腹巻猫です。『宇宙戦艦ヤマト』(1974)放送50周年を記念して、昨年から今年にかけてさまざまなイベントが開催され、新商品が発売されています。そのひとつに、昨年12月にリリースされたアルバム「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト 2024mix」がありました。1977年に発売された「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」をオリジナルマスターに遡ってニューミックスしたアルバムです。
ポイントは「リマスター」ではなく「ニューミックス」である点。
両者はどう違うのか? 完成したアルバムと旧盤の違いは? 結局どっちがいいの?
そこを語ってみたいと思います。
「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」は、TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』(1974)の音楽を作曲者の宮川泰自身がオーケストラ用にアレンジし、選りすぐりのミュージシャンの演奏によって録音したアルバムである。演奏・構成ともにすばらしい名盤で、アニメ音楽アルバムの金字塔として、当コラムの第1回でも取り上げた。このアルバムを聴いてアニメ音楽にのめり込んだという人も多いだろう。本作のヒットでアニメ音楽の商品化が一気に進んだことから、アニメ音楽ビジネスのターニングポイントとなった作品とも言える。
それだけ人気があり重要なアルバムなので、CD時代になってもくり返し再発売が行われ、リマスターも何度かされている。
しかし、今回の「2024mix」は過去のリマスター盤とは根本的に異なる商品である。それを理解してもらうためには、マスタリングとミックスの違いを説明しておく必要がある。
マスタリングとは、レコードやCD、配信用音源等の制作時に必ず行われる工程で、ひとことで言えば、録音した音源を聴きやすいように、また、よりよく聞こえるように調整する作業である。音量の調整やノイズ取りを行い、ときには、エコーを加えたり、特定の楽器の音を目立つようにしたり、コンプレッサーで音を圧縮して音量差を整えたりする。マスタリングを行うエンジニアの手腕によっては、曲の印象は驚くほど変わり、それは曲の評判にも影響する。音楽を商品化する上で欠かせない重要な工程である。
ただ、マスタリングでできることは基本的にマスターに含まれている情報を引き出すことで、まったく別の音源を作り出すことはできない。アニメーションにたとえると、フィルム(もしくは映像データ)に記録された映像の彩度やコントラストを調整したり、カラーバランスを整えたり、ゴミ取りをしたりし、お色直しを行うのがマスタリングにあたる。リマスタリング(リマスター)とは、このマスタリングをやり直して、新たなマスターを作り出すことである。
いっぽうミックスとは、マルチトラックレコーディングされた音源を組み合わせて、ひとつのマスターを作り出す工程である。マルチトラックレコーディングとは、大ざっぱに言えば、楽器ごとにトラックを分けて録音すること。弦楽器、金管楽器、木管楽器、リズム、ボーカルなどを別々のトラックに記録しているので、個別に音量を変えたり、加工したり、演奏ミスのある部分をミュート(無音に)したり差し替えたりすることが可能だ。ミックス工程では、各トラックの音量や定位(音が聞こえてくる位置)を決め、2チャンネル、または5.1チャンネルなどにまとめてマスター音源を作成する。
ニューミックスとは、マルチトラック音源にさかのぼってミックスをやり直すことである。トラックごとの音量や定位、採用する演奏のテイク、音を重ねるタイミングなど、根本的なサウンドデザインを変えることができる点がリマスターとの大きな違いだ。アニメーションにたとえると、キャラクターや背景などの素材を組み合わせて再撮影を行ったり、撮影した映像素材をもとに再編集を行ったりするのがニューミックスにあたると言ってよいだろう。
なお、「ニューミックス」と同じ意味で「リミックス」という言葉が使われることがあるが、「リミックス」は既存の音源を加工・編集して新たな曲を作り出すことにも使われるので(ダンス用にリズムトラックを加えたり、曲をループさせたりした「ダンスミックス」など)、本稿では「ニューミックス」と呼ぶことにする。
「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト 2024mix」は、日本コロムビアが保管していたオリジナルのマルチトラックテープをデジタル化し、ニューミックスを行ったアルバム。過去のリマスターアルバムとは異なる次元でのサウンドのリニューアルを実現している。
とはいえ、その作業はなかなか大変だったそうだ(アルバムのライナーノーツなどからの情報)。というのも、今回のニューミックスの趣旨は、旧アルバムに忠実に、音質の向上を目指すこと。音を足したり引いたり、別テイクを採用したり、音のタイミングを変えたりして別バージョンを作るのではなく、基本的に音量や定位などは旧盤と大きく変えずに仕上げることが求められた。これがなかなか難しいのである。というのは、オリジナル盤のミックスを行ったときのトラックごとの音量・定位や採用するテイクなどの情報が残されているならよいが、それがない場合は、参考音源(今回の場合はオリジナル・レコードマスター)を再生して、人の耳で判断し、再現するしかない。筆者もかつて「ベルサイユのばら 音楽集[完全版]」の制作時に同様のニューミックス作業に立ち会ったことがあるが、職人的な技と耳のよさが必要な作業だった。
今回は1977年に録音された16チャンネル磁気テープを使用してのニューミックス。まず、テープを再生できる状態にし、テープの劣化による歪みやノイズを除去するなどの手間がかかっている。さらに、本作はマルチトラックレコーディングとはいえ、楽器ごとに分けて録音するのではなく、スタジオにミュージシャンを集めて「せーの」で一斉に演奏して録音している。楽器セクションごとマイクを立てて録音しているのだが、防音のためのパーティションを置いたにしても、弦のトラックに木管の音がもれて小さく録音されているといったケースがしばしばある。その音もれをデジタルで可能な限り除き、さらに楽器ごとの周波数特性を利用して、1トラックにまとめられている音をさらに細分化してトラックを分けるといったことも行っているのだ。
「2024mix」は、大変な手間をかけて作られた、こだわりの詰まったアルバムなのである。
本アルバムは、オリジナルLPの発売日に合わせた2024年12月25日に、日本コロムビアからCDとアナログレコードと配信でリリースされた。配信は通常配信、ハイレゾ配信、空間オーディオの3種類。好みのメディアを選ぶこともできるし、複数購入して聴き比べることも可能だ。
収録曲は以下のとおり。
01. 序曲 2024mix
02. 誕生 2024mix
03. サーシャ 2024mix
04. 試練 2024mix
05. 出発 2024mix
06. 追憶 2024mix
07. 真赤なスカーフ 2024mix
08. 決戦〜挑戦=出撃=勝利〜 2024mix
09. イスカンダル 2024mix
10. 回想 2024mix
11. 明日への希望〜夢・ロマン・冒険心〜 2024mix
12. スターシャ 2024mix
LPレコードでは、オリジナル盤どおり01〜06がA面、07〜12がB面に収録されている。
先に書いたとおり、本アルバムのオリジナル盤については当コラムで一度取り上げたことがある。そこで今回は、オリジナル盤と2024mixとの聴き比べをしてみたい。なるべく条件をそろえて聴き比べるために、ソースとして24bit/96kHzでマスタリングされたハイレゾ音源を使用する。2014年8月6日にリリースされた「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」のハイレゾ配信音源と今回の「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト 2024mix」ハイレゾ配信音源である。
全曲を聴くと長くなるので、次の4曲を聴き比べてみよう。
01. 序曲
05. 出発
07. 真赤なスカーフ
09. イスカンダル
まず「序曲」。タイトルどおり、アルバム全体の導入となる曲で、クラシック風の格調高いサウンドにアレンジされている。宇宙の神秘を描写するテーマから始まり、女声スキャット(川島和子)による「無限に広がる大宇宙」のメロディが登場。さまざまに変奏されたあと、最後に主題歌「宇宙戦艦ヤマト」のモチーフが短く奏されて終わる構成。
演奏が始まると、木管と弦楽器が合奏する出だしの部分から印象が違うことに驚く。2024mixではバックのピアノとパーカッション、ベースの音がオリジナル盤よりはっきりと聞こえる。音の分離がよく、楽器それぞれの音が明瞭になっている。
川島和子のスキャットが始まる部分では、オリジナル盤よりも音(声)の立ち上がりが鮮やかだ。音の広がりと音量もオリジナル盤より強調されている。オリジナル盤はスキャットとオーケストラが溶け合っていたが、2024mixはスキャットを前面に出した音作り。「この曲ではスキャットが主役」、そんな意図を感じる。
終盤の主題歌のモチーフが現れる部分は、オリジナル盤よりリズムがはっきり聞こえ、ダイナミックな印象を受ける。
「序曲」を聴いただけでも、2024mixは、全体にオリジナル盤よりもメリハリのあるクリアな音になっていることがわかる。
続いて4曲目の「出発(たびだち)」。第3話ラストのヤマト発進シーンに流れたBGM「地球を飛び立つヤマト」をアレンジした曲である。
オリジナル盤のライナーノーツで宮川泰が、この曲はポール・マッカートニーの曲「007 死ぬのは奴らだ」からヒントを得たと語っている。「007 死ぬのは奴らだ」は同名劇場作品の主題歌で、流麗なメロディとたたみかけるようなリズムを1曲の中に盛り込んだロックオーケストラ風のナンバーである。
「出発」のオリジナル盤はオーケストラの演奏にロックのリズムが加わった印象だった。2024mixでは、よりロック色の強いサウンドになっている(気がする)。
20秒ほどの序奏のあとに現れるロック的なリズムのパート。2024mixではリズムを刻むエレキギターとエレキベースがオリジナル盤よりしっかり聞こえる。続いて、木管と弦楽器がメロディを奏で始めるが、その後ろで鳴っているリズムも2024mixのほうが明瞭だ。オーケストラとリズムが絡みあい、しだいにテンポアップしていく中間部では、2024mixのほうが、ドラムの音がオーケストラに負けない音量で聞こえることに注目したい。オリジナル盤以上に「ロックオーケストラ」を感じさせるミックスになっている。原曲の「地球を飛び立つヤマト」はこんな音だったなあと思い出す。
次は7曲目の「真赤なスカーフ」。エンディング主題歌「真赤なスカーフ」を大胆に料理した、宮川泰の名アレンジが味わえる1曲である。
序盤は弦合奏による悲し気なアレンジ。一瞬の静寂ののち、ラテンミュージック風にアレンジされたテーマが始まり、空気が変わる。この部分はオリジナル盤より2024mixのほうが、リズムのはっきりした力強いサウンドになっている。金管やピアノの音がオリジナル盤より目立って聴こえるのも特徴。後半のトランペットソロとギターソロも、2024mixは、それぞれのソロ楽器が主役らしく前に出て演奏している印象だ。
2024mixは、オリジナル盤よりリズムセクションやソロ楽器の音が立った、パンチのあるサウンドになった。「宮川泰が聴かせたかったのはこういう音だったのかな?」と思わせる。
そして9曲目の「イスカンダル」。これも宮川泰らしいイージーリスニング風の1曲。イスカンダルのテーマとして使用されたBGM「美しい大海を渡る」のアレンジ曲である。
序奏部はアルトフルートがテーマを奏でる。2024mixではバックのピアノやビブラフォンなどによるふわふわした音がオリジナル盤より大きく聞こえ、幻想的なイメージが強調されている。それに続く弦合奏主体のパートでは、やはりバックのビブラフォンやベースの音が明瞭に聞こえ、ポップスオーケストラ的なサウンドが堪能できる。
ゴージャスなストリングスの音はオリジナル盤も2024mixも甲乙つけがたく、ふくよかなオリジナル盤か、輪郭のくっきりした2024mixか、好みが分かれるところかもしれない。オリジナル盤は柔らかく、温かみのあるサウンド。2024mixはポップス的なカラフルなサウンド。そんな違いが感じられる曲だ。
全体として、オリジナル盤では背景に埋もれていた音が2024mixではくっきりと聞こえるようになり、クリアな音が楽しめるようになっている。何度も聴いているアルバムなのに、2024mixを聴きこむと「こんな音が鳴っていたのか」「こんなアレンジだったのか」と新たな発見がある。
ミックスの方向性としては、基本的にオリジナル盤を踏襲しつつ、各楽器の音を粒立たせ、リズムをしっかり聞かせる音作りになっている。オリジナル盤と比べると、ベールが1枚とれたような、画像にたとえるなら彩度とコントラストが一段上がったような鮮明感がある。
では、2024mixはオリジナル盤より音がよくなったと言ってよいのだろうか? そうも言えるが、そう単純ではない。そもそも「音がよい」というのは個人によって基準の違う主観的なものである。好みや聴覚の差や環境など、さまざまな要因に左右される。そしてもうひとつ、「音楽にとって音がよいとは何か?」という問題がある。
オリジナル盤はさまざまな楽器の音が溶けあい、音の雲がふわっと飛んでくるような印象を受ける。それを「音の分離がよくない」ととらえる人もいるかもしれない。が、筆者はホールでオーケストラの生演奏を聴くのに近いサウンドだと思う。コンサートやライブで生演奏を聴くとき、われわれはまわりの空気も同時に感じ取っている。楽器から出た音は空間の中でまじりあい耳に届く。作曲家は、たとえばフルートとクラリネットを同時に鳴らして、楽器単体では出せない音を聞かせようとする。画家がパレットの上で絵の具をまぜるように。音が分離して聞こえないことが作曲家の意図に沿っていることもあるのである。また、オーケストラの生演奏を聴いていると、オーケストラ全体がまるでひとつの楽器として鳴っているように聴こえる瞬間がある。それが生演奏を聴く醍醐味のひとつだ。オリジナル盤のサウンドは、そんな生演奏の空気感を体験させてくれる。
いっぽう2024mixは、スタジオ録音で作る現代のポピュラーミュージックのサウンドに近い。ひとつひとつの楽器の音をクリアにし、ソロの音は前に出し、リズムもしっかり聴かせる。そうすることで、目の前でミュージシャンが演奏しているような迫力と臨場感を味わえる。ミュージシャンのテクニックや個性も聴き取ることができる。どんなアレンジになっているか分析的に聴きたい人にとってもありがたい音作りである。
オリジナル盤と2024mixのサウンドの違いは、技術的な進歩と同時に、クラシック志向かポップス志向かといった違いが反映されているようだ。それは、スピーカーで音楽を聴いていた時代とヘッドフォンやイヤフォンで音楽を聴く時代のサウンドの違いと言えるかもしれない。
「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト 2024mix」はオリジナル盤に代わる新たなマスターになるのだろうか。
そうではないと思う。2024mixは「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」のマスターに新たに加わったバリエーションのひとつと考えたほうがよいだろう。どちらがよいとか、すぐれているとか、言い切ることはできない。どちらを選ぶかは、好みの問題なのだ。筆者は、リラックスして聴きたいときはオリジナル盤、気分をアゲたいときは2024mixと、その日によって聴くバージョンを変えて楽しんでみたい。
ひとつ言えることは、ニューミックスのためにマルチトラックテープを蔵出しし、アーカイブしたことは大きな意義があるということだ。今回保全された音源から、また新たなミックスが作られる可能性が広がった。音楽遺産を後世に残していく意味でも、すばらしい仕事であり、商品である。当コラムで「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」のオリジナル盤を取り上げたとき、「永遠のマスターピース」とタイトルをつけた。2024mixはそこに追加された新たなピースである。
交響組曲 宇宙戦艦ヤマト 2024mix
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