第92回 映画音楽的とはなんだろう 〜地球へ…〜

 腹巻猫です。1986年に放送されたTVアニメ『Bugってハニー』の放送30周年記念プロジェクトが進行中です。11月5日には劇場版『Bugってハニー メガロム少女舞4622』の上映と主題歌を歌った高橋名人とうちやえゆか(はるな友香)によるトークショーを行うイベントをテアトル新宿で開催。11月21日には初のオリジナル・サウンドトラックCDと新録主題歌カバーCDをリリース。12月5日からはTOKYO MXで再放映がスタートします。
 30周年記念プロジェクトの一環ではありませんが、11月20日(日)に阿佐ヶ谷ロフトでサントラ発売記念トークライブを開催します。発売元のレーベル「東京ムービーレコード」にフォーカスしたマニアックなイベントですが、興味のある方はぜひどうぞ! 詳細は下記を参照ください。

『Bugってハニー』サントラ発売記念トークライブ 〜東京ムービーレコードの逆襲!〜
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/51789


 前回、『1000年女王』の音楽について「劇場用音楽らしくない」と書いた。逆に劇場用作品らしい音楽とはどんな音楽だろうと考えてみた。

 そこで思い至ったのが佐藤勝である。
 佐藤勝は生涯に300本を超える劇場作品の音楽を書いた。300本の中にTVドラマやイベント用音楽等は含まれていないから、作品数で言えばもっと多くの曲を書いている。黒澤明、岡本喜八、五社英雄、山本薩夫ら、そうそうたる顔ぶれの監督たちとともに日本の映画史を築いてきた、日本を代表する映画音楽作家である。
 1950〜60年代には、音楽活動の主軸を純音楽(現代音楽)に置き、生計の手段として劇場用作品の音楽を書く作曲家も多かった。そんな時代から、佐藤勝は劇場用作品一筋で仕事をしてきた。劇場作品における音楽のあり方に対して「映画音楽のプロ」と呼ぶにふさわしいこだわりと筋の通った考え方を持っていた。「映画音楽」を語る上で佐藤勝の楽曲にまさるお手本はない。
 佐藤勝は劇場アニメの音楽を2本しか書いていない。『地球へ…』(1980)と『シュンマオ物語タオタオ』(1981)である。自身は「アニメーションの音楽は自分には向かない」と語っていた。
 しかし、だからこそと言うべきか、にもかかわらずと言うべきか、『地球へ…』の音楽はみごとな仕上がりである。アニメ、実写という違いを越えて、「映画音楽」の神髄を感じさせる。
 今回は『地球へ…』の音楽を取り上げよう。

 『地球へ…』は1980年4月に公開された劇場アニメ。竹宮恵子の同名マンガを恩地日出夫の脚本・監督でアニメ化した。アニメーション制作は東映動画(現・東映アニメーション)が担当した。
 環境破壊によって荒廃した地球を再生するために人類が宇宙へと植民した未来。コンピュータに管理される人類と超能力を持って生まれた新人類=ミュウとの対立を雄大なスケールで描くSF作品である。
 監督の恩地日出夫は「あこがれ」「伊豆の踊子」などの青春劇場作品や「傷だらけの天使」などのTVドラマを手がけた実写の演出家。劇場アニメの演出はこれが初めてだった。『地球へ…』では、カットを割らない長回しやキャラクターの移動に合わせたカメラのパン、フォローなど、実写と同じ手法を多用して、あえてアニメっぽくない画作りを行っている。
 音楽の佐藤勝は、恩地日出夫が「演出家の意をくみとれる人」ということで指名した。意外にも、監督と作曲家としての顔合わせはこれが初めてだった。
 佐藤勝は1928年、北海道出身。子どもの頃からの劇場作品好きで、国立音楽大学卒業後、映画音楽作家を志して「七人の侍」などで知られる早坂文雄の門をたたく。41歳で急逝した早坂の跡を継いで黒澤明監督の「生きものの記録」(1955)の音楽を完成させ、以降、「蜘蛛巣城」(1957)から「赤ひげ」(1965)まで、黒澤作品になくてはならない作曲家として活躍した。
 「幸福の黄色いハンカチ」などの人間ドラマから「斬る」などの時代劇、「100発100中」などのアクションもの、戦争もの、恋愛もの、喜劇、文芸作品、「ゴジラの逆襲」「日本沈没」などのSF特撮ものまで、あらゆるジャンルの劇場作品を手がけた。90年代は自作をオーケストラで演奏するコンサートをたびたび開催し、映画音楽文化の普及にも心を砕いた。現在は自作のコンサートやライブを行う映像音楽作曲家も多いが、その先鞭をつけたのは佐藤勝だったかもしれない。1999年、71歳で逝去。
 『地球へ…』の音楽は総勢58人のオーケストラで録音されている。生楽器中心のシンフォニック・サウンドだが、SF的な音の味つけとして一部にシンセサイザーも使われた。当時、佐藤勝のアシスタントをしていた久石譲がシンセサイザー演奏で参加している。その音楽は「交響組曲 地球へ…」のタイトルでまとめられ、1980年4月にLPレコードとして発売された。初CD化は2003年9月。2007年7月には、新作TVアニメの放送に合わせて、「交響組曲」と劇場用音源(モノラル)を完全収録した2枚組CD「ETERNAL EDITION 2007 地球へ…」が発売された。
 今回は、比較的入手しやすい「交響組曲」版を紹介しよう。
 収録曲は以下のとおり。

  1. 地球へ… Coming Home To Terra(歌:ダ・カーポ)
  2. 遥かなる憧憬の地(M-2)
  3. 目覚めの日(M-3/M-4/M-5)
  4. 眠れる獅子…ミュウ(M-8/M-9の一部)
  5. 苦難への旅立ち(M-10)
  6. アタラクシアの若者達(M-16A/M-11の一部)
  7. 新しい生命の賛歌(M-14の一部/M-16/M-15)
  8. 宿命の二人(M-18/M-19)
  9. メンバーズ・エリート キース・アニアン(M-7/M-20/M-12)
  10. 燃える惑星ナスカ(M-21)
  11. 星の海の闘い(M-22)
  12. ジョミー・マーキス・シン(M-23)
  13. 友情の勝利(M-24/M-25)
  14. 愛の惑星(プラネット) All We Need Is Love(歌:ダ・カーポ)

 1曲目と14曲目がダ・カーポが歌う主題歌。
 トラック2〜13が佐藤勝が手がけた音楽である。演奏は劇場用音源と同一だが、本編はモノラル、アルバムはステレオMIXになっている。
 曲名のあとの括弧内はMナンバー。「交響組曲」版には表記されていないが「ETERNAL EDITION 2007」版の解説書に記載されている。番号が抜けているのは省かれた曲があるため。劇中の音楽の使用順はMナンバーと一致している。一部の曲順が入れ替わっているものの、ほぼ劇中使用順に沿って収録されていることがわかる。組曲としてもサントラとしても聴ける、うれしい構成である。
 アルバムでは1曲目に主題歌「地球へ… Coming Home To Terra」が置かれているが、本編でこの曲が流れるのは物語が3分の1ほど進んでから。5曲目の「苦難への旅立ち」に続いて1コーラスだけ流れる。歌自体は名曲だが、本編の中での使い方はやや唐突である。
 本編は、地底に潜むミュウの宇宙船の場面から始まる。現実音として流れる竪琴の音のほかに音楽はない。ミュウの指導者ソルジャー・ブルーの「地球(テラ)はあまりに遠すぎる」という台詞から、音楽が流れ始める。2曲目の「遥かなる憧憬の地」である。
 ソルジャー・ブルーと予知能力を持つ美少女フィシスとの会話で物語の背景が語られる。ブルーの苦悩と哀しみが描かれる場面だが、音楽は地球への憧憬を表現する美しい音楽が先行して流れ始める。このあと、フィシスの記憶の中にある地球の姿をブルーが見る場面になる。金管群がおおらかに歌う地球(テラ)のテーマが登場し、それに導かれるように「地球へ…」のメインタイトルが映し出される。
 このオープニングシークエンスからして、実に「映画的」だ。音楽は映像やキャラクターの心情をなぞるのではなく、作品がこれから語ろうとするテーマを奏でている。オープニングにふさわしい華やかさも備えた開幕にふさわしい音楽である。
 3曲目の「目覚めの日」はM-3、M-4、M-5の3曲から構成。平凡な少年として育ったジョミーが「目覚めの日」を迎える一連のシークエンスに流れた曲だ。「目覚めの日」とは14歳になった少年少女を管理社会に適合した人間に洗脳するための儀式である。
 M-3は「目覚めの日」の前日にジョミーが母親と会話する場面の曲。ジョミーよりも母親に寄って、ジョミーが見た夢の話を気にかける母親の不安な心情が表現されている。
 続く母親と父親との会話の場面、ジョミーと学校の友人たちとのやりとりの場面には音楽はない。ジョミーの家にエスパー検査を行う検査官がやってくる場面からM-4が流れ始める。ここでもM-3と同様に母親の不安な心情が音楽で表現される。3曲目のM-5は、「目覚めの日」の儀式に向かうジョミーが母親に「もう会えないかも」と言って家を出る場面の曲。曲はジョミーを見送る母親に心情に寄り添い、不安からしだいに悲しみを帯びた愛情を表現する曲調に変わっていく。M-3、M-4、M-5は同じモチーフの変奏だが、曲想の重点がサスペンスから母子の愛情にシフトしていく音楽設計がみごとだ。
 母親の気持ちは映像だけではわかりづらい。この世界では、子どもは自然出産ではなくコンピュータに管理された人工授精によって生まれる。そして、無作為に選ばれた夫婦のもとに届けられる。ジョミーと両親との間に血のつながりはないのである。
 だから、もしかしたら母と子の間に愛情はないのかもしれない、という思いが観客の胸をよぎる。が、そんなことはない。温かい心の通い合いがあると音楽が語っている。もちろん、台詞で説明したり、エピソードを重ねることでもそれは表現できるが、くどくなったり、冗長になったりする。音楽は映像では語り切れない母子の情愛をさりげなく表現しているのだ。これが「映画音楽」である。
 5曲目の「苦難への旅立ち」はソルジャー・ブルーの死の場面に流れる曲。ミュウの仲間となったジョミーはソルジャー・ブルーの遺志を継いで、地球へ向けて出発することを提案する。ミュウたちが哀しみに暮れる沈痛な場面。が、音楽は悲しみに溺れることなく、オープニングにも流れた地球(テラ)のテーマを奏でている。静かな希望に満ちた曲が、世代交代と旅立ちの決意を表現している。
 ここでも、音楽は映像をなぞるのではなく、映像では描ききれない想いを伝えているのだ。
 こうした映像と音楽が相互に補完しあう演出は随所に見られる。
 8曲目の「宿命の二人」は、コンピュータによって作られた冷酷なメンバーズ・エリート=キース・アニアンがジョミーと対峙する場面の曲。ミュウを掃討しようとする人類の代表キースとミュウの代表ジョミーが2人きりで向き合う、緊迫感に富んだ場面だ。
 安易に緊迫感を強調する曲をつけてしまいそうな場面だが、音楽は終始おだやかな旋律を奏で続ける。2人の間に芽生える友情にも似た心情とキースの中に目覚めていく人間性を音楽が表現している。この曲は終盤、地球にたどりついたジョミーがキースとの会見に臨もうとする場面にもふたたび使われている。
 アルバムの終盤に登場する「星の海の闘い」は、ミュウと人類との宇宙戦シーンに流れる4分30秒に及ぶ曲。組曲の中でもハイライトと呼べる曲だ。
 音楽はミュウの側にも人類側にも寄ることなく、悲愴な戦いのようすを執拗に繰り返すリズムと暗いメロディで描写する。SFスペクタクル的なカタルシスはなく、争いの不毛さが心に残る場面になっている。
 ドラマのクライマックスは、12曲目「ジョミー・マーキス・シン」が流れる場面に訪れる。ジョミーとキースが会見し、真の敵であるコンピュータ=グランドマザーを倒して和解する場面。多くの犠牲をはらった末に、人類とミュウとの間に共存の道が開かれる。音楽はその希望を淡々とした抑えた曲調で奏でる。あからさまな希望の曲にならないのは、このあとにいまひとつ悲劇が待っているからだ。
 BGMパートを締めくくる「友情の勝利」は、グランドマザーに敵意を向けるキースにつけられた曲。そのメロディは、ミュウたちの憧憬の曲として使われていた地球(テラ)のモチーフの変形である。キースの人間性の目覚め、そして、人類もミュウも同じ心を持った人間であることを音楽が示唆している。

 「映画音楽は映像(映画)に従属するものではない」と佐藤勝は常々語っていた。
 悲しい場面に悲しい曲、走っている場面に軽快な曲。そんな安易な音楽を「漢字にルビを振るような音楽」と称して嫌った。TVドラマではそういう音楽を求められることが多いと嘆き、劇場作品の仕事にこだわった。アニメ音楽が自分には向かないと語ったのも、アニメでは、ときには漢字にルビを振るような音楽が必要とされることを知っていたからだろう。
 映像に合わせた音楽を「映画音楽的」と呼ぶことがある。が、それはすぐれた「映画音楽」の条件ではない。映画の中で音楽でしか果たせない役割を果たしている音楽こそが真に「映画音楽的」なのである。
 佐藤勝はTVドラマと劇場作品の音楽の違いについて、「画面の中で人が走れば走るような音楽を安易につけてしまうのがテレビで、なぜ走らねばならないか?とそこから考えて作られるのが映画の音楽だ」と語っている。
 すべてのTVドラマの音楽がそうだとは限らないし、ときにはそういう音楽が効果的なこともある。それでも、この言葉は映像と音楽の関係を考える上でとても深い意味を持ったものとして、筆者の指針となっている。
 佐藤勝は劇場作品と音楽について、まだまだ多くのことを語っている。
 音楽がついている場面と同じくらい音楽のついていない場面が大事だという発言や、「映画音楽」は前後のつながりが大事なので1曲だけ取り出して聴いても本来のよさはわからないという発言など、考えさせられる言葉は多い。その言葉は、2冊の著書=『音のない映画館』(立風書房)と『300/40 その画・音・人』(キネマ旬報社)にまとめられている。古書で比較的容易に手に入るので、映像音楽に関心がある方は、ぜひ手に取っていただきたい。

交響組曲 地球へ…

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音のない映画館

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300/40 その画・音・人

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90 『映画 聲の形』を二度観た

 劇場で『映画 聲の形』を二度観た。最初の鑑賞では作品を受け止めきれなかったのだ。受け止めきれなかったのは、自分勝手に「こういった作品だろう」と思い込んで観たせいだったかもしれない。聴覚障害者やいじめをモチーフにした作品だと知ってから劇場に足を運んだのだが、決してそれだけの映画ではなかった。

 物語を通してひとつのメッセージを伝える作品だと思った。ラストシーンで、カタルシスと共にそれを観客に伝えている。メッセージは普遍的なもので、『映画 聲の形』を観て救われた気持ちになった観客もいた事だろう。
 タイトルロゴに「映画」という単語が入っているが、確かにこの作品は「映画」だった。

 最初の鑑賞で物語の流れは掴めていた。だから、二度目は演出、話の運び方、画作り等に注意して観た。そうやって観て、バランスに気をつけて作られた作品である事が分かった。過剰にドラマチックにしない。必要以上に泣かせる事もしない。繊細な手つきで丁寧にドラマを積み重ねている。だからこそ、ラストが活きているし「映画」としてきれいにまとまっている。

 バランスをとっているのは物語の構成、話の運び方だけではない。音響演出、カット割り、画作りに関してもそうだ。様々なパートが同じ方向を向いて、ひとつのテイストを形作っている。個々のカットの構図に関しては、世界の切り取り方で登場人物と登場人物の距離感を出している。そのあたりも面白い。

 作画に関しても見どころが多いが、「手話の部分だけが過剰に動く」ようなかたちになっていないところが凄い。通常の芝居の一部として、なおかつしっかりと、登場人物が手話をやっている。この作品は芝居が基本的に丁寧であり、動きをきっちりと設計しているから、手話の部分が浮いていないという事なのだろう。

 他にも映像面で感心する点がいくつもあった。山田尚子監督の手腕だけでなく、京都アニメーションの総合力も素晴らしい。

 演出家・山田尚子のファンとして、もう少し言わせてもらえば、僕は彼女に色んなタイプの作品を作ってもらいたいと思っていた。その願いが『映画 聲の形』である程度叶った。次回作ではさらに違ったタイプの作品に挑んで欲しい。

●サムシング吉松のコラムinコラム

●今日のオマケ

[関連リンク]
映画『聲の形』公式サイト
http://koenokatachi-movie.com

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第123回アニメスタイルイベント
アニメ様とサムシング吉松の酔っ払いトークPART6 てんちょさんと『フリクリ』を語ろう

 「アニメ様とサムシング吉松の酔っ払いトーク」はアニメスタイル編集長の小黒祐一郎と、アニメーター&マンガ家のサムシング吉松がアニメについてざっくばらんに語るトークイベントだ。

 2016年11月16日(水)夜に開催する「PART6」のメインテーマは、新Blu-ray BOXの発売も間近の『フリクリ』。ガイナックスの佐藤裕紀(『フリクリ』プロデューサー)にゲストとして参加していただき、色々と語っていただく予定だ。

 会場はお馴染み阿佐ヶ谷ロフトA。前売りチケットは10月22日(土)から発売となる。前売りチケットについて詳しくは以下にリンクした阿佐ヶ谷ロフトAのサイトで確認してもらいたい。なお、今回のイベントでも、その一部を「アニメスタイルチャンネル」で配信する予定だ。

アニメスタイルチャンネル
http://ch.nicovideo.jp/animestyle

阿佐ヶ谷ロフトA
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/51665

第123回アニメスタイルイベント
アニメ様とサムシング吉松の酔っ払いトークPART6 てんちょさんと『フリクリ』を語ろう

開催日

2016年11月16日(水)
開場18時 開演19時 終演22時予定

会場

阿佐ヶ谷ロフトA

出演

小黒祐一郎、サムシング吉松、佐藤裕紀

チケット

前売1500円 当日1800円(共に飲食別・要1オーダー)

■アニメスタイルのトークイベントについて

 会場となる阿佐ヶ谷ロフトAはトークライブができる居酒屋。入場料(今回は前売1500円、当日1800円)とは別に飲食(最低でもドリンク1杯)をお願いしている。ソフトドリンクもあるので、未成年の方でも大丈夫。 アニメスタイル編集部が開催する一連のトークイベントは、イベンターによるショーアップされたものとは異なり、クリエイターのお話、あるいはファントークをメインとする、非常にシンプルなものだ。出演者のほとんどは人前で喋ることに慣れていないし、進行や構成についても至らないところがあるかもしれない。その点は、あらかじめお断りしておく。

89 『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』に泣いた

 先日、サムシング吉松君がネット配信で『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』を観ているという話を聞いた。「最終回まで観たら泣くよ」と予言したところ、数日後に「最終回を観た。泣いた!」というSNSのメッセージが届いた。

 そう。『あの花』は泣くのである。自慢ではないけれど、僕も泣いた。本放映でも泣いた。「月刊アニメスタイル」第6号で『あの花』の特集があり、取材の前に1話から観直したのだけれど、また最終回で泣いた。その後、特集の原稿執筆のためにポイントをメモしながら、1話から観た。鑑賞モードではなく、仕事モードで観たのにラス前くらいからジワジワしはじめた。「まさか、仕事モードで観ているのに!」と思ったけれど、やっぱり最終回で泣いた。

 今までの人生で山のようにアニメを観て、映画やマンガにも沢山触れてきて、すっかりスレているはずの自分が、こんなに泣くとは思わなかった。多感な思春期に観た『さらば宇宙戦艦ヤマト ―愛の戦士たち―』や劇場版『銀河鉄道999』よりも泣いた回数が多い。つまり、僕の人生で一番泣いたアニメなのである。

 『あの花』が泣けるのは、作劇がよくできているからではあるのだが、それだけではない。前のめりになって作っているスタッフの想いに巻き込まれている感覚がある。
 さらに説明すると、現代のごく当たり前の若者の感覚で、登場人物と彼等の暮らしが描かれているのが『あの花』の魅力に繋がっている。深夜アニメ発の作品ではあるが、ポピュラリティを持った作品なのだ。キャラクターが華やかさと存在感を併せ持っているのも大きい。
 そして、現代的な感覚、存在感のあるキャラクターが「泣けるドラマ」を支えるファクターになっている。

 『君の名は。』が好きになった人に次に勧めるアニメは何が相応しいか、という話題をネットで目にした。『君の名は。』と同じく田中将賀がキャラクターデザインを務め、同じようにポピュラリティを備えた『あの花』を勧めるのもいいかもしれない。

 すでに『君の名は。』を観ている吉松君には、『あの花』を手がけた長井龍雪、岡田麿里、田中将賀トリオによる青春アニメの傑作『とらドラ!』を勧めたい。

●サムシング吉松のコラムinコラム

[関連リンク]
「月刊アニメスタイル」第6号[アニメスタイル ONLINE SHOP]
http://animestyle.jp/shop/archives/160

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第488回 アニメ、作ります!

これでなんのわだかまりもなく、日々素直にいろんな物事に対して幸せを感じられる状態となりました!!!

 幸せって何? 俺にとっては「アニメを作る事全般」です。自分の場合、ジャンル・題材はなんでもよく、作れるだけで幸せ。もちろん「何が何でも何かしらの意味ある作品を作りたい!」と念じてる人も全然ありでしょう。特にオリジナルのアイデアが泉のように沸き出す天才監督はどんどんオリジナルを作ればいいと思うし、シリーズ何本も掛け持ちする総監督さんもそれはそれで好きにやればよいと思います。はたまた「作るよりも語る・論ずる」に注力するのも大変重要でしょう。そう、

仕事への関わり方は人それぞれ。いろいろあっていい!!
(出崎統監督[劇場]『BLACK JACK』ラストシーンより)

のです! だから板垣個人は「なんでも一所懸命作る」が関わり方だというだけです。

一所懸命作ったモノは、たとえ記録には残らなくても
観た人の記憶には必ず残るはず!

と信じて。おめでたいヤツだ、と笑いたい方はどうぞ笑ってくださって結構です。「そんなふうに作品だけ作ったって世の中変わるわけねーじゃん、板垣よ」って? うん、そうね。

ってか、最初から「アニメ作って世直し」なんて
考えてねーもん、こちとら!

 むしろ俺、「変えたい」と考えるほど悪いと思ってないんです、世の中。「世の中悪い」と考えてる人のほとんどは、自分が勝手にいちばん楽しかった時期と比べてるだけでしょ? 例えば、我々世代のアニメ話だと「1990年代初頭の宮崎アニメ(ジブリ作品)」を勝手に基準に定めて「今はあんなのなくなった! なんて時代だ!?」と憂いてるだけ。現にウチに来る入社志望の新卒さんとの面接で、「好きなアニメは?」と訊いて宮崎アニメを答える人の少ない事少ない事。だから、自分は「アニメを語る・論ずる」人になりたくないんです。今になっても己が90年代ピークの価値観で語るのが目に見えてるから。限界が見えてるタバカリを人前でするくらいなら、どんな仕上がりになるか自分でも分からないアニメを、黙々と作り続けたいと真剣に考えてます。

88 オールナイトと『PERFECT BLUE』

 今 敏が監督として手がけた長編アニメーションは『PERFECT BLUE』『千年女優』『東京ゴッドファーザーズ』『パプリカ』の4本である。

 そして、11月19日に開催するオールナイト「新文芸坐×アニメスタイル セレクションVol. 88 アニメファンなら観ておきたい200本 今 敏のアニメーション」で上映するのは『千年女優』『東京ゴッドファーザーズ』『パプリカ』の3本だ。上映時間の関係で、長編を4本上映するのは難しい。その中から3本を選ばなくてはいけない。では、どうして『PERFECT BLUE』以外の3本を選んだのか。

 誤解を生むといけないので、セレクトした理由を説明しておきたい。

 僕の『PERFECT BLUE』に対する評価が低いというわけではない。むしろ、逆である。『PERFECT BLUE』の現実と虚構が渾然一体となった作劇、サスベンスフルな作りは素晴らしいものだ。今さんの代表作であるのは間違いないし、大変に彼らしい作品であると思う。
 余談だが、トークイベントか取材の席で「『PERFECT BLUE』とTVシリーズの『妄想代理人』が、今さんの本質に近い作品だと思う」と話した事がある。それに対して、ご本人は「そうですかね」と首をひねっていたはずだ。思えば、その時は僕の言い方がよくなかった。別にホラー作品が、今さんらしいというわけではない。彼の持ち味がストレートに出せるのがそういったタイプの作品なのだろうと思う。

 では、どうして『PERFECT BLUE』を今回のプログラムから外したのか。『PERFECT BLUE』がOVAとして制作されたものだからだ。今さんも取材の中で「基本的にはビデオ作品として作ったものでしたから、映画として劇場にかけられたのもの不本意だった」と語っている。今さんが「ビデオ作品として作った」というのは内容と映像の両方についてだ。

 今回のオールナイトは「アニメファンなら観ておきたい200本」シリーズのひとつである。主にはビギナーのアニメファンのために、あるいは今 敏の作品を観た事のない人に向けて組むプログラムだ。だったら最初から映画として作られ、スクリーン映えする作品を選んだ方がいい。それで『千年女優』『東京ゴッドファーザーズ』『パプリカ』の3本を選んだ。いずれも見応えのある作品だ。

 オールナイト「アニメファンなら観ておきたい200本 今 敏のアニメーション」の前売りチケットは、昨日の段階で完売したそうだ。皆さま、ありがとうございます。次に今さんの作品でオールナイトを組む機会があったなら、『PERFECT BLUE』を入れたいと思っています。

●サムシング吉松のコラムinコラム

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87 「アニメスタイル010」の発売日が決まりました

 「アニメスタイル010」の発売日が決まりました。2016年12月27日です。そして、発売日が決まってすぐに、Amazonで予約受付が始まりました。
 
 Amazonのデータを見ると、今日の11時05分現在で、「アニメスタイル010」は書籍総合の2770位 。巻頭特集の作品が何を発表していない段階で、何人かの読者の方が予約してくださったという事ですよね。本当にありがとうございます。

 いくつかの取材は終わったものの「アニメスタイル010」の編集作業はまだまだこれから。これからなのです!(大事な事なので二度書きました) 記事の構成等について考えているところに、予約が始まってしまったため、ちょっと焦っています。いや、発売日を決めたのは僕だし、決めてすぐに予約が始まった事自体は非常にありがたいのですけれどね。

 巻頭特集については近々に告知できると思います。皆さま、応援よろしくお願いします。

 以下は別の話題です。

 11月のトークイベントが決まりました。11月16日(水) 夜に「第123回アニメスタイルイベント アニメ様とサムシング吉松の酔っ払いトークPART6 てんちょさんと『フリクリ』を語ろう」を開催します。タイトルどおり、新Blu-ray BOXの発売を間近に控えた『フリクリ』がテーマです。

 ガイナックスの佐藤裕紀さん(『フリクリ』プロデューサー)をゲストに招き、吉松さんと一緒にのんびりと語る予定です。

●サムシング吉松のコラムinコラム

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86 『機動警察パトレイバーREBOOT』

 『劇場上映 ゴーゴー日本アニメ(ーター)見本市』で『機動警察パトレイバーREBOOT』を観た。監督は吉浦康裕、キャラクターデザイン・作画監督は浅野直之。HEADGEARの伊藤和典、ゆうきまさみ、出渕裕もスタッフとして名前を連ねている。
 たった8分の短編である。内容はレイバーによって起きたひとつの事件を特車二課が解決するまで。上映時間だけでなく、内容もミニマムなものだが、描写は丁寧であり、映像の密度は高い。作画的には人物の表情が柔らかいのが、ちょっと意外ではあったがそれも好印象だ。

 野明も遊馬も、あるいは野明っぽいキャラクターも、遊馬っぽいキャラクターも登場していないのに『パトレイバー』らしい仕上がりだった。近未来ロボットアクションものである『パトレイバー』の魅力を再確認する事ができた。
 もっと言えば「そうだよ、そうだよ。これが『パトレイバー』だよ」「もっともっと『パトレイバー』が観たいよ」とかつてのファンに思わせる短編だった。企画の目的がタイトル通りに「REBOOT(再起動)」であるならば、その目的を充分に達成していた。

 『劇場上映 ゴーゴー日本アニメ(ーター)見本市』の他の作品もよかった。どれも一度は配信で観ているのだが、パソコン画面で観るのと印象が違うのが面白い。最も大きく印象が変わったのが、今石洋之監督の『Sex&VIOLENCE with MACHSPEED』だった。配信で観た時もヒドい内容(ホメています)だなあと思ったけれど、スクリーンでの鑑賞ではヒドい(ホメています)だけでなく、痛快さが倍増していた。

●サムシング吉松のコラムinコラム

[関連リンク]
『機動警察パトレイバーREBOOT』公式サイト
http://www.patlabor-reboot.jp/

機動警察パトレイバーREBOOT (特装限定版) [Amazon]
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85 今 敏さんが亡くなって6年経つ

 今 敏さんが亡くなって6年経つ。いまだに僕の中では、今さんについて整理がついていない。

 彼は僕よりも一つ年上だったが、その落ち着いた物腰はずっと年上の印象だった。亡くなった2年後に、自分が今さんよりも年上になってしまった事に気づき、それが納得できなかったし、切なくもあった。その後も「ああ、また今さんよりも年上になってしまった」と何度か思った。

 今さんは次々に新しいタイプの作品に挑戦し、僕たちを驚かせてくれた。サイコホラーの『PERFECT BLUE』の次に、美少女コスプレ七変化もの(と彼自身が言っていた)の『千年女優』を作ったのも、その次に人情もののコメディ『東京ゴッドファーザーズ』を手がけたのも意外だった。時々、今さんが映画を作り続けていたとしたら、どんな作品を残したのだろうかと考える。

 『千年女優』が完成した頃に、彼は「アニメ映画を10本作りたい」と言っていた。やりたい事はたくさんあるし、これからもアイデアは出てくるだろう。だから、時間をかけて大作をやるのではなく、アイデア勝負で数を作りたい。彼はそう話してくれた。作り続けたなら、きっとよい意味で僕らを裏切るようなものを見せてくれたに違いない。

 「惜しい人をなくした」という言い方は好きではない。どんな人だって、亡くなったら悲しいだろうと思うからだ。だけど、今さんについては、ついその言葉を口にしてしまいそうになる。

 悔やんでも仕方がない。

 僕らにできる事は、今さんの作品を忘れずにいる事、そして、まだそれを知らない人に魅力を伝えていく事だけなのだ。

●サムシング吉松のコラムinコラム

84 近況報告

 「アニメスタイル010」の編集作業が進行中だ。昨日は『映画 聲の形』で山田尚子監督のインタビューだった。ロングインタビューではないけれど、聞きたい事をしっかりと聞く事ができた。どんな記事になるのかは、本ができてからのお楽しみ。それとは別に「アニメスタイル010」の巻頭特集関連の取材、他の記事の取材がいくつか終わっている。

 発売日は調整中だが「アニメスタイル010」は年内刊行予定だ。それと並行して、前にもお知らせした「平松禎史アニメーション画集(仮)」、クラウドファンディングで応援してくださった方々にお届けする「アニメスタイル000」もじわじわと進行中。

 来年刊行する本の企画もいくつか動いているのだが、それとは別に年内にもう1冊の本を出す予定だ。早ければ11月に刊行する。これはちょっと意外なタイトルになるはずだ。

 ええっ、そんなに色々出して大丈夫なのか、アニメスタイル。マンパワーも、それ以外のパワーも足りないのではないか。ただでも仕事が遅いのに。そんな突っ込みが入りそうだ。いやいや、大丈夫ですよ。きっと大丈夫です。大丈夫だといいなあ。大丈夫になるように頑張ります。何だか書いているうちに心配になってきた。

 よろしければ、応援してください!

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映画『聲の形』公式サイト
http://koenokatachi-movie.com

新文芸坐×アニメスタイル セレクションVol. 88
アニメファンなら観ておきたい200本 今 敏のアニメーション

 「アニメファンなら観ておきたい200本」はアニメファン初心者にお勧めの作品を上映するオールナイトの連続企画だ。11月19日(土)のプログラムでは今 敏監督の作品をピックアップする。
 
 奇想とリアリティの共存、作り込まれた密度の高いビジュアル、観客を惹きつける演出的な手腕。今 敏監督が手がけた作品は斬新であり独創的。そして「映画」らしい「映画」を撮ってくれる監督だった。

 上映作品は彼が遺した作品から『千年女優』『東京ゴッドファーザーズ』『パプリカ』をセレクトした。トークのゲストは『千年女優』でキャラクターデザイン・作画監督を勉めた本田雄、アニメ研究家の氷川竜介を予定。前売り券は10月15日(土)からチケットぴあと新文芸坐の窓口で発売となる。

新文芸坐×アニメスタイル セレクションVol. 88
アニメファンなら観ておきたい200本 今 敏のアニメーション

開催日

2016年11月19日(土)
開場:22時45分/開演:23時00分 終了:翌朝5時05分(予定)

会場

新文芸坐

料金

一般2600円、前売・友の会2400円

トーク出演

本田雄、氷川竜介、小黒祐一郎(司会)

上映タイトル

『千年女優』(2001/89分/35mm)
『東京ゴッドファーザーズ』(2003/91分/BD)
『パプリカ』(2006/90分/BD)

備考

※オールナイト上映につき18歳未満の方は入場不可
※トークショーの撮影・録音は禁止

●関連サイト
新文芸坐オフィシャルサイト
http://www.shin-bungeiza.com/

83 「この人に話を聞きたい」第百九十回はのんさんでした

 アニメージュ最新号(2016年11月号 VOL.461)の「この人に話を聞きたい」では『この世界の片隅に』で主役を務めた女優ののんさんに登場していただいた。

 信じてもらえないかもしれないが、『この世界の片隅に』の出演が決まる前から「この人に話を聞きたい」で、彼女の取材を検討していた。

 彼女はかつてネットで好きなアニメについて発言しており、その中で『ef – a tale of melodies.』についても話題にしていた。3年ほど前にそれを目にして「へえ、あんなマニアックな作りの作品を観るんだ」とちょっと驚いた。それ以来、「好きなアニメ」をテーマに、彼女に取材する記事をどこかの媒体がやらないかと思っていた。

 今年の春に、彼女がネットで『おそ松さん』の凝りに凝ったコスプレ写真を披露した時に「この人に話を聞きたい」で取材するのはどうだろうかと思いついた。長く続いている連載だし、たまには変化球の企画もいいのではないかと「アニメージュ」の川井久恵編集長と話していたのだ。のんさんへの取材について川井編集長も快諾してくれたのだが、よく考えてみると好きなアニメの話だけで4ページは埋まらないだろうし、それを「アニメージュ」に載せるのは不自然だよなあと思い、その時はご本人にオファーをする前に、自分で企画を却下してしまった。

 ところがその後、のんさんが『この世界の片隅に』で主役を演じる事が決定。しかも、試写で作品を拝見したところ、その芝居が素晴らしかった。他にも多くの方が同じ内容のコメントをしているが、映画を観ている間「主人公のすずさんという人物が本当にいる」と思えたのだ。素晴らしい。これだけの仕事をしたのだから「この人に話を聞きたい」でお話を聞くのも問題がない。

 取材前には『この世界の片隅に』についての話を聞いて、後半で好きなアニメの話にもっていって、そこから今後の仕事についての話に繫いでいこうと思っていた。ところが記事を読んでくださった方はご存知の通り、取材の途中で『この世界の片隅に』監督の片渕須直さんが登場。「一瞬だけ口を挟んでよい?」と前起きして、のんさんについて語り、そして、去って行った。ライターとしては、こんな美味しいネタを逃すわけにはいかない。記事で片渕監督の乱入を活かす事にした。
 
 片渕監督が現れる前に、好きなアニメについての話もうかがっていたのだが、記事の流れとしておさまりがよくないので、その分は本文ではカット。うかがった話の一部を、普段は作品リストを掲載している部分にコラムとして掲載した。「この人に話を聞きたい」としては取材相手だけでなく、記事の構成も変化球の回となった。

 『この世界の片隅に』はアニメーションとして豊かな作品だ。そして、のんさんの芝居も素晴らしい。是非とも劇場で観ていただきたい。今回の「この人に話を聞きたい」は具体的に個々の場面の演技について聞いている。劇場で鑑賞する前に目を通して、鑑賞した後にまた改めて読むといいかもしれない。

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「この世界の片隅に」公式サイト
http://konosekai.jp

「この世界の片隅に」劇場アニメ絵コンテ集(仮) [Amazon]
https://www.amazon.co.jp/dp/4575311871/style0b-22/ref=nosim

82 アニメ史に残る名悪役

 『亜人』の劇場版最終章『-衝突-』を観た。

 今回もしっかり楽しめた。極めてドライな感覚とエキセントリックさ。先が読めない展開と山盛りのアクション。ハードで刺激的な大人のための娯楽作という印象は最終章まで変わらなかった。作り手の「徹底的にやってやるぜ」という姿勢に拍手を送りたい。

 映像的な事で言うと、3DCGによるキャラクター表現は一段と磨きがかかった印象。ドラマに関しては放映中のTVシリーズ第2クールの方がしっくりくるところがあるかもしれないが、それは放映を観てみないと分からない。

 個人的な好みの話になるが、亜人の一人である下村泉に見せ場があったのも嬉しい。彼女は大変な萌えキャラだと思った。見た目も魅力的だけど、報われない事を分かっていて、命がけで戸崎優に尽くすところが愛おしい。クライマックスで、彼女のドラマについて演出的にもう一押しあったら、僕は泣いていたかもしれない。

 そして、今回も大塚芳忠さんが演じる佐藤が素晴らしかった。インパクト抜群。大塚芳忠さんの演技と、佐藤のキャラクターがぐいぐいと作品を引っ張っていった印象だ。最終章でも凄みのある芝居がたっぷり。これは大塚芳忠まつりだなあ、と思いながらスクリーンを見つめていた。彼の代表作になったのは間違いないだろう。そして、佐藤はアニメ史に残る名悪役になったと思う。

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『亜人』公式サイト
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第91回 1000年は夢〜1000年女王〜

 腹巻猫です。『かみちゅ!』『TIGER&BUNNY』『神撃のバハムート GENESIS』などのBGMを手がけた作曲家・池頼広さんのトークライブ、いよいよ来週末になりました! 音楽制作の苦心、スタッフとの思い出などを話していただきます。追加ゲストも予定しています!

池頼広トークライブ〜ベストアルバム発売記念!〜
10月22日(土)12:00開場/13:00開演
会場:阿佐ヶ谷ロフトA
チケット:前売り¥2,100/当日¥2,400
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/50010
※最新ベストアルバム2タイトルを会場で販売します。


 今回取り上げるのは『1000年女王』。1982年3月に公開された松本零士原作の劇場アニメだ。
 原作はサンケイ新聞に連載された同名マンガ作品。1981年4月から『銀河鉄道999』の後番組としてTVアニメ版『新竹取物語 1000年女王』が放送された。劇場版はTVアニメ版の終了より2週間ほど早く公開されている。TVアニメの総集編ではなく、完全新作による劇場用長編作品である。
 舞台は1999年。1000年周期で太陽をめぐる惑星ラーメタルが地球に接近し、地球の危機が予見される。その混乱を背景に、ラーメタルから1000年ごとに地球に派遣される1000年女王と地球の少年・雨森始との交流を描く物語。TVアニメ版と劇場版では基本的な物語は同じだが、一部の設定や筋立てが異なっている。アニメーション制作は東映動画(現・東映アニメーション)が担当した。
 TVアニメ版が雨森始の視点から描かれているのに対し、劇場版は1000年女王こと雪野弥生の視点を中心に描かれる。母星ラーメタルと地球、ふたつの星の運命のはざまで苦悩する弥生の心情がドラマの中心になり、TVアニメ版と比べて大人向けの印象の作品になった。あらためて観直すと、劇場のスクリーンに映えるロングを多用した画作り、地球の天変地異を描くエフェクト作画満載のスペクタクルシーン、金田伊功がメカニック作画監督を担当した宇宙戦シーン、潘恵子、戸田恵子、 麻上洋子、杉山佳寿子、増山江威子、武藤礼子、松島みのり、来宮良子、池田昌子らが一堂に会する声の出演陣など、見どころ聴きどころが多い作品である。

 聴きどころといえば、本作のセールスポイントのひとつになったのが音楽だった。音楽を担当したのは喜多郎。70年代からシンセサイザー奏者・作曲家として活躍し、現在も世界を舞台に活動している音楽家である。
 喜多郎は1953年、愛知県豊橋市生まれ。1978年にシンセサイザーによる初のソロアルバム「天界」を発表。翌1979年にソロアルバム「大地」「OASIS」をリリース。1980年にNHK特集「シルクロード」の音楽を担当して注目され、アルバム「シルクロード・絲綢之路」も大ヒットした。
 1982年の劇場アニメ『1000年女王』を皮切りに劇場作品・アニメのサウンドトラックも担当するようになる。この分野の代表作には、映画「喜多郎の十五少女漂流記」(1992)、「天と地」(1993)、「宋家の三姉妹」(1997/ランディ・ミラーと共作)、TVアニメ『獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇』(2003)などがある。
 1986年に発表したアルバム「天空」がアメリカで絶賛され、グラミー賞に初ノミネート。アメリカ国内だけで200万枚のセールスを記録した。以来、「古事記」「MANDARA」「空海の旅」などのアルバムを発表。2006年よりアメリカ・カリフォルニア州に移住し、アメリカを拠点に音楽活動を展開している。
 『1000年女王』は喜多郎が初めて手がけた劇場用音楽である。松本零士がアルバム「OASIS」のライナーノーツに寄稿した縁もあり、松本零士の希望でオファーされた。喜多郎自身も『銀河鉄道999』以来の松本零士ファンであったことから快諾。本作の音楽は喜多郎自身も気に入っているという。
 『1000年女王』は全編シンセサイザー主体の音楽を採用した先駆的な作品でもある。細野晴臣の『銀河鉄道の夜』が登場するのは1985年だし、久石譲の『風の谷のナウシカ』と『BIRTH』の公開はともに1986年。『1000年女王』はそれらに先駆けた、シンセサイザーによるアニメ音楽だった。
 喜多郎の音楽担当が決まったのは1981年7月。作曲は絵コンテをもとに行われ、1982年1月には音楽は完成していた。アフレコでも音楽を聴きながら録音が行われたというエピソードが残っている。
 音楽商品としては、ニール・セダカの娘デラ・セダカが歌った主題歌「星空のエンジェル・クイーン」が、劇場公開に先駆けて1982年2月5日に発売されている。サウンドトラック・アルバムは2月21日に発売。3月にはロスアンジェルス・シンフォニック・オーケストラが演奏するスコア盤「1000年女王組曲 Symphonic Suite Queen Millennia」が発売された。発売元はいずれもキャニオンレコード(現・ポニーキャニオン)。ほかに2枚組ドラマ編LPも発売されており、キャニオンレコードがいかに本作に力を入れていたかがうかがえる。
 サウンドトラック・アルバムの収録曲は以下の通り。

  1. プロローグ〜スペース・クイーン
  2. 星雲
  3. 光の園
  4. まぼろし
  5. コズミックラブ(宇宙の愛)
  6. 自由への架橋
  7. プロメシュームの想い
  8. 未来への賛歌〜エピローグ

 LPでは4曲目までがA面、5曲目からB面になる。
 音楽はストーリーに沿った音楽メニューをもとに作曲されているが、アルバムは単独の音楽作品として聴けるように構成されている。制作された音楽の中から楽曲として完成度が高いものを選び、劇中の使用順にはこだわらずにまとめられた。喜多郎のソロアルバムとしての側面が強いアルバムである。

 1曲目は短いプロローグに続いてメインテーマが演奏される開幕の曲。「星空のエンジェル・クイーン」のメロディだ。M-22のMナンバーで作曲されたが、映画ではM-1後半として、長い導入部に続いて始まるタイトルバックに使用されている。バックでアルペジオを刻む高音の弦の音はインドのサントゥールという楽器。本作の音楽はすべてがシンセサイザーの音ではなく、部分的に生楽器の音もミックスして作られている。
 このメロディは1000年女王のテーマとして、劇中でも幾度か登場する。作品を観ていなくても、音楽は覚えていなくても、このメロディだけは記憶に残っているという人も多いのではないだろうか。80年代アニメソングの中でもトップに数えられる美しいメロディである。
 曲はメロディが終わったあと、静かにフェードアウトしていき、切れ目なく次の曲に続く。2曲目「星雲」の始まりである。
 楽曲と楽曲をクロスフェードして切れ目なしに収録するのは、喜多郎のソロアルバム「大地」「天界」でも見られた手法だ。アルバム全体をひとつの楽曲のように聴いてもらいたいという作家の意図の表れだろう。同時に、本作では、いつ始まり、いつ終わるとも知れない1000年女王のさだめを表現しているようでもある。
 「星雲」は本編では使用されていないアルバムだけのオリジナル曲。ホルン系の音色がゆったりとメロディを奏で、シンセによる泡立つような音や風のような音、鐘の音などが挿入される。タイトル通り、無限の星雲の中を旅しているような気分になる曲である。
 続く3曲目は「光の園」。シンセによる低音のリズムから始まり、リコーダー風の木管系の音がさびしげなメロディを演奏する。時折、流星をイメージしたようなシュワーッという音が右から左、左から右によぎる。M-23のナンバーで作曲され、本編の終盤、ラーメタルの指導者ラーレラの最期を描く場面に使用された。ラーメタル人の悲しいさだめをイメージさせる曲である。
 4曲目は「まぼろし」。ピアノとシンセのキラキラした音がリズムを刻み、クリスタルを思わせる透明感のある音が甘美なメロディを奏で始める。本作の音楽の中でも際立ってロマンティックな曲だ。中盤は木管系とストリングスの音で盛り上げる。M-4のナンバーで作曲され、物語序盤で弥生がラーメタルの恋人ファラの写真を見る場面に流れた。恋人の目覚めを1000年待ち続けた弥生の想いを表現する曲。その後の展開を思うと、「まぼろし」というタイトルが切ない。
 B面の開幕となる5曲目「コズミックラブ(宇宙の愛)」は本作の愛のテーマとも呼ぶべき曲。風の効果音の中から木管系のシンセの音が奏でる美しくももの悲しいメロディが浮かび上がってくる。MナンバーはM-6。惑星ラーメタルに1000年に一度の春が訪れ、冬眠していたラーメタル人が目を覚まし始める場面に使用された。
 切れ目なしに続く6曲目は「自由への架橋」。金管系のシンセの音が歌い上げる雄大で悲壮なメロディは、1000年女王の決意と地球人の運命の急転を表現している。M-25として作曲され、劇中では、1000年女王が指揮をとるノアの方舟=大空洞船が関東平野から離陸するシーンにM-17として使用された。『宇宙戦艦ヤマト』でいうならヤマト発進の曲に相当する聴きどころ。クライマックスへの展開を大いに盛り上げた1曲だ。
 続けて演奏される7曲目「プロメシュームへの想い」は、メインテーマの変奏曲。プロメシュームは1000年女王の本名である。木管系の音色が奏でるメロディにシンセ・ストリングス、ピアノ、きらめくようなシンセの音が絡み合う美しいアレンジ。M-24のナンバーで作曲され、始たちがラーメタル軍を迎撃する終盤の戦闘シーンに使用された。
 アルバムのラストを飾る8曲目「未来への賛歌〜エピローグ」は、オカリナ風のシンセの美しい導入部に続いて、木管系のシンセがノスタルジックなメロディを奏でる曲。バックのピアノとアコースティックギターが故郷への想いをいや増すようだ。M-26のナンバーで作曲され、実際はM-20として、惑星ラーメタルから巨大な宮殿船が発進する場面に使用されている。永遠の春を求めるラーメタル人の憧憬、未来への希望を表す曲とも受け取れる。
 シンセサイザーでしか生み出せない独特の音色を駆使したスペーシィで神秘的で美しい音楽。喜多郎の音楽性が生かされた作品だ。いっぽうで、劇場用音楽らしくない印象が残る不思議な作品である。
 戦いの場面に勇ましい音楽、危機の場面に緊迫感を盛り上げる音楽、といった劇場作品の定番的表現は、本作の音楽には見られない。どの曲も3分を超える長尺で作られているが、シーンの変化に合わせて曲調を変える、いわゆるフィルムスコアリング的な手法も取られていない。
 とりわけ印象に残るのは、地球の大災害を描くスペクタクルシーンや、ラーメタル軍対地球人との戦闘シーン。ふつうなら音楽で大いに盛り上げる場面だが、本作では悲しげでゆったりした曲が、静かに、淡々と流れ続ける。勇ましさよりも悲しみを強調したような音楽演出が印象的だ。
 これは、始たち地球人の気持ちに寄り添った音楽ではない。
 悠久の時を生きる1000年女王とラーメタル人の側に立った音楽なのである。

 本作は、アニメ音楽としても、喜多郎のアルバムとしても、ファンの多い作品だ。しかし、音楽の復刻は難航した。
 サントラは、1984年12月に発売されたCD「喜多郎 BEST SELECTION」に「プロローグ〜スペース・クイーン」と「未来への賛歌〜エピローグ」の2曲が収録されただけで、長らくCD化の機会に恵まれなかった。初のCD化は、2000年に日本コロムビアから発売された10枚組CD-BOX「松本零士音楽大全」の1枚。TVアニメ版の朝川朋之の音楽とのカップリングの形で、サウンドトラック・アルバム全曲が収録された。2005年に東映ビデオから発売されたTVアニメ版DVD-BOXには、このCDのマスターを使用した特典CDが同梱されているので、そちらでも同じ音源を聴くことができる。単独盤としてのCD復刻は国内では実現していない。
 主題歌「星空のエンジェル・クイーン」も長くCD化されなかったが、コンピレーション・アルバム「オアシス2」(2002)とデラ・セダカのベストアルバム「ガール・フレンド」(2004)に収録されて手軽に聴くことができるようになった。
 「1000年女王組曲 Symphonic Suite Queen Millennia」は現在も未CD化のままである。
 東映ビデオから発売されたレーザーディスクには、サントラ・アルバム未収録曲も含めた劇場用音楽が副音声に収録されているので、再生機をお持ちの方は入手して聴いてみるのも興味深いだろう。

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ガール・フレンド/デラ・セダカ

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81 1981年の「アニメージュ」付録のポスター

 古本屋で昔のアニメ雑誌の付録が1点100円で売られているのを見つけ、ポスターを数点購入した。購入したのはいずれも「アニメージュ」の付録だ。僕の仕事場には「アニメージュ」本誌は創刊号から最新号まで揃っているが、付録は無くなったりして、全部があるわけではない。古本屋で手にとって、ああ、こんな付録もあったよなあと思ったのだ。
 
 ひとつが「IDEON SPACE RUNAWAY SPECIAL FILM PHOTOGRAPHS 104 NOT YET ON AIR(伝説巨神イデオンテレビ未公開フィルム)」。これは1981年7月号の付録だ。『伝説巨神イデオン』は物語途中の39話で、TVシリーズの放映が打ち切られており、後に劇場版で完結する事になる。放映されなかった40話以降の4話分をダイジェストしたフィルムが、イベント「アニメグランプリ」で上映された。ポスターはそのダイジェストフィルムの画像で構成したものである。
 ポスターのサイズはB2で、そこに104枚のスチールが並んでいる。製作途中のラッシュフィルムを使ったのだろう。原撮カット、動撮カットも掲載されている。その色が塗られていない線画だけのスチールが何なのか分からなかった読者も多かったに違いない。分からなかったとしても、制作現場の生々しさは伝わったのではないかと思う。
 作画のよい表情芝居のカットを連続して載せており、アニメーションディレクターである湖川友謙さんの巧さを愉しむ事のできるアイテムでもある。未放映分のフィルムでポスターを作ったという点でも、原撮カットや動撮カットまで収録したという点でも、湖川さんのいい画をチョイスしたという点でも、実にマニアック。

 もうひとつが『Le Garcon 夏への扉』。こちらは1981年6月号の付録だ。こちらもたっぷりとスチール写真を使ったものだ。竹宮惠子原作の劇場アニメーション『夏への扉』のファーストシーンからラストシーンまでの本編カットを並べている。キャプションもついていて、物語が追えるようになっている。『夏への扉』は画作りに非常に凝った作品で、その突出ぶりはアバンギャルドですらあった。このポスターはその映像の魅力をたっぷり詰め込んでいる。
 このポスターの凄いところは、掲載したカットの選びを、監督である真崎守自身が担当している事だ。さらにポスターの下部には、真崎監督が『夏への扉』の演出についてコメントしている。いいねえ。かっこいいねえ。いかにもこの頃の「アニメージュ」らしい。今だったら尾石達也監督にカットを選んでもらい、それで『傷物語』のボスターを作るような企画だ。

 今回取り上げたポスター以外にも、創刊から数年間の「アニメージュ」には意欲的な企画、マニアックな企画が多い。編集者がアニメの面白さだけでなく、メイキング的な部分の楽しみ方を伝えようとしている。現在のアニメ雑誌編集者として見ても、実に刺激的だ。

 と、ここまで書くと「『アニメージュ』の付録と言えば、アレとかアレも凄かったよ」と言われそうだ。分かります分かります。アレとかアレですね。それについてはまた改めて紹介したい。

サムシング吉松のコラムinコラム

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80 リアルさと理想化のバランス

 TVアニメ『NEW GAME!』は好ましいシリーズだった。ビジュアルに関しては、キャラクターデザインが洗練されていて、フォルムが綺麗だった。芝居に凝ったところがあるのもよかった。特に1話はお気に入りで、何度も録画を観直した。

 『NEW GAME!』を好ましいと思った一番の理由は、リアルさと理想化のバランスのよさだった。この作品は、ゲーム会社を舞台にした「お仕事もの」だ。ある程度、ゲーム会社での仕事をリアルに描いている。だけど、リアルにはしすぎない。登場するのは可愛らしい女の子ばかりだけど、まあ、このくらい可愛い子ばかりがいる職場もあるかもしれないなあと思わせるくらいの絶妙のバランス。女の子達は抽象化されており、同時に理想化もされている。要するにマンガやアニメならではのキャラクターであるのだが、お仕事ものとしてのリアルさが、登場人物に適度な存在感を与えている。

 そういったリアルさと理想化のバランスが心地よかった。僕にとっては存在感が大事なのだ。理想化されているだけなら、そんなに好ましいとは思わなかっただろう。

 勿論、『NEW GAME!』のバランスが唯一の正解だというわけではない。

 過去に深夜アニメで、もっとリアル寄りの「お仕事もの」もあったし、もっと現実味の薄い「お仕事もの」もあった。それぞれ違った面白さがあった。『NEW GAME!』のバランスはいくつかある正解のひとつなのだ。

 それから、20代の女性を「可愛い女の子」として扱っている点も、僕が『NEW GAME!』を好ましいと思った理由のひとつだ。現在の女性の様子を見ていると、これも充分にアリだと思う。

●イラスト/サムシング吉松

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第486回 アニメとお金

 タイトルはいちいち言いませんが、近頃アニメ映画がかなり大ヒットしてたりします。これは当たり前ですが、アニメ業界にとってはいい話に決まっているし、自分も喜んでおります。中には「次こそは僕も大ヒットを飛ばしてナントカ賞をもらって文化人の仲間入りを!」と野心を燃やしてたり、「俺だってチャンスさえあれば!」と嫉妬(?)したりの「作家」扱いされたがってるアニメ監督さんもいるようですが、板垣には縁のない話。何故なら俺は、この連載でも10年近く言い続けてるとおり「作家」→「賞」→「権威」→「金」には全く興味がないからです。あ、一応前もって言っておきますが、それらに拘る監督さんが悪いなどと言うつもりはもーとーありません! 他人の価値観をとやかく否定してもしょうがないですから。あくまで板垣個人の話です、ここからは。
 思えば自分の金銭感覚は、大概の人と同様に家庭環境に因るもので、単純に「貧乏」で「学のない家系」と整理できるでしょう。ま、食うのに困るくらいの貧乏ではなかったから、「金持ちじゃない」が丁度いい表現かもしれません。で、学のなさは、少なくとも自分が実家を出るまでの18年間で、両親とも本1冊読んでるトコを見た事がないし、もちろん活字の本は家に1冊もなかった程度。あと、東北の田舎育ちの父と母は、中学もろくに通わせてもらえず、家の手伝いばかりだったと聞きます。よって自分が活字を読む楽しさを知ったのは高校2〜3年くらいからと、「学歴社会」だ「受験戦争」だ言われた我々第2次ベビーブーム世代の中ではやや遅かったと思います。だから俺の人生では、親と学問らしい学問の話をした記憶は皆無。ゆえに東京で一人暮らしをするまでは、両親に対して感謝はするも尊敬はしていませんでした。「一人暮らしをするまでは」と限定したのは、今はそう思ってないからで。
 あれは専門学校を卒業して寮を出て、アパートを探し契約する際、連帯保証人の年収を書く欄があり、母親に電話したんです、「年収は?」と。すると意外なほど安い額を言われ(早い話、アニメーターでも動画マンくらいの年収)、キョトンとなって「そんなハズないでしょ!」とちょっと語気を荒げました。さらに母は「今は定年延長してるから半分になってるけど、あんたらが子どもの時だってそんなに稼いどらんって」と。訊けばいちばん貰ったピークですら今の俺の半分以下の年収だったのです。

その時、心底両親を尊敬しました!

 だって、その低収入で俺ら3人(姉・自分・妹)を不自由なく育て上げたうえ、3人とも大学進学もしくは専門学校に進学できるくらいの貯金もしてくれたんですから。特に母はパートで家計を補いつつも、趣味でバレーボールをやったり、友人とお茶したり、毎日楽しそうに過ごしているとしか、少なくとも俺の目には映っていませんでした。「伸を遊びに連れてって!」と母に言われて、シブシブ俺の手を引いて連れて行く先が、いつもパチンコ屋、立ち飲み屋だった父の事も、今ではなんとなく理解できるようになってますと。
 そんなわけで、自分にとって何千万〜何億といったアニメの制作費を雑に使うなんて考えられないし、「こんなに安いの受けなきゃいいだろ!」とか先輩監督から説教されても、俺はなんとかやろうとしてしまうんです。特にとても普通のアニメ監督風情が工面できないほどの金が動いて作った作品を「僕の作品」「君の作品」などと言い合って監督同士が楽しく批評し合うなんて、

自分の名前ひとつで全制作費を集める事ができるほどの大監督になって、ようやくその資格を持てるのであって、普通の(並の)監督は己で作ってるアニメが個人の「作品創り」である前に「会社の一大事業」だという緊張感を持って仕事をすべきだと思う!

んです。つまり、板垣にはその資格がありません。同年代の監督様たちはどうお考えでしょうか? ま、俺が小心者なだけなんでしょうね。

79 「平松禎史アニメーション画集(仮)」!

 新番組『ユーリ!!! on ICE』の放映が始まりました。少なくとも、昨夜放映された1話に関して言えば、期待以上の仕上がりでしたよ。フィギュアスケートのシーンは本当に見事な出来で、それだけでも一見の価値あり。それだけでなく、表情や芝居、画面構成も凝っており、見応えがあった。それから、全体的にメジャー感があるところがよかった。いいものを観させていただきました。
 BSでの放送はこれからだし、各動画配信サイトでの配信も始まります。未見の方は、是非チェックしてみてください。

 さて、以下が今日の本題です。

 アニメスタイルの新刊の企画を発表します。その『ユーリ!!! on ICE』でキャラクターデザイン・総作画監督を務めている平松禎史さんの仕事をまとめた書籍「平松禎史アニメーション画集(仮)」です。
 アニメスタイルとしては「吉成曜画集 イラストレーション編」「田中将賀アニメーション画集」「西尾鉄也画集」に続く、画集シリーズの1冊となります。

 現在、編集作業が始まったところです。どんな作品が収録されるのか、いつ発売されるのか等は、また改めてお伝えします。お楽しみに!

●イラスト/サムシング吉松

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西尾鉄也画集[Amazon]
https://www.amazon.co.jp/dp/4902948184/style0b-22/ref=nosim

田中将賀アニメーション画集[Amazon]※現在品切れ中
http://www.amazon.co.jp/dp /4902948176/style0b-22/ref=nosim

吉成曜画集 イラストレーション編[Amazon]
http://www.amazon.co.jp/dp/4902948168/style0b-22/ref=nosim

吉成曜画集 ラクガキ編[Amazon] https://www.amazon.co.jp/dp/4902948192/style0b-22/ref=nosim

78 「アニメスタイル010」の編集作業が始まった

 「アニメスタイル010」の編集作業が始まった。1本目の取材が先週の土曜。今日の夕方にも取材があり、明日以降も連日取材だ。巻頭特集が何なのかは、まだここで書くわけにはいかないが、「アニメスタイル010」でも今年の新作を数本取り上げる予定だ。

 発売日もだいたい決まっているが、発表はもう少し先にする。もしも、年内に発売されれば、2016年に雑誌「アニメスタイル」は3冊刊行される事になる。今のアニメスタイルチームの体力と瞬発力で、画集等の出版物と同時進行で、現在のボリュームの雑誌「アニメスタイル」を出し続けるとなると、年に3冊くらいが丁度いいようだ。

 作る側としては年に3冊くらいがいいのだが、作品の事を考えると、年に4冊以上出したほうがいい。年に3冊だと、作品をとりあげるタイミングを逸してしまう事がある。こちらが特集したいと思っても、時期が合わないと取材を受けてもらえない場合があるのだ。今までも、それで特集を断念した事が何度かあった。このあたりは非常に難しい。

 自分で言うのもおかしいけれど、前号「アニメスタイル009」は充実した内容だったと思う。ではあるが、びっくりするくらい広告が入らなかった。「010」では少しでもいいから広告を増やしたい。広告についてはまた改めて告知します。皆さま、よろしくお願いします!

●イラスト/サムシング吉松

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77 アニメ視聴は戦いだ

 2016年の現在、僕にとってアニメ視聴は戦いである。戦いになってしまうのは、放映中のTVアニメを一通り観ようとしているからだ。好きな作品、あるいは気になるタイトルだけを観ているだけなら、戦いでもなんでもない。単純にアニメを楽しむだけだったら、放映が終わってから人に勧められた作品や、評判のいいタイトルをネット配信やパッケージでまとめて鑑賞すればいい。それも理想的な視聴スタイルのひとつだと思う。

 残念な事に僕は、TVアニメを一通り観たい人なのだ。実際には全てを視聴するのは難しいのだが、理想としては全部を観たい。

 今さら言うまでもない事かもしれないけれど、現在、放映されている新作TVアニメの本数は多い。アニメスタイル編集部の調べによれば、この10月にスタートする新番組は70本を越える。
 
【情報局】新作アニメピックアップ[TV編]160928 秋の新作は70本超!
http://animestyle.jp/news/2016/09/28/10518/

 という事は、新番組をチェックするだけでも、1日あたり10本のTVアニメを視聴しなくてはいけない。それ以外に継続作品もあるのだから、1日に観るべき本数はもっともっと多いわけだ。さらに言うと、僕の場合は仕事で過去の作品を観る事が多い。例えば、取材前にそのクリエイターの作品を何本も観る。場合によっては数クール分を視聴する。その分だけ、新作アニメを観る時間が削られてしまう。
 1週間は7日しかないし、1日は24時間しかない。睡眠はとらなくてはいけないし、仕事もしなくてはいけない。ここ数年、ウォーキングをやっているのだけど、それも時間がかかる趣味だ。残された時間で効率的にTVアニメを視聴しなくてはいけない。ノルマという言葉が、頭をよぎる。嫌だなあ。本来は趣味であり、人生を豊かにするためのものであるはずのアニメ視聴で「効率的」とか「ノルマ」なんて言葉は使いたくないなあ。本数が多ければ、その多さを楽しむくらいの余裕がほしい。いや、これは自分で自分に向かって言っているんですよ。
 7月新番は「これは後でじっくり観よう」と思って視聴を後回しにしてしまったため、いまだに消化できていないタイトルが数本ある。10月新番は溜め込まずにどんどん観ていきたい。

 放映作品が多いという事は、新しい魅力のある作品、派手ではないが丁寧に作られた作品、創意工夫や熱意の感じられる作品等が、注目を集める事がないまま過去のものになってしまう可能性が高いという事でもある。よいものを見つけて、それを紹介するのがアニメ雑誌編集者の仕事だ。本数が多くても、放映されているアニメに目を通したいのは、それをやり続けたいからでもある。

●イラスト/サムシング吉松

76 「設定資料FILE」と「この人」が20年目を迎える

 知らない読者もいるかもしれないので説明しておくと、僕は出版社の株式会社スタイルの社長で、雑誌「アニメスタイル」の編集長でありながら、ライターとして徳間書店の「アニメージュ」で「設定資料FILE」「この人に話を聞きたい」を担当している。
 「設定資料FILE」はアニメの線画設定を掲載するコーナーで、「この人に話を聞きたい」はインタビュー連載だ。

 来年、つまり、2017年に雑誌「アニメージュ」が40年目を迎える。若い人からすれば「そんな昔からある雑誌なんだね」という事だろうし、創刊号から読んでいる読者は「もう40年か」と思うのではないだろうか。
 アニメージュの創刊号が1978年7月号(VOL.1)。1998年7月号(VOL.241)にリニューアルが行われ、判型がそれまでのA4サイズから、横が広いA4変型となった。そこから現在にいたるまで、アニメージュの判型はA4変型である。
 
 リニューアルが行われた1998年7月号で「設定資料FILE」が始まった。「アニメージュ」のリニューアルの一環として、「設定資料FILE」が始まったのだ。それと同時に「キャラクターデザイナーの肖像」というコーナーがスタートしている。「設定資料FILE」も「キャラクターデザイナーの肖像」も僕が企画を出している。1998年7月号で新編集長に就任する松下俊也さんに依頼されて、リニューアルのアイデアを出したのだ。「キャラクターデザイナーの肖像」はアイデアだけで、僕は編集には関わっていない。当初は文章主体の「設定資料FILE」と、ビジュアル主体の「キャラクターデザイナーの肖像」で1セットのイメージだった。
 「設定資料FILE」から4ヶ月遅れて、1998年11月号(VOL.245)から「この人に話を聞きたい」が始まる。「この人」がスタートした時に「1年は続けたいなあ」と思ったと記憶している。

 それから、たまに諸般の事情でお休みする月はあったが、「設定資料FILE」と「この人に話を聞きたい」はずっと続いている。「アニメージュ」が40年目を迎える来年に「設定資料FILE」と「この人」は20年目を迎える。つまり、「アニメージュ」の歴史の半分続いた事になる。再来年まで続けば、「設定資料FILE」と「この人」は「アニメージュ」の半分以上の歴史を持つ事になるわけだ。
 長く続けばよいというわけではないけれど、それだけ多くの線画設定を紹介し、多くの方に話をうかがってきたわけだ。長く続く事にも価値がある。来年、再来年まで続くとよいなあ、と思っている。

 ところで、今月号(2016年11月号 VOL.461)の「この人に話を聞きたい」は登場していただく方も意外な人物だし、記事の構成もちょっとトリッキーなものとなっている。お楽しみに。

●イラスト/サムシング吉松

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75 西尾さん、こんなに描いていたの!?

 「西尾鉄也画集」の一般発売が始まって4日経った。本を手に取られたファンの方々は「え~、西尾さんってこんなに沢山のイラストを描いていたの?」「こんな作品にも参加していたの?」と驚かれたに違いない。編集をしていた僕達も驚いた。


 『NARUTO ‐ナルト‐』のイラストは多いだろうと思っていたけれど、それでも予想よりも多かった。『攻殻機動隊』シリーズもこんなに描いていたのか! 『BLOOD+』も描いていたのか! そして、アニメ以外のイラストも多い。「教科書よりやさしい日本史」「教科書よりやさしい世界史」等、学習参考書のために描いたイラストは数も多いし、西尾さんの画風が歴史上の偉人というコンセプトとマッチしているのも面白い。

 「西尾鉄也画集」は、彼が参加したアニメ作品の版権イラストをメインに構成し、そのデザイン画、絵コンテ、原画等も掲載。さらに、1話の作画に入る直前に企画がなくなってしまったアニメ作品のキャラクター、ゲームムービー用のデザイン画、押井守監督関連書籍用のイラスト、TVのバラエティ番組のために描いたイラスト、役者の藤木義勝さんの結婚お知らせハガキ用のイラスト、Production I.G忘年会用のビンゴのために描いたイラスト等々。読者の方に「こんなに描いていたの!?」と驚いてもらえるように、関係各所に許可をいただき、可能な限り収録した。

 これだけの量を載せるのには並々ならぬ苦労があった。「苦労があった」なんて言うと自分が大変だったみたいだが、決してそうではない。全ては、西尾さん自身とProduction I.G、各プロダクションやメーカー等、そして、編集スタッフとして参加してくれたライターの小林治さんのお陰だ。ここで改めてお礼を言いたい。

 今後、アニメスタイルが何冊の画集を出す事になるのか分からないが、「西尾鉄也画集」以上にボリュームがあり、掲載作品がバラエティに富んだ画集を出す事は、もうないだろうと思う。

●イラスト/サムシング吉松

  ……というわけで、一昨日の更新でどちらか片方をあげればいいイラストを、2枚ともあげてしまいました。吉松さん、すいません!

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【NEWS】西尾鉄也の集大成「西尾鉄也画集」ネット書店、一般書店で9月26日発売!
http://animestyle.jp/news/2016/08/16/10363/

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(2016/09/30)

第485回 2017年に続く!

『ベルセルク』2017年春、次篇降臨!!
はい、もともとその予定で制作してました!

と。もうバラしてもいいでしょう。最初からそう決まってて、制作は現在ももちろん続行中、且つ自分もまだコンテ中であります。12話までの完成フィルムを観るとCGのクオリティがどんどん上がってるので、今コンテ切ってる次篇もどんな凄い映像が上がってくるのか楽しみなんです。でもまあ、断罪の塔(モズクズ)篇の名キャラクター何人かとお別れしなきゃならないのは寂しいものですね。ニーナとかジェロームとか。特にホン読みの時もコンテ切ってた時も、ニーナは気になって仕方がなかったんですよ! 本当に人間の弱さだけで出来てるようなキャラで、気がつくと感情移入してしまう自分がいました。だから、できるだけエピソードも台詞も削りたくなかったのを思い出します。ホン読みの際は「ニーナ絡みをもう少し削っては?」との意見もあったのですが、なるべく守ろうとしました。で、ルカ姉もいい! やっぱり手を放そうとする(?)ニーナより先に、己から手を放すルカの慈愛ときたらもう! 三浦先生はなんでこんなキャラが描けるんだろう? あと、

イシドロが俺は好きです!
コンテ描いてて楽しかったし、和みましたホント!

 基本原作に沿って描いていたのですが、コマとコマを繋ぐ画を考えるのが面白かったです。もしかすると、ガッツの次に作画(手描き)カットが多いのはイシドロかも? CGチームの方から「この表情は作画で」と表情・ポーズ・ディティール的に作画の方が活きると判断されたものが、こちらの作画チームにまわされるんですが、イシドロはやっぱり自分のコンテからして、かなり表情豊かに描かれてたって事なんでしょう。ま、イシドロは次篇でも出てくるので、これもコンテ切る楽しみのひとつですね。