COLUMN

第262回 進めばふたつ 〜機動戦士ガンダム 水星の魔女〜

 腹巻猫です。8月11日にサントリーホールで開催されたコンサート「オルガン×ベルサイユのばら」を聴きました。TVアニメ『ベルサイユのばら』の音楽をパイプオルガンで演奏し、俳優の七海ひろきさんがストーリーを朗読するという企画。TVアニメ版に準拠した内容で、パイプオルガンの演奏、七海ひろきさんの熱演がすばらしかったです。8月18日から24日までアーカイブ配信が1000円で視聴できるので、会場に行けなかった方、興味のある方はぜひどうぞ!
公演詳細
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/schedule/detail/20230811_M_3.html
視聴券購入
https://suntoryhall.pia.jp/ticket/zanmai-verbara.jsp


 7月26日に『機動戦士ガンダム 水星の魔女』のサウンドトラック・アルバムが発売された。物理メディアとしてCD初回限定盤、CD通常盤、アナログ盤と3タイプをリリースする攻めた商品展開。なかでも、もっとも高価なアナログ盤が早々に売り切れ、9月に追加生産分がリリースされるというから驚きである(もともと生産数が少なかったかもしれない)。サウンドトラック・ビジネスの刺激になったという意味でも、注目のタイトルだった。
 『機動戦士ガンダム 水星の魔女』は2022年10月から12月までシーズン1が、2023年4月から7月までシーズン2が放送されたTVアニメ作品。
 モビルスーツ産業の最大手「ベネリットグループ」が運営するアスティカシア学園。学園内では生徒間の問題をモビルスーツ同士の「決闘」で解決するルールが定められていた。水星から編入してきた少女、スレッタ・マーキュリーは、なりゆきでベネリットグループの一翼を担うジェターク社の御曹司グエルと決闘することになり、水星から持ち込んだモビルスーツ・エアリエルを操縦してグエルに圧勝してしまう。それをきっかけにベネリットグループの総裁デリングの娘ミオリネと「婚約」したスレッタは、徐々に学園内で居場所を見つけ、友人を増やしていった。いっぽう、父からの独立・自立を目指すミオリネはスレッタたちを巻き込んで株式会社ガンダムを設立。仲間とともにガンダム技術を平和利用する道を切り拓こうとするが、ベネリットグループの勢力争いとガンダム技術をめぐる陰謀に巻き込まれていく。
 母から教えられた「逃げればひとつ、進めばふたつ」の言葉を胸に果敢に挑戦し、前に進んでいくスレッタの姿は、青春ドラマを見るようで勇気づけられる。スレッタとミオリネ、ふたりの女性キャラクターが中心になってドラマが展開するところも現代的で新鮮だった。

 音楽は大間々昂が担当。洗足学園音楽大学音楽学部で作・編曲を渡辺俊幸に師事、実写劇場作品「スマホを落としただけなのに」(2018)、TVドラマ「アトムの童」(2022)などの音楽で活躍する作曲家だ。アニメでは『機動戦士ガンダム Twilight AXIS』(2017)、『君を愛したひとりの僕へ』『僕が愛したすべての君へ』(2022)などの作品がある。
 大間々昂のインタビューによれば、『水星の魔女』の音楽制作はTVシリーズに先がけて公開されたエピソード「PROLOGUE」からスタートした。「PROLOGUE」の音楽は画に合わせたフィルムスコアリングの手法で作られている。テクノ的なシンセのリズムを使ったサスペンス曲やピアノの旋律による心情描写曲、女声ボーカルをフィーチャーしたガンダムのテーマなど、『水星の魔女』の音楽の基本的なイメージが「PROLOGUE」で確立されている。
 TVシリーズの音楽は溜め録り方式で制作された。「PROLOGUE」で登場したモチーフも使いつつ、50曲ほどを制作。第2クールでは新たに必要になる音楽を補う形で20曲あまりが追加された。
 本作の音楽の特徴のひとつは、ガンダムシリーズでは珍しい、学園ものっぽい楽曲が作られていること。アスティカシア学園のテーマをはじめ、学園生活を描写する軽快な曲やユーモラスな曲などが日常シーンを彩る。こうした音楽が、ほかのガンダムシリーズにない味になっている。
 もうひとつ、株式会社ガンダムにまつわる音楽も特徴的だ。ミオリネを中心に結束していく学生たちを描写する曲や株式会社ガンダムの社歌なども、本作ならではの音楽と呼べるだろう。
 キャラクターをイメージした音楽では、スレッタの不器用な性格を表現する曲、ミオリネのツンデレぶりを表現する曲、デリング総裁の野心と冷たさを表現する曲などが性格描写に効果を上げている。スレッタの母プロスペラは複雑な背景と性格を持ったキャラクターであるだけに、同じモチーフで雰囲気の異なるバリエーションが作られ、シーンに応じて使い分けられていた。
 そして、本作の、またガンダムシリーズの音楽の醍醐味と呼べるのが、モビルスーツ戦の曲。本作では「決闘」としてモビルスーツ同士の対戦が描かれるため、特にシーズン1では、悲壮感よりもスポーツ的な躍動感を持ったモビルスーツ戦の曲が見せ場を盛り上げていた。「Get Ready for the Duel」と名づけられた「決闘」のテーマは本作を代表する楽曲のひとつである。
 「さすがガンダムだなあ」と思うのは、録音のぜいたくさだ。生楽器の録音は「PROLOGUE」のセッションが東京で、シリーズ本編のセッションはブダペスト、ウィーン、ローマで行われた。マスタリングもロサンゼルスのスタジオで行っている。各都市で楽曲をまるごと録るスタイルではなく、ブダペストでは木管とストリングス、ウィーンでは金管とストリングスと民族楽器、ローマでは女声ボーカルという具合に、都市ごとに異なる楽器を収録している。結果、メインテーマ「The Witch From Mercury」は、ブダペストで録った木管、ウィーンで録った金管とストリングス、ローマで録ったボーカルが共演する国際色豊かな楽曲になった。
 民族楽器を随所に使用しているのも本作の音楽の特色のひとつ。小林寛監督から「土くさい音楽がほしい」とのオーダーを受けて、南米のパンフルートやアルメニアのドゥドゥク、オーストラリアのディジュリドゥ、アイルランドのティンホイッスルといった多彩な民族楽器が使われた。古今東西の楽器を混ぜ合わせたサウンドは「新時代のガンダム音楽」という印象だ。
 本作のサウンドトラック・アルバムは7月26日に「機動戦士ガンダム 水星の魔女 Original Soundtrack」のタイトルでバンダイナムコミュージックライブから発売された。CDアルバムは4枚組で、ディスク1に「PROLOGUE」の音楽、ディスク2と3にシーズン1で収録された音楽(セッション1)、ディスク3にシーズン2で追加された音楽(セッション2)を収録している。
 ディスク2&3に収録されたセッション1の音楽から紹介しよう。
 収録曲は下記を参照(ページ下のTrack List)。
https://sunrise-music.co.jp/list/detail.php?id=783

 ディスク2の1曲目はシーズン1のオープニング主題歌「祝福」のTVサイズ。ディスク3の末尾にシーズン1のエンディング主題歌「君よ 気高くあれ」のTVサイズを収録するオーソドックスな構成となっている。
 曲順は物語の流れに沿った形。ライナーノーツには大間々昂自身による全曲コメントが掲載されているので、「聴けばわかる」「読めばわかる」という内容だ。
 ディスク2の構成は、アスティカシア学園にやってきたスレッタがさまざまな出会いと経験を重ねて、友人を増やしていくイメージ。第1話冒頭で流れた「Cockpit」(トラック2)から始まり、学園のテーマ「Asticassia」(トラック3)が続く。「Cockpit」は本作の音楽の特徴のひとつであるテクノ的なシンセのリズムを使った緊張感のある曲。「Asticassia」は弦と金管がさわやかに奏でる曲。スレッタたちの胸に宿る希望や期待感を象徴する音楽である。このメロディはアレンジされて他の曲でも使われている。
 トラック3「Earth House」はスレッタが身を寄せる地球寮のテーマ。ギターや民族楽器を使い、素朴で温かいサウンドに仕上げられた。スレッタの「憩いの場所」みたいなイメージである。
 トラック7「Jeturk House」はグエルの横暴なイメージを重ねたジェターク寮のテーマ。第1話でスレッタとミオリネがグエルの決闘に巻き込まれそうになる場面からさっそく使われた。
 日常曲や心情曲を挟んで、ミオリネのテーマ「Miorine」(トラック8)、エランのテーマ「Elan Ceres」(トラック10)、スレッタのテーマ「Suletta」(トラック12)とキャラクターテーマが次々と現れる構成は学園ものっぽくていい。
 複数の顔を持つエランには、同じモチーフでいくつかの楽曲が作られている。中でもピアノと弦と木管をメインに奏でられる「Tell Me More About You」は、エラン(強化人士4号)とスレッタの交流の場面にたびたび使われて記憶に残る曲である。
 ディスク2の終盤には「決闘」シーンで流れた曲が登場する。
 「ジャジャジャジャン!」と勢いのあるイントロから始まる決闘準備の曲「Get Ready for the Duel」(トラック18)、決闘開始を告げる「フィックス・リリース」のセリフを受けて流れるバトル曲「Fix Release」(トラック19)、そして、メインテーマ「The Witch From Mercury」(トラック20)。この流れは完璧で、「『水星の魔女』といえばこうだよね!」と思わせる。
 「決闘」はルールに則ったバトルなので、「Get Ready for the Duel」や「Fix Release」は勇ましさはあっても悲壮感は薄い、スポーツもの的な曲調で書かれているのが特徴。
 メインテーマ「The Witch From Mercury」はスレッタとエアリアルのテーマでもある。カッコよさと同時に、スレッタの悲哀や心の叫びも表現する曲になっている。イタリア人歌手Clara Soraceによるボーカルがフィーチャーされて強烈な印象を残す。大間々昂は「登場人物の声にならない声、自分を曝け出す叫びのような物」を表現した、とライナーノーツで語っている。アルバムの中でもいちばんの聴きどころだ。
 ディスク2のラストを飾るのは「Will You Marry Me?」(トラック24)。ピアノとストリングスによるやさしい曲で、第3話でスレッタがグエルとの決闘に勝利した場面に流れた。第6話などでは、この曲のピアノのトラックだけを抜き出して使用している。
 ディスク3の構成はシーズン1の後半のイメージ。ミオリネが株式会社ガンダムを立ち上げ、仲間とともに困難を乗り越えていく。しかし、武装組織「フォルドの夜明け」の襲撃があり、スレッタたちは本物の戦闘に巻き込まれる……という展開だ。
 ミオリネの温室をイメージした「Greenhouse」(トラック1)、ミオリネのツンデレのイメージの「Tsundere」(トラック2)、仲間たちとの友情のテーマ「You are My Crew」(トラック3)と序盤は平和な曲が続く。
 トラック4の「Standing Up」は第8話で地球寮の生徒たちがカルド・ナボ博士のビデオを見てその理念に共感し、新会社の方向性を決める場面に流れていた感動的な曲。第8話ではそのあと株式会社ガンダムのPVが登場し、社歌「GUND-ARM Inc.」(トラック27)が流れる。社歌はボーナストラック扱いで、歌のないカラオケで収録されている。
 シーズン1の中盤から後半にかけて印象深い曲といえば、ガンダムの「呪い」を表現する「The Curse of GUNDAM」(トラック19)とエアリアルと対戦するガンダム・ファラクトのテーマ「GUNDAM PHARACT」(トラック9)だろう。
 チェロの音色が耳に残る「The Curse of GUNDAM」は第9話でエランがエアリアルのコクピットに座る場面などに使用。途中から民族楽器が入り、ミステリアスで不安な雰囲気をかもしだす。
 「GUNDAM PHARACT」は第6話のエラン対スレッタの決闘や第9話の地球寮対グラスレー寮の集団戦の場面に流れたバトル曲。クワイア風のコーラスが入り、重厚さと悲壮感がただよう。第12話の「フォルドの夜明け」の襲撃シーンにも使われていて、「決闘」だけでなく、実戦も想定した曲であることがわかる。
 ディスク3の終盤はスレッタたちが戦闘に巻き込まれる展開に合わせた緊迫した曲の連続になる。
 「Terrorism」(トラック23)は、武装組織の脅威を描写するサスペンス曲。敵の猛攻を描写する「Enemy Onslaught」(トラック24)は、第12話で襲撃に気づいた生徒たちが「訓練じゃないよね」「戦争だ」と身構える場面に流れている。
 ディスク3のBGMパートを締めくくるのは5分を超える長い曲「AERIAL REBUILD」(トラック25)。「PROLOGUE」のラストで流れた曲「Happy Birthday to You」のイメージを受け継いだ、改修型エアリアル登場シーンの曲である。この曲にもClara Soraceのボーカルが入っている。大間々のコメントによれば、「底知れぬ怖さみたいなものを表現したかったので魔女の兵器として覚醒したことを明確に現すために呪文のようなコーラスを入れました」とのこと。第12話では映像の展開と曲の展開がぴったりあって、シーズン1の終幕にふさわしい名場面を作り出していた。
 サウンドトラックとしては申し分ない内容と構成である。
 「本編で流れたあの曲が、サントラに入ってない?」と思うことがあるが、そういう場合はたいてい、楽曲から一部の楽器だけを抜き出したステム音源が使われている。楽器編成を薄くしたり、ピアノの演奏のみを使ったりして、音楽演出の幅を広げているのだ。本編の中で楽曲がどんな形で使われているか分析してみるのも興味深いだろう。
 ただ、第12話で使われた主題歌「祝福」のピアノアレンジ版は収録されていないようだ。「ここで主題歌アレンジか!?」と思ったインパクトのあるシーンだっただけに、未収録が惜しまれる。
 ディスク4はシーズン2の展開に合わせて、緊迫感のある曲や哀感をたたえた曲が多く収録されている。クライマックスに流れる「Liberation from the Curse」(トラック22)や「Wish」(トラック19)が圧巻だ。ディスク1からトータルで聴くと、『水星の魔女』の音楽がどのように進化・展開していったかがうかがえる。CD4枚組の「全部入り」ならではの楽しみである。

 冒頭に書いたように、このサントラ、商品としてのバリエーションの多さも目を引いた。初回限定盤、通常盤、アナログ盤の3種が同時発売されたのである(配信も含めると4種になる)。
 初回限定盤と通常盤はいずれもCD4枚組。初回限定盤はLPサイズジャケット仕様。通常盤はCD4枚をマルチケースに収納したタイプだ。アナログ盤はLP2枚組で、CD収録曲からセレクトした18曲が収録されている。CD初回限定盤とアナログ盤には早期予約特典としてカセットテープがついていた。
 CD、アナログレコード、カセットテープと3種類のメディアを使った商品展開は、話題性だけでなく、世界的にもアナログメディアが再流行していることを意識したものだろう。
 ニクいなあと思うのは、それぞれのジャケットイラストが異なることである。初回限定盤のLPサイズジャケットは正面を向いたスレッタのイラスト。アナログ盤のジャケットは正面を向いたミオリネのイラスト。スレッタは両手のひとさし指を(つまり指2本を)、ミオリネは右手のひとさし指を(指1本を)立てたポーズで描かれている。スレッタのモットーである「逃げればひとつ、進めばふたつ」の言葉が連想される。通常盤のジャケットは、同じポーズのスレッタとミオリネが向き合う姿を横から描いた絵になっている。
 とりあえずCDでほしいという人なら通常盤で十分だ。ジャケットの大きさや限定盤に魅力を感じる人はLPサイズジャケット仕様の限定盤を選ぶだろう。アナログ盤は収録曲も少ないし、よほどアナログの音にこだわりのある人か、熱心なファン向けだと思っていたのだが……予想を上回る人気のようである。
 しかし、わからなくもない。限定盤のスレッタのジャケットを手にすると、アナログ盤のミオリネのジャケットもそろってないと落ち着かなくなってくる。通常盤のジャケット画を見ればわかるとおり、ふたりそろって意味がある絵なのだ。片方だけだと、幸せなふたりが泣き別れになったような気分になる。だから、スレッタとミオリネ、片方を手に入れたら、もう片方も手に入れたくなる。ええ、買いましたよ、アナログ盤も。「逃げればひとつ、進めばふたつ」とはこのことだったのか!

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