしておきます。

新文芸坐×アニメスタイル セレクションvol. 131
『この世界の片隅に』五度目の夏

 新文芸坐とアニメスタイルは、今夏も片渕須直監督の作品を集めたオールナイトを開催する。上映タイトルは『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』『マイマイ新子と千年の魔法』『アリーテ姫』の3本だ。
 『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は『この世界の片隅に』に改めてシーンを追加した作品で、新文芸坐とアニメスタイルのオールナイトで上映されるのはこれが初となる。

 トークのゲストは片渕須直監督。会場では片渕監督のサイン入り「この世界の片隅に 絵コンテ[最長版]」を販売する予定だ。

 なお、新型コロナウイルス感染予防対策で、観客はマスクの着用が必要。入場時に検温・手指の消毒を行う。前売り券の発売方法については、新文芸坐のサイトで確認していただきたい。
(7/16追記)このプログラムは客席数50%で開催することになりました。

新文芸坐×アニメスタイル セレクションvol. 131
『この世界の片隅に』五度目の夏

開催日

2021年7月31日(土)

開場

開場:22時20分/開演:22時40分 終了:翌朝6時20分(予定)

会場

新文芸坐

料金

一般3000円、友の会2800円 一般、友の会共に3000円均一

トーク出演

片渕須直(監督)、小黒祐一郎(アニメスタイル編集長)

上映タイトル

『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(2019/168分/DCP)声:のん
『マイマイ新子と千年の魔法』(2009/93分/DCP)声:福田麻由子
『アリーテ姫』(2001/105分/35mm)声:桑島法子、小山剛志

備考

※オールナイト上映につき18歳未満の方は入場不可
※トークショーの撮影・録音は禁止

●関連サイト
新文芸坐オフィシャルサイト
http://www.shin-bungeiza.com/

第713回 『蜘蛛ですが、なにか?』まとめて

『蜘蛛ですが、なにか?』最終話の納品を終えて

 本来ならば今までもっと『蜘蛛』について書くべきだったのですが、ここ半年間、毎週の納品に追われる中、気づくと木曜日(原稿の締め切り)! 話がまとまらずお茶濁しの連続。単純な話、とても忙しくて書けませんでした。あと、『蜘蛛』はネタバレしたら全てが台なしな話なので、下手なことは語れなかったってのもあります。
 ま、そんな感じで思いつく順にアニメ『蜘蛛ですが、なにか?』について。制作現場はミルパンセ。これは何ヶ月か前にもここで書いたかと思いますが、『コップクラフト』をやってる最中、会社にではなく自分の方にオファーがきて、全体の半分をミルパンセが手伝う話から始まり、紆余曲折を経て全体を受けるかたちになりました。もちろんグロスには出しますが、制作元請けがミルパンセに決まったのは、自分が監督に決まってしばらく後でした。
 シリーズ構成に関しては、自分が入った時、すでに百瀬祐一郎さんのものが12話分まであり、それに沿ってホン読み(脚本作り)を始め、後半12本の構成案が原作者の馬場(翁)先生から上がってきて、後半からはそちらに沿うかたちで最終回、ラストの締めは——観てください。
 コンテはいつもどおり基本自分。社内に入って演出処理もしくは作画などの参加が望める方であれば振りますが、コンテオンリーの方、つまりコンテの稼ぎのみで生計を立ててる量産コンテマンさんには振らないようにしています。そういうコンテマンの存在を否定する気は毛頭ありません。量産コンテマンがいると助かると言ってる監督さんも知ってますし、その方が直して使いやすいシリーズがあるのも分かります。しかし「少しでも変わった画作りを」とか「前よりも面白いカット割りを!」などと常日頃考えてる板垣にとっては、結局直すほうが時間がかかってしまうことになる場合が多いのです。よって全部白紙から自分で、と。「アニメはひとりで作るものじゃない」とか当たり前のことを言う人は後を絶ちませんが、コンテを切る(描く)ことだけは基本的に傲慢な仕事だし、そうでなきゃ本来面白いフィルムは作れないと思います。自分にとって都合のいいコンテが上がってくるのを待っていられる性格じゃないだけかも。
 キャラクターデザインの田中紀衣さん、助監督・上田慎一郎氏は櫻井(崇)・制作Pからの紹介。制作開始時はお二人のおかげでスムーズに制作が進みありがたかったです。サブキャラや衣装デザイン、メインアニメーターは社内で。海外撒き分の直し(修正)も社内。
 音響面では共同で音響監督にクレジットされている今泉雄一さんがメインで、ちょっといつもの監督より多めに口を出すといったかたちの俺でした。後半からは画作りが忙しくなり、キャスティングや選曲は今泉さんにお任せにはなってしまったものの、板垣の好みは汲み取ってくださり、選曲プランなども送っていただき、前もってチェックさせてもらうなどしました。特にキャスティングは近藤隆さんや森川智之さんら、初期の自分の監督作品で主役をやられた方々も呼んでいただき嬉しい限りでした。

佐藤順一の昔から今まで(24) 『スレイヤーズぷれみあむ』と『プリンセスチュチュ』

小黒 この頃に『スレイヤーズぷれみあむ』(劇場・2001年)もあります。『プリーティア』が2001年4月新番で、同じ年の暮れですね。

佐藤 『ぷれみあむ』ってもう少し先かと思ったけど、そんなもんだったかもね。

小黒 佐藤さんは『スレイヤーズ』のことをあまり知らずに手掛けたんですよね。それもあってか、リナが可愛いんですよ。ちょっと女の子っぽい。

佐藤 (笑)。そうしてるかもね。原作もアニメも凄い量があるじゃない。

小黒 ええ。

佐藤 自分に与えられた時間がなかったので、まず映画を全部観て、あとはファンジンとかファンサイトとかを漁るように読んで、みんなが何を楽しんでるのかを探って。

小黒 おお、若手監督みたいだ(笑)。

佐藤 原作も全部読んでる余裕はなかったんだよね。とにかく「みんなが何を楽しんでるか」が、まず知りたくて。そこで引っかかったのが、あんまりクローズアップされてないんだけど、「リナとガウリイの関係って、ちょっとよさげじゃない?」ということだったんです。このカップリングについて、ときめいてる人もいたようだったので、これかなと思って。

小黒 それで、ガウリイが「アイラブユー」と言ってリナがドキッとするんですね。

佐藤 そうそう。今回はこれかなと思ってやったんじゃないかな。

小黒 なるほど。あの当時、『スレイヤーズ』のアニメは既に沢山作られていましたが、その中で新鮮な感じはしましたよ。

佐藤 まあね、せっかくやるんで今回のトピックが何か欲しいなと。劇場版にTVのキャラクター達が出ることが、今回のトピックだって言われていたので、TVシリーズも色々観たんです。みんなが喜んでくれそうなものはこれかなと思ったのが、リナとガウリイやゼルガディスとアメリアのラブコメテイストですね。そう思って取り組んでいたかな。

小黒 脚本もお書きじゃないですか。

佐藤 はいはい。

小黒 脚本に関して、原作者の方とやりとりしたんですか。

佐藤 ショートの劇場作品をやるにあたって、どういう方向がよいのか分からなかったので、プロットを3本書いたんですよ。

小黒 ほお。

佐藤 凄いシリアスな方向のものと、シリアスなんだけどTVシリーズノリのコミカルなところもあるやつと、コミカル寄り一辺倒なタコの話を作って。タコの話だけは、流石にこれはないだろうと思ったんだけど、「これが面白いです」と言われたので、それになったというわけですね。

小黒 別に誰かがタコの話をやろうって言ったわけじゃないんですね。

佐藤 じゃない。いくつか書いた中で、原作者の神坂(一)先生とあらいずみ(るい)先生が「これが是非観たい」とおっしゃったので(笑)、じゃあこれでやりますと。脚本にもクレジットされてるけど、プロットの次がコンテだったので、シナリオそのものは書いてないんですよ。

小黒 なるほど。

佐藤 その後の『ARIA (The ANIMATION)』(TV・2005年)や『たまゆら』(OVA・2010年)とかもそうだけど、脚本はほぼ書いてなくって、プロットでOKをもらったらそれでいきなりコンテに入るっていうやり方なので。

小黒 手応えはいかがでしたか。

佐藤 いや、全然分かんなかったよね。それこそファンムービー的な、ファンが喜んでくるかどうかが勝負みたいなところがあるから、もうドキドキですよ(笑)。

小黒 なるほど。

佐藤 どれぐらい喜んでもらったのか、データでもらったわけじゃないので分かりませんけど、喜んでもらえたらいいなと思いました。

小黒 いや、喜んでもらえたんじゃないでしょうか。

佐藤 そしたら、ありがたいですよ(笑)。とりあえず神坂先生とあらいずみ先生には喜んでいただけたようなので、そこは一安心でしたね。

小黒 これも制作の現場がハルだったんですね。

佐藤 北海道にあった時のサテライトスタジオも結構入ってくれていたはず。

小黒 この前後だと『七人のナナ』(TV・2002年)の絵コンテ、『ゲートキーパーズ21』(OVA・2002年)の絵コンテがありますが。

佐藤 それはこれまでやってきた仕事の流れですね。『七人のナナ』は、『まる子』をやってたスタッフが作っていた作品で、オファーをもらってやりましたね。制作のA・C・G・Tはトラスタの制作連中が作ってた会社でもあったので。『ゲートキーパーズ21』は山口さんが監督としてGONZOとやってたので、1本引き受けてる感じですね。

小黒 『ゲートキーパーズ21』は、作画もハルで請けてるんですか。

佐藤 そうそう。1本グロスでまるっとやる感じで。熊谷(哲矢)さんが作監だったかな。

小黒 佐藤さんはこの頃、ハルに机があって、社内で作業をされていたんですか。

佐藤 この頃、ハルをベースにして作業してるよね。

小黒 『THE ビッグオー』(TV・2003年)は、最終回前の絵コンテだけを担当(25話「The War of the Paradigm City」)。

佐藤 『ビッグオー』も、『ウテナ』に続いて……。

小黒 「分からない」ですか。

佐藤 「どうやったらいいんだろう」って思いながらやった(笑)。メタフィクション的なところがあるから、言われたようにやるしかないかという感じでやってたかもしれないですけどね。

小黒 むしろ小中さんは、こっちが自分のフィールドな感じですよね。

佐藤 そうなんですよ。「小中さんのフィールドってこういうことか!」と思ってやってた気がするな。

小黒 じゃあ、割と手探りでやった感じですか。

佐藤 手探り。分かんないところは「とりあえず書いてあるとおりにちゃんとやっていこう」と思ってやってるはず。

小黒 そして、今日の取材のクライマックスが『プリンセスチュチュ』(TV・2002年)ですよ。

佐藤 はい。

小黒 どのぐらい前からやってるんですか。

佐藤 ハルフィルムで、次の作品を何にしようかという時に『プリンセスチュチュ』という企画があると提案したんです。これは伊藤郁子さんが企画としてずっと持っていたもので、『セーラームーン』をやってる頃から、ずっとスケッチをしてたと思うんだよね。それがオリジナルのバレエものであることまでは聞いてたけど、企画内容までは見せてもらってなかったので、「これはサトジュンでやる作品ではないんだな」と思って、あんまり触れないようにしてたんです。それから、結構時間が経っていたので、伊藤さんに声を掛けたら「じゃあやってみようかな」という気持ちになってくれたので、プレゼンして動かしてみましょうかといった感じかな。

小黒 なるほど。基本的には伊藤さんの中にあるものが、スタートラインにあるわけですよね。

佐藤 そう。伊藤さんのアニメを作るっていう企画ですからね。

小黒 『魔法使いTai!』では佐藤さんがやりたいことを伊藤さんが手伝ったので、『プリンセスチュチュ』では伊藤さんがやりたいことを佐藤さんが手伝うかたちだと、当時、うかがいました。

佐藤 そうですね。そういう感じで間違いない。

小黒 伊藤さんの中に、やりたいキャラクターや世界とかはあったと思うんですけど、物語のかたちもあったんですか。

佐藤 がっちりと櫓を組んだ状態ではないんだけど、伊藤さんの中にはやりたいパーツがいっぱいあって、ぐるぐるしてた状態だと思うんですよね。「これはこうですか?」って聞くと答えが返ってくるんだけど、それと一緒にあれもこれもと出てくる感じだったので、ディレクションをするにあたって、上手にやらないと散らかっていくなっていう印象があったんです。だから、全体像としては伊藤さんのやりたいものをリサーチして、それをフィルムに載っけていくっていう作業に近いかな。

小黒 『チュチュ』って、観ていてもどうなっていくのかが分かりづらいですよね。これは狙いなんですか。

佐藤 それが狙いってことではないんだけれど、伊藤郁子さんには「エンターテイメントでありたい」ということがベースにあるんですよ。だから、「ここでこんなキャラがこんなことしたら面白いな」といったパーツも沢山持ってるんだよね。伊藤さんはホン読みにも参加しているので、そのお持ちのものを出してもらって、組み立てていくから、そのテイストが出ているとは思うけどね。

小黒 足元がふわふわした道を歩いてるみたいでしたね。「物語の中の王子」ってどういうことだろう、と思ったりしました。

佐藤 (笑)。割と後半まで探り探りで、「これどうしたいの?」と考えるようなことはありましたね。例えば、「動物キャラが毎回何か出ます」と伊藤さんが言うので、まずアリクイ美さんを作ったんです。伊藤さん的にはワンカット出てくるぐらいのつもりで考えてたんだけど、(シリーズ構成の)横手さんが探り探りの中で、アリクイ美さんっていうキャラクターを凄く立ててくれたので、それはそれで面白くていいかとなって進んでいくような感じですね。その後「動物キャラはワンカット出ればいいくらいです」となって、アルマジロとかは、ちらっと一瞬だけ出る。

小黒 オンエアの途中にあった総集編で「ここに出ていたこの動物!」みたいなコーナーがあって、あれで初めて出ていることを知った動物もいましたね。

佐藤 (笑)。スタッフルームに「珍しい生きもの大辞典」みたいな本があって、ネタ本として使ってました。伊藤さんが思っていることをかたちにしていくと、ちょいちょい誤解が生まれるんだけど「それはそれで面白いかな」と活かしていく感じでしたね。

小黒 誤解というのは、今のアリクイ美さんのようなことですね。

佐藤 そう。アリクイ美さんはそんなに出すつもりじゃなかったけど、出してみたら面白かったのでそれでいこう、みたいな作り方。毎回バレエで着地するのに関しても、これはどう決着するんだろうと詰めながら作っていました。


●佐藤順一の昔から今まで(25)あひるの自己肯定感の低さと王子様 に続く


●イントロダクション&目次

第712回 学生時代の友人——訃報

 ……なんか、学生時代の友人・T君の訃報を聞いて落ち込んでいます。今年に入って自分がお世話になった先輩や先生らがお亡くなりになられ、今度は友人。事故と聞き、本当に無念です。ここ数年は仕事が忙しく、会う機会は減ったものの、某アニメスタジオのデジタル作画部の制作をしていた彼は、ウチ(ミルパンセ)のデジタル化に際し、デジタル作画ツールによる原画の指導を手配してくれたり、最近でも動仕撒き(動画&仕上げの外撒き)の相談にものってくれ、本当にこちらが一方的に助けてもらってばかりでした。ウチの社長・白石には「板ちゃんのじゃ断れない」と言ってくれてたそう。今、頭に浮かぶのは、学生時代一緒に作った短編アニメ『アラスカの母さん』でのこと(彼はプロデューサーで、板垣は美術監督)や、その後皆就職してからも一緒に飲んだ時のこと。そしてその時付き合ってた彼女との写真をノロケながら見せてくれたTのことです。仕事が落ち着いたところで、Tを知る友人らと語り合いたいと思いつつ——慎んでご冥福をお祈りいたします。

アニメ様の『タイトル未定』
306 アニメ様日記 2021年4月4日(日)

編集長・小黒祐一郎の日記です。
2021年4月4日(日)
トークイベント「第173回アニメスタイルイベント 撮影監督トーク 泉津井陽一・脇顯太朗」を開催した。泉津井さんと脇さんは、ほぼ初対面。こういった場合だと、楽屋で話が弾んでしまい、肝心のトークが盛り上がらなくなるおそれがあり、今回は泉津井さんと脇さんの楽屋を別にした。13時からイベント開始。楽屋を別にしたからだけではないと思うが、トークは充実したものとなった。泉津井さんの仕事について、脇さんが聞くパートができなかったので、それはまたの機会に。

2021年4月5日(月)
仕事の合間に、シネマ・ロサで『JUNK HEAD』を鑑賞。ビジュアルも世界観も面白い。内容が長い物語の途中までとは知らなかったので、それについては面食らった。シネマ・ロサで映画を観たのはかなり久しぶり。映画館として昔風の作りなんだけど、それが今となっては味わい深い。
「佐藤順一の昔から今まで」の予習で『ケロロ軍曹』の1話から数本を観る。1話にちょっとエッチなテイストが入っていた。アニメの『ケロロ軍曹』は大人の味つけはオミットしているはずなので、これは意外だった。
『ちびまる子ちゃん』の最新話を録画で観た。新しい方がナレーションを務めた最初のエピソードで、やっぱり違和感がある。だけど、やがて観る方が慣れるのだろう。気がつけば友蔵の声にも慣れている。

2021年4月6日(火)
都内の某社にうかがって、次々の次くらいに刊行する書籍で必要な資料をお借りする。お宝の山だった。
『さよなら私のクラマー』『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』『やくならマグカップも』『黒ギャルになったから親友としてみた。』『戦闘員、派遣します!』『セブンナイツ レボリューション -英雄の継承者-』『NOMAD メガロボクス2』『ドラゴン、家を買う。』『Vivy -Fluorite Eye’s Song-』の1話を観た。
少しずつKindleで読んでいた「かしましハウス」の最終巻を読了。いやあ、楽しかった。今一番好きなマンガは「かしましハウス」だな。今だと、半分は親の目線で四姉妹を見てしまうのだけど、それで愛しさが増しているのかもしれない。

2021年4月7日(水)
仕事の合間に、新文芸坐で「undo」(1994/47分/BD)を鑑賞。続けて「ヴァンパイア」(2011・日=カナダ=米/119分/DCP)も観る。どちらもプログラム「岩井俊二の世界 Vol. 2 ~孤独と対話、死と青春~」の作品。おそらく「undo」は2度目の鑑賞で「ヴァンパイア」は初見。「映画を観た」という気がした。「ヴァンパイア」は「全体が映画」。「undo」は「ああ、映画だな」という瞬間があった。

2021年4月8日(木)
余裕があったら新文芸坐で映画を観るつもりだったけど、やることが多くて見送り。増刷について計算をしたり、珍しくLINE通話で打ち合わせをしたり。夕方は三省堂書店に。ずっと先に作る本のサイズや文字組の参考にするために色んな書籍を手に取る。考えなしに気になった本を購入すると1万円越えしそうだったので、今回は手に取るだけ。
引き続き、新番組を片っ端から観る。『スーパーカブ』1話がかなりよかった。映画館で観たいくらいだ。2話以降もあの語り口、演出、画作りでいくのだろうか。

2021年4月9日(金)
『新世紀エヴァンゲリオン』TVシリーズと劇場版の画コンテ集がKindleで発売された。早速、TVシリーズの下巻を購入してチェックした。紙の画コンテ集にはなかった第拾七話の削除カット、第弐拾壱話の追加カット、第弐拾弐話の追加・改稿カットが増えている。これは嬉しい。なお、第弐拾壱話の追加カットには「佐藤順一の昔から今まで 」(15)で話題になったシーンも含まれている。まだ、未収録の追加コンテはあるはずなので、それがいつか収録されることに期待。

2021年4月10日(土)
前にも似たようなことを書いたけれど、今日のグランドシネマサンシャインで上映していたアニメは以下の通り。『トムとジェリー』はアニメ&実写だけど。

『COWBOY BEBOP 天国の扉』
『ガールズ&パンツァー 劇場版』
『時をかける少女【4DX版】』
『ガールズ&パンツァー 最終章 第3話』
『伝説巨神イデオン 接触編』
『伝説巨神イデオン 発動編』
『映画ヒーリングっど プリキュア ゆめのまちでキュン!っとGoGo!大変身!!』
『トムとジェリー』
『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』
『名探偵コナン 緋色の不在証明』
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』

新旧タイトルが入り乱れて、アニメ映画祭みたいだ。さらに『COWBOY BEBOP 天国の扉』『ガールズ&パンツァー 最終章 第3話』『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』はBESTIA 5.1ch、BESTIA enhanced、4DX版、IMAX等のバージョン違いがあり。

第209回 コミカルが主役 〜蜘蛛ですが、なにか?〜

 腹巻猫です。TVアニメ黎明期から数々のアニメソングで活躍した小林亜星先生が亡くなりました。歌の仕事が有名ですが、『狼少年ケン』『魔法使いサリー』『ひみつのアッコちゃん』などではBGMも担当し、ジャズテイストあふれる音楽を聴かせてくれます。筆者は『ドロロンえん魔くん』と『花の子ルンルン』の取材でお世話になりました。たくさんの名曲をありがとうございました。心より哀悼の意を表します。


 6月4日から公開中の劇場アニメ『シドニアの騎士 あいつむぐほし』の音楽はTVシリーズの朝倉紀行から変わって片山修志が担当している。
 片山修志は近年めきめきと頭角をあらわしてきた作曲家のひとり。1985年、千葉県出身。バンド活動などを経て、高梨康治らが所属するTeam-MAXに参加。TVアニメ『OVERLOAD』(2015)、『幼女戦記』(2016)、『ランウェイで笑って』(2020)などの音楽を担当している。『シドニアの騎士 あいつむぐほし』では劇場作品らしい本格的なフィルムスコアリングの音楽で壮大な物語を盛り上げた。
 今回は片山修志が手がけた『蜘蛛ですが、なにか?』の音楽を聴いてみよう。

 『蜘蛛ですが、なにか?』は2021年1月から連続2クールの予定で放送されているTVアニメ。馬場翁による原作小説を監督・板垣伸、アニメーション制作・ミルパンセのスタッフでアニメ化した。
 女子高校生だった主人公の「私」は授業中に突然、激しい光に包まれ、異世界に転生してしまう。目覚めた私は蜘蛛になっていた。驚き、とまどう私(通称・蜘蛛子)だが、生きるためにモンスターや人間と戦い、サバイバルを続けるうちに自身が強力なモンスターへと進化していく。いっぽう、蜘蛛子と同時に異世界に転生した同級生たちは、それぞれに数奇な運命をたどっていた。
 近頃流行の「異世界転生もの」だが、主人公が蜘蛛に転生するのがポイント。蜘蛛子は生きることに貪欲で、人間の倫理観にしばられず、モンスターも人間も平気で倒していく。バイタリティあふれる行動はふしぎな爽快感がある。
 本作は蜘蛛子側の物語と人間側の物語が並行して描かれる構成になっている。ふたつの物語はまじわるようでまじわらない。かと思うと実は意外なかたちでつながっていることがしだいに明らかになる。謎めいた展開も本作の魅力のひとつだ。
 音楽面では蜘蛛子役の悠木碧が歌うエンディング主題歌が評判だが、片山修志による劇中音楽もなかなか名作である。
 劇中音楽は、大きく蜘蛛子側の曲、人間側の曲に分かれている。また、モンスターの恐怖や緊張感などを描写する曲は蜘蛛子側にも人間側にも使われる。物語と同様に音楽も複数の視点に分かれた構成になっているのが面白い点だ。
 蜘蛛子側の曲の多くは明るくユーモラス。とぼけた曲調がひとりでボケてひとりでツッコむ蜘蛛子のキャラクターにぴったりである。片山修志はシンセサイザーやギター、フルート、クラリネットなどを使った親しみのある軽やかな音楽で蜘蛛子の心境を表現する。蜘蛛子の前向きな気持ちが音楽からも伝わり、聴いていて心地よい。
 また、独特な要素として、レベルアップ、スキルアップ、進化、といった蜘蛛子の変化にともなう曲がある。これらはコンピュータゲームで流れるジングル音楽風に作られており、それがコミカルな効果を上げている。
 そして、蜘蛛子に欠かせないのがバトルの曲。優勢、劣勢、互角、とバトルのさまざまな局面に対応できるようにたくさんの曲が作られた。『シドニアの騎士 あいつむぐほし』でも激しい戦闘シーンを盛り上げる音楽が印象的だったが、本作でも勢いのあるバトル曲が映像を熱く彩り、蜘蛛子の闘志を印象づけている。
 いっぽう人間側の曲は、優雅な日常曲、しっとりとした心情曲、権力闘争を描く緊迫感のある曲、蜘蛛子とは違ったタイプの戦いの曲など、こちらもバラエティに富んでいる。コミカルな曲はほとんどなく、シリアスな曲が多いのが特徴だ。
 音楽の種類が多いため、曲数も多い。BGMは前期(第1クール)用に60曲以上が作られ、さらに後期(第2クール)用に40曲以上が追加されている。
 本作のサウンドトラック・アルバムは2021年4月28日に「TVアニメ『蜘蛛ですが、なにか?』オリジナルサウンドトラック」のタイトルでKADOKAWAから発売された。2枚組全63曲入り。前期用に制作されたBGMをほぼ完全収録している。
 ディスク1を聴いてみよう。収録曲は以下のとおり。

  1. So I’m a Spider, So What?
  2. I’m a Spider
  3. No Way
  4. Why Did I Die?
  5. Hungry
  6. Labyrinth
  7. Fear of the Unknown
  8. Hunting
  9. Struggle
  10. Defeat You!
  11. Got the Skill
  12. Leveled Up
  13. Positive Feelings
  14. Fun to Play Alone
  15. Unbelievable!?
  16. Hurry, Hurry
  17. A Tragedy
  18. Reminiscence
  19. Let’s Rest Today
  20. Suspicion
  21. Ominous Sign
  22. Impending Danger
  23. The Terrible Monster
  24. Run Away
  25. I Couldn’t Do Anything
  26. Thinking
  27. Mysterious Power
  28. Magical Spider Girl
  29. To Be Stronger
  30. I’m on Fire
  31. Into the Battle
  32. Hard Fight
  33. It’s My Way
  34. Evolution
  35. Poison
  36. Leveled Up II
  37. Leveled Up III
  38. Preview

 構成は筆者が担当した。すでに書いたように、本作は蜘蛛子側の物語と人間側の物語が並行して進む構成になっている。しかし、その構成を音楽で再現しても画がないのでわかりづらい。そこで、ディスク1は蜘蛛子側の曲だけで構成。ディスク2は人間側の曲を中心に収録し、最後にふたたび蜘蛛子の物語に戻ってくる構成にした。
 ディスク1の1曲目「So I’m a Spider, So What?」は本作のメインテーマ的な曲。不穏な序奏から始まり、ちょっとコミカルで幻想的なメロディに展開する。「シザーハンズ」「バットマン」などのティム・バートン監督作品で知られるダニー・エルフマンの音楽を思わせる曲調だ。蜘蛛子の登場とダークヒーロー的な活躍をイメージさせる本作を象徴する曲。第1話の冒頭で流れたほか、前期の区切りとなる第12話で蜘蛛子が地下の大迷宮から地上に向かうラストシーンにも選曲されている。
 トラック2「I’m a Spider」〜トラック5「Hungry」は、転生した蜘蛛子がとまどいながら状況を把握していく第1話のコミカルな場面で使われた曲。どの曲も軽快なリズムとふわっとしたメロディのからみが小気味よい。これらの曲は以降のエピソードでも蜘蛛子のモノローグのバックなどによく使われた。
 「I’m a Spider」(「私は蜘蛛」)、「Why Did I Die?」(「私、なんで死んだ?」)などの曲名は蜘蛛子のセリフを拝借したもの。トラック3「No Way」は「ありえない」というニュアンスのスラングで、蜘蛛子の口癖「ないわー」のイメージで付けてみた。余談だが、最近は海外配信を想定して「曲名は英語で」と依頼されることが多い。
 トラック6「Labyrinth」からトラック12「Leveled Up」までは戦いを通してスキルを獲得し、レベルアップしていく蜘蛛子をイメージした構成。不気味なムードから未知への恐怖、緊張、そしてバトル!〜勝利!〜スキル獲得〜レベルアップという流れである。「Struggle」は劣勢の戦い、「Defeat You!」は優勢の戦いをイメージした曲だ。
 片山修志はバトル曲がうまい。場面に応じて、さまざまなスタイルのバトル曲を作る技術とセンスを持っている。本作は戦いの場面が多いので、ふんだんにバトル曲が聴けるのがうれしいところ。サントラの聴きどころでもある。
 トラック13「Positive Feelings」からトラック19「Let’s Rest Today」までは「ちょっとひと休み」というイメージでコミカルな曲やおだやかな曲を集めた。
 「Positive Feelings」は蜘蛛子の前向きな考え方を表現するギターの軽快な曲。「マイホーム作っちゃいました」(1話)、「わが世の春がキタ〜」(6話)など蜘蛛子が悦に入る場面によく流れている。聴いている方もポジティブな気分になってくる楽しい曲だ。
 大げさな曲調の「A Tragedy」は蜘蛛子の体から魂が抜けて「完」と表示される第4話の場面など、悲劇的状況をコミカルに描写する曲。
 「Let’s Rest Today」は「今日は休もう」(第2話)、「いやな想像はやめよう」(第4話)など、蜘蛛子が立ち止まったり思案したりする場面に使用された。とぼけた空気感が絶妙で、こういう曲もうまいなぁと思う。
 トラック20「Suspicion」からトラック25「I Couldn’t Do Anything」までは強敵の出現と蜘蛛子の敗北をイメージ。シリアスな曲調の音楽を集めた。
 「The Terrible Monster」は地龍アラバの登場場面に使われた曲。怪獣映画音楽のような重量感のある曲調が地龍の巨大さと強さを表現する。もともとは蜘蛛の魔物「マザー」用に書かれた曲である。「I Couldn’t Do Anything」は敗退した蜘蛛子が、「手も足も出なかった」と落ち込む場面の曲。
 続いてトラック26「Thinking」からトラック32「Hard Fight」までは蜘蛛子の反撃をイメージして構成。魔法のスキルを身に付け、作戦を練り、強敵を倒す。このあたりの丁寧な描写は本作の見どころだ。
 「Thinking」はタイトルどおり蜘蛛子が「考える」場面によく流れる曲。同じフレーズをくり返す構成はミニマルミュージック的味わいがあり、ずっと聴いていても飽きない。
 「Magical Spider Girl」は第8話で蜘蛛子の心の中に魔法担当の並列意志が登場する場面に使われた曲。魔法少女アニメの変身BGMを意識した曲調だ。タイトルは「魔法少女蜘蛛子」のイメージで付けてみた。使用回数は少ないながら印象に残る曲のひとつ。
 「To Be Stronger」は蜘蛛子の修行シーンを想定した曲で、蜘蛛子がより強くなるために奮闘する場面によく選曲されている。エレキギターが奏でるロック調の「I’m on Fire」は蜘蛛子が勇敢に敵に向かっていく場面などに使われた。
 「Into the Battle」は蜘蛛子のメインのバトル曲。スキルを駆使して華麗に戦う蜘蛛子のイメージをスピード感のある曲調で表現する。次の「Hard Fight」は互角の戦いを描写する緊迫感に富んだ曲。どちらも、第4話の猿の魔物、第8話の火龍、第12話の地龍アラバなど、強敵との対決場面に使用されている。ここがディスク1のクライマックスである。
 そしてトラック33「It’s My Way」は、蜘蛛子の日常を描くユーモラスな曲。戦い終えた蜘蛛子のイメージで収録した。「今なら食いしん坊キャラでいけるな」(第3話)、「もっと肉を持ってこいー」(第4話)、「いや〜日差しがしみる」(第13話)など、蜘蛛子の能天気な場面に使われている。やはり蜘蛛子はこうでなくては……と聴いていてほっとする。
 トラック34「Evolution」以降はボーナストラック的に、レベルアップや進化のシーンにジングル的に使われる短い曲を集めた。最後の「Preview」は次回予告に使用されている曲。もともとはレベルアップ用の曲である。
 という感じで、ディスク1は転生した蜘蛛子のサバイバルを描くイメージでまとめた。この1枚だけでも本作の雰囲気が伝わると思う。
 ディスク2はコンセプトを変え、蜘蛛子の同級生たちの物語に付けられた曲を中心にまとめた。ディスク1との雰囲気の違いを聴き比べてみるのも面白い。ディスク2の終盤は地龍アラバと蜘蛛子との決戦をイメージして、ディスク1に収録できなかった激しいバトル曲を収録。最後はもう一度、蜘蛛子の日常に戻り、ハードロック調の軽快な音楽で締めくくった。

 『蜘蛛ですが、なにか?』の音楽はコミカルからシリアスまでバラエティに富んでおり、その振り幅も広い。ほかの作品だとシリアスな曲が主役でコミカルな曲が脇役みたいになりがちだが、本作の場合は逆。コミカルな曲が重要であり、音楽演出の中核を担っている。本編では曲が短い時間で切られてしまうことが多いので、なかなか全体像がわかりづらいが、どの曲もセンスよく丁寧に作られていることに感心する。本アルバムでその魅力をじっくり味わってもらいたい。
 さて、6月30日には後期用の追加録音曲を収録した「TVアニメ『蜘蛛ですが、なにか?』オリジナルサウンドトラック2」が発売になる。2枚組で全48曲収録予定。今回は人間側の曲が多いのが特徴だ。筆者が気に入っているのは“吸血っ子”ソフィア関連の曲。こちらもぜひ、お聴きいただきたい。

TVアニメ「蜘蛛ですが、なにか?」オリジナルサウンドトラック
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TVアニメ「蜘蛛ですが、なにか?」オリジナルサウンドトラック2
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佐藤順一の昔から今まで(23) 女子高生リアリズムと戦争もの

小黒 『ストレンジドーン』は「佐藤順一的な女子高生リアリズム」の、1つのかたちなわけですね。

佐藤 そうだね。それをやろうと思ってやってるからね(笑)。

小黒 今でいうところの異世界転生ものですよ。

佐藤 そうそう。

小黒 でも、異世界転生ものでは、普通トイレは問題にならないんですよ。

佐藤 そうだね(笑)。

小黒 「異世界に召喚された女子高生はトイレをどうしているのだろうか」というアニメですから(笑)。

佐藤 野原でするしかないよね。

小黒 「それは人間として終わってるでしょう」と、登場人物が自分達でツッコミを入れると。

佐藤 作中では神のように扱われてるけど、ただの女の子達だから、何もできないし、戦争がなぜ起こってるかも全く理解できない。

小黒 パンツが替えられないということも引っ張っていましたね。

佐藤 シリーズ構成の横手(美智子)さんのお得意分野だと思うんです。パンツの話も含めてだけど、女子の綺麗じゃない部分を描くっていうか。

小黒 なるほど。今観ると、凄く真面目に作られていて。

佐藤 うん。真面目に作ってますよ(笑)。

小黒 異世界の小人達も、もの凄く地に足が着いていて、それぞれに葛藤があって、彼らの人間関係も描いている。身体が小さいだけで、ちゃんとした人間なんですよね。

佐藤 そうそう、限りなく大人達に近い。

小黒 今になって思うと、小人達はヘンテコで地に足が着かないほうがよかったんじゃないかと。

佐藤 (笑)。でも、あれは一応戦争もののカテゴリで考えているんですよ。

小黒 戦争を扱った作品でもあるんですね。

佐藤 そうそう。戦争もので難しいのは「終わらないこと」だと思うんですよ。物語上では戦闘の終結があったり、日常が戻ったりして、終わるじゃないですか。でも、現実では戦争って終わらないんですよ。ずっと引きずり続けて、ズルズルと残るんです。それが難しいから、戦争ものはできないなと思っていました。今回の物語は、主人公達が元の世界に帰るっていうことで、ひとまずは着地ができる。小人達の世界では戦争はそのまま続いてるんだけど、物語としては召喚された女子高生がいなくなった時点で終われるので、これだったらできるかなと思って取り組んだタイトルではあるね。

小黒 なるほど。

佐藤 戦争で軸にしたかったのは村人のあり方だったんだよね。自分達も戦争を肯定するというかたちで加担していたくせに、敵に攻め込まれて村が焼けてしまうと、村人は手のひらを返して守ってくれていた警備隊達に悪態をつくとかね。戦いそのものでないところが、『ストレンジドーン』でやりたかった戦争描写のコアなんだけど、伝わりにくかったなって思います。

小黒 佐藤さんが絵コンテを描いてる回は1話だけで、最終回は山下明彦さんが描いていますね。これはどんな狙いだったのでしょうか。

佐藤 今回はコンテをあまりやらないで進めたいなと思ってました。シナリオは横手さんに書いてもらって、物語はシナリオ段階で詰める。その後は役者の演技と音響で表現を詰めていくことができたらいいなあと思って取り組んでいたので、絵コンテにはあんまり手を入れないようにしようと思っていたんですよね。

小黒 この頃から、佐藤さんの作品づくりは音響重視になっていくわけですね。

佐藤 そうですね。1つの作品をやると、上手くいくところもあれば、反省すべき点もあって、次はこうしてみようという気持ちが膨らんでいくんだよね。

小黒 『ストレンジドーン』では音響監督もやっているんですか。

佐藤 ノンクレジットですがやってます。小人達は実力のある役者さん達でまとめて、そんなに演技指導しなくてもいいようになっているんですよ。で、清水香里さんと榎本祥子さんという、当時まだそんなにキャリアのない、役に年齢が近い2人に主演をやってもらって。なるべく2人が普段やってるような感じで、聞き覚えのある会話のテイストにしてほしい。特に清水さんのやってるキャラクターは。

小黒 宮部ユコですね。

佐藤 ユコのセリフには「てか」とか「つかつか」とか、台本には入っていない言葉がいっぱい入ってるはずです。アニメの台本って、生のテンションで喋ると、間が余るんです。言葉を足して、余った口パクを埋めていく。「だからさあ!」の前に「てか」を付けて「てか、だからさあ!」になるとかね。

小黒 なるほど。

佐藤 シナリオにない、女子高生的な言い回しを足すことで、リアルさをキープしていこうと思ってやっていました。そういうことをやりたいなと思って始めたシリーズでもありますね。どれぐらい、それっぽくできるかと。

小黒 エリとユコの会話がかなり重要だったんですね。

佐藤 それほどキャリアのない人達を音響監督としてハンドリングする経験が、自分にはまだそんなになかったので、そこは反省点として残りましたよね。もうちょっとうまくディレクションしてあげたら、彼女達はもっとよくできたはずだなっていう部分がいくつかある。

小黒 そういう意味では『プリーティア』のほうはどうだったんですか。

佐藤 『プリーティア』のほうは、もっと普通にターゲットを定めようと。『どれみ』だと3歳から7歳ぐらいまでなんだけど、『プリーティア』では6歳から10歳ぐらいの女子をターゲットにしたアニメをやろうと思ってたかな。できればもう少し上の高校生にも観てもらいたかったけども、まずはターゲットを上げたらどうなるかな、ということをやりたくてやったシリーズだったと思います。

小黒 この頃から佐藤さんは総監督で、別に監督を立てるかたちになっているわけですね。

佐藤 ハルフィルムに入った時に、この会社がずっとやっていくためには、監督として作品の柱になる人が必要になるはずと思ったんです。東映以外の会社だと、演出をやっていた人が監督になる時に、それまでに音響の作業等を経験していない場合が多いので、その辺を伝えておきたくて入ってもらってるところはあるね。佐山(聖子)さんも、この人は将来監督をやっていくだろうから、必要なことを伝えられたらと思って、『プリーティア』に監督として入ってもらいました。

小黒 和田薫さんの音楽はインパクトがありましたね。

佐藤 『ストレンジドーン』を和田さんにオファーしたのは、僕からだったかもしれない。厚みのある、ちゃんとしたオーケストレーションでやりたいなとは思っていたんです。その頃だったら「そういった楽曲なら、やっぱり和田さんだろう」と思ったのかもしれないな。

小黒 劇中でやってることはミニマムかもしれないけど、音楽は大スペクタクルですよね。

佐藤 劇伴って当時でもなかなかお金を掛けてもらえなかったので、企画を立てる時に、「今回は、できればフルオケでやりたい。少なくとも、ある程度はオーケストラでやりたいんです」と言って、製作委員会に考えてもらった。多分、元々の音楽予算以外に、制作予算から音楽制作費を出してもらったと思います。結構な大編成で音楽を録って、それはそれでかっこいい音楽ができた、と思ってますね。


●佐藤順一の昔から今まで(24)『スレイヤーズぷれみあむ』と『プリンセスチュチュ』 に続く


●イントロダクション&目次

新文芸坐×アニメスタイル セレクションvol.130
鬼才・今 敏の仕事

 奇想とリアリティの共存、作り込まれた密度の高いビジュアル、観客を惹きつける演出的な手腕。今 敏監督が手がけた作品は斬新であり独創的。そして「映画」らしい「映画」を撮ってくれる監督だった。

 新文芸坐とアニメスタイル共同企画による2021年6月のオールナイトは今 敏監督の特集だ。上映作品は『千年女優』『東京ゴッドファーザーズ』『パプリカ』の3本。トークコーナーのゲストはプロデューサーの丸山正雄、演出や制作進行として今監督の作品に参加した平尾隆之監督だ。トークの聞き手はアニメタイル編集長の小黒祐一郎が務める。

 なお、新型コロナウイルス感染予防対策で、観客はマスクの着用が必要。入場時に検温・手指の消毒を行う。全席指定席で、前売券の発売は6月23日(水)から。前売り券の発売方法については、新文芸坐のサイトをご覧になってもらいたい。

新文芸坐×アニメスタイル セレクション
vol.130 鬼才・今 敏の仕事

開催日

2021年6月26日(土)

開場

開場:22時10分/開演:22時30分 終了:翌朝4時55分(予定)

会場

新文芸坐

料金

一般3000円、友の会2800円

トーク出演

丸山正雄、平尾隆之、小黒祐一郎(アニメスタイル編集長)

上映タイトル

『千年女優』(2001/87分/35mm)
『東京ゴッドファーザーズ』(2003/92分/BD)
『パプリカ』(2006/90分/BD)

備考

※オールナイト上映につき18歳未満の方は入場不可
※トークショーの撮影・録音は禁止

●関連サイト
新文芸坐オフィシャルサイト
http://www.shin-bungeiza.com/

アニメ様の『タイトル未定』
305 アニメ様日記 2021年3月28日(日)

編集長・小黒祐一郎の日記です。
2021年3月28日(日)
日曜ではあるけれど、散歩以外はデスクワーク。
3月27日に「満員電車」を鑑賞した流れで、Amazon prime videoで市川崑監督の「青春怪談」を観る。1955年の邦画だ。原作小説は既読。タイトルに「怪談」の文字が入っているが、原作も市川崑版も、幽霊も出なければ妖怪も出ない。先進的な若者である奥村千春と宇都宮慎一、そして、やや変わり者の千春の父と慎一の母の恋愛模様を描く。原作は小説としてはあっさりしているのだけど、登場人物が魅力的で、楽しく読んだ。市川崑版は物語に関しては、原作をなぞっているけれど、慎一の現代っ子ぶりについてはもうひとつ。慎一の役者さんの風貌が大人過ぎるのではないか。原作を読んでいるからそう思うのかもしれないけれど。それに対して、千春のボーイッシュな感じは悪くない。「青春怪談」は同じ原作を、別の映画会社、別の監督で映像化した映画が同じ日に公開されているらしい。観客は同じ原作の映画を選んで観ることができたわけだ。

2021年3月29日(月)
午前中に、ワイフとグランドシネマサンシャインで「ノマドランド」を鑑賞。とてもよくできた映画だった。自分がもっと年齢を重ねてからだと、受け取り方が変わるかもしれない。ワイフはかなり感銘を受けた模様。午後はデスクワーク。録画で『ちびまる子ちゃん』で、キートン山田さんの最後の出演回を観る。

2021年3月30日(火)
この日も映画を観にいこうかと思っていたのだけど、「ノマドランド」で映画を観たい欲が治まったので、とりやめる。事務所でデスクワーク。原稿やこれから作る書籍の企画書の作業等。
『おそ松さん』第3シリーズ未視聴分を最終回まで観る。『おそ松さん』はこれからも、ゆったりと続いてくれると嬉しい。
『BEASTARS』第2シリーズ未視聴分を最終回まで観る。面白かったけど、原作はこの後もずっと続くのね。そろそろ原作をきちんと読んだほうがいいかな。

2021年3月31日(水)
昼までデスクワーク。午後は『映画大好きポンポさん』の試写会に行く。平尾隆之監督で『映画大好きポンポさん』を映像化すると知った時には、意外な組み合わせなので、ちょっと驚いた。だが、平尾監督が次回作としてこのマンガを映像化するのは面白いし、よい作品になるだろうとも予想できた。完成したアニメーション映画『映画大好きポンポさん』は非常にテクニカルな作品であり、なおかつ、娯楽作。原作を活かしている上にプラスアルファがある。全体として平尾監督らしい映画にもなっていた。期待以上の仕上がりだった。
「佐藤順一の昔から今まで」で確認したいことがあって『ストレンジドーン』を再見。U-NEXTで配信が始まっていた。ありがたい。 事務所が入っているビルの裏にある自販機の缶コーヒーがアイスだけになった。早いよ。毎年、梅雨くらいまでホットの缶コーヒーが飲みたい日があるのだ。

2021年4月1日(木)
新文芸坐の特別モーニングショーで「ひまわり 50周年HDレストア版」(1970・伊/107分/DCP)を鑑賞。プログラムのタイトルは「不朽の恋愛映画が、美麗映像で甦る ひまわり 50周年HDレストア版」。「ひまわり」は有名な映画だが、自分は初見。あらすじも知らなかったのにメインテーマは聞き覚えのある曲だし、観ていて「ああ、このカットはスチルになっているなあ」と思ったりと、不思議な鑑賞だった。脚本はよく練ってあるし、演出も腰がすわっている。「よく撮ったなあ」と思うカットもいくつもあった。音楽を担当したヘンリー・マンシーニが気になって、Amazon Musicで楽曲を探したところ、プレイリストがあった。
ワイフの体調がいまひとつで、のんびりと休んでもらうために「天然温泉 豊穣の湯 ドーミーイン池袋」に宿をとる。ドーミーイン池袋は事務所近くのホテルで、3月18日に開業したばかり。池袋のホテルなのに温泉に入れるのだ。15時にチェックインして、自分は事務所に戻ってデスクワーク。

2021年4月2日(金)
深夜にホテルで起きて、暗いうちに出社。早朝散歩の後、ホテルで朝食をとってからまた出社。寝起きしているのと食事をとっているのがホテルである以外、自分の生活パターンは普段とあまり変わらない。
早朝散歩ではAmazon Musicのプレイリスト「Henry Mancini Essentials」を聴いた。音楽好きの人には笑われてしまうかもしれないけれど、ああ、この曲もヘンリー・マンシーニだったのかと、素朴に驚く。「Baby Elephant Walk」もそのひとつで、あとで検索して映画「ハタリ!」の曲だと知る。

2021年4月3日(土)
『おじゃる丸』『忍たま乱太郎』はずっと録画をしているのだけれど、あまり再生していない。反省して、数日前から新作があったら、なるべく翌日の朝に観ることにした。4月2日に放送されたのは『おじゃる丸』も『忍たま乱太郎』も夫婦愛の話でしみじみとした。愛ちゃんの「あー、私なんだか、手をグーってしたくなったわ。グーって」が超甘々でよかった。これも自分が若い頃に観たら、受け取り方が違うだろうなあ。
昼前にホテルをチェックアウト。ワイフは充分に休めたようでご機嫌。自分は阿佐ヶ谷ロフトAに移動して、イベント「ぼくらの動画祭」に途中から参加。吉松さんが作った動画を流すイベントで、出演は吉松さん、ドクトルFさん、水島精二さん。自分が登場して、やたらはしゃいでいる動画も上映された。その後、事務所に戻ってデスクワーク。
「仮面ライダー生誕50周年企画発表会見」で新作「シン・仮面ライター」の製作が発表された。脚本・監督は庵野さんだ。『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の公開からひと月足らずで、新しい監督作を発表するイケイケ感が素敵だ。

佐藤順一の昔から今まで(22)TV『まほTai!』と『プリーティア』

小黒 『魔法使いTai!』TVシリーズですが、クレジットだと「アニメーション制作」としてマッドハウスとトライアングルスタッフの名前が並んでいます。実際の制作現場はどこになるんですか。

佐藤 トライアングルスタッフですね。

小黒 『まほTai!』のTVシリーズは、OVAとはテイストが違いますが、作品としての狙いが違うということですね。

佐藤 そうですね。OVAは割と自分の好きにやらせてもらったので、TVの時は、シリーズ構成の小中(千昭)さんとキャラクターデザインの伊藤郁子さんのやりたいことも、引き出しながらやれたらいいなと思っていましたね。

小黒 新キャラクターも登場しましたが、そこに伊藤さんがやりたかったことがあったんでしょうか。

佐藤 やりたかったことというよりも、伊藤さんはOVAの時に主人公の紗絵に共感できなかったわけですよ。「サトジュンが好きな主人公女子キャラ」以上のものではないと思っていて、ちゃんと女の子らしいところをやりたいと考えていたんだと思います。

小黒 なるほど。

佐藤 小中さんは、その辺の伊藤さんの波長とシンクロしていたと思っていた。その後の『(ふしぎ魔法)ファンファンファーマシィー』で一緒に仕事されていた時も、凄くシンクロしてましたからね。

小黒 ミッキー先輩とJの存在は、伊藤さんと小中さんのアイデアなんですか。

佐藤 確かそうだったと思います。TVシリーズに関しては、僕のほうから「ああしたいこうしたい」というものは、OVAほどはないんだよね。自分の中からは出てこないようなものがやりたいと、当時思ってた。なので、出してもらったものを面白がろうっていうところがあるかもね。主人公に関して言えば、既にやっていて楽しいキャラクターになっているので、自分はそれで十分楽しいし。

小黒 佐藤卓哉さんが『まほTai!』に絵コンテで参加されていますね。『まほTai!』への参加はどういった経緯だったんでしょうか。

佐藤 卓哉さんはトラスタのプロデューサーがコンテをオファーして、描いてもらってたはずですね。自分も卓哉さんの名前は聞いてるけれども会ったことはない、ぐらいの感じだったと思います。

小黒 その後、『チュチュ』で佐藤卓哉さんが脚本を書いていますね。これは?

佐藤 誰かが勧めてくれたんですよ。卓哉さんはホンも書けるということだったので、入ってもらいました。勧めてくれたのは、小中さんかもしれないです。

小黒 『まほTai!』TVシリーズの絵コンテを当時見た記憶があるんですけど、佐藤卓哉さんの絵コンテの画があまりにも独特で印象に残りました。

佐藤 画が最初から面白かったですね。

小黒 絵コンテの画が作品のようでしたね。

佐藤 そうそう。絵コンテの段階で面白かった。ただ、シリーズディレクターとして見ると、「結構枚数がかかる内容だな」というのが気になったんです。制作はそこを気にしていなかったけど、少し修正をしたかもしれない。

小黒 当時、佐藤卓哉さんの回だけでなく、TV『まほTai!』で絵コンテを何本か見せてもらったんですよ。「うわー、佐藤さん、手を入れてないなあ」と思いました。「映像ソフトを売る作品で、こんなにTVアニメっぽい絵コンテでいいの?」と思ったものもありました。

佐藤 この頃がそういう時期だったんだね。東映の外の空気を感じて、外のものをそのままやったものも見たいなという気分もあった頃です。

小黒 東映だと、シリーズディレクターは基本的に各話の絵コンテを直さないわけじゃないですか。だけど、他のプロダクションは監督が絵コンテを直すことが多い。この頃の佐藤さんは、その間にいたわけですね。

佐藤 そうなんです。コンテでガリガリ直すんじゃなくって、その後の音響の段階でなんとかしていくのが東映のスタイルなので、この辺りはそれと同じつもりでやってるはず。

小黒 同時期に『ゲートキーパーズ』(TV・2000年)もありますね。佐藤さんのカラーがほとんど感じられないのですが。

佐藤 そうでしょうね。なんで俺が呼ばれたのか、自分でも分かんなかったぐらいだからね(笑)。

小黒 設定やキャラクターの配置が決まってから、呼ばれてるんですか。

佐藤 既にあるゲームのアニメ化だから、キャラクターデザインとか設定も全て決まっていましたね。企画意図としては、ターゲット年齢をあまり上げたくないというか、男の子に向けて作るものにしたい。作風もマニアックじゃないほうにいきたいのでお願いしました、と聞きましたね。

小黒 でも、企画としてはバリバリにマニアックですよね(笑)。

佐藤 そうかもしれないけど、(シリーズ構成の)山口(宏)さんがやろうと思っていたことが、少年アニメ的だったので、それをちゃんと拾っていくつもりでやっています。ホン読みの時にもガチガチに設定で固めないで、ゆるいところはゆるく、という感じで進めてた気がするんだよね。

小黒 この頃は『サクラ大戦』(TV・2000年)と『だぁ!だぁ!だぁ!』(TV・2000年)で1本ずつ絵コンテを描いてますね。『サクラ大戦』はどなたからのオファーだったんですか。

佐藤  (中村)隆太郎さんかな。隆太郎さんから「1本コンテやって」と言われて、やったはずです。

小黒 どうでしたか。

佐藤 『サクラ大戦』の世界観自体がなかなか難しかった記憶があります。隆太郎さんが作品の取り扱いに困ってる感じがあって、「佐藤さんはどう思いますか?」って聞かれたこともあったから(笑)。隆太郎さん的には「少女達の物語」としてちゃんと組み立てたいんだな、と解釈して取り組んだ気がする。隆太郎さんが何に困っているのか、実はよく分かってなかったりするんだけど、「これってこういうもんでしょ」というお約束的なところが引っかかったのかもね。だから、隆太郎さんのやりたいものにしようと思ってやった記憶がある。

小黒 『だぁ!だぁ!だぁ!』はいかがですか。

佐藤 『だぁ!だぁ!だぁ!』は桜井(弘明)さんから話をもらったのかな? 少女マンガ原作でターゲットも割とよく分かってる層なので、あんまり悩まずにスルッとできた気がするね。シーンは忘れたけども桜井さんに「このキャラクターの行動分かりますか」と聞かれて、「めっちゃ分かります! これはこういうことですよね」「そうなんすよ!」という話をした気がする。

小黒 (笑)。次が問題作と言えるかもしれない『ストレンジドーン』(TV・2000年)ですね。

佐藤 『ストレンジドーン』は、ハルフィルムに入って最初の作品だもんね。

小黒 1つ覚えてることがあって、この頃、佐藤さんはやたらと深夜アニメをチェックしてたんですよ。「小黒君、あの番組はどういうターゲットに向かって作ってるの?」と聞かれたりして、「うわ、佐藤さん、めちゃめちゃ深夜アニメ観てるよ!」と感心したのを覚えてます。

佐藤 (笑)。

小黒 これからはコアターゲット向けに作っていくのだ、という時期だったわけですよね。

佐藤 ハルフィルムに入って、「じゃあ、テレビの企画やりましょう」って言われた時に、どういう時間帯で誰に向けた作品なのかを聞くじゃないですか。

小黒 はい。

佐藤 ターゲットに関しては、特に濃いアニメファンではなく、広めに考えているということだった。要は、深夜にザッピングしている人達が「これなんか変なのやってるよ」とチャンネルを止めて観ちゃうっていうことだよね、と思って作ったのが『ストレンジドーン』かな。

小黒 なるほど。

佐藤 「こんなのやっているけど、なんなのこのアニメ」と思って、つい観てしまうような人達がターゲットかなと思ってて。視聴率も深夜なので1%とか2%いけばよいっていう企画かなと思ってスタートしたんだけど、作ってたら「パッケージを出す」と言われてね。「パッケージ!? これ、売れますか!?」って (笑)。

小黒 (笑)。いや、この頃のものだったらパッケージにするでしょう。

佐藤 そう。当時、その常識がわかってなかったんですよ。

小黒 なるほど。

佐藤 「それだったら宣伝の仕方とかを一考しないと、普通に棚に置いても誰も手に取らないと思います」みたいなことを言ったけど、タイミングが遅かったのか実現しなくて。外でやるアニメは、パッケージでビジネスしてるんだということが、徐々に分かっていく。

小黒 その後の『(新白雪姫伝説)プリーティア』(TV・2001年)の時も、まだ分かってないわけですね。

佐藤 その時もまだ分かってないですよ。

小黒 『プリーティア』は作品として悪いわけではないけれど「なぜこれをWOWOWでやってるんだ?」という疑問が。

佐藤 『ストレンジドーン』の時も、当初は地上波の深夜でやるという話で企画してんだけど、最終的に「放映するのはWOWOWの夕方になりました」と言われて「えっ、WOWOW? 映画やスポーツとか音楽が好きな人が、お金を払って観てるチャンネルなのに大丈夫ですか」と思ったんだよね。

小黒 なるほど。

佐藤 『プリーティア』の時も「WOWOWは全国ネットなので、エリアの狭い地上波よりもビジネスチャンスが多いのだ」と言われて、「そういうもんすか」と思ってやったんだけど(笑)。後で全然違うじゃんってことが分かる。

小黒 少なくとも女の子向けの番組をやる枠ではなかったですね。当時も佐藤さんは「聞いていた話と違った」と言っていましたよ。

佐藤 そうなんですよ。そういうことはこの後も結構あるんですよ。だんだん賢くなっていって「ターゲットがこうだから、こういうふうに作りましょう」と最初に言われても、それとは違う結果になるかもしれないというのが分かっていったんです。


●佐藤順一の昔から今まで(23)女子高生リアリズムと戦争もの に続く


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