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第102回 躍動とリリシズムの魔術師 〜長靴をはいた猫〜

 腹巻猫です。SOUNDTRACK PUBレーベル最新作「渡辺宙明コレクション ガードドッグ/おーい!太陽っ子」が3月22日に発売されます。渡辺宙明が手がけた幻のレア作品をカップリング。当面はAmazonの販売はなく、ディスクユニオン、神保町タクト、ARK SOUNDTRACK SQUARE専売となります。今なら渡辺宙明直筆サイン入りジャケットサイズカードつき!(なくなり次第終了) ぜひご利用ください。

「渡辺宙明コレクション ガードドッグ/おーい!太陽っ子」
ディスクユニオン
http://blog-shinjuku-movie.diskunion.net/Entry/3176/
http://diskunion.net/portal/ct/detail/1007348174

神保町タクト
http://www.tacto.jp

ARK SOUNDTRACK SQUARE (「ガードドッグ」で検索ください)
http://www.arksquare.net/jp/index_main.html


 第89回アカデミー賞はミュージカル「ラ・ラ・ランド」が監督賞、作曲賞、歌曲賞などを受賞。作品賞こそ逃したものの、最多6部門の栄冠に輝いた。往年の名作ミュージカルを現代のセンスと技術でアップデートしたような、「映画の魔法」にあふれた魅惑的な作品だ。
 『アナと雪の女王』(2013)の例があるように、劇場用アニメーションにはミュージカル仕立てのものが少なくない。黎明期の日本の劇場アニメも同様だった。東洋のディズニーを目指した東映動画(現・東映アニメーション)が1950〜70年代に送り出した劇場作品には、ミュージカル仕立ての場面がたびたび登場する。
 今回はミュージカルシーンが印象深い『長靴をはいた猫』を紹介したい。
 『長靴をはいた猫』は1969年公開。シャルル・ペローの原作を井上ひさしと山元護久が脚色し、矢吹公郎が監督を務めた。作画監督は森康二。原画に大塚康生、小田部羊一、宮崎駿、大工原章ら。美術は浦田又治と土田勇。大スクリーンに映えるレイアウトと作画・美術がすばらしい。ギャグ監修としてクレジットされているのが「怪人オヨヨ」シリーズで知られる作家・コラムニスト・映画評論家の中原弓彦(小林信彦)。全編ユーモアにあふれた、「まんがえいが」の面白さを満喫させてくれる作品である。主人公のペロは現在も東映アニメーションのマスコットキャラクターとして使用されている。
 矢吹公郎は本作に先立つ本格的なミュージカル劇場アニメ『アンデルセン物語』(1968)の監督も担当している。このときの脚本も井上ひさしと山元護久。井上と山元は両作品の主題歌・挿入歌の作詞も手がけた。井上ひさしと山元護久といえば、ミュージカル仕立てのTV人形劇「ひょっこりひょうたん島」(1964-1969)で子どもたちを魅了した作家。それを買われての起用だった。

 「ひょっこりひょうたん島」から『アンデルセン物語』と『長靴をはいた猫』に参加したスタッフがもう1人いる。音楽を担当した宇野誠一郎である。
 宇野誠一郎は1927年生まれ、兵庫県出身。早稲田大学文学部仏文科卒業。幼少時からピアノを習うが、小学3年生のとき中断。その後独自に勉強を続け、早大に進学してから池内友次郎と安部幸明に師事して作曲を学んだ。作曲の道に入ったのは、身体が悪く、どうせ死ぬなら好きな音楽をやって死のうと思ったからだという。
 大学在学中から自由舞台やテアトル・ブッペなどの舞台音楽を手がけた。ラジオ番組の仕事を経てTVにも進出。NHKのTV人形劇「チロリン村とくるみの木」(1956-1964)、「ひょっこりひょうたん島」(1964-1969)、「ネコジャラ市の11人」(1970)で人気を博した。NHKラジオドラマ「モグッチョチビッチョこんにちは」(1962)で作家の井上ひさしとと出会い、以降、コンビで多くの作品を作っている。井上ひさし主宰の劇団こまつ座の舞台音楽も大半を手がけた。
 アニメでは、劇場アニメ『少年ジャックと魔法使い』(1966)、『アンデルセン物語』(1968)、『長靴をはいた猫』(1969)、『アリババと40匹の盗賊』(1971)、『ながぐつ三銃士』(1972)、『長靴をはいた猫 80日間世界一周』(1981)、TVアニメ『W3』(1965)、『悟空の大冒険』(1967)、『ムーミン』(1969/1972)、『アンデルセン物語』(1971)、『ふしぎなメルモ』(1971)、『さるとびエッちゃん』(1971)、『山ねずみロッキーチャック』(1973)、『小さなバイキング ビッケ』(1974)、『一休さん』(1975)などで主題歌と音楽を担当。日本の劇場・TV音楽史を語る上で忘れてはならない作曲家である。惜しくも2011年に逝去している。
 宇野誠一郎作品の特徴は、意表をついたメロディラインと思わず体をゆすりたくなるリズム。いっぽうで、TVアニメ『アンデルセン物語』のエンディング主題歌「キャンティのうた」などで奏でられるリリカルな旋律も大きな魅力だ。感情を煽るような曲調ではないのに、聴いていると泣きたくなってしまう。「心の琴線にふれる」とはこういう曲のことを言うのだろう。
 『長靴をはいた猫』はそんな宇野誠一郎の持ち味が生かされた作品。「まんがえいが」の醍醐味がたっぷり詰まった本編を、楽しい曲、美しい曲が彩っている。
 残念ながら本作は単独のサントラアルバムは発売されていない。レコードとしては公開当時発売された4曲入りコンパクト盤と1979年に発売された2枚組ドラマ編LPがあるだけ。1996年に発売された10枚組CD-BOX「東映動画長編アニメ音楽全集」の1枚として、ようやく音楽集がリリースされた。
 しかし、東映ビデオから発売されているDVDには音声特典としてミュージックトラックが収録されているので、こちらで劇中に流れた音楽をすべて聴くことができる。
 CD-BOX版の収録曲は以下のとおり(構成と解説は中島紳介)。

  1. オープニング〜裏切り者ペロ
  2. 主題歌「長靴をはいた猫」
  3. ペロとピエール
  4. 3匹の殺し屋
  5. さあ、出かけよう
  6. 挿入歌「友達」(「はなれられない友だちさ」)
  7. ローザ姫の花婿候補
  8. 我こそは魔王ルシファ
  9. 挿入歌「幸せはどこに」
  10. 挿入歌「ネズミたちの行進」
  11. ペロをさがせ!
  12. 白薔薇のプリンス
  13. ペロ、一計を案ず
  14. 挿入歌「カラバ様万歳!」
  15. 不安を胸に
  16. ピエールの告白
  17. 魔王激怒す
  18. 急げピエール
  19. 魔法七変化
  20. 塔の上の姫君
  21. ペンダント争奪戦
  22. ローザ姫を救え!
  23. ピエールとローザ姫
  24. 楼閣の大混戦
  25. 魔王の焦り
  26. 朝陽よ!
  27. 大団円〜エンディング:主題歌「長靴をはいた猫」

 猫の掟を破ってネズミを助けたために裏切り者として殺し屋に追われることになったペロ。ペロの境遇とキャラクターを紹介するアバンタイトルの曲「オープニング〜裏切り者ペロ」に続き、ペロのテーマでもある主題歌「長靴をはいた猫」が流れる。
 歌い出しからキャッチー、一度聴いたら耳から離れない名曲だ。歌うはペロ役の石川進。アニメファンなら、いや、アニメファンならずとも、『オバケのQ太郎』(1965)、『パーマン』(1967)、『ウメ星殿下』(1969)、『ど根性ガエル』(1972)等の主題歌で記憶に刻まれている歌手である。ユーモアとペーソスを感じさせる表情豊かな歌唱がすばらしい。ペロ役としても主題歌歌手としてもこれ以上はないハマりようだ。
 2人の兄に冷遇される農家の息子・ピエールとペロが出逢い、旅に出る。そのとき流れるのがペロとピエールがデュエットする「はなれられない友だちさ」(CDでは「友達」のタイトルで収録)。歌うは石川進とピエール役の藤田淑子だ。
 藤田淑子もまた、アニメファンには忘れられない歌手・声優である。歌手としては『キングコング』(1967)、『どろろ』(1969)、『ムーミン』等の主題歌を歌い、声優としては、『一休さん』(1975-1982)、『がんばれ元気』(1980)、『キテレツ大百科』(1988-1996)、『デジモンアドベンチャー』(1999)等の主役でおなじみ。『CAT’S・EYE』(1983)の長女・泪役、『ロミオの青い空』(1995)のアルフレド役も忘れがたい。
 藤田淑子は1968年の劇場アニメ『アンデルセン物語』でも主人公のハンスを演じ、主題歌・挿入歌を披露している。本作では勇敢で正義感の強い青年ピエール役。歌はこの1曲だが、爽やかな声と達者な歌唱力に聴き入ってしまう。歌の途中、ペロとピエールのセリフ風のかけ合いが入る。2人の友情が感じられるミュージカルシーンならではの演出だ。
 この歌は次のローザ姫の歌のシークエンスのあとにペロのソロでもう一度歌われている。
 悪い魔王ルシファ(小池朝雄)がローザ姫を見初め、求婚する。ローザ姫は断るが魔王は聞き入れない。ローザ姫がまだ見ぬ恋人を想って城のバルコニーで歌う歌が「幸せはどこに」。可憐なローザ姫にふさわしいロマンティックな曲で、本作のサブテーマとも呼べる旋律である。
 歌はローザ姫役の榊原ルミ(現・るみ)。本作の2年後に「帰ってきたウルトラマン」のヒロイン・坂田アキ役で子どもたちの前に登場する。歌手は本業ではないけれど、初々しい歌い方がローザ姫の心情を表現する歌にぴったりだ。数ある東映動画の劇場アニメの挿入歌の中でも、際立って心に残る曲のひとつである。
 ペロの策略でピエールの衣装を手に入れるためにネズミたちが行進しながら歌う歌が「ネズミたちの行進」。主題歌「長靴をはいた猫」の替え歌である。ネズミらしく語尾を「チュー」に変えて歌っているのが楽しい。
 歌はCDのクレジットでは水垣洋子とボーカル・ショップ。劇中ではネズミたちの父親の声で熊倉一雄が加わっている。Wikipediaにはネズミたちの父親の声は「すべての資料で熊倉一雄と書かれているが実際の声優は辻村真人」とあるが、この歌だけは熊倉一雄の声である。歌は熊倉一雄でプレスコ収録されたが本編のアフレコは違ったという可能性もある。
 ペロがピエールを花婿として売り込むために王様とローザ姫に聴かせる歌が「カラバ様万歳!」。劇中ではネズミたちが蓄音機にかけたレコードで歌を流す演出になっている。歌はボーカル・ショップとトリオ・ポワンの混声コーラス。たたみかけるような曲調と繰り返しの多い歌詞で「カラバ様」が印象づけられるしかけだ。
 王様の城にカラバ侯爵として迎えられたピエールは、噴水のそばでローザ姫と語らううちに、心苦しくなって自分の正体を明かしてしまう。その場面に流れるのが「幸せはどこに」の女声コーラスによる変奏曲。CDにクレジットはないが歌はトリオ・ポワンだろう。画面ではムードを盛り上げるためにペロの指揮でネズミたちが歌っているという演出。
 肩を落とすピエールに「身分なんかどうでもいいの。あなたが必要なの」と語りかけるローザ姫。「幸せはどこに」のメロディからローザ姫の気持ちが伝わってくる。
 以降、物語はローザ姫をさらった魔王とピエール、ペロとの対決を描くアクションが中心となり、ミュージカルシーンは登場しない。もう少し尺があれば、ピエールとローザ姫のデュエットや、ペロを追う殺し屋猫の歌、魔王ルシファの歌なども聴きたかったと思うが、それはないものねだりだろう。
 それでも本作のミュージカルシーンはどれも効果的で心に残る。クライマックスでピエールとローザ姫が塔の頂上をめざす場面の曲「朝陽よ!」とすべてが終わって2人が抱き合う場面の曲「大団円」は、「幸せはどこに」のアレンジBGM。観客の耳にはローザ姫の歌が残響のように聴こえてくる。それだけ、ミュージカルシーンが劇中に溶け込んでいるのである。
 ラストシーン。ピエールとローザ姫の幸せを見届けたペロはふたたび旅に出る。主題歌「長靴をはいた猫」が流れる心躍る幕切れだ。

 CD-BOX「東映動画長編アニメ音楽全集」の解説書所収のインタビューで、宇野誠一郎は、劇場アニメでは「情緒よりもリズム感、動感を基本に置いた作曲をしようと思った」と語っている。動きに音楽を合わせるだけではなく、逆に音楽を合わせやすい絵を作ってほしいという提案もしたが、絵のスケジュールが間に合わなくなり、満足のいく形では実現しなかった。宇野誠一郎のアニメ音楽に対する考え方を知ることができる興味深いインタビューである。
 実際、宇野誠一郎のアニメ音楽を聴いていると、映像以上に音楽のほうがアニメっぽい印象を受けることがある。躍動的という言葉では足りない。ダンス音楽とも違う。動きの快感が音楽からあふれているような感じ。人間の根源的な衝動や悦びに根差した、体の奥から律動がわいてくるような音楽だ。
 その動的な音楽と、リリカルなメロディが同居しているところが、宇野誠一郎作品の魅力である。心の奥にある大切な場所にそっと触れてくるような旋律。「ムーミンのテーマ」や「キャンティのうた」や「ふしぎなメルモ」などを聴いていると、なぜだかわからないけど、胸の奥がきゅっとしてじっとしていられない気分になる。子ども心に、この宇野メロディに心をとらわれた人は多いだろう。
 『長靴をはいた猫』には、宇野誠一郎音楽の魅力が詰まっている。作品とともに何度でも聴いて、何度でもわくわくし、何度でもため息をつきたい。そんな名作である。
 宇野誠一郎の作品をまとめて聴きたい向きには、ウルトラヴァイブから発売されている「宇野誠一郎作品集」がお奨めだ。第3集まで発売されているが、アニメソングの主要曲は第1集にほぼ網羅されている。

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