COLUMN

第106回 旅に出かけよう 〜ニルスのふしぎな旅〜

 腹巻猫です。5月21日に蒲田でサントラDJイベント、Soundtrack Pub【Mission#31】を開催します。特集は「80年代アニメサントラ群雄割拠時代(ビクター編)&松山祐士追悼」。1980年代のアニメサントラ群雄割拠時代をメーカーごとにふり返る新企画の第1弾・ビクター編です。お時間ありましたらぜひご来場ください!

「Soundtrakc Pub」公式ページ
http://www.soundtrackpub.com/event/2017/05/20170521.html


 今回はSoundtrack Pubのテーマにからめて、80年代ビクター・アニメサントラの第1弾となった作品『ニルスのふしぎな旅』を取り上げよう。
 ビクター——現在はビクターエンタテインメント、当時はビクター音楽産業という会社名だった。2007年よりアニメ部門が独立してフライングドッグという別会社になっているが、便宜上、フライングドッグもビクターの仲間に入れることにする。
 ビクター(フライングドッグ)といえば、『超時空要塞マクロス』(1982)に始まる「マクロス」シリーズや、『天空のエスカフローネ』(1996)、『カウボーイビバップ』(1998)、『創世のアクエリオン』(2005)等の菅野よう子作品、『機動戦士ガンダムSEED』(2002)、『ケロロ軍曹』(2004)など、ヒット作品を多く擁するアニメ音楽界の雄である。フライングドッグはこの3月にランティスなどとともに、ANiUTa(アニュータ)というアニメソング専門の定額聴き放題サービスを立ち上げて話題になった。
 しかし、アニメ音楽ビジネスへの本格参入では、日本コロムビア、キングレコードに次ぐ後発組だった。70年代には『ミュンヘンへの道』(1972)、『まんが世界昔ばなし』(1976)、『バーバパパ』(1977)、『ヤッターマン』(1977)、『ゼンダマン』(1979)等のレコードを発売しているが、まだアニメファンに注目されるメーカーではなかった。ビクターの躍進は、やはり『超時空要塞マクロス』以降だろう。
 しかし、『超時空要塞マクロス』にも前史となった作品がある。そのひとつが『ニルスのふしぎな旅』である。

 『ニルスのふしぎな旅』は1980年1月から1981年3月までNHKで放送されたTVアニメ作品。NHKオリジナルの連続TVアニメとしては『未来少年コナン』(1978)、『キャプテンフューチャー』(1978)に続く3作目(実写とアニメを組み合わせた『マルコ・ポーロの冒険』も数えれば4作目)となる作品である。
 原作はスウェーデンの女性作家セルマ・ラーゲルリョーブの同名児童文学。動物をいじめるいたずら好きの少年ニルスが妖精に罰を与えられて体を小さくされ、ガチョウのモルテン、ハムスターのキャロットとともに旅をしながら精神的に成長していく物語だ。制作は学研(現・学研グループ)。アニメーション制作を創立したばかりのスタジオぴえろ(現・ぴえろ)が担当した。今年(2017年)3月に廉価版のDVD-BOXが発売されている。
 チーフディレクターに鳥海永行、美術監督は中村光毅。タツノコプロ出身のスタッフが作り上げた丁寧な映像が心に残る。日本アニメーション制作の「世界名作劇場」とは異なったテイストの名作アニメとして記憶と歴史に刻まれる作品である。
 音楽は主題歌・挿入歌の作曲をタケカワユキヒデ、劇中音楽をチト河内が担当している。
 チト河内は1944年、福岡県出身。1967年に兄のクニ河内らとともにGSバンド、ザ・ハプニングス・フォーを結成してデビューした。のちにロックバンド、トランザムを結成して活躍。トランザムはTVドラマ「俺たちの勲章」(1975)、「俺たちの旅」(1975)、「俺たちの朝」(1977)、「俺たちの祭」(1977)等の音楽を担当し、70年代TV音楽ファンには「太陽にほえろ!」(1972-1986)の井上堯之バンドや「西遊記」(1978)のゴダイゴとともに記憶に残るグループだ。また、劇場アニメ『宇宙戦艦ヤマト 完結編』挿入歌「明日に架ける虹」の編曲と演奏・ボーカルも担当している。
 チト河内名義でかかわったアニメ作品には、TVアニメ『野生のさけび』(1982)(主題歌作曲)、劇場アニメ『ゆき』(1981)(主題歌とBGM作曲)、TVアニメ『あしたのジョー2』(1981)(後期主題歌の編曲)などがある。
 兄のクニ河内もアニメ作品を手がけていて、TVアニメ『グロイザーX』(1976)、『ドン・ドラキュラ』(1982)、『つるピカハゲ丸くん』(1983)等の主題歌を作曲している。先の『野生のさけび』の主題歌は、チト河内が作曲、クニ河内が編曲、『ゆき』の主題歌はクニ河内が作詞、チト河内が作・編曲という兄弟コラボ作品だ。
 本作の音楽アルバムは、1980年2月「ニルスのふしぎな旅 〜たのしいうたと音楽集〜」のタイトルでビクター音楽産業より発売された。1999年発売の2枚組CD「殿堂TWIN ニルスのふしぎな旅/スプーンおばさん」で全曲CD化されている。
 収録内容は以下のとおり。

  1. ニルスの不思議な旅(歌:加橋かつみ)
  2. ぼくはキャロット(歌:山崎唯)
  3. 鳥にのって(空とぶテーマ)
  4. わたしは歌う(スイリーのテーマ)(歌:松金よね子)
  5. 北をめざして(ガンの隊長アッカのテーマ)
  6. いつまでも友だち(歌:加橋かつみ)
  7. ワンダフル・アドベンチャー(歌:加橋かつみ)
  8. わんぱくニルス(歌:小山茉美)
  9. ねずみの行進
  10. 腹ペコ・レックス(歌:富山敬)
  11. ニルスの不思議な旅(英語)〈The Song to Nils〉(歌:加橋かつみ)
  12. つるの舞踏会

 歌8曲とBGM4曲の12曲入り。
 ジャケットにはキャラクターの絵が大きくデザインされ、インナーにもふんだんに絵が使われている。ニルスが一緒に旅をするガンの群れのメンバーや憎めない敵役レックスらが絵と説明つきで紹介されているのが、番組を見る子どもたちにはうれしいサービスだ。子ども向けを意識した作りだが、歌を担当する歌手と声優の顔写真が掲載されていたり、主題歌の英語版が入っていたりするのは、明らかに中高生のアニメファンを意識したところだろう。
 1曲目はオープニング主題歌。元ザ・タイガースの加橋かつみが歌う、フォークロック調の軽快な曲だ。
 12/8拍子のピアノのアルペジオから始まるイントロが地平線に昇る朝陽のきらめきをイメージさせる。途中から4拍子に転じてリズミカルになる仕掛けが「旅立ち」への期待を表現してすばらしい。短いブリッジが高揚感を高め、歌がスタートする。タケカワユキヒデ作品で「旅」を歌った曲といえば名作「銀河鉄道999(The Garaxy Express 999)」があるが、「999」に甘酸っぱい別れの哀愁があるのに対し、「ニルス」は新しい出逢いへのわくわく感に満ちている。「銀河鉄道999」に劣らぬ名曲である。
 この曲、TVサイズとレコードサイズとでずいぶん印象が違う。TVサイズはシンプルなバンドスタイルのアレンジと演奏。レコードサイズは音数が増えてテンポがやや遅くなっている。おそらくはTVサイズを先に録音したあと、レコード用に新たにアレンジを起こして録音し直したのだろう。同様の例は『ルパン三世』第1作(1971)の主題歌でも聴けるが、この時期には珍しいパターンである。曲のノリ、勢いはTVサイズのほうが抜群によい。
 2曲目の「ぼくキャロット」は、キャロット役の山崎唯が歌うキャラクターソング。山崎唯はトッポ・ジージョの声で人気を博した歌手・声優でトッポ・ジージョの歌もたくさん吹き込んでいる。フェイクをまじえた表情豊かな歌い方は「うまいなあ」と舌を巻く仕上がり。「気軽に書いてみました」という感じの曲なのだが、ベテラン声優の力量を聴くことができる。
 3曲目「鳥にのって」はチト河内作曲によるBGM。鳥に乗って空を旅するイメージの曲で、ふわっとしたシンセの音と弦のアンサンブルが浮遊感を産む。ドラムス、エレキベース、ギター、キーボードが刻むリズムが心地よい。本作のBGMはバンド編成を中心に弦や管楽器が加わった小規模のオーケストラで演奏されていて、ロックのインスト曲のようなサウンドが特徴である。
 4曲目は松金よね子が歌う「わたしは歌う(スイリーのテーマ)」。スイリーはメスのガンで、歌が大好きだけどひどい音痴という設定。松金よね子は舞台出身のコメディエンヌで歌も達者なのだが、ここではわざと音痴風に歌う芸を聴かせてくれる。バイオリンやアコーディオンをフィーチャーしたアレンジがヨーロッパの香りを漂わせる華やかで楽しい曲だ。
 5曲目「北をめざして(ガンの隊長アッカのテーマ)」はふたたびBGM。舞い上がる鳥たちをイメージしたような弦のイントロに続いて、チェンバロのアルペジオをバックにシンセがふわふわと漂うようなフレーズを奏でる。アッカはラップランドに向かうガンの群れを率いるメスのガン。アルバムのライナーには「百才をこすメスガンで沈着で冷静、威厳と情愛をかねそなえたすぐれたリーダー」と紹介されている(100歳だったんだ!?)。「鳥にのって」と共通する雰囲気の曲だが、こちらは「前進」のイメージが強い。中間部に踊るような弦の間奏が入る。アッカに率いられたガンたちが旅の途中に空を旋回したり、仲間とじゃれあったりしている場面が目に浮かんで温かい気持ちになる。
 6曲目はエンディング主題歌「いつまでもともだち」。ニルスとモルテンとキャロットの友情を歌ったマーチ調の明るい曲だけど、本編の最終回を観たあとに聴くとちょっと泣けるんですよね。
 7曲目(レコードではB面1曲目)に入っているのが「ワンダフル・アドベンチャー」という歌。本アルバムの白眉と言っていい名曲である。
 曲はミドルテンポのロックバラード風。小さくなったニルスが見る世界のすばらしさ、ニルスの旅の意味を歌った味わい深い歌詞が胸に沁みる。間奏のエレキギター・ソロがぐっとくる。劇中にもたびたび挿入された、本作の第2のメインテーマともいうべき歌だ。
 アルバムはニルス役の小山茉美が歌う「わんぱくニルス」、BGM「ねずみの行進」、レックス役・富山敬が歌う「腹ペコ レックス」と続いて、主題歌の英語版「The Song to Nils」が登場する。
 日本語版の作詞は奈良橋陽子と藤公之介の連名だが、こちらの作詞は奈良橋陽子の単独クレジット。ゴダイゴのほとんどの作品でも作詞を手がけている奈良橋陽子は英語で詞を書くことで知られている。日本語詞は英語詞をもとに書かれたものなのだ。この英語版こそ、奈良橋が書いたオリジナルの歌詞なのである。日本語詞と読み比べてみると、奈良橋がオリジナル歌詞で意図したことや、藤公之介が日本語詞でふくらませた部分がわかって興味深い。
 ラストに置かれたのは「つるの舞踏会」というBGMである。キラキラしたバッキングの上で深いリバーブのかかったフルートのメロディが踊る。霧の立ちこめる湖でつるが舞う光景が目に浮かぶような幻想的な雰囲気の曲だ。
 アルバムのラストがなぜこの曲なのか。主題歌の英語版か「ワンダフル・アドベンチャー」でもよかったのではないか。と初めてこのアルバムを聴いたときは思ったものだが、今聴くと、これはこれでいい。ニルスが目にする大自然の情景が心に残る。「旅」よりも「自然や動物との出逢い」に主眼を置いた構成なのだろう。
 この種のファンタジー作品の音楽ではシンフォニックなオーケストラ・サウンドが使われる例が多い。が、本作ではエレキベースやギターの音が印象的なロック・サウンドが独特の空気感と香りを作品に与えている。このコラムで以前紹介した『白い牙 ホワイトファング物語』(1982)(音楽・小室等)とも重なる音楽スタイルだ。ロック・サウンドがむき出しの自然の肌触りや躍動感を表現しているのである。本作がほかの名作アニメと異なる雰囲気を持っているのは、この音楽によるところも大きい。本格的な音楽集アルバムが発売されなかったのが惜しまれる。

 『ニルスのふしぎな旅』は1982年にTVシリーズを95分ほどにまとめた劇場版が作られた。ただし、当時はビデオソフトとして発売されただけで、劇場公開は2014年にようやく実現した。劇場版ではTVシリーズの主題歌は使われず、新しい主題歌が作られている。「ビューティフル・メロディ」と「ラプランドは夢の国」の2曲で作曲・タケカワユキヒデ、編曲・チト河内というTV版と同じコンビの作(作詞は山上路夫、歌はTOMO)。この2曲は残念ながら一度もレコード化、CD化されていない。
 オリジナルBGMともども、もし音楽テープが残っていれば、ぜひ商品化したいものである。

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