COLUMN

第78回 苦悩と救済の旅 〜ファンタジックチルドレン〜

 腹巻猫です。前回も紹介しましたが、ただいま公開中の劇場作品「僕だけがいない街」のオリジナル・サウンドトラック盤が4月6日に発売になります。TVアニメ化もされた時間逆行ミステリーの実写劇場版。音楽は「あさが来た」『ガンダム ビルドファイターズ』『ハイキュー!!』などの音楽を手がけた林ゆうき。インタビューを担当しました。「あさが来た」が終わってしまって「あさロス」になっている方も、林ゆうきさんの音楽で癒されてください。
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 「僕だけがいない街」では「リバイバル」呼ばれる時間逆行現象が物語のミソになっている。
 今回取り上げるのは時間逆行ならぬ「転生」を扱った作品。『ファンタジックチルドレン』だ。
 『ファンタジックチルドレン』は2004年10月から2005年3月までテレビ東京系で全26話が放映されたTVアニメ作品。なかむらたかしが原作・キャラクターデザイン・監督を務めたオリジナル作品である。アニメーション制作は日本アニメーションが担当した。
 放映前の番宣では「胸踊る冒険ファンタジー」という謳い文句がしきりに使われていたが、始まってみると「謎が謎を呼ぶ幻想ミステリー」みたいな不思議な作品だった。
 2億光年彼方の惑星ギリシアと地球を結ぶ、500年間に及ぶ輪廻転生の物語。これだけでは、どんな話だかさっぱりわからないが、本編を観ていても物語の背景がわかってくるのは1クールを過ぎるあたり。キャラクターの過去、目的、正体などが、過去と現在を行き来しながら描かれ、物語を貫く謎がゆっくりと明かされていく。そこまでが、なかなかもどかしく、集中して観ていないと話がわからなくなる(集中していてもわからなくなりそう)。
 が、緻密に作り上げられた濃密な世界観は類を見ないもので、観続けていると、この世界の中にいるのがしだいに気持ちよくなっていく。長い、覚めない夢の中をさまよっているような気分にさせられる作品だ。
 この世界観の構築に大きな貢献をしているのが音楽である。

 音楽を担当したのは上野耕路。80年代に戸川純、太田螢一とともに音楽ユニット・ゲルニカを結成して活動していた。ゲルニカでは作・編曲とキーボードを担当。のちに坂本龍一音楽監督のもとで、劇場作品「子猫物語」(1986)、『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987)の音楽制作に参加する(坂本龍一、野見祐二らと共同)。アニメファンには、この『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の音楽がもっともなじみ深いだろう。ほかに劇場「帝都大戦」(1989)、「のぼうの城」(2012)、TVドラマ『逃げる女』(2015)などの映像音楽作品がある。
 上野耕路には純音楽、バレエ音楽、ソロ・アルバムなどのオリジナル作品も多く、映像音楽を仕事の中心にしている作家ではない。その作風は現代音楽ともポップスともジャンル分けできない独特のもの。『ファンタジックチルドレン』でも、その個性的な音楽を聴くことができる。
 といっても、本作の音楽では特別な音使いがされているわけではない。シンセやエレキギター、エレキベースなどの電気的楽器はほとんど使わず、ほぼアコースティック楽器のみの編成。古風な印象すら受ける。
 が、その古風な音が紡ぎだす楽曲が独特の世界を作っているのだ。本編を観続けていると、必ず音楽が耳に残り、離れなくなる。ことに、繰り返し使われる「べフォールの子供たち」という曲の効果は絶大だ。この曲を聴きたくてサントラを手にする人も多いのではないだろうか。
 サウンドトラック・アルバムは2005年1月に「ファンタジックチルドレン O.S.T.〜ギリシアからの贈りもの」のタイトルでビクターエンタテインメントから発売された。プラトレーのついた見開き紙ジャケット仕様。なかむらたかしのイラスト(イメージボード)をジャケットに使ったしゃれたデザインだ。封入されたリーフレットを開くと年表が現れて、込み入った物語を整理して理解することができる(ネタバレに注意)。ファンにはうれしい趣向である。
 収録曲は以下のとおり。

  1. Voyage(Cello Version)
  2. 閻魔
  3. ベフォールの子供たち
  4. トーマ
  5. ワンダー
  6. ヘルガ
  7. さびしいこころ
  8. デュマ
  9. ゲルタ
  10. ヘルガの前世
  11. 水と緑の王宮・ギリシア
  12. ソランとセス
  13. いとしのティナ
  14. ゲオルカ
  15. 絶望
  16. 最終兵器
  17. 時空の歪み
  18. ヘルガ(Cello Version)
  19. ベフォールの子供たち(Piano Solo)
  20. 家族の絆
  21. デュマの怒り
  22. 戦闘
  23. ぼくらのワンダー
  24. 思慕
  25. 終焉
  26. Opening Theme:Voyage(TV Version)/いのり
  27. Ending Theme:水のまどろみ(Russian TV Version)/ORIGA

 アルバムはオープニング主題歌「Voyage」のインストゥルメンタルから始まる。この「Voyage」も印象に残る曲だ。ゆったりしたメロディと管弦楽によるアレンジは本編との親和性も抜群。「Voyage」というタイトルと詩の内容も物語を象徴している。歌入りはアルバムの最後にエンディング主題歌とともに収録されている。
 続く2曲目が「閻魔」という曲。閻魔は、地球に転生した惑星ギリシアの人々を襲う怪物のような存在。怪物といっても思念エネルギーのような実体のないものである。無調の、メロディのない、効果音のようなサウンドが異様な存在を描写する。2曲目にしてアルバムは一気に異世界の雰囲気に。「これから60分、あなたの耳はあなたの体を離れて、この不思議な時間の中に入っていくのです」(ウルトラQ)と言われているような気分になる。
 3曲目の「べフォールの子供たち」は、本作のメインテーマとも言うべき曲。べフォールの子供たちとは、500年前から転生を繰り返し、歴史の中に幾度も現れる謎めいた子供たち。彼らの存在の謎解きが物語の軸のひとつになっている。
 曲は6/8拍子で奏でられる弦合奏とピアノのアンサンブル。7分を超える長い曲である。ややメランコリックなモチーフが繰り返し繰り返し変奏される。この曲自体が「転生」を表現した独立した楽曲として成立しているようだ。幻想の中を歩き続けるような気分にされる、酩酊感のある曲である。
 4曲目の「トーマ」は主人公の少年トーマのテーマ。明るく活発な少年を表現する動的な曲である。モチーフとなるメロディはシンプルながら、管弦楽の緻密な構成で演奏される曲で、なかなか一筋縄ではいかない。こんなところに上野耕路らしさが表れている。
 次の「ワンダー」は物語中盤になってから登場するギリシアの飛行ロボットのテーマ。終盤では大活躍するキャラクターである。メカの曲だが、人間のキャラクターと同等の味わいを持つ、ややユーモラスな曲調で作られている。
 6曲目の「ヘルガ」は、もうひとりの主人公である謎めいた少女ヘルガのテーマ。弦楽器を伴奏にしたフルートのメロディはヘルガの少女らしいやさしい風情とミステリアスな表情の両面を表現する。
 「ヘルガ」に続いて「さびしいこころ」という曲が置かれているのは意味深い。ヘルガといえば、いつも遠くを見つめているような寂しげなたたずまいが浮かんでくるからだ。2つの曲はヘルガの姿と内面を映しているようである。
 もうひとつのヘルガの曲である10曲目「ヘルガの前世」はピアノとオーボエが奏でる神秘的なイメージの曲。不思議な雰囲気をただよわせているが、この曲もどこか寂しい。ピアノの6/8拍子のアルペジオは「べフォールの子供たち」のバックで聴こえるピアノのアルペジオと呼応している。もちろん、それは偶然ではない。
 この10曲目から、しばらく惑星ギリシアの物語を描く曲が続く。本編のストーリー構成とも一致していて、よく考えられた構成である。
 ヨーロッパの古楽風の11曲目「水と緑の王宮・ギリシア」を聴くと、上野耕路がギリシアの世界を古風な、歴史を感じさせる音楽で描こうとしていたことがわかる。クラシック音楽のような楽器編成と音作りは、惑星ギリシアを表現するために選ばれたものだったのだ。
 たとえば、地球側を管弦楽で、ギリシア側はシンセを使ったSF的なサウンドでと対照的にすることもできただろう。そうはしなかったところに音楽設計の意図を感じる。地球とギリシアが「転生」というキーワードでつながっているところが本作の肝だからだ。ギリシアのサウンドが地球でも聴こえるところに音楽的たくらみがある。
 筆者は現代音楽の書法で書かれたサスペンス曲が気に入っている。女性科学者の混乱と恐怖を描く9曲目「ゲルタ」やギリシアの王宮の陰謀を描写する14曲目「ゲオルカ」、屈折した愛情から芽生える怒りを表現した21曲目「デュマの怒り」、緊迫した戦いを描く22曲目「戦闘」など、どれも精緻なオーケストレーションで組み立てられた曲ばかりである。
 シンセやエレキギターなどの電気的な楽器を使えば、もっとストレートに、わかりやすく、強烈な印象を与える曲が作れたはずだが、どこまでも生の楽器にこだわったところに意味がある。この生々しい感じ、人の手と呼吸が生み出す音が、惑星ギリシアと地球を結ぶ物語に真実味を与えるために必要だったのだろう。この音だからこそ、視聴者はヘルガやトーマやデュマの苦悩を、息苦しいほどに身近に感じることになる。『ファンタジックチルドレン』の音楽は、2億光年の空間と500年の時間を超えて旅する人々の苦悩と救済の音楽なのである。
 BGMパートを締めくくる25曲目「終焉」は、それまで聴いてきた曲の緊張感や寂しさを吹き飛ばす美しい曲。管弦楽が奏でるやさしい音色に心が休まる。上野耕路が作り出す音楽の振り幅の大きさを実感するところだ。長い旅を終えて暗い森から抜け出し、一気に視界が広がったような気持ちになる。
 エンディング曲「水のまどろみ」は、本連載の『十二国記』の回で紹介した作曲家・梁邦彦の作編曲。エキゾチックなメロディとサウンドが本作の雰囲気にぴったりだ。ロシア語詩バージョンでの収録。番組では、地球のエピソードを描く回では日本語詩バージョンが、惑星ギリシアのエピソードを描く回ではロシア語詩バージョンが使用された。

 『ファンタジックチルドレン』は、映像自体が強い個性を持った作品である。そういう作品であれば、音楽はともすれば映像の引き立て役に徹したり、逆に強い個性で映像と拮抗して主張しすぎたものになったりしがちだ。本作の音楽は、そのどちらでもない。わが道を行くような個性的な音楽でありながら、映像と両立し、画と音でひとつのハーモニーを奏でている。その音が古典的なオーケストラから作り出されていることも驚きだ。アニメ音楽にはまだまだいろいろな可能性と方向性があると感じさせられる、名サントラである。

ファンタジックチルドレン O.S.T. 〜ギリシアからの贈りもの

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Voyage/いのり

※いのりが歌うオープニング主題歌のマキシ・シングル
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水のまどろみ/ORIGA

※ORIGAが歌うエンディング主題歌のマキシ・シングル
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