COLUMN

第43回 サツマイモがジャングルに繁るまで

 相変わらず、広島・中島本町付近のレイアウトを作業しているところ。
 この原稿がWEBに上がる週の週末には、広島に行って、実際に被爆前の中島本町に住んでおられた方々からお話をうかがいつつ、現地に立ってみる機会が与えられることになっている。その前に、形にできるものはできるだけ形にしておいて、レイアウトの画をお見せしながら意見をうかがえるとよいのだけれど、という想いからこの部分を先行させて作業している。
 ひとつ風景を描くと、その背後にある山影も描かなくてはならない。広島も呉も土地柄、どの方角を見ても山影か島影が見える。『マイマイ新子と千年の魔法』のとき、舞台となった防府に在住の方から「画面を観ていて、自分が今どの方向を向いているのか、背景に描かれた山の姿を見ればわかる」といっていただいたことが大きく響いている。といっていただきつつも、実は『マイマイ新子』の山影は、作業簡略化のためにちょっと方位がずれていて、作り手としてあらためて現地に立ってみると微妙な違いがあることを思い出してしまう。というか、映画の完成後にあんなに現地に立つことになるとは、『マイマイ新子』のレイアウト時点では予想だにしていなかった。
 千年経とうが何年経とうが、山の姿は変わらない、ということもある。周囲に山の見える風景はその土地のアイデンティティなのかもしれない。『マイマイ新子』公開後のたび重なる防府行きを通じて次第にそんなふうに思うようになった今、『この世界の片隅に』のために広島や呉へ行く機会のあるたびに、周りの山々を写真に撮るようになっていて、それがすでに相当たまってきている。
 けれど、今の広島は建物も高くなって、そんなに遠くないところに見える山も、隠れ気味になってしまっている。そんなときには、まだ空が開けていた昔の写真を取り出して照合してみたりすることになる。
 広島の場合は、被爆後に真っ平らになってしまった昭和20年後半の広島で撮られた何枚かの全周パノラマ写真があってしまう。遮るものがほとんどなくなり、あまりにも広大な土地が平坦になってしまった戦後すぐの広島では、何人ものカメラマンが同じように、パノラマ写真を撮り残している。そうしたものを前にしつつ思うのは、いや、われわれは生きて人々が活気づいていた街の風景を描きたいはずなのだけれど、ということであったりしてしまう。その落差に暗然となってしまう。
 とある方に人づてにこの作品への出資を打診してみたところ、「新藤兼人みたいなリアリズムを狙うんでしょうけれど」といわれたと聞いた。「ヒロシマ」だからっていつでもそうであるわけではない。もっと陽性なものを狙おうとしているわれわれであるような気がするのだけれど。

 この物語は、主人公の目で見たものが移り変わってゆく様を延々描き続けることになる。舞台となる場所も移ろうし、同じ場所であっても時の流れとともに姿が変わってゆく。 普通一般のアニメーションの作り方ならば、舞台となる場所ごとに美術設定を作って、それに合わせてレイアウトをとってゆく、というような方法に従うことになるのだろうが、今回の場合かなりの部分でそうした方法は通用しない。1カット1カットごと、これまでに収集した昔の写真、自分たちが撮影してきた今現在の現地の写真を引っ張り出しては、考証ごとに深く頭を突っ込みながら進まなければならない。
 この仕事はそんな仕事になってしまっている。このコラムの題にある「1300日」という期限は、すでにあまりあてにならないものになってしまってるのかもしれない。
 一昨年の夏、いや、ひょっとするとさらにその1年前のことなのかもしれない。『この世界の片隅に』を手がけようとした最初に、サツマイモをちょっと切り取って水栽培してみようと思った。こうの史代さんのマンガ「長い道」の中にも貧乏夫婦が同じようなことをして、芽を出した水栽培のサツマイモがとんでもなく繁りまくる、という話があって、そこに引っ掛けたミーハーなファン意識みたいな気持ちが半分。もう半分は、ちょっと食べてみたサツマイモの葉っぱの軸が、甘くて美味しかったことがあり、戦時中の代用食の世界を描くことになるのならば、そうしたものを身近に置いておくのもよいかと思ったりしたからだった。
 サツマイモをちょっと切り取って、水に漬けておくと、やがて芽を出してくる。それがハート型の葉っぱに開く。そこで元気がなくなって葉が落ちたりしてしまっては、その同じ芋を元気づけて(?)、また芽が出て葉が出てくるのを眺めては、この芋が完全に枯れないようにしているあいだは、この企画は元気でい続けられるのだ、と自分で信じるようになっていった。
 ところが、この芋は結構長持ちはしたのだが、ロケハンのために何日か遠出している間に、水が切れて枯れてしまった。占いでもあるまいし、そんなことで失意に陥って映画を諦めるわけでもないのだけれど、残念は残念。
 今年2013年の初夏に、『この世界の片隅に』の中に登場する戦時代用食を作って食べてみようというちょっとしたイベントをやったのだが、そのときのことは以前にも書いた。原作者のこうのさんはじめ、全国各地から(といってよいと思うくらい広範囲から)大勢の方々に来ていただけて、ほんとうにありがたかった。このときに、戦時代用食の代表格である「サツマイモの蔓」も食べてみようかと思い立って、少し前からまたサツマイモの水栽培を始めてみた。こんどはひと切れではなく、小ぶりのサツマイモをざく切りにして、全部一斉に芽吹かせようとしてみた。ところが、この何切れものサツマイモが全然芽を出さないのだった。
 それが、戦時代用食試食イベント直前になって、ひと切れが芽を出し、ちょっと置いてまたひと切れが芽を出し、もうそれ以上は後が続かず残りは捨ててしまおうかと思った時分にまたひと切れが芽を出し、さらにまたまたひと切れが芽を出し、長い長い時間をかけて、結局、芋の切れ端の全部が芽を出して、蔓を伸ばすまでになった。こんなにたくさんあれば、今度はもう全部が枯れて何もなくなってしまうことはないだろう、というくらいに。
 ここは気長になれ、っていうことなのだろううなあ。と、サツマイモから教えられた感じ。

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