COLUMN

第115回 おかしくも切なく愛おしい 〜中二病でも恋がしたい!〜

 腹巻猫です。9月13日に「女王陛下のプティアンジェ 音楽集」が発売されました。マンガ家・吾妻ひでおも愛した美少女探偵アニメ(1977年放送)の初の音楽集です。音楽は小林亜星×筒井広志の黄金コンビ! 『花の子ルンルン』や『超電磁ロボ コン・バトラーV』をほうふつさせて昭和アニメファン必聴です。
http://www.amazon.co.jp/dp/B074TGMZ5P/


 また、9月23日(土)に蒲田studio80でサントラDJイベント「Soundtrack Pub【Mission#32】」を開催します。テーマは「80年代アニメサントラ群雄割拠時代〜ビクター編Part II」。前回に続いて80年代ビクターアニメ音楽をふり返ります。ぜひ、ご来場ください!
http://www.soundtrackpub.com/event/2017/09/20170923.html

 この夏に観た劇場アニメの中でひときわ心に残ったのが『きみの声をとどけたい』だった。
 90分ほどのコンパクトな作品ながら、青木俊直がデザインしたキャラクター、新人発掘オーディションで選ばれた声優たちの瑞々しい演技、「コトダマ」をキーワードにした物語などが好印象で、じわじわと胸にしみてくる。
 ストーリーの中で重要なモチーフになっているのが音楽だ。背景に流れる劇中音楽(BGM)やラジオから流れる曲、主人公たちが歌う歌などが作品の爽やかな印象を後押ししている。
 本作の音楽を担当したのが松田彬人。『響け!ユーフォニアム』の音楽などで知られる作曲家である。以前は「虹音(にじね)」という名前(ソロユニット名)で活動していた。
 不覚にもわたくし、『きみの声をとどけたい』のパンフレットを読んで初めて松田彬人と虹音が同一人物だと知りました。それで、はたとひざを打った次第。
 というのも、虹音の作る音楽に以前から注目していたのです。

 虹音=松田彬人は1982年生まれ、大阪府出身(とプロフィールの多くではなっているが、本人のFacebookでは奈良県出身と記されている)。高校生時代からDTMに取り組み、大阪の音楽専門学校に進学。在学中にプロデビューを果した。アイドルやゲームへの曲提供を経て、TVアニメ『ぴちぴちピッチ ピュア』(2004)の挿入歌「MOTHER SYMPHONY」で初めてアニメソングを手がける。以降、ゲーム音楽、アニメ音楽を中心に活躍。虹音の名でTVアニメ『Gift eternal rainbow』(2006)、『アイドルマスター XENOGLOSSIA』(2007)、『こどものじかん』(2007)、『喰霊 —零—』(2008)などに楽曲を提供。アレンジャーとしても多くのアニメソングのアレンジを任されている。
 劇中音楽を担当するのは2009年放送のTVアニメ『アキカン!』が皮切りだろうか。『初恋限定。』(2009)、『バカとテストと召喚獣』(2010)、『そふてにっ』(2011)、『ましろ色シンフォニー』(2011)、『夏色キセキ』(2012/伊藤真澄と共作)、『中二病でも恋がしたい!』(2012)などの音楽を担当して実力を示した。
 2012年12月27日にSNSで本名を公表。これからは松田彬人の名で活動していくと宣言した。それまで名前と作品の印象から虹音=女性だと思っていた人もいたらしく、けっこうな衝撃だったようだ。
 松田彬人としては、『ディーふらぐ!』(2014)、『のうりん』(2014/菊谷知樹と共作)、『僕らはみんな河合荘』(2014)、『グラスリップ』(2014)などの音楽を手がけたのち、『響け!ユーフォニアム』(2015)で注目を集めた。少女の日常を描く作品が多かったが、近年は『最弱無敗の神装機竜』(2016)、『ゼロから始める魔法の書』(2017)などファンタジー作品にも活躍の場を広げている。最新作『天使の3P!』(2017)が放映中だ。
 根っからのアニメファンだという松田彬人は、学生時代からずっとアニメ番組を想定した曲づくりをしていたという。松田が少年期を過した80年代〜90年代は、アニメ音楽が多様化し、新しい作家が次々と登場してきた時期。ちょうどバブル期を挟んで、アニメの音楽予算も増えていた。第一線のアーティスト、プレイヤーが作り上げたアニメ音楽を浴びて松田彬人は育ったのだ。まさにアニメ世代の作曲家である。
 今回は松田彬人が虹音の名で手がけた『中二病でも恋がしたい!』を取り上げよう。

 『中二病でも恋がしたい!』は2012年に放送されたTVアニメ作品。京都アニメーション大賞の奨励賞に選ばれた虎虎の同名小説を原作に、『涼宮ハルヒの憂鬱』(2006)の石原立也が監督、京都アニメーションの制作でアニメ化された。2013年には劇場版が公開され、2014年にTVアニメ第2期を放映、2018年1月には新作劇場版の公開が予定されている。
 中二病とは思春期を迎えた中学2年生の頃にかかってしまう恐ろしくも愛すべき病。過剰な思い込みや夢想で空想のキャラになりきったり、おかしな行動を取ってしまうというものだ。
 主人公は中二病だった過去を封印して明るい高校生活を送ろうとしている少年・勇太と高校生になっても中二病を発症中の少女・六花。2人の出逢いと恋の進展を軸に、個性的な同級生や先輩、下級生らを巻き込んだおかしくも切ない高校生活が描かれる。中二病ならではの妄想バトルがアニメーションならではの表現で描かれるのが見どころだ。
 本作以前に少女を主人公にした学園ものアニメを多く手がけている虹音=松田彬人は、その経験を生かして明るいタッチの日常音楽や繊細な心情描写音楽を提供。さらに中二病の妄想を描くファンタジックで壮大な楽曲を加えて作品世界を音楽で表現した。虹音=松田としても、ひとつ突き抜けた、新境地を拓く作品となったのではないだろうか。
 サウンドトラック・アルバムは2013年1月にランティスから2枚組で発売された。
 トラック数が多いので収録内容は下記を参照されたい。

http://www.amazon.co.jp/dp/B009S8D46M/

 2枚組61曲収録のボリュームがうれしい。本編未使用曲も含めて、本作のために作られた楽曲のフルバージョン全曲が収録されているようだ。
 1枚目はオープニング主題歌で始まり、2枚目はエンディング主題歌で終わる構成。2枚を通して本編の物語を音楽で再現する流れになっている。
 1枚目はオープニング主題歌のTVサイズに続いて「Welcome to the Chu-2 byo world!」という曲からスタート。はねたリズムに乗せて明るい音色のシンセが楽しげなメロディを奏でる。『中二病』ワールドの開幕を告げる曲だ。第1話の本編冒頭で勇太が高校の入学式に向かう場面で流れている。
 次は「中二病とはなんぞや」と題されたラテン風の軽快な曲。第1話のアバンタイトルで大塚芳忠が「中二病とは」と説明するバックに流れた曲のフルバージョンである。実際にはギターとパーカッションのみのバージョンが使用された。中二病の狂熱とほろ苦さをちょっと哀愁を帯びた陽気な曲調で描いているのが秀逸。
 トラック4は「神秘の少女との出逢い」。タイトル通り、勇太がマンションのベランダで六花と初めて出会う場面に流れた幻想的な曲である。六花が中二病だと見抜いて警戒する勇太だが、六花は勇太の中二病の過去を知っていた。こうして、物語は動き出す。
 トラック5からは勇太と六花を中心にした学園コメディ的な曲が並ぶ。ピアノとリズムセクションが奏でる「憧れの普通生活よ」、クラリネットのメロディがユーモラスで愛らしい「Cute and chu-2 byo」、コミカルな「comical boys」「上手く行かないこともあるってもんで」「ガッカリ学生時代」「おいおい、大丈夫か?」など。ひねりの効いた曲名の付け方もうまい。
 そんな中異彩を放っているのが中二病の妄想描写に使われた曲である。
 「The Dark Hero」は第1話で六花が勇太に眼帯の下の目を見せようとする場面や第2話で六花が姉・十花の恐ろしさを語る場面などに流れた曲。チェンバロと細かく刻む弦の響きがゴシック的な香りを漂わせる。ファンタジー作品を思わせる華麗なイメージの曲で、六花の妄想世界と現実との対比を際立たせている。
 3種類収録された「魔王降臨」は悪魔的な雰囲気を持つ短いブリッジ。
 そして「妄想凸守旋律」は六花を慕う女子中学生・凸守の妄想世界を表現する曲。ロボットアニメ音楽のパロディ的な曲調になっていて笑いを誘う。アニメファンを自認する虹音=松田の趣味が表れた楽曲だろう。
 筆者は「夕暮れと寄り添う感情」というピアノとアコースティックギターによるやさしい曲が気に入っている。勇太が六花を心配する場面や2人の距離が近づいていく場面によく使用された曲で、とりわけ印象深いのは第9話で校舎の屋根から落ちそうになった六花を勇太が助け、六花が勇太に抱きつく場面。温もりのあるメロディから、勇太への気持ちを意識し始めた六花の心情が伝わってくる。
 1枚目のラストに置かれた「そして明日も中二病は続くのであった」は第6話までのエンディング曲として定番のように使用された曲。アコースティックギターとピアノを中心にした明るいミドルテンポの曲で、学園青春もののエンディングにはぴったりという曲調だ。
 2枚目はがらっと雰囲気が変わって、4種類の「妄想バトル」と題された曲から始まる。いずれも六花の妄想バトルを想定した曲。凸守の妄想曲と違って、こちらはシリアスで本格的なファンタジー音楽のように作られている。中でも、緊迫したピアノと弦のフレーズから始まる「妄想バトル 〜カタルシス〜」は激しいバトルをイメージさせるテンションの高い曲で、使用頻度も高く記憶に残る。
 本作の音楽打ち合わせの際、虹音=松田は石原監督から「印象に残る音楽」「主張する音楽」を求められ、「劇伴という枠にとらわれず冒険してほしい」と言われたそうだ。妄想バトルの曲はまさにそのねらいがはまった印象がある。ここまで突き抜けた曲だからこそ、六花の妄想の本気度が伝わってくるし、物語後半になると、妄想に逃げ込む六花の心の痛みが観る者の胸に刺さってくる。
 2枚目は第7話以降の展開に合わせ、勇太や六花の心の揺れを描く曲が多くなる。
 ピアノとバイオリンによる「すれ違う心と心」は深い哀しみや苦悩を表現する曲。第11話のラストで凸守が勇太に六花の気持ちを訴える場面や最終話で六花がもう戻ってこないつもりだと知った勇太が飛び出していく場面などに使われた。
 そのあと、劇中の重要なシーンに流れた挿入歌「始まりの種」(第8話)、「君のとなりに」「見上げてごらん夜の星を」(第10話)が、物語の流れに沿って収録されているのもいい構成だ。
 トラック12「悲しき妄想バトル」は第11話で六花を引き留めようとする凸守が六花に闘いを挑む場面で流れた曲。次の「悲しき妄想バトル 〜piano〜」は勇太と凸守が田舎へと旅立って行く六花を見送る場面に流れ、凸守の切ない心情を鮮烈に表現している。
 勇太と六花の物語はいよいよクラマックスへ。ここからは本編を観ていたファンなら泣ける絶妙の構成だ。
 トラック14「手放したものを取り戻しに」は最終話で勇太がくみん先輩から六花が自分を選んだ理由を聞かされる場面に流れた弦とピアノの曲。スリリングな曲調で勇太の乱れる気持ち、迷い、決意へと変る心情が描かれる。
 次の「想う者同士の再開」は六花を迎えに行った勇太の胸に六花が飛び込んでくる場面、それに続く2人の逃避行の場面に流れた。ピアノと弦による淡々とした導入から曲調が変わり、大きなうねりを持ったメロディで2人の心が通いあうさまを表現。終盤はロマンティックな曲調に展開し、希望を感じさせて終わる。本アルバムに収録されたBGMの中でももっとも長い、聴きごたえのある1曲である。
 ブックレットのコメントで虹音が特に思い入れのある曲として挙げているのが次の曲「それは本当にあったんだ」。上記の場面に続いて勇太が六花に「不可視境界線」を見せる場面に使われた。ピアノと弦、フルートが神秘的で美しいアンサンブルを聴かせる。現実とフィクションが重なり合う感動的な場面を彩った印象深い曲である。
 次のトラック17「理解と愛情と優しい眼差し」は1枚目の「夕暮れと寄り添う感情」とともに筆者が好きな曲。これもピアノと弦による美しいナンバーで、六花や勇太にやさしく寄り添うような愛情に満ちたメロディがじんわりと心に響く。第9話で六花が勇太のことを意識し始める場面や第11話で勇太が中二病から卒業しようとする六花の心情を気遣う場面、最終話で勇太が過去の自分から届いた手紙を読んで迷っていた気持ちを振り払う場面など、重要なシーンにたびたび選曲された。虹音=松田彬人の創り出す音楽のロマンティックな一面を代表する、しみじみとよい曲だと思う。
 そして、トラック18は最終話のラストシーンに流れた「恋は続いていく」。勇太と六花の未来を祝福するような慈しみに満ちた曲調が胸を打つ。この曲をはじめ、最終話に使用されたいくつかの曲は、このエピソードのために作られた曲なのだろうか。そう思うしかないほど、映像にぴたりと合い、すぐれた映画音楽のような感動を与えてくれる。
 アルバム2枚目のトラック19以降はボーナストラック的な内容で、PV用の楽曲や劇中に流れるゲームの音楽、映画のBGM、アイキャッチ曲などが収録されている。サントラではオミットされてしまうことが多いこうした楽曲がしっかり収録されているところに、ファンへの配慮を感じてうれしくなる。いろいろな面でファンの気持ちに沿った、よいアルバムだ。

 「痛い」とか「忘れたい過去」とか言われてしまう中二病だが、本作は中二病をコミカルに描きながらも、中二病をいたずらに恥じることはない、空想には人を救う力があると教えてくれる。虹音=松田彬人の音楽は思いきり振り切った曲調で中二病ワールドを描きつつ、勇太や六花たちへの視線はまっすぐで愛情に満ちている。中二病だった過去を持つ人もそうでない人も、このおかしくも切なく愛おしい音楽を味わってもらいたい。

中二病でも恋がしたい! オリジナルサウンドトラック
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