COLUMN

第114回 地平線のかなたへ 〜トム・ソーヤーの冒険〜

 腹巻猫です。9月17日(日)に『超時空要塞マクロス』35周年、羽田健太郎没後10年を記念したコンサート「超時空管弦楽」が東京国際フォーラムで開催されます。『超時空要塞マクロス』に的を絞った本格的なコンサートはこれが初めて。リン・ミンメイ役の飯島真理やオリジナル・レコーディング・メンバーの直居隆雄(ベース)も参加するとあって、マクロスファンならずとも聴き逃せません。詳細は下記を参照ください!
http://macross.jp/special/orchestra2017/

 服部隆之(前回)を取り上げて、父上の服部克久を忘れるわけにはいかない。作曲家・服部良一の長男として生まれた服部克久は、作・編曲家、音楽プロデューサーとして現在も第一線で活躍する日本ポップス界の大御所のひとりである。
 服部克久は1936年、東京生まれ(誕生日は昭和11年11月1日と1並び)。6歳でピアノを始め、高校卒業後パリ国立高等音楽院に留学。1958年秋に帰国し、日本テレビの「ハニー・タイム」で作編曲家としてデビューした。以来、TV・劇場作品の音楽やポップスの作編曲、ステージ音楽、オリジナル・アルバム等で活躍。宮川泰や前田憲男らとともに日本のポピュラー音楽の発展期を支えた。売れっ子の頃は年間3000曲を手がけ、これまで書いたスコアは6万曲にもなるという。
 父・服部良一は「別れのブルース」「蘇州夜曲」「湖畔の宿」「東京ブギウギ」「青い山脈」などを作曲した昭和を代表する作曲家。しかし、服部克久は流行歌の作曲家になろうとは思わなかった。歌づくりよりもサウンドに魅力を感じて、ポップスオーケストラに境地を拓いた。1993年には国内唯一のプロのスタジオ・ミュージシャンによるオーケストラ「東京ポップスオーケストラ」を結成し、国内外で演奏活動を行っている。
 代表作に「新世界紀行」(1987-1992)テーマ曲「自由の大地」、「ザ・ベストテン」(1978-1989)テーマ曲、TVドラマ「光速エスパー」(1967)、「江戸の旋風II」(1976)、NHK連続テレビ小説「わかば」(2004)、劇場作品「連合艦隊」(1981)の音楽など。1983年からスタートしたオリジナルアルバム「音楽畑」のシリーズは2014年に21作目を数え、ライフワークとなっている。
 アニメでは、『トム・ソーヤーの冒険』(1980)を皮切りに、TVアニメ『愛の学校クオレ物語』(1981)、『ワンワン三銃士』(1981)、『家なき子レミ』(1996)、『星界の紋章』(1999)、『無限のリヴァイアス』(1999/M.I.D.と共作)、『アルジェントソーマ』(2000/DJ K. HASEGAWAと共作)、劇場版『北斗の拳』(1986)などの音楽を担当。
 今回は、服部克久が初めて手がけたTVアニメ作品『トム・ソーヤーの冒険』を取り上げよう。

 『トム・ソーヤーの冒険』は、「世界名作劇場」第6作として1980年1月から12月まで放映された日本アニメーション制作のTVアニメ作品。マーク・トウェインの同名小説をもとに『あらいぐまラスカル』『ペリーヌ物語』の斎藤博監督が映像化した。
 本作以前の「世界名作劇場」の主人公はいわゆる“いい子”が多かった。それに対し、トム・ソーヤーはいたずら好きで学校を抜け出したりするわんぱくなキャラクター。関修一によるキャラクターデザインも表情豊かで親しみやすく、「これまでの世界名作劇場となんか変わったな」という印象を受けた。
 音楽も新鮮だった。渡辺岳夫、坂田晃一、三善晃、毛利蔵人らが手がけた過去のシリーズの音楽は文芸路線とも呼べる落ち着いた雰囲気のもの。本作の音楽は動的で軽快、ぐっとポップス寄りになっている。本作からレコードの発売メーカーが日本コロムビアからキャニオンレコード(現・ポニーキャニオン)に移ったこともサウンドの変化を後押ししていた。キャニオンレコードは本作から10年間にわたって「世界名作劇場」の音楽商品をリリースしていくことになる。
 服部克久はカントリー&ウェスタンやジャズの要素を取り入れて、舞台となる19世紀アメリカの雰囲気を表現。当時はなかったロックンロールやオールディーズ風のサウンドも加えて、現代的な音楽を創り出した。「世界名作劇場」の新たな音楽イメージを打ち立てた作品である。
 本作の音楽アルバムは1980年4月に『トム・ソーヤーの冒険』のタイトルで発売された。このアルバムはオリジナルのままの内容ではCD化されたことはない。1999年に東芝EMIから「懐かしのミュージッククリップ トム・ソーヤーの冒険」が発売されたが、レコードサイズの歌4曲以外は収録内容は異なっていた。
 今回は放映当時発売されたアナログレコード盤を紹介しよう。キャニオンレコードがアニメ音楽に本格参入するきっかけになった記念すべきアルバムである。収録内容は以下のとおり。

  1. 誰よりも遠くへ(歌:日下まろん)
  2. セントピーターズバーグの夜明け
  3. ぐうたらマン・ハック(歌:スラップスティック、日下まろん)
  4. トム・ソーヤーはよんでいる
  5. 恋するベッキー(歌:潘恵子)
  6. 星の恋人
  7. はるかなる蒸気船
  8. 行こうぜ兄弟!(歌:日下まろん)
  9. いたずら行進曲(マーチ)
  10. 地獄のジョー(歌:若子内悦郎)
  11. 冒険と友情
  12. ぼくのミシシッピー(歌:日下まろん)

 レコードではトラック6までがA面、以降がB面になる。作編曲は全曲、服部克久が担当している。
 歌6曲とBGM6曲を収録した歌と音楽集。歌とBGMを交互に配した構成は日本コロムビアやキングレコードの商品と異なる独特のスタイルだった。同時期にビクターから発売された『ニルスのふしぎな旅』も同様の構成で、以降、この形式はアニメ音楽アルバムのフォーマットのひとつとして定着していく。
 BGMはすべてステレオ録音。短い曲を1トラックに編集したものではなく、アルバム用に2分〜4分ほどの長尺の曲を録音したものである。のちの「懐かしのミュージッククリップ」には放映用のモノラル音源が収録されたので、このレコードのみで聴けるステレオ音源は貴重だ。
 オープニング主題歌「誰よりも遠くへ」とエンディング主題歌「ぼくのミシシッピー」の作詞を手がけたのは、今年7月に亡くなった作詞家・山川啓介。山川はTVアニメ『キャプテン・フューチャー』の主題歌「夢の舟乗り」や劇場版『銀河鉄道999』の主題歌「銀河鉄道999(Galaxy Express 999)」(奈良橋陽子と共作)で少年の心の成長をテーマにしたすばらしい詩を提供している。
 本作の歌詞もみごとだ。オープニングでは少年のまだ見ぬ世界へのあこがれを強く打ち出し、エンディングではこれから人生に漕ぎ出していく少年たちの希望と勇気を歌い上げる。どちらの歌も、ただやみくもに夢を語るのではなく、少年が心に秘めたさびしさ(トムの実の両親は亡くなっている)、今はかなわないけれどいつか……という切ない心情が歌いこまれているのが胸にしみる。
 オープニング曲「誰よりも遠くへ」は浮遊感のある飛び跳ねるようなイントロからスタート。どこか懐かしいカントリー風の曲調でトムの冒険心を描き出す。途中、ふとさみしい心情が顔を出す部分にペーソスただようメロディと伴奏を配して絶妙のアクセントにしている。最後はウェスタン調の元気なコーダで締めくくる。「世界名作劇場」主題歌の中でも根強い人気を誇る名曲である。
 歌手の日下まろんはレコーディング当時14歳の中学生。当時の月刊アニメージュには4人の候補からオーディションで選ばれてこの歌でデビューを飾ったと顔写真入りで紹介されている。本作のあと『ワンワン三銃士』でも主題歌を歌っているが、その後の活躍は確認できていない。まだ色のついていない真っ白で飾り気のない歌声が『トム・ソーヤー』という題材にぴったりだった。
 トラック2「セントピーターズバーグの夜明け」は「懐かしのミュージッククリップ」に収録されたBGM「M-33」のロングバージョン。地平線に差す光をイメージさせるギターとシンセによる導入部からポップスオーケストラによる美しい情景描写曲に展開する。第1話冒頭の場面など、タイトル通りに夜明けのシーンにたびたび選曲されている。
 トラック3「ぐうたらマン・ハック」はトムの親友ハックルベリー・フィンのテーマ。ハックの声は『未来少年コナン』のジムシー役で好評を得た青木和代が担当しているが、本曲は青木ではなくスラップスティックと日下まろんが歌っている。
 エレキギターのリフに続いてサックスが軽快に歌い出すイントロに心をつかまれる。ブギウギ調のリズムが楽しいロックンロール風の曲である。
 スラップスティックは70年代後半にデビューした5人の声優で結成されたバンド。本作当時は曽我部和行、古川登志夫、野島昭生、古谷徹、三ツ矢雄二がメンバーだった。スラップスティックのアルバムはすべてキャニオンレコードから発売されており、本曲への参加もその流れだろう。
 トラック4「トム・ソーヤーはよんでいる」は「誰よりも遠くへ」をディキシーランド・ジャズ風にアレンジした曲。BGM「M-8」のロングバージョンである。第1話でトムが学校から脱走してハックと遊びに行く場面など、2人の愉快な活躍シーンによく選曲されている。アドリブをまじえたはじけた演奏がトムとハックの破天荒なキャラクターにぴったりだ。
 トラック5「恋するベッキー」はトムのガールフレンド・ベッキーのテーマ。ベッキー役の潘恵子が歌う、本アルバムのハイライトともいうべき曲である。
 女声コーラスがふんだんに入ったオールディーズ風のノリのよい曲調。お嬢様だけど失敗したり、やきもちを焼いたりするベッキーの愛くるしいキャラクターがみごとに曲で表現されている。そこに潘恵子のチャーミングな歌声が合体したとき、なんともキュートな、それまでのアニメソングにない破壊力を持った歌が生まれた。「演じて歌えるアイドル声優」の誕生を告げる歌である。
 1977年に『サザエさん』でアニメ声優デビューした潘恵子は、『超人戦隊バラタック』(1977)のヒロイン・ユリ、『女王陛下のプティアンジェ』(1977)の主人公アンジェなどを演じたあと、『機動戦士ガンダム』(1979)のララァ役で注目を浴び、本作放映当時は人気が急上昇していた。
 歌手経験のない潘恵子に「歌ってみて」と声をかけたのは服部克久だった。レコーディング時、隣のスタジオには同じ年の6月に「哀愁でいと」でレコードデビューする田原俊彦がいたという。潘恵子の歌声に可能性を感じたキャニオンレコードは「恋するベッキー」はシングルカットして発売。これが潘恵子の歌手デビューになった。  潘恵子はこのあと、『新竹取物語 1000年女王』イメージソング「星空のメッセージ」、『ふしぎな島のフローネ』主題歌、『アルプス物語わたしのアンネット』主題歌などをキャニオンレコードから相次いでリリース。ソロアルバムも4枚リリースし、歌手としても活躍の場を広げていく。アイドル声優の登場は1990年代という説もあるが、筆者は潘恵子こそアイドル声優第一号だと思っている。
 余談ですが、筆者も1981年当時、潘恵子のデビューアルバムを買いました。タイトルがずばり「潘恵子」。それまで歌謡曲やアイドル歌手のレコードを買ったことがなかったので、アイドルのアルバム風に作られたこのレコードは、聴くたびにちょっとこそばゆかったのを覚えています。
 トラック6「星の恋人」はいかにも服部克久らしい、上質のイージーニスリング風のロマンティックな楽曲。キラキラしたサウンドとムードのあるサックスの響き。曲の後半ではストリングスが豊かに歌い、恋人たちの語らいを見守るかのよう。本編ではこういう大人びた雰囲気の曲は活躍の機会がなかったが、トムとベッキー、メアリーとアーサーなど、恋人たちの姿を思い浮かべながら聴いてみたい曲である。
 エルマー・バーンスタイン風のダイナミックな導入部から始まるトラック7「はるかなる蒸気船」はBGM「M-37」のロングバージョン。ウェスタン調のAパートから流麗なストリングスによるBパートを経て、エレキギターがソロを聴かせるクロスオーバー・サウンド風のCパートへと展開。変化に富んで飽きさせない。
 タイトルは「はるかなる蒸気船」だが、セントピーターズバーグに気球が飛んでくる第34〜37話のエピソードで使用されたのが印象深い。ミシシッピー川の上空に気球が現れるシーンをはじめ、トムが夢の中で気球に乗って空を飛ぶシーン、技師のアーサーが気球に乗ってセントピーターズバーグを去るシーンなど、気球がらみの場面に繰り返し使用されている。地平線の向こうへの旅をイメージさせる雄大な曲である。
 日下まろんが歌う「行こうぜ兄弟!」も山川啓介の作詞。トムやハックの何ものにも縛られない自由な心をテーマにした明るい曲調の歌だ。
 次の「いたずら行進曲」はタイトルどおりのユーモラスなマーチ。BGM「M-9」のロングバージョンで、第3話でトムが仲間たちとロビン・フッドごっこに興じる場面などに使用されている。「トム・ソーヤーはよんでいる」とともに、本作のユーモラスな面を代表する楽曲のひとつ。
 トラック10「地獄のジョー」は悪漢インジャン・ジョーをテーマにしたマカロニウェスタン調の曲。歌手の若子内悦郎は1960年代にGSバンド、ザ・バロンのメンバーとしてデビュー。「ヤング101」を経て、芹澤廣明とのデュオ、ワカ&ヒロを結成して活躍した。その後、スタジオワークを中心に活動。アニメソング関連では「謎の円盤UFO」(1970)のイメージソングや若木ヒロシ名義で歌った「サンダーマスク」(1972)の主題歌、ちのはじめ名義で歌った『はじめ人間ギャートルズ』(1974)エンディング主題歌「やつらの足音のバラード」などで知られている。
 本曲は第三者の視点からインジャン・ジョーを歌った歌で、劇中では得体の知れない恐ろしい人物として描かれているジョーを、妙にカッコいい曲調の歌に仕上げているのが面白い。
 トラック11「冒険と友情」はクロスオーバー風のポップなナンバー。未知の世界へ歩み行っていくようなファンタジックな導入部に続いて、ストリングスのスマートなメロディがリズムに乗って登場する。木管とミュートした金管によるしゃれた間奏を挟んで2コーラスめに突入。コーダはエレキギターのアドリブが入って大人びた雰囲気で締めくくられる。
 3分を超える聴きごたえのある演奏だが、「星の恋人」同様に劇中では活躍の場面がなかったのが残念。トム・ソーヤーの世界を広げる音楽アルバムならではの聴きどころである。
 最後はエンディング主題歌「ぼくのミシシッピー」。郷愁を誘うメロディと味わい深い歌詞。蒸気船を追いかけて川岸を走るトムとハックの映像が目に浮かぶ。主題歌とともに人気の高い名曲である。

 服部克久は2009年にリリースしたデビュー50周年記念アルバム「服部克久」に「誰よりも遠くへ」を新録音して収録している。数多い仕事の中でも思い出の作品のひとつなのだろう。
 ジャズからカントリー&ウェスタン、オールディーズ、クロスオーバーまで、さまざまな音楽スタイルを聴かせる「トム・ソーヤーの冒険」は、子どもたちにポップスオーケストラの魅力を伝える好アルバムである。アルバムそのままの復刻、そして、「懐かしのミュージッククリップ」に未収録のBGMを含めた完全版サントラの発売が待望される作品だ。
 キャニオンレコードは本作のあと、『うる星やつら』『パタリロ』『北斗の拳』『タッチ』『ハイスクール!鬼面組』『めぞん一刻』など、人気作・話題作の音楽アルバムを次々リリースして、日本コロムビアともキングレコードともビクターとも異なる路線でアニメ音楽の地平を切り開いていく。アニメ音楽史の転換期を知る上でも、忘れてはならない1枚である。

懐かしのミュージッククリップ トム・ソーヤーの冒険
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日本アニメーション 世界名作劇場 主題歌・挿入歌大全集I
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服部克久
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