COLUMN

第189回 闘う夏 〜サマーウォーズ〜

 腹巻猫です。梅雨明けからの猛暑続きで、いささかダウン気味。そんな中、8月15日(土)に開催された「資料性博覧会13」にたくさんのご来場ありがとうございました。対面イベントは約半年ぶり。時節柄、いろいろ気も遣いましたが、新しい出会いもあり、有意義でした。また機会がありますように。


 新型コロナウイルスの感染拡大がなければ、今年もさまざまなサントラ系コンサートが開催される見込みだった。そのひとつに、6月に開催される予定だった「サマーウォーズ フィルムコンサート」がある。
 劇場作品『サマーウォーズ』公開10周年記念イベントのフィナーレを飾るものとして企画されたコンサートである。内容はいわゆる「シネマコンサート」。作品を上映しながら、劇中音楽を生演奏で聴かせるコンサートだ。近年、盛んに開催されており、洋画では「スター・ウォーズ」「タイタニック」「ニュー・シネマ・パラダイス」など、邦画では「ゴジラ」「砂の器」「八甲田山」などが上演されている。アニメでは、昨年(2019年)、劇場版『機動戦士ガンダム』が上演されたのが記憶に新しい。
 『サマーウォーズ』の公演は残念ながら中止になってしまったが、開催されていれば、興味深いコンサートになったと思う。というのも、『サマーウォーズ』の音楽は、電子音楽とオーケストラ楽曲が混在する、ハイブリッドな構成になっているからだ。
 今回は、コンサートを想像しながら、『サマーウォーズ』の音楽を紹介しよう。

 『サマーウォーズ』は2009年8月に公開された劇場アニメ。『時をかける少女』に続いて細田守が監督したオリジナル作品だ。
 数学が得意な高校生の健二は、憧れの先輩・夏希の頼みで長野県上田市にある夏希の実家・陣内家を訪れる。広壮な大邸宅とぞくぞくと集まる陣内家の一族に圧倒される健二。一夜明けると、世界中の人々が利用するインターネット上の仮想世界「OZ」がハッキングされ、現実世界に大混乱が広がっていた。健二は陣内家の人々と協力しあって、OZを乗っ取ったAI「ラブマシーン」に闘いを挑む。
 デジタルワールドの危機というSF的な題材と戦国時代から続く旧家の大家族のドラマを組み合わせた着想がユニークだ。夏の日差しの下、自然に囲まれた屋敷で電脳世界の闘いが繰り広げられるさまは、アーサー・ランサムの少年小説とサイバーSFが合体したような味わいがある。
 音楽を手がけたのは松本晃彦。TVドラマ「踊る大捜査線」などの音楽を手がけた作曲家である。
 サックス奏者の松本英彦を叔父に持ち、父親もヤマハで音楽教室に関わる音楽一家。幼少時から音楽に親しんだ。早稲田大学在学中にバンドでプロデビュー。そのまま音楽家になる道を選んだ。
 80年代後半から、作・編曲家、プロデューサーとして、吉川晃司、サザンオールスターズ、中森明菜、CHAGE&ASKAら、さまざまなアーティストの楽曲を手がけ、また、ステージサポート・ミュージシャンとしてコンサートツアーに参加。
 1997年に手がけたTVドラマ「踊る大捜査線」の音楽が評判となり、映像音楽の分野でも活躍を始める。映像音楽の代表作に、TVドラマ「甦る金狼」(1999)、「恋人はスナイパー」(2001)、「課長島耕作」(2008)、「学校のカイダン」(2015)、映画「踊る大捜査線THE MOVIE」(1998)、「スペーストラベラーズ」(2000)、「リターナー」(2002)、TVアニメ『ブラック・ジャック』(2004)、『ONE OUTS』(2008)などがある。
 サウンドトラック・アルバムのライナーノーツに寄せられた音楽プロデューサー・岡田こずえのコメントによれば、本作の音楽について細田監督から発せられたキーワードは「アクション」と「オーケストラ」だった。オーケストラはバラバラな方向を向く人々がひとつにまとまっていくことの象徴でもあった。
 本作の音楽に求められた要素は多岐にわたる。デジタルワールドOZを描写する曲、AIラブマシーンとの闘いを描写するアクション曲、陣内家の大家族を描写する曲、健二や夏希の思いを描写する曲……などなど。デジタル音楽からオーケストラ音楽まで、歌ものから現代音楽まで、さまざまなジャンルや曲調が要求された。ものすごい量のリサーチを経て選ばれた作曲家が松本晃彦だった。
 松本晃彦は、本作のために最初に3つのデモを書いた。「健二のテーマ」「田舎町の大家族の温かい曲」「電脳世界の音楽」の3曲である。ファースト・インプレッションで音楽の方向性は決まった。「健二のテーマ」は本作の音楽の核=メインテーマとなり、さまざまな場面にアレンジされて使用されている。また、「大家族の曲」はオープニングの序曲とエンディング曲に使われた。
 松本晃彦は、本作の音楽を「上田市の大家族と健二のそばにずっと一緒にいてもらいたい」と思いながら作曲したという。
 劇中では華やかなオーケストラ曲やアクション曲の印象が強い。が、音楽に込められた想いは繊細だ。どの曲も周到な計算と監督とのディスカッションを経て作られている。
 本作のサウンドトラック・アルバムは2009年7月末に「サマーウォーズ オリジナル・サウンドトラック」のタイトルでバップから発売された。収録曲は以下のとおり。

  1. 仮想都市OZ
  2. Overture of the Summer Wars
  3. 陣内家
  4. 侘助
  5. 2056
  6. 愉快犯
  7. KING KAZMA
  8. 健二
  9. 栄の活躍
  10. 陣内家の団結
  11. 戦闘ふたたび
  12. 崩壊
  13. 手紙
  14. みんなの勇気
  15. 1億5千万の奇跡
  16. 最後の危機
  17. The Summer Wars
  18. Happy End

 劇中曲を使用順に並べたオーソドックスな構成。
 トータルで18曲、収録時間は49分。2時間の劇場アニメの音楽としては少ない曲数と尺数である。
 しかし、未収録曲が格別多いわけではない。
 2015年に発売された「細田守監督トリロジー Blu-ray BOX 2006-2012」には、『時をかける少女』『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』のBlu-rayディスクとともに、各作品の「コンプリート・スコア」を収録した特典CDが同梱されている。「コンプリート・スコア」とは、映画本編で流れるBGMを使用尺も順番もそのままに再現した完全版サントラのこと。これで音楽の全体像がわかる。
 「コンプリート・スコア」によれば、本作の劇中音楽のキューはM1からM25まで。うちM4が欠番になっているので、全24曲である(おそらく、M4は挿入歌の「上田わっしょい」、M26が主題歌の「僕らの夏の夢」なのだろう)。総尺数は62分。つまり、「オリジナル・サウンドトラック」に大半の楽曲が収録されているのだ。
 実は、本作で音楽が流れるシーンは意外に少ない。説明的な音楽をつけないことで、観客は映像に集中し、想像力を働かせる。また、音楽を流さないことは、映像にドキュメンタリーのような真実味と臨場感を与える効果もある。それだけに、厳選された場面に流れる音楽の役割は重要である。
 1曲目の「仮想都市OZ」は、冒頭のOZの世界の描写に流れるエレクトロニカ系の電子音楽。映画は時計のクリック音から始まるが、そのクリック音も音楽の一部として作りこまれているのが特徴だ。時計の音から始まるのは細田監督のオーダーだったという。時計の音と音楽のリズムが微妙にずれながら重なり、ポリリズムのような展開になる。現実から電脳世界へ入っていく感覚が音楽で表現されている。
 トラック2の「Overture of the Summer Wars」は、映画のオープニングを飾る序曲。メインタイトルから、健二と夏希が電車で上田市へ向かう描写とメインスタッフのクレジットが交互に映し出されるモンタージュの場面に流れ続ける。本編の始まりと旅の高揚感を表現する軽快で華やかなオーケストラ曲だ。たたみかけるようなリズムと金管のきらびやかな音は、ハリウッドのミュージカル作品を思わせる。コンサートなら、序盤から盛り上がり必至のナンバーである。
 曲の躍動感に耳を奪われてしまうが、オープニング映像を注意深く観ると、セリフのある場面ではメロディを抑えめにし、クレジットが表示される場面には曲のフレーズの切れ目を合わせて、映像と音楽を絶妙にシンクロさせていることがわかる。
 トラック3「陣内家」は、陣内家に一族がぞくぞくと集まって来る場面に流れるオーケストラ曲。弦楽器中心に奏でられる軽やかな舞曲風の曲である。にぎやかで、ちょっとユーモラスな香りもある。これも、コンサートなら楽しく盛り上がる曲だ。
 次の「侘助」は、陣内一族の中で孤立している青年・侘助の登場場面に流れる、静かな緊張感ただよう曲。何か起こりそうな予感をはらんだ曲だ。劇中ではうっすらと、ほとんど聴こえないくらいの音量で流れている。音楽というより、空気感を演出するSE的な楽曲である。
 健二が携帯電話に送られてきた暗号を解く場面の淡々としたピアノとシンセの曲「2056」、一夜明けて、OZの異変に健二たちが気づく場面のリズム主体のエレクトロニカ「愉快犯」。どちらも明快なメロディを持たず、サウンドで不安感や焦燥感を表現する。盛り上げすぎず、説明しすぎない音楽が、何が起こっているのかわからないとまどいと混乱をうまく表現している。
 トラック7「KING KAZMA」は、OZの世界のバトルを描写するデジタルミュージック。前半はハウスミュージック、後半はデジロック風。OZの格闘ゲーム・チャンピオン、キングカズマが陣内一族の少年・佳主馬(かずま)のアバター(分身)であることが明らかになる場面だ。コンサートだと、打ち込みのシンセの音とバンド演奏で再現することになるだろうか。
 トラック9「栄の活躍」は中盤のクライマックスの曲。夏希の祖母であり、陣内家の当主である栄が、現実世界の混乱を収集しようと、古くからの知り合いに連絡して奮闘する場面に流れる。ピアノと弦のピチカートを主体にしたメインテーマのアレンジ曲である。モチーフは、もともと健二のがんばりをイメージして作られたメロディ。それが、音楽を作るうちに、陣内家全体、人類全体のがんばりを表現するテーマになっていった。このモチーフが、このあと、さまざまに形を変えて登場し、クライマックスになだれこんでいくのが本作の音楽の聴きどころである。
 トラック10「陣内家の団結」は、ラブマシーンとの対決の準備が進む場面に流れるミニマル・ミュージック風の曲。ミニマル・ミュージックは監督からのオーダーだったという。「いざ合戦!」という場面だから、もっとメロディアスで盛り上がる曲でもおかしくないところだが、ここではメロディのない、リズム主体の音楽が採用されている。
 シンセのパーカッションで「合戦」の雰囲気をかもしだしつつ、ユーモラスな香りもただよわせる。ずっと同じ曲調のようでいて、次々と参戦するキャラクターに合わせて音色を変化させる凝ったアレンジ。異なる音色がしだいにひとつに重なることで、健二と陣内家の人々が力を合わせていくさまを表現している。
 この場面、健二たちの合戦準備の裏では、急死した栄の通夜の準備が進められている。音楽をニュートラルな曲調にしたのは、ひとつの感情に寄せない意図があるはずだ。
 トラック11「戦闘ふたたび」は、OZの世界でのラブマシーンとキングカズマの死闘を彩るバトル曲。重厚なリズムと緊迫感に富んだメロディ。ここは、正統派のバトル音楽でスリルとサスペンスを盛り上げていく。松本晃彦の持ち味がよく出た楽曲だ。コンサートで演奏されたら客席が熱くなるに違いない。
 次の「崩壊」はラブマシーンの反撃による危機を描写する不気味な曲。ムソルグスキー「はげ山の一夜」のような音型が現れて恐怖感をあおる。
 トラック13の「手紙」は、栄の遺した手紙が読み上げられる場面に流れるピアノ曲。松本晃彦によれば、どういうふうに作るか、もっとも悩んだのがこの曲だったそうだ。悲しみにはさまざまな深さがあり、それを描写する音楽にもさまざまなスタイルがある。結果、採用したのが淡々としたピアノの曲。悲しみを受け止めきれない心の揺れ、じわじわと込み上げる切なさがうまく表現されている。コンサートでは、ピアノの独奏で観客の心をつかむハイライトになりそうな曲である。
 「手紙」の場面を受けて流れ始めるトラック14「陣内家の団結」はメインテーマの弦合奏を主体にしたアレンジ曲だ。ラブマシーンとの決戦を前に、健二と陣内家の人々がそろって食事をする印象深い場面。もともとは、このアレンジを「栄の活躍」の場面のために用意していたが、細田監督が曲を入れ替えた。映画がクライマックスに近づくにしたがって、メインテーマのアレンジも大きくなっていく。映画全体の音楽設計を考えての采配である。
 トラック15「1億5千万の奇跡」は、序曲、メインテーマと並ぶ、本作の音楽の聴きどころ。夏希のアバターが世界中の人々の協力を得てパワーアップし、変身する場面に流れる、児童合唱がフィーチャーされた美しい曲である。
 松本晃彦が最初の打ち合わせで「この映画の中でいちばん大事な曲がかかる場所は?」とたずねたところ、細田監督から「このシーンです」と答えが返ってきた。「声」を使った曲というのも細田監督からの希望だったそうだ。
 松本晃彦は最初、変身のカットに細かく合わせたシンクロ・スコアを書いたが、監督からNGが出て作り直すことに。細かい画合わせにこだわらず、大きなゆったりしたメロディの曲にすることで、シーン全体がひとつにまとまった。本編の中でも、ひときわ感動的な見せ場である。
 個人的には、コーラスを担当しているのが、『海のトリトン』や『銀河鉄道999』の主題歌に参加している杉並児童合唱団(もちろんメンバーは異なるが)であるのがツボだった。『サマーウォーズ』の音楽がアニメソングの歴史を受け継いでいるようで、ちょっとうれしい。コンサートでも杉並児童合唱団の生歌が聴けたら最高だ。
 小惑星探査機「あらわし」落下のサスペンスを描写する「最後の危機」をはさんで、トラック17「The Summer Wars」が登場。健二の最後の奮闘を描写するメインテーマである。劇中に登場するメインテーマの変奏の中でも最大規模のオーケストラで演奏される。音楽的クライマックスと映画のクライマックスが重なり、もっとも盛り上がるところだ。コンサートでも最大の盛り上がりになるナンバーだろう。
 アルバムの最後を飾る「Happy End」はラストシーンに流れる曲。観客が幸福な気持ちで映画館を出られるように、音楽的にも最大限のサービスをして送り出したい。そんな気持ちが詰まった大団円の曲だ。
 この曲と同じメロディが、序曲「Overture of the Summer Wars」の終盤にも使われている。「大家族の曲」として書かれたモチーフである。序曲が流れる場面では大家族の一員ではなかった健二が、終曲が流れるときには家族として迎えられている。音楽を対比することで、関係性の変化が意識される。これも、周到な音楽設計と呼べるだろう。
 作品では、このあと山下達郎の歌が流れて終幕となる。コンサートではどういう趣向になる予定だったか定かでないが、オーケストラの生演奏で締めくくっても十分、満足できる内容だったと思う。

 本作の音楽について、松本晃彦はこうふりかえっている。歌モノ出身の作家としては1曲1曲に強いインパクトを求めてしまいがちだが、本作では、監督の采配のおかげで、作品の中の楽曲の構成のしかた、音楽の印象を、これまでと変えることができた。音楽家としての新しい切り口が見いだせた、と。
 本作の音楽をフィルムコンサート(シネマコンサート)で再現できれば、個々の楽曲の魅力とともに、全体の音楽設計の妙も伝えられたのではないか。作品の中では聴き取りづらい楽器の音色やメロディも、コンサートならくっきりと聴こえるはずだから。幻に終わったコンサートが、いつか実現することを願いたい。

サマーウォーズ オリジナル・サウンドトラック
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細田守監督 トリロジー Blu-ray BOX 2006-2012
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