前回の続きっぽく、もう少し「職人」の話。最近また『ルパン三世』シリーズの新作があるらしく、ふとまた思い出した『ルパン三世 くたばれ!ノストラダムス』(1995年)という映画。何度も話題にしている自分の初動画作品の一つで、同時期に動画やってた作品としては『耳をすませば』と『On Your Mark』などがあります。
まず、我々アニメ業界人にとっての「動画」と現代人にとってのそれとは多少の隔たりがあると思われるので曖昧さ回避(?)を。昨今ではYouTubeなどに上がってる作品やスマホ・デジカメで撮れる映像、というか映像全般が「動画」と呼ばるご時世になったようです。ところが、我々アニメーターにとって「動画」とは
原画をトレスしてそのトレスした画と画の間に描く中間の画一枚一枚、もしくはその画を描く人の役職名!
のことなんです。だから、実写のユーチューバーさんらが「~について動画を一本上げます」とか「以前~の動画で……」などの台詞が発せられるのを耳にする度、少々違和感が付き纏うアニメーターは自分だけではないはず(ですよね?)。
ま、話を戻します。何しろ『ルパン三世 くたばれ~』の動画で思い出すのは、この連載の初期でも何回か話題にした
ラスト、ルパンらが脱出した後、地上1000メートルの超高層ビルが横倒しになる大俯瞰(1時間30分25秒あたり?)の動画!
です。これはコンテが友永和秀師匠、原画は後に細田守監督作品の作監もやられている青山浩行先輩(因みに青山さんの師匠も友永さん)。
友永師匠曰く、「『長靴をはいた猫』(1969年・東映動画制作)のラストシーン、倒れる塔で「朝日よ~!!」がやりたかった!」だそうです。一緒に飲んだ時そう言ってました。
このシーン一連の青山さん原画パートは板垣の方で何カットか動画にさせて頂き大変勉強になりました。青山さんの原画は本当に巧くて動画にするだけで色々学べて、特に『くたばれ~』では青山さん拘りのエフェクト作画を数々割らせて(中割させて)もらい、その時の影響は今でも自分の原画に色濃く残っていると思います。
で、『くたばれ~』の高層ビル横倒しの青山さん作画カットは、
原画4枚で、動画時Aセル…ビルの土台(止めハーモニー処理)、Bセル…倒れるビル、Cセル…爆炎、Dセル…鉄骨&ガラス破片~に分けて、Aセル止め以外のB・C・Dセルはそれぞれの原画の間に10枚・9枚・9枚の中割りで計97枚の大判動画!
の構成でした。なにぶん20数年前の記憶なので以前話題にしたときと多少誤差があるかも知れませんが、改めて計算したのでこちらの方が正しい数字かと。
カメラを捻る(回転する)ため、全動画A3用紙一杯の大判。当時はセル仕上げなのでトレスマシンに差し込む際ガタらないように動画用紙全てにタップ補強(もう1枚タップ穴の開いた紙をボンドで貼る)をし、その作業だけで半日費やした上で、まわりの先輩方からは「君がこれやるの?」「頑張れ~」などの声が上がる中、ようやく夕方から動画作業に挑んだのでした。
結果から言うとCG繁栄の現代から見ると“別にどうってことないカット”でしょう。でも、当時でも既にCG(コンピューター・グラフィックス)という技術はあったので「何でこれCGでやらないんだろう? 予算の問題?」などの思いも駆け巡る中、
「よし!どうせやるならブレたりガタッたりせず、CGと見紛うばかりの動画を仕上げて見せる!」
と意気込んで取り組んだのでした。Dセルの破片は大して時間は掛からないのは分かっていたのですが、大変だったのは煙(Cセル)とビル(Bセル)。特にビルの横倒しは、9割方直定規を使っての立体図形割り(?)とでも言いましょうか。ひたすら各移動曲線に目盛りを均等に打ち、点と点を直線で繋ぎまくる——単純に言うと、動画一枚一枚がまるで“製図”状態!
はっきり言って、毎日16~18時間程(当時はもちろん働き方改革などなしで)机に向かって一日2~3枚が限度。煙・破片まで含めすべて終わらせるのに2週間近く掛かったと記憶しています。お陰様で自分の上げた大判動画はガタりもブヨりもせず、周りの先輩方からも好評頂いたようで正直自分も鼻高々でした。
もちろん、こんな話題を繰り広げてもどなたも喜ばないのも分かってるし、ufotable近藤光社長(テレコムでの同期)ともこの映画の欠点については何度も語ったし、歴代ルパンの中でも決して上位には食い込まないほぼ無名な作品なのも承知してます。でも、東京現像所で完成試写を観た時の充実感は未だに忘れられない、自分にとっては愛すべき駄作(失礼!)なんです。アニメーターの方なら誰でも、参加した役職に限らず、そんな作品ってあるのではないでしょうか?
そして、何故今頃こんな話を持ち出したかと言うと、冒頭で言った「動画」と言う職人仕事についての疑義を呈するのに丁度良い例だと思ったからです。
今、我々の会社——ミルパンセでは、動画の在り方について考えています。自動中割だ中割マシンだと動画をコンピューターによる自動化という発想は当たり前だし、社内でも自動中割ツールを要所要所使ったりしています。もちろん、俺自身はそれらの模索はとても良いことだと思っています。自分たちが味わった苦労を、「お前ら若者も味わえ!」とばかりに後世に残そうとする意味不明な筋肉頭脳的発想を板垣は持っていませんから。
ただ、「どんな人間が描いた原画でも必ず割ってみせる自動中割ツール(マシン)」にはまだ時間が掛かりそうなのと、そうこうしている間に「どんな芝居もアクションもCGで作った方が早いし、費用的にも手描きより安く上がる」って時代の方が先にやって来そうだし。
……てとこで考えるのです。
つまり、“機械でやらせる手段を考えている”時点で会社(スタジオ)は、というかアニメ業界は、少なからず我々がやってきた「動画」という作業には、
“アニメーター育成”という大義名分のもと、本当は“大概の人がやりたがらない仕事”を、ただ単に後輩に押し付けただけ! という一面がある!
と感じていたということでしょう。全てがとは言いません。走りや歩きのメカニズムや、前述のエフェクト類など、先輩の原画をトレス&中割りすることによって学べることは数多くありますから。ただ、動画経験者なら分かって頂けると思うのですが、
世にある動画の6~7割は線と線の間に線を引くだけの“誰がどう描いても結果は同じ動画”で、且つ“誰もやりたくないけど機械化がまだ追いついていないために誰かがやらなきゃ終わらない仕事”!
なんです。自分が割った超高層ビルの動画などは正にそれ! 当時は新人だったから「原画になるための勉強~」的モチベーションで低賃金でも乗り切りましたが、前回説明したような状況である多様な趣味を持ち、時間の切り売り的に“仕事として”付き合ってくれている現代の若者に対して、「俺が若かった頃は~」とか精神論を説教するより前に、正直に
これは、近い将来コンピューターで中割り出来るカットのはずなんですけど、今は手で割るしかないので、本当に申し訳ないけど貴方の手で何とかして下さい!報酬は○○万で如何でしょう?
と、会社(スタジオ)やプロデューサー、あと監督も、ちゃんと頭を下げて動画職人に交渉するべきだし、受ける側もその方が割り切って作業に没頭出来るんです。これ、アニメに限った問題ではなく、
これからの時代、才能や芸能に払うのと同じかそれ以上の報酬を“本当は誰もやりたがらない仕事・職種”に対しても払われるべき!
ですよね? 少なくとも一動画スタッフとはいえ、どんなカットでも割れる高度な技術と忍耐の持ち主には原画マンどころか監督以上の報酬を払って良いと思います——その人がいなければ作品が成立しないのであれば。逆に今時、素材作りの実作業になんのお手伝いすらできないノー技術の監督などいなくても、各セクションの職人がしっかりしていれば、ともかく作品は出来上がって納品できるのですから。ましてや学歴だけで職人を顎で使える立場になれると勘違いした監督とかは糞の役にも立たない時代が、デジタル化によりようやく来たのだと思います。仕事できるできないが数字化できるわけですから。あ、もちろん、我が国にとって学歴は尊いものですよ(高学歴の友人らのこと、俺は本当に尊敬していますから)! ただ!“そ・れ・だ・け・で”一生安泰だと思う妄想がおかしいと言うだけ。
そろそろ道具として定着したデジタル・ツールで動画の数枚でも割ってみたらどうでしょう、監督さんも? できればプロデューサーさんも。そうすれば監督が通した(描いた)コンテに記される矢印一つで動画マンがどれだけ意味のない苦労をさせられるのか分かります。また、気づくでしょう、その現場の苦労を知らず(知ろうともせず)闇雲に描かれたコンテの内容から制作予算を割り出せないプロデューサーがアニメ事業に携わることの危険性に! そして
我々アニメーターも、現状のアニメ業界全体の人手不足という足元を見て自分だけギャラをでたらめにボッタくるのではなく、ちゃんと「この内容は一日8時間取り組んだら何日掛かる~故にいくらでならお受けできます」と真っ当な計算でもって交渉することを願うし、それに対応する制作さんらもしっかり上(上司?)と相談して現代に見合った価格設定もしくは契約を、ちゃんと互いが将来を見据えた上で合意して結ぶことを切に願います! わがまま個人に言い値を払う姿勢を業界全体で見直し、会社単位の計算された交渉をしないと、割りと早いうちにアニメ業界の“成果に結びつかない無駄遣い”がクライアント側もばれると思います! もしかすると既にバレているから最近、メーカー自身が次々とアニメ制作に手を出し始めたのかも!
……と、「お前、何様?」て声が聞こえてきそうなとこで、今回はここまで。
あ!因みに、板垣自身はビル横倒しのカットに対して骨折って損しただとか怨んでいるとかはありません。もちろん当時低賃金だったことにも。むしろ機械作業に変わる前に動画マンとしての苦労を満喫できた貴重な経験だと思い、その幸運を喜んでいます。だからこそこうしてネタにするわけで。それと今回のような話題をすると「じゃあ、お前は○○監督や△△監督とかのやり方を全否定するのか!?」と仰る方々が現れるのですが、
────てことです、はい。