COLUMN

第105回 80年代のきらめきと熱気 〜CAT’S EYE〜

 腹巻猫です。5月4日に中野サンプラザで開催される「資料性博覧会10」で、SOUNDTRACK PUBレーベル新譜「おはよう!スパンク 歌と音楽集」を先行販売します。TVアニメ『おはよう!スパンク』の主題歌・挿入歌と音楽を集大成した3枚組。放送当時発売された2枚のアルバムの復刻に加え、初商品化となるオリジナルBGMをたっぷり収録しました。また、3月に発売した「渡辺宙明コレクション ガードドッグ/おーい!太陽っ子」を渡辺宙明直筆サイン入りカード付きで頒布します(なくなり次第終了)。当日は会場内イベントスペースでは奉力萬さんと早川優さんによる「流用ライブラリ音楽の世界」というサントラファンには興味深いトークイベントも開催されます。お時間ありましたら、ぜひご来場ください。

「資料性博覧会10」公式ページ
https://mandarake.co.jp/information/event/siryosei_expo/


 昨年(2016年)4月に発売された「ニッポンの編曲家」(川瀬泰雄、吉田格、梶田昌史、田渕浩久著/DU BOOKS)という本を読んでいる。70年代から80年代に活躍したポップスのアレンジャーに焦点を当て、レコーディングに関わったミュージシャンやディレクターにも取材した労作だ。川口真、若草恵、星勝、武部聡志らアニメファンになじみ深い作曲家・編曲家も登場するし、サントラの録音にも数多く参加しているトランペッター数原晋やシンセサイザー・プログラマー松武秀樹のインタビューもある。そして、巻末には鷺巣詩郎の寄稿。70〜80年代の音楽制作現場の熱気に触れることができる貴重な証言集だ。同時期のアニメソングやアニメサントラの多くも、このような現場から生まれたのである。
 この本にたびたび名前が登場するのが、キーボード奏者&作・編曲家として活躍した大谷和夫である。
 残念ながら大谷和夫は2008年に他界。本書にインタビューは掲載されていないが、ミュージシャン仲間やディレクターの証言から、その仕事ぶりや人柄をうかがうことができる。
 今回は、大谷和夫の代表作のひとつ『CAT’S EYE』を取り上げよう。

 『CAT’S EYE』は1983年7月から日本テレビ系で放送されたTVアニメ作品。北条司の原作マンガを東京ムービー新社(現トムス・エンタテインメント)が映像化した。1984年3月まで36話が放映されたあと、中断を挟んで1984年10月から第2期37話が放映された。
 喫茶店を営む来生泪、瞳、愛の美人3姉妹。彼女たちのもうひとつの顔は、レオタードに身を包んで夜の街を駆け、美術品を盗み出す怪盗キャッツ・アイだ。キャッツ・アイを追う刑事・内海俊夫と瞳は恋人同士でありながら、追う者・追われる者という間柄。瞳の正体を知らない俊夫とキャッツ・アイとの虚虚実実のかけひきと追跡劇が繰り広げられる。
 スタイル抜群の美女3人組キャッツ・アイの華やかなアクションと俊夫を相手にしたユーモラスなやりとりが見どころ。杏里が歌う主題歌「CAT’S EYE」が大ヒットし、アニメ主題歌が歌謡曲のヒットチャート1位にランクインする先駆けとなった。
 この主題歌のアレンジと劇中音楽を手がけたのが大谷和夫である。「ニッポンの編曲家」の中に、「CAT’S EYE」のメロディとアニメの世界観にSHOGUNの世界観がぴったりだったので劇中音楽も含めて大谷和夫に発注した、という当時のディレクターの証言が紹介されている。
 そう、大谷和夫といえば、なによりSHOGUNである。1978年にギタリストの芳野藤丸を中心に結成され、TVドラマ「俺たちは天使だ!」の主題歌と音楽を担当して一躍注目されたバンド、SHOGUN。腕利きのスタジオ・ミュージシャンが集まったバンドとしても話題になった。1979年にはTVドラマ「探偵物語」でも主題歌と音楽を担当。同時期に登場したゴダイゴとともに、日本の映像音楽に新しい感性とサウンドをもたらしたグループである。SHOGUNは、1979年10月放送のTVアニメスペシャル『大恐竜時代』の音楽も手がけている。
 そのSHOGUNでキーボードとアレンジを担当していたのが大谷和夫だった。
 大谷和夫の詳しいプロフィールは定かでない。1946年生まれ、東京都出身。「ニッポンの編曲家」には「クラシックからジャズにいった人」という証言がある。大谷が音楽を担当したTVアニメ『わたしとわたし ふたりのロッテ』のサウンドトラックのライナーノーツには、プロフィールとして「フリーのジャズマンとしてフル・コンボ等を経験」と記載されている。ともかく、1978年のSHOGUN結成時には、スタジオ・ミュージシャン、アレンジャーとしてすでに活躍していた。
 アレンジャーとしての代表作は、SHOGUN「男達のメロディ」、西城秀樹「YOUNG MAN」、田原俊彦「恋=Do!」、杏里「CAT’S EYE」、本田美奈子「Temptation(誘惑)」、C-C-B「空想Kiss」、浅香唯「夏少女」など。他にも中山美穂、近藤真彦、山口百恵、中森明菜らの楽曲のアレンジを手がけた。
 作曲家としては、TVドラマ「セーラー服反逆同盟」(1986)、「ベイシティ刑事」(1987)、「火曜サスペンス劇場」「土曜ワイド劇場」などの2時間ドラマの音楽や、劇場作品「はいからさんが通る」(1987)、「恋子の毎日」(1988)などの音楽を担当。変わったところでは1992年に発表された京本政樹原作・脚本・監督・主演のビデオ特撮作品「髑髏戦士 ザ・スカルソルジャー 復讐の美学」の音楽を担当している。
 アニメ音楽では1982年の『ときめきトゥナイト』を皮切りに、『CAT’S EYE』(1983)、『ガラスの仮面』(1984)、『悪魔島のプリンス 三つ目がとおる』(1985)、『愛の若草物語』(1987)、『美味しんぼ』(1988)、『わたしとわたし ふたりのロッテ』(1991)等の音楽を担当。ドリーミングの「アンパンマンのマーチ」(最初に発表された1988年版)のアレンジも大谷の手になるものだ。80年代アニメ音楽クリエイターとして忘れてはならない作家のひとりである。

 大谷和夫の音楽は、歯切れのよいリズムとブラスやサックスのしゃれた使い方が印象的。70年代に活躍した映画音楽出身の作曲家やジャズ出身の作曲家のよくも悪くも泥臭いサウンドとは一線を画していた。軽快でカラッと明るく爽快感がある。それが80年代を予見したドラマ「俺達は天使だ!」や「探偵物語」にうまくハマった。『CAT’S EYE』もその流れを汲む作品である。
 『CAT’S EYE』のサウンドトラック・アルバムは1983年9月にフォーライフレコードから発売された。このアルバムは1度もCD化されていない。1984年11月に、第2期のサウンドトラック・アルバムが徳間ジャパンより発売されている。こちらは1985年3月に初CD化され、その後も何度か品番を変えて再発されている。
 2008年、ウルトラヴァイブ/ソリッドレコードより、「アニメ・ミュージック・カプセル」シリーズの1タイトルとして「キャッツ・アイ」と「キャッツ・アイ Season 2」が相次いで発売された。アニメ版第1作の音楽が聴けるCDはこれだけである。今回は、「アニメ・ミュージック・カプセル『キャッツ・アイ』」から紹介しよう。
 収録曲は以下のとおり。

[1] 01.『CAT’S EYE』(TVオープニング)(歌:杏里)
[2]02〜05.BGM(『CAT’S EYE』インストゥルメンタル)/M-1〜M-3、M-23
[3]06〜08.BGM(『Dancing with the sunshine』インストゥルメンタル)/M-4〜M-6
[4]09〜37.BGMコレクション/M-7〜M-22、M-24、M-26〜M-35、M-38、M-39
[5]38.予告編音楽(『CAT’S EYE』インストゥルメンタル)
[6]39.『Dancing with the sunshine』(TVエンディング1)(歌:杏里)
[7]40.『Dancing with the sunshine』(TVエンディング2)(歌:キャリー・リン)
[8]41.『CAT’S EYE』(レコード・ヴァージョン)(歌:杏里)
[9]42.『Dancing with the sunshine』(レコード・ヴァージョン)(歌:杏里)
[10]43.『Dancing with the sunshine』(レコード・ヴァージョン)(歌:キャリー・リン)

※[1]〜[10]はブロック番号。01〜43がトラック番号。

 1曲目にTVサイズ・オープニング主題歌。BGM集を挟んで、TVサイズ・エンディング主題歌(前期・後期)とレコードサイズ主題歌が並ぶ構成。
 BGMはこのシリーズのいつもの方式で、オープニング・アレンジ、エンディング・アレンジ、その他、と大きく3ブロックに分けた構成。各ブロック内はM-No.順になっている。アルバムとしての聴きやすさはまったく考慮されていないが、これはこれで潔い。M-No.順に聴きながら「どんな音楽メニューだったのだろう」と想像するマニアックな聴き方をする楽しみもある。
 M-1はオープニング主題歌のストレート・アレンジ。軽快なギターのカッティングに乗せてサックスがメロディを奏する。後半はブラスとサックスのアンサンブル。リフレインに入る前のギターのアドリブが超絶カッコいい。この曲はフォーライフ版アルバムには未収録。歌入りヴァージョンとはまた違うカッコよさが味わえる1曲である。
 M-2は一転して、オープニング主題歌のスローバラード風アレンジ。アコギにフルートのメロディ。シンプルな編成でしっとりと情感をかもしだす。サビから弦のメロディになり、リズムはラテン調に。意表をついた変化が心憎い。この曲も、リフレイン前にフルートのアドリブが入る。作曲家とスタジオ・ミュージシャンとが共同で曲作りをしていた様子がうかがえる録音だ。
 M-3はシンセサイザーとリズムセクション、ミュート・トランペットが奏でるコミカル・アレンジ。
 M-23は歌入りヴァージョンに準じたアップテンポのアレンジ。リフのように繰り返されるストリングスのクレシェンド・デクレシェンドが効果的だ。シモンズ(シンセドラム)のフィルインがこの時代ならではの音で楽しい。サックスのアドリブからクライマックスになだれ込むドラマティックな構成。この曲はフォーライフ盤では「CHANGING MY HEART」のタイトルで収録されている。
 続いてエンディング主題歌アレンジのブロック。
 M-4はアコギのカッティングと4つ打ちリズムの上でサックスがメロディを奏するディスコ風アレンジ。1コーラスのあとサックスのアドリブになる構成はM-1やM-23とと同様だ。巧みに挿入されるシンセサイザーのキラキラした音色が特徴的で、いかにも80年代サウンドという香りがする。
 M-5はチェレスタ風の音色が奏でるバラード・アレンジ。音数は少なめだが、思わず聴き入ってしまうような濃度の高いプレイが楽しめる曲だ。BGMのプレイヤーは明かにされていないが、おそらく、大谷和夫がいつも一緒にプレイしているミュージシャンを指名して、歌ものと同様の録音が行われたのだろう。
 M-6はM-3と同じスタイルのコミカル・アレンジ。
 次の曲から「BGMコレクション」と大きくくくられたブロックになる。収録曲数は29曲。
 M-7〜M-16は日常描写、情景描写曲。
 M-7はストリングスとフルートのアンサンブルが平和な日常を描写するカラフルでポップな曲。フォーライフ盤では「10¢ BAG」のタイトルで収録されている。
 デートやショッピングのシーンが浮かぶM-9もフルートとストリングス主体の明るい曲。フォーライフ盤タイトルは「WALKING LIGHTLY」。
 サックスが軽やかにメロディを奏でるM-9は「MELANCHOLY BABY」とタイトルが付けられた、ちょっともの憂い雰囲気の曲。今ではこういう曲も珍しくないが、アルバム発売当時は「アニメにこんな曲がつくようになったか」と思わせる大人びたサウンドだった。
 キラキラしたシンセとエレキギターによるM-11は80年代サウンド全開の爽やかなフュージョン曲。フォーライフ盤で付けられた「BREEZY&WINDY」という曲名も時代を感じさせる。
 M-17〜M-28はサスペンス曲、アクション曲。『CAT’S EYE』のアクションシーンを盛り上げた楽曲群である。
 フォーライフ盤で「MYSTERIOUS BOY」と名付けられたM-17はトライアングルのリズムの上でミュートしたギターとストリングスがスリリングなフレーズを奏でる曲。
 シンセとエレキギターが不安感をあおるM-18やサスペンス映画音楽風のM-19、「ピンチ!」または「悪の登場」という雰囲気のM-20など、このあたりは、刑事ドラマ・探偵ドラマを多く手がけた大谷和夫の映像音楽作家としての技が光る曲が続く。
 M-24はフォーライフ盤に「SWINGING SCANDALOUS」のタイトルで収録されているサックスとブラスによる危機感ただようアクション曲。キャッツ・アイと警察との追跡劇をイメージさせる緊迫感に富んだ曲だ。
 M-29〜M-32は心情描写曲。
 前半はクラリネット、後半は木管風のシンセがメロディを受け持つM-29は、おだやかで少し切ない印象の曲。揺れ動く心の描写やふと寂しさを感じる場面などによく合う曲調である。
 バイオリンが情感豊かに歌うM-30は悲しみや虚しさを描写する哀歌。フルートが奏でるもの憂いバラードM-31はフォーライフ盤で「ALL I WANT IS YOU」と名付けられた大人の愛の歌。そして、ストリングスがドラマティックに演奏するM-32は「LOVE FINALE」と名付けられたフランシス・レイのようなロマンティックな曲である。
 コミカルなシーンをイメージさせるM-33、M-34に続いて、M-35はシンセと木管楽器のアンサンブルによる神秘的なムードの曲。霧深い森や夜明けのイメージが浮かぶ静かな曲だ。ブロックを締めくくるM-38とM-39は、それぞれアイキャッチとサブタイトルの曲。
 以上でBGMコレクションは終わり。M-No.順に並んでいるだけだが、日常〜事件発生〜アクション〜苦い解決〜ふたたび日常、という雰囲気で聴けるのが面白い。
 最後の予告編音楽はM-1の編集。第2話(第3話予告)から使用されている(第1話で使用された曲は未収録)。

 本作のあと、大谷和夫は同じ枠で放送された『ガラスの仮面』の音楽を担当。オープニング&エンディング主題歌のアレンジも手がけた。少女マンガ原作の『ガラスの仮面』では、アイドル歌手のアレンジの仕事を思わせるポップな曲やリリカルな曲が多く、『CAT’S EYE』とはひと味違う大谷サウンドを聴くことができる。
 その後、大谷が『愛の若草物語』や『わたしとわたし ふたりのロッテ』などの名作アニメに起用されたのは少し意外だった。SHOGUNの仕事の印象が強いため、「合わないのでは?」と思ってしまうのだが、そんなイメージを振り払うすばらしい音楽を書いている。『愛の若草物語』の美しい女声スキャットの曲や『わたしとわたし ふたりのロッテ』のヨーロッパの香り漂う上品な音楽を聴くと、大谷和夫の原点がクラシックだったという証言もうなずける。実際、『わたしとわたし ふたりのロッテ』では、スタッフの意向で、バッハやブラームス、モーツァルトらの名曲をクラシカルな室内楽曲風にアレンジしている。
 大谷和夫が亡くなったのは2008年、61歳。音楽家としてはまだまだ活躍できる年齢であった。『ニッポンの編曲家』でも、多くのミュージシャンからその死を悼む声が寄せられている。
 大谷がアニメ音楽に携わった1980年代、スタジオでは日夜、凄腕のミュージシャンとアレンジャーたちが新しいサウンド、心ゆさぶるサウンドを作り出そうと苦闘を繰り広げていた。『CAT’S EYE』の音楽にはそんな時代の空気感が閉じ込められている。きらめく80年代サウンドに耳を傾けながら、当時のスタジオの熱気を感じ取ってほしい。

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