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佐藤順一の昔から今まで(40)
『たまゆら』のキャスティング

小黒 キャストで異彩を放っていたのが、珠恵役の緒方恵美さんだと思います。アニメのお母さんの典型じゃなくて、まず声が低い。

佐藤 キャラクターデザインを見ても、全然想像がつかないですよね。緒方さんにも「なぜ私なんですか」と聞かれたぐらいですからね(笑)。

小黒 もの凄い存在感がありますけど、なぜ緒方さんだったんですか。

佐藤 楓のお母さんだから、お母さんお母さんした優しい女性のつもりはそもそもなくて、どっか不器用ながら頑張って子育てしている人のイメージがあったんですよね。それに、緒方さんはバイク好きじゃないですか。お母さんの話を考えている時に、バイク乗りのイメージが出てきて、合うんじゃないかなと思ったことが切っ掛けですね。

小黒 なるほど。その意味でも緒方さんが合っていたわけですね。

佐藤 そうなんですよ。最初のOVAに比べて『たまゆら~卒業写真~』(OVA・2015年)に出てくる珠恵さんは、人間としての深みが大分増していると思うんですけど、それは緒方さんにお願いしたからこそ、出てきている深みですよね。

小黒 佐藤さんの作品のイベントでおなじみの儀武ゆう子さんについて、伺わせてください。佐藤さんの作品に頻繁に出ていますけど、どれも主人公や、主人公の一番の友達という役どころではないんですよね。

佐藤 そう言われてみるとそうですね(笑)。

小黒 『たまゆら』の桜田麻音は口笛を吹く女の子で、セリフより口笛が多いぐらいですが、どうしてこの役になったんでしょうか。

佐藤 そもそも『うみものがたり』の時が最初の出会いで、ラジオやイベントの司会をやってもらっていくうちに「この人は面白い」と思ったんですよね。『たまゆら』にも入ってほしかったけど、メインのキャラは女の子4人しかいないから、その役に上手くはまらなかったら動物キャラを入れてそれをやってもらおうか、ぐらいに思っていて(笑)。でも、麻音という内気な女の子を儀武さんがやったら「美味しい」んじゃないかって、作ってるうちに思うようになったんですよね。

小黒 普段は活発な儀武さんが、大人しいキャラを演じると。

佐藤 そう。内気なキャラクターで、喋るのも苦手で口笛吹くような子だからね。それで、口笛が吹けるかオーディションをしてから、お願いしました。

小黒 なるほど。儀武さんがロケハン旅行中の佐藤さん達を追い掛けてきたから仕方なく出てもらった、というわけじゃないんですね(編注:儀武ゆう子がロケハン旅行をしている佐藤監督達を追い掛けていった模様は公式サイトで「たけはらんど ~儀武ゆう子が行く!~」として動画が配信された)。

佐藤 ロケハンまでやって来たのは本当にあった出来事だったんですけど(笑)。口笛オーディションも旅先でやったんです。

小黒 (笑)。

佐藤 作品に入ってもらおうと考えてはいたんだけど、最初は「動物かな?」と思っていた。『わんおふ』が正にそうで、儀武さんに犬役で出てもらうのも美味しいかなという流れだった。

小黒 古川登志夫さんと平野文さんが夫婦役を演じたのに驚きました。これは『うる星やつら』ファンへのサービスなんですか。

佐藤 どちらかというと自分達の趣味ですかね(笑)。ちなみに儀武さんも『うる星やつら』とか『らんま1/2』が好きなんですよ。

小黒 佐藤さんもお好きなんですね。

佐藤 うん。それで古川さんにお願いしようと思ったんだけど、その頃の平野さんって声優活動をやられていなかったので、確認してもらったんですよね。もし、家業の魚河岸の仕事のほうに専念しておられていたら悪いので。でも、「オファーが来たら是非色々やりたいです」と仰ってくださったので、夫婦役をお願いしました。これはキャストで遊んでいた『ケロロ(軍曹)』の頃の癖が残ってるんでしょうね(笑)。

小黒 『ARIA』のキャストもまんべんなく登場、という感じですよね。

佐藤 ちゃんと出しておきたいなと思ってましたね。

小黒 画作りはどうだったんですか。

佐藤 最初のOVAでは、自分で絵コンテまでやっていましたが、その後は基本的に画はおまかせでやっていました。自分はそこにはこだわりは持たずに、コンテと音響周りをやろうという感じではありましたかね。

小黒 ロケハン写真をレイアウトに使っていますよね。

佐藤 竹原はロケハンに行ける場所だったので「そのまま使えるなら使いたい」と竹原市に打診してもらったらOKと言ってもらえました。日の丸写真館やほり川さんとかをはじめ、町並み保存地区の辺りはアニメ用にアレンジせず、そのまま作品に使っていました。『ARIA』のヴェネツィアの時と同様、基本はロケハン写真を設定がわりにしてレイアウトを起こしますが、中には写真をそのままレイアウトに使っているカットもあります。

小黒 なるほど。

佐藤 そもそも、TVシリーズへの展開方法を考えたりするのではなく、OVAをしっかり作り込むという気分だったんだよね。『たまゆら』のOVAを観た人が竹原に行ったら、同じ風景が見られるという楽しみを提供できたらいいかなと。だから、この場所からあの店へ行くのにかかる時間とか、移動の雰囲気もなるべく生かして作れたらと思ってましたよね。

小黒 TVシリーズの第1期総作監が渡辺はじめさんなんですけど、渡辺さんの画がいいですよね。

佐藤 いいですよね。渡辺さんにお父さん目線があるからなのか、落ち着いて観られますよね。品があるし、変にギラギラしてないから。

小黒 TVシリーズが始まった時は、OVAと画の感じが違うなと思って観ていたんです。でも、完結編までいった後に改めてTVシリーズの第1期を観返すと、飯塚さんのデザインとは違うんだけど、画がいいですよ。

佐藤 そうだね。飯塚さんの画って、意外と再現するのが難しいんですよね。渡辺さんは少女マンガ原作の作品をずっとやっていることもあって、好感度のある画を描かれる印象がありますよね。

小黒 第1期が成功して、第2期も作ることになりますが、3年生までやることは決まってたんですか。

佐藤 「やれればいいね」とは話してましたね。TVシリーズ1期は、楓と友達と学校を軸にした話で、2期では楓と大人達の視点の話にしようとしていた。お父さん目線で女の子達を愛でることを意識したのが2期だった。

小黒 2期は、多分シリーズ中で最も異色というか、毒のあるキャラクターとして夏目さんが出てきますね。お父さんの友達で楓の写真に対して厳しいことを言うおじさま。

佐藤 はいはい。

小黒 9話が佐藤さんのコンテ回で、あの話はよかったですよね。

佐藤 僕も好きなんですよ(笑)。玲子さんのホンの力が大きいと思いますけどね。

小黒 取材の前に、頭から順番に観返したんですが、エンディングを観る前に「この回は佐藤さんのコンテだ」と分かりましたよ。『たまゆら』では普段やらないような、アップショットの入れ方をしていましたよね。

佐藤 夏目さん目線で楓の物語を描いているから、確かに今までの流れと毛色の違う話ではあるんですよね。この話は自分がやっといたほうがいいかなと思った記憶はありますね。

小黒 各話にも佐藤さんのアイデアは入っていたんですか。

佐藤 その話でなにをやるか、ぐらいは最初に提案してると思いますけど、作り込みはライターさんに依存してるはずですね。例えば夏目さんのキャラクター造形も、打ち合わせの時点ではあそこまで固まっていないはずですから、玲子さんが膨らませたキャラだと思うんですよね。


佐藤順一の昔から今まで(41)『たまゆら』で勉強になったこと に続く


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