COLUMN

第5回 エフェクトを考える(1)

 この連載もそろそろ折り返し地点に差し掛かって来ました。今回はエフェクトについて書いていこうと思います。ここを読んでいる皆さんも一番興味のあるところではないでしょうか。まず撮影におけるエフェクトというのはどういうものか、という事から入りたいと思います。

 撮影で言うエフェクトとは、合成したセルと背景に対し、リアリティの向上や演出効果を高めるため、特殊効果を画面上の要素として付加する作業です。ちょっと堅いですね(-_-;)。くだいて言うと、画面の密度を上げて見た目をよくすることです。お風呂シーンのシャワーとか、大事なところが見えない湯気とか、戦闘で発射されるビームや爆発、各種魔法や剣を交えた時の火花、車のヘッドライトや画面に差し込む光、ピンぼけしている画面など、ありとあらゆるものがあります。中には目にしていることすら意識しないものもあるでしょう。今のアニメは、これらのエフェクト表現を実に巧みに、そして大量に使用しているのです。

 これは私見なのですが、エフェクトは大きく2種類に分類できます。それは、

1:環境の再現
2:演出的創作

のふたつです。「環境の再現」というのは、現実世界で見られる様々な現象を再現するということです。具体的には、周囲の環境や自然現象、光学的な現象がこれにあたります。これに対して「演出的創作」というのは、現実にはない現象を表現として創り出すことです。光線や魔法、電脳空間などの表現がこれにあたります。質感表現や記号的な表現もこちらに入れてよいでしょう。
 今回はまず、環境の再現的エフェクトについて説明していきます。

(注)用語に関しては、現場ごとに方言があるため、このコラムでは独自の解釈で記述しています。そのためここで用いた言葉が実際の現場の用語と異なることもあります。またアニメ撮影に限っての用語であり、本来の映像用語と異なった使い方であることをあらかじめお断りしておきます。

 環境の再現といえば、まずは自然現象の再現です。雨、雪、水、炎などの表現がこれにあたります。これらの表現は現在ではAfter Effects上で動作するプラグインで作成することが多いでしょう。具体的には、パーティクルという粒子の動きのシミュレーションを行うプラグインを使用して、様々な表現を作成します。よく見かけるものとして、雨や雪などがそうです。
 発生させる粒子の量とどんな形状かをまず決め、粒子の挙動や重力、風の影響などのパラメーターを設定して、それぞれの動きを作ります。3次元空間で設計しているので、粒子同士の奥行きや重なりなども表現できますし、床面を設定して積もらせるような事も可能です。雨の例で説明すると、降る量や角度、スピードなどをまず設定します。さらに、そのカットが広角なのか望遠なのかによって画面上の見え方が変わるので、レイアウトにしたがい雨の量を調整します。
パーティクルの形状も初期は単なる線や点で表現されることが多かったのですが、最近は、降らせる物自体の形状や質感にも工夫が凝らされ、よりリアルになっています。設定したパーティクルに絵や動画を貼りつける事もできるので、桜の花びらが舞う様子や落ち葉の表現、簡易的ですが空を舞う鳥の群れのようなものも作る事ができます。『風立ちぬ』では、リピート作画した数パターンの草の動画をパーティクルに貼りつけて、遠景の草原の表現に用いていました。
 暗い室内に射した光の帯の中に舞うホコリといった表現を最近よく見かけますが、これもパーティクルで作成できます。パラメーターを調整することで、稲妻状にしたり、光点にして機関砲から発射される弾丸を表現したり、グリッドに沿った形でテキストを発生させて「マトリックス」のような字が流れる表現を作ったりすることも可能です。他にも点自体の動きはありませんが、夜空できらめく星や夜景の点光源などもパーティクルで作成できます。
 プラグインのパーティクルは、水や炎、煙などの表現も可能ですが、質感に限界があるため、よりリアルな物を求めるならば、3DCGツールで作成する事になります。水面の表現も、基本的なものは撮影エフェクトの範疇ですが、動く物体が絡んだり、波の動きが複雑だったりと、非常に繊細な表現が求められる場合には、3DCGが導入されることもあります。これはカットの内容に応じて事前の打ち合わせで決定します。このような3D制作の場合でも、反射光のような味つけ部分は最終的に撮影で付加します。爆発と絡む煙や炎など、爆発表現自体が3Dで作成される場合、同時に3Dで作成される事が多いです。
 湯気、霧、砂塵、雲などはパーティクルでも作成できますが、動きが大きくなく全体にかかるようなものの場合は、フラクタルノイズというエフェクトを使って作成する場合が多くなります。これは白黒のランダムなムラ模様を作成するもので、時間軸にそって模様が変化する動きをつけることも可能です。汎用性が高いので、その他の質感表現やランダムな動きのエフェクト表現などでもよく用いられます。これをベースに色や形状、透明度などを整えます。

 ここまで説明してきたような表現に、包括的に質感を付加するのもエフェクトの作業です。最も使用頻度の高いのが透過光の表現でしょう。アニメの現場では、略して「T光」と呼ばれる処理です。例えば、照明の光や炎では、作画やパーティクルで作成したものを素材にして、実際に光っているような処理を施します。フィルム撮影の頃は実際に光を撮影していましたが、現在ではAfter Effectsのレイヤー合成モードを利用して表現します。これは重ねるレイヤー同士をどのような状態で合成するか決定する機能で、レイヤーを重ねることで合成対象を明るくしたり暗くしたり、色調を変化させたりすることができます。

 例えば電球などの場合は、セルの中から光らせたい部分、ここで言えば電球のガラス部分だけを処理で抜き出し、「マスク」とします。次にそのマスクを、光の芯になる部分、電球本体、まわりに拡散する光の部分などに分けるため、複数コピーしてそれぞれに光の色設定を行い、さらに違う値でぼかしをかけます。こうして作った複数の素材を、明るさを足し合わせるような形で合成して調整します(実際は背景の色味や明るさによって、さらに細かな調整が必要になるのですが、ここでは省きます)。炎や火花、ビームや宇宙船の噴射口、モニターの発光なども、作業の流れは基本的に同じです。キャラクターの瞳のハイライトや極端に強い反射光表現なども、同様の処理です。


 次に、光学的な表現について説明しましょう。こちらは「アニメスタイル007」の『響け!ユーフォニアム』特集でも書かせていただきました。主に光がレンズを通過した時に起こる現象の表現や、自然環境の中で起こる光の挙動などをエフェクトとして扱う場合です。レンズ表現に関しては、冒頭の分類では、演出的創作の範疇と考えられるので、次回送りとしましょう。
 現在、どのような作品でも、画面に入る表現として最も多用されているのが、環境光ではないかと思います。シーンやカットで設定されている環境に応じて、キーとなる光源から光が入ってくるさまを再現したものです。屋外の日差しや、室内の照明や外光など、画面に映り込む光が代表的でしょう。モニター画面の照り返しなどもこれにあたりますね。基本的には背景もセルも光源の位置を考慮して設計されているので、これを補強する役割です。幅広の円形グラデーションや作品ごとに作られたハレーション表現用の素材を使用して、合成モードを使って画面上に明るさを足す形で合成します。カーテン越しの光など、光源によっては止めでなく動きを付加する場合もあります(こうした光の効果はまとめてフレアやハレーションなどと呼ばれます)。


 強い光を表現する方法に、ゴースト付きのレンズフレアがあります。ゴーストは、画面内もしくは画面近くに非常に強い光源がある場合に、レンズ内部で乱反射した光が円形や多角形の反射像として画面上に連なって現れるものです。映像表現としておなじみでしょう。レンズフレアを再現するプラグインを用いて作成されることが多いのですが、手描きの素材やマスクで作成することもあります。
また、そこまで強くない光の表現として、ゴーストなしのフレアを光源に付加する手法もよく使います。例えば遠くの外灯や照明、金属の曲面のハイライト等です。これらもプラグインで作成しますが、パラメーターの設定で色々な形のものが作成できるので、単なる光源だけでなく、ビーム兵器や魔法の攻撃の様なものにも使用されます。
光芒として定番なのが十字光です。パンチで遥か彼方に飛ばされて最後にキラリ! 十字光が回転しながら現れるギャグ的な表現でも使用されます(これは演出の範疇の使用例ですが)。


 最近の流行りとして、水平方向に一直線に伸びた形のレンズフレアをよく見かけます。スタイリッシュな印象を与えるせいか、アニメでも多用されるようになりました。新房監督の「物語」シリーズなどが印象的ですね。実写では、J・J・エイブラムス監督の作品で多用されています。これは、実写でシネスコなどのワイドスクリーン用映像の撮影に使用するアナモルフィックレンズという特殊なレンズを使用した場合に発生するもので、通常のレンズでは発生しません。アナモルフィックレンズは、水平方向に映像を圧縮して記録するため、レンズの絞りの形状が縦長になり、そこを通過する光の回折現象から、このような形状のフレアになります。また他の特徴として、背景のボケも縦方向に長い楕円形状になります。そうした特性をきちんと意識して制作されている作品もあるようですが、通常はフレアの形状のみ使用している例がほとんどでしょう。実写でも横長のフレアを出すための専用のフィルターがあるので、レンズの特性と表現が必ずしも一貫しているわけではありません。ちなみに横長のフレアと似たもので縦方向に光の筋が現れる「スミア」という現象があります。これは強い光を捉えた画像センサー上で起こるエラー様の電子的現象です。なので、上記のレンズフレアとは別物になります。

 フレアとは違いますが、光に関する表現では、ボケた背景の中で、点光源が丸ボケに見えるというのも、よく見かける表現のひとつです。夜景の奥の街の灯りや水面の反射、木漏れ日などのキラキラしたファンタジックな光の表現として使われます。これはレンズブラーを再現するボケのプラグインで表現したものです(他の手段でも代替可能です)。この光の形状には丸いものや多角形のものなどがありますが、実際のレンズを通した場合、レンズの絞りの形に左右されるものです。ソフト上で絞りの形状を指定できる場合、好みの形状に変化させることができます。最近のレンズは丸い形の絞りが多く、多角形のものは多少クラシカルと言えるかもしれません。ただ、アニメでの選択にあたっては、作品の傾向や演出家の好みによるでしょう。指定すれば、ハート形や星形のボケ光を作ることもできます(逆に実物のレンズでも、レンズ表面に型抜した紙を貼れば、同様な効果が得られます)。

 他にも最近は、「アニメスタイル007」で紹介したように、レンズ表面についた汚れやホコリによる乱反射の表現なども見かけるようになりました。取材したわけではないので、具体的な作成方法までは分かりませんが、汚れやホコリとして使用する素材を、レンズぼかしや場合によっては手描きで作成し、何らかのエフェクトを重ねているのではないかと思います。


 こうした光の表現にさらに重ねる形で、光の拡散効果をかける場合もあります。これは、対象に強い光が当たった感じの表現や、湯気やもやの中にいるような表現として使われるものです。基本的には、画面上の明るい部分を中心に弱いボケがかかっているような感じになり、明るいところほどボヤッとして見えます。全体にかけるとしっとりとした湿度感のある雰囲気になり、お風呂や朝方の表現としてよく使われます。真夏の炎天下や夕方のシーンで、陽光の強さを印象づけるためにも用いられます。やりすぎると画面全体が白っぽくなり、元々の色彩設計からズレてしまうので注意が必要です。

 ここまで説明した光の表現ですが、これらはレンズの中で起こる現象です。つまり撮影時にセルとの位置関係を考えると、全てセルの上側に乗せる形です。特にレンズフレアは実写的に考える場合、光源が隠れると消滅するので、セルの後ろ側に発生する事はありません(光の拡散は起こります)。また同一画面上に現れるレンズフレアは、光源の強さにもよりますが、全て大体同じ形状になります。こうしたことはレンズの特性で現れるものなので当たり前の話ですが、アニメーションの場合は物理的な約束に縛られませんので、遮蔽物の後ろにフレアを置くことも画面上の光源ごとに違う形のフレアを割り当てることも可能です。そういった表現が行われている場合は、演出上の狙いや見かけのよさを優先させた結果、あるいは単に勘違い……ということになります。

 実際には、ここには書ききれない多種多様な表現や手法があり、一つひとつ説明していくだけで1冊の本が書けてしまいます。ここでは極めて限定的ですが、わかりやすく、代表的と思われるものを挙げてみました。今回書いたような手法は日常的に使われているものばかりなので、アニメを見るときに少しだけ気にとめておくと、いろいろ発見があるかもしれません。
 今回はこの辺で。次回は引き続き、演出的創作のエフェクトに触れる予定です。