小黒 『プリンセスチュチュ』って、変身ヒーローものの体裁をとっているじゃないですか。そういったかたちでやったほうがよかったんですか。
佐藤 「変身美少女もののカテゴリーの中にある作品」でありたいというのはありました。
小黒 それは佐藤さんの中に?
佐藤 伊藤さん的にもそうだと思うけどね。伊藤さんは「バレエで戦う少女もの」だと考えていた。よく分からなかったので「それは『説得』になっちゃうのかな?」と聞くと「説得じゃないんです」と。あくまでバレエのやりとりの中で決着をつけていきたい、ということでした。
小黒 『チュチュ』を観ていて、これ(編注:「私と踊りましょう」のポーズをやって見せて)は覚えましたよ。
佐藤 そうそう。バレエのネタを見つけてきてお話に組み込むとか、音楽をどうするのかということを考えて、シリーズ構成を作っていったんだよね。だから、探り探りの綱渡りで作ってる感は常にありましたね。
小黒 観返しても綱渡り感はちょっと感じます。
佐藤 うん。進んでいくうちに、シナリオとコンテも変わってくるしね。
小黒 シナリオと絵コンテで内容が違うんですね。
佐藤 そうそう。シナリオも一度は納得できるかたちでまとまっているんだけど「前の話数を絵コンテ段階で変えたら、次の話数も変えなきゃいけないじゃん」ということになっていって。シナリオ完成後のコンテ作業の時にも、伊藤さんの意見やアイデアを可能な限り盛り込もうと思ってたので。
小黒 主人公のあひるちゃんって凄く自己評価が低いじゃないですか。伊藤さんに聞いたら「人間とは、万人がそういうものではないか」と言われました(「この人に話を聞きたい」第五十三回・アニメージュ2003年3月号掲載)。佐藤さんはどう思われますか。
佐藤 伊藤さんの中で、少女ものの原点がそういうことなんじゃないですかね。
小黒 普通の少女マンガは「取り柄のない私が、素敵な彼と恋人になってハッピーエンド」となるんですけど、そうはならないじゃないですか。最終的にみゅうとは、るうと結ばれてしまうわけで。
佐藤 伊藤さんの感覚として「頑張っても、結局美味しいとこは誰かが持ってっちゃうことってあるよな。でも、それでもいいんだよね」というのがあるんじゃないかな。頑張ったのに主人公が変わらないという展開は、物語としては着地がしにくいんだけれども、伊藤さんとしてはそれが凄くしっくりきてた記憶がある。
伊藤さん自身にもそういう経験があるんだと思うんです。アニメーターって裏方的なところがあるから、凄く頑張っても、結局誰かが美味しいところを持ってっちゃうことがいくらでもあるんでしょうね。だけど、誰かに持っていかれても、自分がやったことの価値は変わらない。だから、それはそれで別にいいんだという意味のことを伊藤さんが言っていたんです。僕には、その時の伊藤さんの姿とチュチュが被って見えるんですよ。
小黒 なるほど。今観返すと、みんながみゅうとのことを、どうしてそこまで好きなのかと気になったんですが、そんなことは問うてはいけないんですね。
佐藤 そうそう。そこは疑問に思っちゃいけない。「彼は王子様だから。王子様のことはみんなが好き。以上終了」でないと。『まほTai!』の話に戻るけれども、伊藤さんが沙絵のことが分からない一番の理由は「なんで高倉のことが好きなのか」だったんです。前にも言ったように、沙絵が頑張るにためには丘の上の王子様が必要であるということで、伊藤さんのイメージで、ジェフ君という子供の頃に会った素敵な魔法使いのお兄さんを足してるんですよ。『チュチュ』はそれの逆バージョンだよね(笑)。分かんないからといって好きな理由を足しちゃうと、存在が王子様じゃなくなっちゃうでしょ。雨の日に不良が猫を可愛がっていたみたいなエピソードを入れちゃうと、王子様じゃなくなっちゃう。
小黒 それも含めて、伊藤さんの感覚とか価値観に寄り添って作られた作品だということですね。
佐藤 そうですね。こちらも探りながら「こういうことなの?」とアイデアを出していく。『チュチュ』はね、やっていて面白かった。お話を作るのも面白かったけど、音楽ベースでの画作りがやっぱり面白かったよね。
小黒 岸田今日子さんや三谷昇さん等、キャスティング的にも異色の作品ではありましたね。
佐藤 そうですね。その辺りも伊藤郁子さんに「ナレーション誰がいい?」みたいに聞いて、決めていきました。あひる役の加藤奈々絵さんにしても、伊藤さんが「『魔法使いTai!』で生徒Aをやっていたあの子の声が聞きたい」と言ったところからのオファーだしね。
小黒 なるほど。
佐藤 伊藤さんが「ナレーションは岸田今日子さんみたいな人がいいな」と言ったら、たまたまハルフィルムの社長が、岸田さんの円企画と接点があったので、「ちょっと聞いてみます」と言ってくれて。岸田今日子さんは一声ン百万円の人だから簡単には頼めないんだけど「企画を見て面白そうだったら相談にのってくれますよ」と言われて、その結果やってくれることになったんです。ただ、さすがに毎週ナレーションを録りに来てもらうわけにはいかないので、岸田今日子さんはまとめて全部録るっていう条件でやってくれることになって、「おお! やってくれるんや~!」となりました。そして、円企画に三谷昇さんがいて、ドロッセルマイヤーをやってくれることになった。それで決まったキャストです。
小黒 この頃の水樹奈々さんは、まだ若手なんですね。
佐藤 人気が出始めてた頃だったと思います。『プリンセスチュチュ』で唯一、キングレコードから提案されたのが水樹さんでした。お芝居もお上手だし、NOと言う理由はありませんでした。水樹さんに、るうをやってもらって正解だったと思う。
小黒 当時、『チュチュ』のDVDで取材をした時に水樹さんはスターの風格がありましたよ。
佐藤 アニメ以前に、歌手として芸能活動をやっていたんだものね。
小黒 あひる役の加藤さんは、さっき言ったように『まほTai!』の端役で出てたわけですね。
佐藤 そうそう。その声がちょっと面白かったんで使いたいって言ったけど、キャリアがないし、いきなり主人公やらせて大丈夫かなと思ったんで、試しにセリフを読んでもらったりしました。ただ、アフレコが始まってからは収録に相当時間がかかって、簡単にはいかなかった。加藤さんの収録だけは夜遅くまで、特訓に近い収録になっていたね。
小黒 『チュチュ』は制作的には遅れ気味でしたよね。
佐藤 そうですね。後半にいくにつれてどんどんスケジュール食われていきました。確か放映枠が変わったんだよね。
小黒 そうです。途中から「動画大陸」の枠で、2本立ての1本としてやることになりました。
佐藤 15分枠で続きをやることになったので、話の丁度真ん中にCMが入るように作らなくてはいけないという面倒くささはあったけどね。
小黒 AパートBパートの長さを変えられないわけですね。
佐藤 できないからね。毎回11分ぐらいで引きを作っていく作り方が結構大変で、それもあって、後半になってからはシナリオに時間がかかった。
小黒 佐藤さんは『チュチュ』では数話ごとに絵コンテを書くかたちですね。
佐藤 『チュチュ』はコンテチェックで結構手を入れてるんですよ。さっきも言ったように、伊藤さんはシナリオ打ち合わせにも参加しているんだけど、上がったコンテを読んで意見をもらうこともあったから、コンテチェック時に手を入れるパーセンテージの高いシリーズですね。
小黒 なるほどなるほど。
佐藤 なんだかんだで、ほぼほぼ素上がりコンテから変わってしまった話数もあるんですよ。それに、『チュチュ』の音楽シーンだと、場合によっては3分以上の曲に画を合わせる作業になる。ほとんどの演出さんは、そんなことをやった経験がないから、やり方が分かんないんだよね。そこに関しては、コンテが上がったところで僕のほうで音楽に合わせて切り直したりもしているので、かなり絵コンテに食い込んではいる。
小黒 佐藤順一ヒストリーの中でも、相当手間の掛かる作品だった。
佐藤 そう。
小黒 その一方で、佐藤順一カラーはそんなに濃くない。
佐藤 濃くないはずですね。絵コンテレベルでは、よく見るカット割とかはあるかもしんないけどね。
小黒 そうですね。芝居の付け方とかには、佐藤さんらしさがいっぱいあるんですけど。全てを明快に描いていくのが、佐藤順一アニメだとすると、『チュチュ』はそうではない。観念的な作品ですよ。
佐藤 観念的なところは横手さんから出てくるものも多かったけれども、コンテでさらに象徴的にしたりとかもやってたりもします。基本的に、絵コンテも含めて考えることの多いシリーズだったよね。めちゃめちゃ脳を使う仕事。