螺巌篇 第2部 総集編映画を作る苦労と旨味
取材日/2009年6月19日 | 取材場所/東京・東小金井 GAINAX | 取材/小黒祐一郎、岡本敦史 | 構成/岡本敦史
初出掲載/2009年12月28日
── 監督的には、コンテに入る前から大体どんな仕上がりになるのか、読みはあったんですか。ボリュームであるとか、スピード感であるとか。
今石 うーん、あんまり見えてなかったかな。今回は『紅蓮篇』よりも全体像が想像できなかったんですよね。まあ、内容的にどんな話が入るのかは知ってるわけだけど、それを映画としてお客さんが観た時、どういう感情を呼び起こすのか。個人的には「仁義なき戦い」みたいな映画にしたいなあとは思いつつ、どういう種類の映画になるのか、よく分からなかった。TVの画をそのまま使わざるを得ないので、いわゆる映画的な山場の作り方とは変わってきてしまうし。特に『螺巌篇』は、小刻みに中くらいの山場が続いていく感じになるわけですよ。『紅蓮篇』のほうは、それでもまだ大きな山場が作りやすかったんだけど。
── シモンが牢獄から出て以降は、まったく休んでないですからね。
今石 そうなんですよね。前半の1時間、つまり第3部にあたる部分は、まだ構成的に分かるんです。月奪還というクライマックスに向けて、綺麗に繋がっていく感じがあるから。ただ、その後からの展開が、ちょっと分からなかったですよね。そんな事なかったですか?
大塚 いや、分からなかった。
今石 ですよね(笑)。
大塚 正直、ボリュームを読めていないまま進めていたところはある。とりあえずコンテを描いてみた、当たり前に描いたらオーバーするだろう、上がってきたらやっぱりオーバーしていた、という感じ。
── 実際には上映時間130分という尺ですが、元々、何分ぐらいにまとめる予定だったんですか?
今石 やっぱり2時間は切ろう、『紅蓮篇』ぐらいには収めようとは思ってました。そもそも『紅蓮編』だって、本当は100分で収めようとしてたんですよ。それが、結果的には120分ギリギリぐらいになってしまって。次はさすがに120分に収めなきゃ、でも無理だろうなあ……と思っていて、やっぱり無理だったという感じですね。
── でも、作っているうちに暴走して延びちゃった、というわけではないんですね。
今石 暴走って?
── 観客としては「こんなロボも、あんなロボも出しちゃうぞ」とか欲張ってるうちに延びちゃったんじゃないか、と思うわけじゃないですか。さすがガイナックスだなあ、みたいな。
今石 ああ、なるほど(笑)。
── むしろ、削って削って130分なわけですね。
今石 そうですね。だからまあ、最後のほうは相当ヤバイ決断をしなければいけないのか、という感じでしたね。編集しながら。
大塚 最初の構想とか、シナリオの段階では暴走してるんですけど、コンテの段階では作画の省力化も含めて、だいぶ監督は苦労していましたね。むしろ、TVの場面をどうやって活かすかみたいなところで、第3部のあたりはかなり苦戦してたような気がする。
今石 そうですね。
大塚 全部を新作でやれるんだったら、コンテ的にはもう少し楽ができたと思うんだけど。TVの素材を使いつつ、でも一部は描き直しつつ、さらに新作も交えて切り貼りして、なんとか1本の映画として成立させる。その作業は、横で見てても「うわ、大変そうだなあ」と思ってました。
今石 そういう悩みどころは多かったですね。完全新作なら、3カットぐらいで伝えたい意味が表現できるのに、TVのカットを使ったら10カット繋げないとそのシーンが終われない、みたいな事が起きる。それでまあ、背景を変えたり、色を変えたり、光を変えたり、奥に1人だけ足したり、姑息な工夫をいろいろやってるんですけど。「これ、新しく描いたほうが早いんじゃねえかなあ?」みたいな瞬間は、たびたび訪れましたね。
── 実際、人を足したりしてるわけですね。
今石 ええ。細かく足したりしてます。
── TVでは死んでる人が生き残ってたりしますし。
今石 そういうところも、そうですね。
── 最後の結婚式で並んでる人の数も増えてるわけですか。
今石 足してますよ。PANするカットのフレームが、ちょっと伸びたりしてます。
大塚 撮影処理なんかも、そういう細かーい事がたくさん積み重なっててね。「新作より大変かも」と思いました。
── 完全新作カットは、どのくらいあるんですか?
今石 何カットだったかな。TVの各話2本分ぐらいあったんでしたっけ?
大塚 500カットぐらい?
今石 そうか。それと、既存のレイアウトや原画を使って、作画修正を足していくものも含めたら、700越えみたいな感じでしたよね。
大塚 うん。後から後から、そういうシーンが増えていく。「あ、これも、これもだ」って。
── 第3部にあたるところで、シモンが手から小さなドリルを出して、螺旋力を発現させているようなシーンもありましたね。あれはよく分からなかったんですが。
今石 あそこは、シモンがロージェノムと同じになりかかってるという描写ですね。TVの時も、ロージェノムの手から光のドリルが出ていて、それは螺旋力を持て余してるという意味でもあったんです。そういう力を制御しないと、ロージェノムと同じになっちゃうから、シモンがそれを抑えようとしてる姿を見せている。中島さんの小説版には書いてあったんですよ。TVの第3部では、シモンの心情をほとんど描いてなくて、かなりロシウ寄りだった。だから、なぜシモンがあっさり死刑を受け入れるのかとか、そういう部分が分かりづらくなってしまった。今回の映画では、やっぱりロシウよりはシモン目線で進めていこうと思ったんです。
── 『螺巌篇』では、シモンがだいぶ主役らしくなった気がしますね。
今石 そうですね。ただボーッと流されていただけじゃないんだぞ、みたいな事も描けたから(笑)。
大塚 TVのほうでも、シモンの螺旋力が発動しそうになるみたいなシーンが、アイディアとしてあったんだよね。暴動を起こしている市民に対して、ちょっと怒りが湧いてきて……。
今石 ああ、そうでしたね。なんか、暴れる市民に対して怒りの感情がパッと湧き起こった時、手は出さないんだけど、力だけは思わず出ちゃう。それで市民のひとりを吹き飛ばしてしまう。で、吹き飛ばされた奴が「あいつが俺を殴った!」みたいな感じになって、さらに暴動が広がっていく……というシーンを考えていたんですよね。まあ、演出的にはあるといいと思うんだけど、作画的にはやりたくなかった(苦笑)。
── 面倒だから?
今石 もう、このタイミングでそんなモブ芝居をやるのは怖すぎる! しかも失敗したらコトだぞ、と思って。ただ暴動してるだけなら多少緩くてもいい気がするけど、そういう場面が入るなら、ちゃんとしてないとダメでしょう、とも思ったし。
大塚 かなり肝のシーンになっちゃうからね。
今石 ええ。そこがクタクタの画だったらもう、とんだ茶番になってしまうので。第3部に関しては、ひたすら作画的にカロリーを下げよう下げようとしていて、その過程でカットしていった部分も多かった。
── それを今回の映画で、改めて立て直した部分もあるわけですね。
今石 そうですね。別のかたちで補足したつもりです。
── 獄中にいる時のシモンの描写がTVとだいぶ違うんですが、これはどうして?
今石 あそこはかなり趣味の領域かもしれませんね。TVの時は、刑務所だけで1本作ろうとか言ってたくらい、本当はもっと描きたかったんですよ。それで総集編という事にかこつけて、少しでも新作を増やそうと。お話的には必要ない気もするんだけど、まあ、描きたかったんです(笑)。
── シモンがいじめられるあたりですよね。パラシュート部隊とか。
今石 ええ。演出的には、シモンがとことんまで落ちぶれていくさまを見せたかったんですよね。TVではそんなに描けなくて、案外カッコよくなっちゃったな、みたいな印象があって。劇場版ではもう、頭に食べ物をかけられたりする、わりとベタな場面を入れる事で叶えられたと思うんですけど。
── そういう「TV版でやりたかったけど、やらなかった」みたいな事を、今回の『螺巌篇』ではかなり実現されてますよね。刑務所のシーンとか、カテドラル・ラゼンガンが登場するところとか。そのあたりも今回の大きな目標だったんですか?
今石 まあ、大事な原動力ではありましたね。映画として作るのであれば、当然それをやらないと映画にした意味もないというか。だからといって、TVシリーズに不満があったわけではないですけどね。むしろ、劇場版とTVと、どっちが本当の『グレンラガン』なんだ? みたいな事を言われたとしたら、多分TVのほうが本当なんですよ。それを、劇場サイズで見せるためにグレードアップしたに過ぎない。今回の劇場版も、本質はTVシリーズにあったものしかないとは思ってるんですけどね。ただ、やっぱり表現的にTVでオンエアできない事だったり、スケジュールや物量的にできない事というのは、映画でやっておきたい。それが総集編映画の旨味というか。
── なるほど。
今石 要するに、ストーリーはもう出来上がってるわけですよ。だから今回は描写に凝れるというか、ディテールを掘り下げる余裕があるというか。TVシリーズの頃は、言ってしまえばストーリーを完結させる事だけで手一杯だったわけですよね。映画では、そのあたりをもう少し噛み砕いて、若干寄り道をしながら表現できるという旨味がある。総集編というかたちで作るのであれば、それはやりたい事ではありました。
── 終盤、グレンラガンがアンチスパイラルに蹂躙されて血まみれになるような場面も、劇場版だから敢えて過激な表現に?
今石 いや、あれはどうなのかな。TVでもやってたらできたのかもしれないけど。人じゃなくてメカですからね。まあ「赤色はマズい」とか言われてたかもしれない。
── ロージェノムがCGキャラになる展開は、どうして生まれたんですか。
今石 最初は確か、シナリオですよね。異常に長いんですよ、ト書きが。中島さんがキャッキャ言いながら書いてるのが手に取るように伝わる感じで、僕もそれを読んだ途端、パーッと頭にコンテが浮かんでしまった。それで、大塚さんの反対を押し切って……。
一同 (笑)
── やっぱり反対しましたか。
大塚 まあ、そもそも尺をオーバーしてるんでね。それでもやりたい、と。
今石 ダハハハハ!
大塚 あとまあ、わりと早い段階でロージェノムのテンションが上がっちゃうのはどうなの? とも思ったんですよ。最後まで溜めてたほうがいいんじゃないの、という気がして。だけど、監督も中島さんもやる気マンマンだったから(笑)。「じゃあ、やってください」って。
今石 TVでやり残した事のひとつに、ロージェノム役を演っている池田成志さんに、舞台と同じテンションで芝居してもらいたい、というのがあったんですよ。中島さんから「凄くいい声の役者がいるから!」と紹介されて、ロージェノム役をお願いしたんですけど、いつも舞台に出ている時とは全然違う芝居なんですよね。まあ、ロージェノムはああいうキャラだから仕方ないんですけど。いろいろと成志さんの出ている芝居を観てると、普段のほうがハッキングパパをやってる時の感じなんです。だから、『グレンラガン』でも1回それをやりたかった。そうなると、もうあそこしかないんですよね。
── しかも、ストーリー的にはあんな表現でなくても構わないのに。
今石 ええ。CGを無駄に使いたくて(笑)。今回の劇場版で新しくCGのモデリングをしたのは、あのハッキングパパだけです。
一同 (笑)
今石 いやあ、非常にいい感じの仕上がりでしたね! 『グレン』のCGをずーっとやってもらったサンジゲンさんには、TVの時から「とにかく『トロン』でやってくれ」って言い続けてたんですけど、その成果がここに結実しました。
── 大画面で観るとなおさら素晴らしかったですね、ダメダメな感じが。
今石 ええ、一発目から凄くいい仕上がりで(笑)。さすがサンジゲンさんだな、と思いました。CGでは他にも、ムガンの大群との戦いの中で、グレンラガンがグレンブーメランを投げて、ムガンをなぎ倒すという長回しの横フォローのカットがあるんですけど、そこもやってもらいました。「フル3Dでお願いします」と言ったら、作画みたいな3Dが上がってきて(笑)。コマ送りしても、なんか作画に見えるんですけど、みたいな。
大塚 雨宮(哲)の心を動かしたところだよね。
今石 うん、あれはちょっと見どころでしたね。2つのブーメランが併走しながら、丸爆発がボンボン送られていって、途中1回カーンとぶつかって、また画面いっぱいになって、今度はフォローからTUに切り替わって、奥からまたドドドッと爆発が手前に流れてくる。その、奥から手前に流れてくる爆発が、完全に『トップをねらえ!』の増尾(昭一)爆発のタイミングを踏襲してるんですよ!
── へえー。
今石 ガン! と当たる時のエフェクトも、金田伊功もどきのエフェクトをわざわざ手描きでかけてある。作画じゃん(笑)。フル3Dって頼んでるのに、これが上がってくるのは異常だなあ、と。
── 凄いですねえ。
大塚 あれは、お客さんもCGだと思ってないんじゃない?
今石 いやあ、分かんないと思いますよ。雨宮あたりが描いたんだろう、くらいにしか思わないんじゃないかな。
── 後半だと、多元宇宙のシークエンスも、少し変えられてますよね。
今石 まあ、そんなに大きくは変えてないですけどね。グレン団が死ななかったんで、キタンがひとりで寂しい状態になってますけど。
── その上、またしてもカミナに存在を忘れられてるという。
今石 そうですね。登場すると忘れられているキャラ(笑)。あれは劇場版前作を観ていれば、より繋がるかなと思って。キタンの入れどころについても、だいぶ編集で悩みましたね。「これ邪魔なんじゃないか」っていう話で(笑)。
── ああー。
今石 どうもシモンとカミナの見せ場に、水を差してるような気がして。本当は最後にもうひとつ、キタンのキメのカットがあったんですよ。カミナの「あばよじゃねえ、一緒だろ」という台詞の前に、キタンも何か言うみたいなところがあった。それはレイアウトも描いて、編集でも差し込んで、アフレコもしてるんです。でも、最後の段階でやっぱり落としました。
── グレン団の連中が多元宇宙に捕われている新作カットは、中島さんのシナリオには具体的な描写があったんですか。
今石 うん、あれは中島さんがホンで書いてましたね。ジョーガンやバリンボーとかが、株のトレーダーをやっているという。それをどうやって1カットで説明したらいいのか(笑)。テンポ的に、みんな1カットじゃないといけないですから。結局「売りだ! 売りだ!」って言ってるだけなんですけど。
一同 (笑)
今石 なるたけニューヨークの証券取引場と同じにしよう、とか言って描いたんですけど。自分でも難しい事を言うなあ、と思ってましたね。
── クライマックスに関しては、基本的にはTVシリーズの最終回の印象を守っているわけですね。新メカ登場とかはあるけれども。
今石 そうですね。とにかく、最終回の内容は改変したくなかったんです。その、悪い意味での改変はしたくなくて、それは頑として譲らなかったですね。
── つまり、TVシリーズの最終回が間違っていたわけじゃない、と。
今石 ええ。天地がひっくり返ろうとも、ニアは生き返らない。むしろ、絶対に生き返るルートがないぐらいにしようと。そういう意味では、今回は冒頭からニアの死亡フラグが立ちまくりなんですよ。
一同 (笑)
今石 日記を書き始めてる時点で、もう完全な死亡フラグですよね(笑)。
── TVシリーズを観ている時も「監督はヒロインに対して愛情が薄いんだろうなあ」とは思っていましたが。
今石 いやいや、そんな事はないですけどね。だからこう、砂糖菓子みたいな甘ったるいもんばっかり食べてると、病気になるぞっていう……その言い方もマズいな(笑)。とにかく、ラストは意地でも変えたくなかった。
── 変えたくない理由は、なんだったんですか。観ている人たちへの誠意?
今石 誠意でもあるし、そもそも男らしくないですしね。特に自分たちが間違ったとは思ってないですから。まあ、もっと幸せなエンディングが観たいという意見は多くあったけれども、それも全部分かっていて、敢えてあの結末に向かってやっていたので。それは逆にこっちの言葉が足りなかったんだ、というふうに捉えて。
── 劇場版では、言葉をちょっと足したわけですか。
今石 そうですね。言葉を足して、より分かりやすくしたつもりです。実は変わりませんから、と。
── 些末な事ですが、あの日記のナレーションは、ちょっと『トップをねらえ2! 劇場版』みたいだなと思ったんですが。
今石 うん、似てるなと思いました。あれはたまたま、中島さんの方から自然に出てきたアイディアなんですよ。
── そうなんですか。
今石 そのあたりを言い出すとキリがないんですよね。意図してオマージュをしている部分と、たまたまそうなっちゃった部分が混在してて(笑)。
── エピローグも、当初の構想に沿ったかたちに?
今石 うん、それに近いですね。そこにプラスアルファという感じです。
── ひょっとしたらTV版1話の冒頭に繋げるんじゃないかと思ったんですけど、そういうアイディアはなかったんですか。
今石 うーん……ありましたっけ?
大塚 いや、それはなかったよね。
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