SPECIAL

佐藤順一の昔から今まで(11)『きんぎょ注意報!』と『美少女戦士セーラームーン』

小黒 世間では『きんぎょ注意報!』は「新しい表現を始めた画期的な作品」とされていますね。佐藤さん自身は自然体で作られたのではないですか。

佐藤 そうですね。『(もーれつ)ア太郎』と同じく、あまり気張ることなくやれていますよね。

小黒 原作は表現に特徴のある作品ですが、アニメ化は難しいと思いました?

佐藤 いや、特に難しいとも思わなかったですね。ギャグ顔でニコニコすると、目が太い線になるんですけど、最初はそれがゲジゲジ眉毛に見えたので「目だと分かるようにしておいたほうがいいのかな」と思ったりはしたけど、段々慣れてきたので「これはこれでいいのかな」と思うようになったしね。

小黒 入好(さとる)さんの作監回だけかもしれないですが、シリーズ後半は、わぴこのニコニコ目がもの凄く太くなりますよね。

佐藤 なります、なります(笑)。特に入好さんはそうかもしれないですね。

小黒 あれは美しいデフォルメですよね。

佐藤 そうそう(笑)。いい感じに画が成長してますね。演出的なことで言うと「マンガの表現をなるべくアニメの中に移植してやろう」という気持ちはありました。

小黒 「頭身の変化はカットの切り替わりでやる」というのが、演出的なポイントのひとつですよね。

佐藤 そうです。中割りを入れて変化させることはしない。

小黒 それは口頭でスタッフに伝えたんですか。

佐藤 やりましたね。でも、やる前に議論があったんです。「中1枚でもいいから途中の画を入れて、ピョンと中割りで変わるほうが面白いのではないか」という意見もあったけど、多分その面白さはやっているうちに飽きると思いました。頭身の変化が感情表現になるなら、カット割りでやったほうがいいに違いない、という予感があったのでそちらにしました。

小黒 素晴らしい判断だと思います。漫符も重要ですね。星がクルクルッと回ったり。

佐藤 漫符の中でも、星はリーズナブルなんですよね。星はとんがりが五つあるので、(原画の間に中割りで)中に2枚入れば回るんですよ(笑)。リーズナブルでお得な表現なので、よく使いましたね。

小黒 フキダシを出して、その中にキャラクターの顔を入れてキャラクターの心情とか、思ったことなどを表現しているのも新しかったですね。

佐藤 はいはい。そういうかたちにしていた気がします。

小黒 『セーラームーン』シリーズだと、フキダシの使い方がさらに凝って、キャラクターのロングショットからフキダシを出して喋らせたり、BGオンリーのカットでフキダシを乗せてキャラクターを喋らせたり。カットを割らないで、表情を見せたり、セリフを言わせるというテクニックですね。

佐藤 「カットを増やさないでもセリフを言わせることができるんじゃないの」というのは意図的にやっていました。『サザエさん』を観ていて、驚いたことがあるんです。居間があって、襖が開いている。そこで画面外からサザエが「カツオー!」って呼ぶと、左右どちらから呼んだか分かるように点々がパッパッパッて出るんですよね。「サザエさんがどっちにいるか分かる! これは凄い効果だ」と驚いたんです。記号的な演出で表現できることが多いなと分かって、そういったことをやろうと思ったんですよね。

小黒 なるほど。

佐藤 話は全然先になるんですけど、それらを凄く進化させると、『ひだまりスケッチ』(TV・2007年)になるんだろうと思いました。

小黒 そうかもしれないですね。

佐藤 あそこまで省略できるとは思わなかった。「ここまでは振りきれなかったなあ」と。

小黒 『ひだまりスケッチ』は徹底していましたものね。でも、今思うと『ひだまりスケッチ』の向こう側はなかったですね。あれ以上に抽象化したり、記号化したものは出てこなかった。

佐藤 そうですね。フォロワーになるのが難しいですね(笑)。あのキャラだからできた、みたいなところもあるし。

小黒 あの省略は、芸術的と言っていいと思うけど、『ひだまりスケッチ』では、別にそれが作品の邪魔になってないのもポイントですね。

佐藤 凄く刺激的だったし、「なるほど」って思う演出がいっぱいありました。

小黒 『きんぎょ注意報!』の劇場版と『美少女戦士セーラームーン』の準備は同時進行だったんですか。

佐藤 前後関係は詳しくは覚えてないですが、そうだったんだろうね。

小黒 『きんぎょ注意報!』の劇場版は、映画らしい仕掛けとか、スペクタクルな部分とかはなくて、テレビサイズですよね。

佐藤 ぎょぴちゃんを主人公にしたスペシャルのような話で、TVシリーズの1本でもおかしくない内容ですねえ。

小黒 これは悪口ではなくて、それが魅力になっていると思うんですが、『きんぎょ注意報!』の各話のお話って、びっくりするぐらいユルいじゃないですか。脚本はどんな感じで進めていったんですか。

佐藤 2階建て(AパートとBパートで別の話をやる)の構成で、1年間やっているためにお話の数は沢山必要だったから「なんでもいいので、こんな話あったら面白いかも、というのを出してくださいよ」と言ってスタートした記憶がありますね。シリーズ通して一貫した何かがあるわけでもなく、「『きんぎょ注意報!』らしく、緩くやりましょう」という感じでやっていました。シリーズ構成のまるお(けいこ)さんは、ロマンチックなムードは入れていきたいと言っていて、千歳と葵の恋愛テイストが入っているのはそのためですね。

小黒 なるほど。『きんぎょ注意報!』の放映も終わり、『セーラームーン』が始まるわけですが、この作品については「アニメ『セーラームーン』大全集」のような書籍が出た時に、改めてうかがうこともあると思いますのでちょっと軽めにいきましょう。

佐藤 分かりました(笑)。

小黒 いつ頃からの参加なんでしょうか。

佐藤 割と最初の頃からですね。『きんぎょ』の後番組に何をするか、というところから話をしていて。当時も東映動画の制作は「枚数をなんとしても減らしたい」という強い意志をずっと持ち続けていて、元々1話あたり3500枚でやっていたものが3000枚になって、「次のシリーズでは限りなく2000枚を目指してほしい」というスタンスになっていました。『きんぎょ注意報!』自体は、平均して3500枚は使ってないと思うんですけど、「もう少し減らしたい」という感じがあったんです。制作と企画部、演出部などで会議をしてる時に「2000枚でやるなら、そういう企画を持ってきてくんないとできない。凄く枚数がかかったり、手間の掛かるキャラクターが登場する作品を2000枚でやれっていうのは無理なので、そういう企画を持ってくるところから始めてほしい」という話をしましたね。企画部は「今、3頭身ぐらいのちびっこいキャラクターで、あまり枚数がかからないものを用意している」と言ってて、いざ決まってみると『セーラームーン』で(笑)。「止め画の時点で髪がなびいてるじゃないか!」というぐらい手間の掛かりそうなものでした(笑)。制作と話して「2000枚は無理だけど、2500枚ぐらいを目指す」という辺りまで妥協しながら始まったんですが、その頃から関わってますね。

小黒 実際には何枚で作ってたんですか。

佐藤 1話は4000枚近いんじゃないですか。変身などのBANKが入った時点でガンガン増えちゃうので。「BANKはこの後の50本でも使うんだから、BANKの枚数を50で割ったものを1本あたりの枚数として数えてください。そうすれば、枚数収まってるんだよ」とか、姑息な計算をしてやっていました(笑)。

小黒 1話が4000枚として、各話は基本2500枚だったんですか。

佐藤 目標2500ですね。ただ、企画にそういった経緯があるので、よほどとんでもない枚数じゃなければ、始末書を書かされたこともないと思うんですけど。

小黒 ああ、なるほど。

佐藤 最初の交渉時に「これは枚数かかりますよ」と言ってあるから、制作も「そうだよなあ」という感じでスタートしてるんですよ。こちらも色々と工夫しているんですよ。例えば、オープニングの前に本編の画を使ったアバンを入れたり、曲が始まる前に鐘が鳴って雲が動いて月が見えるカットをつけてオープニングを少し長くしたり(笑)。変身BANKもなんだかんだで40秒近くあるのかな。本編尺を短くするためにそういったもので尺を埋めてあるんです。実際に作業する尺が縮むから枚数を減らせるはずと提案して、制作も分かってくれた。そういうやりとりが凄く沢山あるんですよ。

小黒 なるほど。

佐藤 キャラクターの話だと、セーラームーンの仮面がありますね。

小黒 原作だと、初登場した時にセーラームーンが仮面をつけているんですよね。

佐藤 武内(直子)先生は「仮面をつけてほしい」と言うんですけど、目の周りに物があると、ちゃんと可愛く描くのって相当巧い人じゃないとできなくて。それと、アニメーターの手間を少しでも減らしたくて外させてもらいました。『セーラームーン』では、カロリーを減らしていく作業を凄くやったんです。

小黒 原作との兼ね合いについては「アニメ『セーラームーン』大全集」のような本で改めて聞くことにして、今日はこのぐらいで。

佐藤 改めて(笑)。

小黒 セーラームーンのキャラクターについて、幾原さんが座談会で面白いことを言っていましたね(「アニメージュ」1993年5月号「佐藤順一 幾原邦彦 庵野秀明 異色顔合わせ『セーラームーン』無責任放談会」)。セーラームーンを、キューティーハニーのようなキャラクターになると思っていたら、佐藤さんに「そうではない」と言われたと。色っぽくてかっこいいキャラクターではないということですね。

佐藤 それを言ったのは覚えてないけど(苦笑)。少女マンガですからね。色っぽくてかっこいい感じだとは思っていなかったはずです。

小黒 同じ座談会で、庵野(秀明)さんが「佐藤さんは作品から引いてるところがいい」と言ってましたね。それから「佐藤さんの演出は客観的な感じがいい」と。庵野さんは1話で初めて変身した後に、うさぎが「ウソっ」と言って自分が変身したことに驚くのを例に挙げていました。

佐藤 部屋の中で変身した場面ですよね。今になれば、あれが庵野さんの好みかもしれないというのは分かりますけどね。当時は何がそんなに気に入ってるのか分かりませんでした。庵野さんは「ちゃぶ台とメトロン星人に通じる何か」みたいなことを言ってたような気がしますけど(笑)。

小黒 それは『セーラームーン』の1話についてですか。

佐藤 そう。非日常なものが日常の中に紛れ込んでいると。そんな話をしていた気がします。

小黒 原作に比べるとアニメ序盤のうさぎは、もっとドジだったり子供っぽさが強いと思うのですが、これは富田(祐弘)さんの持ち味と見てよろしいでしょうか。

佐藤 富田さんの持ち味は入っていると思います。でも、笑いについては、富田さんのテイストよりも僕のテイストのほうが強い可能性はありますね。

小黒 なるほど。

佐藤 『きんぎょ注意報!』をご覧になっていた方達から、「次の作品は凄いギャグものが来るのかなと思っていた」という声が結構あったんですよ。富田さんも「原作よりもギャグ寄りに書こう」という意識は、確かにあったと思いますね。だから、敵の活動とか、敵の攻撃の仕方がトンチキだったりするところは、ライターさんがその辺を感じ取っているのではないかと思いますが(笑)。

小黒 佐藤さんとしては『セーラームーン』は当たると思ってたんですか。

佐藤 全然思ってなかったですね(笑)。

小黒 ヒットを狙って作った作品じゃないですよね。

佐藤 思ってないですね。『きんぎょ注意報!』で確かに色んな人が観てくれていて、「面白かった」という評判も漏れ伝わって聞くんだけれども、アニメファンが盛り上がってるような印象はあまりなかったんです。それは頭身が低かったりとか、お話も含めて対象年齢が低かったところが原因かなと思っていたので、『セーラームーン』は頭身が高いし、アニメファンの皆さんに届くものにしてみようかという思いは、ややありました。

小黒 それは覚えています。僕は、佐藤さんに「『アニメージュ』で毎月取り上げてくれないか」と言われたんです。

佐藤 そうそう。そうでしたね(笑)。

小黒 「『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』(TV・1991年)の記事で吉松(孝博)さんが毎月マンガを描いていたように、只野和子さんに毎月マンガを描いてもらうというのはどうだ」って言われましたもの(笑)。

佐藤 (笑)。描く人まで提案してね。でも、そうなんです。そういうアプローチを『セーラームーン』でやっていきたいなと思っていたことは間違いないので。

小黒 それで「アニメージュ」誌上で決めゼリフ募集をしてしまって。

佐藤 してしまいましたね(笑)。

小黒 「佐藤さんが言い出した企画だから」ということで、自分の回で使うことになり……。

佐藤 回収するしかない。

小黒 で、24話(「なるちゃん号泣!ネフライト愛の死!」)でネフライトが死にそうになって、なるちゃんが泣いてるところに、セーラームーン達が現れて「水でもかぶって反省しなさい!」などの決めゼリフを言うことに(笑)。

佐藤 そうそう(笑)。「この回しかないじゃ~ん」と思って。

小黒 よりにもよって、シリアスに盛り上がってる時に、こんな愉快な決めゼリフを言わせなくても、と思いますよね(編注:佐藤順一の提案による、セーラーマーキュリーとセーラーマーズの決めゼリフを募集する企画がアニメージュで実現。彼と太田賢司プロデューサー、東伊里弥プロデューサーの審査で決めゼリフが決定した。提案した佐藤が責任をとるかたちで、本編で決めゼリフを使うことになったのだが、それがシリアス編の24話「なるちゃん号泣!ネフライト愛の死!」だった。その後、佐藤はシリーズから離れてしまうのでこの回で使うしかなかったのだ)。

佐藤 「他の話数じゃ駄目だった?」という感じもありましたけどね。でも、あそこでやるのが『セーラームーン』らしかったと、今は思いますけどね(笑)。

小黒 今思えばそうですね。でも、「火星に代わって折檻よ!」とか「水でもかぶって反省しなさい!」って、選ぶほうも考えるほうも、人が死ぬようなシリアスなアニメだと思ってないですよね。

佐藤 まあ、そうですね(笑)。庵野さんは『セーラームーン』のことを「お気楽極楽」と言っていましたが、言い得て妙と言いましょうかね。確かにそういうものを目指してたなと。子供バラエティだと思ってますからね。

小黒 『セーラームーン』が「お気楽極楽」?

佐藤 そうそう、バラエティテイストで。

小黒 特にバラエティ感があるのは1年目ですね。

佐藤 そうですね。『R(美少女戦士セーラームーンR)』(TV・1993年)以降は少しドラマ寄りになっていったと思います。

小黒 最初のシリーズで佐藤さんが担当した話数はあまり多くなくて、演出までやったのは3本で、コンテのみが2本ですね。その頃には『ユンカース・カム・ヒア』が動き出していたわけですね。

佐藤 そうそう、そんな時期ですよ。

小黒 『ユンカース・カム・ヒア』の前に『リトルツインズ』(OVA・1992年)がありますね。

佐藤 『リトルツインズ』、仕事の内容は助手ですけどね。

小黒 総監督が土田(勇)さんで、佐藤さんは演出だったのでは。

佐藤 土田さんは「こんな芝居にしたい」「ああいう画にしたい」ってアイデアはあるけど、具体的に作画や撮影の処理をどうすればいいか分からないので、そういうところを僕にやってほしい、みたいな話だったんです。だから演出と言いながらも、実際には演出助手に近いですね。土田さんに「これはどうしたいんですか」と聞きながら、原画チェックしたりする仕事でしたね。

小黒 チーフディレクターで平田敏夫さんがクレジットされていますね。

佐藤 全体のことは、平田さんが土田さんとやってたのかもしれないね。ただ、僕は『リトルツインズ』に関して、平田さんと打ち合わせはあまりしていないんですよね。

小黒 確認させてください。佐藤さんは1話の演出をしたんですよね。

佐藤 そうだったと思う。1話は、原画チェックもした気がします。

小黒 それ以降の回では、お手伝いはしてない?

佐藤 してないと思いますね。土田さんが不慣れな、音楽とか音響の時に少しお手伝いしたかな。

小黒 土田さんには「『とんがり帽子のメモル』の時にやれなかったことを」という思いがあったんですかね。

佐藤 あったでしょうね。『メモル』で「小人達の生活感をちゃんと描いていきたい」ということをおっしゃっていたけれども、どうしてもマリエルサイドのドラマに引っ張られていって、小人側の描写っていうのは薄くならざるをえなかった。演出もそこに神経を使うタイプの人ばかりではないので、土田さんにとって『メモル』っていうのは「もっとああしたかった」、「こうしたかった」が沢山あったシリーズだったんですよね。だから、土田さんはノッて『リトルツインズ』をやってらっしゃったと思いますね。

小黒 なるほど。本当に絵本のような作品でしたよね。

佐藤 画作りを凄く大事にしていましたよね。確か、特別なセルを発注して使ってたんですよ。普通のツルツルしたものじゃなくて、表面にスモークが入っているやつで、セル重ねはそんなにできないんですが、キャラクターのほっぺにクレヨンのような掠れたタッチが入る。

小黒 アートアニメ的ですね。平田さんはそういった画作りの部分に関わっているのかもしれませんね。

佐藤 そうかもしれないですね。


●佐藤順一の昔から今まで (12)『ユンカース・カム・ヒア』と『ワ~ォ!メルヘン王国』 に続く


●イントロダクション&目次