COLUMN

第779回 逸れて逸れて、読みにくく

先日、某アニメ会社社長の友人からの電話で、お互いの近況報告をしました、30分ほど!

 その彼曰く「働き方改革で、アニメはもう作れない! 間もなくアニメ会社の9割が潰れる!」とのこと。現れます、定期的に“アニメ業界終末論”を語る人。数年前にも「“世界一有名な日本のアニメ監督”である某巨匠が引退したらアニメは5年で滅ぶ」発言をした監督さんもいらっしゃいました。それらを聞くにつれ、俺が思うのは生前の黒澤明監督によるお言葉、

映画が生まれてまだ100年しか経ってないんですよ!
まだまだこれからですよ!
——ダメになったのは映画じゃなくて、映画会社だ!

です。映画業界なら映画、アニメ業界ならアニメ、表現方法それ自体に惚れ込んでるクリエイターはそう簡単に生業にしているジャンルを「滅ぶ」とか言わないものだと思います。
 冒頭の友人社長の言葉聞いても、正直俺は「あ、そう」って答えしか出ません。少なくとも板垣は

「パラパラ漫画」をコツコツ描いて
ムービー再生することが無性に好きで、
それを繋いでフィルムを作ることがさらに無性に大好きなだけ!

ですから。黒澤監督程の映画好きとは比べ物にならないでしょうが、自分は自分なりにアニメーションというか表現手段それ自体が好きで作り続けている訳で、業界自体が滅ぶだ何だ言われたとて、全く動じません。だって“表現”は死なないでしょう? 仮に最後の一人になっても、自分は「パラパラ漫画」をネットに上げたりしてでも、パラパラ遊ぶと思いますから。
 あと、「手描きの作画が存続し得るのか?」的な問題も、俺にとっては全く関係ありません。3DCGでろうがライブ2Dであろうが、“コマ単位で画(情報)の操作(コントロール)が意のままになるならそれはアニメ”! よって、

予算内でその画を動かすのに最適な方法(テクノロジー)を選べば良いだけの話!

ハッキリ言って、俺に取ってここ10年はそれを計算に入れてないコンテは上げていません。現状、ウチの制作チームでこなせる枚数(1話4000枚)で収まるコンテを自分自身は切って(描いて)います。コンテを社内の新人や外注に撒く場合——特に外注(フリー)に任せるとその辺の制御が大変なので、近年は全話自分コンテになったりする訳です。因みに現在制作中のシリーズもそういう意味で、社内新人のコンテはかなり手を入れさせて貰いました。
 話は逸れましたが早い話、予算・受注内容に合わせて制作方法自体を変えれば良いだけの話を、デジタル作画ツールすら覚える気もない不勉強な監督や、予算配分の見直しすらできない同じく不勉強なプロデューサーらが簡単に「アニメはもうダメだ!」とか言って欲しくないし、聞きたもくない。さらに、その戯言をいちいち「問題だ~問題だ~」とネット記事にするなとは言いませんが、それらの意見が、“現在の制作現場に於いて、上手く活躍できている人によって発せられた意見かどうか?”くらい、ちゃんと調べてから記事を上げて欲しいモノです(無理か……)。勿論、全部とは言いませんが、中には誰かのフォローなしでは碌に監督できていない人の意見を、誰もが知ってる代表作あり(かのように振るまってるだけ?)という権威をくっ付けて、無造作に「○○監督が語るアニメ業界の大問題~」風にでっち上げられた記事もありますから。ま、代表作すら碌にない自分が偉そうに言うことではありませんでしたね、——て、また逸れました。
 つまり、それでも作れなくなるなら、やっぱり「パラパラ漫画」をネットに上げたりしてパラパラ遊びます。即ち、少なくとも俺が生きている間はアニメという表現が終わることはないと思いますよ(残念ながら)。