COLUMN

第107回 笑いと涙の二重奏 〜おはよう!スパンク〜

 腹巻猫です。5月31日にTVアニメ『キラキラ☆プリキュアアラモード』のオリジナル・サウンドトラックCDが発売されます。音楽は今年から『プリキュア』シリーズに参加した林ゆうき。構成・解説・インタビューを担当しました。変身BGMはロングバージョンとショートバージョンのほか、キュアカスタード、キュアジェラート、キュアマカロン、キュアショコラのキャラ別バージョンも収録。お奨めはお菓子作りシーンにかかる「レッツ・ラ・クッキング!」です。ぜひお聴きください!

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 今回は、5月24日に発売されたCD3枚組「おはよう!スパンク 歌と音楽集」を紹介したい。筆者が構成・解説・インタビューを担当した《SOUNDTRACK PUB》レーベル最新作である。
 『おはよう!スパンク』は1981年3月から1982年5月まで朝日放送/テレビ朝日系で全63話が放送されたTVアニメ。たかなししずえの原作マンガを東京ムービー新社(現 トムス・エンタテインメント)がアニメ化した。チーフディレクターは『荒野の少年イサム』(1971)、『柔道讃歌』(1974)の吉田しげつぐが担当。吉田は本作のあと同じ枠で『とんでモン・ペ』(1982)、『レディジョージィ』(1983)を続けて監督している。
 主人公は中学2年生の森村愛子(岡本茉莉[現・岡本茉利])と愛子の飼い犬スパンク(つかせのりこ)。ドジでブサイクなスパンクのキャラクターが最大の魅力だ。ふだんはなまけものなのに思い込んだら一直線、しょっちゅう騒動を巻き起こすけれど憎めない。犬のくせに猫に恋したり、警察犬になろうと無理してがんばったり、愛子の役に立とうとして失敗し、叱られて落ち込んだり。人間以上に人間くさいキャラクターとして描かれている。
 では、本作はスパンクのドタバタをメインにしたギャグアニメかというと、そうでもないのである。愛子の恋心、同級生との友情や対立、愛子の家族をめぐるシリアスなエピソードなど、少女マンガらしい要素がたっぷり含まれている。ギャグと人間ドラマがバランスよくミックスされているのが『おはよう!スパンク』の魅力なのだ。

 本作の音楽というと、おそらく誰もが井上望が歌った主題歌「おはようスパンク」(なぜか主題歌は「!」が付かない)を思い出すに違いない。キャッチーなイントロと歌い出し、井上望の可愛くさわやかな歌唱。キャラクターを印象づけ、物語が始まるわくわく感を伝える完璧な主題歌だ。
 けれど、注意深く本編に流れる音楽を聴くと、実に味わい深い魅力的な音楽が流れていることに気がつく。強く主張するわけではないけれど、しっかりと存在感のある質の高い音楽が全篇を彩っているのである。
 音楽は馬飼野康二と上野哲生が連名でクレジットされている。馬飼野康二は歌謡界のヒットメーカーであり、TVアニメ『新・エースをねらえ!』(1978)、『ベルサイユのばら』(1979)、『魔法の妖精ペルシャ』(1984)などの音楽を手がけた作曲家。上野哲生は本作の前にTVアニメ『ほえろ!ブンブン』(1980)の音楽を担当していて、アニメ音楽は本作が2作目だった。上野は本作の後番組『とんでモン・ペ』の音楽も担当するが、しだいに商業音楽から離れ、現在は古楽器を演奏するグループで活躍している。本作では、馬飼野康二が主題歌・挿入歌の作・編曲を担当し、上野哲生が劇中音楽(BGM)の作曲を担当するという分業スタイルで音楽作りが行われた。
 本作の音楽商品としては、放映当時、ビクターより3枚の主題歌シングルと「おはよう!スパンク 歌と詩集(ポエム)」と題されたLPアルバム1枚が発売されている。シングル盤が3枚あるのは、オープニングとエンディングが別々に発売された上、エンディングが前期と後期の2種類あるため。また、1982年3月に劇場版『おはよう!スパンク』が公開され、その主題歌シングル1枚とサウンドトラック・アルバム1枚が同じくビクターから発売された。
 今回のCD3枚組『おはよう!スパンク 歌と音楽集』は、過去にビクターから発売された音源をすべて収録し、初商品化となるオリジナルBGMやカラオケなどを補完した決定盤である。
 3枚のCDの内容は以下のとおり。

DISC1 「おはよう!スパンク 歌と詩集」「(劇場版)おはよう!スパンク オリジナル・サウンドトラック」
DISC2 オリジナルBGMコレクション I(ボーナストラックにカラオケを収録)
DISC3 オリジナルBGMコレクション II(ボーナストラックにカラオケを収録)
※詳しい収録曲は下記を参照ください。
http://www.soundtrack-lab.co.jp/products/cd/STLC029.html

 1枚目がTV版LPと劇場版LPのカップリング。残り2枚がオリジナルBGMという構成。当初はオリジナルBGMを1枚に収めて2枚組にしようと考えていたのだが、予想以上にBGMの曲数が多かったので思いきって3枚組にした次第。『おはよう!スパンク』の世界をたっぷり楽しんでいただける濃密なアルバムになった。
 DISC1から紹介しよう。
 「おはよう!スパンク 歌と詩集」は主題歌・挿入歌集と「愛子の詩集(ポエム)」の2部構成。
 前半には6曲の主題歌・挿入歌が収録されている。オープニング主題歌「おはようスパンク」も名曲だが、つかせのりこが歌った2曲のエンディング主題歌「ダ行のスパンク」と「スパンクの百面相」も、はじけた歌唱に思わず笑いがこぼれる快作。劇中では言葉をしゃべれないうっぷんを歌で晴らしているかのようだ。
 井上望が歌う「愛子のテーマ 心の扉を誰かがたたく」は馬飼野康二らしい美しい曲調のバラード。劇中でも重要な場面に挿入されている。
 つかせのりこと鶴ひろみが歌う「ネコに恋したヘンな犬」、松金よね子が歌う「赤いネコタイ トラ吉さん」、どちらも声優の個性を生かした楽しいキャラソンである。
 「愛子の詩集」のほうは、BGMをバックに愛子(岡本茉莉)がポエムを語る趣向。聞いているとちょっと気恥ずかしくなるが、岡本茉莉ファンにはたまらない内容である。
 この詩集のバックに流れているBGMがすばらしい。フュージョン風の曲や映画音楽風のドラマティックな曲、主題歌・挿入歌をポップなメドレーにした曲など、「スパンクってこんな番組だったっけ?」と思ってしまうような大人びた曲調が特徴だ。
 劇場版サウンドトラックもサウンドは共通している。TV版よりも年上の客層をねらったやや背伸びした内容に合わせて、ロマンティックな曲やシリアスな心情曲が印象に残る。バイオリン・ソロは当時N響のコンサートマスターを務めていた徳永二男。劇場版にふさわしいリッチな音楽である。
 劇場版で流れる歌はTV版と同じ作詞・荒木とよひさ、作曲・馬飼野康二コンビによる書き下ろし。主題歌「哀しみよこんにちは」と挿入歌「ワンダー・フルフル」、どちらもいい曲だ。TV版と同じく井上望が歌っているのもうれしいところ。井上望は愛子のクラスメート役で声の出演もしている。そのとき、つかせのりこと共演した思い出をインタビューで語っていただいた。若くして亡くなったつかせのりこの人柄が偲ばれるエピソードはちょっと泣けます。
 DISC2とDISC3のオリジナルBGMコレクションは全曲初商品化。本アルバムの目玉である。
 本作のために用意されたBGMはおよそ180曲。大きく分けると、

・主題歌・挿入歌アレンジ
・スパンクやトラ吉のシーンによく使われるユーモラスな曲
・愛子たちの日常や心情を描く曲

の3種類に分類できる。
 主題歌・挿入歌アレンジでは、「愛子のテーマ 心の扉を誰かがたたく」のアレンジ曲がいい。この歌は本作のもうひとつのテーマソングともいうべき曲で、愛子のさまざまな場面に使われている。
 「愛子、あふれる想い」(DISC2:トラック5)は、フルートとトランペットによる明るくさわやかなアレンジ。初めての恋に胸がときめくシーンなどに使用された。「ママへの手紙」(DISC2:トラック26)はフルートとエレピ、ピアノによるやさしい曲調。愛子がパリにいるママに手紙を書くシーンによく流れた、心がほっこり温かくなるような曲だ。「泣かないで愛子」(DISC3:トラック11)は愛子が寂しさを感じる場面などに流れる悲しげなアレンジ。最終回で流れた「希望の夜明け」(DISC3:トラック32)はタイトル通り昇る朝日を見るような気分になる感動的な曲。同じメロディをさまざまな表情に変えるアレンジの妙が聴きどころである。
 コミカルなシーンに流れるユーモラスな曲はどれも楽しく、しかも下品でないのがいい。作曲家・上野哲生のセンスのよさが感じられる。スパンクの恋心を描写する「愛しのキャットちゃん」(DISC2:トラック8)の軽妙な感じや、「お騒がせスパンク」(DISC2:トラック14)のいたずら小僧っぽい雰囲気、「ダメ犬スパンク」(DISC3:トラック22)の「トホホ…」という空気感など、スパンクの愉快な活躍が目に浮かぶ好ナンバーばかりである。
 そして、本作の音楽のいちばんの魅力が、愛子たちの日常を彩るさわやかな音楽だ。
 LP「歌と詩集」に「ヨットハーバーの風」という曲がある。潮風を感じさせるような爽快感のある軽快な曲で、愛子が恋する青年・池上玲のテーマ的に使用された。LPでは愛子のナレーションとSE(効果音)が重なっているのだが、BGMコレクションには音楽のみのオリジナル・バージョンを収録した(DISC2:トラック4。ただし、BGMはモノラル音源なのでご容赦いただきたい)。
 「歌と詩集」に収録された曲の中では、「夕暮の砂浜」も筆者のお気に入りである。ハーモニカをフィーチャーした哀愁を帯びた曲で、愛子と玲の切ない恋のエピソードで使用された。LPでは2曲を1曲に編集して収録されているが、BGMコレクションでは原曲通りに2曲に分けて収録している(DISC2:トラック31&32)。
 愛子が同級生たちと語らいながら登校するシーンによく流れた「朝の光の中で」(DISC2:トラック6)は、エレピ、フルート、アコースティックギターなどが奏でるしゃれた雰囲気の曲。本作の少女マンガらしいキラキラした一面を伝える楽曲である。
 「青春のきらめき」(DISC2:トラック34)は、愛子と友人たちをめぐるドラマを盛り上げた心にぐっとくる曲。涙のあとの笑顔、対立のあとの和解、挫折のあとの希望など、胸キュンもののエピソードを温かい音色で包み込んだ。
 本編では一度しか使用されてないが、「クリスマスの訪問者」(DISC3:トラック27)も忘れがたい。サンタクロースを信じるスパンクがサンタを待ちわびるエピソード(第41話)で使用された、やさしくドリーミィな曲。本編を思い出しながら聴くと涙ぐみそうになる。

 『おはよう!スパンク』は原作とアニメ版で結末が異なっている。筆者は少し切ないけれどさわやかな後味を残すアニメ版の終わり方が好きだ。
 青春ドラマの終わりは別れと旅立ちである。『おはよう!スパンク』もそうだ。最終回、愛子に別れと旅立ちのときが訪れる。ようやくなじんだ街を離れ、親しくなった友人たちと別れるときが。そんな最終回のもっとも感動的な場面に流れた曲が「また逢う日まで」(DISC3:トラック33)。筆者は、『おはよう!スパンク』で一番の名曲は? と聞かれたら、この1曲を挙げたい。甘酸っぱい青春の思い出がよみがえるような、心に沁みる曲である。
 『おはよう!スパンク』はギャグだけのアニメではない。いっぽうに明るい笑いを誘うドタバタシーンを配しながら、もういっぽうには、多感で繊細な心を持った少女・愛子とその一番の友だちスパンクの友情と成長の物語が配されている。その物語を彩る音楽の、なんとやさしく、さわやかなことか。このすばらしい音楽を、ひとりでも多くの人に聴いていただきたい。

おはよう!スパンク 歌と音楽集
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