腹巻猫です。2月11日にミューザ川崎シンフォニーホールで開催されたフィルムスコア・フィルハーモニック・オーケストラのコンサート「GEKIBAN! -Anime Symphonic Journeys-」に足を運びました。日本のさまざまなアニメ音楽をオリジナルスコアで演奏する画期的なコンサート。1960年代の『ジャングル大帝』から2020年代の『すずめの戸締まり』までバラエティに富んだ選曲と演奏を堪能しました。
中でもオーケストラの豊かな響きに感動したのが、「交響組曲 機動戦士ガンダムSEED」からの1曲「Finale 第十章 闘いの果て届けられた想い」。『SEED』の音楽のすばらしさを改めて実感しました。
今回は1月26日に公開された「SEEDシリーズ」最新作『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』を取り上げます。
『機動戦士ガンダムSEED』は2002年〜2003年に放映されたTVアニメ作品。21世紀初のガンダムシリーズとして幅広い世代の人気を集め、2004年〜2005年には続編『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』が放映された。『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』は、その『DESTINY』の2年後を描く、完全新作劇場アニメだ。
C.E.(コズミック・エラ)75、遺伝子調整がおこなわれた人類(コーディネイター)と従来の人類(ナチュラル)とのあいだの闘争はひとまず終息したが、世界各地ではまだ紛争の火種がくすぶっていた。その事態を鎮めるために世界平和監視機構コンパスが設立され、キラ・ヤマト、シン・アスカらはコンパスの一員として平和維持活動を続けていた。そんな折、新興国家ファウンデーションからの要請を受けて出動したコンパスは、何者かの罠にかかって猛攻撃を受け、敗走。コンパス総裁であるラクス・クラインが拉致されてしまう……。
『DESTINY』から『FREEDOM』まで、物語の中では2年しか経っていないが、現実の時間では20年が経過している。そのブランクを感じさせないエネルギッシュな映像に感嘆した。戦闘描写も人間ドラマも実に濃厚で『SEED』らしい。それもそのはずで、本作には『SEED』『DESTINY』の主要スタッフ、キャストが集結している。もちろん、音楽を担当した佐橋俊彦も。
もともと「SEEDシリーズ」は音楽の人気が高かった作品である。佐橋俊彦による劇中音楽を収録したサウンドトラックCDは、『SEED』『DESTINY』ともに4枚が発売され、ほかに両作品の交響組曲「シンフォニーSEED」シリーズ、キャラソンとドラマと佐橋俊彦作曲のインスト曲を収録した「SUIT CD」シリーズなど、多彩な音楽商品が発売されている。また、梶浦由記が手がけたエンディング主題歌や挿入歌も評判を呼んだ。筆者も『SEED』で初めて梶浦由記の名を意識した思い出がある。
佐橋俊彦は、ウルトラマンシリーズや仮面ライダーシリーズ、スーパー戦隊シリーズなど、日本を代表するヒーロー作品の音楽を手がけた作曲家。が、『機動戦士ガンダムSEED』の音楽は、そうしたヒーロー音楽とはひと味違うアプローチで作られている。繊細な人間ドラマや心情を描写するために不協和音を取り入れたり、モビルスーツのスピード感と重厚さを表現するためにシンセサイザーのリズムにオーケストラを重ねたりと、サウンドが複雑かつ現代的になっているのだ。いっぽうで、佐橋俊彦が得意とする勇壮で胸躍るような楽曲も登場する。ガンダムシリーズらしいシリアスな曲とスーパーロボットアニメを思わせる燃える曲が共存するのがSEEDシリーズの音楽の魅力であり、人気のゆえんだろう。
『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』でも、20年前のTVシリーズとまったく変わらない熱量のある音楽を聴くことができる。サウンドトラックCDのライナーノーツで佐橋は、「作曲に入ったとたん、この長かったブランクがまるで無かったかのようにTVシリーズ終了時の情熱を取り戻すことができ、このシリーズの持つパワーの凄さを改めて実感した」とコメントしている。
映画音楽の核として佐橋が設定したのは、新たに登場する宇宙戦艦ミレニアムのテーマ、新たな敵キャラクター・オルフェのテーマ、そして、今回の物語のカギとなるキャラクター・ラクスのテーマである。
この3つのテーマの変奏が随所にちりばめられる中、『SEED』『DESTINY』で使われた懐かしいメロディも劇中で聴こえてくる。古くからのSEEDファンにはたまらない音楽演出である。そして、激しい戦闘シーンを彩る楽曲のダイナミックでパワフルなこと。劇場で音を浴びるよろこびを感じさせてくれる作品だ。
本作のサウンドトラック・アルバムは映画公開日と同じ2024年1月26日に「『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』オリジナルサウンドトラック」のタイトルでバンダイナムコミュージックライブから発売された。CD2枚組。収録曲は以下のとおり。
〈DISC1〉
- 序章
- ミレニアム出動
- フリーダム突入
- アークエンジェルのクルー達
- ラクスの憂い
- 心待ちな刻
- 逡巡する者たち
- 航行するミレニアム
- オルフェ
- ファウンデーション
- 挑発
- 優雅なる円舞曲
- 魅惑的な対話
- 月と光
- 作戦始動
- 陥穽
- 孤立無援
- 迫る危機と混乱
- 必死の攻防
- 援軍
〈DISC2〉
- 憂慮
- レクイエム
- 宣告
- 知られざる真実
- 打開策
- 然ればこそ
- 潜入開始
- 勇壮なる出航
- 強行
- 突進
- 平行線
- 中央突破
- 出撃!デスティニー
- 総力戦
- 熾烈な戦い
- 艦隊戦
- 自由への祈り
- 決意の出撃
- 対決の刻
- 自由を賭けた決戦
すべてが佐橋俊彦によるもので、主題歌、挿入歌は収録されていない。劇場版で使用された全曲を使用順に収録している。
ディスク1の1曲目「序章」は冒頭のプロローグに流れる曲。この曲で早くも「オルフェのテーマ」が提示されている。ラクスを篭絡しようとする謎めいた美青年オルフェのテーマは、哀愁を帯びたクラシカルな旋律で奏でられる。劇場パンフレットに掲載されたインタビューによれば、福田己津央監督から「オルフェの曲はチャイコフスキーのイメージで」というリクエストがあったそうだ。劇中では、ラクスとオルフェの対面の場面の曲「オルフェ」(ディスク1:トラック9)、ラクスとオルフェが語らう場面の優雅なワルツ「魅惑的な対話」(ディスク1:トラック13)、オルフェが真の目的を明らかにする場面のサスペンスタッチの「宣告」(ディスク2:トラック3)などでオルフェのテーマの変奏を聴くことができる。
トラック2「ミレニアム出動」は、宇宙戦艦ミレニアムの出動場面に流れる「ミレニアムのテーマ」。佐橋俊彦の本領発揮とも言うべき、高揚感たっぷりの楽曲だ。このテーマは、「航行するミレニアム」(ディスク1:トラック8)、「勇壮なる出航」(ディスク2:トラック8)、「中央突破」(同:トラック12)など、ミレニアム活躍シーンでたびたび使用されている。「SEEDシリーズ」では、アークエンジェルやミネルバといった宇宙戦艦にそれぞれテーマ曲が書かれており、「ミレニアムのテーマ」もその流れを汲んで作られたのだろう。
そのアークエンジェルのテーマ曲(『SEED』で作られた)が劇中で流れるのが、TVシリーズからのファンには胸アツなところである。始まって間もなく流れる「アークエンジェルのクルー達」(ディスク1:トラック4)でアークエンジェルのテーマのゆったりした変奏が聴ける。さらに中盤のクライマックスを飾る「必死の攻防」(ディスク1:トラック19)にもアークエンジェルのテーマが現れ、続く「援軍」(ディスク1:トラック20)ではアークエンジェルとの別れを惜しむように同じテーマが奏でられるのだ。
『SEED』『DESTINY』から受け継がれた曲はほかにもある。
特に印象深いのは、弱気になったキラにアスランが喝を入れる場面に流れた「然ればこそ」(ディスク2:トラック6)。『DESTINY』のサントラに収録された「信じればこそ」をリアレンジしたものである。2人の友情を想起させる曲として、最高の効果を挙げている。
もうひとつ印象に残ったのが、シンがデスティニーガンダムで出撃する場面に流れた「出撃!デスティニー」(ディスク2:トラック13)。『DESTINY』の曲「出撃!インパルス」のリアレンジである。スリリングな導入部から勇壮なメロディに転じるスーパーロボットアニメ的な楽曲で、聴くと「来た来た!」と思わず拳を握りしめてしまう。
こうした「音楽の引用」による世界観継承の工夫は、ほかにもまだあるはず。『SEED』『DESTINY』のサントラをお持ちの方はぜひ『FREEDOM』のサントラと聴き比べてほしい。
本作の音楽の核となる3つのテーマの最後のひとつ「ラクスのテーマ」は、「ラクスの憂い」(ディスク1:トラック5)で初登場する。ラクスがキラやファウンデーションのことを心配する場面に流れた曲だ。憂いをたたえたメロディーをピアノ、ストリングス、木管が歌い継いでいく。このメロディの一部は『SEED』で佐橋俊彦が作曲したラクスが歌う曲「静かな夜に」から引用されている。
ラクスのテーマは、キラとラクスが互いを気遣うシーンに流れる「逡巡する者たち」(ディスク1:トラック7)の後半でも変奏される。しかし、大きくフィーチャーされるのは終盤のラクスの演説シーンに流れる「自由への祈り」(ディスク2:トラック17)とラクス出撃シーンに流れる「決意の出撃」(同:トラック18)である。これらの場面では、音楽の力も手伝って、ラクスが主役に躍り出た印象がある。
そのあとの音楽演出は興味深い。「対決の刻」(ディスク2:トラック19)では『SEED』の曲「翔べ!フリーダム」の変奏をはじめとする勇壮なメロディが次々と現れてキラの気持ちが表現される。が、最後の曲「自由を賭けた決戦」(同:トラック20)は「オルフェのテーマ」で締めくくられる。なぜ、ラクスのテーマではなく、オルフェのテーマで締めくくられるのだろう?
筆者はこう考えた。劇場版では「自由を賭けた決戦」のあとにエンディング主題歌「去り際のロマンティクス」が流れ、物語をフィナーレへ導く。キラとラクスのドラマは歌で決着をつけ、オルフェのドラマは劇伴で決着をつけたのではないか。「自由を賭けた決戦」で奏でられる「オルフェのテーマ」の変奏は、オルフェへのレクイエムのように聞こえる。ドラマでは深く描写されなかったオルフェの哀しみを佐橋俊彦の音楽が表現しているのである。
本作はぜひ、音響設備のよい劇場で鑑賞してほしい。音楽に包まれているだけで心が燃え立つような気分になる。映画館で体験してよかったと思う作品だ。佐橋俊彦の音楽は、旧作のサウンドを継承しつつ、新しいサウンドを盛り込み、音楽的な聴きどころを随所に配して、劇場版を盛り上げる。こういうのを「熟練の手業」と呼ぶのだろう。
なお、本作のサウンドトラック・アルバムはCD、配信のほか、3月21日にアナログ盤の発売も予定されている。なんと3枚組。いまどきのアナログレコードなのでけっこうな値段だが、佐橋俊彦作品初のアナログ盤(LPレコード)であり、CDにはついてない佐橋俊彦の全曲楽曲解説インタビューブックレットが同梱されるというから見逃せない。
『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』オリジナルサウンドトラック(CD)
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『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』オリジナルサウンドトラック(アナログ盤)
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