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第4回 カメラワークを考える

 今回はカメラワークの話です。アニメにおけるカメラワークというのは、画面に対して何らかの動きをつけ、画角や位置を動かすことによって画面に変化をつける演出的な技法です。これによって、本来平面であるアニメーションでも擬似的に移動や奥行き、高さなどを表現することができます。
フィルムで撮影した時代は実際にカメラを動かしたり素材を動かしたりして実現していましたが、現在は全てデータ上で行うために、若干考え方が変わっているところもあります。ただし、使用するソフトによっては、仮想のカメラを用いて、フィルム時代と同じように設定できるものもあります。なぜそこにこだわるのかというと、カメラがあるかないかで動きに対する考え方が180度変わるからです。カメラのありなしは、動きを作る上で、カメラを動かすのか、素材を動かすかの違いということになります。例えば画面が右に動いているように見せるには、素材を固定してカメラを左に動かすことになりますが、カメラを想定しなければ素材をそのまま右に動かせばよいわけです(実際には素材を動かすほうが簡単なので、カメラを動かすことは少ないのですが)。

 一言でカメラワークと言っても、実際にはいくつもの手段があり全部を説明するのは無理なので、今回は分かりやすい基本的なものだけを紹介しましょう。代表的なアニメのカメラワークには、下記のようなものがあります。

ズームイン&ズームアウト(Z.I & Z.O)……レンズの焦点距離を変えて対象に寄ったり引いたりする
トラックアップ&トラックバック(T.U & T.B)……カメラごと対象に近づいたり離れたりする
パン(PAN)……位置を固定したままカメラの向きを左右に振る
フォロー(Follow)……カメラが対象と同じ速度で移動する

 ズームとトラックは被写体のサイズの変化、パンとフォローは画面の横方向の移動になります。ここで、おやっ? と思った方はなかなか鋭い。この中には縦方向の移動がありませんね。実写ですと他に、カメラを縦に振るTILT(ティルト)や縦方向のフォローとしてクレーンアップなどがありますが、アニメの場合、縦方向の場合は、縦パンやパンアップ、パンダウンなどと呼ぶ習慣があるので、ティルトという言葉はあまり用いられません。当然ながら見え方が違ってくるので、演出上必要な場合はきちんと縦方向のパンなのかフォローなのか、レイアウト上で指示されています。
 実際には上記の動きを組み合わせて、さらに複雑なカメラワークが演出や原画の段階で設計されます。このあたりが実写とはかなり違い、アニメ独特のものでしょう。実写ならパンしながらズームというふたつの要素だけでも、何テイクか撮る必要があると思われます(モーションコントロールカメラなら別ですが)。
 ズームとトラックについて、アニメで厳密な区別をしていることは少ないです。実際のカメラで考えると、ズームはレンズの焦点距離が変化しカメラ位置は変わりませんが、トラックは焦点距離は変わらず被写体とカメラの距離が変わるので、自ずと見え方は違ってきます。平面で表現するアニメの場合は、そこまでの差が出ないために、実作業としては同様に扱われることがほとんどです。ただし、演出上レンズの歪みや特性を表現したい場合などは、その旨指示が入りますので、レイアウトを工夫したり、後処理で歪みやズレを加えたりするなど、別途対応を考えることになります。
 画面上のサイズ変化について、実際の撮影作業での考え方は2通りです。ひとつは素材を拡大縮小する方法、もうひとつはソフト内で3次元上の平面として扱い、空間内で奥行方向に移動させる方法です。
撮影に使うAfter Effectsは、セルや背景をそれぞれ個別の「レイヤー」と呼ばれる層として扱い、それを重ねることで画面を作っており、それぞれのレイヤーを個別に3次元上の平面として扱うことができます。以前は拡大縮小で対応することが多かったのですが、現在は3D化することが多いようです。詳しい説明は省きますが、3Dで動かしたほうが、実際のカメラに近い変化を出せるということと、ズームと共にフレーム移動がある場合の制御がしやすいというのが、その理由です。拡縮と移動を別々に扱うと、加減速をかけたときにそれぞれの加減速の値を同期させないと妙な動きになってしまうため、「エクスプレッション」(という拡張機能があるのです)などで同期させる必要がありますが、3Dなら位置の変化の制御だけですみ、そういった問題はありません。
こうした方法でズームやトラックといった処理を行いますが、素材のレイヤーごとに拡縮の値を変えたり、3Dなら配置する位置をずらしたりすると、動かしたときに全体でレイヤーの間に動きのズレが生じます。これを多層的に用いることで奥行を表現することが可能になります。例えばキャラクターにT.Uするときに背景のT.Uが手前よりゆっくりすると、キャラと背景との間に距離感が生まれます。こういった表現は、フィルム時代であればマルチプレーンカメラと呼ばれる何層にも素材を並べるガラス板を配置した特殊な撮影台を使って撮影されました。デジタル撮影により、簡単に表現することが可能になり、演出にたくさん取り入れられるようになりました。
フィルム撮影の時代、マルチプレーンが使用できない場合には、それぞれ別に撮影した素材をオプチカル合成していましたが、それでは費用も時間もかかります。また画質の低下といった問題も生じました。『天空の城ラピュタ』の最後、パズー達の凧がラピュタを離れるシーンで、背景のみがT.Bしていくカットがオプチカル合成です。気になる方は確認してみてください。
マルチプレーンカメラはディズニーの初期作品でよく用いられました。画像検索すれば写真もたくさん出てくるでしょうから、興味があれば探してみるといいでしょう。ジブリで使用していたマルチプレーン撮影が可能な撮影台は、現在イマジカの第一試写室前に展示されています。業界の方は、見たことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 さて次に横移動のお話です。パンとフォローはカメラが固定か移動かの違いです。実写では全く撮り方が異なりますが、アニメの場合、画を引くことが基本になるので、作業としては同じです。異なるのは演出的な部分ということになります。わかりやすくするために同じシチュエーションで両者の違いを説明しましょう。例として向かい合った2人を横から捉えたカットを考えてみます。ここではポンチ絵を用意しました。

 画面の右端と左端に人物がいて、それぞれが話すタイミングでカメラが話す人物をそれぞれパンとフォローで捉えるとします。パンの場合は、両者の中間にカメラが置かれ、人物が話すタイミングで、カメラを話す人物に向けることになります。フォローの場合は、並んだ人物とカメラが平行に配置され、向きを固定したまま、話すタイミングでそれぞれの人物側に移動することになります。このように撮影対象の方向にカメラを振る動きがパン、対象の方向に動く、もしくは対象と同じ速度で動く場合がフォローとなります。
 実写で考えると人物のパースが変わり、両者の見え方に違いが生じるのが想像できるでしょう。アニメの場合、この程度のパースの変化を作画することはあまりありませんので、人物の見え方は全く同じで、見え方が大きく変わるのは背景ということになります。パンの場合、背景の動きも速く、パースの変化も大きくなります。対してフォローの場合は、カメラの速度と背景までの距離によって変わりますが、パンほど動きが速くありません。宇宙空間など背景が無限に遠い例で考えれば、カメラを振っていれば背景の星は速く流れ、フォローしていればほとんど動きがわからない程度にしか動かないことになります(実際は演出上動いているように見せるために、それなりの速度で動かします)。
 このように両者には明確な違いがあるのですが、撮影上はどちらも画を引くという同じ作業になるので、カメラ撮影や実写現場の経験がないと、判断がつきづらいところです。
使い分けということで言うと、フレームの移動が比較的少ない場合や速度が遅い場合はフォロー的な動きもパンという指定になることが多くなります。対して撮影対象が明らかに移動し続けている場合はフォローという指示になります。フォローの場合は絵コンテやレイアウトにカメラの移動方向と素材を引く方向が明示されています。「フォロー←」「引き→」といった具合に画面で見える移動方向と実際に作業で背景を引く方向がそれぞれ逆向きになるように書かれています。市販されている絵コンテ本でも確認できますので、探してみるのもよいでしょう。
 ズームやトラックと同様に、パンやフォローの場合もセルや背景を多層化してそれぞれの引き速度を変えることで画面の奥行を表現する、マルチという手法を使います。一番わかりやすいのは電車や車の窓から見える景色ですね。手前の構造物は速く引っ張り、奥の景色はゆっくり引きます。奥に行くほど引っ張りを遅くし、空は止めるかほんの少しだけ動かします。このような速度差をつけることで平面ながら奥行を表現できるのです。最近は3Dで作成することもありますが、レイアウトと設計さえしっかりしていれば平面でも十分に効果を発揮します。電車に乗るとつい「この引き、1コマXXmmぐらいかな……」と考えてしまうのは、「撮影マンあるある」の鉄板ネタですね。
 余談ですが、フィルム時代には、マルチプレーン撮影のセッティングは「ゴンドラマルチ」、平面上に重ねたセッティングは「密着マルチ」などと呼ばれました。密着マルチは「密着引き」や「マルチ引き」といった呼び名で今でも残っていますが、ゴンドラマルチという言葉はなくなってしまったようです。代わりにD.T.B、デジタルトラックバックなどと称されたりもしていますが、これも呼称は統一されていません。

 その他、素材を引くことで表現するカメラワークには「つけパン」というものがあります。フォローパン、角合わせパンといった呼び方もあるようですが、統一されていないので、実作業時に混乱するもとになることも。基本的に、撮影対象を画面上で追っかけて行くような動きの場合に、そう呼んでいます。単純に横方向の移動の場合でも、移動幅が大きくキャラクターのサイズやパース変化も加味されるような場合は、つけパンになります。
 つけパンという呼び方は、宮崎監督達が東映動画時代に現場で作られた造語のようです。誰が作ったかまでは分かりませんが、俺達が作ったという話をされていました。画面中の対象物を追っかける、つまり対象にカメラをつけていくので「つけパン」ということらしいのですが、いわれは諸説あるようです。一例として、またポンチ絵ですみませんが、素材的にはこんな感じになります。

 惑星に向かう星の動きを追うカットだと思ってください。大判で書かれた背景の上に、指定した目盛りに左上の角を合わせてAからBにフレームを移動させます(目盛りパンとも呼ばれます)。フレーム内のセルは移動するフレームのサイズで描かれるのが基本ですが、背景とセルの関係性が綿密になる場合などは背景と同サイズで作画することもあります。この基本の動きにフレームの回転やズームなどの要素が組み合わされます。はじめのほうにも書きましたが、実際の作業ではフレームを動かすのではなく背景をフレームの位置に動かすという逆の動きになるので、脳内変換が必要です。またズームや回転が絡む場合は画面のセンターで目盛りのポジションを合わせる必要があるのですが、その必要性が演出に伝わっていない場合は、角合わせのままのレイアウトが、撮影に持ち込まれるので作業が面倒なことになります。
 パンにしろフォローにしろ、素材の引きの場合は、前回説明したようにレイアウトやタイムシートに必ず指示があります。指示には、フレームで動き幅が指定されている場合と1コマあたり何ミリ動かすという指定が書かれている場合とがあります。このミリ指定が曲者で、撮影に使用するAfterEffects上ではピクセル単位しか使えないため、mm指定をピクセルに変換する必要があります。具体的には素材の解像度情報から計算で求めます。解像度とはdpi(ドットパーインチ)で表す単位で、画像が1インチあたりどの程度のピクセル密度を持っているかを表す単位です。例えば、200dpiでしたら1インチの幅の中に200ピクセルが表示される密度ということになります。数値が高いほど高精細な画像ということですね(最近はppi[ピクセルパーインチ]も使います)。
 現在は、これを自動で行うエクスプレッションを使用する例がほとんどです。解像度と1コマあたりの移動量と角度、大きさを変える場合は拡大率などのパラメーターを入力することで、指定したmm数と方向へ自動的に動かすことができます。アニメーション制作専用のソフトの場合は、はじめからこのような機能が内蔵されており、ミリメートルやインチなどの単位が使えるものもあります。
 以前BG引きのmm指定で、1コマ0.01mmというのがあって驚いたことがありました。この指定だと1秒でも0.24mmしか動かないので、カット内でも動きがほとんどわかりません……。案の定リテイクになりましたが、デジタル撮影ですと1/100mm単位まで指定できてしまうので、このようなことも起きてしまいます。

 最後にもう一つ取り上げたいのは、最近の作品でよく使われる「カメラブレ」です。これも画ブレ、手ブレなど呼び名は様々なものがありますが、いわゆる手持ちカメラによる画面の微妙な揺れを表現したものです。
撮影で画面の揺れを表現すること自体は以前からもありました。例えば船などの上での揺れを表現するローリングや爆発や着地の振動を表現する画面動などがこれに当たります。これに対してカメラブレは、本来揺れのありえないアニメのカットの臨場感を高める、あるいはキャラクターの主観で感情の揺れを表現するといった演出的な理由で用いられます。
実写作品の話になりますが、以前は大きなフィルム用カメラを手持ちで取り回すことは不可能で、三脚や様々な移動装置に設置して撮影するのが主でした、しかしカメラマンが体に装着するスタビライザーの発達やカメラの小型化により、セット内での自由な移動や人物と寄り添うカメラワークが可能となりました。同時に微妙なカメラのブレなどがそのまま画面に現れるようになり、そしていつの頃からかアニメの世界でもカメラブレを取り入れることが多くなりました。
カメラブレは極めて演出的な要素が強いので、下手につけるとそれこそ嘘臭くなって臨場感を損なう結果になりかねません。それぐらい難しい作業です。なんとなく揺れているランダムなブレなら、ある程度はエクスプレッション等で付加することも可能ですが、主観カットなど視線がはっきり規定されるような場合は、難易度も上がります。レイアウト上に原画さんから動きの軌跡の指定が入っている場合もありますが、ない場合は撮影担当者が自分のセンスでつけることになります(自分も上手くいかないときに磯光雄さんにコツを教えてもらいました)。派手な動きではありませんが、観る側に与える印象には大きなものがあります。最近はこれにフォーカスに迷う動きなども付加され、さらに高度になっていますね。

 今回はこのあたりまでにしましょう。紹介できたのはほんのさわりですが、カメラワークというのは奥も深く、いろいろな要素が複雑に絡む作業です。新人撮影マンにとっては鬼門とも言えます。撮影に限らず、演出、原画にも言えることですが、素材の構成が複雑化すると、いくら頭の中で設計しても、実際にはうまくいかないということも起こってきます。おかしな指定で現場が混乱する前に、きちんとした打ち合わせが重要ですね。

 今回はこれで終わります。次回は効果、エフェクトに関しての話になる予定です。