COLUMN

第806回 特別編・いきあたりバッタリ座談会(3)

座談会参加者:板垣伸(アニメ監督)、小黒祐一郎(編集長)、松本昌彦(編集者)


板垣 小黒さんだったら覚えてるかもしれないけれど、うちの会社にベテランの林(隆文)さんがいるんですよ。『うる星やつら』のローテーション作監をやっていた人です。
小黒 アニメーターの方ね。面識はないけど、名前は知っているよ。
板垣 うちで今、社員なんです。面接した時に自分よりも年配の方だったから、恐縮はしたんだけど、採用を一瞬で決めたんですよ。どうしてかというと、履歴書を見たら「CGをやってました」とあったんですよ。「FLASHでアニメ作ってました」とも書いてありました。ベテランなのに色んなことに手を出しているんですよ。そういう人が現場にいるのは、若手に希望を与えるかもしれないと思ったんです。林さんは毎日朝に出社して、夕方に帰っているんです。ベテランの方がそういう仕事をしてくれるのも、頼もしいですよね。それもあって、今はシルバー枠を考えてるんですよね。
小黒 シルバー枠?
板垣 アニメーターとして引退したけど、まだアニメに関わってみたいなあという人がいたら、そういう立場で参加してもらうのもいいんじゃないかと思うんです。デジタルって拡大して作画ができるじゃないですか。林さんもタブレットで拡大して作画しているんです。
小黒 目が悪くなっても作画ができるということね。
板垣 そうなんです。林さんに話をすると「(自分と近しい年齢で)やりたいと言う人はいると思いますよ」と言うんです。それもあって「シルバー枠っていいかもなあ」と思うようになりました。それで、昭和の頃の原作をやるのも面白いかもなあと考えたりしますね。これって記事にすると、夢のない話になっちゃいますかね(笑)。
小黒 いや、むしろ、夢があると思うよ。
板垣 『いせれべ』が落ち着いたところで何か動かんとなあと思ってるんですけど⋯⋯小黒さんは何歳まで生きる気なんですか。
小黒 (唐突な話題の変更に対して)おっ! 松本君、これが板垣節だよ(笑)。
一同 (笑)。
小黒 板垣さんはイベントのトーク中に「ところで、このイベント面白いんですか」とか、いきなり言い出すんだ笑)。
一同 (爆笑)。
板垣 (笑)。いやあ、自分の中では一貫してるんですよ。
松本 そうなんですね(苦笑)。
板垣 自分はあと何年仕事ができるかなあと考えていて、目の前にいる小黒さんも、多分、同じことを考えてるだろうなあと思って「何歳まで生きる気ですか」と訊いたんです。
小黒 元気でいられるなら、なるべく長生きしたいけど。仕事はねえ⋯⋯、俺は明後日で59歳になるのね(編注:この座談会は4月末に行われた)。
板垣 明後日、誕生日なんですか。おめでとうございます。
小黒 ありがとう。で、もうこの8年間ぐらい「60歳まで現役」を目標にしてたの。60歳まではそれまでのテンションで仕事を続けると。ところが去年の暮れからの2回の入院と2回の手術で、これはもう今までのテンションで仕事をしていてはいかんっていう事になって……。
板垣 仕事の内容を緩くして長く続けようって事なんですか、それとも今のテンションでやれるところまでやるつもりなんですか。
小黒 そこら辺が悩みどころだよね。
板垣 で、小黒さんは何歳まで仕事するんですか。
小黒 だから、えーと、まあ、とりあえずは60まで現役が目標で、そのあとはもう……。
板垣 現役って、なんか含みがありますね。
小黒 「アニメファンでありつつ、アニメ本編集者」としての現役だよね。新しい作品を……。
板垣 追いかける?
小黒 そうそう。新しい作品を追いかけて取り上げるのを辞めちゃうという手はあるよね。「俺の守備範囲は1963年の『鉄腕アトム』から平成の最後までだ」ということにするとか。
板垣 ああ~。あれですね、なみきたかし方式ですよね。
小黒 そう言うと、なみきさんに失礼かもしれないけどね。前になみきさんに「大塚康生より後のアニメーターは小黒君に任せた」と言われた事があって。
一同 (笑)。
小黒 「大塚康生さんより後って、猛烈に守備範囲が広くない?」と思ったけど(笑)。
板垣 それだけ、小黒さんが期待を背負っているってことですよ。自分で守備範囲を設定するとしたら、何年から何年までにするんですか。
小黒 作品で言うと、守備範囲は1970年くらいからじゃないかな。
板垣 小黒さんはその頃の作品から詳しいですよね。白黒のアニメも観てます?
小黒 観てるよ。『アトム』が始まったのが1963年で、俺が生まれたのが64年だから。リアルタイムで観てないのは最初の『アトム』の1年間ぐらいだよ。
板垣 ああ、そうか。『アトム』って4年間やっているから、後ろの方は観てる可能性あるわけですよね。
小黒 途中のエピソードも、一度ぐらいは本放送で観てるよ。具体的な記憶があるかどうかは別にして。
板垣 それを聞くと、感慨深いですね。
小黒 なにが。
板垣 国産の初の30分アニメから、現在の作品まで観てるわけでしょ。それって凄くないですか。やっぱアニメ様ですよね。
小黒 昔から観ている人は大勢いるけど、今でも新番組をひと通り観ているのは、自分でも偉いと思う。
板垣 そうですね。でも、新番組はどっかで切るでしょ。最後まで観ます?
小黒 いや、どんどん脱落していく。
板垣 ですよね。
小黒 例えば、昨日観たアニメが『私の百合はお仕事で!』『異世界でチート能力を手にした俺は、現実世界をも無双する』『Opus.COLORs』『王様ランキング 勇気の宝箱』『Dr.STONE NEW WORLD』『勇者が死んだ!』だね。1日で6本観ている。ながら観だけどね。
板垣 めちゃめちゃ観てるじゃないですか。
小黒 その前の日は『推しの子』『贄姫と獣の王』『アイドルマスター シンデレラガールズ U149』『この素晴らしい世界に爆焔を!』『神無き世界のカミサマ活動』を観てるから5本か。
板垣 凄いですね。確かに現役ですよねえ。
小黒 それでも全部を観ているわけではないんだよね。仕事で昔のアニメも観なくてはいけないから、どうしても最新のアニメを全部観ることはできない。
松本 そろそろこの座談会のまとめに入ったほうがいいんじゃないですか。
小黒 ああ、そうか。
板垣 どうすればまとまるんですか。
小黒 今から、この座談会がまとまるような話をするよ。
松本 お願いします。
小黒 板垣さんは「板垣伸のいきあたりバッタリ!」の連載が始まった頃って、まだ若くて、ブイブイ言わせていたわけじゃない。
板垣 ブイブイ言わせてかどうか分かんないですけど、若かったですよね。
小黒 この連載とともに板垣さんの人生があったというのが、面白いよね。
板垣 そうですね。連載の中でも、軽く触れたんですけど、この連載って『BLACK CAT』が終わったぐらいくらいの時に始めたんですよ。監督歴が丸々入ってるのは間違いないんです。だから、心境の変化も現れますよ。前半の方は結構刺々しかったし、業界にヒトコト言いたいなあというのもあった。だけど、今は業界に言いたいことなんてないんですよ。今は作り方に興味があるんですよ。だから、作り方の話をよくしていると思います。
 前はね、やっばり不健全でしたよ。なんかくだを巻いてるだけっていう印象があったので(苦笑)。今はCGに触れたり、撮影を覚えたりとか、まだチャレンジする事があるなと思っているので、そこら辺を連載で描いていけたらいいなと思いますけどね。
小黒 この連載は2007年に始まってるから、今年で16周年だよ。
板垣 そうですよ。1年で50回しか載らないわけだから、800回って凄いですよね(笑)。
小黒 凄いね。
板垣 我ながら呆れますよ(笑)。
小黒 「いきあたりバッタリ!」はインターネット世界の『こち亀』だよ。
板垣 (笑)。
松本 しかも、アニメ監督でこんな事をやってる人はいないんですよ。
板垣 俺って天邪鬼なところがあるんですよ。小黒さん、覚えてますかね? 連載が始まって1年経ったぐらいの時に、小黒さんに「4月ぐらいまで続けられる?」と言われた時あったんですよ。
小黒 時期は覚えてないけど「いつまでやれるの?」と訊いた事あるよね。
板垣 その時に「えっ!? 4月でやめなきゃ駄目なの?」と思ったんですよ。それで「続けられるなら、続けてもらっていいんだけど」と言われたので「鬱陶しいから、もうやめてくれ」と言われるまでやろうと思ったんですよ。
小黒 なるほど。
板垣 「頼むから、やめてくれと言われるまで続けるのが目標かな」と思ったんですよね。だから、続いているんじゃないですか。
松本 そもそも、小黒さんはなんで板垣さんに声かけたんですか。
小黒 言いたい事が、いっぱいあるみたいだから。
板垣 そうですよね。確か言われましたよ。実際に言いたい事がありましたしね。毒にも薬にもならないものっていうのは嫌だったので、単純に言いたい事を言おうかなと思った。ただ、やっていくうちに、監督って下手な事を言えないというのが、分かったんですよ。
松本 うん(笑)。
板垣 やっぱり関係者も連載を見るじゃないですか。例えば、その時に作っている作品の製作委員会の人もこの連載を見ているんですよ。そうすると、昨今のアニメについての不満とか言えないじゃないですか。今は楽しく作ってるということを、描けたらいいなあと思っています。
 この連載の原稿は気分転換にいいんですよ。仕事の途中でも、ちょっと時間をもらって原稿を描くと、その時は仕事から解き放たれるというか。いつも原稿の上がりがギリギリで申し訳ないんですけど、続けられる限り続けたいなあとは思ってます、っていうのがまとめですね。
小黒 いつも更新してくれてる松本君に労いの言葉はどうですか。
板垣 毎回、ギリギリまで引っ張ってしまって申し訳ないかなと思ってるんですけど、もう嫌になりませんか?(苦笑)
松本 大丈夫です。すでに木曜は板垣さんの原稿を待つのが当たり前の身体になっているので。
板垣 (笑)。それ、なんか切ないですねえ。
松本 昔に比べたら、ずっと楽ですね。
小黒 昔は板垣さんの手書きのテキストを、松本君がタイプ打ちしていたんだよね。
松本 今はテキストもデータでもらっていますから。
板垣 だけど、松本さんがアニメスタイルを退職したら、更新ができなくなるんじゃないかと思っているんです。辞める予定はないですよね。
松本 今のところ、その予定はないです。
板垣 それはよかった。だったら、1000回を目指したいですね。1000回までお付き合いいただけると、嬉しいです。
松本 分かりました。任せてください。
小黒 座談会のまとめっぽくなったね。よかった。
板垣 まあ、そんな感じでひとつよろしくお願いします。

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