アニメ様の『タイトル未定』
362 アニメ様日記 2022年5月1日(日)

編集長・小黒祐一郎の日記です。
2022年5月1日(日)
誕生日を迎えて58歳になった。幸運にも、この一年も仕事を続けることができました。これからの一年もよろしくお願いします。
昼の12時から「第188回アニメスタイルイベント アニメ様イベント2022」を開催。吉松さんとトークを進めたのだけれど、途中から参加した長濵さんに「話が辛気くさい」と突っ込まれてしまった。続いて13時から「第189回アニメスタイルイベント この人にもっと話を聞きたい 続・長濵博史」を開催。これで長濵さんの仕事歴を振り返るトークは一段落。

2022年5月2日(月)
午前1時くらいに起床。ワイフが眠ることができないでいたので、深夜の散歩に誘う。西池袋から雑司ヶ谷を歩いて、午前2時45分くらいに無敵屋でラーメンをいただく。この店は昼間は行列ができていることが多いのだけれど、この時間なら行列はなく、のんびりと食べることができた。
昼間は新文芸坐で「ベルリン・天使の詩」4Kレストア版を観る。プログラム「ヴィム・ヴェンダース レトロスペクティブ」の1本だ。この映画は大学生の時に女の子と観に行ったと思い込んでいたけど、公開時期を確認したら、自分は既にアニメージュでバリバリと仕事をしている時期だ。何を勘違いしていたのだろうか。まあ、それはともかく、「ベルリン・天使の詩」の劇場での視聴は3度目のはず。初見時には素直に感動したけど、今回は少し考えてしまった。映像は非常に鮮明。音の広がりもいいんだけど、場面によっては広がりすぎではないかと思ったり。

カセットハードディスクの録画機が販売中止になって、使っているカセットハードディスクの録画機も不具合が出てきたので、新しい録画機に乗り換えなくてはいけない。外付けのハードディスクにひたすら録画を溜めて、一杯になったらハードディスクを替えていくかたちにするのがよいのだろうか。SeeQVaultという規格のHDDは録画したレコーダーでなくても、同社のレコーダーなら再生できるらしい。

2022年年5月3日(火)
ワイフとChachat 雑司が谷という店に行って「江戸火鉢おもちセット」をいただく。火鉢を使って自分で餅を焼いて、きなこや甘辛だれ等で食べるというメニューだ。美味しかったし、面白かった。店の雰囲気もよく、ゴールデンウィークらしいひとときだった。
「ゴールデンウィーク中にやること」を書き出した。最初は「やること」が20項目だったのだけれど、片づけていくうちにどんどん項目が増えていく。スターチャンネルの「おかしなおかしな大泥棒 日曜洋画劇場版」を流し観。あれ、こんな感じの映画だったっけ。他の「おかしなおかしな」と記憶がごっちゃになっているのかもしれない。それから、東映チャンネルの『サイボーグ009』(1968年版)の1話と2話を観る。

北米版『マモー編(ルパン三世)』のBlu-rayを開封した。噂通り『マモー編』の絵コンテがPDFで収録されており、絵コンテには幻の「ルパンが死んだと信じている銭形が寺男となっている場面」もあった。古本屋の男が出てくるシーンはないようだ。それでも素晴らしい。

2022年5月4日(水)
デスクワークの合間に、新文芸坐の「都会のアリス」2Kレストア版を観る。プログラム「ヴィム・ヴェンダース レトロスペクティブ」の1本で、この映画は初見。途中までは「この映画はどうかな」と思っていたが、終わってみれば面白かった。アリスが「ブッパータールは違う」と言い出す辺りが一番よかった。

2022年5月5日(木)
ワイフと遠出をして朝の散歩。目黒川、世田谷公園を経由して三軒茶屋に。世田谷公園ではラジオ体操に参加した。三軒茶屋から電車で池尻大橋に移動して、代官山まで歩く。代官山 T-SITEのベーカリーでモーニングをいただいてから、蔦谷書店店内を見て歩く。代官山 T-SITEは面白い場所だった。池袋に戻って、昼から吉松さんと吞んで、その後は事務所でデスクワーク。事務所で東映チャンネルの「バトルフィーバーJ」を流し観していたら、東映動画スタジオの入り口が女子大の寮として使われている話だった(20話「危険な幽霊狩り」)。東映動画のスタジオは東映の実写ドラマで使われることが多かったけど、自分的に一番インパクトがあったのがこの話だなあ。

2022年5月6日(金)
グランドシネマサンシャインで「ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス」【IMAXレーザーGT3D字幕】を鑑賞。そんなに好きなタイプの映画ではなかったけれど、これだけ見せ場を作ってくれているなら文句は言えない。それから、この映画の予告はいいところを観せつつ、内容を分からないように構成されていた。上手いなあ。上映前に「トップガン マーヴェリック」のやたらと長い予告をやっていた。こちらも楽しみ。

2022年5月7日(土)
「第190回アニメスタイルイベント ここまで調べた片渕監督次回作9 とうとう作画が始まりました編」を開催。本編の作画が始まったこともあり、話題が盛り沢山。作画の工夫、あるいは作画や芝居についての課題が語られ、作成中の美術設定も次々と公開。安藤雅司さんが既に原画作業に入っている(作監作業の前に原画を描いている)ということや、通常は映画が公開されても話題になることのない絵コンテ用紙のサイズや作画用紙のサイズまで明らかに。
原作「カードキャプターさくら」を最終巻まで読了。最終巻の話ではないけど、原作とアニメでの知世の違いについて少し考えた。

第239回 リアルかバーチャルか 〜ユーレイデコ〜

 腹巻猫です。六本木・東京シティビューで開催中の「誕生50周年記念 ベルサイユのばら展」に行ってきました。マンガの原画展示が中心ですが、宝塚歌劇版、TVアニメ版の展示コーナーもあります。アニメ関係の展示はコンパクトながら、原作とアニメ版の違いや演出の変化なども解説されていて納得の内容。最後に、制作が発表されたばかりの新作劇場アニメの設定画展示があり、期待が高まります。東京会場は11月20日まで。
https://tcv.roppongihills.com/jp/exhibitions/verbaraten/


 7月〜9月期放映のTVアニメの中で筆者が注目していた番組のひとつが『You 0 DECO』。サイエンスSARUがアニメーション制作を担当したオリジナル作品である。
 舞台は仮想現実(VR)・拡張現実(AR)技術が発達した未来の情報管理都市トムソーヤ島。住民は視覚情報デバイス「デコ」を使ってリアルとバーチャルを行き来し、相互評価係数「らぶ」をやりとりしてさまざまなサービスを受けている。その「らぶ」を奪う怪人0(ゼロ)を探していた少女ベリィは、デコに映らないユーレイのような子ども、ハックと出会う。ベリィはハックたちが結成したユーレイ探偵団に参加し、トム・ソーヤ島で起こる怪事件を追い始める。
 『攻殻機動隊』や『電脳コイル』を思わせる設定だが、作品の印象は軽快でポップ。シンプルな線で描かれたキャラクターやカラフルな電脳世界の描写は80年代ポップアートを思わせる。
 島の名前が「トム・ソーヤ」。ユーレイ探偵団のリーダーの名はフィンで、主要登場人物の名前を並べ替えると「ハックルベリー・フィン」になる。物語の終盤には、『トム・ソーヤーの冒険』『ハックルベリー・フィンの冒険』の作者マーク・トウェインや『トム・ソーヤーの冒険』に登場する悪漢インジャン・ジョーの名をオマージュした施設、キャラクターも登場する。こうしたオマージュが示すとおり、本作は基本的に少年少女が活躍する冒険ものなのである。サイバーパンク的な世界を描いていながら、素朴で懐かしい雰囲気がある。児童文学好きの筆者には、そこがぐっときた。

 音楽は主題歌の作詞・作曲も手がけたミトが、KOTARO SAITO(齊藤耕太郎)、Yebisu303と共同で担当。トータルな世界観を表現する曲やキャラクターの心情を表現する曲をミトが担当し、怪人0の曲や「超再現空間」と呼ばれる仮想空間の曲をKOTARO SAITO、ベリィの学校生活やハックの活躍を描写する曲をYebis303が手がける分担になっている。
 バンド「クラムボン」のメンバーとしても活躍するミトは、アニメやアーティストへの楽曲提供のほか、TVアニメ『アリスと蔵六』(2017)、『ワンダーエッグ・プライオリティ』(2021)等の劇中音楽(劇伴)を担当した経験がある。KOTARO SAITOとYebisu303は劇伴の仕事が初めてということもあり、楽曲を限定した形での参加になった。
 監督の霜山朋久は、現実世界と超再現空間とで、音楽も明確に分けてほしいとリクエストしたという。それを受けて、リアルな世界や心情を描写する音楽は生楽器を使った曲、バーチャルな世界の音楽はシンセサイザーをメインにした曲と、サウンド面で区別がつけられている。たとえば「トムソーヤ島のテーマ」はピアノや弦楽器が奏でるさわやかな曲、「怪人0のテーマ」はシンセの打ち込みによるリズム主体の曲という具合。シンセサウンドは80年代風の懐かしい音色に作られていて、それが『You 0 DECO』の世界観によく合っている。
 ミトによれば、音楽制作は最初にメニューをもらって全曲をまとめて作る方法ではなく、1話分ずつ、監督たちとミーティングしながら作っていったという。そのため、本作の音楽は意外なほど映像に密着している。学校のシーンでは学校のテーマが流れ、怪人0が現れると怪人0のテーマが流れる。特定のシーンを想定して書かれた1回限りの曲もいくつかある。音楽演出はオーソドックスだ。こうした音楽の使い方も、本作から受ける「懐かしい感じ」を強めている。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、7月3日の放送開始と同時に各種音楽配信サービスからストリーミング&ダウンロードの形でリリースされた。ミト、KOTARO SAITO、Yebisu303の3人の作曲家別に3つのアルバムがリリースされるユニークなスタイル。リリースのタイミングも、リリース形態も、『You 0 DECO』らしい新しさがあっていい。
 ちなみに各アルバムの曲数は、ミトの曲を収録した「You0 DECO SOUNDTRACK Vol.1」が35曲、KOTARO SAITOの曲を収録した「同 Vol.2」が11曲、Yebisu303の曲を収録した「同 Vol.3」が9曲。曲数から見てもミトの曲がメインになっていることがわかる。
 「You0 DECO SOUNDTRACK Vol.1」を聴いてみよう。収録曲は以下のとおり。

  1. トムソーヤ島のテーマ
  2. 都市
  3. ベリィのテーマ
  4. 逃走
  5. ベリィのモヤモヤ
  6. 隠れ家
  7. すごく不安
  8. ベリィとハック
  9. カスタマーセンター
  10. ドローン
  11. フィンのテーマ
  12. 回想
  13. アジト
  14. マダム44のテーマ
  15. ハンクのテーマ
  16. ダイヤリー
  17. 我らユーレイ探偵団
  18. 仕事依頼
  19. 夕方
  20. 感傷
  21. やるせないしかたない
  22. 過去
  23. フィン
  24. スラム
  25. 波止場
  26. 隠し事
  27. 絵本
  28. 仲間
  29. 大空
  30. マークトゥエイン
  31. ピンチ
  32. 正体
  33. 対決
  34. 未来

 劇中で流れる曲が、ほぼ登場順に収録されている。放映開始日にリリースされたアルバムで、最終話に流れる曲まで順を追って収録されているのが驚きだ。配信リリースだからこそ、実現できたことだろう。制作に2ヵ月ほどかかるCDだったら、こうはいかなかったに違いない。
 1曲目の「トムソーヤ島のテーマ」は第1話の冒頭に流れる曲であり、本作のメインテーマとも呼べる曲。流麗なストリングスとキラキラしたピアノの音がさわやかだ。この感じはトラック9「朝」やトラック26「波止場」でも聴くことができる。
 次の「都市」は、第1話でベリィが街を歩く場面など、トムソーヤ島の街の描写にたびたび使われた。テクノっぽいシンセの音と生っぽいストリングスの音が共存するサウンドで、リアルとバーチャルが重なる街をうまく表現している。
 この曲調をテクノっぽい方向に振ったのがトラック10「カスタマーセンター」やトラック11「ドローン」など。トムソーヤ島の管理システムの冷たさと脅威を描写する曲である。
 トラック3「ベリィのテーマ」はもうひとつのメインテーマとも呼べる重要な曲。ピアノとストリングスの静かな導入から始まり、リズムが加わって軽快で疾走感のある曲調に変化していく。第1話でベリィがユーレイであるハックの存在に気づく場面をはじめ、ベリィの心情が大きく揺れる場面、ベリィが行動を始める場面などに使用されて、ドラマを盛り上げた。本作の音楽の中でも映画音楽っぽい、「劇伴」らしい曲のひとつ。
 トラック4の「逃走」は第1話でベリィがハックを追いかける場面に流れたスリリングな追跡曲。これも典型的な劇伴らしい曲である。
 次の「ベリィのモヤモヤ」は、ハックに出会ったことでベリィの胸に芽生えた疑念を表現する曲。本作の心情曲は、とてもシンプルに作られている。メロディで感情を表現するよりも、ふんわりとしたサウンドで心情を想像させる音楽になっている。トラック13「回想」、トラック21「感傷」、トラック22「やるせないしかたない」、トラック23「過去」なども同様だ。感情に溺れず、感情を押し付けない感じが、とても現代的だし、ベリィたちのキャラクターにもフィットしている。
 第1話のラスト、怪人0がベリィとハックの前に登場する場面にはKOTARO SAITOによる「怪人0のテーマ」と「怪人0現る」が使われている。また、第1話でベリィがハックのあとをつける場面に流れるのはYebisu303による「ハックのテーマ Part 2」だ。怪人0とハックの曲をそれぞれ異なる作曲家が担当しているのは、重要なキャラクターゆえに音楽的にも違いを明確にしたかったためだろう。
 「SOUNDTRACK Vol.1」の聴きどころのひとつは、ユーレイ探偵団の個性的なキャラクターを表現する曲だ。
 トラック12「フィンのテーマ」はユーレイ探偵団の謎めいたリーダー、フィンの曲。単調なリズムから始まり、ストリングスのメロディが大きなうねりへと展開していく。クールなように見えて、実は複雑な過去と強い意志を持つフィンの人間性を表現する曲になっている。
 トラック15「マダム44のテーマ」は、遠隔通信で探偵団のミーティングに参加する老婦人マダム44のテーマ。フランスの民族音楽「ミュゼット」を思わせる、エレガントでポップな3拍子の曲。
 トラック16「ハンクのテーマ」はガラクタを集めてなんでも作ることができるユーレイ団の技術担当、ハンクのテーマ。エレキギターが唸るロックサウンドに重なって、男っぽい声が合いの手を入れるのが面白い。遊び心のある曲である。
 トラック18「我らユーレイ探偵団」は堂々としたマーチ風に書かれたユーレイ探偵団のテーマ。2回しか使われていないが、本作の「少年少女冒険もの」の側面を象徴する楽曲として印象深い。
 もうひとつの聴きどころは、アルバムの終盤に並べられた一連の楽曲。物語全体のクライマックスのために用意された曲だ。
 トラック28「絵本」は第9話のアバンタイトル、幼いフィンが絵本を読む場面に使用。そのあとフィンの過去と真意が明かされる重要なシーンが続く。
 トラック29「仲間」は、同じく第9話でユーレイ探偵団の仲間を遠ざけようとしたフィンに対して、ハックが「おれたちは家族だ」と怒りをぶつけるシーンに流れた曲。ピアノの澄んだ音色を生かした、しっとりとした曲調が泣ける。この曲は第12話の眠る少女のシーンにも使用されている。
 トラック31「マークトゥエイン」は第10話のラストシーンに、トラック30「大空」は第11話のアバンタイトルに流れた曲。いずれもハックとベリィとフィンがドローンにつかまって空の上をめざす場面に使われている。ストリングスとリズムに管楽器の音が加わり、大空を行くベリィたちの高揚感と決意が表現される。「ベリィのテーマ」と同様のドラマティックな曲である。第11話のラストシーンにはトラック32「ピンチ」が流れて危機感を盛り上げる。
 最終回となる第12話のクライマックスに流れるのが、トラック33からの3曲、「正体」「対決」「未来」だ。怪人0の正体が明らかになる場面の「正体」、ベリィとハックのとまどいと迷いを描写する「対決」、対照的な曲調の2曲が2人の心の揺れを表現する。アルバムの掉尾を飾る「未来」は、ハックの決意とこれから待ち受ける未来を表現する曲。ピアノとストリングスを中心に奏でられるこの曲は、よく聴くと1曲目の「トムソーヤ島のテーマ」の変奏である。新しいトムソーヤ島を予感させる場面だから、同じモティーフが使われているのだ。この音楽演出はうまい。
 サウンドトラック・アルバムには収録されていないが、第12話のラストに流れるのはクラムボンによる挿入歌「Utopia」である。実はこの曲、ミトが本作のパイロットフィルムのために作った曲なのだそうだ。そのモチーフが、劇中のいろいろな曲に散りばめられている。最初に作った曲が音楽全体のベースになり、さらに物語を締めくくる曲になる……。なんともニクイ音楽設計である。
 その「Utopia」は最終回の放送とほぼ同時、9月19日に配信開始された。このリアルタイム感は、21世紀ならでは。作品の完結とともに音楽世界も完成する趣向に、とてもワクワクさせられる。

 ところで、本作の劇中ではサウンドトラック・アルバムに収録されていない曲もいくつか流れている。単に未収録なのか、配信開始時点で完成してない曲があったのか? とつらつら考えていたら、12月に発売される「ユーレイデコ Blu-ray BOX(特装限定版)」の特典として「『ユーレイデコ』の音楽をすべて収録したCD」が同梱されるのだとか(詳細不明)。円盤志向の筆者ですら、本作の音楽は配信だけで完結するのが美しいような気になっていたのだけど、やはりお宝はリアルに入手しろということかな。

You0 DECO SOUNDTRACK Vol.1 MUSIC for TOM SAWYER ISLAND mito(clammbon)
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You0 DECO SOUNDTRACK Vol.2 MUSIC for SUPER REPRODUCTION SPACE KOTARO SAITO
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You0 DECO SOUNDTRACK Vol.3 MUSIC for HUMAN BEHAVIOUR Yebisu303
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Utopia(クラムボン)
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第771回 動かす喜び

 現在制作中のシリーズ(2023年放映)の、アフレコが無事全話終了。まだ、画作り~ダビングは半分近く残ってはいますが一先ず、

キャスト・音響スタッフ・制作委員会の皆さんお疲れ様でした!

 昨今と言うか、ここ20年は“コンテ撮でのアフレコ”が当たり前になっています。自分が演出を始めた頃のアフレコ現場では、昭和の時代からご活躍の大御所声優様が「画がなくて演じられるか!」と仰られ、不機嫌を露わにされたものでした。が、それも徐々にコンテ撮でアフレコは当たり前になり、「画がなくて」の御不満もあまり聞かなくなりました。声優の皆様、

今も昔も、決してアニメーター側がサボっているのではありません! 昭和から増える一方の需要に応える品質・物量を生産するため、必死で描いているのだけはご理解頂きたいのです!

 そして、音響スタッフの皆様、

“画の出来が悪い、画が揃わない(コンテ撮)”なのは、もう制作会社・制作プロデューサーの責任だ! 責めるのも控えて頂けないでしょうか?

 とあるプロデューサーさんに聞いた説では、日本にアニメーターは8千~1万人いるらしいです。某作画ツールの営業の方が調べたところでは7千~8千人とのことでした。そして、去年制作されたアニメの本数は大小(シリーズ・単発)含めて400作越えと聞きました(こちらも某プロデューサー談)。その数字を信じるならば、(掛け持ちを勘定に入れず)単純計算で、

アニメ1作に割り当てられるアニメーターは、20数人ほど!

となります。海外も自国のアニメ生産に人手を割くようになり、日本の下請けの割合はぐんと減って、10年前のように“安かろう悪かろうを覚悟して海外に撒けばとにかく上がる!”戦略も通用しなくなってきました。
 つまり、下手すると日本中の声優の数より少ない(んじゃない?)人数のアニメーターたちが、人並みに家も車も買えず汗水たらして描いている現実を鑑みてください。これ以上は言いません。

あ、今回のアフレコは至って和気あいあいと終わりましたよ! 本当に楽しかったです!!

 まあ、作品制作中でも節目節目で自分は、“アニメーションとは、本当に何なんだ?”と初心に帰って、テレコム(・アニメーションフィルム)時代に思いを馳せてしまうのです。
 この間、久しぶりに

『大塚康生の動かす喜び
(ジブリがいっぱいCOLLECTIONスペシャル)』!

のDVD“大塚さんの描く五右エ門の抜刀”を観返しました。あれは、自分が新入社員のド新人だった頃、大塚さんの傍らに立って指導を受けていた時(今から28年前)と同じアングルなんです! 当時、俺が自宅で夜中に描いた原画の習作をあんな感じの優しい口調で、「あ、これは気持ち良く動くね~」と言ってサラサラ~と修正を入れてくださった大塚さん! 思い出します。製作費やスケジュール、スタッフの引き抜き合い(馬鹿の所業)、そして、自分で画を描かないくせに作品の手柄を我が物顔で語りたがる監督を作家扱いで紹介するアニメジャーナリズムと、それに毒されて作家の振りだけ一人前の実務作業不能アニメ監督などの業界暗部を一瞬でも忘れたい時、本当に“アニメーターの矜持”を思い出したくなり、俺に“画を動かすとは?”という純粋なアニメーション(アニメ―ト)を教えてくださった師匠と先生方のことを考えると気が落ち着くのです。

俺、富だ名声だは手にできていないけど、“画を動かせる面白さ”は教えて貰ったんだった!

と。気持ちいいアクションや雰囲気の出た芝居が描けて、架空の人物やその他の物が、あたかもここに存在するかのように己で感じることができた時の快感! これは、一生遊べるおもちゃを手にしたような幸せ(?)で、お金じゃ買えないもののはず。そんな素晴らしい技術を我々アニメーターは持っているのだという誇りを忘れずに、未だに「アニメーターの冷遇・低収入は当たり前。もう、しようがない」と言っては自分らの稼ぎだけ天然で確保している“上の人”たちに対して、決して拗ねることなく、しっかり大人のルール内で丁寧に交渉するようにしましょう! ここ数年は我々も会社として“作画スタッフ皆が週休2日の普通の生活ができる製作費”を条件に入れています。作品によっては非常に難しい交渉ですが、頑張るしかないです。アニメーター自身も“低賃金でも自由人”を気取ってないで、会社側からの“インボイス制”の説明はちゃんと聞きましょう。某アニメ会社社長より聞いた話では、「社内でインボイス制の説明会を開いても、はなから聞く耳を持たないフリーのアニメーターは多い」とのことでした。アニメーター自身も時代に合わせて「動き」ましょう。

アニメ様の『タイトル未定』
361 アニメ様日記 2022年4月24日(日)

編集長・小黒祐一郎の日記です。
2022年4月24日(日)
ワイフと遠出をして散歩。浅草駅をスタートして浅草寺、今戸神社、墨田公園、長命寺、向島百花園を経由して東向島駅まで。これもムック「歩いて再発見! 東京8000歩さんぽ」のコースだ。盛り沢山で楽しい散歩だった。夕方からある人と池袋で吞む予定だったのだけれど、その方の都合が合わなくなったので、浅草でワイフと吞む。前から入ってみたかった浅草地下街の福ちゃんに。福ちゃんはやきそばの店だ。浅草地下街は1955年に完成した地下街で、福ちゃんは1965年創業だそうだ。美味しかったし、店員さんもキビキビしていて気持ちがよかった。

2022年4月25日(月)
『ONE PIECE』1015話「麦わらのルフィ 海賊王になる男」を録画で視聴。凄い出来。作画等もいいんだけど、とにかく演出がいい。実に濃密なエピソード。演出は石谷恵さん、作画監督は森佳祐さん、伊藤公崇さん、小島崇史さん、山本拓美さん。
池袋HUMAXシネマズの09:20~11:20の回で『映画クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝』を鑑賞。変なところに感情移入した。説明が難しい上に伝わりづらいと思うので説明しないけれど、ある場面で忍者の里の長老に感情移入してしまった。映画の後、少し歩こうかと思ったけれど、あまりの陽射しに早々に退散。ついこの前まで、暖房を入れていたのに。夕方から歯医者に行く。歯医者に行くのは10数年ぶり。たっぷりと歯石を削ってもらう。

2022年4月26日(火)
就寝前に原作「カードキャプターさくら」の原作を1日1冊のペースで読んでいる。それから、この日は「事情を知らない転校生がグイグイくる。」の1巻と2巻を読んだ。ちょっと泣きそうになる。「ジャンプ+」の「ダンダダン」は綾瀬桃がメイド喫茶的な店で働く話で面白かった。生活描写もよかった。

2022年4月27日(水)
『劇場版 Free!–the Final Stroke–』後編を鑑賞。クライマックスはキャラクターものの作品としては大充実。満足した。それから、解釈が求められる作品だと感じた。評論好きの人に論じてもらいたい(嫌味ではない)。カット割りについては前編の個性的過ぎるスタイルが、後編のクライマックスのためのものだったようで、少し感心した。むしろ、前編で狙いに気づくべきだったかもしれない。それから、上級者向けのカット割りギャグが一箇所。ギャグじゃないかもしれないけれど、僕的は狙っているのだろうと思った。ギャグだとしたら、カット割りを気にして観ている観客に対してだけ、ギャグとして成立するものだ。
夕方に丸山正雄さんと食事。顔を合わせたのは久しぶりだけど、お元気そうでよかった。その後、スタジオM2に行って軽く打ち合わせ。
「平家物語 アニメーションガイド」の見本をいただく(本が届いたのは26日だったかな)。まだ、パラパラとめくっただけだが、編集スタッフの熱量を感じた。

2022年4月28日(木)
池袋から新宿まで歩く。途中で「ぱぶ あてれこ」でランチをいただく。店内に入ったのはこれが初めて。田上和枝さんとお話することができた。散々言われているはずなので「子供の頃に『ピュンピュン丸』を観ていました」とかそういうことは言わなかった。店内には、かないみかさん関係のイラストが額装されて飾ってあった。
イベントの予習で『惡の華』を1話から最終話まで観る。初めてのデートで春日が佐伯さんに、ボードレール「悪の華」の素晴らしさについて語り、本屋で買って佐伯さんに渡す展開で「僕の心のヤバイやつ」の別バージョンを観ている気分に。いや、「僕ヤバ」だったら、市川の語りで山田は素直に感心しちゃうんだろうけど。
「ゴールデンカムイ」最終話を読む。大団円だ。時間をおいて終盤をまとめて単行本で読み直したい。
ある雑誌(アニメ雑誌ではない)をパラパラとめくって、あまりにページ構成の力が落ちているのを感じ、ガッカリする。わざとメリハリのない構成を狙っているのかもしれないけれど、そうだとしても、やっぱりガッカリだなあ。雑誌の誌面づくりで頑張る時代が終わっていく感じが寂しい。

2022年4月29日(金)
午前中の散歩は池袋から王子、王子から赤羽。これも「歩いて再発見! 東京8000歩さんぽ」のコースだ。事務所で『デトロイト・メタル・シティ』をレンタルDVDを観る。

2022年4月30日(土)
グランドシネマサンシャインの08:40からの回で「男たちの挽歌」4Kリマスター版を観る。この映画は観ていたつもりだったけれど、初見だった。序盤のホーとマークがよかった。ワイフは仕事で外出。昼から池袋西口のシェラスコの店で堺三保さんと食事。
原作「カードキャプターさくら」は8巻まで読んだ。「事情を知らない転校生がグイグイくる。」は3巻を読んだ。「事情を知らない転校生がグイグイくる。」がアニメになったら嬉しい。

第770回 『猿』と『逮捕』

『Extreme Hearts』第9話、放映されたようです!
 自社作品(制作元請け)が作画INするまでの間(脚本開発中)、社内の作画スタッフを手空きにしないよう、他社のグロスを手伝ったりするのが通例。ウチくらいの社員20〜30人規模の会社なら当たり前のことで、基本アニメーターを固定給で雇うということは、手空きを作ったら会社は終わりです。自分の監督作品を準備する間も、現場(スタジオ)の維持は必須。社内のアニメーター育成も兼ねて、自分がグロスの内容チェックもする訳。己の監督作品準備中だとて、です。  まぁ早い話、この間の『転生賢者の異世界ライフ』と同時にやってた仕事です。あちらに関しての自分の仕事は、演出チェック上がりの監修と原画のアドバイスがメイン。ちょっと現場で困ったレイアウトやエフェクト作画とかがあった時、参考を描いて見せたりした程度のノンクレジット仕事。  で、こちら『ExH』はレイアウト・原画の演出チェックをした後、キャラクター作画監督は社内の吉田智裕君に任せて、アクション&エフェクト作画は板垣が直に修正しました。例えば
河原を全力疾走ですっ飛んで行き、卵12個パックと米15kgを持って帰ってくる陽和や、バレーボールの“ジャンプ~アタック!”など
のアクション&エフェクト作画をやりました。ああいった土煙とかは基本“下描きなしの一発描き”! 自分にとってはノンストレスの気楽な作業です。因みに控室や客席の他チームの選手たちや重要なアクションなどは、社内の木村博美さん(『COP CRAFT』のキャラデ)に助けてもらってます。こちらも現在制作中シリーズのキャラクターデザイン作業の合間を縫ってお願いした仕事でした。  ところで、今回の話自体がきたのは確か去年の7月? 『蜘蛛ですが、なにか?』の後で、実は自分らの会社に話がきた時点で9話は半分は進んでいました。よって、当然コンテにも参加していなくて当たり前。ジャンル的にスポーツものは好きなので、もうちょっと早く話を頂けたなら、当然コンテからやりたかったです。  それと、この『ExH』に「おおっ!」と自分的に食いついた要因は
西村純二監督作品!
てことでした!  そう! 俺が少年時代夢中になって観た藤子不二雄アニメ、あの『プロゴルファー猿』(1985〜1987)の監督(当時のクレジットはチーフディレクター)です。あと、自分が業界に入ってからですが、『逮捕しちゃうぞ the MOVIE』(1999)も好きです(劇場で観ました)。更に作品での自分とのニアミスは『LUPIN the Third -峰不二子という女-』(2012)、西村ジュンジ名義で#08の脚本で参加されていました。自分は#05のコンテ・演出・作監(と#10の原画)で参加していましたが、その時は現場でも打ち上げパーティーでもお会いできませんでした。  で、今回『ExH』の打ち合わせで初対面と言う訳。
『プロゴルファー猿』大好きです!
劇場『逮捕』もカッコ良かったです!
と、打ち合わせの休憩時間に雑談。西村監督は「(時計を見て)じゃ、1時間経ったから5分休憩」と一定時間ごとに休憩を挟むサイクルで仕事されているらしく(そう見えました)、休憩時間は気さくに話して下さって嬉しかったです。以下がその雑談内容。
板垣 「『プロゴルファー猿』に小中学生の頃夢中で、劇場版『スーパーGOLFワールドへの挑戦‼』(1996)も傑作だと思いました!」
西村監督 「ありがとうございます。あれ僕の初監督ですよ。あれ今川(泰宏)が演出で入ってたよね」
板垣 「あ、今川監督とも仕事したこと(『鉄人28号』[2004])あります。因みに、藤子不二雄Ⓐ先生はどの程度口出し(チェック)」されたんですか?」
西村監督 「ほとんど僕らの方で作りました。凄く気さくで新宿で焼肉ご馳走になったなぁ」
板垣 「劇場『逮捕』での見せ場の“ストップモーション”、良かったです!」
西村監督 「(笑)僕は基本、“止め”が好きなんですよ」
板垣 「出﨑ハーモニーじゃなく、“モーションブラー”の実写的な止めが綺麗に決まってました」
西村監督 「こんなに過去作の事訊かれるとは思わなかった(笑)」

 今回も短くてすみません。仕事に戻ります(汗)。

新文芸坐×アニメスタイルSPECIAL
『ストレンヂア 無皇刃譚』15周年 #ストレンヂアはいいぞ!

 BONESが制作した本格時代劇アクション『ストレンヂア 無皇刃譚』。その公開15周年を記念して、9月25日(日)にレイトショーを開催します。同じ日に通常上映とコメンタリー上映を行う企画です。題して「新文芸坐×アニメスタイルSPECIAL 『ストレンヂア 無皇刃譚』15周年 #ストレンヂアはいいぞ!」。

 コメンタリー上映の出演は安藤真裕監督、クライマックスの作画を監督したアニメーターの中村豊さん。聞き手はアニメスタイル編集長の小黒が務めます。なお、コメンタリー上映では、本編上映中に出演者がトークをします。ノーマルなかたちで鑑賞したい方は通常上映をご利用ください。
 アニメスタイル編集部としては通常上映を観た後で、コメンタリー上映に参加するのをお勧めします。

 チケットは9月18日(日)から発売開始。チケットの発売方法については、新文芸坐のサイトで確認してください。なお、新型コロナウイルス感染予防対策で、観客はマスクの着用が必要。入場時には検温・手指の消毒を行います。

 また、当日の新文芸坐では「中村豊 アニメーション原画集 vol.2」「中村豊 アニメーション原画集 vol.3」を中村さんのサイン入りで販売します。「中村豊マンガTシャツ」「中村豊表紙イラストTシャツ」も販売する予定です。

新文芸坐×アニメスタイルSPECIAL
『ストレンヂア 無皇刃譚』15周年 #ストレンヂアはいいぞ!

開催日

2022年9月25日(日)

会場

新文芸坐

上映タイトル

『ストレンヂア 無皇刃譚』(2007/103分/35mm)

【通常上映】

開演・終演

開演/16時30分、終演/18時20分(予定)

料金

一般1500円、各種割引・友の会1300円(ポイント利用9P)

【コメンタリー上映】

出演

安藤真裕(監督)、中村豊(アニメーター)、小黒祐一郎(アニメスタイル編集長)

開演・終演

開演/19時00分、終演/21時05分(予定)

料金

一般1800円、各種割引・友の会1600円(ポイント利用10P)

備考

※トークの撮影・録音は禁止

●関連サイト
新文芸坐オフィシャルサイト
http://www.shin-bungeiza.com/

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第238回 音楽がある意味 〜Sonny Boy〜

 腹巻猫です。話題の劇場作品「NOPE/ノープ」を観ました。特撮ファン、SF映画ファン必見。ヘンな言い方ですが、笑ってしまうくらい怖くて面白い。IMAX映えする作品です。恐怖感を盛り上げる音響もすばらしい。ぜひ劇場で。


 第25回文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門の優秀賞に『漁港の肉子ちゃん』『PUI PUI モルカー』等と並んで『Sonny Boy』が選ばれた。
 というニュースを聞いて、「メディア芸術祭やるなあ」と感心してしまった。
 『Sonny Boy』は2021年7月から10月まで放送されたTVアニメ。原作・監督が『スペース☆ダンディ』『ワンパンマン』等の監督を務めた夏目真悟、アニメーション制作がマッドハウス、キャラクター原案が江口寿史。これだけでも期待が高まるが、できあがった作品は想像以上にとんがっていた。
 夏休みのある日、学校に集まっていた中学3年生の長良と希(のぞみ)、瑞穂たちは、突然、校舎ごと異世界に飛ばされてしまう。さらに長良たちは、それぞれが異なる特殊な「能力」を使えるようになっていることに気づく。異世界でのサバイバルを続けながら、長良たちはなんとか元の世界に帰ろうとする。
 とまとめると、楳図かずおの「漂流教室」みたいな話に思われるが、印象は大きく異なる。
 江口寿史のイラストを意識したと思われる独特の絵柄。どう転がるか予想がつかないストーリー。異世界転移の理由や生徒たちの能力についての説明はほとんどなく、生徒たちも不可解な状況に順応していく。シュール(不条理)にも見える作品だ。筆者は「漂流教室」よりも海外ドラマ「LOST」を連想した。
 しかし、観続けているうちに、本作のねらいは謎解きではなく、キャラクターの心情(もしくは成長)を描くことだとわかってくる。毎回、1話完結に近い形で、1人のキャラクターのドラマが描かれる。異世界漂流譚の形を借りた青春アニメなのである。

 本作は音楽も実にとんがっている。正確に言えば、音楽の使い方がとんがっている。
 第1話を観て驚くのは、劇中に音楽がほとんど流れないこと。ラストシーン、海に落ちた長良と希の目の前に島が現れる場面から主題歌「少年少女」が流れ始める。ここまで、一切音楽(BGM)がない。
 「第1話だから特別か……」と思って第2話を観ると、劇中に流れるBGMは2曲だけ。以下、ほとんどのエピソードで、劇中に使われる音楽は1曲か2曲なのだ。
 しかも、溜め録りのBGMを選曲して流しているわけではない。アーティストに発注して、エピソード用の楽曲を書き下ろしてもらっているのだ。劇場作品「トップガン」で、劇中にアーティストの歌を流してBGM代わりにしていたように。なんともぜいたくでユニークな音楽作りである。
 夏目監督はインタビューに答えてこう語っている。
「本来の劇伴(BGM)の使い方は、感情を誘導するためのものなんです。こういうふうに見てくださいと誘導したり、たまにミスリードしたりもする。ともすればノイズにもなりえる。思考を遮断、限定したくなかった。劇伴を極力なくすことで、余白が生まれます」(MANTAN WEB「Sonny Boy:「なんか面白い」の“なんか”とは? 異色のアニメは「意外にシンプル」 夏目真悟監督に聞く」https://mantan-web.jp/article/20210924dog00m200105000c.html
 映像作品の中で、音楽は本来「虚構」である。音楽を使わないほうがリアルに近づく。音楽は映像に意味や感情を付与する効果があるが、ときにはそれが「こう観てほしい」という押しつけになってしまう。
 『Sonny Boy』には音楽による誘導がない。視聴者は知らず知らず、「これはどういう意味?」「これからどうなる?」と考えをめぐらせることになる。異世界に飛ばされた不条理感と不安感をキャラクターと同じように生々しく体験できる。感覚をとぎすませて観てもらう。それが夏目監督のねらいのひとつだろう。
 しかし、それだけが目的なら、徹頭徹尾、音楽がなくてもよいはずだ。
 本作では、劇中の「ここぞ」という場面で音楽が流れる。音楽が聞こえてくることで、その場面は「特別な一瞬」として印象づけられることになる。それは多くの場合、ドラマの転換点——キャラクターが何かを感じ取ったり、心の中に変化が生じたりするときである。
 中学3年生は心も体も急速に変わっていく時期。過ぎてゆくかけがえのない一瞬を鮮やかに記憶に刻んでもらうために音楽が映像を色づけしている。筆者はそう受け取った。
 本作のサウンドトラック・アルバムは「TV ANIMATION Sonny Boy soundtrack」のタイトルで、アナログ盤(LP)、CD、音楽配信(ダウンロード&ストリーミング)の3つの形態でフライングドッグよりリリースされた。アナログ盤は2021年7月に9曲を収録した「1st half」を、9月に7曲を収録した「2nd half」を発売。同じく9月に、アナログ盤に収録された16曲に未収録の5曲を加えたフルアルバムがCDと音楽配信でリリースされている。
 フルアルバムの内容は以下のとおり。

  1. 少年少女 TV ver./銀杏BOYZ
  2. Broken Windows/落日飛車(Sunset Rollercoaster)
  3. Seagull/落日飛車(Sunset Rollercoaster)
  4. Summer Storm/VIDEOTAPEMUSIC
  5. Tune from diamond/ザ・なつやすみバンド
  6. 夜釣り/ミツメ
  7. Let There Be Light Again/落日飛車(Sunset Rollercoaster)
  8. Beacon/Ogawa & Tokoro
  9. Yamabiko’s Theme/空中泥棒(Mid-Air Thief)
  10. Kodama’s Theme/空中泥棒(Mid-Air Thief)
  11. Soft Oversight/Ogawa & Tokoro
  12. ソウとセイジ/ミツメ
  13. 今日の歌/カネヨリマサル
  14. Lightship/ザ・なつやすみバンド
  15. スペア/ミツメ
  16. サニーボーイ・ラプソディ/toe
  17. Lune/コーニッシュ
  18. Judgment/コーニッシュ
  19. Tour/コーニッシュ
  20. Soleil/コーニッシュ
  21. 旅立ちの日に/コーニッシュ

 主題歌「少年少女」のTVサイズを含む全21曲。劇中で流れた音楽は、ほとんど収録されている。トラック1〜16がアナログ盤に収録された楽曲だ。
 「トップガン」のような「コンピもの」サントラと大きく異なるのは、「歌もの」が少ないことである。主題歌を別にすると、歌が入っている曲は「Let There Be Light Again」「今日の歌」「Lightship」「スペア」「サニーボーイ・ラプソディ」の5曲だけ。「旅立ちの日に」は本来歌ものだが、インストで収録されている。
 21曲中15曲がインストということになる。複数のアーティストが参加したサントラとしては、珍しい形だ。
 トラック2の「Broken Windows」と次の「Seagull」は台湾のバンド「落日飛車」によるインスト曲。第2話で、瑞穂がいなくなった猫を探す場面と、瑞穂が希と長良から見つかった猫を受け取る場面に流れている。この2曲は映像を観ながら作ってもらったそうだ。シンプルなサウンドで、瑞穂の焦燥感や安堵が表現される。希と長良と瑞穂との友情の始まりの曲でもある。
 トラック4の「Summer Storm」は第3話で長良が見えない幕の中から生徒を解放する場面に使用。ドラムソロから始まる軽快なサウンドが、長良の決意を表現する。
 トラック5「Tune from diamond」は第4話の野球の場面に使用。ピアノソロの導入から、陽気なコーラス入りのダンサブルな曲に展開する。スティールパンやトランペットをフィーチャーした南国風サウンドが、陽光の下の野球シーンにはまっている。
 トラック6「夜釣り」はギターサウンドをメインにした3分余りの曲。4人組バンドのミツメが提供している。曲名どおり、第5話で長良と希が夜釣りをするシーンに使用。長良の気持ちが希に影響されて少しずつ変わっていくようすが描かれる。曲はのんびりムードだけど、長良の心情の変化はドラマティックだ。
 トラック7「Let There Be Light Again」は第6話に使用。卒業式のようすを映したフィルムが見つかり、それを利用して生徒たちが元の世界に帰ろうとする場面に流れた。第2話でも曲を提供している落日飛車の曲。夏目監督は、第2話と対になるイメージで発注したそうである。希望のイメージの曲だ。
 同じく第6話の卒業式の場面で生徒たちが歌っているのがトラック21の「旅立ちの日に」。この曲のみ本作のオリジナルではなく、作詞・小嶋登、作曲・坂本浩美、補作曲・松井孝夫による既成曲(編曲はコーニッシュ)。卒業式で歌われる定番の曲である。本アルバムにはピアノの演奏が収録されている。
 第7話で長良は、大勢の人が巨大な塔「バベル」の建設を続ける悪夢のような世界に迷い込む。そこで流れたのがトラック8の「Beacon」。シンセによる、ちょっとユーモラスで、けだるいサウンドの曲だ。不条理な世界そのものを描写しているようだが、長良が「流れ星」を探しに行く場面に流れたのが印象に残る。
 はるか昔に異世界に転移してきて、今では犬の姿で生きているやまびこ。第8話でやまびこが語る昔話のバックに流れたのが、トラック9「Yamabiko’s Theme」と次の「Kodama’s Theme」。ドリーミィな中に歪んだ音やノイズっぽい音がまじる不思議な曲調。幻想風味と不穏さが同居するサウンドで、やまびことこだまの奇妙で切ない物語を彩った。この回ではエンディング主題歌の代わりに「Yamabiko’s Theme」が流れた。
 第9話では、前半にトラック11「Soft Oversight」が、後半にトラック12「ソウとセイジ」が流れる。宅録ユニットOgawa & Tokoroによる「Soft Oversight」は、エキゾチックなアンビエント風テクノとでも呼びたい独特の曲調。猫のさくらの主観で語られる回想シーンに使用された。「ソウとセイジ」は、ソウとセイジ兄弟の対決場面に流れたリズムのくっきりしたバンドスタイルの曲。夏目監督によれば、性格の異なる曲を使うことで、前半と後半で差を出したかったのだとか。
 第10話で、左腕を吊った少女・骨折と一緒に「戦争」と呼ばれる場所に出かける長良と希たち。岩だらけの山道を歩く骨折と希たちの場面に流れたのがトラック13「今日の歌」。青春ロックを追い続けるガールズロックバンド、カネヨリマサルによるポップなナンバーだ。それまでの挿入曲とはひと味異なる、はじけたサウンドで骨折の気持ちを表現する。本作随一の「青春もの」っぽい場面になっている。
 第10話の終盤で、希が崖から落ちてしまう。その場面に流れるのが哀感を帯びたピアノ曲「Lune」(トラック17)。この曲はほかの挿入曲と異なり、アーティストによる提供曲ではない。アニメ『ひとひら』『ヘタリア』シリーズなどの音楽を手がけたコーニッシュによる曲だ。希を失った長良たちの喪失感を、アンダースコアに徹した抑えた曲調で描写しようという意図だと筆者は解釈した。トラック17以降に収録されたコーニッシュによる楽曲は、どれもそういう使い方を意識して書かれたようだ。そのためか、アナログ盤には収録されていない。
 第11話では、海岸で長良たちが希を送る会を開く。そこに流れるのがトラック14「Lightship」。4話で流れた「Tune from diamond」と同じく、ザ・なつやすみバンドによる楽曲。さわやかなポップス風のサウンドが「希のいない世界」を生きようとする長良と瑞穂の気持ちを代弁する。夏目監督曰く、「悲しくもあるが前に進まなきゃいけないという気持ち」をみごとに表現してくれた曲だそうである。この曲には長い後奏がついていて、その部分が、長良たちが気持ちを切り替える場面にうまくはまっていた。
 最終話となる第12話で流れるのは、トラック15「スペア」とトラック16「サニーボーイ・ラプソディ」、アルバム未収録の「少年少女」弾き語りバージョンの3曲。
 最終話では冒頭から音楽が流れ、これまでのエピソードとは異なる雰囲気がただよう。長良たちはすでに元の世界に帰還している。異世界の出来事をクラスメートは誰も知らない。「スペア」のポップなサウンドが逆に長良の孤独感を強調する。「サニーボーイ・ラプソディ」は長良と瑞穂が元の世界に帰還するまでを描く回想シーンで使用。ロックバンドtoeによるボーカル曲だ。歌詞は聞き取りづらいが、「追う」がキーワードになっている。希を追い続ける長良の心情を反映しているのだろう。
 主題歌「少年少女」の弾き語りバージョンはこの回だけで流れる。ギターソロによる長いイントロがついていて、その部分がBGMのように使われている。雨の夜、駅のホームで長良は思いがけない人物に声をかけられる。長良の胸に湧き上がる、よろこびと切なさの入り混じった想いが、ギターの音色から伝わってくる。音楽はそのまま主題歌のボーカルに続いていく。それまでのシュールにも思える展開も、このラストがあれば全部よしと思えてしまう。フォークソングが流行した60〜70年代の昔から、ギターの音色は青春のサウンドなのだ。それだけに、このバージョンがアルバムに収録されていないのは惜しい。

 1エピソードの中で1〜2曲しか音楽が流れない、ほかに類を見ないTVアニメ『Sonny Boy』。しかも、各エピソード用にアーティストが曲を書き下ろしたという、ぜいたくな作品である。「アニメに音楽をつける意味」をあらためて考えさせられる意欲作だ。
 こういう作品に目を向ける機会を増やしてくれるだけでも、文化庁メディア芸術祭は意義があったと思う。残念ながら今年度の作品募集は行われないことが発表されているが、なんらかの形で継承してほしいものである。

TV ANIMATION Sonny Boy soundtrack
Amazon

アニメ様の『タイトル未定』
360 アニメ様日記 2022年4月17日(日)

編集長・小黒祐一郎の日記です。
2022年4月17日(日)
『BECK』等を監督された故・小林治さんのTwitterアカウントで新しいツイートがあった。「こんばんは 今日は命日、1年は早いなぁ…」で始まるテキストだ。ご本人が生前に書いたものなのか、誰かが小林さん風にツイートしたものなのかは分からないけれど、小林さんらしい遊び心だと思った。小林さんが手がけていた作品の制作を、他の方達が進めているらしい。
https://twitter.com/animesama/status/1515638622128640005

午後に新文芸坐で「地獄の黙示録 ファイナル・カット」を観るつもりだったが、やたらと眠たくて映画は無理そうなので諦める。代わりに遠出をして散歩。南千住に始まり、隅田川、荒川を経由して北千住まで歩く。散歩のガイド本「東京 自然を楽しむウォーキング」にあったコースだ。街、川沿い、土手を歩くことができて楽しめた。この散歩には大満足。さすが、プロが作った散歩コースはよくできているなあ。

2022年4月18日(月)
仕事の合間に、グランドシネマサンシャインで「フラッシュダンス」4Kデジタルリマスター【字幕版】を観る。クライマックスのダンスシーンは公開当時、ミュージッククリップとして何度も観たし、「フラッシュダンス」のパロディや影響を受けた作品も沢山観た。ではあるけれど、本編を観るのはこれが初めて。才能はあるけれど、チャンスに恵まれない女性がようやくダンスのテストを受けることができて……という話かと思っていたけど、微妙に違っていた。主演のジェニファー・ビールスがとにかく魅力的で、最後のダンスはやっぱり素晴らしい。事前情報無しで観たら、感銘を受けたに違いない。ラスト以外も「いい画」がいくつもあった。ドラマは薄口ではあるけれど、それも含めて、あの時代の空気が濃密だった。観ている間、店の太った親父の声を、頭の中で富田耕生さんで再生していたのだけど、事務所に戻ってネットで吹き替え版のキャストを確認したらやっぱり、富田耕生さんだった。

『SPY×FAMILY』のオープニングはいかにも石浜真史さんらしい部分、新境地の部分(あるいは石浜さんが担当アニメーターに任せたと思しき部分)があって、それも面白い。

2022年4月19日(火)
TOHOシネマズ池袋で『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』を観る。中盤までは「うむむ」という感じだったけれど、クライマックスは面白かったし、意外と映画的な作品だった。TV最終回の後の追加の部分は白川さんファンとしては嬉しかった。これこれって感じ。

2022年4月20日(水)
『マモー編』の北米版Blu-rayに絵コンテが全編収録されていると知り、Amazonで注文する。気になるのは、コンテ初期稿にあったはずの「銭形が寺男になっている場面」「古本屋の男が登場する場面」が残っているかだ。

2022年4月21日(木)
進行中の書籍も、他の件も少しずつ進んでいるのだけど、進みが遅いので「仕事をしているぞ」という感じにならない。

新文芸坐で「野良犬 4Kデジタルリマスター版」を観る。プログラム「新文芸坐リニューアルオープン記念 4Kで甦る黒澤明」の1本だ。今回のプログラムで「野良犬」を選んだのは、新文芸坐の黒澤作品定番の中で唯一観ていなかったタイトルだったため。映画としては前半は惚れ惚れするほど「ちゃんと」している。後半もよくできている。今回の上映に関しては映像が大変にシャープ。70年以上前の映画とは思えないほどだ。音響については、佐藤刑事の自宅シーンでのカエルの鳴き声の臨場感が大変なことになっていた。作り手もあそこまでの臨場感は期待していなかったのではないか。

Twitterで、大平晋也さんが「アニメスタイル016」の中村豊さんの特集を参考にして、取り上げたエピソードを全て配信で観たらしいことを知る。担当パートの秒数を入れてよかった。
https://twitter.com/promax225/status/1516951433291374592?s

以下は『オッドタクシー』のリアリティレベルについて思ったこと。考えとしてはまとまっていないけれど、ここで書いておかないと忘れてしまいそうなので記しておく。もしも、インタビュー記事などで、似た内容が話題になっていたらごめんなさい。
看護婦の白川さんがダイエットのためにカポエラをやっていて、そのカポエラの技で敵を倒す展開がある。これって小戸川がセイウチで、白川さんがアルパカ。つまり、動物が立って歩いて、喋っている世界だから「そのくらいのことはあるかもしれない」と思える。白川さんが最初から人間姿で登場していて、カポエラの技で敵を倒したら「そりゃあ、ないだろう」となる。実写のドラマで女優さんがやったらギャグだ。うら若き、そして、美人の白川さんが、偏屈な小戸川のことを好きになるのも、彼女がアルパカで小戸川がセイウチなら「まあ、あるかな」と思うけれど、最初から2人が人間の姿だったら「どうしてあいつのことを好きになるわけ?」と思ったかもしれない。
最初にリアリティレベルと書いたけれど、実はリアリティレベルは変わっていないのかもしれない。作劇のトーンは同じだし、画面の奥行きや物理現象に対するアプローチが変わったわけではない。むしろ、こちらが先入観で「動物が主人公だから、多少、変なことが起きてもおかしくないかも」と思っていただけなのではないか。その先入観を巧みに作劇に使っているのではないか。
『オッドタクシー』のリアリティレベル、あるいはリアリティに対する思い込みは他にも面白いところがあると思うのだけれど、それについては『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』を観返した時に。

2022年4月22日(金)
『カードキャプターさくら』で、衣装設定や各話設定が版権イラスト(版権イラストという言葉はなるべく使わないようにしているのだけれど、ここはあえて版権イラストと表記する)のように丁寧に描かれているのは番組最後の「ケロちゃんにおまかせ」のコーナーで使われる可能性があったからではないかと気づく。ところで、22話の「ケロちゃんにおまかせ」では、さくらと知世の体操服の設定が使われているのだけれど、線画設定では目をつぶっているさくらと知世が「ケロちゃんにおまかせ」では目をあけている。社内Zoom打ち合わせで、そのことを話したら、「テレビアニメーション カードキャプターさくら アーカイブス」の構成を担当しているスタッフに「たまに設定と細部が変わっていることがありますよね」と軽く言われる。既に気がついていたか。

2022年4月23日(土)
昼の散歩では天王洲アイル駅から天王洲運河沿いに進んで、レインボーブリッジ遊歩道を踏破した後に、青梅駅まで歩いた。ムック「歩いて再発見! 東京8000歩さんぽ」にあったコースだ。新橋で軽く食事をして池袋に。事務所でキーボードを叩く。
マンガ「膳所くんと長浜さん」2巻をKindleで読了。完結してしまった。いや、設定的には2冊くらいでちょうどいいんだろうけど、潔いなあ。

第769回 アニメには“狂気”が欲しい

“狂気”——精神が異常で常軌を逸している状態!

 おそらく、自分がアニメに求める最重要要素です、“狂気”は! しょっちゅう話題にする『あしたのジョー』にはそれがありました。でも、個人的に『ドラゴンボール』には感じたことがありません。ジョーは女の告白を振って、破滅しか待っていないリングに向かいますが、悟空は簡単に生き返ります(人命軽視の世界観)。同様に大好きな藤子不二雄作品でも『プロゴルファー猿』の賭けゴルフはじゅうぶん破滅と隣り合わせだし、原作版では末っ子・小丸のアル中を放って置く破滅型家族の物語でもあり、そこもゾクゾクしました。が、『エスパー魔美』の“超能力”は飛び道具過ぎでしょう。可愛い女の子が空は飛ぶわ、ちょっとHだわ、卑怯過ぎて狂気を感じません。
 あ、因みに『ドラゴンボール』も『エスパー魔美』も非常に優れた作品だと思っていますし、鳥山明先生も藤子・F・不二雄先生も間違いなく天才。ただ、「コレがあったら、もっと痺れるのに」ファクターが板垣個人的に“狂気”だというだけです。例えば力を使う度に、他人の幸せと引き換えに少しずつ自らの命を削って行く——それでも力を使うとかなら、グッと来たって事。ただし、生き返るのはNGね。

アニメ『あしたのジョー2』を見た時、絶対敵わない相手に戦慄しつつも口元は不敵に笑み、
そして命がけで立ち向かうジョーに本気で痺れて、涙が止まらなかった!

てな“アニメ体験”をすると、『ジョー』以降のマンガ・アニメを観ても、ちょっとやそっとでは感動するはずもありません。自分が再三言ってる、

出﨑統監督作品の真骨頂
“アニメ独自の表現で人間を描く”

にこそ、自分はアニメ表現の可能性を見出していて、そこには必ず“狂気”を感じる要素がありました。『ガンバの冒険』も『宝島』も『エースをねらえ!』も『ベルサイユのばら』も。ノロイだけでなく、その化け物を倒そうと挑むガンバと仲間達も狂気に満ちています。そしてジョン・シルバーはお宝発掘のためなら人殺しも厭わない悪党。宗方仁は圧倒的なテンションで限られた残りの人生全てを岡ひろみにぶつけ、マリーアントワネットは全庶民を敵に回しながらも最後まで凛としてギロチンの露と消え。その全てが、

たかが画に描かれたキャラクターに
生命感を与えるのに十分な“狂気”の塊!

で、ゾクゾクします。だから、自分は離れられないのです。常に“狂気”“破滅や死”と隣り合わせの出﨑アニメから!
 あと、これも大好きな作品、宮崎駿監督の『未来少年コナン』は“ラナのためなら命懸けのコナン”に、足の指でファルコに摑まるところや、同じくバラクーダ号にしがみ付く、とかまでは一瞬“狂気”は感じたものの、三角塔からラナを抱えてのダイブをアニメ作画による力技で回避した時点で「あ、コナンは死なないんだ」と認識してしまい、コナンに感じた狂気はぶっ飛びました(笑)。でも、「跳ぶ!」とラナを抱え上げるまではゾクゾクしました(真剣)。まあ狂気はなくなっても流石は宮崎監督作品で、他のアニメらより群を抜いて面白いので、それ以降は「痛快冒険まんが映画」と位置付いて最後まで楽しむことができたし、未だにいちばん好きな宮崎アニメとして自分の中では揺るぎません。同様の宮崎アニメ、『天空の城ラピュタ』は、おそらく『コナン』の劇場スケールでの復讐戦的作品と、自分は勝手に思っているのですが、今度はパズーが劣化コナンにしか見えず、自分にとっては最初から「痛快冒険まんが映画」として観てしまいました。最後のムスカ「人がゴミのようだ」の件と、パズー&シータ“ラブラブ滅びの呪い(まじない)”の件はもっと狂気に満ちてておかしくないはずなのに、そこに至るまでが“痛快・娯楽”で押され過ぎて“少年少女の心中という狂気”がさほど自分には突き刺さらなかったのです。やっぱり“空から女の子が降ってきたファンタジー”から始めると難しいですよね。特に宮崎キャラって死にそうにないし。“人が死ぬ世界”であることを最初から感じさせてくれたら、ラストでもっとゾクゾクしたと思います。そういう意味では『もののけ姫』は狂気を感じて大好きなんですが、業界に入る前に観ていたら絶対にもっと痺れた筈だし、相当感動したに違いありません。しかし、動画とはいえ作品に参加してしまうと、純粋な客(視聴者)にはなれませんね。
 ま、今回もただの私見に過ぎません。悪しからず。さて、狂気的な仕事に戻ります。

アニメ様の『タイトル未定』
359 アニメ様日記 2022年4月10日(日)

編集長・小黒祐一郎の日記です。
2022年4月10日(日)
スターチャンネルで放映する「夕陽のガンマン[吹]日曜洋画劇場(追録ノーカット)版」をチェックする。吹き替えはクリント・イーストウッド/山田康雄(多田野曜平)、リー・ヴァン・クリーフ/納谷悟朗、ジャン・マリア・ヴォロンテ/小林清志、ルイジ・ピスティッリ/大塚周夫と、思いっきり『ルパン三世』。連続放映する「続・夕陽のガンマン/地獄の決斗[吹]日曜洋画劇場(追録ノーカット)版」も同様。録画予約をした。
途中からだけど、スターチャンネルでやっていた「サタデー・ナイト・フィーバー」吹き替え版を観た。こういう内容の映画だったのね。断片的な情報とパロディだけを目にして、ずっと浮かれた内容の映画だと思っていた。
15時からワイフとドーミーイン池袋に。まとめて休むために連泊する。

2022年4月11日(月)
ドーミーイン池袋で午前2時くらいに起きて、温泉に入ったり、二度寝してからまた温泉に入ったり。散歩をした後、事務所に。あるプロデューサーから電話があって、今後の記事やイベントについて打ち合わせ。それから、業界のある方から電話があって、書籍企画について相談を受ける。午後はこちらから電話をして、別のプロデューサーと話をする。最近はZoomが多くて、電話の打ち合わせは滅多にないけど、たまには電話もいい。

2022年4月12日(火)
早稲田松竹の10時30分からの回で「友だちのうちはどこ?」を観る。プログラム「早稲田松竹クラシックスvol.181/アッバス・キアロスタミ監督特集 ジグザグ道三部作」の1本。前に新文芸坐で観ているのだけど、びっくりするくらい内容を忘れていた。お話が面白いわけではないのだけれど、映画としては面白い。
4月11日(月)に「少年ジャンプ+」で公開された「さよなら絵梨」を読む。藤本タツキさんの新作で200ページを一気に公開。才気溢れるという点では同作者の近作と同様。自分が若い頃に読んだら感銘を受けただろうし、今の年齢でも充分に面白い。ただ、面白さよりも作者のイケイケ感に惹かれる。もう少し書いておくと、「さよなら絵梨」は200ページの読み切りだから成立した作品である。それから、今まで沢山書かれてきた「マンガで表現された映画」の最先端である。

2022年4月13日(水)
早朝散歩の途中で、24時間営業の山下書店に寄る。この日発売の「アニメスタイル016」があるかと思ったのだけれど、入荷していなかった。代わりに、というわけではないけれど、安室透が表紙の「an・an」等を買う。ワイフとグランドシネマサンシャインに。「ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密」【IMAXレーザーGT字幕版】を観る。ワイフはこのシリーズが好きなのだが、自分はほとんど観ていない。予備知識無しでの鑑賞だったが、ストーリーは大体分かった。太ったパン屋の男がやたらとチヤホヤされていて、どうしてこんなにモテるのだと思ったが、ワイフはそのパン屋の男が大好きで、彼を観るためにこのシリーズを観ているようなものであるらしい。

2022年4月14日(木)
心身をリフレッシュするために、ドーミーイン池袋に連泊して、普段よりもたっぷり寝て、温泉にも入ったのだけど、休んだせいで、今まで自覚していなかった疲労が顕在化してきた。

「アニメスタイル016」について書いておく。「特集 中村豊」が画期的なことのひとつが、1人のアクションアニメーターがあるTVシリーズで参加した話数全ての担当パートをカット単位で明記し、その担当した部分の本編カットをきちんとセレクト(ここも重要)して掲載したところだ。さらにオンエアと映像ソフトでバージョン違いがある場合は、映像ソフトの画像で掲載。その差異についても触れた。それから、アクションアニメーターが巻頭特集になったのは、アニメ雑誌の歴史の中で初めてのはず。

2022年4月15日(金)
ワイフとグランドシネマサンシャインに。8時からの回で『名探偵コナン ハロウィンの花嫁』を鑑賞する。盛り沢山な内容で、各キャラクターの見せ場に見せ場を用意してある。突っ込みどころ満載なのだけど、それについて言及するのは野暮なのだろうなあ。ファンは突っ込みどころも楽しんでいるのだろう。自分にとっては音楽が大野克夫さんでなくなったことが大問題だった。これから、大野さんでない『名探偵コナン』に慣れていくのだろうか。その後の散歩では過去の『名探偵コナン』のサントラを聴いた。
既存書籍のカバーの刷り増し見本が届く。

2022年4月16日(土)
午前中は企画関係の書き物。アイデアを出す段階で、書いていて楽しい。昼の散歩は池袋から新宿まで。紀伊國屋書店 新宿別館で「アニメスタイル016」が販売されていることを肉眼で確認。夜は新文芸坐で「モスラ」4Kデジタルリマスター版【4K上映】を鑑賞。この映画を観たのは子供の頃のTV放映以来かもしれない。覚えている場面はいくつかあったけれど、かなり忘れていた。
話は前後するが、『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』73話「炎の中の希望」はリアルタイムで観た(脚本/千葉克彦、演出/宮元宏彰、総作画監督/香川久、作画監督/横田守)。素晴らしく充実した出来。物語も映像も作画もいい。素晴らしい。

第768回 初盆で帰省と……

今さらですが8月12・13日と、
父親の初盆で名古屋に帰省していました!

この歳になると、実家に帰ることが人生を見直す(振り返る)切っ掛けになるものですね。子供時代を過ごしたアパートもとっくに取り壊され、父親も亡くなり、友達もあちこちに散って、

自分はここに18歳まで住んでたんだよなぁ~!

と感慨深いものです。今考えれば名古屋での18年なんて実に短い時間で、一瞬で駆け抜けたかのように思えるほど、自分なりに“一所懸命”でした。そこを起点に、自分に取って好きなモノ作り——“アニメ”を仕事にするために東京に出て来て、年に1回帰れるかどうか~くらいのペースでしか帰省できずに、今日まで30年間一心不乱に足掻いてきました。その間、鉛筆からペンタブに道具が変わっても、ほぼ毎日手を動かし何かを作り続けてこられたことは、それだけで幸運なことなのです。現状の幸せに導いてくださった両親・姉妹だけでなく、友達や先生他、自分に関わってくれた全ての方々を振り返り、深く深く感謝する機会——それが、帰省です。
そして、板垣はこのまま“アニメ中心のモノ作り”に足搔き続けて死んで行くのだと思いますし、その覚悟はできています。ま、大した作品は残せないかも知れませんが、願わくば

最終的に「アニメやって面白かった!」と思って死にたい!

カッコつけでも何でもなく、結構本気で思ってます、今のとこ。さて、自分が死ぬまでに後何回名古屋に帰れるのか?
 あ、でもかなり前、第何回か憶えていないくらい前に話題にしましたが、板垣は生まれた場所は“山形”であるらしく(山形県出身の両親談)、小学6年生までは、毎年夏か冬の長期休みに10〜20日、多い時は30日近くの間両親の実家に遊びに行くのが通例でした。そのため、山形は“もう一つの故郷”感があるんです。『Wake Up,Girls! 新章』の取材で仙台までは複数回足を運んだにも拘らず、山形に立ち寄る時間がどうしても取れず残念でした。
 ところが去年年末、父親の通夜~葬儀の際、山形から従兄と叔父がやって来て「今度、遊びさ来~」と言われ、また山形行きたい! 熱が高まっている自分がいます。

現在制作中のシリーズが終わったら、
今度は“山形に帰ろう”と思っています!

第237回 そこにいる気分 〜ゆるキャン△〜

 腹巻猫です。劇場版『GのレコンギスタIV』と『同V』を続けて観てきました。映像もドラマも高密度で、ちょっと目を離すと置いていかれそう。エネルギッシュな演出に感嘆しました。劇場限定販売のサントラ盤もゲット。今後どうなるかわかりませんが、本当に劇場限定だとしたら、なかなか入手のハードルが高いサントラ盤です(購入には劇場の座席指定券か半券が必要)。菅野祐悟さんの音楽はすばらしく、大満足でした。


 もうすぐ夏休みも終わり。夏といえばキャンプだ。今回はキャンプをテーマにしたアニメ『ゆるキャン△』の音楽を聴いてみよう。もっとも『ゆるキャン△』で描かれるのは、もっぱらオフシーズンの冬キャンプなのだが。
 『ゆるキャン△』は2018年1月から3月まで放映されたTVアニメ。2020年にスピンオフのショートアニメ『へやキャン』が、2021年に第2期『ゆるキャン△ SEASON2』が放映され、2022年には劇場版が公開されている。
 原作はあfろのマンガ作品。志摩リン、各務原なでしこ、大垣千明、犬山あおいの4人を主人公に、キャンプを趣味にする女子高生たちの日常とアウトドアライフが描かれる。
 実在するキャンプ場が舞台になっているのが本作の大きな特徴。実際にスタッフが現地でキャンプを体験して制作の参考にしたというだけに、キャンプ場の風景やキャンプの段取りなどが丁寧に描かれていて、一緒にキャンプしているような臨場感が味わえる。キャンプ場で作る食事、いわゆるキャンプ飯(めし)がふんだんに登場するのが楽しいし、温泉やお風呂のシーンが多いのもうれしい。
 考えてみれば、旅とグルメと温泉はTV番組で人気の題材。2時間ドラマもバラエティもこの3つがそろえば視聴率が取れると言われている。それが全部入っているのだから、すごいアニメである。
 今でこそインドア派の権化のようになってしまった筆者であるが、実は20代から30代にかけて、何度か山に行ったことがある。3〜4日がかりで山に登ったり、山の尾根を歩く「縦走」をした。山で食べるご飯のおいしさや下山したあとの温泉の心地よさも味わった。だから、『ゆるキャン△』に描かれたキャンプの楽しさにすごく共感する。

 本作の音楽は『けものフレンズ』などを手がけた立山秋航が担当している。
 立山秋航は音楽づくりにあたり、キャンプ場に持ち込んで演奏できる楽器を中心に編成を考えたという。使用した楽器は、アコースティックギター、マンドリン、バンジョー、ブズーキ、ハーモニカ、カズー、ティン・ホイッスル、フルート、口笛、バイオリンなど。電気楽器やピアノなどは極力使っていない。キャンプ場に持っていけない、または持っていっても音が出せないからだ。ぬくもりのある素朴なサウンドが、自然に囲まれたキャンプ場の空気を感じさせてくれる。
 スタッフからは、「ケルト」「アイリッシュ」といったキーワードが提示されていた。それを反映して、バンジョー、ブズーキ、ティン・ホイッスルなどの民族楽器が使われている。が、民族音楽にはあまりこだわっていない。行きすぎると、日本のキャンプ場の雰囲気から離れてしまうからである。
 本作の音楽のもうひとつの特徴は、高寺たけし音響監督からのリクエストで「キャンプ場のテーマ」が作られたこと。どのキャンプ場にも使える汎用の曲ではなく、舞台となる実在のキャンプ場それぞれのテーマが作られたのだ。いわば、キャンプ場をキャラクターに見立てた音楽。ユニークなアプローチだ。その代わり、本作ではリンやなでしこら、人間のキャラクターのテーマ曲は作られていない。
 メインテーマとしては口笛とギターなどによる「ゆるキャン△のテーマ」が設定されている。また、なでしこたちが所属する野外活動サークル、通称・野クルのテーマ曲が作られ、いくつかの変奏が聴ける。大きく分けると、リンやなでしこたちの日常を描写するユーモラスな曲と、キャンプ場を描写する大らかな音楽の2種類が柱となっている。
 本作のサウンドトラック・アルバムは『TVアニメ「ゆるキャン△」オリジナル・サウンドトラック』のタイトルで、2018年3月に5pb.Records/MAGESから発売された。主題歌のTVサイズとBGM、ドラマを収録した2枚組である。
 ディスク1から聴いてみよう。収録曲は以下のとおり。

  1. ゆるキャン△のテーマ
  2. オリジナルドラマ その1
  3. SHINY DAYS(TVサイズ)(歌:亜咲花)
  4. オリジナルドラマ その2
  5. キャンプ場のテーマ〜本栖湖〜
  6. 野クルの時間(わちゃわちゃ!)
  7. ソロキャン△のすすめ
  8. ゆるやかな時間
  9. オリジナルドラマ その3
  10. キャンプ場のテーマ〜麓〜
  11. おしゃべりとマグカップ
  12. ごーいんぐマイウェイ
  13. 夜明けの深呼吸
  14. ワクパラ!
  15. オリジナルドラマ その4
  16. キャンプ場のテーマ〜高ボッチ、イーストウッド〜
  17. 野クルの時間(わちゃ、、、)
  18. ごーいんぐユアウェイ
  19. ゆるりの掟
  20. たじたじのた
  21. オリジナルドラマ その5
  22. ふゆびより(弾きがたりver.)(歌:佐々木恵梨)

 面白い構成のアルバムである。
 曲のあいだにドラマが収録されている。それも全部(ディスク2枚)で9本。
 サウンドトラックとドラマCDを合体したようなアルバムはたまに見るが、本作のように曲のあいだに1分半くらいの短いドラマがいくつも挿入されているものは珍しい。
 もっとも本作の場合はドラマといってもリンとなでしこ2人の会話である。テントの中でおしゃべりする2人の声が聞こえてくるような趣向だ。このアルバム全体が、そういう「臨場感」をテーマに作られているように思う。
 そう考える理由のひとつが1曲目の「ゆるキャン△のテーマ」。曲の前にライターで火をつけるSEが入り、焚火が燃える音が続く。曲が始まっても、しばらくは焚火の音がバックに聞こえている。
 この「SE入り」「ドラマ入り」には賛否があるだろう。純粋に音楽だけを聴きたいファンにはSEやドラマは余計なものだ。いっぽうで、アニメの雰囲気を楽しみたいファンにとっては、なかなか気が利いたアイデアだと言える。
 筆者はというと、これは「あり」だと思う。
 思えば劇場作品のサントラもかつては「ドラマ入り」「セリフ入り」が定番だった。「俺たちに明日はない」(1967)のサントラ盤は「オリジナル・ダイアローグ・サウンドトラック」と銘打って(日本版LPでの表記)、劇中のセリフを音楽とともに収録していた。また、大林宣彦監督の「時をかける少女」(1983)のサントラ盤は、原田知世の名セリフや劇中で歌う歌が聴けるアイドルムービーらしい構成。「セリフがなければ、もの足りない」とすら思える名盤だった。こういったアルバムは映像の代替というよりも、「耳で楽しむ映画」と呼ぶべき別ジャンルのメディアではなかったかと思う。
 『ゆるキャン△』のサントラも、そういう「セリフ入り」サントラの流れを継いでいる。リンとなでしこと一緒にキャンプに行った気分が味わえる、バーチャル・キャンプ・アルバムなのである。
 1曲目の「ゆるキャン△のテーマ」は本作のメインテーマ。アコースティックギター、口笛、ハーモニカなどのによるほのぼのサウンドは、『ゆるキャン△』の世界にぴったり。後半、「ゆ〜るゆるゆる」とコーラスが入ってくるのが楽しい。第1話のラスト、なでしこがリンに連絡先を渡す場面などに流れている。
 トラック2からは、ドラマ、オープニング主題歌、ドラマ、と続いて、トラック5が「キャンプ場のテーマ〜本栖湖〜」。リンとなでしこが出会う本栖湖のキャンプ場をテーマにした曲だ。
 5分を超える長い曲で、ひとつのモティーフ(メロディ)をさまざまにアレンジした曲が組曲のように1トラックにまとめられている。劇中ではドラマの展開に応じて分割して使用されている。キャンプ場の情景を描写するだけでなく、物語に沿った音楽として作られているのだ。立山秋航は原作や絵コンテを読み込んで作曲に臨んだそうだから、どう使われるかまで想定してのアレンジなのだろう。
 こうした作り方はほかのキャンプ場のテーマでも基本的に同じ。キャンプ場ごとに違うメロディが作られているのが肝で、曲と場所(キャンプ場)とが密接に結びついている。
 ある場所にいつも流れていた音楽を聴くと、その場所だけでなく、そこで出会った人やそこで起こった出来事を思い出すことがある。『ゆるキャン△』のキャンプ場のテーマもそれと同じ。音楽を聴くと、そのキャンプ場でのエピソードやセリフが思い出される。汎用的な曲では、この感じは出せなかった。キャンプ場という「場所」を大事にした作品にふさわしい、すぐれた音楽演出である。
 トラック6「野クルの時間(わちゃわちゃ!)」は野外活動サークル(野クル)のテーマ。軽快なリズムとヴァイオリンのメロディによる楽しい曲で、なでしこたちの日常やキャンプシーンを彩った。このテーマのバリエーションがトラック17「野クルの時間(わちゃ、、、)」とディスク2に収録された「野クルの時間 (わちゃわちゃわちゃっ!!)」。聴いていると、なでしこと千明とあおいの漫才のようなかけあいがよみがえる。
 トラック7「ソロキャン△のすすめ」はマンドリンをメインにした落ち着いた雰囲気の曲。リンがひとりキャンプ(ソロキャン)に出かける場面でよく流れていた。リンのテーマというわけではなく、ひとりでキャンプをするストイックな楽しさがテーマなのだろう。それにしても、マンドリンのちょっと寂しげな音色はリンによく合っている。
 この曲と対をなす曲が、ディスク2に収録された「キャンプ行こうよ!」。軽快なリズムと笛、バイオリンなどが奏でるにぎやかな曲だ。はずんだ曲調で、仲間とキャンプに行くわくわく感、高揚感が表現されている。「ソロキャン△のすすめ」と並べて聴くと、キャンプの楽しみ方も人それぞれ、いろいろな形があるなと自然に思えてくる。
 トラック8「ゆるやかな時間」は弦のピチカートやパーカッション、ギター、笛などを使ったユーモラスな曲。キャンプのシーンよりも、キャンプの準備やたわいない会話のシーンなどによく使われていた。
 トラック11「おしゃべりとマグカップ」も使用頻度の高い曲で、キャンプ場で料理をしたり、それを食べたりする場面にたびたび流れていた。冒頭から聴こえる口笛が印象的で、この曲が流れてくると「こんどのご飯はなに?」と思うくらい。「キャンプ飯のテーマ」とも呼べる曲である。
 トラック12の「ごーいんぐマイウェイ」とトラック18「ごーいんぐユアウェイ」は同じモティーフのバリエーション。この2曲をはじめ、あとのほうに登場する「ゆるりの掟」「たじたじのた」など、本アルバムにはユーモラスな曲、コミカルな曲がふんだんに収録されている。まったりした雰囲気のドラマと動きを感じさせるユーモラスな曲の対比がメリハリを生み、いい感じの流れを作っている。
 ユーモラスな曲と対照的に、キャンプ場の情景をしっとりと描く曲もある。トラック13「夜明けの深呼吸」はそのひとつ。第5話で、別々の場所でキャンプをしていたリンとなでしこが夜中にスマホで会話するシーンに流れ、ふたりの心のつながりを表現していた。
 同様の曲がディスク2に収録された「富士川賛歌」。こちらは第8話のラスト、なでしこたちが川辺のベンチでまんじゅうを食べながらくつろぐシーンで使用された。この曲では「禁じ手」のピアノが使われている。ピアノと低音の弦(チェロ?)の音がしみじみと響き、ちょっとセンチメンタルな気分になる。後半にはハーモニカも聞こえてくる。夕暮れのひとときに聴きたい、いい曲である。
 ディスク1のラストに置かれた「ふゆびより(弾きがたりver.)」はエンディング主題歌の弾き語りバージョン。第3話でキャンプ場に持ち込んだラジオから流れてくる歌として使用されていた。これもキャンプ気分を感じさせる演出になっている。なかなか味な構成である。
 ディスク2も基本的にはディスク1と同様の構成。「へろりんぱ」「踊ろよフォークダンス」「うんちくかんちく」「ハテナノナ?」など、曲名からしてユーモラスな曲が多いのが特徴だ。続けて聴いていると、だんだんキャンプがハチャメチャになっていくようにも思えるが、ねらいなのだろうか。それも「野クル」らしいし、楽しいからいいけど。

 効果音やミニドラマを挿入したことで、キャラクターと一緒にキャンプしている気分が味わえる本アルバム。『ゆるキャン△』だからこそできた秀逸なサントラだと思う。
 たとえば『けいおん!』のような、ほかの部活ものアニメでも同様のアルバムを作ることができるかもしれない。が、「そこにいる気分」になれるという点では本作に分がある。
 キャンプ場は、年齢も性別も関係性も異なるさまざまな人が集う場所。たまたま近くにテントを張ったことで、初めて会った人と知り合いになったりする。隣のテントでリンとなでしこの会話みたいな言葉が交わされているかもしれない。思い切って話しかけてみてもいい。
 そんなキャンプの楽しさが伝わるアルバムになっているところが、うまいなあと思う。部屋で聴いてるだけではもったいない。この音を持ってキャンプに行くのが、いちばんの楽しみ方だろう。

TVアニメ「ゆるキャン△」オリジナル・サウンドトラック
Amazon

第194回アニメスタイルイベント
ここまで調べた片渕監督次回作11【どんどん広がる平安探求編】

 片渕須直監督は『この世界の片隅に』『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』に続く、新作劇場アニメーションを準備中です。まだ、タイトルは発表になっていませんが、平安時代に関する作品であるのは間違いないようです。
 新作の制作にあたって、片渕監督はスタッフと共に、平安時代の生活などを調査研究しています。その調査研究の結果を少しずつ語っていただくのが、トークイベントシリーズ「ここまで調べた片渕須直監督次回作」です。これまでのイベントでも、あっと驚くような新しい解釈が語られてきました。

 2022年9月3日(土)に開催する第11弾では、片渕監督や前野秀俊さんに加えて、平安時代の装束や文化を研究されている承香院さんをゲストに迎えます。平安時代の衣服についての話に始まり、様々な方向に話が広がっていきます。例えば、平安時代にはどのように時刻を伝えていたのか、といったことが話題になるかもしれません。そして、今回も片渕監督のエクセル表も見ることができるはず。

 会場は阿佐ヶ谷ロフトA。今回は会場にお客様を入れての開催となります。ただし、会場の定員は少なめの人数に設定します。今回のイベントは「メインパート」の後に、ごく短い「アフタートーク」をやるという構成になります。配信もありますが、配信するのはメインパートのみです。アフタートークは会場にいらしたお客様のみが見ることができます。

 配信はリアルタイムでLOFT CHANNELでツイキャス配信を行い、ツイキャスのアーカイブ配信の後、アニメスタイルチャンネルで配信します。なお、ツイキャス配信には「投げ銭」と呼ばれるシステムがあります。「投げ銭」による収益は出演者、アニメスタイル編集部にも配分されます。アニメスタイルチャンネルの配信はチャンネルの会員の方が視聴できます。また、今までの「ここまで調べた片渕須直監督次回作」もアニメスタイルチャンネルで視聴できます。

 チケットは8月24日(水)18時から発売となります。チケットについては、以下のロフトグループのページをご覧になってください。

■関連リンク
LOFT PROJECT
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/226381

アニメスタイルチャンネル
https://ch.nicovideo.jp/animestyle

第194回アニメスタイルイベント
ここまで調べた片渕監督次回作11【どんどん広がる平安探求編】

開催日

2022年9月3日(土)
開場12時半/開演13時 終演15時~16時頃予定

会場

阿佐ヶ谷ロフトA

出演

片渕須直、承香院、前野秀俊、小黒祐一郎

チケット

会場での観覧+ツイキャス配信/前売 1,500円、当日 1,800円(税込・飲食代別)
ツイキャス配信チケット/1,300円

■アニメスタイルのトークイベントについて
 アニメスタイル編集部が開催する一連のトークイベントは、イベンターによるショーアップされたものとは異なり、クリエイターのお話、あるいはファントークをメインとする、非常にシンプルなものです。出演者のほとんどは人前で喋ることに慣れていませんし、進行や構成についても至らないところがあるかもしれません。その点は、あらかじめお断りしておきます。

第767回 現状、やはり作るしかない!

今さらですが、“アンチ”って何ですか?

 いや、前から何度も語っているとおり、俺SNSとかをやっていない人間なので、“アンチ”って言葉が己の口から飛び出したことがありません。なので“文章なら”と、ふとここで書いてみました。芸能界ならまだしも、最近アニメ業界でも「SNSなどでアンチが」とか、「誹謗中傷だ! 訴える!」だとかが(極々一部の界隈でしょうけど)話題になったりする昨今に対し、自分はどうこうする気はありません。以前、周りのプロデューサーから「板垣さん、誹謗中傷されてますよ」とか言われたってのを話題にした時も書きましたが、正直本当にどうでもいいと言うか、そんなのにいちいち応対しているより、目の前にある仕事(作品)を作り上げる方がよっぽど面白いし!
 だから、同じ業界人には言いたいんです。スマホとか見てる前に「何しろ何か作ろうよ!」と。自分が賛辞を送られる以外の想像ができないなら、SNSなど止めた方がいい——なんて、地球全体の人口の数程繰り返し、誰もが言い尽くしましたよね。

そもそも、普通な生活を送ってたら「アンチ」って言葉は日常使わなくないですか?

“SNSの住人”として染まってしまった! と自覚するためのワードが「アンチ」だと思います。つまり「アンチ」とかを口にするようになったら、「ちょっとSNSやり過ぎかな~?」と自制したらいいと思うのです。過剰なSNS中毒により、自意識を肥大化させて人生得することなどないと思いますから。あ、あくまで私見ですよ。
 まあ、重ねて言いますが、ネットで誹謗中傷云々に関して自分は何も反論などする気もありません。その理由はと言うと、ネット界隈の“批判や悪口・罵り合い”が、特に作品とかに関しては悪いとばかりは思わないからです。そりゃ当然、作品を作る側からすると悪口を言われるのが気持ち良い訳ありません。こちとらも人間ですから。でも、例えば自分にはアニメの制作進行をリタイアし、地元に戻って普通のサラリーマンとして就職した友人が居るのですが、彼が

 
アニメという創作の道は諦めても、せめて自分の好きなアニメについて語って、誰かと喜び・興奮を分かち合いたい(もちろん批判・悪口も含めてです)!

とブログやらTwitterで語るとか。そういう楽しみくらいのアニメとの関わりを、人生に残して何が悪い? と。因みにその友人は悪口は書いていません。
 が、特定の人物に対する悪口・中傷などの場合は、深刻な犯罪まがいのものは特に、最悪の事態を招く可能性があるので、訴えるとかして止めさせるのは当然のことだと思います。自分の場合幸いそこまでに至っていないので、放って置きます。
 これも重ね重ねになりますが、

俺と同じ業界の方はスマホだSNSだは電車内での暇つぶしだけにして、作画に限らず何某かの技術を磨くこと! 技術さえ持っていれば、仕事はいくらでもあります! あり続けます! 「アニメ減る」とかありません! “人間の貪欲”に応えるように姿形を変えて増え続けるのがエンターテインメントの宿命だと思うからです! たとえ、“アニメの作り方を変えて”でも!

 こちらもあくまで私見です。ただ、こう思うのにも理由があって、ウチのような規模の会社でさえ、現在制作中のシリーズ以降、すでに次の次まで決まってきてるからです。因みに現在はシリーズ構成・総監督・音響監督その他ですが、この次のシリーズは自分、監督ではなく、また別の役職をやってみようと画策しております。

第193回アニメスタイルイベント
中村豊 ファン・ミーティング

 「中村豊 アニメーション原画集 vol.3」の刊行を記念して、アニメーターの中村豊さんのトークイベントを開催します。開催日は8月20日(土)。中村さんと関係者のトーク、ファンとの交流をメインとした、リラックスムードのイベントになるはずです。
 今回のイベントは、会場でお客さんに観覧していただくかたちでの開催で、その一部を有料配信いたします。出演者は中村豊さん、監督の安藤真裕さん、アニメスタイル編集長の小黒祐一郎。他のゲストも決まりましたから、改めてお伝えします。会場では「中村豊 アニメーション原画集 vol.3」を中村さんのサイン入りで販売。また、「中村豊 アニメーション原画集 vol.2」も販売する予定です。

※BONESの大薮芳広プロデューサーの出演も決まりました。さらにアニメスタイル編集部の村上修一郎君も出演します。(8/19追記)

 配信はリアルタイムでLOFT CHANNELでツイキャス配信を行い、ツイキャスのアーカイブ配信の後、アニメスタイルチャンネルで配信します。アニメスタイルチャンネルの配信はチャンネルの会員の方が視聴できます。なお、ツイキャス配信には「投げ銭」と呼ばれるシステムがあります。「投げ銭」による収益は出演者、アニメスタイル編集部にも配分されます。チケットは発売中です。チケットに関しては、以下にリンクしたLOFT/PLUS ONEのページをご覧になってください。

 最後に質問募集についてです。このイベントで中村さんに話してほしいこと、聞きたいことを募集しています。Twitterアカウントをお持ちの方は、以下にリンクしたWEBアニメスタイルの質問箱からお送りください。全部の質問に答えてもらうのは無理かもしれませんが、なるべく答えてもらいます。Twitterを使われていない方は、WEBアニメスタイルのcontactから送ってくださっても結構です。質問は8月19日(金)18時まで受け付けます。

■関連リンク
C100で「中村豊 アニメーション原画集 vol.3」を先行発売! 中村豊描きおろしマンガ付き!!
http://animestyle.jp/news/2022/08/08/22521/

WEBアニメスタイルの質問箱
https://twitter.com/web_anime_style/status/1559074075703922688

LOFT/PLUS ONE
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/225049

アニメスタイルチャンネル
https://ch.nicovideo.jp/animestyle

第193回アニメスタイルイベント
中村豊 ファン・ミーティング

開催日

2022年8月20日(土)
開場12時/開演13時 終演15時~16時頃(予定)

会場

LOFT/PLUS ONE

出演

中村豊、安藤真裕、大薮芳広、小黒祐一郎、村上修一郎

チケット

会場での観覧+ツイキャス配信/前売 1,500円、当日 1,800円(税込・飲食代別)
ツイキャス配信チケット/1,300円

■アニメスタイルのトークイベントについて
 アニメスタイル編集部が開催する一連のトークイベントは、イベンターによるショーアップされたものとは異なり、クリエイターのお話、あるいはファントークをメインとする、非常にシンプルなものです。出演者のほとんどは人前で喋ることに慣れていませんし、進行や構成についても至らないところがあるかもしれません。その点は、あらかじめお断りしておきます。

第236回 歌うことが日常 〜ヒーラー・ガール〜

 腹巻猫です。8月14日に中野サンプラザで開催される「資料性博覧会15」に参加します。新刊はなし。「劇伴倶楽部」既刊「赤毛のアンの音楽世界」ほかを頒布します。また、SOUNDTRACK PUBレーベルのCDを会場特価で頒布します。通販在庫切れのタイトルもいくつか持ち込みますので、この機会にどうぞ。開催時間が9時半から13時15分までと短いのでご注意ください。詳細は下記リンクを参照。
https://www.mandarake.co.jp/information/event/siryosei_expo/


 今年(2022年)4月から6月にかけて放映されたTVアニメ『ヒーラー・ガール』は、放映前から気になる作品だった。
 気になった第1の点は、『アイの歌声を聴かせて』の高橋諒が音楽を担当すること。第2は、主役4人を声優コーラスユニット「ヒーラーガールズ」のメンバーが演じることだった。
 ヒーラーガールズは、アニソンライブ番組「Anison Days」にたびたび出演していたので知っていた。そもそも、アニメ『ヒーラー・ガール』自体がヒーラーガールズのためのオリジナル企画らしい。彼女たちの歌がふんだんに聴けるミュージカル仕立ての作品だ。
 で、音楽が『アイうた』の高橋諒。期待するしかない。
 『ヒーラー・ガール』は歌で人の心と体を癒やす音声治療師「ヒーラー」をめざす少女たちの物語である。
 主人公の藤井かな、五城玲美、森嶋響の3人は、師匠の烏丸先生が経営する治療院で修行するヒーラー見習いの高校1年生。同じ高校には別の治療院でヒーラー修行中の矢薙ソニアというライバル的少女がいる。かなたちは、ときに競い合い、ときに協力しあいながら、ヒーラーに必要な経験を積み、成長していく。
 本作における「ヒーラー」はファンタジー作品に登場するような魔法使いではなく、音声治療の知識と技術を身につけたプロの歌い手。ファンタジーとリアルの境界ぐらいの設定になっているのがユニークだ。
 この設定のおかげで、キャラクターが歌うシーンが自然に描かれる。彼女たちにとっては歌うことが訓練であり、仕事であり、日常なのだ。

 『アイうた』と同じく、本作も歌と劇中音楽(BGM)の両方を高橋諒が手がけている。
 ミュージシャンクレジットによれば、楽器編成はストリングス(弦楽器)と木管、金管をベースにした、クラシカルなスタイル。ファゴット、バストロンボーン、4本のホルンが入って中低音を厚くしているのが特徴だ。それにアコースティックギターとドラムが加わる。ほかに高橋諒自身によるピアノ、キーボード、シンセの音が使用されている。
 ヒーリングをテーマにした作品なので、音楽も自然に近い音を、というコンセプトなのだろう。耳にやさしく温かい音楽である。歌もBGMも、基本的に同じ編成、同じミュージシャンで録音されている。
 ミュージカルアニメである本作は、作画と歌に注目して語られることが多い。が、今回は劇中音楽(BGM)に着目してみたい。
 本作の音楽、最初は「フィルムスコアリングなのかな?」と思っていた。
 しかし、あらためて本編に流れるBGMを聴いてみると、そうではないようだ。明らかに特定のシーンを想定して書かれた曲もあるが、いろいろなシーン使用される定番の曲もある。シーンに当てた曲と溜め録りをブレンドした音楽設計のようである。
 ただ、BGMの作り方と使い方がうまい。1曲の中でモチーフを展開させたり、楽器を変えたりして変化をつけている。劇中では、曲を途中から使ったり、一部だけを切り出して使ったりして、「また同じ曲を使ってる」と思われない使い方をしている。
 劇中歌の音源も巧みに併用している。たとえば第5話で「山には素敵なものがある〜てっぺんまで登ろう〜星と蛍」と3曲をメドレーにした劇中歌が流れるのだが、その1曲「星と蛍」だけを歌うシーンが第3話にある。その場面に使われたのは第5話のメドレーと同じカラオケ。歌に入る前のシーンに「てっぺんまで登ろう」のカラオケをBGMとして流し、そのまま「星と蛍」の歌に続ける演出になっているのだ。
 ほかにも、第5話では第1話の劇中歌「やわらかな音の中で」のカラオケが、第12話では第3話の劇中歌「Run!Run!Run!」のカラオケがBGMとして使用されている。
 こうした工夫の結果、まるで絵に合わせて音楽を書いたように、ドラマに密着した多彩な音楽が流れる作品に仕上がっているのである。
 本作の音楽アルバムは、劇中に流れる歌を収録した「TVアニメ『ヒーラー・ガール』劇中歌アルバム Singin’ in a Tender Tone」と歌の入らないBGMだけを収録した「TVアニメ『ヒーラー・ガール』オリジナルサウンドトラック」の2タイトル。2022年6月にランティス/バンダイナムコミュージックライブより同時発売された。
 「劇中歌アルバム」には劇中歌12曲が収録されている。しかし、本作で流れる劇中歌はこれですべてではない。
 かな役・礒部花凜の発言によれば、劇中歌にはスタジオ録音したものとセリフと一緒に録ったものの2種類がある。「劇中歌アルバム」に収録されたのは(たぶん)スタジオ録音された歌。セリフと一緒に録られた歌は商品化されていないようだ。残念だが、さまざまな事情があるのだろう。
 「オリジナル・サウンドトラック」は2枚組で全41曲を収録。ディスク1が17曲31分、ディスク2が24曲47分と、不思議なバランスで2枚に分けられている。
 曲順はおおむね劇中使用順に沿っていて、物語をふり返りながら聴くことができる。
 ディスク1の収録曲は以下のとおり。

  1. Healer Girl(Theme ArrangeⅠ)
  2. Little Brooch
  3. She’s got it:Session1
  4. She’s got it:Session2
  5. How to do my work:Session1
  6. How to do my work:Session2
  7. How to do my work:Session3
  8. Patient’s Condition
  9. Regards(Theme ArrangeⅡ)
  10. Dolce Frammento
  11. Daily Life:Session1
  12. Daily Life:Session2
  13. Greenhorn
  14. Karasuma Voice Treatment Clinic(Theme ArrangeⅢ)
  15. Disputa
  16. paz de espirito
  17. umisemine

 なお、一部の曲名にはアキュートアクセントやウムラウト付きアルファベットが使用されているが、文字化けしそうなので英文字で代替表記した。
 ディスク1の1曲目は「Healer Girl(Theme ArrangeⅠ)」。第1話のアバンタイトルに流れる音楽だ。かながけがをした子どものために歌(「かさねよう、歌を」)を歌う場面から始まる。曲の前半はその歌のカラオケ。後半は、かなが玲美と響と合流して街を歩く場面に流れるメインテーマ(主題歌「Feel You, Heal You」)のアレンジ曲だ。
 ミュージカルらしいシーンの曲だから歌入りで収録してほしいところだが、カラオケでも雰囲気を楽しむことはできる(ただ、その説明はどこかにほしかった)。
 2曲目は「Little Brooch」。かな、玲美、響の3人が治療院に来た女の子・ゆいからもらったブローチを服につけて感激するシーンに流れるやさしい曲だ。この曲は第4話のラストや第9話でかなが幼い頃を回想する場面にも流れている。
 トラック3と4は「She’s got it:Session1」と「同:Session2」。続くトラック5〜7が「How to do my work:Session1」〜「同:Session3」という構成。いずれも、かなたちの日常シーンに流れる、ちょっとユーモラスな音楽である。表情豊かな木管のメロディとピアノ、ドラム、パーカッションのリズムが楽しい。
 トラック11と12に収録された「Daily Life:Session1」と「同:Session2」もユーモラスな日常曲。全編にわたってよく使われている。
 こんなふうに同一曲のバリエーションをまとめて収録しているのが本アルバムの特徴のひとつ。わかりやすいとも言えるが、続けて聴くと同じメロディが並ぶのでちょっと飽きてくる。ここはひと工夫ほしかった。
 トラック8「Patient’s Condition」は、第1話でゆいのお祖母ちゃんの具合が悪くなり、駆けつけたかなたちが対応に苦慮する場面の曲。本作では珍しいサスペンス系の曲のひとつ。ピアノとパーカッションがさざ波のようなリズムを刻み、木管が不安なメロディを奏でる。この曲は第2話でソニアが苦しそうな妊婦に声をかける場面や第12話でかなたちが旅客機の中で病気の子どもに遭遇する場面にも使われている。
 続くトラック9「Regards(Theme ArrangeⅡ)」はストリングスと木管を主体に奏でられるメインテーマアレンジ。第1話のラストで、ピンチを脱したかなたちがほっとするとともに「ヒーラーになるぞ!」と決意を新たにする場面に流れる感動曲だ。途中から入るトランペットが熱い想いを表現している。この曲は第3話と第6話でも、かなたちの気持ちの高まりを表現する曲として使用されている。
 ここまでが主に第1話で流れた曲。
 次のトラック10「Dolce Frammento」はピアノとオーボエをメインにしたおだやかな曲。かなたちが烏丸先生のアシスタントとして初めて病院の手術室で歌うエピソード=第4話で使用された曲である。ヒーラーという仕事のやりがいやよろこびに触れたかなたちの気持ちが伝わってくる。
 「初心者、未熟者」を意味する曲名がつけられたトラック13「Greenhorn」はユーモラスな日常曲のひとつ。第2話で玲美が猫を相手にする場面、第6話で図書室の大量の楽譜を見た玲美が興奮する場面など、玲美がらみの選曲が多い。
 そして、トラック14「Karasuma Voice Treatment Clinic(Theme ArrangeⅢ)」は曲名どおり、かなたちが務める「烏丸音声治療院」のテーマ。アコースティックギターのリズムに乗ってストリングスと木管楽器がさわやかに歌うメインテーマアレンジだ。初出は第1話の治療院のシーン。以降、かなたちが働く場面や烏丸先生の登場シーンにたびたび選曲されている。この曲は、メインテーマの基本形としてアルバムの始めのほうに配置してもよかったと思う。
 トラック15「Disputa」は『ウエストサイド物語』を思わせる、ちょっと不穏な雰囲気のジャジーな曲。曲名は「紛争」の意味だ。第2話でかながソニアに声をかけられる場面、第7話のソニアが文化祭でロシア料理をふるまう場面など、ソニアがらみでよく使われた。
 ポルトガル語で「心の平和」と名づけられたトラック16「paz de espirito」は、第2話でかなが烏丸先生のヒーリングの力に感動する場面に一度だけ使用。ピアノと木管楽器とストリングスのアンサンブルで奏でられる、しみじみとした曲調の情感曲だ。
 トラック17の曲名「umisemine」は「ハミング」を意味するポルトガル語。パーカッションと弦のピチカートがリズムを刻み、クラリネットとピッコロがかけあうようにメロディを奏でる可愛い曲である。第3話でかなたちが朝のしたくをする場面、第6話で響が作った料理のおいしさにかなたちが感動する場面などで使われた。日常シーンに流れる楽しい曲のひとつだ。
 ここまででディスク1が終了。ちょっと中途半端なところで終わった感がある。

 ディスク2の序盤には、第3話のまったりしたシーンで流れたトラック1「Native Shore」とトラック2「Honesty」、同じく第3話の運動会のシーンで流れたトラック3「Sports Day」とトラック4「Always energetic!」などが収録されている。トラック6が、第3話のラストでかなたちがヒーラーの仮免試験に合格したことをよろこぶ場面の曲「Blooming(Theme ArrangeⅣ)」。ここまでを1枚目に収めたほうがまとまりがよかったのではないかな。
 そのディスク2の聴きどころは、第8話のために書かれたトラック15「Pieces of “Nesting Birds” part.I」〜トラック17「同 part.III」とトラック18「Fly the Nest」。第8話で歌われる劇中歌「Nesting Birds」とリンクした曲で、玲美の家のメイド・葵と玲美とのエピソードを繊細な曲調で彩った。それだけに、肝心の「Nesting Birds」の歌入りが一緒に聴けないのは惜しい。
 ほかには、第5話でかなたちが響の田舎に遊びに行くシーンで流れたトラック11「Countryside」、第7話でかなたちが文化祭のバンドライブに駆り出される場面で使われたトラック13「When Your Mind’s Made Up(Theme ArrangeⅦ)」とトラック14「Spaesamento」なども、映像とともに印象に残る曲だ。
 ディスク2の終盤には、第9話〜第11話で使用された曲が集められている。
 トラック20「the Conference」は第9話で、かなたちが烏丸先生の恩師の手術にヒーラーとして参加する場面の緊張感のある曲。
 ノスタルジックなトラック19「Lots of Memories」とおだやかなトラック21「Waver」は第10話の響の回想シーンに流れた。
 第11話、C級ヒーラー試験に備えるために合宿にやってきたかなたちが、美術館や観光地でリラックスする場面に流れるのが、しっとりと美しいトラック22「A Message to You」。練習がうまくいかず、3人が落ち込む場面には、沈んだ気持ちを表現するトラック23「Miserable」が流れる。
 最後のトラック24「Precious to Me(Theme ArrangeⅧ)」は4分近くある長い曲だ。第11話で気まずくなってしまったかなたちが、互いに本当の気持ちをぶつけあう場面に使用されている。物語は次の12話まで続くが、かなたちの成長のドラマとしてはここでひと区切りになる。かなたちの友情を表現したこの曲でアルバムが締めくくられるのは、自然で納得できる構成である。

 本作の音楽に文句はなく、すばらしいと思う。だけど、アルバムの構成には不満が残る。
 そのいちばんの理由は、歌のアルバムとBGMのアルバムが分かれていること。すべての劇中歌が収録されていないのもさびしい。ミュージカル作品の音楽商品としては失敗なのでは? と首をひねってしまう。
 とはいえ、「歌が入ってない」からとサウンドトラックを聴かないでおくのはもったいない。ふつうにサントラ盤として聴けば、本編の名場面を思い出しながら楽しむことができるのだから。本作のファンには、劇中歌アルバムとサウンドトラックの両方を手に入れて、プレイリストでミックスして聴くことをお奨めしたい。
 そんなチャンスはないと思うが、もし許されるなら、歌とBGMを組み合わせ、歌が入れられない曲はカラオケを収録して、ミュージカルっぽい完全版サントラを作ってみたいものである。

TVアニメ『ヒーラー・ガール』オリジナルサウンドトラック
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TVアニメ『ヒーラー・ガール』劇中歌アルバム Singin’ in a Tender Tone
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アニメ様の『タイトル未定』
358 アニメ様日記 2022年4月3日(日)

編集長・小黒祐一郎の日記です。
2022年4月3日(日)
ほぼ休日だった日。ワイフとグランドシネマサンシャインで「ドライブ・マイ・カー」を観る。上映時間が長いので「アニメスタイル016」の編集作業中は観にいくのを避けていた。感想としては満足。演出力のカタマリのような映画だった。ただ、スタッフはもう少し作り込みたかったのではないかなあ。
就寝前に読むのを後まわしにしていた「はしっこアンサンブル」8巻を読む。これで完結なんだけど、早い。早いよ。面白かったんだけど、もっと読みたかった。

2022年4月4日(月)
グランドシネマサンシャインで「モービウス」【IMAXレーザーGT字幕版】を観る。予告編が地味だったので、あまり期待はしていなかったのだけど、予想よりはずっと楽しめた。映画前半の主人公・モービウスとマイロ(ルシアン)の関係性がよかった。それから、主人公の悲劇性が自分の中だと石ノ森ヒーロー的に感じられた。後半はちょっと残念。主人公とヒロインの関係はもう少しほしかったし、モービウスとマイロのドラマももっと色々やってほしかった。
事務所で「ウエスタン[復元オリジナル版]」をながら観。あんまり長いので全部は観られなかった。
就寝前に「邦画プレゼン女子高生 邦キチ! 映子さん Season7」を読む。キャラクターもののマンガとしても面白いし、マジメな邦キチが可愛い。

2022年4月5日(火)
丸の内TOEIで『ブルーサーマル』を観る。面白いし、キャラクターにも魅力はあるんだけど、色々と気になるところがあって原作を読み始める。丸の内TOEIで映画を観たのはかなり久しぶり。館内が昔風で楽しかった。
『遊☆戯☆王ゴーラッシュ!!』の主人公は、いかにも少年マンガの主人公的な「王道遊飛」ではなくて、宇宙人の「ユウディアス・ベルギャー」なのね。「遊飛(ゆうひ)」と「ユウデ」でどっちも名前が「ゆうぎ」っぽい。
『響け!ユーフォニアム』の楽曲がサブスク解禁になったので散歩時に聴いてみた。『ユーフォニアム』のサントラは何枚も買っているし、何度も聴いているので、まずはキャラソンから。キャラソンは4枚出ていて、それぞれがボーカル曲と吹奏楽の構成。吹奏楽は「北宇治四重奏」の第1番から第4番までがそれぞれのCDに収録。つまり、キャラソンを4枚購入すると「北宇治四重奏」が揃うという構成だ。ボーカル曲よりもこちらのほうがメインなのではないか、という気もする。ボーカル曲については『ユーフォニアム』への愛情が試されるようなもので、つまり、このキャラクターがこの歌を歌うか? と思うものがある。それを受け入れることができるかどうか。そういう葛藤は他のアニメでもあるのだけど、音楽ものだけに特に悩ましい。

2022年4月6日(水)
定例社内打ち合わせを休んで、ワイフと日中の散歩に。日暮里、谷根千、上野を歩く。
新番組を片っ端から観る。『BIRDIE WING -Golf Girls’ Story-』の1話。登場人物の1人が「(日本なら)ガンプラ買い放題」と言う。作り手にそのつもりはないんだろうけど、国内はガンプラ不足になっているらしいので、皮肉なセリフになってしまったのではないか。
『ブルーサーマル』の原作を読んでみた。終盤の展開がかなり違う。原作では倉持潤が死んだかどうかもよくわからない。主人公のつるたまがドイツに行くのは数年後で、倉持との再会はない。原作で倉持のことが気になっていたファンは、劇場アニメ版のラストで満足したのではないか。他の疑問点も原作を読むことで氷解した。

2022年4月7日(木)
池袋HUMAXシネマズで「シャドウ・イン・クラウド」を観る。SNSで「終盤に意外な展開が」という発言を目にしていて、予告にクロエ・グレース・モレッツ演じる主人公が素手でモンスターを殴り倒す場面があったので、彼女が演じる主人公が実は人間ではなくて、といった展開かと思ったら、全然違う方向で「意外な展開」だった。殴り倒す場面はよかった。
「WEBアニメスタイル」の記事と関連して、ネットで配信されている『爆丸エボリューションズ』や『スポGOMI ワールドカップ エキシビジョンマッチ編』や『Shenmue the Animation』を観る。

2022年4月8日(金)
余裕があったら映画に行こうと思っていたけど、そんな時間はなかった。編集作業はないのにやることは多い。就寝前に「ゴールデンカムイ」単行本の最新28巻を読んだ後、ネットで公開されている最新話まで読む。贅沢だなあ。

2022年4月9日(土)
「アニメスタイル016」の編集中は手をつけられなかった大物テキストの作業を再開。BONESで打ち合わせ。中村豊さんに「アニメスタイル016」を渡して、これからの打ち合わせ。打ち合わせの現場に川元さんがいらしたので「016」を渡す。