COLUMN

第190回 夏の思い出 〜ペンギン・ハイウェイ〜

 腹巻猫です。10月9日(金)にRMAJ(レコーディング・ミュージシャンズ・アソシエイション・オブ・ジャパン)が主催するイベント「トークぷらすライヴ Vol.12〜和田薫アニメ音楽の世界〜」が開催されます。「トークぷらすライヴ」は音楽家のトークとライブで構成されたイベントで、今回は『金田一少年の事件簿』『ゲゲゲの鬼太郎』『犬夜叉』など、和田薫さんのアニメ音楽がたっぷり採り上げられる予定。時節柄、客席数を抑えるためにクラウドファンディングを利用しての開催になります。チケットは特典付きで、特典のみの支援も可能。久しぶりの映像音楽関係のイベントに期待がふくらみます。詳細は下記からどうぞ。
https://fanbeats.jp/projects/64


 前回の『サマーウォーズ』に続いて、「ひと夏の冒険」を描いた劇場アニメをもう1作。
 2018年8月に公開された劇場アニメ『ペンギン・ハイウェイ』だ。
 森見登美彦の小説をスタジオコロリドがアニメ化。石田祐康が長編アニメ初監督を務めた。
 森見登美彦といえば、『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』『有頂天家族』といった作品がアニメ化されている人気作家。ユニークな着想のファンタジーが持ち味だ。本作のストーリーもひと筋縄ではいかない。
 小学4年生のアオヤマ君は、日々世界について学び、ノートをつけている好奇心旺盛な男の子。目下の研究対象は、アオヤマ君が通う歯科医院で歯科助手をしている“お姉さん”だ。
 そんなある日、アオヤマ君の街にペンギンが出没する事件が発生。アオヤマ君はペンギン出現の謎を解くためにクラスメートのウチダ君と一緒に「ペンギン・ハイウェイ」の探索を始める。やがて、アオヤマ君はお姉さんがペンギンを出現させていることに気づく。
 いっぽうで、アオヤマ君とウチダ君は同じクラスの女子・ハマモトさんに相談されて、森の奥に浮かぶ水の球“海”の存在を知り、3人で研究を始める。どうやら、ペンギンと“海”とお姉さんには関係があるらしい。そうこうするうちに、街には新たな異変が起こり始めていた。
 どう転がっていくのかわからない、ふしぎな物語だ。主人公の少年たちが謎を相手に研究や実験を始めるところがいい。夏の知的冒険という趣で、センス・オブ・ワンダーが刺激される。観終わって、甘酸っぱい香りが残るのも少年の夏の物語らしい。こういう、ジュヴナイルSFっぽい感じに筆者は弱いのだ。

 音楽は阿部海太郎が担当した。
 1978年生まれ。幼いころより楽器に親しみ、独学で作曲を始めた。東京藝術大学、同大学院、パリ第八大学に進学して音楽を学ぶ。が、専攻は作曲ではなく、音楽学。学理科で音楽史や民族音楽などの知識を深めた。作曲はほとんど独学だという。
 パリ留学から帰国後、舞台音楽や映画音楽、イベント音楽などで活躍。2008年より蜷川幸雄演出の舞台音楽を数多く手がけた。並行して、オリジナル・アルバムも発表。NHK「日曜美術館」のテーマ曲やWOWOW連続ドラマW「分身」の音楽なども担当している。
 劇場用長編アニメーションの音楽は本作が初めて。アニメ音楽の型にはまらない、瑞々しい音楽が聴ける。
 演奏は最大50人編成のオーケストラ。しかし、派手に鳴らすのではなく、音を吟味し、抑制の効いた表現で、ふしぎな物語の世界を彩っている。絵にたとえるなら、水彩画のような、温かく、味のあるサウンド。やさしく、心地よい音楽だ。
 メインテーマ以外に、アオヤマ君、お姉さんなどに固有のテーマが設定されている。また、アオヤマ君とウチダ君がペンギン・ハイウェイを探るシーンのユーモラスな曲(「プロジェクト・アマゾン」)も耳に残る。クラリネットやマンドリンなど、楽器の音色を生かしたオーケストレーションが印象的だ。
 サントラ盤のブックレットに掲載された対談の中で、阿部海太郎は本作の音楽について「全曲愛おしい」「傑作率が高い」と語っている。その言葉どおり、じっくり味わいたい曲が並ぶ傑作サントラである。
 本作のサウンドトラック・アルバムは2018年8月にソニー・ミュージックレーベル/エピックレコードジャパンから発売された。収録曲は以下のとおり。

  1. ペンギン・ハイウェイのテーマ The theme of Penguin Highway
  2. 天才少年の朝 Genius boy’s morning
  3. プロジェクト・アマゾン Project “Amazon”
  4. ペンギン発見 He found a penguin
  5. マドンナ Madonna
  6. お姉さん Dentist lady
  7. 最初の夢 The first dream
  8. 実験成功 Experiment succeeded
  9. 世界のしまい方 How to put away the world
  10. 未知との出会い Unknown encounter
  11. 夏休み Summer vacation
  12. かわいがり She cherishes him
  13. 海辺のカフェ Cafe au bord de la mer
  14. ペンギン号、〈海〉へ ”Penguin”, sail away!
  15. 帝国の逆襲 The empire strikes back
  16. ペンタを連れて Take Penta out
  17. プロミネンス Prominence
  18. 全て一つの問題 All in one problem
  19. 円環の川 Ring shaped river
  20. 海辺の街へ To the seaside town
  21. ジャバウォック Jabberwock
  22. 奪われる研究 Stolen research
  23. 悪い夢 Nightmare
  24. エウレカ Eureka
  25. 脱出 Escape
  26. 研究発表 Research presentation
  27. ペンギン・パレード Penguin’s parade
  28. 世界の果て World end
  29. 〈海〉の崩壊 Collapse of the sea
  30. 誰もいない街 No one in the city
  31. これからの研究課題 Further research

 構成はちょっと変わっていて、ストレートな劇中使用順にはなっていない。
 トラック01から16までは、劇中での使用順とは並びを変えて収録されている。トラック17以降は劇中使用順どおり。前半と後半でコンセプトを変えている雰囲気だ。前半はイメージアルバム、後半は本編を再現するサントラ、というところだろうか。
 前半には、「○○のテーマ的」なキャッチーな曲が多い。フィルムスコアリングだが1曲1曲が個性的で、メニュー方式で作った溜め録り音楽のようだ。
 トラック01「ペンギン・ハイウェイのテーマ」は、本作のタイトルからオープニングクレジットのバックに流れるメインテーマ。本編では、次の「天才少年の朝」が最初に流れ、この曲につながる。ここは、メインテーマをアルバムの1曲目として聴かせたいという意図だろう。
 ストリングスとオーボエによるバロック風の優雅な演奏から始まる。ピアノとクラリネットの合奏が続き、弦楽器による美しい曲想に転じる。トランペットが加わり、高揚感が盛り上がる。ペンギンが住宅街を駆け、水路を泳ぎ、森の奥へ入っていく映像とともに流れて、本編が始まるワクワク感を味わわせてくれる。なるほど、アルバムの1曲目にふさわしい。
 2曲目の「天才少年の朝」は、アオヤマ君のモノローグとともに流れる「アオヤマ君のテーマ」と呼べる曲。冒頭のピアノのフレーズはアオヤマ君が考えごとをするシーンなどに短いブリッジのように使われている。本作の音楽では、ピアノとクラリネットがアオヤマ君のキャラクターを表現する楽器になっているようだ。
 トラック03「プロジェクト・アマゾン」は本作の音楽の中でも筆者の好きな曲のひとつ。アオヤマ君とウチダ君が水路をたどってペンギンを探す場面に流れる。いわば、「冒険のテーマ」である。といっても勇ましい曲ではない。ベースとクラリネットをメインにした、ぷかぷかと宙を歩むような曲調がユーモラスだ。このクラリネットのフレーズは、ほかの探検シーンでも使われている。
 次の「ペンギン発見」は、2人がついにペンギンを発見するシーンで流れる曲。
 トラック05「マドンナ」とトラック06「お姉さん」は、本作のヒロイン2人のテーマである。
 ハマモトさんの初登場場面に流れる「マドンナ」は、アコーディオンを使ったミュゼット風の小粋な曲。チェスが得意なハマモトさんのすました表情をとらえている。
 「お姉さん」はキューバの舞曲ハバネラのリズムを採り入れた曲で、お姉さんの自由でミステリアスな雰囲気をユーモラスに表現。お姉さんのモチーフは、アオヤマ君とお姉さんが電車に乗って海辺の街をめざす場面に流れるトラック20「海辺の街へ」でも反復される。
 お姉さんのテーマの変奏では、お姉さんがアオヤマ君の歯を抜こうとする場面のトラック12「かわいがり」もいい。マンドリンとギロを使って、アオヤマ君を翻弄するお姉さんを描写。愛らしさとコミカルさが同居する絶妙の曲になっている。
 アオヤマ君と父親が喫茶店で世界の果てについて話をする場面のチェロの曲(トラック09「世界のしまい方」)やアオヤマ君とお姉さんが海辺のカフェでチェスをする場面のボサノバ風のギター曲(トラック13「海辺のカフェ」)など、現実音楽的に使用されているBGM風の曲もよくできている。こういう曲は既成曲で代用されたり、新曲であってもサントラ盤には収録されないことが多いのだが、しっかり収録されているのがうれしい。これがあることで、アルバムの「夏休み感」がぐんと増すのだ。
 前半の聴きどころは、トラック11の「夏休み」だろう。アオヤマ君とウチダ君とハマモトさんの3人が、森の奥の草原で“海”の観察をする場面に流れる曲である。軽やかなリズムをバックに管楽器群がさわやかなメロディを歌い、美しい弦合奏が引き継ぐ。後半に入るピアノがちょっとセンチメンタルな香りを漂わせる。3人の夏休みの日々を音楽と映像のモンタージュで綴る名シーンだ。
 アルバム後半は、物語がクライマックスに向かうにともなって、映画音楽らしい動きのある曲やサスペンス風の曲が多くなる。
 ペンギンが“海”に異変を生じさせる場面のドラマティックなトラック17「プロミネンス」、地鳴りのような弦の低音が時空のゆがみを描写するトラック21「ジャバウォック」、リリカルなピアノからマーチ風に展開するトラック25「脱出」などだが、いずれも、型通りのアクション曲やサスペンス曲にはなっていない。繊細で温かみのあるオーケストレーションで、ふしぎな夏の物語にふさわしい音楽に仕上げている。
 後半で特に印象深い曲がトラック22の「奪われる研究」。3人だけの秘密の研究を大人たちに取り上げられてしまったハマモトさんの悲しみと怒りを伝える曲だ。心の痛みを表現するピアノの音、乱れる想いを描写する弦と木管の絡み合い。たっぷり3分以上にわたるエモーショナルな演奏に胸打たれる。本作の音楽の中でもとりわけ心をゆさぶられる曲である。
 そして、本作の音楽のハイライトは、トラック27「ペンギン・パレード」だ。ペンギンの群れを引き連れて、巨大化した“海”をめざすお姉さんとアオヤマ君。弦の小刻みなリズムの上で、木管楽器が短いフレーズをくり返し、弦楽器の躍るようなメロディに展開する。ピアノや金管が加わり、華やかにスケール豊かに変奏。スタイルはバロック風だが、はめをはずしたようなお祭り感があり、それがスクリーンを埋め尽くすペンギンの映像とよく合っていた。
 阿部海太郎によれば、この曲と「夏休み」はブラジル音楽のビートを採り入れ、クラシック音楽では珍しい裏拍でリズムを取る曲にしたのだそうだ。クラシカルでありながらラテン的な躍動感があるのはそのためである。
 “海”に飛び込み、世界の果てにたどりついたアオヤマ君とお姉さん。その周囲に広がるシュールな景色。それは2人の心象風景のようでもある。そこに流れるトラック28「世界の果て」は、ピアノとクラリネット、弦楽器をメインにした現代音楽風の曲。次の「〈海〉の崩壊」とともに、本作のSF的なクライマックスを描写する音楽である。
 トラック30の「誰もいない街」は、おだやかな曲調ながら、本編を観たファンには格別胸に迫る曲である。映画の大詰め、お姉さんとアオヤマ君の別れの場面に流れた曲なのだ。ピアノのフレーズから始まり、クラリネットのメロディがそっと入ってくる。「天才少年の朝」と同様の構成ながら、曲調やメロディは異なる。ピアノとクラリネットが、アオヤマ君の心のざわめきと言葉にならない想いを表現している。ラストの雨だれのようなピアノが切なく響く。ストレートに悲しい曲を付けてしまいそうなところだが、ここでも型通りの表現を避け、抑えた曲調で複雑な心境を描いている。
 ラストの「これからの研究課題」は、冒頭に流れた「天才少年の朝」と対をなす曲。ピアノが「天才少年の朝」と同じモティーフを反復する。中間部は弦合奏がしっとりと重なって、ちょっぴり大人になったアオヤマ君を表現。ピアノだけが残ってテーマをくり返し、さわやかな余韻を残して終結する。
 「いい劇場作品を観たなあ」と思う終わり方だ。

 『ペンギン・ハイウェイ』はひと筋縄ではいかない、ふしぎな物語である。音楽もひと筋縄ではいかない。映像になじみ、オーソドックスに聴こえるが、パターンにはまらず、独創的だ。けれど、夏休みの高揚感と非日常の喧騒、出逢いと触れ合いのときめき、夏が終わる切なさが伝わってくる。聴くと、いつもと違う夏があったことを思い出す。そんな音楽である。

ペンギン・ハイウェイ オリジナル・サウンドトラック
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