小黒 この頃のお仕事に『新世紀エヴァンゲリオン』がありますね。
佐藤 お手伝いしていますね。
小黒 甚目喜一のペンネームで絵コンテを担当された。これは、佐藤さんにとっては大きい仕事ではないのですか。
佐藤 いや、大きいですね。こう言ってはなんですけど、庵野さんの作品に、自分が合うとはカケラも思っていなくて。一生接点がない人だろうと思っていた。
小黒 最初に庵野さんに会ったのが「アニメージュ」の座談会ですか(前出の「アニメージュ」1993年5月号の記事)。
佐藤 そうなんです。庵野さんが『セーラームーン』をお好きということで座談会を組んでいただいたことがあって。
小黒 僕が企画した記事だと思います。
佐藤 お世話になっています(笑)。それで、お好きならばということで、原画や絵コンテをやっていただいたりしました。でも、庵野さんが作っておられる作品、例えば、『王立宇宙軍』みたいな作品に、自分の居場所があるとはとても思えず。「逆はないな」と感じていたんですね。
小黒 なるほど。
佐藤 庵野さんが原画描いたのは、レンジみたいなものでダイモーンの卵を生成するところです(編注:103話「やって来たちっちゃな美少女戦士」)。多分、あの辺のシステムのデザインも込みでやっていて、『エヴァンゲリオン』ぽいテイストを感じますね。あとは、ウラヌス、ネプチューンの変身バンクの絵コンテを、やっていただいているかと思います。
小黒 話を戻すと、庵野さんの作品に関わることはないだろうと思っていたんですね。
佐藤 『エヴァンゲリオン』っていうの作ってるんだよって聞いた時には、「ああ、関係ないだろうな」って思っていましたね(笑)。
小黒 『エヴァンゲリオン』は、どういうかたちでオーダーがあったんですか。
佐藤 話を頂いたのは大月(俊倫)さんからだったかなあ。こういうものは貸し借りなので、『セーラームーン』の原画とかをやってもらった以上、やらないっていう選択肢はなかったですよね。それで引き受けることして、打ち合わせに行ったという流れだったと思います。
小黒 どんな打ち合わせだったんですか。
佐藤 どんなだったかなあ。結構身構えて行った気がするんですけど。最初に企画書をもらって、そこに各話がどんな内容なのかざっくり書いてあって、シリーズ中盤に全編ラブコメのデート話があったんですよ。それで「あ。そっちね!」と思って少し気が楽になったり。
小黒 ハハハ(笑)。
佐藤 だから、最初にやった第伍話(「レイ、心のむこうに」)で上げたのが、少し笑いにシフトしたコンテだったんです。カップラーメンにカレー入れて食べる辺りにテイストが残ってますけどね(笑)。
小黒 やわらかい感じだったんですね。
佐藤 そうですね。「笑ってください」という感じのコンテを持って行ったんですけど、「違う。こうではない」と。「もっとATG(日本アート・シアター・ギルド)な匂いなんです」と言われて、「勘違いしてました」と直したんですね(笑)。
小黒 それで、シンジがレイを押し倒した時の目のアップとか、レイの部屋の乾いた感じになるわけですね。
佐藤 そうなんです。シンジが、綾波に見つかってアタフタするところを、最初は松本零士がやる「わたわた」のような感じのコンテにしてたけど。
小黒 ああ、それは違う(笑)。
佐藤 そういうんじゃなかった。松本零士パロが効かなかった(笑)。
小黒 でも、ミサトがカップラーメンにカレーを入れるのは、OKだったんですね。
佐藤 そこは何故か(笑)。それまでダメにしちゃ可哀想だろうっていうことで残してくれたのかもしれないけど、OKにしてくれましたね。
小黒 なるほど。
佐藤 あの辺は探り探りやってますね。
小黒 シンジがエントリープラグの中にいて、ゲンドウと綾波が話してるのを見ていると、綾波が凄く可愛くピョンと飛び降りて。
佐藤 ピョンとね。
小黒 そして、ゲンドウがにこやかに話をしてるんです。
佐藤 (笑)。
小黒 あれ、今振り返るとNGですよね。
佐藤 まあね。今考えれば「そうじゃあない」(笑)。
小黒 でも、あの「ピョン」がいいんですよ。ピョンが(笑)。
佐藤 そうですね。必要かなと思ってやったけど、今思うと違ったな。
小黒 あれは、シンジの目には、そう見えていたということですよ。
佐藤 そう見えたんですよね。心理描写(笑)。
小黒 心理描写として解釈したい。
佐藤 そうに違いない。エントリープラグが見せた幻である。
小黒 で、佐藤さんはその後も、『エヴァンゲリオン』のリアル回担当として、4回コンテを描くわけですね。
佐藤 ですね。ロボットの出ない回ですね。
小黒 何か印象的なことはありますか。
佐藤 印象的なこと……。ちょっと気合が入った日常担当なので、細かな芝居を入れたくなるんですけど、庵野さんから「ちょっと枚数がかかりすぎるので」と言われて(笑)。「そういうことも考えるんだな」っていうのは思いましたね。やりたいようにガンガンやってるわけではなくって、全体の予算とか、フロー管理を含めてやるスタイルなんだな、とその辺で知ったりとかね。
小黒 最初に第伍話を描いて、次に第四話「雨、逃げ出した後」をやるわけですね。
佐藤 はい。
小黒 第四話の最後、シンジとミサトが無言で見つめあうところは、庵野さんが秒数を足したんでしたね。
佐藤 足してますね。
小黒 佐藤さんは何秒ぐらいにしたんですか。
佐藤 どうでしょうね、あれ。最終的に60秒でしたか。
小黒 絵コンテだと60秒になっていますね(編注:絵コンテでは60秒。それが実際の映像では約50秒になっている)。
佐藤 多分ね、今考えても自分で勇気を持ってできるのは、30秒がいいとこじゃないですか。20秒でも、勇気を振り絞ると思います。(ここまでだと思って)ストップウォッチを押しても、「え、まだ13秒?」ぐらいの感じだと思いますね(笑)。
小黒 第拾伍話「嘘と沈黙」の、結婚式の場面で「3つの袋が」と言ったり、「てんとう虫のサンバ」を歌ったりを一瞬だけ見せる辺りもいいですね。あの切り取り方が素晴らしかったです。
佐藤 あの辺は、それが『エヴァンゲリオン』のテイストだと思ってやってると思います。ブツッと切ってくというか。
小黒 長く撮ったものを、編集したような。
佐藤 そんな感じ、そんな感じ。
小黒 第拾伍話のコンテは夜道のシーンで加持がミサトを引き寄せて口づけをし、その後で、ミサトが手を回すのか回さないのか、クエスチョンのままコンテが終わってるんですよね。
佐藤 はい。庵野さんによる「熟考します」というおまけが付いてた(笑)(編注:佐藤さんの「この時 ミサトの手は垂れさがったままか 加持の背に回しているか⋯⋯どっちだ?」というト書きに対して「これは熟考します」というコメントが付けられている)。
小黒 (笑)。
佐藤 完成した映像だと手を回しかけて、下ろすっていう流れになってる。
小黒 そして、佐藤さんの持ち味が恐らく最大に発揮されたのは第弐拾壱話「ネルフ、誕生」ですが、覚えていらっしゃいますか。
佐藤 覚えてます。いやーな回でしょ。リツコの母とかのいやーな感じが出る回ね。
小黒 あと、ユイが出ますね。ユイの出番は大半がこの回です。
佐藤 ああ、冬月とユイの回だ。
小黒 最初にユイが登場した場面のコンテが素晴らしいんですよね。数カットしかないのに、冬月が彼女を好きになったのが分かる。ユイを見つめる冬月のカットの「魅かれたか⋯」というト書きがいい。
佐藤 そうそう。教授と生徒の関係でありながらね。深読みが、どんどんできるシナリオだったので(笑)、思わせぶりな描写をいっぱい入れています。時系列としては後ろで、ユイと冬月が話をしている場面がありましたよね。シンジが生まれてて、子守りかなんかしてるのかな。なので、乳が張ってるんですよ。
小黒 冬月がユイの胸元を見る場面ですね。場所は芦ノ湖畔です。
佐藤 うんうん、若干無防備な感じの胸が見えるみたいなとこね。
小黒 ユイが子供を産んで無防備になったことで、冬月は嫌悪感を感じているんですね(編注:絵コンテのト書きには「嫌悪をあまり露わにせず」とある)。佐藤順一、絶好調ですよ。
佐藤 いやいや、ちょっと待って(笑)。言うたら、心理的には寝取られですからね。あそこは自分でも割と好きなところなんですよ。色々と業(ごう)が見えて、好きです。
小黒 芦ノ湖畔のシーンのコンテは、第弐拾壱話の時に描いてるんですか。
佐藤 そうだと思いますね。
小黒 つまり、オンエアの時にはカットされて、その後に追加されたということですね。
佐藤 え、本当? オンエアの時は違うんですか。
小黒 オンエアの時にはなかったんですよ。あのシーンは『DEATH』が初出で、ビデオフォーマット版から第弐拾壱話に入っています(編注:現行の単品DVDでは「ビデオフォーマット版」の第弐拾壱話にそのシーンが入っている。配信されている第弐拾壱話は「オンエアフォーマット版」であるため入っていない)。ビデオフォーマット版用に改めてコンテを描いた可能性もありますよ。
佐藤 あ、そうなんですね。記憶は曖昧だけど、最初のTV放映版のために描いたんじゃないかなあ。
小黒 第弐拾壱話ぐらいになると、庵野さんから演出的にこうしてほしいというオーダーはあまり出ていないんですね。
佐藤 そうですね。南極に行く観測船のつくりが全然分からなかったので、その説明はしてもらったような気がしますけど。
小黒 劇場版はいかがでしたか。絵コンテを担当されたのは『まごころを、君に』(劇場・1997年)のシンジとアスカの室内でのシーンですよね。
佐藤 言い争いをして、コーヒーをこぼしたりするところですね。
小黒 そうです。シンジとアスカがテーブルの周りを回るところで、足元まで入れてたカットから連続した芝居で3回もアングルを変えているのが大変だったと、そのシーンの作画監督を担当した平松(禎史)さんが言っていました(編注:「アニメスタイル013」の『さよならの朝に約束の花をかざろう』特集の取材記事)。
佐藤 そうでしょうね。大変なことをやりたい時期でしたね(苦笑)。でも、その頃になると打ち合わせをしつつも、「何をどう求められたのかな」って思いながら探り探りやった記憶がありますね。
小黒 なるほど。
佐藤 劇場版だと「こういうことやってみようかな」というモチベーションよりも、「間違わないようにちゃんとやんなきゃいけないな」といった気持ちのほうが強かったかもしれない。
小黒 『エヴァンゲリオン』全体としての印象は、どうでしたか。
佐藤 『エヴァンゲリオン』全体としてかあ……。自分がこういうモノを作ることはないと思っていた作品ですよね。あとは「作られ方」や「現場の在り方」が印象に残ってますよね。誰かがそう言っているのを直接聞いたわけではないんだけど、「この『エヴァンゲリオン』で、俺らが庵野秀明を盛り上げていくぞ」というモチベーションが現場にあると感じていたんです。そんな現場は東映にはなかったし、聞いたこともなかった。それが新鮮でしたね。そういう目標で団結していたのも興味深かったし、そういう現場って強いよなと思いました。それは、作ろうかと思って作れるものでもないので、人徳がそうさせるんだなあとも思ったり。
小黒 では、第2回のインタビューはこのぐらいで。次の取材は『セーラームーンSuperS』から『プリンセスチュチュ』辺りまでですね。
佐藤 まだまだ長い道のりですね。よろしくお願いします。
●佐藤順一の昔から今まで (16)子育てとアシカ曲芸のゴムマリオくん に続く
●イントロダクション&目次
編集長・小黒祐一郎の日記です。
2020年12月20日(日)
ワイフとIKE・SUNPARKのファーマーズマーケットに。雑司ヶ谷を少し歩いて、お洒落パン屋とお洒落コーヒー店で買い物をして、それを南池袋公園で食べる。実に日曜日らしい日曜日。その後は事務所でデスクワーク、駅前の喫茶店で打ち合わせ、事務所に戻ってデスクワークと、あまり日曜っぽくはなかった。取材の予習で『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』『機動戦士ガンダムNT』を配信で観る。
2020年12月21日(月)
新文芸坐の正月興行「黒澤明生誕111年 三船敏郎生誕101年 銀幕に甦れ! 黒澤&三船 日本映画最高のコンビ〈東宝編〉」のチケットをネットで購入。今回のプログラムのチケットは全席指定制だ。ワイフと行く分を含めて4つのプログラムを購入した。4つとも行けるかな。「この人に話を聞きたい」取材の予習は続く。
2020年12月22日(火)
この日の仕事は取材の予習、零細企業の社長らしい作業、それから、編集長っぽい仕事。夕方は吉松さん、ワイフと食事。がっつり食べる。
2020年12月23日(水)
年末らしく、用事が山盛り。打ち合わせの前に、上石神井から井荻まで散歩。このルートを歩くのは久しぶりで新鮮だった。井荻のスタジオで打ち合わせ。取材の予習で『ソードアート・オンライン アリシゼーション』を視聴。前にも観ているが、ふた回り目のほうが面白い。進行中の書籍の数を数えたら、14タイトルもあった。
2020年12月24日(木)
旭プロダクションで「この人に話を聞きたい」の取材。第210回は撮影監督の脇顯太朗さんだ。面白い取材になった。取材内容を大きく分けると「脇さん個人の話」「仕事歴」「脇さんのアニメーションについての考え」であり、原稿にする上で色々なまとめ方が考えられる。まとめがいのあるインタビューともいえる。年内の取材はこれにて終了。
2020年12月25日(金)
散歩は毎日続けている。今日は仕事の合間に池袋から東中野まで歩いた。その後で中野で開催されている「1980年の世界」というイベントを見に行った。1980年の雑誌等を展示するという企画で、展示を見ている間、既に存在しない自分の実家に帰ったような気分だった。ワイフから、クリスマスプレゼントで手編みのニット帽とマフラーをもらった。今年もワイフは沢山のニット帽を作ってくれて、合計で6つのニット帽をもらった。
「あれとこれのテープ起こしが年内に間に合わないなら、正月休みはあの原稿を進めよう」と思ったけれど、いやいや、自分から正月の仕事を増やすことはないだろうと考え直す。
2020年12月26日(土)
午前中は新文芸坐で「ペイン・アンド・グローリー」(2019・スペイン/113分/DCP/R15+)を鑑賞。ワイフの希望で、どんな内容かまるで知らないで観たのだけど、かなりよかった。映像と語り口がよく、映画として満足感が高かった。落ち着いたこの映画にしては演出がオーバーな部分があって、そこで苦笑したのだけれど、最後まで見るとその演出がおかしくなかったことが分かるという仕掛けがあり、それも面白かった。
昼飯とデスクワークをはさんで、また、新文芸坐に。花俟さんとアニメスタイルのオールナイトについて打ち合わせ。夕方はグランドシネマサンシャインで『ジョゼと虎と魚たち』を観る。自分は実写映画版が好きだったので、色々と面食らうこともあったけれど、若い観客に向けて作るならこれもありだろうと思う。画面構成がよかった。画面設計の役職で川元利浩さんがクレジットされていたが、どこからどこまでが川元さんの仕事なのかが気になる(後日追記。ジョゼの部屋と恒夫のバイト先は3DCG。その部分も川元さんがチェックはしているが、レイアウトを描いたのは他のシーンだそうだ)。
夜は新文芸坐で「新文芸坐×アニメスタイル セレクションVol. 128 湯浅政明のセカイ」を開催。今日は映画鑑賞、打ち合わせ、トークの聞き手で三度も新文芸坐に行った。湯浅さんと顔を合わせるのは久しぶり。『MIND GAME』の頃にアニメスタイルが作った湯浅さんイラストの缶バッジが湯浅さんの手元にないと聞いたので、事務所にあった分をひとつ差し上げた。オールナイトの入りは7~8割。今回も作品初見の方が多かった。『MIND GAME』は6割くらい、『夜明け告げるルーのうた』と『夜は短し歩けよ乙女』は3割くらいが初見だったはず。トークで湯浅さんが「これからアニメ界を去るかもしれないが、また戻ってくると思う」と言っていたのが印象的だ。
編集長・小黒祐一郎の日記です。
2020年12月13日(日)
仕事の合間に、TOHOシネマズ池袋で『劇場版 Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット- 前編』を鑑賞。黄瀬和哉さんがキャラデザイン(共同)、絵コンテ(共同)、演出(共同)、作画監督(共同)、総作画監督(単独)を兼任していたのがトピックスのひとつ。夕方から吉松さんとSkype飲み。飲みと言いつつ、禁酒中なのでノンアルコールビールで。
2020年12月14日(月)
ワイフとグランドシネマサンシャインで『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』を【IMAXレーザーGT】で観る。ワイフはこれが初見。自分は二度目の鑑賞だった。公開が始まった頃に『鬼滅の刃』のIMAXが、フルサイズIMAXだという発言をSNSで見かけて、ずっと気になっていた。それを確認するのも今回の目的だった。結論から言うと、画面比率は通常上映と同じ16:9だった。考えてみたら当然なんだけど、確認できてよかった。
改めて『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』を観て思ったのは、娯楽作としてよくできているということ。盛り上げるべきところをしっかりと盛り上げている。個々のシーンや描写に充分な尺をとっていて、物足りなさを感じさせない。それから、煉獄杏寿郎というキャラクターは1980年代や90年代のマンガやアニメでは(ひょっとしたら1970年代のマンガやアニメでも)パロディの対象になったタイプだと思う。つまり、マジメであり、正論を口にし、それを実行しようとするタイプ。そういうキャラクターは何時の頃からか、茶化される対象になっていた。時代がひとまわりして、そういったタイプが「好ましい存在」になったということかもしれない。
「週刊少年ジャンプ」で「チェンソーマン」が完結。少年マンガとしては衝撃的な終わり方だったが、もっと残酷な結末を迎えるかとも思っていた。僕が「チェンソーマン」がもっと続くだろうと予想していたのは、主人公のデンジにはまだ「吐き出すこと」があるだろうと思っていたからだ。連載終了と共に第2部が「少年ジャンプ+」で連載されることが発表されたが、僕が望む展開になるかどうかは分からない。とにかく、ここまで充分に楽しませていただいた。
2020年12月15日(火)
としまみどりの防災公園(IKE・SUNPARK)のEAT GOOD PLACEで、ワイフと朝食。最近開店したばかりの店だ。秋まで続けていた早朝散歩で、工事中の建物を見ながら、どんな店になるのか、よくワイフと話しあっていた。料理は美味しいし、店は広くて綺麗。観光地にある店みたいだ。いや、遠方から来た人にとっては、ここは観光地なんだろうけど。
もうひとつ、外食の話題。SNSで池袋の松屋の三軒が閉店することを知る。少しばかりショックだ。事務所の近くの吉野屋も最近、閉店した。
2020年12月16日(水)
15日(火)と16日(水)は「川元利浩アニメーション画集」のコメントのための、川元さんへの取材。長いインタビューになるのは分かっていたので、最初から2日かけてやるプランだった。
2020年12月17日(木)
仕事の合間に、新文芸坐で「アルプススタンドのはしの方」(2020/75分/DCP)を観る。「”主人公”じゃない青春だから愛おしい のぼる小寺さん | アルプススタンドのはしの方」の1本。高校野球の応援に来た学生達の物語で、カメラは客席のみを撮り、試合をやっている選手は映さないというコンセプトの作品だ。後で知ったのだけど、戯曲を映像化したものなのだそうだ。確かに舞台でできる内容であるのだが、映画ならではの臨場感を感じる場面があった。
2020年12月18日(金)
「佐藤順一の昔から今まで」の取材の予習で『ストレンジドーン』『ゲートキーパーズ』『ゲゲゲの鬼太郎 おばけナイター』『スレイヤーズぷれみあむ』『地獄堂霊界通信』等を視聴。『地獄堂霊界通信』はこんなこともあろうかとDVDを購入していたのだけれど、ネット配信にあったので配信で観た。13時から取材スタート。今回の取材は『美少女戦士セーラームーンSuperS』の話題から。今日の取材分が世に出るのは早くて来年の2月だ(と、この時には思ったけれど、早くて3月末になりそうだ)。
2020年12月19日(土)
「杉並マンガアニメ祭」のトークイベントで、吉松さんの聞き手を務める。トークは吉松さんの学生時代から現在までを振り返るというもので、僕が気にしたのは時間内に話をおさめることぐらい。後半は展開を早くして『宇宙よりも遠い場所』まで辿り着いた。その後、吉松さん、ワイフと西荻窪に移動して無期休業直前のササユリカフェに顔を出す。イベントの打ち上げで、近くの魚料理の店で飲んで食べる。
腹巻猫です。楽しみにしていた「向田邦子没後40年特別イベント 風のコンサート」が無観客開催となり、2月27日から動画配信されました。さっそくチケットを買って鑑賞。バイオリン、チェロ、ピアノだけの編成ながら、みごとなアレンジと演奏に感動しました。オリジナルの劇音楽は小林亜星作曲の「過ぎ去りし日々」(「向田邦子新春スペシャル」テーマ曲)だけですが、純粋にコンサートとして聴きごたえがあります。3月10日までの配信なので、興味のある方はお早めにどうぞ。
向田邦子没後40年特別イベント
https://members.tvuch.com/member/mukoda/
最近気になっている作曲家の一人が得田真裕である。
2018年のTVドラマ「アンナチュラル」、2020年のTVドラマ「MIU404」。この2作の音楽を手がけたのが得田真裕だった。「アンナチュラル」ではブルガリアンボイス、「MIU404」ではイーリアンパイプスやティンホイッスルなど、現代の日本を舞台にしたドラマなのにヨーロッパの民族音楽を取り入れた音楽がユニークで、「ん、なんだこの音楽?」と思わせる。それが奇をてらったわけではなく、ドラマのテーマに沿っているのだから感心する。
得田真裕は1984年生まれ、鹿児島県出身。幼い頃からピアノを習い、少年時代にはバンドでギターを弾いていた。長崎大学教育学部芸術文化コースに進学し、在学中に作曲家になることを意識する。卒業後、神戸のゲーム会社を経て上京。数々の映像音楽を手がける作曲家・菅野祐悟に師事し、映像音楽の作り方を現場で学んだ。
これまで手がけた作品は、TVドラマ「花咲舞が黙ってない」(2014/菅野祐悟と共作)、「家売るオンナ」(2016)、「女の勲章」(2017)、「監察医 朝顔」(2019)、劇場作品「約束のネバーランド」(2020)など。今やゴールデンタイムのTVドラマを多く手がける売れっ子作曲家の一人だ。
アニメ作品は『戦国BASARA Judge End』(2014)、『重神機パンドーラ』(2018/眞鍋昭大と共作)、『キングスレイド 意志を継ぐものたち』(2020)、『デカダンス』(2020)くらいで、まだ数は少ないが、これからアニメでも売れっ子になっていくに違いない。
そんな得田真裕の作品から、今回は『デカダンス』の音楽を聴いてみよう。
『デカダンス』は2020年7月から9月まで放送されたTVアニメ。
環境破壊と文明の崩壊が進んだ未来の地球。絶滅寸前の人類は、移動要塞「デカダンス」の内部に住み、荒野をさまよっていた。地上にはガドルと呼ばれる怪物が生息し、人間やデカダンスを襲ってくる。
幼い頃にガドルに襲われて父と右腕をなくした少女ナツメは、成長してガドルと戦う戦士グループ「かの力」の一員になることを希望する。が、願いはかなわず、デカダンスの外壁を保守する装甲修理人として働くことに。不愛想なベテラン修理人カブラギの下で働き始めたナツメは、カブラギがかつてスゴ腕の戦士だったことを知り、自分にガドルとの戦い方を教えてくれと頼みこむ。しかし、カブラギはナツメに知られてはならない秘密を持っていた。
文明崩壊後の世界を舞台にしたSFアクションもの……かと思いきや、サイバーSFの要素が入った、ひねりの効いた作品である。人間の世界とサイボーグの世界、ふたつの世界で物語が進み、しだいにふたつの世界が密接にからんでくる。
得田真裕の音楽も、人間の世界とサイボーグの世界、ふたつの世界をテーマに書かれている。さらに、ナツメとカブラギの心情に寄せた音楽も柱のひとつになった。テーマごとにサウンドの異なる音楽がひとつの作品の中で共存しているのが本作の特徴である。それぞれのテーマを表現するサウンドに得田真裕らしい工夫がこらされている。
本作のサウンドトラック・アルバムは2020年10月にKADOKAWAから発売された。2枚組45曲入り。主題歌は収録されていない。
2枚組のうち、ディスク1は物語の舞台を表現する音楽や日常シーンの音楽、心情曲などを中心にした内容、ディスク2はサスペンス曲やバトル曲を中心にした内容だ。いわば、ディスク1が「ナツメ修行篇」、ディスク2が「激闘篇」とでもいうべき構成。ディスク2のほうがSFアニメらしい派手な曲が多いが、得田真裕らしさが感じられる面白い曲が多いのはディスク1だと思う。
ディスク1を聴いてみよう。収録内容は以下のとおり。
- The other side
- The other side -floating mix-
- DECA-DENCE
- Solid Quake
- Crack down
- Prison of despair
- Hope for the future
- Tankers’ dwelling
- Rapid progress
- Peaceful days
- Crazy Creepy
- Smug emotion
- Like dystopia
- Strategic method
- A ray of light
- First trigger
- First trigger -Natsume’s determination mix-
- Noise of insecurity
- Anarchistic real
- Ambivalent emotion
- Breaking trust
- Deadend
- Well done!
1、2曲目の「The other side」と「The other side -floating mix-」はサイボーグの世界に流れるテクノポップ風の曲。80年代のゲームミュージックを思わせるが、アタック感を抑えたサウンドでやわらかい雰囲気に仕上げている。耳にやさしいテクノ、とでも呼びたくなる音楽である。
同じテクノサウンドでも、トラック4〜6の「Solid Quake」「Crack down」「Prison of despair」になると、ディストピアを思わせるノイジーなサウンドになる。トラック1から6までの流れは、アニメ本編を最後まで観てから聴くと「そういうことか」と思わせるうまい構成だ。
トラック3の「DECA-DENCE」は本作のメインテーマではなく、劇中に登場するゲーム「DECA-DENCE」のテーマ音楽。作品としての「デカダンス」のメインテーマはディスク2に収録された「DECA-DENCE’s Spear」という曲で、バトルシーンなどに使われた壮大な音楽である。
筆者が特に面白いと思った曲は、トラック9「Rapid progress」とトラック10「Peaceful days」。イーリアンパイプスやティンホイッスルなどを使ったケルトミュージック風の曲だ。第1話でナツメが甲板修理を始める場面に「Rapid progress」が流れたときは、「おおっ」と身を乗り出してしまった。
話がそれるが、サントラのミュージシャンクレジットを見るのが筆者の愉しみのひとつである。どんな楽器を誰が演奏しているかわかるからだ。楽器編成を知ることは音楽を読み解く手がかりになる。
『デカダンス』の音楽では、一般的なオーケストラ楽器に加え、アイリッシュフルート、アイリッシュホイッスル(ティンホイッスル)、イーリアンパイプス、フィドルといったアイルランド(ケルト)の民族楽器が使われている。人間の世界を表現する音楽にケルトミュージックが取り入れられているのが、本作の音楽的工夫だ。
得田真裕のインタビューによると、サイボーグの世界との違いを際立たせるために、より原始的な音として民族楽器の使用を考えたのだという。
ケルト的な音楽はファンタジー作品でよく使われる。いにしえの音楽を思わせ、ときに神秘的でもあるサウンドが、ファンタジーの世界にマッチするのだ。しかし、ケルトミュージックには温かく、情熱的な一面もある。『デカダンス』の音楽には、その温かい面が生かされている。
トラック12の「Smug emotion」はユーモラスなシーンによく使われた曲だが、これも温かいタッチのケルト風の曲。こういう曲を生ギターとベース、ピアノ、パーカッションなどでポップに作ってもよいはずだが、ケルト音楽を持ってくる発想がユニークであり、物語の上での必然性もある。「うまいなあ」と思うところだ。
そして、音楽の3番目の柱である、ナツメとカブラギの心情に寄せた曲。
トラック16「First trigger」と「トラック17「First trigger -Natsume’s determination mix-」は、ナツメやカブラギが、それまでの自分を変えようと決意し、行動を始める場面に流れる曲だ。ピアノソロから始まり、ストリングスがそっと加わって、しだいに盛り上がっていく。後半は弦楽器が主旋律を受け持ち、心が解き放たれるような感動的な曲調に展開して終わる。ナツメやカブラギの心情の変化を音楽が巧みに表現している。
トラック18「Noise of insecurity」はアイリッシュフルートとフルートがメロディを奏でる淋しげな曲。第10話で自信を失ったナツメを「かの力」の女戦士クレナイが励ます場面に流れている。
同じ第10話でナツメが父の死の真相をカブラギから聴く場面に流れたトラック19「Anarchistic real」は、ピアノとストリングスによる悲しみの曲。第7話のラストでナツメとカブラギが夕焼けの中で語らう場面も忘れがたい。
こうした心情寄りの音楽は生楽器中心のオーソドックスなサウンドで書かれていて、ナツメやカブラギの心情がまっすぐに伝わってくる。ほかの曲とのバランスを考えると自然にこういう編成と曲調になるだろうと思ってしまうが、音楽作りには時間がかかったそうだ。
心情を描く音楽は、人間の世界とサイボーグの世界、どちらの世界にもフィットする音楽でなければいけない。音を慎重に選ぶ必要があった。結果、選んだのがピアノやフルートなどの、人間の息遣いや手の感触が感じられる楽器だった。人間の心情をストレートに描くには、古典的でシンプルな楽器編成と曲調がふさわしいということだろうか。
筆者が特に印象深い曲がトラック20の「Ambivalent emotion」である。ストリングスと生ギターとピアノによる抑えたタッチの心情曲で、思うままにならない悔しさや、やりきれなさが伝わってくる。第4話でカブラギが戦場に出ようとするナツメを止める場面など、もっぱらカブラギの心情を表現する曲として使われた。本作の主人公はナツメよりもカブラギであり、そういう意味でも重要な曲である。
カブラギの秘密に触れたナツメの衝撃をイメージさせる「Breaking trust」「Deadend」を挟んで、最後のトラック23は「Well done!」。第4話で「かの力」の一員になることができたナツメのよろこびを表現する曲として使用された。明るく希望にあふれた曲調でディスク1を気持ちよく締めくくる。
物語は後半に入って波乱の展開になるが、それはディスク2で。ディスク2では、勢いのあるカッコいいバトル曲を聴くことができる。
「デカダンス」のサウンドトラック・アルバムは、ディスク1とディスク2で味わいの異なる、2度おいしいアルバムである。いや、サイボーグ世界、人間世界、心情ドラマの3本柱で作られた音楽は、1アルバムで3度おいしいと言うべきだろう。