COLUMN

第261回 4つの音 〜青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない〜

 腹巻猫です。「リバー、流れないでよ」を観ました。時間ループをあつかった実写劇場作品です。巧みなアイデアと脚本、役者陣の達者な演技に引き込まれて、スクリーンから目が離せなくなる快作でした。上映劇場が少ないようですが、機会があればぜひ。
 アニメで時間ループものといえば、『うる星やつら2 ★ビューティフル・ドリーマー★』(1984)という名作があり、2000年代にもTVアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』(2009)のエピソード「エンドレスエイト」が話題になりました。SFとしては古くからあるアイデアですが、近年、あつかう作品が増えてきた気がします。
 今回は、時間ループのエピソードを描いた作品のひとつ、『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』を取り上げます。


 『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』は、2018年10月から12月まで放映されたTVアニメ。鴨志田一によるライトノベルを原作に、監督・増井壮一、アニメーション制作・CloverWorksのスタッフで映像化された。
 高校生の梓川咲太は、ある日、図書館内をバニーガール姿で歩いている少女を見て驚く。しかも、少女がそこにいることに誰も気がついていないようなのだ。その少女は咲太と同じ高校の1年先輩で、女優としても活動している桜島麻衣だった。麻衣の話によれば、女優を休業し、周囲の人々が自分のことを忘れていくにつれ、存在も認識されなくなったのだという。麻衣のことを覚えている者が1人もいなくなれば、麻衣は誰にも見えなくなってしまうだろう。咲太は、その現象が思春期特有の心理状態が生み出す不思議な現象=思春期症候群であると考え、大胆な手段で麻衣の存在を取り戻した。その事件以降、咲太は思春期症候群を発症した少女たちとたびたびかかわることになる。
 日常に起きる不思議な現象を解決していくSFアニメである。その現象が思春期症候群と名づけられていることが象徴するように、青春ものとしての側面が強い作品だ。少女たちの悩みが解決するとともに、不思議な現象は解消する。そのためには、何かを受け入れたり、あきらめたりして、「成長」という苦いステップを踏む必要がある。物語にただようほろ苦さが、本作独特の味わいになっている。
 TVアニメ終了後、2019年に劇場『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』が公開された。劇場第2作『青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない』が2023年6月に公開。2023年12月には劇場第3弾の公開が予定されている人気作である。
 音楽は、本作で初めてアニメ音楽に挑戦したfox capture planが担当。本作以降の「青ブタ」シリーズ全作品の音楽を手がけている。

 fox caputure planは、カワイヒデヒロ(ベース)、井上司(ドラムス)、岸本亮(ピアノ)の3人で2011年に結成されたバンドである。現代版ジャズ・ロックをコンセプトに、オリジナルアルバムのリリース、国内外でのライブ、映像音楽などで、幅広く活動している。
 映像音楽では、TVドラマ「カルテット」(2017)、「コンフィデンスマンJP」(2018)、「ブラッシュアップライフ」(2023)などを担当。弦楽四重奏団のドラマをあえてストリングスを入れない編成の音楽で演出した「カルテット」、スパイ映画音楽のようなブラスサウンドを効かせた「コンフィデンスマンJP」、コミカルな人生やり直しドラマを軽妙なサウンドで彩る「ブラッシュアップライフ」など、センスのよい軽快な音楽が印象に残る。アニメでは『ルパン三世 VS. CAT’S・EYE』(2023)で、大谷和夫が手がけたTVアニメ『CAT’S・EYE』の音楽を現代的なサウンドでよみがえらせてくれたのがうれしかった。
 本作の音楽は、ジャズ・ロック的な軽快な曲もあるが、しっとりとしたクラシック的な曲が多い。ユーモラスな描写も多い作品なので、ジャズ的な曲でもはまったと思うが、fox capture planは青春ものの側面にフォーカスすることにしたようである。
 楽器編成はfox caputure planの3人によるピアノ、キーボード、ベース、ドラムスのほかに、ストリングスとギター、フルート、オーボエというミニマムな構成。シンセサイザーも限定的に使われている。
 ピアノとストリングスによるリリカルで繊細な楽曲が耳に残る。アニメ音楽というより実写ドラマ音楽のような、落ち着いたタッチの作品である。
 サウンドトラックのライナーノーツに、fox caputure planが面白いコメントを寄せている。
 音楽作りのポイントは、ストーリー中の“日常の中で起こる不思議な出来事”を音楽でどう印象づけるかという点だった。高校生という、大人とも子どもとも言えない、不安定な年代の心情を表現することも必要だった。作曲を進める中で、メンバーのカワイヒデヒロが書いた“ラミレラ”というシンプルなモティーフが、本作のストーリーをうまく表現していると感じた。そこで、このフレーズをもとに、メンバーそれぞれが、さまざまなシーンに寄り添える曲を作っていった……というのだ。
 映像音楽では、キャラクターに固有のモティーフを持たせる「ライトモティーフ」という手法がしばしば使われるが、本作の“ラミレラ”のモティーフはそれとは異なる。作品全体のテーマとなるモティーフである。すぎやまこういちがTVアニメ『伝説巨神イデオン』(1980)の音楽を担当したとき、4音からなる「イデのモティーフ」を設定して全体の音楽を構築したが、その手法に通じるものがある。
 楽曲にちりばめられた“ラミレラ”のモティーフは、意識して聴いていないと気づかないかもしれない。しかし、一度意識すると「この曲にも」「こんなところにも」と多くのところに使われていることがわかる。
 本作のサウンドトラック・アルバムは2018年11月に「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない Original Soundtrack」のタイトルでアニプレックスから発売された。
 収録曲は以下のとおり。

  1. 青春ブタ野郎
  2. 麻衣さん
  3. カップル
  4. 水平線
  5. 大事なこと
  6. 変態
  7. 江の島
  8. ホショウ
  9. 異分子
  10. 都市伝説
  11. 助けてくれ
  12. 大真面目
  13. 薄気味悪い空間
  14. ひとり
  15. 東浜海水浴場
  16. バカ咲太!
  17. こうして、世界は桜島麻衣を取り戻した
  18. 朝です…
  19. 忍者ごっこ
  20. 双葉
  21. 乙女ちっく
  22. 嫌悪感
  23. 打ち上げ花火
  24. 受話器の向こう
  25. 2回目
  26. ピンクのビキニ
  27. 乙女心
  28. 入れ替わった姉妹
  29. わだかまり
  30. 初恋の人

 主題歌等は収録せず、fox capture planによる音楽(劇伴)のみで構成されている。
 トラック1からトラック18までは、アニメ第1話から第3話で描かれた桜島麻衣のエピソードをイメージした構成のようだ。トラック19以降には、第4話以降のエピソードで印象的に使われた曲が収録されている。全話を観終わったあとで聴くと「あの曲も入れてほしかったなあ」と思う曲がいくつかある。これは放映中に発売されるサントラの宿命だろう。
 本アルバムの聴きどころのひとつは、曲にちりばめられた“ラミレラ”のモティーフである。
 1曲目「青春ブタ野郎」はさっそく“ラミレラ”の音から始まる。くり返される“ラミレラ”のモティーフをバックにストリングスが加わり、後半はゆったりと流れるような弦合奏に展開。最後にふたたび“ラミレラ”のモティーフが反復されて終わる。咲太のテーマとして、あるいは作品全体のメインテーマとして重要な場面に使用された曲である。最終話(第13話)の本編のラストに流れたのもこの曲だった。
 トラック2「麻衣さん」は桜島麻衣のテーマ。ピアノソロから始まるリリカルな曲で、中間部はストリングスが入った弾むような曲調になる。麻衣のキャラクターを描写するシーンにしばしば使われた。
 ギターとフルートがさわやかなトラック3「カップル」をはさんで、トラック4「水平線」は、また“ラミレラ”の曲。薄いストリングスをバックにピアノが“ラミレラ”から始まるフレーズを奏でていく。波が打ち寄せるような音が重ねられているのが印象的だ。この曲は第2話や第6話の七里ヶ浜のシーンで使われたほか、咲太が七里ヶ浜で出会った少女・牧之原翔子を回想する場面にも流れていた。
 次のトラック5「大事なこと」にも“ラミレラ”のモティーフが挿入されている。第1話の冒頭、めざめた咲太が自分が書いたノートを読んで「彼女って誰だっけ?」と自問するシーンで初使用。曲名どおり、大事なことを思い出したり、大事なことのために走り出したりするシーンに使われた。後半からストリングスが細かく刻む緊張感のある曲調に変わる。この部分が、切迫したシーンの描写にたいへん効果的だった。
 トラック6「変態」はちょっと色っぽいシーンなどに使われたコミカル曲。やはり“ラミレラ”のモティーフを中心に作られている。「青春は恥ずかしい」といったイメージの曲だ。
 さわやかで弾んだ曲調のトラック7「江の島」。この曲にも“ラミレラ”を忍ばせているのだから感心する。咲太が麻衣や古賀と外出するシーンなど、華やいだ場面によく使われた。
 第3話で麻衣が咲太に勉強を教えるシーンに使われたトラック8「ホショウ」。シンセによる“ラミレラ”の音がくり返される、ミステリアスな曲だ。
 しんみりした曲調で麻衣の孤独を表現するトラック9「異分子」、思春期症候群の説明や描写などに使われたトラック10「都市伝説」、第1話で咲太が自分の胸の傷を麻衣に見せるシーンのトラック11「傷」、第4話で咲太が同級生の双葉に助けを求める場面のトラック13「大真面目」、同じく第4話で咲太が時間ループに気づく場面のトラック14「薄気味悪い空間」。いずれも“ラミレラ”の音が組み込まれている。
 ここまで聴いてきただけでも、“ラミレラ”のモティーフがいたるところにちりばめられていることがわかる。これらの曲は、麻衣のエピソードで使われたあと、ほかの少女たちのエピソードでも使用されている。“ラミレラ”のモティーフが聞こえてくると、麻衣のエピソードがフラッシュバックし、思春期症候群のイメージが反復される。そんな効果を上げているようだ。
 ピアノとストリングス、オーボエなどが奏でるトラック17「バカ咲太!」は、「青春ブタ野郎」と並ぶもうひとつの咲太のテーマ、もしくは、麻衣の咲太への想いを象徴する曲である。第3話のクライマックスで、咲太の奮闘によって麻衣がふたたびその存在を取り戻したシーンに流れていた。その後も、古賀や双葉、のどかといった思春期症候群の少女の心情を描写するシーンにたびたび使われている。しっとりとした曲の中盤から“ラミレラ”のモティーフが現れ、「青春ブタ野郎」と同様の展開でコーダを迎える。最終話のエンディング後のエピローグでラストに流れていたのもこの曲だった。
 次のトラック18「こうして、世界は桜島麻衣を取り戻した」は麻衣編のハッピーエンドをイメージさせるタイトルの曲。実際にはそのシーンには使用されず、第8話や第12話で使用されている。やさしくゆったりとしたストリングスのメロディに心癒される、幸福感のある曲である。
 トラック19以降には、古賀、双葉、のどか、かえでといった少女たちのエピソードで流れる曲が並んでいる。しかし、そこに“ラミレラ”のモティーフはほとんど登場しない。そのため、トラック18までとそれ以降で、アルバムが分断されているような印象を受けるのがちょっと残念だ。どのエピソードも思春期症候群がテーマになっていることは共通なのだから、“ラミレラ”のモティーフが入った曲を後半にもちりばめて、アルバムのイメージを統一したほうがよかったのではないかな。
 アルバムのラストを締めくくる曲はトラック31「初恋の人」。咲太の初恋の少女・牧之原翔子のテーマである。その後の劇場版で語られる物語を予感させる終わり方で、なかなかいい。
 その劇場版のサウンドトラックの中で、“ラミレラ”の音はふたたび聴こえてくるのである。

青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない Original Soundtrack
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