腹巻猫です。「音楽物語『窓ぎわのトットちゃん』」をコンサートホールで聴いたことがあります。黒柳徹子さんの語りとオーケストラの生演奏による音楽劇でした。『勇者ライディーン』や『くまの子ジャッキー』などのアニメ音楽で知られる小森昭宏が作曲を担当。メインテーマは「窓ぎわのトットちゃん」と自然に歌えるメロディになっていて、終演後もつい歌ってしまいます。物語の中で子どもたちが歌う「トモエ学園」の歌も印象的でした。
『窓ぎわのトットちゃん』が劇場アニメになると聞いて、いちばん気になったのは音楽でした。「音楽物語」の音楽は使われるのか? 使われないとしたらどんな音楽になるのか?
今回はその劇場アニメのお話。
「窓ぎわのトットちゃん」は黒柳徹子が1981年に発表した自伝的小説。日本でヒットしただけでなく、世界中で翻訳され、発行部数は全世界累計2500万部を超える。大ベストセラーである。
その小説をもとに作曲された「音楽物語『窓ぎわのトットちゃん』」は1982年に初演され、2022年までに32回も公演されている。こちらも広く親しまれた名作だ。レコードやCDにもなっているので、生で聴いたことがなくても知っている人は多いだろう。
劇場アニメ『窓ぎわのトットちゃん』は、原作小説の初のアニメ化作品。監督・脚本・八鍬新之介、アニメーション制作・シンエイ動画のスタッフで作られ、2023年12月に公開された。
映像のない「音楽物語」では自由に想像をふくらませてトットちゃんの物語をイメージしていたので、アニメ化すると知ってちょっと心配した。イメージと大きく違っていたら辛いなと思ったのだ。
しかし、心配することはなかった。劇場アニメ『窓ぎわのトットちゃん』はすばらしい作品だった。冒頭、トットちゃんの登場シーンで描かれる街の人々の動きから心をつかまれる。スタッフが本気で、丁寧に作品を作っていることが伝わってくる。アニメならではの表現を駆使した、小説や音楽物語とは異なる魅力を持った感動的な作品に仕上がっていた。
気になる音楽は、劇場アニメ『耳をすませば』『猫の恩返し』、TVアニメ『日常』などの音楽を手がけた野見祐二が担当。
結論から言えば、アニメ版『窓ぎわのトットちゃん』の音楽は「音楽物語」とは別ものだった。生楽器による音楽という共通点はあるが、「音楽物語」からのメロディの引用などはない。アニメ版『窓ぎわのトットちゃん』にふさわしい独自の音楽になっている。子どもたちが歌う「トモエ学園」の歌(サントラには未収録)は「音楽物語」と同じようだが、これは小森昭宏の創作ではなく、黒柳徹子と子どもたちが実際に歌っていた歌なのだろう。
本作の舞台は1940年前後から1945年まで。野見祐二は、「その時代にはあり得なかった音楽のスタイルや楽器の音は使わない方針で」音楽を作った、とサントラCDのライナーノーツでコメントしている。現代的なリズムや電子楽器の音は使わないと作曲の枷をはめたわけだ。といっても当時の日本で流行していた音楽の再現というわけでもない。当時あり得たかもしれない音楽としての劇伴なのである。
八鍬監督は本作についてのインタビューに答えて、ケレン味を削った「引き算」の演出を心がけた、という意味のことを語っている。その考え方は、音楽作りにも反映されている。
結果、本作の音楽はトットちゃんの世界に自然になじむ、素朴でどこか懐かしい響きのものになった。サウンドトラックだけを聴くと地味に感じるかもしれないが、映像と一体となったときに効果を発揮する。正攻法の映画音楽である。
本作のサウンドトラック・アルバムは「映画『窓ぎわのトットちゃん』オリジナルサウンドトラック」のタイトルで、2023年12月6日にNBCユニバーサル・エンターテイメントから発売された。収録曲は以下のとおり。
- 映画『窓ぎわのトットちゃん』タイトル
- トットちゃん興奮する
- トットちゃんはどんな子?
- トットちゃんのまどろみ
- おはよう
- ロッキーは良い子
- 夢の客車は走る
- 「犬」〜「うぐいす」
- よくかめよ
- お財布探し
- お家に帰ろう
- 一日の終わりに
- 教室がやってきた
- 水のフェアリー
- 君はともだち
- 木の上の世界へ
- 魔法の箱ってなに?
- こんにちは、ひよこさん
- リトミック
- こま
- コマ変奏曲
- 友だちを乗せて走れ
- 皇紀2600年奉祝曲オープニング
- 皇紀2600年奉祝曲エンディング
- トモエ学園の運動会
- 日がくれた 独唱
- 日がくれた
- 日がくれた エンディング
- ぼんやりした不安
- あの人は何処に?
- よくかめよ
- 雨にかめば
- Deep River
- タイスの瞑想曲 ヴァイオリン独奏
- 賛美歌474番
- 心の窓
- トットちゃんの悲しみ
- よくかめよ
- トットちゃんは良い子
- さよならトモエ学園
●ボーナストラック
- 竹に雀
- 水のフェアリー (Piano solo ver.)
- Deep River(Instrumental)
- 心の窓(Instrumental)
あいみょんが歌う主題歌「あのね」は収録されていない。
曲数が多いのは、1分に満たない短い曲が多いから。フィルムスコアリングで細かく音楽をつけていることがわかる。
本アルバムで注目してほしいのは、トットちゃんが通うトモエ学園の校長先生・小林宗作が書いた曲が聴けること。小林宗作は実在の人物で、トモエ学園で「リトミック」と呼ばれるユニークな音楽教育を行っていた。サウンドトラックに収録された以下の曲が、小林宗作の作品である。
「犬」〜「うぐいす」(トラック8)
よくかめよ(トラック9、31、38)
リトミック(トラック19)
こま(トラック20)
日がくれた(トラック26、27、28)
また、「皇紀2600年奉祝曲」(トラック23、24)、「タイスの瞑想曲」(トラック34)、「賛美歌474番」(トラック35)は西洋の既成曲で、それぞれ、リヒャルト・シュトラウス、ジュール・マスネ、レジナルド・ヒーバーの作曲。「Deep River」(トラック33、43)、「竹に雀」(トラック41)も既成曲だが、こちらは作曲者不詳となっている。
こうした当時の実在の楽曲と、野見祐二が手がけたオリジナル楽曲が自然に共存しているのが、本作の音楽のユニークさであり、魅力である。
「音楽物語」とアニメ版の音楽は別ものと書いたが、アニメ版音楽の中には「音楽物語」をほうふつさせる楽曲もある。
作品が始まってまもなく流れる「トットちゃん興奮する」(トラック2)である。アコーディオンやピアノが奏でるメロディが「トットちゃん」と歌っているように聴こえる。「音楽物語」のメインテーマを思わせるのだ。「トットちゃん」という言葉を素直に音楽にするとこういうメロディになると思うので、「音楽物語」を意識したわけではないだろうが、観ていてちょっとうれしかった場面だ。トラック10「お財布探し」にも「トットちゃん」と歌えるフレーズが登場する。
音楽とともに印象に残るシーンといえば、なんといってもトットちゃんの「空想」のシーンである。
トラック7「夢の客車は走る」は、トモエ学園の校庭に置かれている古い客車(教室として使われている)の座席にトットちゃんが座って、客車が走り出すのを想像する場面の曲。この場面は「映画『窓ぎわのトットちゃん』イメージシーン」としてYouTubeの東宝MOVIEチャンネルで一部が公開されている。
トットちゃんが空想をめぐらすと、日常の場面とは絵柄ががらりと変わり、アニメーションならではのファンタジックな映像が展開する。本作の見どころのひとつである。音楽も日常シーンとは異なる躍動感たっぷりの曲調になって、トットちゃんの空想世界を彩る。
トラック14「水のフェアリー」も同様の空想シーンに流れる音楽。こちらはドビュッシーやラベルの音楽を思わせる幻想的で華麗な曲調だ。
トラック33「Deep River」はちょっと怖い空想シーンに流れる黒人霊歌。悪夢を思わせる暗い曲調にアレンジされている。
いずれも本アルバムの聴きどころと言えるだろう。
トラック16「木の上の世界へ」は、トットちゃんと泰明ちゃんとの友情を描く、本編の中でもとりわけ感動的な場面に流れるクラシカルな曲。この旋律はのちに登場する「心の窓」と共通していて、音楽的伏線になっている。
本作の音楽の中で、筆者がもっとも深く印象に残ったのが、その「心の窓」(トラック36)という曲だった。野見祐二の作詞・作曲による讃美歌風の合唱曲だ。古くから歌われているような素朴な曲調から、トットちゃんと周囲の人々の切なさ、悲しみ、愛情、祈りなどの想いが伝わってくる。その想いは、トットちゃんの時代にとどまらず、現代のわれわれの心にも響いてくる。本作のもうひとつの主題歌と呼べる楽曲である。
劇場アニメ『窓ぎわのトットちゃん』は現在も一部の劇場で公開中だ。
未見の方はぜひ観ていただきたいし、アニメ版が気に入った方は、もうひとつのトットちゃんの音楽「音楽物語『窓ぎわのトットちゃん』」もぜひ聴いていただきたい。2022年の公演がYouTubeの黒柳徹子公式チャンネル「徹子の気まぐれTV」で映像とともに公開されている。音楽物語とアニメ音楽、それぞれの表現の違いを意識して味わうのも面白いだろう。どちらも、後世に残すべき作品である。
窓ぎわのトットちゃん オリジナルサウンドトラック
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