腹巻猫です。5月4日に中野サンプラザで開催される「資料性博覧会10」に参加します。個人誌「劇伴倶楽部」既刊のほか、《SOUNDTRACK PUB》レーベルCD等を頒布の予定。参加サークル、入場方法などは、まんだらけ「資料性博覧会」公式ページを参照ください。
https://mandarake.co.jp/information/event/siryosei_expo/
前回、『彼氏彼女の事情』のエンディングテーマ「夢の中へ」のアレンジャーとして名前を挙げた光宗信吉。TVアニメ『ナースエンジェル りりかSOS』や『少女革命ウテナ』の音楽を担当した作曲家である。
今回は光宗信吉の代表作のひとつ『Rozen Maiden』を取り上げよう。
光宗信吉は1963年生まれ。幼少時は熊本に暮らし、福岡に移り住んだ。4歳よりヤマハ音楽教室に通い、作曲と音感のトレーニングを受ける。10歳からエレクトーンを始め、コード進行やアレンジの面白さに目覚めた。中学生時代にエレクトーン奏者の沖浩一からジャズ・オルガンを学ぶ。
作曲は小学校の頃から始めたが、音楽家を志したのは、シンセサイザーに出会って音作りの面白さを知ってから。高校卒業後上京し、立教大学に進学する。音楽大学に進まなかったのは、冨田勲や神保彰(フュージョンバンド《カシオペア》のドラマー)ら尊敬するミュージシャンが音楽大学を出ずにすばらしい音楽活動をしていたからだった。
大学在学中からバックバンドの仕事を始め、マリーンのバンドに約2年間在籍。各地のジャズ・フェスティバルなどに出演した。その後も西村由紀江ら、数々のアーティストのサポートを務めた。
しかし、本当にやりたいのは作曲の仕事だった。CM音楽の事務所に曲を送ったりしたが声がかからない。そんなとき、送っていた曲が若手作曲家を探していたキングレコードのディレクター・大月俊倫の目に止まった。TVアニメ『GS美神』『BLUE SEED』等の歌のアルバムに参加したのち、1995年放送のTVアニメ『ナースエンジェル りりかSOS』の音楽担当に抜擢された。
『りりかSOS』ではフルオーケストラを使った音楽を初めて書いた。手加減がわからず全力で書いた音楽が評価され、続けて手がけた『少女革命ウテナ』の音楽もクラシカルで美しい音楽でファンの支持を集めた。
以来、数々のアニメ作品の音楽を手がけている。代表作は『少女革命ウテナ』(1997)、『アキハバラ電脳組』(1998)、『フリクリ』(2000)、『遊戯王デュエルモンスターズ』(2000〜2004)、『ちっちゃな雪使いシュガー』(2001)、『魔法先生ネギま!』(2005)、『ロケットガール』(2007)、『スカイガールズ』(2007)、『ゼロの使い魔』シリーズ(2006〜2012)など。庵野秀明監督初の実写劇場作品「ラブ&ポップ」の音楽も担当した。最新作は2017年5月から放送される『遊戯王VRAINS』。
少女を主人公にした作品が多く、ピアノや弦楽器の音色を生かしたエレガントで美しい音楽が魅力。クラシカルな音楽の印象が強いが、意外にも原点はクラシックではなく、冨田勲、YMOと坂本龍一、カシオペアに影響を受けたという(筆者がインタビューしたときにうかがった話)。若い頃は、ラリー・カールトンやリー・リトナーといった西海岸のジャズ・フュージョンを好んで聴いていた。光宗信吉の音楽がクラシカルでありながら、ときにポップで明るいサウンドを聴かせてくれるのは、このあたりに秘密があるのかもしれない。
『Rozen Maiden』は2004年10月から12月までTBS系で放送されたTVアニメ作品。PEACH-PITの原作漫画を松尾衡監督で映像化した。アニメーション制作はノーマッド。2005年には第2作『Rozen Maiden traumend』が、2006年に特別編『Rozen Maiden ouverture』が放送された。2013年にはスタッフを一新した別の物語『ローゼンメイデン』が放送されている(アニメーション制作はスタジオディーン)。光宗信吉は全作品で音楽を担当した。
『Rozen Maiden』の仕事は『少女革命ウテナ』の音楽を聴いたTBSのプロデューサーからのオファーだったという。『ウテナ』のような美しく豪華な音楽がほしいという注文だった。
魂を持ったアンティークドール「薔薇乙女」たちと引きこもりの少年ジュンとの交流を描く不思議な作品である。薔薇乙女は人間の言葉をしゃべり、人間と同じものを食べ、不思議な力を操る。薔薇乙女の真紅と契約を交わしたジュンは、「アリスゲーム」という薔薇乙女同士の争いに巻き込まれていく。
光宗信吉の音楽は、ピアノ、チェンバロ、弦楽器等のアンサンブルによるバロック的な響きが印象的。薔薇乙女の古風で華麗な姿にぴったりの音楽だ。
サウンドトラック・アルバムは2005年1月にメロウヘッドから発売された。収録曲は以下の通り。
- 禁じられた遊び(TVサイズ)
- Battle of Rose
- 困った趣味
- 暖かな心
- Ivy
- Reminiscence
- 暗闇より来たるもの
- Noble Dolls
- 癇癪
- Cute Girl
- 激しい思い
- 受難の日々
- Battle in the House
- 内省
- 淡い想い出
- 孤独な心
- Abstract
- 壊れた世界
- Rose Garden
- Concerto
- Alice Game
- 薔薇の誓い
- 薔薇の呪縛
- 残忍な攻撃
- おもちゃの国
- 宿敵
- Bright Red
- Neat Sister
- 天真爛漫
- 臆病者
- 邪悪なたくらみ
- バリケ-ド戦
- かしましい彼女たち
- 上機嫌
- Funny Dolls
- Jet Fighters
- Garden Party
- 美しい泉
- 朝の朝食
- 探偵くんくん
- 氷解
- 小高い丘にて
- Change
- 透明シェルター(TVサイズ)
44曲収録、演奏時間74分のボリューム。1曲目がオープニングテーマ、44曲目がエンディングテーマ、それ以外はすべて光宗信吉の手による劇中音楽である。サブタイトル曲「Ivy」、アイキャッチ曲「Rose Garden」「Concerto」もしっかり収録されている。
サントラパートの冒頭を飾る「Battle of Rose」は、本作きっての人気曲。次回予告にも使用された本作のメインテーマとも呼ぶべき曲だ。
ロックのリズムにバロック的な弦のメロディ。間奏ではエレキギターのアドリブが炸裂する。薔薇乙女の闘いを描写するアクション曲でありながら、美しくはかないイメージが広がる。劇中では、第2話で薔薇乙女・雛苺と真紅が闘う場面や第4話でジュンたちが夢の世界から脱出する場面、第6話、第11話、第12話で真紅をつけ狙う薔薇乙女・水銀燈と真紅が闘う場面など、「ここぞ」というシーンで使用されている。
トラック3の「困った趣味」は、わがままな薔薇乙女たちに翻弄されるジュンのユーモラスな場面を彩った曲。アンティークドールと人間との奇妙な共棲の描写は本作の見どころのひとつ。ちょっととぼけた曲調の音楽がほんわかしたムードを作り出していた。9曲目の「癇癪(かんしゃく)」、12曲目「受難の日々」、31曲目「邪悪なたくらみ」なども同じ雰囲気を持つ日常描写曲だ。
トラック4「暖かな心」はピアノが奏でるメロディがしみじみと胸を打つ名曲。第1話で真紅がジュンの姉・のりの入れた紅茶を飲んで「とてもやさしい味がする」と言う場面や第6話で傷ついた人形を直すジュンの手つきに真紅が感動する場面など、薔薇乙女と人間の心が通う味わい深い場面に使用された。
サブタイトルを挟んだトラック6「Reminiscence」は第4話でジュンが夢の世界に入っていくシーンに使われたミステリアスな曲。
トラック7「暗闇より来たるもの」はチェンバロがメランコリックな旋律を奏でる不安曲。妖しい夢の中をさまようような気持ちになる神秘的で緊張感のある曲だ。この曲に限らず、本作ではチェンバロを使ったバロック風の曲が効果的に使われている。
なかでもトラック21の「Alice Game」は薔薇乙女たちの悲しい宿命を表す曲として印象深い。真紅に屈折した憎しみを抱く水銀燈の登場場面にたびたび使用された。「Battle of Rose」と並ぶ本作を代表する曲である。
また、トラック23「薔薇の呪縛」はチェンバロの旋律が真紅とジュンの絆を表現する重要な曲。第1話でジュンが真紅と契約を結ぶ場面に使われ、第11話、第12話ではジュンが水銀燈の攻撃から真紅を守ろうとする場面に流れた。「呪縛」というタイトルが示すように、曲は当初、緊迫した不安なイメージに聴こえる。しかし、真紅とジュンの絆が深まるにつれて、情感を伴った感動的な曲に聴こえてくる。物語に結びついたサウンドトラックならでは醍醐味である。
ほかに、トラック18「壊れた世界」、トラック22「薔薇の誓い」、トラック27「Bright Red」など、弦楽器が奏でる抒情的な曲も耳に残る。
しかし、本作の音楽の一番の聴きどころはピアノ曲だ。
派手ではないが、淡々と静かに、ピアノが心情を語る曲が心に残る。
トラック14「内省」は、ピアノがシンプルなメロディを奏でる、サティの音楽のような淡い印象の曲。曲名の通り、ジュンの心の内を描写する曲として、ほぼ毎回のように使われている。第3話で雛苺が引きこもっているジュンを自分と一緒だと言う場面、第6話で真紅がジュンに「あなたは迷子なのね」と語りかける場面、第10話でジュンが真紅のドレスのボタンをつけながら真紅と語らう場面など、穏やかな、しかし、じんわりと胸を打つ名場面に流れた。
次の「淡い想い出」も美しいピアノの旋律が心に沁みる曲だ。ジュンが反発する素振りを見せながらも薔薇乙女たちを気遣う場面や、のりがジュンを心配して心を痛める場面など、胸に秘めた愛情を表現する曲として使われている。
トラック16「孤独な心」は寂しさや哀しみを表現するピアノ曲。第4話で植物と交感することができる薔薇乙女・翠星石がジュンの心の樹に水をやる場面、第10話のラストで真紅が眠るジュンに口づけして出ていく場面などの使用が印象に残る。
チェンバロは本作のドラマティックな一面を象徴する音だが、ピアノは登場人物の内なる心情を表現する大事な役割を担った音なのである。
アルバムの終盤には最終回に使用された曲が続けて登場する。
トラック41「氷解」は水銀燈の悲しき最期の場面に流れたピアノと弦楽器による美しい悲哀曲。次の「小高い丘にて」は、ジュンと薔薇乙女たちが闘いを終えて夢の世界から帰還する場面に使用。サントラパートの最後を飾るのは、引きこもりだったジュンが散歩に出かける場面に流れた「Change」。未来に開かれた希望とともにアルバムは幕を閉じる。ジュンと真紅たちの間に芽生えた絆とジュンの成長をイメージさせるいい構成だ。
ひとつ間違えば病的な世界に傾きそうな題材を、光宗信吉は華麗で上品な音楽でファンタジーの世界に引き留める。不思議な作品だけど、音楽は不思議なだけではない。薔薇乙女と人間たちへの共感に根差した音楽だ。その世界はやさしく、心地よい。
TVアニメ『ローゼンメイデン』オリジナル サウンドトラック
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