腹巻猫です。2月16日に開催された「堀江美都子デビュー50周年記念特別公演 〜ワンガールコンサート’20〜」に足を運びました。デビュー以来の名曲を選りすぐった充実の内容。変わらぬミッチの歌声に癒され、パワーをいただきました。アニソン歌手仲間からの素敵なサプライズもあり、もらい泣き。70年代から一ファンとして応援してきた身には感無量です。デビュー50周年おめでとうございます!
今回は堀江美都子が主役を演じ、主題歌を歌ったTVアニメ『私のあしながおじさん』の音楽を紹介しよう。
『私のあしながおじさん』は1990年1月から同12月まで放映された日本アニメーション制作のTVアニメ。『フランダースの犬』(1975)から始まる「世界名作劇場」の第16作目の作品である。
原作はジーン・ウェブスターが1912年に発表した少女小説『あしながおじさん』。くり返し映画化され、日本でも親しまれてきた人気作品だ。
アニメ版の監督は横田和善。横田は日本アニメーション制作のTVアニメ『ミームいろいろ夢の旅』(1983〜1985)と『宇宙船サジタリウス』(1986〜1987)の監督を続けて務めたあとで、キャラクターデザインの関修一、音響監督の藤野貞義、プロデューサーの松土隆二も上記2作から続けて本作に参加している。
孤児院出身の少女ジュディ・アボットは、「あしながおじさん」からの学費援助を受けて進学。学園生活の日々をあしながおじさんに手紙で伝えるが、あしながおじさんが誰であるのかは知らない。やがて成長したジュディは青年実業家ジャーヴィス・ペンデルトンからプロポーズされる。悩んだジュディがあしながおじさんとの面会を果たすとそこには……。
本作は世界名作劇場の歴史の中でもターニングポイントとなった作品である。ひとつには、主人公の年齢。ジュディが進学するのは高校(原作では大学)で、ジュディの年齢は従来の世界名作劇場の主人公より高めに設定されている。終盤では主人公とその友人たちのロマンスが物語の主軸になる。きわめつけは、第34話で描かれるジュディのキスシーン。世界名作劇場では初めての展開だった。この趣向は次作『トラップ一家物語』(1991)に受け継がれる。
もうひとつは、音楽アイテムの変化である。本作が放送された1990年はレコードからCDへの転換が終わる時期。前々作『小公子セディ』(1988)は主題歌シングルはレコード盤で、音楽集はレコードとCDで発売されていた。次の『ピーターパンの冒険』(1989)では主題歌シングルはレコードとCDで、音楽集はCDのみで発売。そして本作は主題歌も音楽集もCDのみの発売になっている。
さらに発売メーカーも、『トム・ソーヤーの冒険』(1980)以来10年にわたって世界名作劇場の音楽商品を手がけてきたキャニオンレコード⇒ポニー・キャニオンから日本コロムビアに交代。もともと世界名作劇場の初期5作品——『フランダースの犬』から『赤毛のアン』まで——は日本コロムビアが音楽商品を発売していたので、10年を経て日本コロムビアに戻ってきたことになる。
この変化は大きかった。たとえばキャニオン時代は『トム・ソーヤーの冒険』から『南の虹のルーシー』(1982)までの3作品では「音楽編」と「ドラマ編」の2種類のアルバムが発売されていたのだが、『アルプス物語 わたしのアンネット』(1983)からは「音楽編」のみの発売となってしまう。キャニオン時代の中期までは主題歌のほかに挿入歌も作られていたが、後期の『小公子セディ』『ピーターパンの冒険』では、それもなくなった。80年代アニメブームがひと息つくのと時期を同じくして尻すぼみになっていった印象だ。
しかし、その間に日本コロムビアは着々と世界名作劇場奪還計画を進めていたのである。日本コロムビアは『小公女セーラ』から「コロちゃんパック」というミュージックテープ(カセットテープ)商品で「うたとおはなし」のアルバムを発売。『愛少女ポリアンナ物語』では主役を演じた堀江美都子がコロムビア専属であったため、「コロちゃんパック」で堀江美都子が歌うコロムビア独自の挿入歌を発売している(主題歌も堀江美都子がカバーした)。この商品展開が『私のあしながおじさん』の伏線になったのだ。
そんな経緯を経て日本コロムビアのもとに戻ってきた世界名作劇場『私のあしながおじさん』では、音楽にも力が入れられた。音楽アルバムが「レディを夢見て」(ソングアルバム)、「音楽集」「おはなしミュージカル」と3タイトルも発売されていることからも日本コロムビアの気合の入れようがうかがえる。
オープニング主題歌「グローイング・アップ」は作詞・来生えつこ、作曲・来生たかおのヒットメーカーコンビの作。主役のジュディを演じた堀江美都子が歌唱した。大人びた本編にふさわしい名曲で、堀江美都子にとっても90年代、そして平成時代の開幕を飾ることになった記念すべき歌だ。堀江美都子のベスト盤には必ず収録され、コンサートでも欠かせないナンバーとなっている。
劇中音楽(BGM)は世界名作劇場には初参加となる若草恵が担当した。
1980年代、若草恵は歌謡曲の売れっ子アレンジャーとして腕をふるういっぽう、劇場作品やテレビの音楽でも活躍。TVドラマ「ザ・ハングマン」シリーズ(1980〜1987)やTVアニメ『六神合体ゴッドマーズ』(1981)、『重戦機エルガイム』(1984)、TV特撮「世界忍者戦ジライヤ」(1988)等の音楽を手がけていた。映像音楽作家として脂が乗っていた時期だ。アクションものが多い印象だが、インタビューによれば、本人はアクションものは得意ではないと思っていたという。若い頃から映画音楽が好きで、ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』のような抒情的でロマンティックな音楽が書きたいと思っていた。『私のあしながおじさん』はまさにうってつけの作品だった。
本作の音楽についてプロデューサーが示した方向性は「ミュージカル」。スタッフの頭には1955年に公開されたフレッド・アステアとレスリー・キャロン主演のミュージカル映画『足ながおじさん』のイメージがあったのだろう。その方向性は、初期エピソードでジュディが劇中で歌う歌(「お絵かき歌」)に生かされた。
ミュージカルのイメージは音楽全般に反映されている。本作の制作が始まった年(1989年)は、バブル景気の最中。音楽は60人編成のオーケストラによる録音というぜいたくな作り方で収録された。まさにミュージカル映画のような、あるいはブロードウェイの舞台音楽のような、華やかで洗練されたロマンティックな音楽。世界名作劇場の歴史の中でも、とびきり華のある音楽が誕生した。
先述のとおり、本作の音楽商品は放送当時3種類が発売されている。1枚目のアルバム「私のあしながおじさん Vol.1 レディを夢見て」(1990年6月発売)には堀江美都子が歌う主題歌・挿入歌8曲に加えて、BGM4トラック(8曲)も収録(一部ナレーションがかぶっている)。2枚目の「私のあしながおじさん 音楽集」(1990年9月発売/2枚目以降にはVolume表記はない)では主題歌2曲とBGM8トラック(28曲)を収録。3枚目の「私のあしながおじさん おはなしミュージカル」(1990年11月発売)には、主題歌2曲と挿入歌4曲、ミニドラマを収録。ドラマ編の代わりにミュージカル仕立てのアルバムが作られているのが本作らしいところだ。
さらに放送20周年となる2010年には主題歌・挿入歌全曲と主要BGMを網羅した2枚組CD「世界名作劇場 メモリアル音楽館 私のあしながおじさん」が発売された。「音楽集」には未収録の楽曲をたっぷり収録した決定版音楽集である。
「世界名作劇場 メモリアル音楽館」をベースに本作の音楽を紹介しよう。以下、曲名はすべて同アルバムによる。収録曲は下記を参照。
https://artist.cdjournal.com/d/daddy—long—legs-music-collection/4109111113
『私のあしながおじさん』の音楽は3回に分けて約100曲が録音されている。
「世界名作劇場 メモリアル音楽館」ではDISC-1に34曲、DISC-2に35曲、あわせて69曲のBGMを収録している。選曲・構成は筆者が務めた。
放映当時発売された「音楽集」に収録されたのは第1回録音と第2回録音の楽曲のみ。第3回録音の曲がまとめて商品化されるのが本アルバムが初になった。曲順は最終話までのストーリーに沿って構成。『私のあしながおじさん』の物語を音楽で再現することをめざした。
残念ながらCDのキャパシティの制約により、BGMは全曲収録ではない。未使用曲や過去のアルバムに収録された曲のいくつかを割愛せざるをえなかった。「私のあしながおじさん 音楽集」(2004年に「ANIMEX1200シリーズ」の1枚として再発)と1999年に発売されたコンピレーションCD「名作アニメ ミュージックサンプラー」をあわせると、未収録BGMのうち8曲が補完できる。残る未収録曲は24曲(うち6曲が未使用曲)。収録を見送ったのは、使用頻度の低い曲やバージョン違い、10秒程度の短い曲である。
本作の音楽で重要なのは「ジュディのテーマ(M-1)」だ。「音楽集」でもトップに収録されていた、本作のメインテーマと呼べる曲である。
さまざまな表情を見せるジュディをひとつのメロディで表現するために、若草恵はいくども曲を書き直したという。結果できあがったのは、華やかさと活発さとユーモラスな表情をあわせ持つ曲。オーケストレーションにも力が入っている。
当時は現在のように打ち込みでデモを作って事前に聴いてもらう進め方ではなかった。譜面を書き、スタジオで音を出して初めてどんな曲かがわかる。音楽録音でオーケストラがこの曲を演奏したあと、若草恵は自信を持って「どうですか?」と松土プロデューサーにたずねた。松土は興奮しながら「とてもいい曲です」と答えたという。
「ジュディのテーマ」のメロディをアレンジして、「私のあしながおじさま(M-29)」「ジュディの旅立ち(M-30)」「ジュディ、センチメンタル(M-5)」「胸いっぱいのジュディ(M-7)」「大慌てのジュディ(M-8)」「親愛なるおじさま(M-3)」「夢見るジュディ(M-2)」「夏の日の恋(M-9)」など、多くのバリエーションが作られている。次回予告音楽(M-23)」も同じメロディだ。
さらに、このメロディはアルバム「おはなしミュージカル」で歌詞がつけられて、「夢の草原」という歌に生まれ変わっている。このアルバムのために書き下ろされた歌はすべて若草恵の作・編曲。「ミュージカル」という当初の音楽プランと『サウンド・オブ・ミュージック』のような音楽を書きたいという若草恵の夢が、「おはなしミュージカル」で実現したわけである。
1900年代初頭のアメリカの雰囲気を演出するジャジーな曲も本作の音楽の魅力のひとつ。ガーシュイン風のシンフォニック・ジャズ「摩天楼・ニューヨーク(M-21)」「街角のバンド(M-50)」「レディを夢見て(M-41)」など、ロマンティックでおしゃれなナンバーが素敵だ。若草恵が好きだという作曲家ヘンリー・マンシーニ的な香りもただよう。
ストリングスや木管の響きが美しい、やさしい旋律の曲も忘れてはならない。第1話から流れる子どもたちの明るい日常を描く曲「はずむ心(M-10)」、小粋で優雅な「テラスでお茶を(M-19)」、パーティのシーンを彩るワルツの曲「ワルツはいかが(M-82)」、心を震わす繊細な気持ちを表現する「リペット先生のやさしさ(M-12)」「さみしい気持ち(M-13)」など。「こういう音楽が書きたかった」という若草恵の思いが伝わってくるようだ。
劇中の名場面と連動して印象に残るのが「素直になれなくて(M-37)」。第39話でジュディが卒業式の答辞を読む場面に流れる曲である。弦がそっと奏でる旋律にピアノが加わり、ジュディの切ない心情を描写する。第33話でジュディの友人ジュリアが素直な気持ちを打ち明ける場面など、数々の名場面を彩った曲だ。
本作の第3回録音の楽曲は、終盤のエピソードを想定して作られている。ジュディがあしながおじさんとの出会いから現在までを振り返る「夢のような気持ち(M-87)」、ジュディがあしながおじさんの正体を知る場面の「はじめましておじさま(M-86)」、ジュディとジャーヴィスとの結婚式の場面に流れる「ハッピーエンド(M-88)」。いずれも最終回(第40話)でしか流れないBGMである。映像に合わせて書いたかのようなはまりぐあいが心地よい。
映画音楽のようなBGMとアルバム「おはなしミュージカル」でのミュージカルナンバーの作曲。『私のあしながおじさん』は若草恵の志向した音楽が実を結んだ、記念碑的作品だ。若草恵自身も、インタビューの中で本作を「ターニングポイントになった作品」と振り返っている。
本作のあと、若草恵は『ロミオの青い空』(1995)でふたたび世界名作劇場の音楽を手がけた。こちらも美しいメロディが心に残る名作である。
「メモリアル音楽館」のためにインタビューしたとき、若草恵が「子どもたちのための作品は書いていてやりがいがあるし、こういう作品をもっと作りたい」(大意)と語っていたのが深く印象に残っている。2007年に手がけた原恵一監督のアニメ映画『河童のクゥと夏休み』はまさにその言葉にかなう作品だった。
若草恵は2019年11月にニコニコ生放送のトーク番組「THE JASRAC SHOW!」に出演。元気な姿を見せてくれた。しかも、その放送の中で思い出の作品として『私のあしながおじさん』にも触れてくれたのだ。筆者は聴いていて感激した。それだけ本作は若草恵にとって深く印象に残る作品だったのである。
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