腹巻猫です。サウンドトラック・アルバムがCDで発売されることが少なくなり、配信のみでリリースされることが増えてきました。そこで困るのが「知らないうちにリリースされていた」という場合がよくあること。特にTVアニメのサントラが放映終了後、しばらくしてからリリースされると、ネットニュースにも取り上げられず、気がつかないことがあるのです。
今回取り上げる作品もそのひとつ。TVアニメ『しかのこのこのここしたんたん』です。「サントラ出ないのかな」と思っていたら、放送終了後1ヵ月以上経ってからリリース。しばらくしてから気づきました。「出るなら早く教えてよー!」。いや、うれしいけど。
『しかのこのこのここしたんたん』は2024年7月から9月まで放映されたTVアニメ。おしおしおによる同名マンガを原作に、監督・太田雅彦、アニメーション制作・WIT STUDIOのスタッフで映像化された。
元ヤンであることを隠して生徒会長を務める女子高生・虎視虎子(こしたん)は、ある日、電線に引っかかっている少女に遭遇し、助けてやる。虎子が助けた少女は頭にシカの角が生えた鹿乃子のこ(のこたん)だった。虎子の高校に転校してきたのこは、シカ部を創設。虎子を部長に、自身はシカ部所属のシカとして活動を始める。シカ部には虎子の妹・餡子、のこにあこがれる新入生・馬車芽めめなど、個性の強いメンバーが集まり、虎子の人生をかき乱していく。
インパクト抜群のギャグアニメである。原作を未読だった筆者は、タイトルに惹かれて第1話を観てドハマリしてしまった。シュールでアバンギャルドでカオス。1秒先も予測できない展開と爆発力のあるギャグにただ笑うしかない。しかし、こういう作品大好きなのだ。
本作は放映開始前からネットで話題となり、オープニング主題歌のイントロ耐久動画が公開1ヵ月で500万再生を超えるなど、人気が上昇していった。12月に発表された「TikTokトレンド大賞2024」では「しかのこのこのここしたんたん」がホットワード部門を受賞。2024年を騒がせた作品のひとつなのである。
音楽を担当したのは、アニメ『みなみけ』『ヒナまつり』『ビックリメン』などの音楽を手がける三澤康広。本作の監督・太田雅彦とは、『みなみけ』をはじめ、多くの作品でコンビを組んでいる。ちなみに筆者は『ヒナまつり』のサウンドトラックの仕事で三澤康広にインタビューする機会があった。ご本人は、ジョン・ウィリアムズやジェイムズ・ホーナーといった正統派の映画音楽作曲家が好きという映画音楽ファン。そういう作家がテンポの速いギャグアニメの音楽を手がけるところに妙味がある。「セリフのじゃまをしない」といった映像音楽の作法を守りつつ、遊び心のある、映像を生かす音楽を提供している。
ギャグアニメの音楽は、大きく分けるとふたつのアプローチが考えられる。ギャグをやっていても音楽はふつうというパターンと、音楽もはちゃめちゃというパターンである。実際にはどちらかに特化することはあまりなく、両者がバランスよくブレンドされていることが多い。本作の場合も、日常を描写するのんびりした曲もあれば、ギャグを強調するはじけた曲やパロディ的な曲もある。しかし、それだけにとどまらないのが本作の工夫である。
たとえば第1話の冒頭シーン。虎子が初めて登場する場面には少女アニメっぽい華やかな曲(「ここは乙女の園(共学)」)が流れるが、その虎子を見つめるシカが現れるや、男声コーラスが「シカ!シカシカシカ!」と歌う変な曲(「シカ!シカシカシカ!シカ!!!」)が流れて、一気に世界をシュールな空気で満たしてしまう。
この「シカ」の2文字を歌うコーラス入りの曲が、本作の音楽の最大の特徴と言ってよいだろう。男声または女声コーラスによって、ときには「シーカー」と長く、ときには「シカシカシカ」とくり返して、「シカ」のフレーズが歌われる。日常曲でもなく、ギャグを強調する曲でもなく、作品世界を俯瞰する「天の声」のような、不思議な音楽である。
本作には劇伴におけるメインテーマ——作品を象徴する曲はないが、代わりに「シカ」のコーラス曲がその役割を果たしている。「ターミネーター」で「ダダンダンダダン」というリズムが作品とターミネーターのキャラクターを象徴するモチーフになっているように、本作ではさまざまに変形されて登場する「シカ」のフレーズが、作品を象徴するモチーフとして機能しているのだ。
「シカのアニメだから劇伴にも“シカ”のコーラスを入れよう」という発想も面白いが、それを具体化してしまうところが、もっと面白い。
なお、三澤康広のXのポスト(投稿)によれば、女声コーラスは多くのサウンドトラック作品に参加している歌手のKOCHOが担当、男声コーラスは三澤自身が参加している。三澤は劇伴のすべての楽器の演奏も担当したそうで、それが音楽の絶妙な味わいを生み出していると想像できる。
本作のサウンドトラック・アルバムは、2024年11月7日に「TVアニメ『しかのこのこのここしたんたん』オリジナルサウンドトラック」のタイトルで配信開始された。レーベルは本作のプロデュース・製作を担当したツインエンジン。CDでの発売はない。
収録曲は以下のとおり。
- ここは乙女の園(共学)
- シカ!シカシカシカ!シカ!!!
- シーーーカーーー♪
- 噂のパーフェクトGIRL
- 元ヤンであること
- 今日、この日までは…
- Girl Meets SHI-KA
- ヌ〜ン…
- のつ!鹿乃子のこです!
- シカッ♪シカッ♪
- 暗ガール
- 第1回日野南高校チキチキ虎視虎子王決定戦!
- やだ…こしたんてば【ハート】
- ん?は?
- 特別にツノをあげよう
- ツノが生えてる女の子なんて
- ぎゃああああああああああっ!
- シカー♪シカー♪シカー♪(陽)
- だって、こしたんと一緒だし!
- シカ部っていったいなんです!?
- よろしくぬん!
- シカ!シカシカシカ!シカ???
- ここは戦場だぞ!!
- かかって来いやぁっ!!
- あれは罠だ!!
- おねぇちゃぁん【ハート】
- なんでそうなる〜〜〜???
- 主よ御許に鹿づかん
- 私たち、良い友達になれそうじゃない?
- こうなったら武力行使だ!
- なんなのーッ!
- 家族になろうよ、日野で(歌:鹿乃子のこ[CV:潘めぐみ])
- 古き言い伝えはまことであった…(Cervus)
- シカー♪シカー♪シカー♪(陰)
- つちのこのこのこのこたんたん
- シカコレ
- 鹿乃子が見せた幻影だというのか……!?
- 喫茶ツバメ
- 日野になぜシカ!?
- 鹿神神社
- はんにゃ〜ほんにゃらふんにゃ〜シカシカ
- ソイヤ
- のーこたん♪こーっちこい♪
- なんだこの空気は!?
- 花が…生きている…!
- 伝説のマタギ
- TOSOKAISHI
- それが…シカの穴!!
- まさか日野市で会えるなんて
- 頂上対決
- 野生のシカ(歌:虎視虎子[CV:藤田咲])
全51曲。総演奏時間は約70分。10秒前後の短い曲もたくさん収録されているのがうれしいところ。劇中で印象的な楽曲はほぼ網羅されている。
曲順はおおむねストーリーの流れに沿っている。
トラック1〜10までは第1話で使用された曲。制服姿の虎子が登場するシーンに流れる「ここは乙女の園(共学)」(トラック1)、虎子を見つめるシカを不穏に描写する「シカ!シカシカシカ!シカ!!!」(トラック2)、サブタイトル曲「シーーーカーーー♪」(トラック3)の3曲がいわば導入部。「シカ」のコーラス曲がさっそく2曲出てくるのが強烈だ。
続いて愛らしい曲調の「噂のパーフェクトGIRL」(トラック4)と歪んだエレキギターによる「元ヤンであること」(トラック5)の2曲で、元ヤン虎子の2つの顔を描写。「元ヤンであること」は一発ギャグのような短い曲だが、虎子が感情をあらわにする場面などで効果的に使われている。
ミステリアスな「今日、この日までは…」(トラック6)、トラブル発生! という雰囲気の「Girl Meets SHI-KA」(トラック7)、とぼけた「ヌ〜ン…」(トラック8)の3曲は、第1話の虎子とのこたんの出会いのシーンに流れた。変拍子を使った「Girl Meets SHI-KA」は『スパイ大作戦』みたいな緊張感のある軽快な曲。「ヌ〜ン…」は日常描写によく使われた曲で、木管とパーカッションのアンサンブルが微妙な空気感を表現している。トラック15「特別にツノをあげよう」、トラック21「よろしくぬん!」なども「ヌ〜ン…」と同じ系統の曲だ。こういう曲をバックにのこたんの奇妙な日常が描かれ、虎子が突っ込むのがおなじみのパターンだった。
男声コーラスが「シーカ」とくり返す「のつ!鹿乃子のこです!」(トラック9)は、のこたんが転校生として教室に入ってくる場面で使用。のこたんのテーマというわけでもなく、「シカあらわる!」といった緊張感のあるシーンによく選曲されていた。「シカッ♪シカッ♪」(トラック10)は女声コーラスによるアイキャッチ曲。
ここまでが主人公2人が出会い、物語が動き出す序盤パート。「シカ」のコーラス曲やとぼけた日常曲、パロディ風の曲など、本作の音楽の特徴(面白さ)がすでによく表れているし、本編のテンポ感も再現されている。
トラック11〜21は第2話と第3話で使用された曲を中心にした構成。
姉が好きなあまり闇落ちしてしまう虎子の妹・餡子のテーマ「暗ガール」(トラック11)、メロドラマ風の「やだ…こしたんてば【ハート】」(トラック13)、シリアスな曲調の悲しみの曲「ツノが生えてる女の子なんて」(トラック16)などが面白い。
「シカー♪シカー♪シカー♪(陽)」(トラック18)は毎回のように使われた女声コーラスの曲。のこたんの突拍子もない行動やのこたんに振り回される虎子の場面などにアクセントを付けるように流れて、なんともいえない面白みをかもしだしている。サブタイトル曲やアイキャッチ曲と並んで印象深く、「『しかのこ』の劇伴といえばこの1曲」みたいな代表曲のひとつである。
軽快な「シカ部っていったいなんです!?」(トラック20)と脱力系の「よろしくぬん!」(トラック21)も使用頻度の高い日常曲。ここまでで、餡子と馬車芽めめがシカ部に参加し、主要キャラクターがそろったイメージだ。
トラック22〜31までは、シカ部をめぐるドタバタをイメージした選曲になっている。
「ここは戦場だぞ!!」(トラック23)、「かかって来いやぁっ!!」(トラック24)、「あれは罠だ!!」(トラック25)の3曲はアクション映画風の緊迫感のある曲。第2話でのこたんが謎の敵に襲撃されるシーンや第5話のシカ部の特訓シーンなどに流れていた。トラック30の「こうなったら武力行使だ!」も同じ系統の曲で、こちらは第3話で虎子が水の入ったペットボトルを並べてシカを威嚇する場面に使用。曲だけだと面白さが伝わらないが、映像との相乗効果で破壊力を発揮する曲である。
本作には特定のシーンを想定して書かれたと思われる曲もいくつかある。
讃美歌風の「主よ御許に鹿づかん」(トラック28)はそのひとつで、第2話でシカの天使がのこたんを迎えに天から降りてくるイメージシーンに流れた。
のこたんが歌う挿入歌「家族になろうよ、日野で」(トラック32)も第4話のみで使用された曲。突然画面がカラオケ映像風になってのこたんの歌が流れるシーンはなかなかシュールだった。
トラック32以降は、こうした使用場面が限られた曲が多く収録されている。その曲調は多彩で、バラエティに富んでいるとも言えるし、カオス度が増しているとも言える。回を追うごとにギャグもパワーアップしていく本作らしい構成である。
トラック33「古き言い伝えはまことであった…(Cervus)」は第5話のシカの大名行列の場面で老婆(犬養ミツ)がつぶやく言葉をタイトルにした曲。『風の谷のナウシカ』のパロディなのだが、曲は『ナウシカ』に雰囲気を寄せつつ、まったく違うものになっているのがすごい。「Cervus」はシカを意味するラテン語である。
トラック34「シカー♪シカー♪シカー♪(陰)」とトラック35「つちのこのこのこのこたんたん」は謎の生物「つちのこ」が登場する第6話で使用。「つちのこのこのこのこたんたん」は「Girl Meets SHI-KA」(トラック7)と同系統の曲で、つちのこの摩訶不思議な生態を変拍子を使って表現している。
トラック36「シカコレ」とトラック37「鹿乃子が見せた幻影だというのか……!?」は第7話のシカコレクションのエピソードで使用。次の「喫茶ツバメ」(トラック38)と「日野になぜシカ!?」(トラック39)は同じく第7話の後半の「喫茶ツバメ」のエピソードで使用された。テクノ風、ウィンナワルツ風、ジャズ風とさまざまな曲調が楽しめる。 第8話の新年の鹿神神社のシーンで流れた「鹿神神社」(トラック40)と「はんにゃ〜ほんにゃらふんにゃ〜シカシカ」(トラック41)、第9話の体育祭のエピソードで使われた「ソイヤ」(トラック42)と「のーこたん♪こーっちこい♪」(トラック43)、第10話の華道部のエピソードを彩る「なんだこの空気は!?」(トラック44)と「花が…生きている…!」(トラック45)。爆笑を誘うシュールな場面の曲が続く。
いよいよ終盤は、最終2話で使用された曲である。
トラック46「伝説のマタギ」とトラック47「TOSOKAISHI」は、伝説のマタギとのこたんとの死闘を描く第11話で使われた。和風マカロニウエスタン風の「伝説のマタギ」に、追う者と追われる者の対決を描写する「TOSOKAISHI」で緊迫感が盛り上がる。
最終回(第12話)、秘密機関「シカの穴」が登場する場面で流れた「それが…シカの穴!!」(トラック48)も緊迫感のある曲。曲の後半に聴こえてくる「シカ、シカ」の男声コーラスが「シカの穴」の不気味さを強調する。いったい、このお話はどこへ向かっていくのか?
クライマックスは、シカ系ゆるキャラとのこたんとの対決だ。トラック49「まさか日野市で会えるなんて」は、北海道のゆるキャラ、キュンちゃんがシカ部にやってくる場面で使われた。キュンちゃんのキャラに合わせた、ほのぼのした曲である。
のこたん最後の活躍は、奈良県のマスコットキャラクター、せんとくんとの対決。トラック50「頂上対決」は、タイトルどおり、のこたんとせんとくんの対決場面に流れたマーチ風の曲。プロレス中継などでおなじみの「スポーツ行進曲」を思わせる曲調が楽しい。なお、せんとくん入場シーンに流れた曲は、せんとくんの公式テーマソング「せんとくんなら知っている」である。
ラストに収録された「野生のシカ」(トラック51)は虎子が歌う挿入歌(イメージは「アイ・オブ・ザ・タイガー」か?)。第12話で虎子がのこたんを特訓するシーンに流れたほか、第12話のエンディングテーマとしても使用されている。本アルバムには主題歌は収録されていないが、最終回を締めくくった曲をラストに収録することで、アルバムがまとまった。
以上、駆け足でサウンドトラック・アルバムを紹介したが、序盤、中盤、終盤と雰囲気を変えて作品イメージを再現した、巧みな構成だと思う。音楽自体もいい。印象的なエピソードやシーンに印象的な曲がつけられているのが、本作の強みであり魅力だ。多彩なアイデアを盛り込んだ音楽がシーンの面白さを何倍にもパワーアップし、同時に、音楽を聴くと名(迷)場面が思い浮かぶ。
そして、耳に残るのはやはり、さまざまな形で歌われる「シカ」のコーラス曲である。本作の音楽イメージと世界観を決定づけているのは「シカ」のフレーズ。「シカ」が世界を作っているのだ。
TVアニメ『しかのこのこのここしたんたん』オリジナルサウンドトラック
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