観客動員1000万人、興行収入150億円を達成した大ヒット作『アナと雪の女王』を遅ればせながら観てきた。劇場は3月にオープンしたばかりの、コレド室町2の中にあるTOHOシネマズ日本橋だ。大型スクリーン「TCX」はまさに壁一面に広がるサイズで、臨場感は抜群。左右に仕切りのあるプレミアボックスシートも、没入するにはうってつけだった。作品は極めてシンプルなストーリーラインながら、随所にユーモアがあり、ラストには意表をつく仕掛けもある。最後まで飽きずに楽しむことができ、「娯楽の殿堂ディズニーここにあり」といった印象だ。
本作はミュージカルでもあり、要所で主要キャラクターによる歌が場面を盛り上げている。加えて本作では日本語版吹き替えが評判を呼んでおり、主演の松たか子、神田沙也加の歌唱力が話題となったのもご存知だろう。もっとも、僕は1997年の松たか子の歌手デビュー当初からその声質に惚れ込んでいたので、「なぜ今さら」という気持ちがないわけもない。
世界中を市場とするディズニー作品だけあって、多数の吹き替えバージョンが作られている。国によってはセリフと歌で別のタレントを起用しているケースもあるのだが(シェリル方式)、日本語版は全員がセリフと歌の両方をこなしており(ランカ方式)、この点は日本人キャストの頑張りを賞賛すべきだろう。
さて、なぜ今この時期になって『アナと雪の女王』を取り上げるのかと言えば、5月3日にサウンドトラック盤の2枚組デラックスエディションがリリースされたからだ。本作のサントラはもともと3月12日に発売ずみだったが、そちらにはBGMとオリジナルの英語版歌唱のみが収録されており、日本語版の歌は含まれていない。日本語版を聴きたい場合には、ダウンロードで別途入手するしかなかったのだ。今回ようやく日本語版歌唱が収録されたバージョンが発売されたのは、ファンからの問い合わせが相次いだためだという。それもあってか、デラックスエディションは発売以来品薄で、多くの店で「入荷待ち」という状態だ。2枚組CDの内容は、1枚目が先述の3月リリース版のサントラを、2枚目はダウンロード販売されていた日本語版を再録した構成。ディスク1が33曲、ディスク2が15曲を収録している。
『アナと雪の女王』 オリジナル・サウンドトラック
デラックス・エディション(音楽:クリストフ・ベック)
AVCW-63028〜9/3,780円/ウォルト・ディズニー・レコード
発売中
Amazon
本編の内容に絡めながら、収録曲について触れていきたい。なお、歌ものの楽曲は英語版(ディスク1)、日本語版(ディスク2)とも同じ曲順で収録されているので、まとめて紹介する。ディスク1の11曲目「ヴェリィ」は映画冒頭のタイトル画面に使用されたBGMで、ブルガリア風のアカペラ合唱曲だ。『アナと雪の女王』 のエキゾチックな側面を象徴する楽曲となっている。本作はファンタジーであり、舞台も架空の北国・アレンデールとなっているが、美術チームはノルウェーの風景や建築を参考にしたとのこと。劇伴を担当するクリストフ・ベックはカナダ出身であり、過去に「アイス・プリンセス」「ブラザーサンタ」などの担当歴もあるため、北国の描写ならお手の物だろう。
2曲目の「雪だるまつくろう」は主人公・アナが、部屋に閉じこもってしまった姉・エルサを遊びに誘う音楽。幼児期・子供時代・成長後のアナを演じた稲葉菜月・諸星すみれ・神田沙也加の歌唱を順番に楽しめる。英語版も悪くないのだが、童謡のように素朴なメロディは、日本人キャストの可愛らしい声にこそよく合っているように思う。
3曲目「生まれてはじめて」は、文字どおり初めて城が解放され、アナが外部の世界に触れる喜びを歌ったもの。アナの活発なキャラクター性を象徴するような楽曲だ。日本語版の神田沙也加の歌い回しが、どことなく母・松田聖子を彷彿とさせるのも聞きどころだ。
5曲目「レット・イット・ゴー」は第86回アカデミー賞で歌曲賞を受賞した、本作の顔と言うべき楽曲。劇中では中盤の見せ場、エルサが雪の女王となって魔力で氷の城を作るシーンに使用された。オリジナルのイディナ・メンゼルの歌唱はブロードウェイのトップスターらしく堂々たるもので、「自分らしく生きる」というこの曲の力強いテーマを余すところなく表現している(キャストの正式決定前から、彼女を想定して書かれた楽曲だそうだ)。一方で松たか子の日本語バージョンは若々しさと気品を感じさせ、よりエルサのキャラクター性に引き寄せたアプローチ。どちらにも違った味わいがあり、両方を楽しめるデラックス・エディションは実にお得ではないかと思う。
10曲目には同じく「レット・イット・ゴー」の主題歌バージョンが入っており、こちらは英語・日本語ともキャストではなく歌手が歌っている。このバージョンはエンドロールと共に流れるのだが、アレンジがポップス調に変わるだけでなく、ストーリーを終えたことによって、同じ歌詞が別の意味を持って聞こえるのがポイント。「少しも寒くないわ」という一節が、やせ我慢ではなくエルサの真情として伝わってくる。
本作『アナと雪の女王』を見終えて驚いたことがひとつ。エンドクレジットには、大手ディズニーらしく膨大なスタッフの名前が記されていたのだが、ズラリと並ぶ中国系・韓国系らしき名前に比べて、日本人・日系人の少ないこと。これがそのままディズニー社内の人数比になるとは思えないが、多少の不安を感じるほどの差である。何が不安かと言えば、海外でヒットする作風と、日本国内でヒットする作風のズレである。文化的差異の比較的少ない東アジアで、人々がディズニー作品の方に親しみを感じ、日本アニメを一顧だにしなくなったら……あまり想像したくない未来だ。果たしてこの先、『アナと雪の女王』ほど世界中でヒットする劇場アニメが日本から生まれる可能性はあるのだろうか、そんなことを考えさせられた。(和田穣)