第460回 行く手をさえぎる大群集!
前回話が逸れてしまったので、仕切り直して。
『異世界でチート能力(スキル)を手にした俺は、現実世界をも無双する~レベルアップは人生を変えた~』(略称=いせれべ)の12話と13話の話!
12・13話2本分纏めて、脚本(シナリオ)は自分が書いたのですが、まぁ、いつもながら
まだ終わっていない原作を、シリーズの制作話数の都合上で無理矢理“一旦終わらせる”!
というのは毎作品、予想以上に難しいモノ。アニメ化が決まると同時に制作委員会と最初に話し合うのが「全○○話で、(原作の)どこまでやる?」です。
今までのシリーズでも例えば『ベルセルク』(2016・2017年)は「原作“途中から途中”まで」、しかも話数(こちらは全24話)で原作を割っていくとラスト数話分にガッツのバトルがない構成にならざるを得ません。結果、島田(明)プロデューサーのアドバイスで、“酒場で大喧嘩~シールケの笑顔”で終わる、落ち着きのある幸せ最終話になりました。
『ベン・トー』(2011年)でも、原作の中身が非常に濃いので、描写の一挙手一投足全部拾うと“モナークとの対決”(原作2巻、現行アニメの6話)の辺りで10話越えてしまいます。そして、当時の制作委員会的には「水着か温泉話数必須で!」と。さらに「ラストバトルが男対男(佐藤 洋VS.モナーク)になると“華”がない!」との意見もありました。今となっては笑い話ですが、一旦は「じゃ、モナークを女にするか?」が真剣に議題に上がったほどです。ま、結局「各エピソードを巧く纏めて、オルトロス編(原作3巻)までやりましょう」と決まり、自分の方で原作割り+オリジナルパートの配置をしました(OPの“構成”クレジットはこれ)。
で、今作『いせれべ』も同様。今回のアニメ、全13話(1クール)で原作のどこまで?」との最初の議題に対し「やっぱ、レイガーまででしょう」と某プロデューサー。「じゃ、その線で」と俺の方でシリーズ構成案を纏めていたところ、レイガーをラスボスに据えると、もし続編があった場合ユティに繋ぐのが難しくなる、ということが分かり「ユティまで!」と決めました。それを提出し、ホン読みでプロデューサーさんらに説明し、同意を得られ現行のかたちに落ち着きました。
と、そうこうする内に、
『いせれべ』新アニメ企画進行決定!
が公式で発表されました。こちらは続報をお待ち下さい。
で、仕切り直したつもりが、またすぐ退場(汗)すみません、また来週!
11月19日(日)昼に開催するトークイベントは「第214回アニメスタイルイベント 作画マニアが語るアニメ作画史 1963~2000」。
書籍「作画マニアが語るアニメ作画史 2000〜2019」としてまとまったトークイベントの続編で、『鉄腕アトム』の放映が始まった1963年から2000年までのアニメ作画を、作画マニア寄りの目線で振り返ります。
出演はアニメーター、演出として活躍し、さらに作画研究家でもある沓名健一さん、アニメスタイル編集長の小黒祐一郎。今回は小黒がメインで話して、沓名さんが聞き手となります。さらにトークのコメント役として、アニメーターの井上俊之さんに来場していただく予定です。
会場では「作画マニアが語るアニメ作画史 2000~2019」等のアニメスタイルの書籍を販売。「作画マニアが語るアニメ作画史 2000~2019」は沓名さんのサイン本を販売します。
今回のイベントもメインのパートを配信します。配信はリアルタイムでLOFT CHANNELでツイキャス配信を行い、ツイキャスのアーカイブ配信の後、アニメスタイルチャンネルで配信します。なお、ツイキャス配信には「投げ銭」と呼ばれるシステムがあります。「投げ銭」による収益は出演者、アニメスタイル編集部にも配分されます。
アニメスタイルチャンネルの配信はチャンネルの会員の方が視聴できます。また、今までの「ここまで調べた~」イベントもアニメスタイルチャンネルで視聴できます。
チケットは10月21日(土)正午12時から発売となります。チケットについては、以下のロフトグループのページをご覧になってください。
■関連リンク
LOFT https://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/266999
Livepocket(会場) https://t.livepocket.jp/e/ayvru
ツイキャス(配信) https://twitcasting.tv/loftplusone/shopcart/268212
アニメスタイルチャンネル
https://ch.nicovideo.jp/animestyle
|
第214回アニメスタイルイベント | |
開催日 |
2023年11月19日(日) |
会場 |
LOFT/PLUS ONE | 出演 |
小黒祐一郎、沓名健一 |
チケット |
会場での観覧+ツイキャス配信/前売 1,500円、当日 1,800円(税込・飲食代別) |
■アニメスタイルのトークイベントについて
アニメスタイル編集部が開催する一連のトークイベントは、イベンターによるショーアップされたものとは異なり、クリエイターのお話、あるいはファントークをメインとする、非常にシンプルなものです。出演者のほとんどは人前で喋ることに慣れていませんし、進行や構成についても至らないところがあるかもしれません。その点は、あらかじめお断りしておきます。
11話はまたREVOROOTさんのグロス話数。4話同様、大変お世話になりました!
6話に続き、筆安一幸君の脚本。そしてこの辺りにくると、社内リソースをラスト2本(12・13話)に向けて送り出すことが必須になるため、ここでスケジュール的にも作画的にも安定したグロス班は、本当に有難いのです。よって、ラストの優夜・ナイト・ルナ大暴れもミルパンセ側の作画修正は最小限。カメラワークを駆使するなどして撮影メインの調整が多かったと思います。が、とどめのボディーブローは板垣の方で原画から修正させてもらいました。あと、異世界側・王都のモブ作画や、毎度お馴染みBG修正は社内の長谷川(千夏)さんに助けられました(ありがとうございます!)。
あと、アーノルド王の大塚明夫さんは最高でした!『Devil May Cry』(2007)ではダンディーでちょい悪なモリソン、『ベルセルク』(2016)では怪しく重量感あり且つカッコイイ髑髏の騎士、そして今作では威厳ある国王でありつつも娘に頭の上がらないコミカル親父。御一緒させていただく度、その幅の広さに驚かされます。この11話でも優夜が布団を出してから、アーノルド王が徐々にキレて爆発するまでが、「来る、来る、……キタ——!!」のテンポ感が絶妙なんですよね~。各シーンの“面白さの核”みたいなものを完璧に理解されている感じで、大塚さんが持って入られるプランで基本一発OK!『Devil~』の時から「~な感じでください」とか「ここのシーンの意図は~」などでテイクを重ねたことが、大塚さんに限っては記憶にありません。て、業界の大ベテランに大して当たり前なことばかり、大変失礼しました。
12話・13話はラスト2本纏めて自分が脚本書きました! コンテは監督・田辺(慎吾)と共同!
てか、コンテは田辺監督のモノに、俺の方が多めに手を加えた感じ。つまり、田辺君の方から「アクションは板垣さんが手を入れるでしょ?」とかなりラフで提出。で、俺が全体のコンテやってる時、彼の方は現場の打ち合わせや演出処理を進めていた訳で、そういう意味では監督・総監督の分業は上手くいってました。そして、総監督・監督体制でやる代わりに他社のシリーズより各話演出の人数が少ないハズです。つまり、監督と名の付く人(板垣も含む)が半分のコンテ・演出を担当するのがウチ(ミルパンセ)のやり方。ま、“業界的に人手不足”は何度もここで話題にしているとおりで、フリーの演出さんに電話掛けまくり、隙間を見つけてねじ込んだりするくらいなら、社内の新人アニメーターに教えて、演出も兼任してもらったりした方がよっぽどマシ!「俺がフォローするから、演出もやってみる?」と。
あと、今現在ウチの演出スタイルは、いくつかの工程をショートカットしているので、各話演出がそれほどの人数が必要ないんです。もちろんグロスに出す場合は、そのスタジオ(会社)で立てられた演出の方で作ってくださればOKです。ただ我々の場合はほぼ全員社員給で雇っているため、あらゆる作業工程の所要時間を測って、給料分の仕事をしてもらわなければなりません。
例えば画コンテ。全話・全カット、コンテに俺の方で難易度を“△・○・◎”でランク付けして作業INします。ちなみにコンテは“アニメ制作における作家的ポジション”であることより先に、“アニメ事業の設計図”であるべきと考えており、“画面作りの面白さ”と“その作業工程における費用対効果”の両立ができてないコンテは、自分の方で手を入れる! あえて、今はコレでやってます。
その難易度で一番軽い“△”カットの原画は、所謂“止め・口パク・目パチ”のみ。こちらは1カット¥4000で計算すると、「1日2~3カットは上げてください。ラフではなく、一発原画で」と。これで、土・日休みで1ヶ月22日働くと、最低賃金に届く計算です。
作監。こちらもラフと清書、同じカット(画)に2回作監修正なんて入れません。一発原画に一発作監。このショートカットで固定給を実現している訳です! 今は。
これを演出に当てはめると、
レイアウトのチェックにざっと10分、原画チェックとタイムシート&撮影指定チェックにそれぞれ10分ずつ。1カット計30分程度!
で、1話分。平均300カット×30分で150時間。1日8時間勤務で計算すると18日ほどで1話分の原画チェックが終わります。もちろん、打ち合わせやリテイク処理まで入れると1ヶ月で1話。つまり給料から逆算すると、1シリーズの作画期間で演出1人で6話分は処理できるる。これも、あくまで今は、です。
ま、当然これは机上の計算。現役の演出の方は仰るでしょう。「1カット30分なんて!? レイアウトだって、ダメなものは全部描き直しで1時間じゃ済まない時だってあるんだぞ!」とか。そんなこと俺が知らないとでもお思いですか!? それが分かった上で「全修つったって、全カットじゃないですよね?」と俺は返します。そもそも、
脚本・コンテ・演出・作監・原画・動画、自分でやったことがある作業の所要時間くらいは把握済み!
だから、逆に止め・口パク程度の軽いカットは10分とかからず「作監様シクヨロでーす」で終わるということも承知している訳です。しかも、従来のフリー演出は作品掛け持ちのせいで、毎日スタジオ(会社)に入りもせず、
簡単な10分「シクヨロ~」を何10カット×何日も机に眠らせ、作監作業の時間を奪うと!
大体、演出を作家か何かと勘違いした人に限って、「演出を時間で測れるか! こちとら“作品”を作ってんだぞ!」とか言って自身の怠惰なワークスタイルを正当化しようとするんです! フリーを決め込み、週2~3回2~3時間ずつしか社内に入らず9割「作監シクヨロ~」で……。さらにその“平成”演出スタイルで3~4社掛け持ちして、月50万以上稼ぐと。このような演出を何人も雇ってる会社——ハッキリ言います。「製作委員会さん、そこの会社お金(製作費)余ってますよ!」これを業界に横行させてる内は我々「製作費が足りない」「人手が足りない」云々言えた義理じゃないと思います。
ちなみにウチの場合はその机上の計算から零れた分を、板垣が引き取ります。すると『いせれべ』スタッフ・クレジットの出来上り。これも、あくまでも“今は”で、これからももっとスタッフを指導して、何とかしないといけないと考えています(自戒)。
……と、久々に結構ぶちまけました故、最後に。
今回みたいのに対して
奔放な発想・作家性とその法外な金銭感覚で活躍された“昭和の巨匠”方をご本人無許可で引用しては、無計画とピュアな作家性を混合して「そんなの創作じゃない!」とかのたまう方々
が何か言いたいのはよく分かります。でも、考え方は人それぞれ。そのそれぞれで、まず板垣個人が今やらなきゃならないと思っていることは、アナログからデジタルに各工程が進化した“令和”において、
“デジタルフル活用で各作業者をちゃんと固定給で食わせられるアニメ作り”! そのために妥当な製作費と人員数の算出! そしてそれに付随し“昭和~平成”と続いた業界一部の既得権益層の見直し!
だと考えています(今は)。当然日々の作品作りと同時進行で、です。何々団体作ったり、プラカード掲げて運動家になるつもりは自分にはありません。で、これもその運動に懸ける方たちを否定するつもりは全くありません。業界各人が業界のことを思って——であること前提で、そのために取る手段は人それぞれですから。
今回はあくまでも「今の板垣がやるべき事」を言ったまでです。
で、また話が逸れたので、12・13話は次回、仕切り直しましょう(汗)!
腹巻猫です。先月のことになりますが、9月16日に京都で林ゆうきさん、高梨康治さんらが参加する劇伴フェス「京伴祭」が開催されました。京都まで行く気満々だったのですが、残念ながら当日仕事が入って上洛がかなわず、後日配信で視聴しました。今回特に注目していたのが初参加となる岩崎琢さんのステージ。『天元突破グレンラガン』『文豪ストレイドッグス』『刀語』『ジョジョの奇妙な冒険[戦闘潮流]』などにまじって『ヨルムンガンド』の曲が演奏され、「おおっ!」と思いました。なぜか。それは本文で。
『ヨルムンガンド』は2012年4月から6月にかけて放映されたTVアニメ。高橋慶太郎の同名マンガを原作に、監督・元永慶太郎、アニメーション制作・WHITE FOXのスタッフで映像化された。2012年10月から12月にかけて第2期『ヨルムンガンド PERFECT ORDER』が放映され、原作のラストまでを映像化して完結している。
この作品のことがひっかかっていたのは、庵野秀明監督が『ヨルムンガンド』の音楽を気に入って、実写劇場作品「シン・仮面ライダー」の音楽担当に岩崎琢を選んだと聞いたからである。岩崎琢が作曲の参考に見せてもらったフィルムには、すでにいくつかのシーンに仮の音楽として『ヨルムンガンド』の曲がつけられていたという。
オリジナルの『仮面ライダー』の菊池俊輔による音楽をこよなく愛する筆者であるが、『シン・仮面ライダー』に関しては、旧作の音楽を使わず、全編岩崎琢の音楽でよかったんじゃないか、と思った。それくらい、岩崎琢のサウンドが新しい仮面ライダーの世界観と映像に合っていると感じたのだ。
その音楽の原点とも言える『ヨルムンガンド』とはどんな作品なのか。
戦争で両親を失い、少年兵として生きていたヨナ(ジョナサン)は、武器商人の女性ココ・ヘクマティアルに預けられ、彼女の護衛と任務の遂行を担うチームの一員となる。世界の紛争地域でビジネスを展開するココは、年中トラブルに巻き込まれ、命をねらわれていた。ココとともに世界を旅するヨナは、心の中では武器を憎みながらも、各地で激しい戦闘を経験していく。いっぽうココは「世界平和」のためにある計画を実現しようとしていた。
音楽をつけるのが難しそうな作品である。ガンアクション、とひと口に言いきれない。銃を使ったバトルはあるが、スカッとする作品ではない。主人公は武器商人。正義や人助けのために戦っているわけではない。カッコいい曲をつけて盛り上げるのは向かないだろう。かといって、劇場作品「ダンケルク」のようなシリアスでリアルな雰囲気にしてしまうと後味が悪い。フィクションとしての面白さを損なわないようにしつつ、カッコよくなりすぎない、でも魅力のある音楽がほしいところだ。
岩崎琢の音楽が、なかなか意欲的である。
まず気になるのが、ボーカルが入った曲が多いこと。第1話冒頭に流れる曲「Jormungand」もそうだし、毎回の次回予告で流れるラップを使った曲「Time to attack」も耳に残る。
アクション曲にもボーカルが使われている。人の声が入った曲が劇中に流れるとセリフと重なったり、歌詞が気になったりして、じゃまになることが多い。本作のラップは外国語の歌詞なので聞き流すこともできるが、気になるといえば気になる。その「気になる感じ」、ある種の違和感が、戦闘の非日常性と混沌とした状況を感じさせ、アクションシーンを必要以上に盛り上げず、ココたちをヒロイックに見せないようにしている。
世界各地を旅するストーリーに合わせて、ヨーロッパや中東、東南アジアなど、エスニックなサウンドを取り入れた曲が多いことも本作の音楽の特徴だ。これもまた、音楽を「洗練されたカッコよさ」から遠ざける独特の味つけになっている。
多くの作品でエッジの立ったクールな曲を聴かせてくれる岩崎琢だが、本作ではクールになりすぎない絶妙なラインをねらっているようだ。クールというよりドライ。スタイリッシュというより土臭い。でもカッコいい。
本作のサウンドトラック・アルバムは「ヨルムンガンド オリジナルサウンドトラック」のタイトルで2012年6月にジェネオン・ユニバーサル・エンタテイメントから発売された。2012年12月には第2期のサントラ「ヨルムンガンド PERFECT ORDER オリジナルサウンドトラック」が同じメーカーからリリースされている。
第1期のサントラから聴いてみよう。収録曲は以下のとおり。
主題歌は収録されず、劇伴(BGM)のみで構成。
1曲目の「Jormungand」は番組タイトル「ヨルムンガンド」を曲名にしたナンバー。本作のメインテーマと言えるだろう。ヨルムンガンドは北欧神話に登場する毒蛇の名だが、本作における意味は物語の終盤でようやく明らかになる。この曲は、第1話の冒頭、第7話、第11話で使用され、第2期の最終話でまた登場する。福岡ユタカが作詞とボーカルを担当。福岡ユタカは「シン・仮面ライダー」の音楽にも参加している。9月の「京伴祭」でも岩崎琢のステージにゲスト出演していた。
トラック2「Time to Rock and roll」はアクションシーンにたびたび流れた曲。リズムから始まり、女性ボーカリストSANTAによるラップへと展開する。劇伴にラップを取り入れる手法は『天元突破グレンラガン』ですでに試みられているが、より劇伴と一体になった形に進化している。
録音はニューヨークで行われた。SANTAのラップをフィーチャーしたねらいは、音楽が単なる「スタイリッシュ」に流れてしまわないように「強めの毒」を仕込むことだった、と岩崎琢はアルバムのライナーノーツで語っている。
「違和感と、幾許かの羨望の念を抱かせること、そしてこの作品に不可欠な、キナ臭さと一触即発的なヤバさを音楽をもって補完させるために、Santaのラップはどうしても必要だったのだ」
トラック3「Jonathan」はヨナのテーマ。もの憂い雰囲気のギターの調べがヨナの無口なキャラクターを伝える。ギターサウンドは日常描写によく使われており、トラック7「Colmar」やトラック14「Poached egg」などもギターによるリラックスムードの曲だ。
ここまでが、いわばアルバムの導入部。3曲で本作の世界観と音楽のコンセプトが伝わってくる。
トラック4「cul-de-sac」からはサスペンス、アクション描写曲が続く。男声ボーカルをフィーチャーしたエスニカルな「cul-de-sac」はトラブルの前兆などに使用されたサスペンス系の曲。疾走感のあるトラック5「Hard drive music」は第4話でココたちが殺し屋「オーケストラ」の襲撃にあう場面に流れた。ノイジーなエレキギターのリフから始まるトラック6「H.W.Complex no’3」は第1話から使われている戦闘曲。曲名が共通する「H.W.Complex no’4」(トラック9)、「H.W.Complex no’5」(トラック20)とともに、アクションシーンに流れた本作の代表的な曲だ。
トラック10「”Cogito, ergo sum”」は、シンセとバイオリンなどが奏でるエキゾチックでミステリアスな曲。曲名は哲学者デカルトの有名な言葉「我思う、ゆえに我あり」から。ココの心情を描写するシーンにしばしば選曲されている。ココは何を想い、何を自分の存在証明とするのか……? そう考えると味わい深い曲だ。第1期の最終話(第12話)の本編ラストに流れたのもこの曲だった。
トラック11「Masala Dosa」の曲名「マサラ・ドーサ」とは南インド料理の名。タイトルどおり、ボーカルの入ったインド風の曲である。第8話で元女優の兵器ブローカー、アマーリア・トロホブスキーとココが話をする場面に流れている。インドが関係するシーンではなく、民族音楽による異化効果をねらった演出だろう。
ギターとハーモニカが奏でるトラック12「Mad symphony」は、第3話に登場する殺し屋「オーケストラ」のテーマ的に使われた曲。その後も狂気を宿した殺し屋の登場シーンなどにしばしば選曲された。「狂ったシンフォニー」とはうまい曲名である。
トラック13「The crafty jewelry」はアマーリアのテーマ的に使われたストリングスによるタンゴ風の曲。
トラック15「Mania Butterfly」は蝶マニアの科学者Dr.マイアミのテーマ。優雅なストリングスの曲だ。
やはりストリングスが奏でるトラック16「Lamento」は「哀歌」を意味するタイトルの曲。第5話でヨナがココとの出会いを思い出すシーンに使用された。
トラック17「Essentia」は第4話で殺し屋「オーケストラ」のひとりチナツが師匠を撃たれて動揺するシーンに選曲された。これもストリングスの曲だ。
こんなふうに、ストリングスの曲がけっこう重要なテーマとして使われているのも本作の特徴である。
次のトラック18「Alligator」はエレピとフルート、リズム、ストリングスなどによるセッション曲。ラウンジ風の曲想だが、全体に不穏な雰囲気がただよう。ココと武器商人が話をする場面によく使われていて、曲名「Alligator(=ワニ)」の意味を考えさせられる。
トラック19「MIM-40-12」から3曲は、サスペンス〜バトルという流れ。トラック21「Rock’ n roll boobs」はユーロビート風のリズムと女声ボーカルを組み合わせたダンサブルな曲で、これがバトルシーンに合うのだから面白い。第6話の銃撃戦の場面などに使われた。
トラック22「Tristeza」からはアルバムを締めくくる流れとなる。
「Tristeza」は「悲しみ」を意味するスペイン語・ポルトガル語。曲名どおり、哀感をたたえたストリングスの曲である。第11話の冒頭でココのチームの一員であるバルメが辛い過去を回想するシーンに流れていた。
続くトラック23「Meu mundo amor」は第12話でバルメがヨナをかばって銃弾を受けるシーンに流れた挿入歌。タイトルはポルトガル語で「私の世界の愛」といった意味だ。岩崎琢はこの曲について「『この世界は愛に満ちて素晴らしい』という、物語に対して全く逆の意味の歌詞がついている」とSNSでコメントしている。作詞とボーカルはSilvio Anastacio。
最後の曲となるトラック24「Time to attack」は女声ラップによるココのテーマと呼べる曲。トラック2「Time to Rock and roll」のラップを担当したSANTAが作詞とボーカルを担当。歌詞にココの名が読み込まれている。次回予告で流れたほか、劇中でもたびたび使われた印象深い曲だ。戦闘的な曲ではないけれど、本作の雰囲気と世界観をもっともよく表現してるのがこの曲だと思う。岩崎琢の言葉を借りるなら「キナ臭さと一触即発的なヤバさ」が宿った曲だ。
ドライでエスニカルなサウンド、そして、ラップに仕込まれた違和感という「毒」。「シン・仮面ライダー」が必要とした音楽はそれだったのではないか、と筆者は考えている。
そして、『ヨルムンガンド』を聴いたあと、全編岩崎琢の音楽による特撮ヒーロー作品も観てみたいなあと思うのだ。
ヨルムンガンド オリジナルサウンドトラック
Amazon
ヨルムンガンド PERFECT ORDER オリジナルサウンドトラック
Amazon
前回、“佳境”とお伝えした脚本(シナリオ)作業は無事、最終話まで書き終わりました。後は委員会チェックと原作者先生チェックをいただき、調整・修正をする流れに。もちろん、修正も自分でやります。そして、その作品はと言うと、現在制作中『沖縄で好きになった子が方言すぎてツラすぎる』(こちらはすでに制作発表済)より、さらに次のシリーズになりますゆえ、タイトルも内容もまだ言えません、アシカラズ。
ということで、既にお忘れかも知れませんが『いせれべ』話の続きに戻ります。
9話は田辺慎吾/脚本・コンテ・演出、作画監督/木村博美・吉田智裕!
作監に関しては、最初から木村さんでスタートした話数ではあったものの、彼女が総作監の方で他話数の面倒を見続けていたため、原画作監を吉田君フォロー、だったと思います。
こちらも4話同様、REVOROOTさんの原画は本当に助かりました。皆、巧い! 本話前半Aパートをまるまるやっていただき、木村作監からも(チェックの)上がりがスルスルと出ました。やっぱり、土台(原画)が巧いと作監修(キャラ修正)がやり易い、という当たり前の話。
お風呂シーンのレンズ(画面)に着いた水滴は1987年以降の出﨑統監督OVA(『エースをねらえ!2』『華星夜曲』など)っぽくて大変気に入ってます。ちなみに自分が要望したのではありません。要は“大事な部分を隠す”手練手管の一種として載せてきた、撮影さんのファインプレーでした!
サッカーのアクションシーンは作画をローカロリーにするため、レイアウト全修とポーズ全修を総作監としての俺が入れまくりました。“止めで持つ”ポージングを駆使した訳です。
続いて10話。こちらも、
脚本・コンテとも板垣の方でかなり手を入れさせてもらいました、スミマセン!
まず、脚本の方で「物量的にエピソードが全て入らない」とのことで、こちらで引き取らせていただきました。確かにざっと並べただけでも、
「芸能界勧誘を断る優夜」+「ウサギ師匠登場~修行~聖VS.邪の説明~キングミスリルボアに勝つ!」+「球技大会~卓球~バレー~テニス」+「優夜と佳織のラブ下校」、そして「ユティ登場」
と、盛沢山のエピソード。でも全13話で“ユティとの対決”まで到達(製作委員会の決定)するためにはこの話数をテンポで乗り切らなければ、エピソード自体をまるまる削ることになってしまいますから。これは自分で責任を持って纏めるしかありません。
でも最初シリーズ構成を纏めていた時、ボリューム的に多少キツイのは分かってはいたものの、
各エピソードの“面白い部分”をテンポ良く整理して繋げば1本になる!
というビジョンは自分的に見えていたので正直、脚本が難航しているのを見て「え? 何で出来ないの?」と、俺はなってしまうのです、いつも。
例えば、ウサギ師匠との修行から巨大魔物に勝利するまでは、修行シーンの繰り返しにカットバック的に時系列を弄れば色々同時進行させられます。球技大会も卓球で“超力”を発揮したなら、同じことを繰り返しても意味がないので、バレーボールのシーンは“大爆音OFF”で通過など。
“各件(くだり)要点のトリミング”と“画面&音声の2段レイヤーを自在に操る”のが演出!
と、自分は出﨑アニメで学びました。主に『劇場版エースをねらえ!』(1979)で!
アニメじゃなくマンガの方でも手塚治虫先生は「16ページあればなんでも描ける」と仰ってましたが、これも同様の話かと思います。だって、手塚先生の「ブラック・ジャック」16~18ページ(1話分)って、1冊の小説や2時間の長編映画にできる密度がありますから。
次にコンテも同様のことが起こってきて、全部足すと440カット越えのコンテが上がってきて「おいおい……(汗)」と。結局、自分の方で360程? に切り直しました。
また次週で。
いきなりですが、最初に謝らせてください。
脚本(シナリオ)作業の佳境のため、今回また短いお茶濁し話で申し訳ありません!
こないだ発表された『沖ツラ』からさらに次のシリーズの、です。こちらはまだ何も語れません。
あと、個人的に非常にショックな近況報告です。テレコム・アニメーションフィルム時代から使用していたストップウォッチが、『沖ツラ』コンテ作業中に壊れました! 原画試験に合格した22歳の秋、「自分へのご褒美!」と7000円で買った手巻きのストップウォッチ(ってことは27〜8年使っていた)です。今までのコンテ・監督作品全ての“尺”を一緒に計った相棒でした。
ありがとう。そして、さようなら。近いうちに新しいのを買いに行きます。
で、また次週へ。
片渕須直監督が制作中の次回作のタイトルは『つるばみ色のなぎ子たち』。平安時代を舞台にした作品のようです。
『つるばみ色のなぎ子たち』の制作にあたって、片渕監督はスタッフと共に平安時代の生活などの調査研究を進めています。今までアニメスタイルは「ここまで調べた片渕須直監督次回作」のタイトルでイベントを開催し、15回にわたって調査研究の結果を語っていただきました。現在は「ここまで調べた『つるばみ色のなぎ子たち』」のタイトルでイベントを続けています。
2023年11月5日(日)に開催する「ここまで調べた『つるばみ色のなぎ子たち』3」では、片渕監督や前野秀俊さんに加えて、平安時代の装束や文化を研究されている承香院さんをゲストに迎えます。【着る物から見えてくる『平安時代中期人』はどんな人たちだったか 編】のサブタイトル通り、衣装についてディープなお話をうかがうことができるはずです。聞き手はアニメスタイルの小黒編集長が務めます。
「ここまで調べた~」イベントは土曜の開催が多いのですが、今回の開催日は日曜です。お気をつけください。会場は阿佐ヶ谷ロフトA。イベントは「メインパート」の後に、ごく短い「アフタートーク」をやるという構成になります。配信もありますが、配信するのはメインパートのみです。アフタートークは会場にいらしたお客様のみが見ることができます。
配信はリアルタイムでLOFT CHANNELでツイキャス配信を行い、ツイキャスのアーカイブ配信の後、アニメスタイルチャンネルで配信します。なお、ツイキャス配信には「投げ銭」と呼ばれるシステムがあります。「投げ銭」による収益は出演者、アニメスタイル編集部にも配分されます。アニメスタイルチャンネルの配信はチャンネルの会員の方が視聴できます。また、今までの「ここまで調べた~」イベントもアニメスタイルチャンネルで視聴できます。
チケットは9月30日(土)正午12時から発売となります。チケットについては、以下のロフトグループのページをご覧になってください。
■関連リンク
LOFT https://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/264706
会場(LivePocket) https://t.livepocket.jp/e/k1inc
配信(ツイキャス) https://twitcasting.tv/asagayalofta/shopcart/263738
アニメスタイルチャンネル https://ch.nicovideo.jp/animestyle
なお、会場では「この世界の片隅に 絵コンテ[最長版]」上巻、下巻を片渕監督のサイン入りで販売する予定です。「この世界の片隅に 絵コンテ[最長版]」についてはこちらの記事をどうぞ→ https://x.gd/57ICr
|
第213回アニメスタイルイベント | |
開催日 |
2023年11月5日(日) |
会場 |
阿佐ヶ谷ロフトA | 出演 |
片渕須直、承香院、前野秀俊、小黒祐一郎 |
チケット |
会場での観覧+ツイキャス配信/前売 1,500円、当日 1,800円(税込・飲食代別) |
腹巻猫です。公開中の劇場アニメ『アリスとテレスのまぼろし工場』を観ました。タイトルから、アリスとテレスというふたりの子どもが活躍する児童文学風の(「チャーリーとチョコレート工場」みたいな)お話かと思っていたら、思春期の少年少女の心情を大胆な設定の物語で描く、心に深く刺さる作品でした。今回はその音楽を聴いてみます。
『アリスとテレスのまぼろし工場』は、2023年9月に公開された劇場アニメ。監督と脚本は、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(2011)や『さよならの朝に約束の花をかざろう』(2018)などで知られる岡田麿里。アニメーション制作はMAPPAが担当した。
菊入正宗は14歳の中学生。ある冬の日、町にある製鉄所が爆発し、正宗たちは時の止まった世界に閉じ込められてしまう。一見以前と変わらない町だが、住民は町から一歩も外に出ることができず、季節も冬のまま変化しなくなってしまったのだ。町の人々はいつか元の世界に戻ることができると信じて、爆発前と何も変わらない生活を続けようとする。そんな日々に閉塞感を抱く正宗は、あるとき同級生の佐上睦実に連れられて製鉄所の奥に入り、ひとりの少女と出会う。正宗は少女の正体に気づき、自分と世界を変えようと思い始める。
音楽は、『心が叫びたがってるんだ。』『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』(2015)、『迷家』(2016)、『空の青さを知る人よ』(2019)など、岡田麿里脚本作品にたびたび参加している横山克。『うる星やつら』(2022)のようなポップな作品もある一方で、『四月は君の嘘』(2014)、『劇場版ツルネ —はじまりの一射—』(2022)のような、ストイックで繊細な音楽も得意な作曲家である。本作も後者の系統の作品で、登場人物の心情に寄り添い、空気感や情感を音で表現するみごとな音楽を提供している。
まず特徴的なのは、横山克作品ではあまり聴かないタイプの抒情的なメロディが聴けること。岡田麿里監督は音楽を依頼するにあたり、「自分が子供の頃に憧れた“大人の邦画”の雰囲気がほしい」と伝えたという。本作の音楽に昭和の映画音楽のようなロマンティックな旋律が登場するのはそのせいだろう。特に最初に公開されたPV「超特報」では、本作のメインテーマと呼べる切ないメロディの曲が使われている。心をざわつかせる音楽が本作の雰囲気を伝え、作品への期待感をあおる。このメロディを横山克はウィーン滞在時に思いついて書き留めたという。
もうひとつの特徴は、ボーカルやコーラスがふんだんに使われていること。コーラスは埼玉栄中学&高等学校コーラス部によるもの。10代の少年少女の歌声にはプロの合唱団にはない瑞々しさ、生々しさがあり、それが楽曲に繊細でウェットな味わいを加えている。
さらに、本作の音楽全体にさりげなく散りばめられた重要な音がある。金属を叩いて鳴らした音である。横山克がサウンドトラックに寄せたコメントによれば、安曇野ちひろ美術館にあるシデロイホスというインスタレーションの音を挿入したのだそうだ。
シデロイホスは金属彫刻家・原田和男と打楽器奏者・山口恭範の共同製作によって生まれた金属打楽器。「シデロイホス」はギリシャ語で「鉄の響き」を意味する。本来は楽器の名前ではなく、金属で作られた構造そのものにつけられた名称である。金属の楽器というと、鋭い音や重い音を連想するが、シデロイホスは親しみやすく心地よい音がする。
金属の音を挿入したのは、本作で鉄工所が重要な舞台装置となっているからだろう。金属音を音楽に使う試みは古くからあり、ヨーゼフ・シュトラウス作曲の「鍛冶屋のポルカ」は金床が打楽器として使われ、アレクサンドル・モソロフは金属板や金鎚を使った「鉄工場」を作曲している。1970年代以降には機械音や金属音を取り入れたインダストリアル・ミュージックが発展した。しかし、多くは金属音を効果音的、ノイズ的に使ったものだった。シデロイホスの音には耳ざわりな鋭さがなく、音楽と調和する。
実は過去にも音楽にシデロイホスを使った作品があった。1990年に公開された実写劇場作品「ウルトラQ ザ・ムービー 星の伝説」である。この作品では、実相寺昭雄監督の依頼で作曲家・石井眞木が「オーケストラとシデロイホスのための交響詩『遥かなる響き』」を書き下ろし、それを自由に抜粋する形で音楽がつけられた。岡田監督や横山克がこの作品を意識したとは思わないが、『アリスとテレスのまぼろし工場』は「ウルトラQ」の1エピソードであってもおかしくないSF幻想譚。ふしぎなつながりである。
なお、本作の音楽に挿入された金属音がすべてシデロイホスによるものか、あるいは、ほかの金属製パーカッションやシンセの音なのか自信がないので、以下の楽曲紹介では単に「金属音」と表記している。
本作のサウンドトラック・アルバムは「『アリスとテレスのまぼろし工場』オリジナルサウンドトラック」のタイトルで9月13日にヤマハミュージックコミュニケーションズから発売された。収録曲は以下のとおり。
中島みゆきが歌う主題歌「心音」も収録。トラック29の「Matsuri-Bayashi」は終盤で聞こえる祭囃子で、いわゆる現実音楽=ソースミュージックである。トラック1〜28が実質的な映画音楽だ。曲は物語の流れに沿って並べられている。
1曲目の「1991」は冒頭の導入部に流れる曲。「超特報」で流れたメインテーマのメロディが使われている。頭には金属音、そして合唱とピアノによる切ないメロディ。本作の音楽の三大要素がすべて含まれている。タイトルの「1991」は本作の物語の始まりが1991年であることを示唆している。
メインテーマのメロディーは「Cold Skirt」(トラック4)、「Complicated Family」(トラック8)、「maboroshi」(トラック9)、「Steel Days」(トラック14)などで変奏される。そのいずれにも、金属音がさりげなく仕込まれている。特に「maboroshi」は印象深い。正宗の同級生・園部裕子が心を乱したことで空がひび割れ、狼の姿に似た煙が現れる場面に流れる曲である。
このメロディは正宗たちが心に抱く閉塞感と焦燥感、切なさなどを象徴している。物語が進み、正宗たちがこれまでと違う日常を歩もうとし始めると、この旋律は使われなくなる。
正宗が鉄工所で謎の少女に出会う場面の「Wolf Girl」(トラック5)は、金属音とコーラスを中心に構成されたミステリアスな曲。金属音が鉄工所の風景をイメージさせ、コーラスが謎めいた雰囲気を表現する。金属音と人間の声との融合がユニークだ。
正宗が少女を「五実」と名づける場面の曲が「Your Name Is Itsumi」(トラック7)。チェレスタやパーカッション、ギターなどによる愛らしいメロディにボーカルが重なって、五実のキャラクターを印象付ける。五実のテーマと呼べる曲だ。
空がひび割れたときに現れる狼の姿をした煙は「神機狼」と名づけられている。鉄工所の煙突から現れ、世界のほころびを修復する、ふしぎな存在である。トラック10「SHIN-KI-ROU」は、その神機狼に当てられた曲。不穏なコーラスとピアノが妖精とも妖怪ともつかない妖しい存在を表現する。この曲では金属音が不安感、緊張感を高める効果を担っている。
正宗が五実を鉄工所の外に連れ出すと、風景にひびが入り、向こうに「夏の風景」が見える。その衝撃的な場面に流れる「World of Cicadas」(トラック12)は「Ha〜」と歌う女声ボーカルが印象的な曲。哀感を帯びたメインテーマとは対照的に、夏の開放感、明るさをボーカルとリズムだけのシンプルなサウンドで表現している。
「Ha〜」と歌うボーカルは、正宗が駐車場で佐上睦実に告白するシーンに流れる「Monochrome Confession」(トラック17)と「Parking Lot Hearts」(トラック18)でも使われている。凍った心が溶けていく音なのだろう。この2曲に続いて流れるのが「Rain Kiss Explosion」(トラック19)。本作の中盤のクライマックスとなる長いキスシーンの曲だ。この3曲にも通奏低音のように金属音が使われている。ここでは、金属音は動き始めた世界が鳴らすきしみや身震いの音のように聞こえる。
正宗が五実の正体を確信する場面の「Her Name Is Saki」(トラック20)は、ピアノとストリングス、ギター、女声ヴォーカルなどが奏でる切なさと希望が入り混じったナンバー。ストイックで繊細で心の奥深くに響いてくる。これぞ横山克サウンドと思わせるエモーショナルな曲である。
終盤は「Choo Choo Escape」(トラック22)、「Raging Impulse」(トラック23)、「Borderland Express」(トラック24)など疾走感のある曲が多くなる。 「Borderland Express」はテンポの速いピアノに合唱が重なり、身もだえするような焦燥感と哀感が表現される。横山克のコメントにある「ヒリヒリした合唱曲」とはこのことか。本作の音楽の聴きどころのひとつ。
トラック26「One Desire」は、メインテーマのメロディの希望的な変奏。閉塞感を表現していたメロディーが希望を宿した曲に変わる。ギターと一緒に鳴る金属音も軽快に聞こえる。同じ旋律がさまざまに変奏されていく映画音楽の醍醐味が味わえる曲だ。
物語終盤の正宗と睦実のシーンに流れる「WE ARE ALIVE」(トラック27)は大団円(と言ってよいのか迷うが)の曲。この曲だけボーカルが「ラララ」と歌っているのがいい。
次の「Sweet Pain Factory」(トラック28)はエピローグの曲。ピアノと金属音のみのシンプルなサウンドだ。金属音は音楽の一部でもあり、鉄工所で聞こえる環境音のようでもある。この音がなくても音楽としては成り立つが、たぶん、まったく異なる印象になるだろう。
『アリスとテレスのまぼろし工場』を観たあと、「どんな音楽だったろう?」と振り返ってまず思い出すのが、切ないメロディと合唱である。メロディはシーンによって異なる雰囲気にアレンジされ、合唱も曲によって表情や歌い方が変わっている。その違いを意識しながらサウンドトラックを聴くと興味深い。
そして、作品を観ているあいだはほとんど気にならないが、サウンドトラックを聴くと「ここにも、こんなところにも使われている」と気づかされるのが、曲の背景で鳴っている金属音、シデロイホスの音である。あるときは不安に、あるときは温かく、あるときは軽快に響いて、作品世界を象徴するサウンドを作り上げている。横山克は「作曲の終盤でこの音を入れ込んだ時、まぼろし工場の音楽世界がしっかり出来上がった実感がありました」とコメントしている。本作は、横山克による「ピアノと合唱とシデロイホスのための交響詩」と呼んでもよいかもしれない。
『アリスとテレスのまぼろし工場』オリジナルサウンドトラック
Amazon
まだ、『いせれべ』話の続きです。
8話の脚本・コンテ・演出は長谷川千夏さん!
『蜘蛛ですが、なにか?』(2021)制作中に入社した、若手アニメーター。現在でも原画・動画・仕上げ・背景となんでもアグレッシブにこなしてもらっています。本人がもともと演出志望であると、面接時からそう言っていました。という訳で、今回は「脚本やってみる? 俺が面倒見ることが条件になるけど」と誘ったところ、「いいんですか!?」と。やりたいと言ってくれるのなら、ガッツリ最後まで付き合っていただこう! で、ちょっと背伸びさせるつもりで“脚本・コンテ・演出1本まるまる”任せてみました。
ちなみにそれを言うと「アニメーター3年目で脚本・コンテ・演出なんてやらせ過ぎだろ!」と仰る業界人(特に我々同世代より上)が必ずいらっしゃいます。でも考えてみて下さい。我々が20代だった頃の数倍(小さいのを入れると10倍以上?)の本数のアニメが作られてる昨今、それに対し業界全体でアニメーターの人数は30年以上変わっていないと聞いています。ということは各制作チーム(会社)が業界全体の人材を互いで奪い合ってアニメ作ったって、現状付け焼き刃に過ぎません。なぜなら我々団塊ジュニアが早ければあと10年もすると使いものにならなくなるからです。さらにそれにオーバーラップして、2000年以降の出生数から計算しても“アニメーターを目指す人”自体が減り続けるのは間違いないと思います。加えて“働き方改革”による労働時間制限では、
40年は続いたであろう旧態依然とした“監督1人に脚本3〜4人、演出6人、以外作業者100人”のなだらかなピラミッド体制で作り続けられるハズがありません! 脚本家・演出家の権威どーのこーのなんて言ってる場合じゃない!
でしょう。よって、ウチは複数の役職を掛け持ちしてもらうのであり、全員時給換算の社員雇用であればこそ可能な作り方です。業務委託のアニメーターに作画以外の仕事を振るのはルール上NGなので。
実作業の話に戻ります。脚本作業は初めてにしては順調でした。もちろん、シリーズ構成の立場からホン読み(脚本打ち)で少々揉ませてもらいましたが、長谷川さん自身賢い人なので特段問題なく普通にこなしてくれました。
続いてコンテ。こちらは数回に割って、それぞれのブロックでラフ段階に修正・アドバイス入れて戻す。それを反映させた清書を彼女が上げて行く、な感じでチェックしました。基本、長谷川さんのやりたいことをベースに、俺の方が「こう見せたいならカット割った方が作画しやすい」とかの部分修から、「このシーンのカット割りはこう!」などと大きな流れから直したものまであったりしましたが、長谷川さんのは他話数のコンテに比べると比較的直しが少なかったように思います。どちらかと言うと、凝り過ぎている芝居内容を「ここ止めて」「ここBG ONLYのOFFで」などの整理してた感じの修正でした。
レイアウト・原画のチェックは田辺(慎吾)監督が長谷川さんにアドバイスをしていたようです。自分、任せるところは大雑把に任せる性格です。
が、任せっぱなしには絶対にしません! 納品前のリテイク作業は自分が仕切り、且つ手伝いました。例えば、“沢田先生の髪の毛クルクル”はラッシュ(撮影上がり)を見て、動画の(と言うより原画から)の上りが良くなかったので、俺の方が仕上げデータに直修正を入れて、長谷川さんに仕上げてもらいました。他ディティールの甘い部分の修正も同様に板垣修正・長谷川仕上げでやりました。最後は前回話題にした“撮影張り付き”も。
あと印象的なのは、長谷川さん演出・作画の料理のシーンや食材のディティールの描き込み、大変良かったと思います!
そして、3話でも見事な“投げアクション”を描いてくれた篠衿花さん、今回は“熊の投げ飛ばし”で大活躍!ありがとうございました!
はい、また次週へ。
「ANIMATOR TALK」はアニメーターの方達に話をうかがうトークイベントシリーズです。今回は『機動警察パトレイバー[劇場版]』『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』等で知られる黄瀬和哉さん、『NARUTO ‐ナルト‐』『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』等を手がけた西尾鉄也さんをゲストに迎えて開催します。
お二人がリスペクトするアニメーターについての話を中心にトークをしていただく予定です。
開催は10月8日(日)昼。会場はLOFT/PLUS ONEです。チケットは9月19日(火)18時から発売。購入方法についてはLOFT/PLUS ONEのサイトをご覧になってください。 また、会場では「黄瀬和哉 アニメーション画集」「西尾鉄也画集」のサイン本を販売する予定です。
イベントは「メインパート」のみを配信します。配信はリアルタイムでLOFT CHANNELでツイキャス配信を行い、ツイキャスのアーカイブ配信の後、アニメスタイルチャンネルで配信します。このイベントに関してはアニメスタイルチャンネルでの配信も期間限定となる予定です。
なお、ツイキャス配信には「投げ銭」と呼ばれるシステムがあります。「投げ銭」による収益は出演者、アニメスタイル編集部にも配分されます。アニメスタイルチャンネルの配信はチャンネルの会員の方が視聴できます。
■関連リンク
LOFT/PLUS ONE
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/263599
■商品情報
【アニメスタイルの新刊】「黄瀬和哉 アニメーション画集」の一般販売が開始!!
http://animestyle.jp/news/2018/08/21/14114/
西尾鉄也の集大成「西尾鉄也画集」ネット書店、一般書店で9月26日発売!
http://animestyle.jp/news/2016/08/16/10363/
|
第212回アニメスタイルイベント | |
開催日 |
2023年10月8日(日) |
会場 |
LOFT/PLUS ONE | 出演 |
黄瀬和哉、西尾鉄也、小黒祐一郎 |
チケット |
会場での観覧+ツイキャス配信/前売 1,500円、当日 1,800円(税込・飲食代別) |
■アニメスタイルのトークイベントについて
アニメスタイル編集部が開催する一連のトークイベントは、イベンターによるショーアップされたものとは異なり、クリエイターのお話、あるいはファントークをメインとする、非常にシンプルなものです。出演者のほとんどは人前で喋ることに慣れていませんし、進行や構成についても至らないところがあるかもしれません。その点は、あらかじめお断りしておきます。
9月23日(土)と30日(土)に、新文芸坐とアニメスタイルの共同企画で『機動警察パトレイバー[劇場版]』『機動警察パトレイバー2 the Movie』を上映します。いずれの作品も押井守さんが監督を務めた傑作です。両作ともサウンドリニューアル版での上映となります。
23日(土)は上映前に、作画監督を務めた黄瀬和哉さん、プロデューサーの石川光久さんのトークを予定。聞き手はアニメスタイル編集長の小黒が務めます。
23日(土)分のチケットは16日(土)から、30日(土)分のチケットは23日(土)から発売となります。発売方法については、新文芸坐のサイトで確認してください。
|
【新文芸坐×アニメスタイル vol. 166】 |
開催日 |
2023年9月23日(土)14時~18時35分 |
|
会場 |
新文芸坐 |
|
料金 |
2023年9月23日(土) 一般 2800円、各種割引 2400円 |
|
トーク出演 |
黄瀬和哉(アニメーター)、石川光久(プロデューサー)、 |
|
上映タイトル |
機動警察パトレイバー[劇場版](1989/99分) |
|
備考 |
※トークショーの撮影・録音は禁止 |
●関連サイト
新文芸坐オフィシャルサイト
http://www.shin-bungeiza.com/
『コブラ』の原作(ジャンプコミックス版)を全巻持っています。自分の場合、週刊少年ジャンプ連載時にリアルタイム読みするには、年齢的にちょっと子供だったので、出﨑統監督のアニメ——しかも再放送ぐらいから(中学生?)ハマった感じで、そこから全18巻揃え、何回も読み返していました。その後『MIDNIGHT EYEゴクウ』も大好きで、こちらも全巻持ってます! どれもカッコよくて、男なら皆寺沢作品が好きだったと思います。
『コブラ』の原作者・寺沢武一先生のご冥福を心からお祈り申し上げます
そして、『いせれべ』話の続き。
7話の脚本は2話と同じ竹田裕一郎さん!
脚本(シナリオ)の竹田裕一郎さん——自分とは『砂ぼうず』(2004)、『BLACK CAT』(2005)の連投で御一緒しました。当時、連絡先を交換しないままお別れしてその後ご縁がなかったのですが、今回、前述の筆安一幸君(6話・脚本担当)より、ホン読み(脚本打ち)前に「板垣さん、竹田さん知ってますよね、声掛けましょうか?」と切り出され今回の運びに。つまり、もともと筆安君が竹田さんと繋がっていたお陰で、またお仕事できました、感謝です! 筆安君も竹田さんも、様々なタイトルをこなしてきたベテランの貫禄で、仕事が早く助かりました。
この7話はルナ初登場で、木村(博美)総作監が結構粘っていた気がします。自分の方は、他話数同様アクション原画~レイアウト全般のフォロー。あと、この辺りから“撮影張り付き”が仕事のメインに入ってきました(汗)。撮影張り付きとは本来、原画と一緒に提出される撮影指定やタイムシートでそのカットで欲しい画面処理、光や影・カメラワークなどを指示するのが基本なのですが、今作みたいに画ができ上がってからのリテイクが少々多い場合、時間的に間に合わせるためのショートカットとして、
撮影監督・撮影スタッフのモニターに向かい、そこに張り付いて直接指差し指示をする!
という、撮影スタッフによっては嫌がる人は嫌がる強行演出スタイルです。
が、今回は撮影が物理的にウチの上の階にある白石社長のもう一つの会社──lxlxl(エルエルエル)だったからできた技(?)でした。つまり、階段上れば指示出しに行ける理想的な環境だった訳で、最終回まで納品前日は張り付きまくりました! ありがとう、田中翔太君、大見有正さん!
撮影張り付きの話が出たついでにぶっちゃけると、この話数も納品前の直しがかなり大変でした。前半はBG(背景)修正、2話や5話と同じく森が“大魔境になっていない!”と、また俺も参加して直し、後半は現実世界での校外学習。こちらはバス内のシーンから、モノによってはレイアウトから全修正も。現実世界の森や川周りは、またまた中島楽人君や長谷川千夏さんにBG修正を助けてもらい(ありがとう!)、さらに他話数と同じく俺の要望に合わせて、木村総作監がレイアウト・原画から容赦なく描き直してくれたので、何とか事なきを得られました。スタッフの皆本当にありがとう!
じゃ、また次週へ。