腹巻猫です。3月7日(土)にサントラDJイベント・Soundtrack Pub【Mission#42】を開催します。テーマは「2019年劇伴大賞&メモリアル」。新型コロナウィルス厳戒中につき、会場もしかるべき備えをしますが、健康に不安のある方は無理されませんようにお願いいたします。詳細は下記を参照ください。
https://www.soundtrackpub.com/event/2020/03/20200307.html
2月から放映が始まった「プリキュア」シリーズ最新作『ヒーリングっどプリキュア』は、「地球のお手当て」をテーマに掲げた作品である。しかし、今から25年前に、地球を癒すために戦うヒロインを描いた作品があった。
今回取り上げる『ナースエンジェルりりかSOS』である。
『ナースエンジェルりりかSOS』は1995年7月から1996年3月まで全35話が放送されたTVアニメ。秋元康と池野恋による同名マンガを大地丙太郎監督が映像化した。アニメーション制作は前番組の『赤ずきんチャチャ』を手がけたスタジオぎゃろっぷが担当している。
小学4年生の少女・森谷りりかがナースエンジェルに変身し、地球侵略を企む邪悪なダークジョーカーと戦う物語。ダークジョーカーは黒のワクチンによって地球や生き物をむしばみ、ナースエンジェルは緑のワクチンでそれに対抗する。しかし、緑のワクチンは限られており、ダークジョーカーを退けるためには地球のどこかにある「命の花」を見つけ出さなければならないのだ。
「戦うナース」という設定がインパクト抜群。キワモノになりかねない題材だが、大地丙太郎監督は生き生きとしたキャラクター描写とギャグをまじえたテンポのよい演出で魅力的な作品に仕上げた。特に中盤以降のシリアスな展開が見どころで、ファンのあいだでいまだ語り草になっている衝撃のラストシーンまで目が離せない。筆者の中では、90年代に多数登場した「変身ヒロインもの」の中でも、格別な輝きを放つ作品である。なにせ、原作コミックからLD-BOXまで買ってしまったのだ。
基本設定が暗示するとおり、本作のテーマは命と癒し。音楽もそれを受けて、「ポジティヴなヒーリング・ミュージック」を作ろうということになった。音楽を担当したのは光宗信吉。のちに『少女革命ウテナ』(1997)、『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』(2000)、『Rozen Maiden』(2004)、『魔法先生ネギま!』(2005)、『ゼロの使い魔』(2006)などのアニメ音楽で活躍する作曲家である。
光宗信吉にとっては、本作が初めての映像音楽の仕事だった。それまで歌ものの仕事をいくつかした経験はあったが、アニメのBGMは初体験。しかも、「全曲オーケストラで」という発注だった。
当時、光宗信吉は1曲だけオーケストラの曲を書いたことがあったが、オーケストレーションについてはほとんど初心者だった。加減がわからず、膨大な量の譜面を書いて現場を慌てさせたという。
オーケストラの編成は40人ほど。8型(第1バイオリン×8、第2バイオリン×6、ビオラ×4、チェロ×4)のストリングスに木管×6、金管×4〜6、パーカッションとピアノという編成だった。
近年の音楽録音は、打ち込みでベースとなるテンポとリズムを作りこみ、ミュージシャンはクリックを聴きながら演奏、それを楽器セクションごとに別々に録音する方法が一般的である。そのほうが効率的だし、楽器ごとに音が分離しているのでミックスの際に音量バランスを整えやすい。
しかし、本作の音楽録音は打ち込みをほとんど使わず、オーケストラが一斉に音を出す同時録音で収録された。そのため、テンポも揺れているし、微妙に音がそろっていないところもある。だが、デジタルな音楽録音にはない揺らぎや、人の手と息が紡ぎ出す生楽器の響きが、「命」をテーマにした本作にはぴったりだった。
本作の音楽にはいくつかの特徴がある。
ひとつは上記の生オーケストラによる録音。エレキギターやドラムスなどのポップスのリズム楽器をほとんど使わず、古典的なオーケストラ音楽の編成で録られている。そのクラシカルなサウンドが映像に品のよい、やさしい雰囲気を与えている。
もうひとつは曲数が少ないこと。第1回録音で収録された曲はバリエーションを含めて50曲ほど。第3クール以降用に10曲程度が追加録音されたが、大半は第1回録音の楽曲でまかなわれている。
音響監督の田中一也は、2枚目のサントラ盤のブックレットに掲載されたインタビューで、「『こんな曲も必要になるかも』というこちらの都合で大量に発注するよりも、本当に作品に必要な曲を創ってもらって、それを大切に使っていきたかった」と語っている。大地監督は、同じ曲でも使われる場面が変われば感じ方は変わってくると考えていたという。
結果、同じ曲がくり返し使われることで、視聴者にも深く印象が刻まれることになった。
第3は、本作の音楽設計である。
音楽の中心になるのは「りりかのテーマ」。Mナンバー「M-1」が振られた曲だ。このメロディがアレンジされて、りりかの心情や日常を描写する曲、サスペンス描写曲などが作られている。また、りりかがナースエンジェルに変身するBGMも同じメロディ。ナースエンジェルの戦いの曲も同じメロディのアレンジだ。りりかのテーマは同時に本作のメインテーマでもあり、ナースエンジェルのテーマにもなっている。
近年のアニメ音楽ではひとつのテーマにこだわらず、変身は変身、バトルはバトル、日常は日常で異なるメロディの曲を作ることが多い。そのぶん音楽のバラエティは豊かになるが、ひとつひとつのメロディは印象に残りづらい。
『ナースエンジェルりりかSOS』の音楽はメインテーマが反復されることで耳に残り、作品全体の音楽イメージも統一されている。このくらい徹底してひとつのテーマで押し通してもいいのではないか。本作の音楽を聴き直すと、あらためてそんなことを思ってしまう。
本作のサウンドトラック・アルバムはキングレコードから2枚発売された。1枚目は「ナースエンジェルりりかSOS 〜ハート・エイド・ファースト〜」のタイトルで1995年11月に、2枚目は「ナースエンジェルりりかSOS 〜ハート・エイド・セカンド〜」のタイトルで放送終了間際の1996年3月に発売された。
BGMの曲数が少ないため、2枚のアルバムで全曲が商品化されている。同時録音なので、「リズムのみ」「ストリングスのみ」といったトラックダウン(ミックス)違いによるバリエーションもなく、聴いていて、「あのシーンに流れていた曲が入っていない」というストレスがないのがうれしい。
また、ブックレットには収録曲のMナンバーと音楽メニューが掲載されている。それを見れば、各曲がどんな意図で作られたのか、音楽全体がどんなふうに構想されたのかがわかる。本作のファンにとっても、サントラファンにとっても、この上ない資料である。さらに1枚目のブックレットには光宗信吉と大地丙太郎監督のコメントを、2枚目のブックレットには田中一也音響監督のインタビューを掲載。ライトなファンからディープなファンまで満足させるお手本のようなサントラだ。
1枚目「ハート・エイド・ファースト」から紹介しよう。
収録曲は以下のとおり。
- 恋をするたびに傷つきやすく…〈RIRIKA VERSION〉(歌:麻生かほ里)
- 生命(いのち)の輝きは永遠(とわ)に
- だから涙をふいて
- 気品あふれし学びの庭
- 毎日の中のしあわせ
- サブタイトル
- 少女は気高く美しく
- 素敵な笑顔にかこまれながら
- 事件はいつも突然に
- 恋をするたびに傷つきやすく…(アイキャッチ)
- せつなさだけが大人びて
- ここにいて(歌:麻生かほ里)
- 哀しみより重き使命 —カノンメインテーマ—
- 暗黒からの刺客
- 迫りくる影たち
- 守りたい人がいるから
- 優しさを勇気に変えるとき
- 光あふれる世界のために
- 冷酷な気配
- 負けられない理由
- 黄昏は胸に降りて
- 悪意に満ちた力
- 新たなる戦いの舞台
- 深い闇を越えて
- 心、あるがままに
- すべての愛すべきものへ —りりかメインテーマ—
- りりかSOS〈ALBUM VERSION〉(歌:麻生かほ里)
構成は光宗信吉自身が手がけている。
構成意図は明快だ。代表的な曲をセレクトし、アルバム1枚で『ナースエンジェルりりかSOS』の世界を表現するものになっている。前半は物語の導入からりりかの日常、心情を表わす曲を配し、後半はナースエンジェルりりかとダークジョーカーとの戦いにフォーカスしてまとめている。
オープニング主題歌の〈RIRIKA VERSION〉に続くトラック2「生命の輝きは永遠に」は本作の「話全体のテーマ」して作曲された。ピアノと弦と木管のアンサンブルで奏でられる、やさしく光あふれるイメージの曲だ。第1話の冒頭に流れ、物語の開幕の音楽になった。
大地丙太郎監督はこの曲について「これからりりかを待ち受けるその『運命』の序章として使われました」とコメントしている。第14話でりりかが憧れる加納先輩=カノンが消えていく場面や第34話でりりかが幼なじみの星夜のために最後に残った緑のワクチンを使う場面など重要なシーンに使用された。もうひとつのメインテーマとも呼ぶべき曲である。
続くトラック3「だから涙をふいて」はりりかのテーマによる心情曲。りりかが他人をいたわるやさしい気持ちを表現した、本作のテーマにも直結した曲である。オーボエの音色が心にしみる。
トラック4「気品あふれし学びの庭」は学園生活のテーマ。学校でおなじみのチャイムの音から始まり、そのメロディがオーケストラによって変奏されていく。遊び心のある楽しい曲だ。
トラック5「毎日の中のしあわせ」は、りりかのテーマを変奏したユーモラスなBGMを2曲つなげたもの。りりかと星夜やクラスメートたちの日常をにぎやかに彩った。躍動的なリズムを弦のピチカートやピアノが受け持っているのが本作らしいところ。
そして、サブタイトル2パターンをつなげたトラック「サブタイトル」となる。ここまでが、いわばアルバムの序章。
トラック7「少女は気高く美しく」はりりかのクラスメート・桑野みゆきのテーマ。大地監督作品によく登場するハイテンションな少女のために、光宗信吉はバイオリンをメインにした優雅でユーモラスな曲を書いている。
クラリネットの音色がジャジーな「素敵な笑顔にかこまれながら」、ドタバタイメージの「事件はいつも突然に」、主題歌のメロディをアレンジしたアイキャッチ音楽が続いたあと、次の曲で雰囲気が変わる。
トラック11「せつなさだけが大人びて」は、りりかのテーマのアレンジBGM2曲を1トラックに収録したもの。前半はピアノとバイオリンによるアレンジ、後半はピアノ・ソロによる変奏。りりかの切ない心情や少女らしいもの思いを表現するしっとりした雰囲気のトラックだ。
次のトラックは、りりか役の麻生かほ里が歌う挿入歌「ここにいて」。第15話のラストで、りりかが命尽きてしまった加納先輩を想って泣く場面に流れた忘れられない曲である。
そのあとに、加納先輩=カノンのテーマ「哀しみより重き使命」が現れる絶妙の構成に唸らされる。
りりかが憧れる加納先輩は、実はダークジョーカーによって滅亡の危機に瀕したもうひとつの地球・クィーン=アースから、地球のナースエンジェルを目覚めさせるためにやってきたカノンだったのだ。この曲では、オーケストラが複雑に絡み合うイントロでカノンのミステリアスな登場を表現。続いて、弦楽器と木管が奏でる陰のある旋律で悲劇的な運命を宿したカノンのキャラクターを描写している。りりかのテーマと対をなす、本作の3番目の主要テーマである。
ここからが後半。いよいよ、ナースエンジェル対ダークジョーカーの戦いだ。
「暗黒からの刺客」「迫りくる影たち」と敵の出現を描写するサスペンス曲が続いたあと、ナースエンジェルりりかの登場になる。
トラック16「守りたい人がいるから」の前半は第1話のりりか初変身シーンに流れた、りりか目覚めの曲。後半は変身シーンを想定したBGMだが、実際は変身シーンには使われていない。
続く「優しさを勇気に変えるとき」「光あふれる世界のために」の2曲は、それぞれ、「実戦(優勢)」「巻き返し」というメニューで書かれたバトル曲。
後者の「光あふれる世界のために」が変身BGMとして使われた曲である。りりかのテーマをアップテンポにアレンジした勢いのある曲で、番組の見せ場である変身シーンを高揚感たっぷりに盛り上げる。この曲はナースエンジェルが必殺技を放つシーンにも使用された。変身したナースエンジェルが戦う場面には「優しさを勇気に変えるとき」が多用されている。こうした選曲の妙も本作の見どころ・聴きどころのひとつだ。
トラック19からの2曲「冷酷な気配」「負けられない理由」は、いずれもピンチや劣勢を描写する曲。
トラック21「黄昏は胸に降りて」はりりかの不安や哀しみを表現する、りりかのテーマのメランコリックなアレンジ曲である。シリーズ中盤から終盤にかけては、こうした曲の使用頻度が高くなり、観ているファンも胸をかきむしられた。
敵のさらなる攻撃を描写する「悪意に満ちた力」「新たなる戦いの舞台」が続き、トラック24「深い闇を越えて」は、高まる不安と緊張感を表現して「さあ、どうなる?」と盛り上げるクリフハンガーの曲。
そのあとはヒーローものだったら、反撃〜必殺技〜勝利! となるところだが、本作の場合は違う。
トラック25「心、あるがままに」は、「敵をも癒すりりかパワー」というメニューで書かれた曲。幻想的な導入部からフルートが奏でるりりかのテーマに展開する癒しの曲である。最終話では、すべての運命を受け入れたりりかが、カノンに「みんなの心から私の記憶を消してほしい」と頼む場面に流れてファンの涙を誘った。
BGMパートの最後を飾る曲は「すべての愛すべきものへ」。りりかのテーマ(M-1)である。メインテーマとしてアルバムの頭に収録してもおかしくないところだが、最後に収録することで、本作のテーマが明確になり、りりかのイメージがリスナーの胸に刻まれる。心憎い構成だ。
アルバム全体を通して反復されるりりかのテーマは、懐かしい欧米ポップスを思わせる親しみやすいメロディで書かれていて、アルバムを聴き終えたあとは、ふと口ずさんでしまう。
アルバムを締めくくるのは、麻生かほ里が歌うエンディング主題歌「りりかSOS」。主人公の名前を詠み込んだ昔ながらのスタイルのアニメソングが気持ちいい。本作の主題歌はオープニングもエンディングも名曲である。
2枚目のアルバム「ハート・エイド・セカンド」にも触れておこう。
2枚目には、1枚目から漏れた第1回録音のBGMと追加録音BGMが収録された。
ハイライトは、最終回に流れた重要曲をまとめたトラック「組曲 命の花」。組曲を構成するのは、本作の音楽の中心となる「話全体のテーマ」「りりかのテーマ」「カノンのテーマ」の3つのテーマをアレンジした4曲だ。りりか最後の変身の曲も、ラストシーンの曲も、この組曲に含まれている。本編の記憶とアルバムの構成がシンクロして感動を呼ぶ。
『ナースエンジェルりりかSOS』のサントラは、発売当時から筆者の愛聴盤のひとつだった。ポジティブな癒しの音楽をめざして作られた楽曲は、メロディもサウンドも尖ったところがなく、やさしく美しい。そして生命力にあふれている。聴いていると、物語がよみがえるだけでなく、心洗われたような晴々とした気分になる。心が疲れたときに聴き返したいサントラだ。
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