COLUMN

第260回 ポジティブだけでなくセンシティブも 〜事情を知らない転校生がグイグイくる。〜

 腹巻猫です。話題の劇場アニメ『君たちはどう生きるか』を観ました。予備知識なしの映像体験は、他人の(宮崎監督の)夢の中にまぎれこんだような異様な緊張感があって格別でした。劇場で観るのをお勧めします。


 前回に続いて今回も4月期に放送されたTVアニメの話。『事情を知らない転校生がグイグイくる。』を取り上げる。これも観始めたのは音楽がきっかけだった。
 『事情を知らない転校生がグイグイくる。』は2023年4月から7月まで放送されたTVアニメ。川村拓によるマンガを原作に監督・影山楙倫、アニメーション制作・スタジオ サインポストのスタッフで映像化された。
 小学5年生の西村さんは同級生から「死神」と呼ばれてからかわれ、避けられている。転校生の高田くんは事情を知らず、「死神」のあだ名がカッコいいと言って西村さんに急接近する。周囲の目を気にせず西村さんと友だちになろうとする高田くん。そのまっすぐな態度に、西村さんもしだいに心を開いていく。高田くんの行動は、やがて西村さんをからかっていた同級生の気持ちまでも変えていくのだった。
 音楽担当は『はれときどきぶた』『だぁ!だぁ!だぁ!』『蟲師』などを手がけた増田俊郎。
 近年は『信長の忍び』(2016)、『令和のデ・ジ・キャラット』(2022)等の作品があるが、いずれも単品サントラCDは発売されていない(『令和のデ・ジ・キャラット』はブルーレイ同梱でリリース)。『事情を知らない転校生がグイグイくる。』は久しぶりにサントラCDの発売が告知された増田俊郎作品だった。しかも、増田俊郎が得意な日常系コメディの作品(と思った)。大いに期待して観始めたのだった。
 しかし、観ているうちに、「あれ、これは日常系コメディとは違う方向の作品なのでは?」と思い始めた。当初は4コママンガ的なギャグの多いアニメかと思っていたのだ。
 本作では、回を追うごとに登場人物が成長し、キャラクター同士の関係性も変わってくる。ギャグアニメや日常系コメディ作品ではあまり見られない展開である。ほのかな恋心も描かれるようになり、ちょっと男の子版『水色時代』みたいになってきた。
 増田俊郎の音楽も、ほのぼのした曲やコミカルな曲ばかりでなく、しっとりとした心情描写系の曲が多く使われている。
 これはこれで面白いと思った。結果的に、ギャグやアクションよりも子どもたちの心情描写に重きが置かれた、増田俊郎が手がけたアニメの中でも珍しいタイプの作品になっている。
 音楽はシンセと生楽器をミックスした、ぬくもりのあるサウンドで作られている。生楽器はクラリネット、フルート、オーボエ、ギター、パーカッション、アコーディオンと最小限の編成で、ストリングスは使われていない。増田俊郎作品を聴いてきたファンにはなじみのある、安心感のある音である。
 高田くんをイメージさせる明るく軽快な曲やコミカルなシーンを彩るユーモラスな曲が画面をにぎやかにするいっぽう、ピアノ、ギター、木管楽器等を主体にした心情曲が西村さんたちの日常をやさしい空気で満たす。
 増田俊郎は、自身の小学生時代の記憶もよみがえらせながら音楽を作った、とサウンドトラックのライナーノーツの中で語っている。たしかに、これはコメディの音楽というより、児童文学的な、子どもの心に寄り添った音楽である。

 本作のサウンドトラック・アルバムは2023年5月31日に「TVアニメ『事情を知らない転校生がグイグイくる。』オリジナルサウンドトラック 〜月と太陽〜」のタイトルで日本コロムビアから発売された。
 収録曲は以下のとおり。

  1. アルコルとポラリス(TVサイズ) 歌/近藤玲奈
  2. きょうから友達、転校生
  3. おやおや?
  4. まっすぐな想い
  5. 始まりの予感…。
  6. ちょっぴり寂しく
  7. どうせ私なんか…。
  8. みんな仲良く和気あいあい
  9. さぁ!元気出していこう〜♪
  10. アイキャッチ(1)
  11. 無敵のポジティブ、高田太陽
  12. やっぱり変…?
  13. 手をつないで
  14. や〜れやれ…。
  15. オレたち、無敵のサソリ団!
  16. さぁ大変!!
  17. 能天気にポジティブ
  18. おとぼけキャラはお約束
  19. 弟思いのお姉ちゃん
  20. 友情
  21. 夏休み Part 1
  22. 図書室
  23. 夏休み Part 2
  24. お母さんへ
  25. 父への想い
  26. 仲直り
  27. アイキャッチ(2)
  28. いつでもワイワイ、楽しい教室
  29. トホホな気分で
  30. 初詣
  31. 大切な想い
  32. ココロネ(TVサイズ) 歌/Kitri

 オープニング主題歌とエンディング主題歌を最初と最後に配置し、BGM30曲を収録。
 アイキャッチ2曲が離れて収録されているのが特徴だ。「アイキャッチ(1)」までが導入部、以降「アイキャッチ(2)」までが本編で、そのあとがエピローグ、というイメージだろうか。
 トラック2「きょうから友達、転校生」は高田くんのイメージの軽快な曲。勢いのあるリズムとさわやかさが合体し、「グイグイくる」感じがよく出ている。
 次の「おやおや?」はコミカル系の曲。高田くんが西村さんの「呪い」に憧れる場面や姉から西村さんとの仲をからかわれる場面などに流れていた。
 トラック4「まっすぐな想い」は西村さんの心情を描く場面によく使われた曲。高田くんの「グイグイ」にとまどいながら、西村さんもしだいに前向きな気持ちになっていく。第1話で高田くんが西村さんに「あしたも一緒に帰ろうね」と言う場面や第8話で西村さんが「今から未来のことを考えるとちょっと寂しい」と思う場面、第12話で、高田くんと初詣に言った西村さんが「私の初めてはぜんぶ高田くんのおかげ」と高田くんに話す場面など、西村さんの気持ちが変化していくシーンに流れていたのが印象深い。
 トラック5「始まりの予感…。」はポジティブな日常曲。第2話のラストで西村さんがふだんとは違う白い服を着て登校してくる場面や第3話で西村さんが父に新しい水着を買いたいとねだる場面など、高田くんに影響されて変わっていく西村さんの描写に使われている。
 続く2曲、トラック6「ちょっぴり寂しく」とトラック7「どうせ私なんか…。」は繊細な心の揺れを描写する曲。どちらも哀愁ただようピアノの旋律が胸にしみる。寂しい雰囲気の曲名がつけられているが、劇中では高田くんと西村さんの気持ちが接近する場面やほのぼのした場面にもよく使われていた。いやー、いい曲だ。
 トラック8「みんな仲良く和気あいあい」、トラック9「さぁ!元気出していこう〜♪」はふたたび明るく軽快な高田くんっぽい曲。
 「アイキャッチ(1)」を挟んで、トラック11「無敵のポジティブ、高田太陽」は極めつけの高田くんのテーマとも呼べる曲である。勢いがあり、ユーモラスな味わいもある。
 トラック12からトラック18までは、明るい曲、ユーモラスな曲が続き、本作のコミカルな面を表現している。リズムとメロディと音色の組合せが絶妙で、聴いていると自然に笑顔になってくる。こういう曲を書かかせると増田俊郎は本当にうまい。
 ポップで軽快なトラック19「弟思いのお姉ちゃん」は高田くんの姉・雪子のテーマ。高田くん同様ポジティブな曲調だが、ちょっと大人びたイメージだ。
 次のトラック20「友情」からトラック26「仲直り」までは、心情描写系の曲が続く。ユーモラスなイメージが強かったトラック18までとは、がらっと雰囲気が変わった印象だ。本編でも、回を追うごとに西村さんや高田くんたちの心情の描写にドラマの重点が移ってくる。その展開を反映した構成と言えるだろう。
 西村さんがしだいに友だちを増やしていく場面に使われたトラック20「友情」、第4話で西村さんが祖母の家に向かう場面のトラック21「夏休み Part 1」、第3話で西村さんと高田くんが図書室で雨宿りする場面のトラック22「図書室」、第7話で西村さんが父が作った弁当を持って遠足に行く場面のトラック23「夏休み Part 2」など、西村さんの日常の変化と心の成長が音楽とともに思い出される。
 オーボエやフルートがやさしく歌うトラック24「お母さんへ」は、第4話で高田くんが西村さんの亡くなった母の話を聞いて泣く場面に、アコースティックギターによるトラック25「父への想い」は第7話で西村さんが遠足のお弁当を友だちと分け合うことで父の想いを知る場面に使用。西村さんと家族の絆を描写する感動的な曲である。
 トラック26「仲直り」は、第5話で西村さんが高田くんに「これまでどおり死神と呼んで」と話す胸キュンな場面に流れていた。アコースティックギターとピアノの響きが、2人の気持ちをやさしく包み込むようだ。
 このあたりの曲は、大人の目線から子ども時代を振り返ったようなノスタルジックな味もあって、しみじみしてしまう。
 「アイキャッチ(2)」を挟んだあとは、トラック28「いつでもワイワイ、楽しい教室」、トラック29「トホホな気分で」と明るいムードに復調。心情描写も大切だが、子どもたちの日常は、やっぱりこうでなくては。
 トラック30「初詣」は第12話の初詣シーンに流れた曲。BGMパートのラストを締めくくるのは、ピアノとキラキラした音色のシンセがしっとりと奏でるトラック31「大切な想い」。第12話でキスシーンを目撃した西村さんと高田くんが気まずくなってしまう場面、第13話で高田くんが西村さんに「キスしたい」と言う場面に流れた心情描写曲である。ロマンティックな「大人への入口」みたいな雰囲気もある、本作らしい終幕の曲だ。

 増田俊郎はサウンドトラックのライナーノーツの中で高田くんを評して、「単に“ポジティブ”なだけではなく、“センシティブ”な心のヒダもちゃ〜んと持ち合わせています」と語っている。増田俊郎が書いた音楽にも同じことが言えるだろう。明るくポジティブでユーモラスな曲と、やさしくセンシティブな曲が共存し、しかも、両者が乖離せずに絶妙なグラデーションでひとつの世界を作っている。
 かつて子どもだったみんなに聴いてほしいサウンドトラックなのである。

TVアニメ「事情を知らない転校生がグイグイくる。」オリジナルサウンドトラック 〜月と太陽〜
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