COLUMN

第175回 Gの遺伝子 〜ガンダム Gのレコンギスタ〜

 腹巻猫です。菅野祐悟さんの「PSYCHO-PASS IN CONCERT」へ行ってきました。ストリングスとピアノとシンセサイザーを中心にした独特の編成、声優の台詞を曲の合間に挟む趣向など、工夫を凝らした演出と演奏に大満足。アニメ音楽コンサートの新しいスタイルを示したステージでした。特に印象に残ったのは、ピアノ、キーボード、シンセドラム、指揮、DJ、MCと八面六臂の活躍をした菅野さんのエネルギッシュな姿。3月には「菅野祐悟スプリングコンサート2020」も予定されているので、ファンはお聴き逃しなく。
https://one-music.jp/images/information/2020springchirashi.pdf


 今回は菅野祐悟が『PSYCHO-PASS|2』と同時期に手がけた『ガンダム Gのレコンギスタ』の音楽を取り上げたい。
 『PSYCHO-PASS』は昨年10月からTVシリーズ第3期『PSYCHO-PASS|3』が放送され、『Gのレコンギスタ』も昨年11月から劇場版全5部作の公開が始まった。その音楽は対照的だ。『PSYCHO-PASS』は電子サウンドと生音をブレンドした緊張感に富んだ音楽。いっぽう、『Gのレコンギスタ』は生楽器中心のオーソドックスなスタイルの音楽である。『PSYCHO-PASS』は新作が作られるたびに音楽をアップデートしているのに対し、『Gのレコンギスタ』は最初のTVシリーズで作られた音楽をそのまま使い続けている。しかし、それが全然古くなく、今聴いても瑞々しく聴こえる。

 『ガンダム Gのレコンギスタ』は2014年10月より2015年3月まで放送されたTVアニメ作品。富野由悠季監督が『∀ガンダム』(1999)以来15年ぶりに手がけるTVシリーズの『ガンダム』として話題になった。
 舞台は宇宙世紀が終焉して1000年後の未来、リギルド・センチュリー(R.C.)1014年。軌道エレベータを守る防衛隊キャピタル・ガードの候補生ベルリ・ゼナムは、初めての実習中に謎のモビルスーツ・G‐セルフとそのパイロットの少女アイーダを捕獲する。アイーダに運命的な絆を感じたベルリは、やがてG‐セルフのパイロットとなり、アイーダとともに、地上と宇宙に散らばる勢力が入り乱れる宇宙戦争に巻き込まれていく。
 全26話のシリーズに収まりきらないほどのドラマと設定が盛り込まれた作品だ。放送当時は「わかりにくい」という声もあった。ちょっとした描写やセリフにも意味があり、ボーッとながら見していると置いていかれる。しかし、筆者はかなり好きである。高密度のドラマと映像が独特のドライブ感を生んで、それに身をまかせているだけでも心地よい。次世代のガンダムを作り出そうという意欲が画面から伝わってくる。
 音楽の菅野祐悟は、これが初のガンダムシリーズへの参加。富野由悠季監督とも初仕事である。『Gのレコンギスタ』が放送された2014年、菅野祐悟は『PSYCHO-PASS|2』以外にも『ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース』、NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』といったビッグタイトルを手がけている。2004年にTVドラマ『ラストクリスマス』で本格的に映像音楽デビューしてから10年。サウンドトラックの作曲家として脂が乗り、大きな成長を遂げた記念すべき年だ。
 富野監督によれば、『Gのレコンギスタ』は「脱ガンダム」をめざした作品。その音楽を書く作曲家として「次の方向性を探している作家」を探した結果、見つけたのが菅野祐悟だった。実際、菅野祐悟は常に最先端のサントラを模索し続けている作曲家。その人選に間違いはなかった。
 菅野祐悟の音楽作りは富野監督への取材から始まったという。メニュー表の1曲1曲に対して「根掘り葉掘り取材をした」(サントラ盤解説書所収の対談より)。しかし、そこは富野監督のこと。ストレートな答えが返ってくるとは限らない(実際、富野監督は「はじめのメニューなんてダミーでしかない」と発言している)。菅野祐悟が全曲デモを作って提出すると、監督から1曲ずつ丁寧な直筆の手紙が返ってきた。
 初回メニューで作った曲数はおよそ70曲。さらに追加で20曲ほどが作られている。26話のTVシリーズの音楽としてはそうとう多い曲数だ。それは『Gのレコンギスタ』が内包するドラマの多面性の反映であり、音楽に託された期待の反映でもある。
 本作の音楽、宇宙戦争を扱ったガンダムシリーズの音楽としてはちょっと異色の印象を受ける。ロボットアニメに必須の戦闘曲やサスペンス曲も作られているが、そうした曲よりも、日常曲や心情曲が印象的なのだ。敵・味方の図式に染まらず、どこかエレガントで、聴いていて元気が出る音楽である。そこも『PSYCHO-PASS』とは対照的で、『Gのレコンギスタ』の音楽は同時代性よりも普遍性を意識した音楽だと筆者は感じた。

 本作のサウンドトラック・アルバムは放送終了後の2015年4月に「ガンダム Gのレコンギスタ オリジナルサウンドトラック」のタイトルでランティス(現バンダイナムコアーツ)から発売された。3枚組全85曲入りの充実盤である。
 収録曲は下記(ランティス商品ページ)参照。

https://www.lantis.jp/release-item/LACA-9390.html

 1枚目と2枚目のディスクが初回録音分。3枚目が追加録音分。続けて聴くと、初回録音と追加録音とで音楽が変化しているのがわかる。
 富野監督が付けた楽曲タイトルも注目だ。「虚空からこぼれる」「スコード教の高みよ」「マスクの下に顔をあるのか?」など、ひねりの効いたタイトルが満載。曲リストを見ているだけでイメージがふくらむ。
 1枚目の1曲目は番組タイトルと同じ「ガンダム Gのレコンギスタ」と名づけられた曲。本作のメインテーマである。ティンパニとシンバルの轟きから始まり、弦と金管の響きが新たなガンダムの物語の幕を開ける。ミステリアスな静寂を挟んで、躍動的なリズムと管弦楽によるメロディに展開。さらに弦が奏でる雄大な曲に転じる。コーダが「ジャン」と鳴ったあとに弦の後奏が続く余韻のある終わり方。大河ドラマのテーマ曲のようなドラマティックな構成と堂々たるサウンドの曲だが、これから何かが起こりそうな予感が胸に残る。
 第1話「謎のモビルスーツ」でベルリがG‐セルフを捕獲しようとする場面に流れるのがこの曲。戦闘の緊迫感よりも、ここから始まる出会いと未来を感じさせる演出である。メインテーマは第1話のラストにも流れて、新たな物語の始まりを印象づけている。
 1枚目のトラック3「虚空からこぼれる」は、第1話の冒頭、G‐セルフが宇宙から地球に飛来する場面に流れた曲。上下動する弦と金管のフレーズが緊迫感を高めるロボットアニメらしい曲だ。
 トラック5「ただ心のままに」、トラック6「キャンパスなんて」はベルリたちの日常を彩る曲。「キャンパスなんて」は転がるようなピアノの調べが特徴的だ。快活な曲想はよい意味でガンダムぽくなく、本作に明るい色彩を加えている。
 次の曲「躍動する色」は、スネアドラムとティンパニの上で弦合奏が躍るような旋律を描く華やかな曲。これもガンダムぽくない曲だ。第1話でベルリたちが宇宙実習に挑むシーンで使用。初めてモビルスーツで宇宙に出るベルリの胸の高まりを表現する。緊迫感のある曲が流れてもおかしくない場面だが、そこに明るく高揚感のある曲が流れるのが本作らしいところ。こういうところにも、「脱ガンダム」の意欲が感じられる。
 第1話で宇宙に出たベルリたちが宇宙海賊と遭遇する場面に流れたのがトラック8の「宇宙海賊」。重厚でクラシカルな表現で緊迫感を盛り上げる、映画音楽的な曲だ。続く戦闘シーンでは、トラック14の「三つ巴」が流れて虚空の闘いをスリリングに描写する。本作の代表的な戦闘曲として記憶に残る曲である。
 しかしながら、こうした効用音楽的な曲は本作の真骨頂ではない。「『Gレコ』らしいなあ」と感じるのは、サスペンス曲や戦闘曲よりも、明るく軽快な曲や小粋な日常描写曲なのだ。
 その代表が1枚目のトラック15「G‐セルフの青い空」。ファンファーレ風に始まり、管弦楽が爽やかで力強いメロディを奏でていく。G‐セルフはただの戦闘兵器ではなく、希望のメカだと音楽が主張している。トラック27「コア・ファイターと共に」も同じ方向性の曲である。
 トラック19に収録された「天気晴朗なり」はサックスのアドリブをフィーチャーしたジャジーで軽快な曲。第3話で宇宙海賊クリム・ニックが出撃するシーンに流れていた。先に登場した「宇宙海賊」よりもこちらの曲のほうが宇宙海賊のキャラクターをよく表している。
 日常曲では2枚目に収録された「我が家が呼んでいる」「鉢のチュチュミィ」「パパイヤは転がった」「軽やかに見せて」などが秀逸。ベルリたちのテンポのよい会話が聞こえてくるようだ。
 同じく2枚目に収録されている「巡り巡って」はエキゾティックな旋律とサウンドがユーモラスにも聴こえて印象に残る。
 アルバムの構成に目を向けると、2枚目の最後にアイキャッチの曲がまとめて収録されているのがうれしいところ。本作のアイキャッチはキャラクターが1人で躍る映像になっていて、キャラクター違いで8種類ある。それぞれ踊りの振り付けと曲が違う。手のかかった趣向である。
 アルバムの3枚目は追加録音曲。
 菅野祐悟によれば、1回目に書いた曲は肩に力が入りすぎてガチガチの音楽、言い換えれば振り幅の狭い音楽になってしまっていたという(それでも十分に魅力的なのだが)。
 追加録音では曲調もサウンドも初回録音とは色が変わり、世界観が広がった。宇宙、スペースコロニーと物語の舞台が拡大するのにも呼応している。
 アコースティックギター、ピアノなどのシンプルな編成で奏でられる「語り尽くされた事」「歩み寄る刻の長さ」「眠りはまだ?」、現代音楽的な手法を取り入れたサスペンス曲「宇宙に翼を」「偉大なる脅威」「大気層」、シンフォニックジャズ風の「ジット団」など、さまざまなスタイルが聴かれる。「語り尽くされた事」「遠い旅路」といったメインテーマをアレンジした曲が作られているのも特徴だ。
 ピアノがエレガントに奏でる小品「部屋数の多い家」は、筆者のお気に入りの曲のひとつ。また、ピアノと木管のアンサンブルから始まる「一緒に旅をしませんか?」は第22話のラスト、マスク大尉とマニィの再会の場面で流れた曲で、映画のエンディングに似合いそうな感動的な曲だ。もし、『Gのレコンギスタ』のコンサートが開催されるなら、大編成オーケストラによるダイナミックな曲だけでなく、小編成の心情曲や日常曲も手厚く演奏してもらいたい。

 さて、本作の音楽でもうひとつ忘れてはならない大きなポイントがある。菅野祐悟が主題歌の作曲を手がけたことである。
 菅野祐悟が歌モノを作曲するのは珍しい。過去の作品では、劇中音楽を菅野祐悟が担当しても、主題歌は別の作曲家が担当することがほとんどだった。
 本作では、全話を通して使用されたエンディングテーマ「Gの閃光」と第14話から流れる2代目オープニングテーマ「ふたりのまほう」の2曲を菅野祐悟が作・編曲している。これが、どちらもいい曲なのだ。
 「Gの閃光」は「元気」がキーワードになった明るく軽快な曲。富野監督(=井荻麟)の詩をもらった菅野祐悟は、読んですぐにメロディが浮かび、詩を一字一句変えることなく15分くらいで書き上げたという。本作に込められたメッセージをストレートに表現した名曲で、筆者は聴いて一発で好きになった。『Gのレコンギスタ』の最終話のラストもこの歌で締めくくられている。
 「ふたりのまほう」は、『アナと雪の女王』の日本語版主題歌など多彩なジャンルで活躍する歌姫May J.が歌唱する曲。May J.が歌うことは決まっていて、菅野祐悟は「どんな曲を書けば正解なのか?」と悩んだという。結局、自分なりの曲を書くしかないと覚悟を決めてできたのが今の曲だった。
 ピアノだけのイントロ、ミュージカルナンバーのような華のある曲調。初めて聴いたときは意表を突かれた。が、『Gのレコンギスタ』のオープニングとしてはありだ。聴くほどに味わい深くなる、魅力の尽きない曲である。菅野祐悟自身、この曲は「刷り込み型の曲」と語っている。サントラ盤にはバイオリンが旋律を奏でるインストゥルメンタル・バージョンも収録されていて、そちらを聴くとよりいっそう、作品への親和性を感じることができる。

 『ガンダム Gのレコンギスタ』の音楽は、作曲家・菅野祐悟が富野監督とガンダムと出会い、化学反応を起こして生まれたような作品だ。
 シリアスなサスペンス曲や戦闘曲がロボットアニメ的な見せ場を盛り上げるいっぽうで、人間のぬくもりを感じさせるシンプルな音楽がドラマに厚みを与える。この構造はファーストガンダム=『機動戦士ガンダム』の渡辺岳夫・松山祐士の音楽と同じである。実は渡辺岳夫は『機動戦士ガンダム』で『アルプスの少女ハイジ』みたいなやさしい曲調の日常音楽も書いている。が、本編では使用されずに終わった。『Gのレコンギスタ』なら、その使われなかった曲にも出番があっただろう。
 そう考えると、『Gのレコンギスタ』はまぎれもなく『機動戦士ガンダム』の後継、ファーストガンダムでできなかったことを音楽面でも実現した作品なのである。菅野祐悟の音楽には、たしかにガンダムの遺伝子が受け継がれている。

ガンダム Gのレコンギスタ オリジナルサウンドトラック
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