腹巻猫です。3月22日に神保町・ブックカフェ二十世紀で開催されるイベント「サウンドトラック☆スクエア」に出演します。サントラ専門店「ARK SOUNDTRACK SQUARE」が主催する音楽とトークのイベントです。今回は2020年から2025年のあいだに海外・国内でリリースされたサントラ盤の中から名盤・注目盤を厳選して紹介しようという企画。アニメ音楽が取り上げられるかどうかわかりませんが、サウンドトラック、特に映画サントラに興味のある方はぜひどうぞ。詳細は下記を参照ください。
https://arksquare.net/jp/news/2025/02/20250215.php
劇場アニメ『ベルサイユのばら』の音楽について語ってみたい。
今さら説明するまでもないと思うが、原作は池田理代子が1970年代に発表したマンガ史に残る名作。将軍家の娘として生まれた男装の麗人オスカルとフランス王妃マリー・アントワネットの2人を中心に、フランス革命に向かう激動の時代を生きた人々の愛と自立と戦いを描いた作品だ。70年代には宝塚歌劇、実写劇場作品、TVアニメになって人気を博した。それを現代の劇場アニメとしてリメイクしたのが本作である。なお、公式サイトでは「劇場アニメ『ベルサイユのばら』」の表記で統一されているので、本稿でもそう表記することにする。
正直に言うと『ベルサイユのばら』をアニメでリメイクすると聞いたときは、あまり期待しなかった。筆者はTVアニメ版のファンで、2016年に「ベルサイユのばら 音楽集[完全版]」の企画をメーカーに持ち込んで、構成・解説を手がけたくらい(このアルバムは現在、配信で聴くことができる)。しかし、音楽を澤野弘之が担当すると聞いて、がぜん興味がわいた。
『ベルばら』に澤野弘之の音楽! 激しいロック調の曲や『進撃の巨人』みたいなコーラス入りの重厚な曲が流れるのか? 絢爛豪華でパワフルなアニメになるかもしれないと想像がふくらんだ。
結論から言えば、劇場アニメ『ベルサイユのばら』は筆者が期待していたものとは違っていた。絢爛豪華でパワフルというよりはポップでロマンティックな印象である。しかし、「こういうのもありだな」と思った。
驚いたのは音楽の演出。劇中に15曲もの挿入歌が流れる。ユニークで大胆なアプローチの作品だった。
あらかじめ言っておくと、本作はいわゆる「ミュージカル映画」ではない。ミュージカル映画では、登場人物が劇中で歌い始める。本作にはそういう場面もいくつかあるが、それはどちらかといえば例外で、歌が流れるシーンの大半は、ミュージックビデオのようなイメージ映像になっている。「ミュージカル映画」というより「音楽映画」だ。本作のユニークなところである。
劇中に15曲もの挿入歌が流れることには、それなりの必然性がある。
本作は約2時間の尺。そこに原作の物語を詰め込んでいるから、展開が駆け足になるし、省略されたエピソードも多い。キャラクターの秘めた心情や心境の変化などが観客に伝わりにくい。そこで効果を発揮するのが挿入歌だ。歌がキャラクターの心情を代弁し、映像で描ききれなかった想いを伝える。役割としてはミュージカル映画の劇中歌と同じである。
では、なぜキャラクターが歌うミュージカル映画にしなかったのか? 監督の吉村愛はインタビューでこう語っている。
「曲を聴いてキャラクターが歌い出すミュージカル形式は苦手な人もいるので、アニメのオープニングやエンディングのような映像表現とともに曲が流れてくる形にしたかったんです」
たしかに、登場人物が突然歌い出すミュージカル演出は、うまくやらないと不自然になり、コミカルにも見えてしまう。本作にも登場人物が歌っているように演出されている場面がいくつかあるが、「なんで歌ってるの?」と雑念がわいて作品に入りこめなかった。いっぽうミュージックビデオ的に演出されているシーンは、余計なことを考えずに雰囲気にひたることができる。歌とイメージ映像を心地よく楽しみながら、脳内でドラマを補完し、気分を盛り上げることができるのだ。
本作における挿入歌は、映像的・音楽的な見せ場と作るとともに、映像で語り切れない情感とエピソードを補うしかけである。もしこの作品に歌がなかったら、ただ駆け足に物語をまとめただけの印象になっていただろう。
音楽は澤野弘之とKOHTA YAMAMOTOの共作。澤野弘之が全体の音楽プロデュースと挿入歌の作・編曲を担当し、KOHTA YAMAMOTOがインストゥルメンタルの劇伴を担当している。劇伴の中に澤野が作曲した挿入歌のメロディがちりばめられた構成だ。
澤野弘之のインタビューによれば、本作の音楽制作に取りかかったのは5年ほど前(つまり2020年頃)。挿入歌作りから先行して進めたという。澤野はインタビューの中で「クラシカルなアプローチの楽曲ではなく、POPS&ROCKを取り入れた現代的なサウンドにしてほしいというオーダーだったので、それぞれシーンごとに必要な楽曲の方向性やサウンドイメージなどが書かれた音楽メニューをもとに制作していきました」と語っている。
いっぽうKOHTA YAMAMOTOは、2022年春に監督(吉村愛)、音響監督(長崎行男)、澤野弘之と打合せをし、劇伴制作を開始した。澤野弘之による挿入歌のデモがすでにできあがっていて、挿入歌のメロディを組み込んだ劇伴と、それとは別にオリジナルで制作する劇伴のオーダーを受けたという。作曲は絵コンテをベースに映像にタイミングを合わせたフィルムスコアリングのスタイルで進められた。澤野弘之の楽曲がポップス&ロック志向なのに対し、KOHTA YAMAMOTOはオーケストラ楽器を主体にしたクラシカルなアプローチの曲が多いのが特徴だ。
結果的にポップス&ロック的な楽曲とクラシック的な楽曲が共存する、現代の『ベルばら』音楽と呼ぶにふさわしい音楽になったと思う。宝塚歌劇版とも実写版ともTVアニメ版とも異なる、新たな『ベルばら』サウンドの誕生である。
本作のサウンドトラック・アルバムは、挿入歌を収録した「Song Collection from The Rose of Versailles」と劇伴を収録した「The Rose of Versailles Original Soundtrack」の2タイトルが、2025年2月26日にエイベックス・ピクチャーズよりCDと配信で同時リリースされた。
収録曲は下記商品紹介ページを参照。
「Song Collection from The Rose of Versailles」
https://verbara-movie.jp/discography/detail.php?id=1020677
「The Rose of Versailles Original Soundtrack」
https://verbara-movie.jp/discography/detail.php?id=1020676
「Song Collection」には挿入歌15曲のフルサイズと10曲のMovie Edit版(劇中バージョン)を収録。15曲の挿入歌はすべて劇中で使用されている。
「Original Soundtrack」は全31曲をストーリーに沿った曲順で収録。こちらには歌は収録されていない。「Song Collection」の曲と「Original Soundtrack」収録曲を組合せれば、本編で流れた音楽を再現することができる(ただし絢香が歌うエンディング主題歌「Versailles —ベルサイユ—」は別売)。
以下、印象的な曲をピックアップして紹介しよう。
オープニングに流れる挿入歌「The Rose of Versailles」は本作のメインテーマ。オスカル、マリー・アントワネット、フェルゼン、アンドレの4人が歌う曲だ。オープニングでこの曲が流れてきたとき、「うわー、こう来たか!」と思った。『ベルばら』の歌というとドラマティックに歌い上げるイメージがあるが、「The Rose of Versailles」は思い切ってポップで明るく華やかな曲調。4人のキャラクターが歌うことで「この作品は4人の物語」という宣言にもなっている。
劇中にはこの曲をアレンジした曲がいくつも登場する。冒頭に流れる劇伴「The Rose of Versailles 〜Prologue〜」や新たな国王の誕生をパリ市民たちが祝福する場面の挿入歌「Our King and Queen」は、フランスの繁栄の象徴のように使用されている。
いっぽう、同じメロディをアレンジした挿入歌「Anger and pain」は、王政に対する市民の怒りを表現する曲として流れる。そして、物語終盤に流れる劇伴「フランス革命」や「自由・平等・友愛」では、フランス革命の象徴として、このメロディが使用される。
作品が展開するにつれて、同じメロディが異なる意味を持った曲に変化していく。実にみごとでドラマティックな音楽設計である。
「Ma Vie en Rose」はマリー・アントワネットが歌う挿入歌。フランス王室に輿入れしたアントワネットの天真爛漫さを描写する曲として流れている。このメロディも劇伴に形を変えて登場する。ルイ16世とアントワネットの初対面の場面に流れる「花嫁・アントワネット」、フェルゼンが去ったさみしさを放蕩と贅沢でまぎわらすアントワネットの場面に流れる「放蕩の妃・アントワネット」などだ。
アントワネットとフェルゼンが歌う「Resonance of Love」は、4年の時を経て再会した2人があふれ出る想いをこらえきれずに抱き合う場面に流れた挿入歌。アントワネットとフェルゼンの愛のテーマである。このシーンも華麗な(少女マンガ的な)ミュージックビデオ風に演出されていて、アニメならではの名場面になっていた。注目してほしいのは、挿入歌が流れる前に同じメロディを使った劇伴「フェルゼンの謁見」と「アントワネットとフェルゼン」がすでに劇中に使われていること。劇伴が挿入歌の予告もしくは伏線になっているのだ。
オスカルが歌う挿入歌「心の在り処」は複雑な心情を歌った曲である。恋のよろこびを初めて知ったというアントワネットの想いを聞き、オスカルは自分が信じていた価値観(男として生きてきた生き方)がゆらぐように感じてショックを受ける。オスカルが父から結婚を奨められて動揺する場面に流れる挿入歌「Return to nothing」はこの曲の変奏だ。「悩めるオスカルのテーマ」とでも呼ぶべきモチーフである。
自分がフェルゼンに惹かれていることに気づいたオスカルは、ドレスに身を包んだ美しい女性として舞踏会場に現れる。フェルゼンに声をかけられたオスカルはそれで満足し、自分の気持ちをふっきるのだが、本作ではその描写はない。代わりに流れるのが挿入歌「Believe in My Way」だ。歌はオスカルの独唱で始まり、劇中で描かれなかったオスカルの想いが語られる。続いてアントワネットが、フェルゼンが、アンドレが歌い継いで、それぞれが信じる「自分の道(My Way)」を語る。最後は4人がそろって歌う合唱となって終わる。中盤のハイライトと呼べる挿入歌である。
数ある挿入歌の中でも4人が歌う歌は「The Rose of Versailles」とこの「Believe in My Way」だけ。「The Rose of Versailles」が作品全体のメインテーマだとすれば、「Believe in My Way」は4人の心を表現した愛のテーマと言えるだろう。
また、この歌は物語の前半を締めくくる曲でもある。この歌が流れたあと、貧困に苦しむパリ市民たちが描写され、物語は革命に向けて急展開していくのだ。
革命に向かってパリ市民やオスカルの心境が変化していく場面では、KOHTA YAMAMOTOがオリジナルで(挿入歌のメロディを使わずに)書いた劇伴が重要な役割を果たしている。重苦しい曲調でパリ市民の憤りを表現する「怒れる市民」、自由の尊さを知ったオスカルが市民に寄り添おうと決意する場面の「決意のオスカル」、合唱とオーケストラが崩壊寸前の王室とパリを描写する「絶望の都・パリ」など。前半とは対照的な暗く切迫した雰囲気で作品を彩っているのがKOHTA YAMAMOTOによる劇伴である。
KOHTA YAMAMOTO自身が「気に入っている曲」と語るのが、「ルイ16世と真実」と「ジェローデル・愛の証」の2曲だ。「ルイ16世と真実」は、密告の手紙によってアントワネットとフェルゼンの仲を知ったルイ16世が自分の想いを王妃に語る場面に流れる曲。「ジェローデル・愛の証」はオスカルのアンドレへの想いに気づいたジェローデルがオスカルとの結婚をあきらめ身を引く場面に流れる曲。どちらもキャラクターの繊細な心情が描かれたシーンである。KOHTA YAMAMOTOはピアノやストリングスを使ったクラシカルな曲調で、それぞれの切ない気持ちを表現する。ルイ16世とジェローデルが歌う挿入歌は作られていないが、2人もまた愛に生きる登場人物なのだと思わせてくれる音楽だ。
オスカルが歌う挿入歌「Child of Mars」は、オスカルが父に「私は軍神マルスの子として生きましょう」と宣言する場面に流れた曲。終盤でオスカルが市民とともに戦う場面には、この曲を変奏した挿入歌「Liberation」(歌唱は澤野弘之作品と縁の深いアーティスト・Tielleが担当)が流れる。「心の在り処」が「悩めるオスカルのテーマ」なら、こちらは「戦うオスカルのテーマ」である。
オスカルとアンドレの愛のドラマのクライマックスは、2人が結ばれる場面。2人が歌う挿入歌「夜をこめて」が万感の思いを表現する。その直前の場面には同じメロディの断片を含んだ劇伴「アンドレ・グランディエの妻に」が流れていた。ドラマからスムーズに歌につなげていくミュージカル的な演出である。
先に書いたように、ラストシーンに流れるのは「The Rose of Versailles」をアレンジした劇伴「自由・平等・友愛」だ。オープニングでは華やかに歌われたメロディが、ラストではピアノとストリングスによるしっとりとしたアレンジで演奏される。劇中にこのメロディがたびたび登場するから、観客の脳裏にはここに至るまでの物語の記憶が走馬灯のようにちらつく。この場面は観ていてぐっときてしまった。
こんなふうに、本作の音楽は挿入歌と挿入歌、挿入歌と劇伴が密接に連携し、さらに劇伴が隙間を埋める形で構築されている。2時間の作品に15曲もの挿入歌が流れても散漫な印象を受けないのは、音楽全体が緻密に構成されているからだろう。
劇場アニメ『ベルサイユのばら』は現在も映画館で上映が続いている。筆者の印象だが、気に入ったら2度、3度と劇場に足を運ぶリピーターが多い気がする。一度観ただけでは挿入歌の歌詞は頭に入らない。パンフレットに掲載された歌詞を読み、ソングアルバムやサウンドトラックを聴いて、また劇場に向かうファンが多いのではないか。そうすることで、よりキャラクターの心情に共感でき、作品で描かれなかったエピソードを想像で埋めることができるからだ。
多彩なキャラクターが登場する『ベルサイユのばら』の物語を2時間にまとめることは難しく、説明不足だと思うところもあるし、細かい点で不満がないわけではない。が、歌を軸に構成する本作のアプローチは、予想以上にうまくいっている。『ベルばら』音楽史に新たな名曲が加わった。こういうアニメ版『ベルばら』もいいと思う。
Song Collection from The Rose of Versailles
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The Rose of Versailles Original Soundtrack
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