7月20日から公開中の映画『SHORT PEACE』を観てきた。大友克洋監督「火要鎮」、森田修平監督「九十九」、安藤裕章監督「GAMBO」、カトキハジメ監督「武器よさらば」の4編に、森本晃司監督によるオープニングアニメーションを加えたオムニバス作品だ。全ての作品に共通するテーマとして「日本」を挙げている。
大友監督が劇場用アニメーションの監督を努めるのは2004年の『STEAMBOY』以来だから、実に9年ぶりという事になる。大友には過去に『迷宮物語』『MEMORIES』と優れたオムニバスの実績があり、マンガ家キャリアの初期においては短編を得意としていただけに、本作への期待値も高いものがあった。ちなみに作品タイトルは、マンガ家デビュー作品集「ショート・ピース」からとられている。
僕は公開当日の朝一番の回に観てきたので、まさにいの一番の観客である。劇場は新宿ピカデリーで、客入りは上々。都内での初回という事もあってか、業界人とおぼしき風貌の方が多く目についた。また新宿で鑑賞したことによる特別な感慨もあったのだが、そのあたりについては後述する。
というわけで今回は『SHORT PEACE』のサウンドトラック盤を紹介したいと思う。発売は劇場公開と同じ7月20日で、価格は2500円。主題歌「夢で逢いましょう」を含む全24曲を収録している。音楽担当は各作品ごとにバラバラなので、作品紹介と併せて記していきたい。
まず僕が特に感銘を受けたのは、大友監督自身による新作「火要鎮」だ。「振袖火事」として知られる明暦の大火(1657年)をモチーフにした時代もので、本作のなかではいち早く完成していた作品だ。第16回文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門で大賞を受賞するなど、すでに各所で高い評価を得ている。わずか13分の映像に1年の制作期間をかけた、非常に密度の濃いフィルムだ。前半パートは絵巻物のような俯瞰と平行パースの構図で魅了し、後半は江戸の町火消したちによる消火活動(家屋の引き倒し)をリアリティたっぷりに描いた2部構成になっている。アニメスタイル的には、エフェクト作画監督の橋本敬史による炎の表現にも注目だろう。
音楽については、まずはタイトルバックに流れる江戸木遣りでニヤリとしてしまう。サントラCDでは5曲目に収録されているのがそれだ。木遣りは元々が鳶職の労働歌であり、江戸後期の消火活動を担った町火消しは、ふだん鳶として働く者が主力。つまりこれは江戸文化をよく理解した上での選曲なのだ。現在でも消防団の出初式で木遣りが歌われるのは、江戸時代から連綿と続く伝統があるからだ(余談だが、僕は1年ほど木遣りを学んだ経験がある)。
そのほかのBGMは「火要鎮 壱」「火要鎮 弐」の2曲のみ。いずれも音楽担当・久保田麻琴のプロデュースにより、阿波踊りの囃子に準じた楽器編成となっている。特徴的なのは、大太鼓、締太鼓、鉦(あたりがね)、能管といった古典楽器のみで構成され、基本的に「江戸時代になかった音は使われていない」という点だ。このあたりは、徹底的に江戸の文化・風俗を研究した画作りともマッチしている。そして鉦の金属音が、江戸の火事場で鳴らされた半鐘を想起させるのもポイントが高い。全体的に極めてシンプルながら、効果的なBGMとなっている。
続く「GAMBO」は16世紀末の東北の寒村を舞台にした、こちらも時代ものの作品だ。日本各地に残る鬼退治の民話に、SF要素を組み合わせた斬新な作風となっている。神の使いのような巨大な白熊と、その白熊を上回る巨体の鬼とが、激しくぶつかり合うバトルは迫力満点。3DCGを駆使した作品だが、「CG臭さ」をほとんど感じさせない絵本のような絵柄が魅力的である。
『SHORT PEACE』では音楽制作をランティスが担当しているが、同社関連作品ではお馴染みの七瀬光が「GAMBO」の音楽を担当している。サントラ盤の8曲目から11曲目がそれだが、いずれもはっきりと分かるようなメロディや和音は少なく、アンビエント的な抽象性の高い音楽となっている。要所にうなるような女性のスキャットが入っているが、どこの国の言葉かも知れぬようなエキゾチシズム。白熊と鬼という異形のモノ同士の戦いを描くには、具象性の高い音楽はそぐわないということだろう。
そして「武器よさらば」は4編の中で最も尺が長く、メインディッシュと言ってもいいのだが、近未来を舞台としたミリタリー色の強い作風であり、時代ものが多い『SHORT PEACE』の中では異色作と言えるかもしれない。原作は1981年に発表された大友克洋の短編マンガで、このマンガの熱心な愛好者であったカトキハジメ監督が映像化を行っている。リアルな作画とドライな演出、圧巻のアクションと緻密なメカニック描写で「ファンの考える大友克洋像」に近い路線と言えるだろう。『SHORT PEACE』の統一テーマである「日本」に合わせるため、作品の舞台を「富士山の噴火によって火山灰に埋もれた近未来の東京」に変更している。実際に西新宿や霞ヶ関の高層ビル街を思わせる背景カットが多数あり、この映画を新宿で鑑賞していた僕にとっては特別な感慨があった。灰の中から高層建築だけがニョキニョキと顔を出している風景は、まるで西新宿に高層ビル街ができ始めた1970年代に回帰してしまったかのような、不思議な印象を与えてくれるのだ。
サントラにも全編の中で最も多い12曲を収録。音楽は『イノセント・ヴィーナス』『KITE LIBERATOR』『黒神 The Animation』『咎狗の血』などを手がけた石川智久が担当している。4編の中で最もオーソドックスな劇場アニメらしい作風とあって、BGMもストリングスと打楽器を軸とした正調ハリウッド風だ。ひたすら戦闘シーンが続く内容のため、いずれの楽曲も緊張感のある曲調となっている。
そしてタイトルバックに流れる「Motorcycle (Theme For Kentauros)」の脳天気なアメリカンロック風のサウンドは、本作の「小隊もの」というアメリカ的な設定によくマッチしている。近年のアメリカ製FPSゲームのような、一人称視点の画面作りが多いのも本作の特徴なのだが、FPSゲームではオープニングやカットシーンに懐かしのロックナンバーを用いる事が多いから、このあたりでもアメリカ製ゲームとの近似性を感じさせる。
『SHORT PEACE』の企画は、大友監督がフランスのアヌシー国際映画祭に参加し、海外の短編アニメーションに数多く触れたことがきっかけで生まれたという。つまり海外の映画祭への出品を念頭に置いていたわけだが、世界に訴えかける題材として「日本」を選んだのは、まったくもって慧眼であると言わざるを得ない。「火要鎮」を始めとする『SHORT PEACE』の諸作は、映像も音楽も徹底したリアリティと歴史性を踏まえて描かれており、日本人でなければ描き得ないような高みに達している。日本人が海外に出た時、最大の武器となるのは「日本文化」そのものであるということ、『SHORT PEACE』はその事実を嫌というほど突きつけてくれる。
アニメに限った話ではないが、日本をテーマにした作品のBGMというと、三味線を入れ、尺八を入れ、和太鼓を入れて一丁上がり、といった安易なものも多い。それは伝統音楽の表層だけをなぞったもので、きちんと調査さえすれば外国人でも書ける水準のものだ。我々日本人が日本をテーマに音楽を作るというのに、果たしてそれでいいのか? という疑問は常に感じていた。それは「和風」であって「日本」とは違うのではないかと。
『AKIRA』の音楽に芸能山城組を起用したことからも分かるとおり、大友克洋はSFのみならず伝統文化への造詣も深い監督だ。「火要鎮」の音楽も、自らが愛聴していたという高円寺阿波踊りの囃子に依拠している。今後の彼がどのような作品を作るのかは分からないが、「火要鎮」で見せたような「本物の日本文化」を突き詰め、世にはびこる数多くのニセモノとの差を見せつけてほしい、と考えるのは僕だけだろうか。(和田穣)
SHORT PEACE オリジナルサウンドトラック
(音楽:Minilogue、北里玲二、久保田真琴、七瀬光、石川智久、中村祐介、中村八大)
LACA-15310/2,500円/ランティス
発売中
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