今もずっと続いてる『ちびまる子ちゃん』だが、1995年に再開した第2シリーズ(これが今に至るまで続いている)のスタッフに加わって、しばらく各話演出をやってたことがある。
で、その仕事をしていてしばらく経って、「まる子の服装をちょっと整理したいのだけれど」という話がどこからか出てきた。たぶん、色彩設計あたりからだったような気がする。まる子の服というと、「白いブラウスに赤い吊りスカート」というのがまずあって、寒い季節にはその上に羽織る黄色いカーディガンがあって、「白い襟のついた黄色い上に、ピンクの長ズボン」があって……という感じなのだけど、その当時は実は結構とんでもないことになっていて、まる子の服は毎回その回限りのものをいっぱい作っていたのだった。なので、「白い襟のついた黄色い上に、ピンクの長ズボン」というのも、服にボタンがあったりなかったり、襟に模様が入ってたり、丸い襟だったり、四角い襟だったり、と色々で、黄色やピンクもちょっとずつ違う黄色だったりピンクだったり赤かったりしていた。それにその都度、色彩設計で色をデザインしていたのだった。これはたしかに整理したほうがいい。
だけど、この「毎週毎週作り続けるTVアニメで、主人公の服装に『決め』がない」というのは、生活ものとしてはなんだか納得できるような気もしていて、ちょっと魅力的に感じてもいた。その当時、ふつうのTVアニメなんて主人公がずっと同じ服の着たきりスズメでいるのだけど、その方がおかしい気がしてしまう。洗濯しなくって大丈夫なのか、とか。ただ、『ちびまる子』は1974年春の学期始まりから75年3月の年度終わりまでが舞台で、その1年の中だけの話を何周も繰り返すという仕掛けなので、服を持ちすぎてるのも変といえば変ではあった。
というところで、『この世界の片隅に』に話を戻すのだけれど、この話の主人公すずさんは服装のバリエーションをどれくらい持っているだろうか。洗濯とか食事作りだとかがど真ん中に座ったこの作品で、こういったところが肝心要のはず、と思う。
ここのところしばらく海軍さんの制服関係を整理していたのも(この作業は最終的には、進駐軍の米軍の服装の整理というところまで行き着いた)、もともとはすずさんの夫の周作さんの服装をちゃんとしておかなくちゃ、というとことから始まって、作業がずい分と遠大になってしまったものだった。
原作を引っ張り出して、すずさんたちの服装を追っかけ始めてみると、それだけでもひとつの世界に引きずり込まれる。
ひとつの服がどのようにその人物の手に入り、また離れてゆくのか。こうのさんのマンガはその仔細を丹念に描いている。戦時中のことだから衣料の入手も困難で手持ちのものはできるだけ活用していかなくちゃならない、ということもあって、服としての形が変わってしまったり、あるいは服でないものにさえ変わってしまうこともあるのだけれど、布地の模様を追いかけてみるだけでいい、ふいにとんでもない以前の「あの時のあの模様」が登場して、そのたびごとに心打たれてしまうのだ。
最初の上・中・下3巻ある単行本のカバーを外して表紙にデザインされているものを見てみよう。様々な小物たちがすずさんの毎日を彩り、それが彼女のかけがえない記憶となって残ってゆく様が、もうそのあたりに十分表現されている。
そういう「仕掛け」で原作ができてるのならば、こちらもそこは大切にしていかなくちゃならないし、していきたい。ほんとはここぞとばかりに徹底的に描いていきたいような気もする。そのためには、映画としての「尺」ではかなり足らないような気がして、この作品はTVシリーズとして作ったほうがよいのじゃないかと思ったことがあるし、企画書にそういうことをちらっと書いてみたりもした。
いずれにしても、できる限りの表現はしてみようと、すずさんがどれくらい衣装を持っているのか、今現在あらためて整理を進めてみている。今のうちにやっておかないと、かなり入り組んで複雑で大変なので、あとからでは大混乱するのが目に見えている。
ということでやってみたら写真のようになった。
今回の写真は3枚がすずさんの着るもので、あとはすみちゃんと径子さんのが1枚ずつなのだけれど、これでもそれぞれの人物の持ち衣装の全てというには全然足らない。
そして、そのほかにも登場する大勢の人々、特にごく普通の「群衆」とか呼ばれてしまいがちな人たちの服装にその時期時期にあったデザインや模様や配色を与えたい。せめて、あまり突拍子もないことにならないようにしたいし、できればリアルにあの時代を切り取って再現できるとよいのだろうと思う。
けれど、リアルって?
昭和20年に14歳で女学生だった人の絵日記で、絵がマンガっぽくて、感心するぐらい上手に彼女が見た世界を切り取っているのがあって、空襲下の人々は本来は毒ガスマスクの入れ物だったみたいな雑嚢とか肩掛けカバンをやたら肩からかえているのだが、まさにその当時描かれたはずのその絵日記の絵を見ると、女学生や若い女性はそんなところに「お花」や「ねこさん」の縫い取りを入れてたりするのだった。
そういう「リアル」もあるのだと思う。どこかに取り入れてみたい。
しかし、こうやって整理できる「形」はよいとして、しかし、問題は色だなあ。配色のリアリティは問題だ。
原作にカラー原稿のページはあまりなくって、単行本の表紙を含めても数えるほどしかない。最初の上・中・下3巻ある単行本の表紙と扉でほとんど使われきっていて、あとで前・後2巻のものが出たときに使い残されていた最後のカラー原稿も前編の表紙になって、結局、7点くらいがすずさんの着ているものの「色」としてよりどころにできるすべて。
昭和12年から始まってしまった「戦時中」には、染料の生産統制も行われていて、具体的にこれこれと指定された何種類かの色以外の染料は排除されてしまっているみたいでもある。この辺はもうちょっと色々ひもといてみたいところ。
親と子の「花は咲く」 (SINGLE+DVD)
価格/1500円(税込)
レーベル/avex trax
Amazon
この世界の片隅に 上
価格/680円(税込)
出版社/双葉社
Amazon
この世界の片隅に 中
価格/680円(税込)
出版社/双葉社
Amazon
この世界の片隅に 下
価格/680円(税込)
出版社/双葉社
Amazon