── 当初から「エロスとバイオレンスに関しては逃げない」という決意のもとに作られていたそうですが、その決心が揺らぐような局面はありましたか。
窪岡 いや、それはなかったです。「やりますよ」とは言いましたけど、「やっちゃダメ」とは言われていないので。
── できあがってから、R-15指定になったり、ならなかったりしたということですか。
窪岡 そうですね。とりあえず作りたいように作って、第III部は「このままだとR-18になります」と言われたんです。さすがにそれだと公開劇場が減ってしまうし、最初からR-15で公開することには決まってましたから、当初の予定どおりになるよう、少し描写を抑えたところはあります。でも、それほど変わってはいませんね。どちらかというと、グロ表現が難しかったですかね。質感を出すのが難しくて……。
── ああ、グロくしたくても、なかなかグロくならない?
窪岡 そうなんですよ。やっぱり、昔みたいにセルに特効を入れるほうが、よっぽど質感が出せてよかった。デジタルだと限界があって、手描きと同じ工程を踏むのに、ものすごく時間がかかってしまう。
── エロスに関しても、アニメ史上空前のレベルでしたね。特に、第II部のグリフィスとシャルロットのベッドシーンは、今までに観たことがないほどの濃さでした。
窪岡 ハハハハ(笑)。まあ、大人向きの作品ですしね。作るほうとしては淡々と、「観せきってみよう」みたいな気持ちでやっていました。あの場面、最初に観たときはすごく短かったんですよ。もう、あっという間に終わっちゃって「これはマズイ」と(苦笑)。それで回想シーンをずいぶん足して、長く感じる印象にしたんです。
── ベッドシーン自体のカットを増やしたわけではなく?
窪岡 それは全くないです。グリフィスの脳裏にガッツの思い出がよぎるシーンは、最初は2カットぐらいしかなくて。それで、ほかに回想として入れられるカットを持ってこようと、いろいろ探してきて。「あ、これならグリフィスの思いや感情が十分に出るかな」というところまで膨らませて、今のかたちになったんです。……やっぱり難しいですね、ああいうシーンは(苦笑)。
── 第III部の序盤でも、ガッツとキャスカのラブシーンが丁寧に描かれてますね。グリフィスとシャルロットのそれとは、ずいぶん対照的ですが。
窪岡 そうですね。言ってみれば、グリフィスとシャルロットのほうは、ベッドシーンなのに愛情が全くない。ガッツとキャスカのシーンはその逆なので、そんなにエグくはやらないつもりでした。あのくだりは音楽にも助けられたし、背景の滝もいい感じにできていて。CGさまさまでしたね。
── 下世話な話ですが、陰毛はOKだったんですね。
窪岡 うん、それに関して何か言われたこともありませんでした。あえて不自然に隠すのはやめようと思って(笑)。第Ⅰ部でもキャスカのフルヌードが早々に出てきますけど、あれも「こういう作品ですよ」と先に言っておきたかった、という意図があります。ことさら品よくやる気もなかったし、見えて当たり前のときは普通に見せようと。
── 第II部ではグリフィスの股間も見えてましたよね。
窪岡 あれも、そこまではっきり見せるつもりはなかったんですけど、意外と暗くならなかったですね(笑)。まあ、それはそれでありかな、と。どこからどう観ても大人向けのダークファンタジーですし、そういうことがやれるのも映画のメリットのひとつでもあるし。物語に関してそこまで尺が割けない分、エロ・グロ・バイオレンス方面では頑張ろう、という意識はありました。
── 特に、第II部・第III部の見ごたえは相当なものでした。エロスもバイオレンスも。
窪岡 通常の2~3倍の物量をやっている感はありましたね。第I部は第I部で、戦闘シーンばかり固まっちゃって「大変だなあ」と思ってましたけど(笑)。
── そして、第III部の最大の見せ場であり、3部作全体のクライマックスにもなっている「蝕」が、なんといっても素晴らしい。特に、ガッツの腕がちぎれるところのボルテージの高まりはすごかったです。
窪岡 あれはアニメーションディレクターの岩瀧(智)さんが、自分で原画を描いていました。音も痛そうでしたよね。あと、血の質感にも結構こだわっていました。普通のセルだと塗り絵になってしまうけど、そこはデジタルのメリットですね。なるべく血が単なる赤い筋にならないよう、何枚かセルを重ねて、それぞれ質感を調整してやっているんです。
── 「蝕」に関して、特に苦労されたところは?
窪岡 やっぱり、キービジュアルを決めるまでが本当に大変でしたね。CGでやるつもりは最初からあったんです。同じものばかり出てくるので、明らかにCG向きですしね。だから、単純にセットのようなものを作って、カメラを普通に切り返せば、欲しい画が撮れるんじゃないかと思ってたんです。だけど、全然そんな単純にはいかなくて(笑)。そういうやり方だと、やっぱりゲームみたいにしか見えないんですよね。じゃあどうするんだということで、手探りで解決策を見つけるまでに、かなりかかりました。去年(2011年)の秋ぐらいから始めて、方法論が見えたのが今年(2012年)の2月か3月だったかなあ。
── それは主に「蝕」の表現について?
窪岡 そうです。シーン全体のガイドにするためのビジュアルについてですね。どうすればセルとCG背景が共存できるのか、画面のまとめ方を具体的にどういう手法に落とし込むのか、といった部分です。そのひな形を作る作業に予想以上に手間取った。いったん始まると結構長い場面なので、そのままだとあまり変わり映えしないじゃないですか。だから、どこかでステータス変化のようなことをやりたいとは思っていたんですけど、あそこまでビジュアルとして有名になっていると、下手にいじれないんですよね。あんまり違ったこともやりづらいし。美術は本当に大変でしたね。
── 前のTVアニメでも、確か、小林七郎さんが「いくつ骸骨を描いたか分からない」とおっしゃっていました。
窪岡 あの人間の顔でできている地面に関しては、最初に3Dでテクスチャとして貼ったとき、デジタルならではの「嘘がつけない」ところが悪い方向で出てしまったんです。足元だと顔のサイズですけど、遠景になると単なるブツブツになってしまうんですね。そこだけ点描みたいになって、一気に情報量が増えちゃったりとか。
── ああ、なるほど。
窪岡 あとは単純に、3Dで落ちる影が正確すぎて、不自然な感じがしたりとか。3Dの正確なパース感が、逆に邪魔なんですよ。それを途中で断ち切れば、結構画に見えるんだということに気づくまで、やや遠回りをしてしまいましたね。昔からアニメでやってきたような、近景・中景・遠景という描き割り方式でやったほうが、全然結果がいい。結局、CGでレンダリングした背景を美術さんがレタッチする、アナログ要素を意図的に付け足していくという方向で作っていましたね。
第4回につづく
●関連サイト
『ベルセルク 黄金時代篇』公式サイト
http://www.berserkfilm.com/