COLUMN

第79回 強く正しくたくましく 〜ちびっ子レミと名犬カピ〜

 腹巻猫です。5月3日(火・祝)に東京・中野で開催される「資料性博覧会09」に「劇伴倶楽部」で参加します。『伝説巨神イデオン』の音楽研究本「THE MUSIC OF IDEON」の改訂増補版(第3版)を頒布予定。ほか、SOUNDTRACK PUBレーベルの新譜「ジャングル黒べえ オリジナル・サウンドトラック」の先行販売も予定しています(なんらかの事故で頒布できなかったらゴメンナサイ)。お時間ありましたら、ぜひご来場ください。

http://www.mandarake.co.jp/information/event/siryosei_expo/


 東京国立近代美術館フィルムセンターで「生誕100年 木下忠司の映画音楽」なる上映企画が開催されている(4月5日から6月12日まで)。映画音楽家・木下忠司の仕事を60本もの作品で振り返る企画だ。

「生誕100年 木下忠司の映画音楽」
(東京国立近代美術館フィルムセンター公式ページ)
http://www.momat.go.jp/fc/exhibition/kinoshita-2016-4/

 木下忠司って誰? と思った人は今すぐそこに正座するように! そう言いたくなるくらい、戦後の日本映画とともに歩んだ映画音楽の名匠である。
 木下忠司は1916年生まれ。この4月9日に100歳の誕生日を迎えた。仕事はしていないが今もお元気だ(上映企画のトークショーにも顔を見せている)。「生誕100年」は回顧企画ではない。現代を生きる作曲家の人生と仕事を讃える企画である。
 木下忠司の実兄は映画監督の木下恵介。「カルメン故郷に帰る」(1951)、「二十四の瞳」(1954)、「喜びも悲しみも幾歳月」(1957)、「衝動殺人 息子よ」(1979)など日本映画史に残る名作を数多く撮った名監督だ。木下忠司は兄の紹介で松竹の音楽部に所属し、兄弟で二人三脚のように劇場作品やTVドラマを作ってきた。先に挙げた木下恵介作品の音楽も木下忠司が担当している。
 もちろん、それ以外の仕事も多い。「大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン」(1966)や東映の「トラック野郎」シリーズ、TV時代劇「水戸黄門」(1969-2011)やTVドラマ「特捜最前線」(1977-1987)などの作品は、筆者の世代にはおなじみだろう。「水戸黄門」の主題歌「あゝ人生に涙あり」は日本人なら誰もが知っている木下忠司の代表作のひとつ。ボレロのリズムに乗せて、懸命に生きる人間の哀愁とたくましさを歌ったこの歌は木下忠司の音楽性をよく表わしている。
 木下忠司は、アニメ音楽でも重要な仕事を残している。東映動画(現・東映アニメーション)の初期の長編劇場アニメ『白蛇伝』(1958)、『安寿と厨子王丸』(1961)、『ちびっ子レミと名犬カピ』(1970)の音楽を担当したのが木下忠司だ。TVアニメでは『カリメロ』(1974)、『バーバパパ』(1977)、自ら企画も手がけた『赤い鳥のこころ 日本名作童話シリーズ』(1979)の3作がある。若い人にはなじみが薄いかもしれないが、アニメ音楽を語る上で、一度は聴いておきたい作曲家である。
 今回はアニメ作品の代表作とも呼べる『ちびっ子レミと名犬カピ』を取り上げよう。

 『ちびっ子レミと名犬カピ』は1970年3月に「東映まんがまつり」の1本として上映された東映動画制作の劇場アニメ。原作はTVアニメにもなったエクトール・マロの「家なき子」である。監督は『わんぱく王子の大蛇退治』(1963)、『サイボーグ009』(1966)などを手がけた名演出家・芹川有吾。長大な原作を80分にまとめた瀬川昌治の脚色、17〜18世紀のヨーロッパ絵画を思わせる美しい美術、森やすじ原画の作画などが印象深い。朝井ゆかりが凛とした声で演じるレミのひたむきさが胸を打つ。芹川有吾らしい、人間愛にあふれた娯楽作品である。
 木下忠司の音楽がまたすばらしい。奇をてらわない正攻法の音楽で、母子の愛、レミとビタリスの絆、レミのまっすぐな心情を歌い上げる。やりすぎるとお涙ちょうだい的になるところだが、品格ある美しいメロディが下世話な音楽になるのを抑えている。
 本作の音楽は単独のサントラ盤としては発売されず、1996年発売の10枚組CD-BOX「東映動画長編アニメ音楽全集」の10枚目に『どうぶつ宝島』(! これも大好き)とのカップリングの形で抜粋収録された。
 収録曲は以下のとおり。

1〜17=『どうぶつ宝島』の音楽
18.レミのうた(歌:フォンテーヌハーモニー)
19.家なき子レミ
20.バルブランの子守唄(歌:市原悦子)
21.別れと旅立ち
22.ビタリス一座
23.苦難の旅路
24.遠い国(歌:朝井ゆかり)
25.アベ・マリア(歌:友竹正則)
26.ジョリクール死す
26.白鳥号の母子
27.自由を求めて
28.再び母の胸に〜エンディング

 芹川有吾は音楽をとても大切にする演出家である。「芹川マジック」とも呼べる音楽演出で涙があふれてしまうこともたびたび。そもそもが泣ける原作をもとにした本作では、ここぞという場面で女声コーラスを挿入する音楽演出が絶大な効果を上げている。
 1曲目は東映マークに流れる銅鑼とハープの曲から始まる。軽快なウェスタン風のリズムを伴奏に歌われる主題歌「レミのうた」が続く。哀愁を帯びたメロディと力強いリズムで前進する気持ちを表現する曲調は木下忠司の真骨頂。この歌は、物語終盤、ビタリスと悲しい別れをしたレミが再び立ち上がってパリに向かう場面にも使用されている。
 2曲目「家なき子レミ」はレミの育ての父・ジェロームが帰ってきて、レミが自分が捨て子であることを知る場面の不安と哀しみの曲。不安感を盛り上げるドラマチックな曲想は時代劇や刑事ドラマなどの音楽に通じる。木下忠司の職人的な音楽作りが光るところだ。ちょっと「仮面ライダー」のサスペンス音楽っぽくもあるが、「仮面ライダー」の作曲家・菊池俊輔は木下忠司の弟子なので、作風が似ていても不思議はない。
 3曲目の「バルブランの子守唄」はレミの育ての母・バルブラン夫人が歌う3拍子のやさしい子守唄。バルブラン夫人の市原悦子が歌っている。劇中では1コーラスのみだが、CDでは2コーラス収録。
 4曲目「別れと旅立ち」はレミとバルブラン夫人の別れの曲。夫のジェロームがレミを連れて行ったことを知って後を追うバルブラン夫人。曲は映像の展開に合わせて、バルブラン夫人の驚きと焦燥、悲しみを描写する。
 このあと、バルブラン夫人がレミを見送る場面の女声コーラスを交えた音楽がすばらしいのだが、残念ながらCDには未収録。CDでは比較的動きのある曲を中心に選曲されている。
 ビタリス一座が芸を見せる場面の楽しい「ビタリス一座」、犬のゼルビノとドルチェが狼に襲われる場面の悲劇的な「苦難の旅路」、レミが広場で歌う「遠い国」と元オペラ歌手の過去を持つビタリスが歌う「アベ・アリア」(歌は声楽家の友竹正則による吹き替え)、そして、名優ジョリクールの哀しい死の場面の曲「ジョリクール死す」。旅芸人の一員になったレミの波乱に満ちた旅が音楽で綴られる。
 「白鳥号の母子」は物語の転換点となるシーンの音楽だ。レミが運河を航行する船・白鳥号と出会い、ミリガン夫人とその娘リーザと共にひとときを過ごす場面。木下忠司の端正な音楽の美しさが胸にしみる。
 ミリガン夫人の財産をねらうジェームズに捕えられたレミが脱出する場面の「自由を求めて」は、木下忠司が得意とするスタイルの活劇曲。弦と金管の緊迫感に富んだかけあいが「水戸黄門」の立ち回り音楽を思わせて楽しい。
 最後の「再び母の胸に〜エンディング」は、ミリガン夫人とリーザが乗った船を追って、背中にレミを乗せたカピが懸命に海を泳いでいく場面の曲。主題歌のメロディが力強く演奏され、「がんばれレミ」の女声コーラスがレミを応援するように聴こえてくる。芹川有吾の演出と木下忠司の音楽が作り上げた名場面だ。苦難の中でも希望を忘れず、何度でも立ち上がろうとする人間を描くとき、木下忠司の音楽はがぜん本領を発揮する。真正面から人間賛歌を歌い上げる木下忠司の音楽に、「その手には乗らないぜ」と思っていても感動してしまうのである。

 松竹でキャリアを築いてきた木下忠司の音楽には、庶民の喜怒哀楽に寄り添う作品を作ってきた松竹イズムともいうべき心性が宿っているような気がする。洗練より素朴、理屈より情緒、どんなに辛くても強く正しくたくましく。バイタリティに富んだ人間を描く音楽が、聴く者にも活力を届ける。泥臭いけれど、心に響く。いや、泥臭いからこそ、心に響く。そういう音楽だ。
 木下忠司がアニメ音楽に残した影響は思いのほか大きい。『タイガーマスク』『ドラえもん』の作曲家・菊池俊輔を世に出したこともそのひとつ。また、本作の音楽は東映動画作品の「感動音楽」のひとつの典型となり、いろいろな作品に流用されている(諸事情により詳しくは書けません……)。昭和のアニメ音楽をふり返るとき、忘れてはならない作家なのである。
 『ちびっ子レミと名犬カピ』の単独サントラは発売されていないと書いたが、サントラ以外で本作の音楽を楽しむ方法がある。東映ビデオから発売されている本作のDVDのメニュー画面で「音声選択」⇒「BGM」を選択すると、映像を映しながら音楽のみを再生できるのだ。ぜひお楽しみいただきたい。
 冒頭に紹介した「生誕100年 木下忠司の映画音楽」では、木下忠司のアニメ作品も上映される。これからのスケジュールでは下記の上映が予定されている。

・5月5日『白蛇伝』『ちびっ子レミと名犬カピ』
・5月6日『安寿と厨子王丸』
・5月15日/6月1日『赤い鳥のこころ 日本名作童話シリーズ』

 スクリーンで観られる貴重な機会なので、都合のつく方は足を運んでみてはいかがだろうか。

(再掲)「生誕100年 木下忠司の映画音楽」
http://www.momat.go.jp/fc/exhibition/kinoshita-2016-4/

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