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第266回 仕込まれた毒 〜ヨルムンガンド〜

 腹巻猫です。先月のことになりますが、9月16日に京都で林ゆうきさん、高梨康治さんらが参加する劇伴フェス「京伴祭」が開催されました。京都まで行く気満々だったのですが、残念ながら当日仕事が入って上洛がかなわず、後日配信で視聴しました。今回特に注目していたのが初参加となる岩崎琢さんのステージ。『天元突破グレンラガン』『文豪ストレイドッグス』『刀語』『ジョジョの奇妙な冒険[戦闘潮流]』などにまじって『ヨルムンガンド』の曲が演奏され、「おおっ!」と思いました。なぜか。それは本文で。


 『ヨルムンガンド』は2012年4月から6月にかけて放映されたTVアニメ。高橋慶太郎の同名マンガを原作に、監督・元永慶太郎、アニメーション制作・WHITE FOXのスタッフで映像化された。2012年10月から12月にかけて第2期『ヨルムンガンド PERFECT ORDER』が放映され、原作のラストまでを映像化して完結している。
 この作品のことがひっかかっていたのは、庵野秀明監督が『ヨルムンガンド』の音楽を気に入って、実写劇場作品「シン・仮面ライダー」の音楽担当に岩崎琢を選んだと聞いたからである。岩崎琢が作曲の参考に見せてもらったフィルムには、すでにいくつかのシーンに仮の音楽として『ヨルムンガンド』の曲がつけられていたという。
 オリジナルの『仮面ライダー』の菊池俊輔による音楽をこよなく愛する筆者であるが、『シン・仮面ライダー』に関しては、旧作の音楽を使わず、全編岩崎琢の音楽でよかったんじゃないか、と思った。それくらい、岩崎琢のサウンドが新しい仮面ライダーの世界観と映像に合っていると感じたのだ。
 その音楽の原点とも言える『ヨルムンガンド』とはどんな作品なのか。
 戦争で両親を失い、少年兵として生きていたヨナ(ジョナサン)は、武器商人の女性ココ・ヘクマティアルに預けられ、彼女の護衛と任務の遂行を担うチームの一員となる。世界の紛争地域でビジネスを展開するココは、年中トラブルに巻き込まれ、命をねらわれていた。ココとともに世界を旅するヨナは、心の中では武器を憎みながらも、各地で激しい戦闘を経験していく。いっぽうココは「世界平和」のためにある計画を実現しようとしていた。

 音楽をつけるのが難しそうな作品である。ガンアクション、とひと口に言いきれない。銃を使ったバトルはあるが、スカッとする作品ではない。主人公は武器商人。正義や人助けのために戦っているわけではない。カッコいい曲をつけて盛り上げるのは向かないだろう。かといって、劇場作品「ダンケルク」のようなシリアスでリアルな雰囲気にしてしまうと後味が悪い。フィクションとしての面白さを損なわないようにしつつ、カッコよくなりすぎない、でも魅力のある音楽がほしいところだ。
 岩崎琢の音楽が、なかなか意欲的である。
 まず気になるのが、ボーカルが入った曲が多いこと。第1話冒頭に流れる曲「Jormungand」もそうだし、毎回の次回予告で流れるラップを使った曲「Time to attack」も耳に残る。
 アクション曲にもボーカルが使われている。人の声が入った曲が劇中に流れるとセリフと重なったり、歌詞が気になったりして、じゃまになることが多い。本作のラップは外国語の歌詞なので聞き流すこともできるが、気になるといえば気になる。その「気になる感じ」、ある種の違和感が、戦闘の非日常性と混沌とした状況を感じさせ、アクションシーンを必要以上に盛り上げず、ココたちをヒロイックに見せないようにしている。
 世界各地を旅するストーリーに合わせて、ヨーロッパや中東、東南アジアなど、エスニックなサウンドを取り入れた曲が多いことも本作の音楽の特徴だ。これもまた、音楽を「洗練されたカッコよさ」から遠ざける独特の味つけになっている。
 多くの作品でエッジの立ったクールな曲を聴かせてくれる岩崎琢だが、本作ではクールになりすぎない絶妙なラインをねらっているようだ。クールというよりドライ。スタイリッシュというより土臭い。でもカッコいい。
 本作のサウンドトラック・アルバムは「ヨルムンガンド オリジナルサウンドトラック」のタイトルで2012年6月にジェネオン・ユニバーサル・エンタテイメントから発売された。2012年12月には第2期のサントラ「ヨルムンガンド PERFECT ORDER オリジナルサウンドトラック」が同じメーカーからリリースされている。
 第1期のサントラから聴いてみよう。収録曲は以下のとおり。

  1. Jormungand
  2. Time to Rock and roll
  3. Jonathan
  4. cul-de-sac
  5. Hard drive music
  6. H.W.Complex no’3
  7. Colmar
  8. Insert
  9. H.W.Complex no’4
  10. “Cogito, ergo sum”
  11. Masala Dosa
  12. Mad symphony
  13. The crafty jewelry
  14. Poached egg
  15. Mania Butterfly
  16. Lamento
  17. Essentia
  18. Alligator
  19. MIM-40-12
  20. H.W.Complex no’5
  21. Rock’ n roll boobs
  22. Tristeza
  23. Meu mundo amor
  24. Time to attack

 主題歌は収録されず、劇伴(BGM)のみで構成。
 1曲目の「Jormungand」は番組タイトル「ヨルムンガンド」を曲名にしたナンバー。本作のメインテーマと言えるだろう。ヨルムンガンドは北欧神話に登場する毒蛇の名だが、本作における意味は物語の終盤でようやく明らかになる。この曲は、第1話の冒頭、第7話、第11話で使用され、第2期の最終話でまた登場する。福岡ユタカが作詞とボーカルを担当。福岡ユタカは「シン・仮面ライダー」の音楽にも参加している。9月の「京伴祭」でも岩崎琢のステージにゲスト出演していた。
 トラック2「Time to Rock and roll」はアクションシーンにたびたび流れた曲。リズムから始まり、女性ボーカリストSANTAによるラップへと展開する。劇伴にラップを取り入れる手法は『天元突破グレンラガン』ですでに試みられているが、より劇伴と一体になった形に進化している。
 録音はニューヨークで行われた。SANTAのラップをフィーチャーしたねらいは、音楽が単なる「スタイリッシュ」に流れてしまわないように「強めの毒」を仕込むことだった、と岩崎琢はアルバムのライナーノーツで語っている。
「違和感と、幾許かの羨望の念を抱かせること、そしてこの作品に不可欠な、キナ臭さと一触即発的なヤバさを音楽をもって補完させるために、Santaのラップはどうしても必要だったのだ」
 トラック3「Jonathan」はヨナのテーマ。もの憂い雰囲気のギターの調べがヨナの無口なキャラクターを伝える。ギターサウンドは日常描写によく使われており、トラック7「Colmar」やトラック14「Poached egg」などもギターによるリラックスムードの曲だ。
 ここまでが、いわばアルバムの導入部。3曲で本作の世界観と音楽のコンセプトが伝わってくる。
 トラック4「cul-de-sac」からはサスペンス、アクション描写曲が続く。男声ボーカルをフィーチャーしたエスニカルな「cul-de-sac」はトラブルの前兆などに使用されたサスペンス系の曲。疾走感のあるトラック5「Hard drive music」は第4話でココたちが殺し屋「オーケストラ」の襲撃にあう場面に流れた。ノイジーなエレキギターのリフから始まるトラック6「H.W.Complex no’3」は第1話から使われている戦闘曲。曲名が共通する「H.W.Complex no’4」(トラック9)、「H.W.Complex no’5」(トラック20)とともに、アクションシーンに流れた本作の代表的な曲だ。
 トラック10「”Cogito, ergo sum”」は、シンセとバイオリンなどが奏でるエキゾチックでミステリアスな曲。曲名は哲学者デカルトの有名な言葉「我思う、ゆえに我あり」から。ココの心情を描写するシーンにしばしば選曲されている。ココは何を想い、何を自分の存在証明とするのか……? そう考えると味わい深い曲だ。第1期の最終話(第12話)の本編ラストに流れたのもこの曲だった。
 トラック11「Masala Dosa」の曲名「マサラ・ドーサ」とは南インド料理の名。タイトルどおり、ボーカルの入ったインド風の曲である。第8話で元女優の兵器ブローカー、アマーリア・トロホブスキーとココが話をする場面に流れている。インドが関係するシーンではなく、民族音楽による異化効果をねらった演出だろう。
 ギターとハーモニカが奏でるトラック12「Mad symphony」は、第3話に登場する殺し屋「オーケストラ」のテーマ的に使われた曲。その後も狂気を宿した殺し屋の登場シーンなどにしばしば選曲された。「狂ったシンフォニー」とはうまい曲名である。
 トラック13「The crafty jewelry」はアマーリアのテーマ的に使われたストリングスによるタンゴ風の曲。
 トラック15「Mania Butterfly」は蝶マニアの科学者Dr.マイアミのテーマ。優雅なストリングスの曲だ。
 やはりストリングスが奏でるトラック16「Lamento」は「哀歌」を意味するタイトルの曲。第5話でヨナがココとの出会いを思い出すシーンに使用された。
 トラック17「Essentia」は第4話で殺し屋「オーケストラ」のひとりチナツが師匠を撃たれて動揺するシーンに選曲された。これもストリングスの曲だ。
 こんなふうに、ストリングスの曲がけっこう重要なテーマとして使われているのも本作の特徴である。
 次のトラック18「Alligator」はエレピとフルート、リズム、ストリングスなどによるセッション曲。ラウンジ風の曲想だが、全体に不穏な雰囲気がただよう。ココと武器商人が話をする場面によく使われていて、曲名「Alligator(=ワニ)」の意味を考えさせられる。
 トラック19「MIM-40-12」から3曲は、サスペンス〜バトルという流れ。トラック21「Rock’ n roll boobs」はユーロビート風のリズムと女声ボーカルを組み合わせたダンサブルな曲で、これがバトルシーンに合うのだから面白い。第6話の銃撃戦の場面などに使われた。
 トラック22「Tristeza」からはアルバムを締めくくる流れとなる。
 「Tristeza」は「悲しみ」を意味するスペイン語・ポルトガル語。曲名どおり、哀感をたたえたストリングスの曲である。第11話の冒頭でココのチームの一員であるバルメが辛い過去を回想するシーンに流れていた。
 続くトラック23「Meu mundo amor」は第12話でバルメがヨナをかばって銃弾を受けるシーンに流れた挿入歌。タイトルはポルトガル語で「私の世界の愛」といった意味だ。岩崎琢はこの曲について「『この世界は愛に満ちて素晴らしい』という、物語に対して全く逆の意味の歌詞がついている」とSNSでコメントしている。作詞とボーカルはSilvio Anastacio。
 最後の曲となるトラック24「Time to attack」は女声ラップによるココのテーマと呼べる曲。トラック2「Time to Rock and roll」のラップを担当したSANTAが作詞とボーカルを担当。歌詞にココの名が読み込まれている。次回予告で流れたほか、劇中でもたびたび使われた印象深い曲だ。戦闘的な曲ではないけれど、本作の雰囲気と世界観をもっともよく表現してるのがこの曲だと思う。岩崎琢の言葉を借りるなら「キナ臭さと一触即発的なヤバさ」が宿った曲だ。

 ドライでエスニカルなサウンド、そして、ラップに仕込まれた違和感という「毒」。「シン・仮面ライダー」が必要とした音楽はそれだったのではないか、と筆者は考えている。
 そして、『ヨルムンガンド』を聴いたあと、全編岩崎琢の音楽による特撮ヒーロー作品も観てみたいなあと思うのだ。

ヨルムンガンド オリジナルサウンドトラック
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