COLUMN

第36回 遥かなる粗食の時代、いずこ

●2013年5月19日日曜日(あれ? 企画開始から何日目だっけ。来週までに思い出します)

 前にこうの史代さんと話をしてたら、「楠公飯ってどんな味でしたか?」といわれた。さすがマンガを連載中はそのこと自体で必至で、作中に登場する戦時代用食を作って実食するどころではなかったとのこと。2012年の春には我々の準備班スタッフだけで『この世界の片隅に』の中ですずさんが作る戦時代用食を実際に作って食べてみるところまではやっていた。我々の方の作業は色もつけた画面にしなくちゃならないし、とにかくどんなものなのかは確かめておかなくちゃ、ということだったもので。すずさんが作る戦時メニューの材料は主に雑草なのだけれど、春先の草花ばかりなので、試しに作ってみるにしても季節を選ぶ。1年経った2013年の春にもういちどやってみよう、ということにとりあえずしておいた。
 『この世界の片隅に』にはちょっと思惑があって、『マイマイ新子と千年の魔法』のときと同じく、映画の完成後に舞台となった現地を回る催しをやってみたい。いわゆる「聖地巡礼」というのとはちょっと違っていて、『マイマイ新子』で描かれるのが昭和30年だったり千年前だったりするので、その場所に立っても同じ風景はない。この現地探訪ツアーの参加者には「想像力」が要求されることになる。その場所に立って、しかしその土地の違った時代の姿を脳裏に再現してみる、という作業をそれぞれでしてみなくては面白くもなんともないのだ。『この世界の片隅に』も多く実在の土地を舞台にしており、そこがその当時どんなだったか解説できる程度にはこちらの中に蓄えもできている。なので映画完成後には『マイマイ新子』における防府探訪と同じことを呉(や広島)でやってみたいと思っている。自分だけがそう思っているのじゃなく、広島の方々の中にも同じような思いがある。なので、4月にその実験会をやってみたのだが、参加者からアンケートを取ってみたら案の定、「すずさんが作ってた食事を作って食べる体験も交えてほしい」というご感想があった。
 だけどどうなのだろう。その辺の道端に生えている草をお客さんに食べさせるというのは、衛生だとかそういった観点からしてマズいのではないのだろうか。ということで、自分たちが内々にやっているのと同じことを一般から募集したお客さんにしてもらうわけにはいかないように思ってしまうのだった。
 しかし、実験なんだから「志願者」ならよいのじゃないか。
 ということで、4月の呉ツアー実験の参加者や、これまでの準備作業で資料協力していただいている方々の中から志願者を募ってみた。最大限度30名、という線で踏んでいたのだが、実際、自分たちや丸山正雄さん含めて29人集まってしまった。あ、あとうちのワン公も、ね。家の比較的近所でやるのだし。
 場所は、2012年秋に、「すずさんと同じ方法で落ち葉から炭団を作る実験」をやってみた所沢の古民家。
 食材は、散歩の犬のオシッコなど浴びてないようなものを探して入手してきたもの。

 場所が駅から遠いので、所沢駅まで参加者を車で迎えに行かなくてはならない。しかも、当方の車両2台に乗り切れえる人数じゃないので、2便立てなくちゃならない。直接自分の車や足で会場に向かう人もいるので、3便にまではならない。ふと考えると駅前のロータリーで乗せるにしても、参加者全員の顔を知ってるのってスタッフ側では自分しかいないのじゃないだろうか。これは制作とかには頼めないなあ。
 ということで、9時40分所沢駅ロータリー集合で第1便を出し、車2台(合計定員12名)で会場まで運んだのち、僕が8人乗れる車1台だけでもう1回戻って10時15分集合の第2班を乗せて運ぶ、という次第になった。で、そのとおりにやって、2回目の車で会場に戻ってみたら、すでに色んなことが始まってしまっていた。
 台所は割烹着やエプロンに身を包んだこうのさん、こうのさんが客員教授をつとめる比治山大学美術科の久保直子先生、うちの浦谷、白飯その他。外の流しとかまどのところには、防府日報の宮村さんほか男性軍。さらに古民家の前にしつらえたテーブルのところでは、栩野幸知さんが戦前とポータブル蓄音機で戦前のジャズレコードを鳴らし、衣装の試着とかをやっている。
 監督はどこにも挟まるところがなく、しかたなく犬を連れて古民家の周りをぐるぐる歩き回るのだった。この古民家には山羊など飼われていて、うちのワン公と山羊の出会いのシーンを観察するなどそれはそれなりに面白かったのだけど、それは本筋ではないような気が。

 できあがった雑草料理はどれもおいしく、カタバミと大根の和えものにはこうのさんが工夫してちらした黄色い小さなカタバミの花などあしらってあり、見た目もきれいでかわいい。
 聞いてみたら、楠公飯はともかくとして、それ以外に作中ですずさんが凝らしているレシピは、どれも戦時中のものそのままではなく、こうのさんオリジナルのものだとのこと。和服の着物からもんぺを作る方法にしたって当時の婦人雑誌などに載っているそのままではなかったし、すずさんさんは「ただの戦時中の人」ではなくこうのさんによって造形されていたのだった。
 こうのさんといえば、「夕凪の街 桜の国」の題名の典拠となった太田洋子の著作のうち「夕凪の街と人と」は読んだ上でのことだったが、戦後再刊されていない「桜の国」は未読だったとのことで、こちらでたまたま古本で見つけたものがあったので、お貸ししてあった。その感想などうかがった。ちなみに太田洋子の「桜の国」の主要登場人物の1人は「新子」というのだった。

 雑草を料理に取り込んで食べる、という体験はよかったのだけれど、それだけでは味気なくなってしまうかもしれないと思ってそのあとをバーベキューにしたのはひょっとしたら失敗だったかもしれない。とてもおいしかったのだけれど。食糧の乏しい時代の主婦の工夫を印象とするはずの催しが、みんなでもちよった大量の肉を消費する飽食の時代の記憶で埋め尽くされてしまったような気がする。次の機会があるならば(あるのかな?)粗食だけにしてみたい。
 そういえば、せっかく手に入れた高粱(戦時代用食といえば高粱に尽きるでしょう)も出しそびれてしまった。サツマイモのツルやカボチャの葉っぱも出そうと思って栽培していたのだが、始めたのが遅すぎて十分育たず、これも出しそびれてしまった。
 これはまたやらなくちゃならないのかもしれない。

親と子の「花は咲く」 (SINGLE+DVD)

価格/1500円(税込)
レーベル/avex trax
Amazon

この世界の片隅に 上

価格/680円(税込)
出版社/双葉社
Amazon

この世界の片隅に 中

価格/680円(税込)
出版社/双葉社
Amazon

この世界の片隅に 下

価格/680円(税込)
出版社/双葉社
Amazon